転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
アンドーとの待ち合わせを終えたアキラとユウトは、一度《Random Play》へ戻り、リンへ白祇重工からの指名依頼について報告していた。
「――というわけで、依頼人は白祇重工。俺たちがパエトーンだって知ってたのは、やっぱり邪兎屋から聞いたみたいだな」
「やっぱりニコだったんだ……」
スタッフルームで話を聞いていたリンが、納得半分、呆れ半分といった顔をする。
「本人から直接聞いたわけじゃないけどね。アンドーさんが途中で『邪兎屋』って言っちゃったから」
「それ、ほとんど答えじゃない?」
「だよなぁ」
ユウトも苦笑する。
ただし、白祇重工がわざわざパエトーンを指名した理由までは聞かされていない。アンドーによれば、詳しい事情は社長から直接説明するという。
相手の素性が分かった以上、ここで余計に時間を使う必要もなかった。リンはH.D.D.から支援できるよう機材を確認し、アキラも必要な準備を整える。ユウトも装備を点検してから忍者刀を背負い、再びアンドーとの合流地点へ向かった。
その後はアンドーも車へ乗せ、一路、白祇重工の現場へ。
ヴィジョンコーポレーションの一件を経て地下鉄改修工事を引き継いだ、《黒雁街跡地》だった。
◇
「もう着くぜ、兄弟! 社長はすぐそこだ!」
現場へ入るなり、先頭を歩いていたアンドーが振り返った。
朝から工事現場では大勢の作業員とボンプが行き交い、各所で大型重機が稼働している。低く響く駆動音に金属音や作業員たちの声が重なり、白祇重工の現場がすでに動き始めていることを嫌でも感じさせた。
「まだ若えが、百獣の王って感じだからな。存分に緊張しな!」
「普通は緊張をほぐすんじゃ?」
アキラが思わず返す。
アンドーはそんな疑問など気にした様子もなく、豪快に笑って先へ進んでいく。
ユウトもその後ろを歩きながら、何も言わず口元を緩めていた。
「……ユウト?」
「ん?」
「なんでもない」
何となく気になる反応ではあったが、問い詰めるほどでもない。
そうしてさらに奥へ進んだ、その時だった。
「どいて――!」
「うおっ!?」
突然飛んできた女性の声に、アンドーが反射的に身を引いた。
直後、近くにあった大型重機が激しく動き、周囲へ機械音が響き渡る。
「おい、なんだこりゃ!?」
「君か、アンドー! 絶賛点検中だよ! そのまま待ってて!」
重機の傍らにいた女性が、こちらを振り返りもせず声を返した。
健康的な褐色の肌に濃色の髪。頭にはゴーグルを載せ、手にした工具を器用に扱いながら、目の前の機械へ向き合っている。
「怖がらないで。ほら、ただのファイアウォールだからね。ぜーんぜん痛くないよ」
まるで小さな子供を宥めるような声音だった。
もちろん、その相手はアキラでもアンドーでもない。
「……機械に話しかけてる?」
「話しかけてるな」
隣のユウトも、それ以上の感想は出てこなかったらしい。
やがて重機の動きが収まり、先ほどまで響いていた騒々しい機械音も静かになる。
「ふぅ……終わったか」
アンドーが安堵したように息を吐いた。
そこへ今度は、背後から低く落ち着いた声がした。
「悪い、遅くなった」
振り返ったアキラの視界を、大きな影が埋める。
そこに立っていたのは、白祇重工の作業着を身につけた巨大な熊のシリオンだった。
その圧倒的な体格を見上げた瞬間、アキラの頭に先ほど聞いたばかりの言葉が浮かぶ。
――百獣の王。
「これが百獣の王……白祇重工のボス?」
思わず漏れた言葉に気づき、アキラは小さく咳払いした。
「……こんにちは」
「ああ、これはこれは。プロキシさん」
熊のシリオンは見た目の迫力とは裏腹に、落ち着いた態度で応じる。
「着いて早々、申し訳ない。社長と待っていたところだ」
「え? じゃあ……あなたは……?」
「何すんだグレース! 降ろせ!」
答えが返ってくるより先に、甲高い怒声が飛んできた。
アキラとユウトが揃ってそちらを見る。
先ほどまで重機を点検していた女性――グレースのところで、小柄な少女が捕まったまま盛大に暴れていた。
鮮やかな赤橙色の髪に特徴的なアイパッチ。黒と赤を基調とした重工業用の装備に身を包んでいる。
「こちらが、我が社の社長だ」
熊のシリオン――ベンが、至って真面目な顔で紹介した。
「降ろせつってんだろ!」
ようやく解放された少女は乱れた服を直すと、アキラたちへ向き直る。
「白祇重工社長のクレタ・ベロボーグだ!」
アンドーが言っていた「百獣の王」と目の前の少女を見比べ、アキラは何とも言えない表情になった。
隣ではユウトが笑いを堪えるように僅かに顔を逸らしている。
初対面から何とも締まらない空気になった――その時、1人の社員がクレタのもとへ小走りで近づいてきた。
「社長、アークライト社の皆様がお見えになりました」
「もうそんな時間か」
クレタが現場の時計へ目を向ける。
約束していた時刻ちょうどだった。
あと少し早ければ、初対面のプロキシだけでなく、別会社の社長にまで先ほどの姿を見られていたところである。
「……危なかった」
「何が?」
「なんでもねえ!」
首を傾げるグレースを即座に切り捨てる。
ほどなくして社員に案内され、3人の人影がこちらへ近づいてきた。
先頭を歩くのはアークライト社CEO、ヴァレリア・アークライト。その後ろには《クルクル・アカリン工房》の天宮あかりと、助手のツイッギーが続いている。
「アークライト社長」
「ベロボーグ社長。時間通りだな」
「ああ。待たせちゃいねえよ」
短く挨拶を交わしたヴァレリアが周囲へ目を向け、その視線がアキラとユウトのところで止まった。
「……なるほど。そちらにも先客がいたか」
「ああ。ちょっと仕事の話があってな」
クレタはそれ以上詳しく説明しなかった。
ヴァレリアも尋ねようとはしない。
「なら、そちらを先に済ませろ」
「いいのか? こっちも約束してた時間なんだが」
「こちらは担当者だけでも始められる。パエトーンへの依頼なら、私が聞く必要のない話もあるだろう」
それだけでクレタも意図を理解したらしい。
「……助かる、アークライト社長」
「企業同士なら当然のことだ」
ヴァレリアが後ろの2人へ目を向ける。
「天宮、ツイッギー。先に予定していた確認を始めるぞ」
「はーい!」
元気よく返事をしたあかりは、その途中でアキラたちに気づき、ぱっと表情を明るくした。
「あっ、ユウトおにい! アキラおにいもおはよー!」
「おう。朝から元気だな」
「おはよう、あかり」
「おはようございます、アキラさん、ユウトさん」
ツイッギーも軽く頭を下げる。
「そっちも仕事か?」
ユウトが尋ねると、あかりは大きく頷いた。
「うん! 今日は工房と白祇重工のお仕事の話!」
「今後の技術協力について、実際の設備や運用環境も確認する予定です」
ツイッギーが簡潔に補足する。
「そっちも頑張れよ」
「ユウトおにいたちもねー!」
あかりが手を振り、ツイッギーと共にヴァレリアの後を追っていく。
3人が社員に案内されて別区画へ向かい、十分に距離が開いたところで、クレタはアキラたちへ向き直った。
◇
「よう、『パエトーン』。初っ端からみっともねえところを見せちまったな」
先ほどまでとは違い、クレタの表情には白祇重工を率いる社長としての色が戻っていた。
「うちへの信頼が揺らいでねえといいんだが」
「そこは大丈夫だよ」
アキラが苦笑しながら答える。
「ならいい。アンドーから連絡は来てる。腕の立つプロキシが力を貸してくれるって聞いて、こっちもホッとしてたところだ」
クレタはそこで一度言葉を切り、周囲の現場へ視線を向けた。
「おたくらも知ってると思うが、うちは最近、地下鉄工事の請負を勝ち取った。けど、それからってもの、『敵』のしつこい妨害に遭っててな」
「あー、社長……」
ベンが困ったように口を挟む。
「プロキシさんの前で、あいつらを『敵』呼ばわりするのはどうなんだ……」
「おい、ベン。甘えたこと抜かしてんじゃねえぞ!」
すぐさま反応したのはアンドーだった。
「あの野郎ども、これまで散々汚えマネしてきただろ! あんな奴らに気ぃ遣うこたねえ!」
「アンドー……」
「それにな!」
アンドーはアキラとユウトへ向き直る。
「依頼を受けた瞬間から、プロキシは俺らの兄弟だ! 兄弟に隠しごとはしねえもんだろ!」
「まだ正式に受ける前なんだけど」
アキラが苦笑する。
「細けえことは気にすんな、兄弟!」
「もう兄弟扱いは確定なのな」
ユウトが笑う。
アンドーらしい勢いに少し空気が和らいだものの、これから話す内容まで軽いものではないらしい。
クレタが改めて口を開いた。
「……まあ、アンドーの言い方はともかく、外に知られたくねえ問題を抱えてるのは本当だ」
白祇重工では、ホロウ内部での作業を担う知能重機を運用している。
長時間ホロウ内で稼働できるだけでなく、ある程度の自律判断や対話まで可能な機械であり、その開発と改良の中心を担ってきたのがグレースだった。
「だから私にとっては、みんな大事な子供みたいなものなんだ」
グレースがそう言うのを聞けば、先ほど重機へ話しかけていた姿にも納得がいく。
だが、そのうち3台が作業中に指令を無視し、ホロウの奥へと姿を消したという。
「機械がエーテルに侵蝕されたのか?」
アキラが尋ねる。
「原因はまだ分からないよ」
グレースは腕を組み、先ほどまでとは違う技術者の顔を見せる。
「ホロウで機械を使っていれば、チップの故障もエーテルの影響も珍しいことじゃない。でも今の白祇重工でそんな話が外に漏れたら、いい攻撃材料にされるだろうね」
地下鉄工事を巡って妨害を受けている最中である。
それならば、クレタがアークライト社の面々をこの場から離した理由もよく分かる。友好的な相手であろうと、わざわざ自社の問題を知らせる必要はない。
「……知能重機の性能は充分だったと思うけどな」
クレタが低く呟く。
「わざわざ更新する必要があったのかよ。親父の残したコードを論理コアに組み込んだりしなきゃ、こんなことには……」
「待って、おチビちゃん」
「誰がおチビちゃんだ!」
クレタが即座に噛みつくが、グレースは気にした様子もない。
「まだコードやチップが原因だと決まったわけじゃない。それに、美しくて逞しい機械には、その身体に相応しい魂が必要だと思わない?」
「魂がどうとか知るか! 社長だからこそ、機械は会社の資産として見なきゃならねえんだよ!」
考え方は正反対だった。
機械そのものを愛し、自分の子供のように扱うグレース。
一方のクレタは、会社を預かる立場からそれを資産として扱おうとしている。
ただし、行方不明になった3台を取り戻さなければならないという結論だけは同じだった。
「高え知能重機を3台も失くしたら大損だ。敵の問題があろうがなかろうが、見つけるに越したことはねえ」
クレタはアキラとユウトへ向き直る。
「そういうわけだ、プロキシ。行方不明になった重機3台を捜すため、ホロウの奥まで案内してほしい。それがうちらの依頼だ」
「手掛かりは?」
「3台のうち2台は、ざっくりだが位置のアタリがついてる。詳しいことはグレースとアンドーから聞いてくれ」
「なるほどね」
アキラは一度考えてから、隣のユウトを見る。
「ユウトは?」
「俺は問題なし」
ユウトはいつも通りの調子で肩をすくめた。
ここまで聞けば、依頼の内容は十分に理解できる。
少なくとも今のところ、ユウトが知っている出来事から大きく外れてはいない。だからといって、この先まで同じになると決めつける理由もなかった。
「分かった」
アキラがクレタへ向き直る。
「その依頼、パエトーンが引き受けるよ」
「おお!」
真っ先に反応したのはアンドーだった。
「さすが兄弟! 話が分かるぜ!」
「だから兄弟になったのは今じゃない?」
「細けえことは気にすんな!」
「さっきも聞いたな、それ」
ユウトが笑う。
その横で、クレタも僅かに肩の力を抜いた。
「助かる。詳しい捜索場所は、この後それぞれ説明する」
それから周囲へ目を向け、声を少し落とした。
「それと、この件は外には漏らさないでくれ。今は余計な弱みを見せたくねえ」
「もちろん」
アキラは迷わず頷く。
「依頼人の機密を勝手に喋ったりしねぇよ」
ユウトも同意する。
少し離れた別区画では、ヴァレリアたちが白祇重工との予定通りの仕事を始めている。
あかりもツイッギーも、こちらで何を話しているのかは知らない。
そして今は、それでいい。
行方不明になった3台の知能重機。
その捜索を目的とした白祇重工からの指名依頼を、パエトーンは正式に引き受けた。
まずは手掛かりのある機体から。
白祇重工との最初の仕事が、ここから始まる。