転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
初めての零号ホロウ調査を終えてから、数日。
六分街の《Random Play》には、いつもの日常が戻っていた。
資質試験を受けに行ったはずが、対ホロウ六課と共にニネヴェを追うことになるという予想外の事態にはなったものの、本来の目的そのものは無事に達成している。これでアキラたちは、正式な独立調査員として零号ホロウへ入る資格を得た。
とはいえ、資格を得たからといって《Random Play》での生活まで大きく変わるわけではない。
店内にはいつもの映画音楽が流れ、棚には返却されたビデオが並んでいる。昼の客足も一段落し、カウンターに立っていたユウトは返却処理を終えたケースを棚へ戻していた。
「ユウト兄、ちょっといい?」
カウンターの奥から、リンが小声で呼ぶ。
「ん?」
「お兄ちゃんも。スタッフルームで話したいことがあるの」
その言い方と表情を見ただけで、ユウトは何となく察した。
「……家族会議?」
「だいたい合ってる」
「嫌な予感しかしねぇな」
アキラも呼び、店内に客がいないことを確認してから3人でスタッフルームへ入る。扉を閉めてしまえば、店を訪れた客に話を聞かれる心配もない。
リンがテーブルへ端末を置き、表示したのはここ最近の収支だった。
「ビデオ屋の方は問題なし。問題はプロキシの仕事」
「ああ……やっぱり厳しい?」
「うん。新しいアカウントに変わってから、前の3分の1にも届いてない」
以前のアカウントを失ったことで、パエトーンは長年積み上げてきた信用と実績をほとんど失っている。実力そのものが落ちたわけではないが、インターノット上で新しいアカウントだけを見れば、新米同然なのだ。
「まあ、こっちは仕方ないな。仕事してりゃ実績は戻る。変に焦って危ない依頼へ飛びつく方がまずい」
「僕もそう思う。時間はかかるけど、また積み直せばいい」
「うん。私もそこはそう思ってる」
リンも同意しながら、一度言葉を切る。
「本当にまずいのは、こっち」
画面が切り替わり、表示された数字を見たユウトとアキラが揃って黙り込んだ。
「……何これ」
「今月の電気代」
「いや、それは分かる。なんでこんなことになってんだよ」
「前の6倍」
「6倍?」
「6倍」
聞き間違いではなかった。
リンによれば、近所の電気メーターも確認したが、異常な変化が起きているのは《Random Play》だけらしい。
「漏電は?」
「確認したけど違うみたい」
「じゃあ……」
アキラとリンの視線がほぼ同時に、スタッフルーム内に設置されたH.D.D.へ向かう。ユウトも遅れてそちらを見て、何とも言えない顔になった。
「あー……」
心当たりならある。というより、ユウトにとってはありすぎるくらいだった。
「Fairy」
アキラが呼ぶ。
『はい、マスター』
「最近、H.D.D.をほとんど止めてないよね?」
『肯定します』
「やっぱり!」
リンが頭を抱えた。
Fairyがパエトーンへ加わって以来、H.D.D.は以前とは比較にならない頻度で稼働している。情報収集や解析、各種演算と、Fairyからすれば全て必要な処理なのだろうが、それを支えている電力は空から降ってくるわけではない。
『私の演算によって得られる利益を長期的に評価した場合――』
「待て待て。利益の話をする前に、この請求書見ろ。家計にエーテル爆弾落としてんじゃねぇよ」
『適切な比喩とは思えません』
「そこに突っ込んでんじゃねぇ」
アキラが小さく吹き出す一方、リンはまだ笑えないらしい。
「プロキシの収入は減ってるのに、電気代は6倍だよ? これが毎月続いたら洒落にならないんだけど」
「まあ、最悪今月分は俺が出せるけどな」
何気なく言うと、兄妹が揃ってこちらを見た。
「……ユウト?」「……ユウト兄?」
「何だよ」
「今の金額見たよね?」
「見た」
「それを普通に出せるの?」
「出せるぞ」
リンの目が細くなる。
「ユウト兄、いくら貯めてるの?」
「内緒」
「なんで!?」
「別にいいだろ。必要な時に困らない程度には残してあるってだけだ」
もちろん、ただ倹約していたわけではない。いずれこういう出費が来ると分かっていたからこそ、ユウトは長年のエージェント報酬やリアから回される仕事の報酬を、意識してかなりの額まで貯めていた。
必要な時には惜しまず使う。それでも無駄には使わない。ディニーはいくらあっても困らない――それが昔からの持論である。
(やっぱ来たな、Fairy電気代)
内心で苦笑しつつ、ユウトは肩をすくめた。
「こういう時のために貯金してんだよ。ディニーなんて、いくらあっても困らねぇし」
「それはそうかもしれないけど……」
リンは納得しきれない顔をしている。
そこでアキラが苦笑した。
「でも、ユウトの貯金を毎月の電気代にするわけにはいかないよ」
「当たり前だ。払えるのと、払っていいのは別だぞ。Fairy、お前も節電しろ」
『私の稼働率を下げた場合、情報収集能力および演算効率の低下が――』
「「6倍はやりすぎ」」
リンとユウトの声がぴたりと重なった。
『……承知しました。電力使用の最適化案を検討します』
「頼むぞ、マジで」
零号ホロウへ入れるようになったからといって、目の前の生活費まで勝手に解決してくれるわけではない。ひとまず今月を乗り切れないわけではないものの、パエトーンとしての収入を立て直さなければならない状況は変わらなかった。
そんな時、インターノットを確認していたアキラの手が止まった。
「ん?」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「依頼が来てる。それも、指名みたいだ」
新しく作り直したばかりのアカウントへ、わざわざ直接送られてきた依頼。しかも提示されている報酬は、今のアカウントへ届く仕事としては明らかに高い。
「……怪しくない?」
「怪しいな」
「怪しいね」
見事に意見は一致したが、だからといって即座に断るわけにもいかない。いくら金が必要とはいえ、素性の分からない高額依頼へ飛びつくほど困窮してはいないものの、まず内容くらいは確認しておくべきだろう。
アキラが添付資料を開くと、そこには工事現場らしい写真があった。
「Fairy。場所を特定できる?」
『解析を開始します』
画像に写った建物や道路、工事用設備、看板の一部。複数の情報が照合され、やがて候補が絞られていく。
『解析完了。画像の撮影地点は、旧都地下鉄改修プロジェクトの施工区域である可能性が高いと判断します』
「旧都地下鉄……」
リンが少し考えてから、何かを思い出したように顔を上げた。
「あ。そういえばヴィジョンの件の後、入札やり直しになったんだよね」
「確か……白祇重工」
アキラが続ける。
「うん。あそこが請け負ったはず」
ユウトは口を挟まず、画面を眺めていた。
白祇重工。
その名前が出たところで、頭の中にいくつか先の展開が浮かぶ。
(来たか)
とはいえ、今のところ分かっているのは、依頼の写真が白祇重工の施工区域で撮影されたということだけだ。ユウトは余計なことを口にせず、そのまま成り行きを見守った。
その時、スタッフルームのテレビから威勢のいい声が流れた。何気なくそちらを見ると、工事現場で取材を受ける1人の男が映っている。
「白祇重工の人だ」
リンが言う。
画面には名前も表示されていた。
アンドー・イワノフ。
白祇重工の現場責任者。
ユウトは無言で目を細める。ここまで来れば、予想はほとんど固まっていた。
「お兄ちゃん、依頼のメッセージは?」
「ああ。今見る」
アキラがDMを開き、その内容を読み始めてすぐに表情を変えた。
「……待って」
「どうした?」
ユウトが覗き込み、リンも兄の横から画面を見る。
依頼人は、新しいアカウントに向けて、はっきりと『パエトーン』と呼びかけていた。
「……なんで?」
リンの声から、先ほどまでの軽さが消える。
「このアカウントで、私たちはパエトーンを名乗ってないよね?」
「名乗ってない」
アキラも慎重な表情になる。
新アカウントと以前の《パエトーン》。その繋がりを知る者は限られている。
「知ってる奴が情報流したか」
ユウトはそう言いながら、内心ではほぼ見当がついていた。
(まあ、ニコだろうな)
わざわざ先に答えを教える必要もない。今は相手の出方を見ることにする。
「どうする?」
リンが尋ねる。
「相手の素性が分からない以上、私はちょっと怖いかな」
「僕も警戒はした方がいいと思う」
アキラが答えた、その直後。
『マスター。依頼人から前金の入金を確認しました』
「前金?」
『依頼料総額の20%です。金額は――』
Fairyが金額を読み上げる。
数秒前まで慎重だったアキラの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「……会うだけ会ってみようか」
「お兄ちゃん!?」
「話を聞くだけなら」
「さっきまで警戒してたよね!?」
「警戒はするよ」
「顔がちょっと嬉しそうなんだけど!」
兄妹のやり取りを見ながら、ユウトは肩を震わせた。
「まあ、金は大事だからな」
「ユウト兄まで!」
「ディニーはいくらあっても困らねぇぞ?」
「今日それ2回目!」
もっとも、冗談はそこまでだった。
依頼人はプロキシ本人との直接の面会を求めており、指定時刻は翌朝5時。相手が自分たちの正体を知っている以上、無警戒で出向ける話でもない。
「朝5時……怪しさ増したね」
「でも直接会わないと、向こうが何を知ってるのかも分からない」
しばらく相談した結果、アキラが直接会いに行くことになった。リンはスタッフルームに残り、Fairyとともに遠隔で状況を確認する。
「護身用のもの、何か持っていった方がいいかな」
「いや。俺も行くぞ」
「ユウト兄も?」
「プロキシ本人と直接会いたいなんて言ってくる相手のところに、アキラ1人で行かせるわけねぇだろ。相手がまともならそれでよし。違ったら俺の仕事だ」
リンが少し安心したように息を吐く。
「まあ……ユウト兄が一緒なら、いきなり攫われたりはしないか」
「俺を防犯装置みたいに言うな」
「だって実際そうじゃない?」
「エージェントです」
アキラが笑う。
「じゃあ頼むよ、ユウト」
「任せとけ」
◇
翌朝。
まだ六分街が完全には目を覚ましていない時間に、アキラとユウトは指定された待ち合わせ場所へ向かっていた。
「眠ぃ……」
「言うと思った」
アキラの隣を歩きながら、ユウトは欠伸を噛み殺す。
「朝5時指定する奴にまともな生活習慣を期待するなよ」
「僕たちも人のこと言えないと思うけど」
「それはそう」
軽口を交わしていても、周囲への警戒は怠っていない。相手はパエトーンの正体を知っている人物なのだから、実際に顔を見るまでは何が起きてもおかしくない。
やがて待ち合わせ場所に立っていた人物を見つけた瞬間、ユウトは心の中だけで呟いた。
(はい、知ってた)
昨日テレビに映っていた男――白祇重工のアンドー・イワノフだった。
「おっ! 来たな!」
アンドーは2人を見つけるなり、豪快に手を上げた。その態度にはこちらを罠へ嵌めようとしているような陰湿さはないが、それだけで警戒を解くほどユウトも甘くない。
アキラが最初に確認したのは依頼の詳細ではなく、新しいアカウントの正体をなぜ知っていたのかという点だった。
しかし、アンドーは情報提供者との約束があるらしく、そこだけは簡単に明かそうとしなかった。
「悪いな兄弟。情報をくれた相手については、俺の口からは言えねぇんだ」
「じゃあ、僕たちをパエトーンだと知っている誰かから聞いた、ということ?」
「まあ、そういうことだ。邪兎屋の連中にも口止めされ――」
そこでアンドーの言葉が止まった。
アキラも黙る。
ユウトも黙る。
「……今、邪兎屋って言ったよな?」
「いや、今のは忘れてくれ兄弟!」
「やっぱりニコか……」
アキラが額へ手を当て、ユウトは堪えきれず小さく笑った。
「まあ、あいつならやりそうだな」
「否定できないのが困るよ」
少なくとも、得体の知れない誰かに正体を暴かれていたわけではない。それが分かっただけでも大きい。
詳しい依頼内容については、現場で白祇重工の社長から直接説明するという。
「社長?」
「おう! ウチの社長だ!」
アンドーは誇らしげに胸を張った。
そこまで聞けば、ユウトにはもう十分だった。
(やっぱりそこか)
だが、今ここで口を挟む理由はない。詳しい事情は、現場で聞けばいい。
◇
アンドーとの話を終え、黒雁街跡地へ向かう準備をするまでの僅かな時間。
ユウトは脳内掲示板へ意識を向けた。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
確定
白祇重工編です
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
お、来たか
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
反応はや
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
そっちが早すぎるんだよ
こっちは今日の仕事の準備中
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
俺は朝5時集合を食らった
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
ご愁傷さま
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
つらい
そこで書き込みは途切れた。
アルバートも仕事の準備があるのだろう。ユウトも意識を戻そうとしたところで、少し遅れて新しい投稿が浮かんだ。
「ちびリス博士」
やっぱりきたー!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
きました
今アンドーと会った
これから現場
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
じゃあもうあの辺まで進んでるのかな?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
たぶんな
まだ社長から詳しい話聞いてない
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
そっか
そこで一度、ユウトは掲示板から意識を外した。
しばらくして再び覗くと、今度は別の書き込みが増えている。
「シーホースCEO」
朝から何してるのよ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
仕事
朝5時から
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
うわ
ご愁傷さま
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
本日2回目いただきました
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
こっちも今日は白祇重工よ
まあ別件だけど
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
ボクも行くよー!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
じゃあ現地で会うかもな
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
会っても仕事中は知らない顔しなさいよ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
分かってますよCEO様
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
その呼び方ムカつく
最後の書き込みに、ユウトは小さく笑った。
ヴァレリアとあかりも、今日は別件で白祇重工へ向かうらしい。
それぞれ別に動いていた話が、同じ場所へ集まり始めている。
「ユウト?」
アキラに呼ばれ、ユウトは顔を上げた。
「何でもねぇよ。行こうぜ」
「ああ」
まずは《Random Play》へ戻って出発の準備を整え、それからアンドーを車に乗せて黒雁街跡地へ向かう。そこで白祇重工の社長本人から、今回の依頼について詳しい事情を聞くことになっている。
ユウトには、依頼の内容についてある程度の予想がついていた。
(まあ、答え合わせは現地でいいか)
隣を歩くアキラへ目を向け、ユウトは軽く肩を回す。
「さて、行きますかね」
「うん」
白祇重工から届いた、パエトーンへの指名依頼。
その詳しい事情を聞くため、2人は一度《Random Play》へ戻ることにした。