転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
白刃が、押し寄せるエーテリアスの先頭を薙いだ。
数体が勢いのまま崩れ落ち、その間を縫うように星見雅が駆け抜ける。前方にはまだ群れがいる。それでも速度を落とさず、振り下ろされた異形の腕を紙一重で外し、すれ違いざまに刀を走らせた。
1体を斬り伏せれば、そのまま次へ。
雅は倒した敵を振り返ることすらせず、自ら道を切り開くように群れの奥へ踏み込んでいく。
当然、すべての敵が雅だけへ向かうわけではない。
突出した彼女を避け、左右へ散ろうとする個体もいる。
「蒼角、右をお願いします」
「任せて、ナギねえ!」
柳の声に応じ、蒼角が横へ飛び出した。
大きく振るわれた得物が複数のエーテリアスをまとめて押し返し、群れの流れを中央へ戻す。
そこへ悠真の攻撃が飛んだ。
「そっち行かれると面倒なんで、大人しく戻ってくださいねっと」
群れから離れようとした個体が撃ち抜かれる。
柳自身も足を止めてはいない。雅の進路から外れた敵を処理しながら戦場全体を見渡し、次に厚くなりそうな場所へ先回りして指示を飛ばしていく。
そうして3人が整えた先を、雅が突き進む。
誰かが遅れれば成立しない。
雅がどこまで踏み込むのかを3人が理解し、雅もまた、自分が残した敵を3人が処理すると信じている。
だから振り返らない。
雅が正面を穿つ。
柳が戦場の形を整える。
悠真が離れた位置から綻びを消し、蒼角が群れそのものの流れを変える。
4人が別々の敵と戦っているはずなのに、その動きは最初からひとつの流れとして組み上げられているようだった。
「…………」
少し離れた位置からその戦いを見ていたユウトは、刀を構え直した。
(……なるほど。こりゃ強いわけだ)
個々の実力だけではない。
雅だけを見れば、明らかに突出している。だが残る3人は、それを止めようとはしない。
最初から雅がそこまで行くと分かっている。
雅もまた、自分が斬らなかった敵を3人が必ず処理すると知っているから、足を止めない。
同じ部隊で戦い続けてきた者同士の動きだった。
「ンナ!」
イアスの声で、ユウトは意識を戻した。
正面ではない。
左手の崩れた建物、その陰から1体が回り込んでくる。
ユウトは敵より先に位置を変え、イアスと女性試験官を背後へ置いた。
エーテリアスの肩が沈む。
次に伸びるのは左腕。
足の向きから見ても、そのまま突っ込んでくる。
なら、こちらから間合いへ入る必要はない。
予想通り敵が踏み込んだ瞬間、ユウトの刀が動いた。
攻撃が届く直前に腕を逸らし、露出した箇所へ刃を入れる。
それで終わった。
ユウトは追わず、すぐに周囲へ目を向ける。
(……攻撃には当たらないようにしないとな)
それだけは気をつけておく。
幸い、六課が群れの大半を引き受けている。わざわざこちらから前へ出て目立つ必要もない。
次にこちらへ来そうなのは――右奥。
まだ敵は動いていない。
だが、身体の向きが変わった。
ユウトは先に立ち位置をずらす。
数秒後、その個体が六課の戦線から外れ、こちらへ走り出した。
今度は脚。
踏み込む直前、僅かに身体が沈む。
そこへ刀を合わせる。
敵が大きく体勢を崩し、ユウトは必要な一撃だけを加えた。
その様子を。
戦場の先にいる雅が、ほんの一瞬だけ見ていた。
「…………」
目の前の敵を斬る。
前へ進む。
その合間に、もう一度だけ後方へ視線を向ける。
あの男は、ほとんど動いていないように見える。
だが違う。
敵が近づいてから対応しているのではない。
近づいてくる敵を、先に選んでいる。
ボンプと試験官へ届く可能性のある個体だけを見極め、その進路へ立っている。
だから無駄に走らない。
追わない。
必要以上に刀も振らない。
(……よく見ている)
雅はそれだけを記憶に留め、正面へ意識を戻した。
「ボス、まだ来るよ!」
蒼角の声。
瓦礫の向こうから、新たな一団が姿を現す。
「課長、正面をお願いします」
「ああ」
雅が踏み込んだ。
白刃が閃く。
先頭が崩れる。
開いた空間へそのまま入り込み、さらに奥の敵を斬る。
雅を囲もうと左右へ動いた個体は、届く前に悠真と蒼角によって崩される。
「浅羽隊員、左奥を」
「了解でーす」
「蒼角はそのまま右を押さえてください」
「任せて!」
雅へ細かな指示は出さない。
必要がないからだ。
3人が戦場を整えるたび、その中央を雅が前へ進む。
押し寄せていたはずの群れが、逆に押し込まれていく。
その勢いに耐えきれなくなったように、数体が左右へ散った。
そのうちの1体が、大きく跳ぶ。
六課ではない。
狙いは後方。
イアスだった。
「ンナッ!?」
ユウトが振り返る。
近い。
イアスも避けようとしている。
だが、間に合わない。
(ちっ)
次の瞬間。
ユウトが地面を蹴った。
それまで抑えていた速度を、一瞬だけ捨てる。
イアスへ爪が届くより早く、その間へ滑り込んだ。
受け止めない。
腕が伸び切るより早く軌道の内側へ潜り込み、そのまま敵の横を抜ける。
刀が一度だけ閃いた。
エーテリアスの身体が傾く。
ユウトはすぐに動きを戻し、必要な追撃だけで仕留めた。
「ンナ……!」
「大丈夫だ」
短く答える。
それだけだった。
だが――。
「…………」
雅は見ていた。
先ほどまでとは違う。
速さだけではない。
踏み込みの深さ。
身体の運び。
敵の攻撃線から外れ、そのまま死角へ抜けるまでの滑らかさ。
(抑えていたのか)
それまでの違和感がひとつに繋がる。
あれが限界ではない。
意図的に見せていなかった。
理由は分からない。
そして、もう1つ。
(……?)
今の動き。
妙な既視感があった。
以前、どこかで似たものを見たような――。
「課長」
柳の声が思考を断つ。
雅は即座に前を向いた。
残るエーテリアスが密集している。
考えるのは後でいい。
刀へ手を添える。
「終わらせる」
柳はその一言だけで意図を理解した。
「浅羽隊員」
「はいはい」
遠方の個体が悠真に射抜かれる。
「蒼角」
「いっくよー!」
蒼角が側面から群れを押し込み、逃げ道を塞ぐ。
柳自身も中央へ入り、散ろうとする個体を押し戻した。
敵が一か所へ集まる。
その正面。
雅が踏み込んだ。
白い軌跡が、戦場を横切る。
一瞬の静寂。
そして、残っていたエーテリアスが次々と崩れ落ちた。
「周辺に新たな反応はありません」
柳が確認する。
「終了ですね」
「はぁ……やっと終わった」
悠真が肩を落とした。
「今日の仕事、最初に聞いてたより絶対増えてますよね?」
「いっぱい動いたからお腹空いた!」
「蒼角ちゃんは元気だねぇ……」
雅は刀を収めると、一度だけ後方を見る。
ユウトも刀を鞘へ戻したところだった。
視線が重なる。
「…………」
「…………」
(……見られたか)
ユウトが思ったのは、それだけだった。
雅は何も言わず視線を外す。
「帰還する」
柳たちもそれに応じた。
こうして、本来の予定から大きく外れることになった資質試験は終わった。
◇
スコット前哨基地へ戻ると、H.D.D.との接続を終えたアキラが一行を迎えた。
「お疲れ、カカシ」
「そっちもな。ったく、試験を受けに来ただけだったんだけどなぁ」
「僕もそう思ってたよ」
「ンナンナ……」
イアスまで疲れたように鳴いた。
ユウトはまだ変化を解いていない。
前哨基地にはHIAの職員が行き交い、六課も残っている。ここを離れるまでは、この姿で通すつもりだった。
ほどなくして柳たちもやって来た。
「急な作戦へのご協力、ありがとうございました」
柳がアキラへ一礼する。
「お借りしていたナビゲーションボンプも、これでお返しします」
「ありがとうございます」
「ンナ!」
イアスはすぐにアキラの横へ戻った。
悠真がそんなイアスを眺める。
「それにしても、ずいぶん優秀なチビすけでしたねぇ。ナビも正確だったし、あの状況でもちゃんと仕事してたし」
「ンナ!」
褒められたと分かったのか、イアスが胸を張る。
「学会のナビボンプって、みんなこんなに高性能なんです?」
「ああ、それは違うぞ」
答えたのはレイだった。
近くにいた彼女が、イアスへ視線を落とす。
「そいつは学会の所有物じゃない」
「そうなのですか?」
柳が尋ねる。
「そちらのチーム長どのが率いる独立調査チームのボンプだ」
レイがアキラを示した。
六課の視線が集まる。
「なるほど」
柳が納得したように頷いた。
「民間から募集されている独立調査チームの方だったのですね」
「へぇ」
悠真がアキラとイアスを見比べる。
「民間のチームであの性能かぁ。大事にされてるわけだ」
「ンナ!」
「また得意げになってる」
蒼角が楽しそうに笑った。
その横で、雅がアキラを見る。
「次も逃がさない」
「……え?」
アキラの表情が固まった。
一拍遅れて、自分を指さす。
「……僕?」
雅は黙っている。
「いや、その……今回の調査はちゃんと協会の手続きに従ってるし――」
「課長」
悠真が吹き出した。
「また誤解されてますよ」
「?」
雅が僅かに首を傾げる。
柳が小さく息をついた。
「課長が言いたいのは、またあなた方と協力する機会があれば、次はその機会を逃したくない、という意味です」
「ああ……」
ようやく意味を理解したアキラの肩から力が抜ける。
「そういうことか」
隣にいるユウトも、内心で同意した。
(今の言い方じゃそうなるだろ)
雅本人だけが、なぜ誤解されたのか分かっていない様子だった。
「では、我々はこれで」
柳が告げる。
「まだ報告が残っていますので」
「またね、ボンプちゃん!」
蒼角がイアスへ手を振る。
「ンナ!」
イアスも両手を振り返した。
「じゃあ、またどこかで」
悠真も片手を上げる。
柳と蒼角が歩き出し、悠真もその後へ続いた。
雅も数歩進む。
そこで一度だけ足を止めた。
振り返る。
視線の先にいるのはアキラではない。
ユウトだった。
「…………」
ほんの一瞬だけ目が合う。
雅は何も言わず、仲間たちの後を追った。
4人の姿が遠ざかっていく。
「……カカシ」
「言うな」
「まだ何も言ってないけど」
「顔に書いてある」
アキラが小さく笑った。
◇
アキラたちと別れた後も、六課の4人は並んで前哨基地の通路を進んでいた。
「そういえば、月城さん」
悠真が歩きながら口を開く。
「さっきの護衛の人、結構な腕でしたよね」
「カカシさんですか」
「そうそう。派手なことはしてなかったけど、かなり場慣れしてたし」
柳も頷いた。
「周囲の状況をよく見ていましたね。護衛対象との距離も最後まで崩していませんでした」
「それなのに、大きな組織に所属してる様子もなくて、民間の独立調査チームにいるんですよねぇ」
「強い人がボンプを守っちゃダメなの?」
蒼角が首を傾げた。
「ダメじゃないよ、蒼角ちゃん。むしろ安心なんだけど」
「だったらいいじゃん!」
「まあ、それもそうなんだけどさ」
悠真が苦笑する。
そこで柳は、隣を歩く雅へ視線を向けた。
「課長も、あの方を気にされていましたね」
「……ああ」
「何か気になることでも?」
雅は少しだけ間を置いた。
「動きを抑えていた」
「え?」
悠真が雅を見る。
「……あれで?」
「ああ」
短い返答。
「ボンプが狙われたときだけ、動きが変わった」
柳の表情が僅かに引き締まる。
「意図的に実力を隠していた、と?」
「理由は分からない」
雅は前を向いたまま答えた。
「それと……」
一度だけ言葉が止まる。
「以前、似た動きを見た気がする」
「知り合いなんですか?」
「分からない」
雅は首を横へ振った。
「思い出せない」
いつ。
どこで。
誰の動きだったのか。
形になった記憶は何もない。
「気のせいかもしれない」
柳もそれ以上は追及しなかった。
「今の段階では何とも言えませんね」
「ああ」
「じゃ、この話は終わりってことで……今日の仕事も終わりになったり?」
「報告が残っています」
「ですよねぇ……」
「ハルマサ、早く行こう!」
「蒼角ちゃんは元気だなぁ……」
4人はそのまま通路の向こうへ消えていった。
◇
一方、アキラたちはようやく本来の目的へ戻っていた。
今日ここへ来たのは、零号ホロウへ入るための資質試験を受けるためだ。
結果は無事に合格。
途中から試験とは思えない事態へ巻き込まれたものの、零号ホロウ内部での行動も含めて問題はないと判断され、独立調査チームとして正式に活動する資格が認められた。
その後は、今後利用することになる前哨基地の設備や支援制度について説明を受け、必要な手続きを済ませていく。
細かな報酬体系や規則まで、今ここですべて覚える必要はない。
ひと通りの確認を終えたところで、アキラたちは最後にレイのもとへ向かった。
◇
「おや、チーム長どの。もう一通り見てきたのか?」
レイは作業の手を止め、アキラたちへ顔を向けた。
「うん。これで必要な手続きは全部かな」
「その認識で構わない。これで君たちも正式な独立調査チームというわけだ」
「ようやくか……」
ユウトが小さく息を吐く。
「試験を受けに来ただけなのに、ずいぶん遠回りしたな」
「ンナ……」
イアスも同意するように鳴いた。
レイはそんなイアスを見ると、面白そうに目を細める。
「それにしても、今回もなかなか興味深い働きをしてくれたようだな」
「興味深い?」
「ああ。君たちの仕事ぶりを見ていると、私の知る実に興味深い人物を思い出す」
「……誰のこと?」
「さてな」
レイは楽しげに笑うだけだった。
その視線がイアスへ落ちる。
「それより、お近づきのしるしにそのボンプを私が調整してやろうか?」
「ンナッ!?」
イアスが即座にアキラの後ろへ隠れた。
ユウトが吹き出す。
「思いっきり嫌がられてるぞ」
「心外だな。純粋な親切心だというのに」
「その言い方で信用しろって方が難しくない?」
アキラまで苦笑する。
「まったく、揃って疑り深いな」
そう言いながらも、レイは楽しそうだった。
やがて話題を切り替えるように、アキラを見る。
「ところでチーム長どの。以前の話だが――私の専属調査員になる気はないか?」
「やっぱりその話するんだ」
「当然だ。優秀な人材を欲しがるのは自然なことだろう?」
「悪いけど、遠慮しておくよ」
「報酬なら相談に乗るぞ?」
「ディニーの問題じゃないからね」
「ほう」
レイの目が僅かに細くなった。
「ディニーの問題ではない、と」
先ほどまでの軽い調子を残したまま、アキラを見る。
「なら聞いてみようか、チーム長どの」
僅かな間。
「君はなぜ、零号ホロウへ入る?」
「…………」
アキラはすぐには答えなかった。
自分とリンが追い続けているもの。
旧都。
そして今日、その中で目にしたニネヴェ。
本当の目的を、ここで話すわけにはいかない。
それでも。
「……あそこにある秘密を知りたいから、かな」
嘘ではない。
レイはしばらくアキラを見つめた。
やがて、興味深そうに口元を緩める。
「秘密、か」
零号ホロウには、まだ誰にも解き明かされていないものがいくらでもある。
それを知りたいという欲求そのものは、研究者であるレイにも理解できるものなのだろう。
「なるほど。それなら、これからも調査を続ける理由には十分だ」
それ以上、レイは踏み込まなかった。
「今後の働きにも期待しているよ、調査員殿」
「……了解」
それで、今回の話は終わった。
◇
スコット前哨基地を離れ、人目がなくなったところでユウトは足を止めた。
念のため周囲を確認する。
「……ようやく戻れるな」
変化の術を解いた。
ボンッ、と軽い音を立てて白煙が弾ける。
煙が晴れれば、そこに立っているのはもう《カカシ》ではない。
本来の姿へ戻ったユウトが、窮屈さから解放されたように肩を回した。
「ふぅ……やっぱこっちの方が楽だな」
「お疲れ、ユウト」
「お前もな」
「ンナ!」
イアスも嬉しそうに鳴いた。
そこへ、連絡を受けていたリンが合流する。
「お兄ちゃん! ユウト兄!」
「リン」
「おう」
アキラとユウト、そしてイアスの姿を順番に確認し、リンはようやく安心したように息を吐いた。
「もう……資質試験を受けに行っただけだったよね?」
「そのはずだったんだけどね」
「俺にもそういう記憶しかない」
「ンナ……」
リンが3人をじっと見る。
「なのに、どうして六課と一緒に極超級エーテリアスを追いかけることになってるの?」
「僕にも分からない」
「俺にも分からん」
「ンナンナ」
ほぼ同時だった。
リンはしばらく黙り、やがて深くため息をつく。
「……帰ろ」
「うん」
「そうしよう」
4人で歩き出す。
途中、アキラは一度だけ振り返った。
遠くに見えるスコット前哨基地。
そのさらに向こうには、巨大な零号ホロウがある。
今日だけで、分からないことはむしろ増えた。
ニネヴェ。
対ホロウ六課。
そして、零号ホロウそのもの。
それでも、目的の1つは果たした。
これからは正式な独立調査員として、あの場所へ入ることができる。
自分とリンが追い続けてきた答えへ近づくための道が、ようやく開いた。
「お兄ちゃん?」
「……なんでもない。行こう」
アキラは前へ向き直った。
リンが隣へ並ぶ。
少し後ろでは、ユウトがイアスをからかい、イアスが抗議するように鳴いている。
いつもの光景だった。
ただ、その背後にある零号ホロウだけが、これまでより少し近い場所になった。
こうして、予想外の出来事ばかりだった最初の零号ホロウ調査は幕を閉じた。