転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る   作:『 』を応援するテト

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第28話 問題児

 

 アンドーとの待ち合わせを終えたアキラとユウトは、一度《Random Play》へ戻り、リンへ白祇重工からの指名依頼について報告していた。

 

「――というわけで、依頼人は白祇重工。俺たちがパエトーンだって知ってたのは、やっぱり邪兎屋から聞いたみたいだな」

 

「やっぱりニコだったんだ……」

 

 スタッフルームで話を聞いていたリンが、納得半分、呆れ半分といった顔をする。

 

「本人から直接聞いたわけじゃないけどね。アンドーさんが途中で『邪兎屋』って言っちゃったから」

 

「それ、ほとんど答えじゃない?」

 

「だよなぁ」

 

 ユウトも苦笑する。

 

 ただし、白祇重工がわざわざパエトーンを指名した理由までは聞かされていない。アンドーによれば、詳しい事情は社長から直接説明するという。

 

 相手の素性が分かった以上、ここで余計に時間を使う必要もなかった。リンはH.D.D.から支援できるよう機材を確認し、アキラも必要な準備を整える。ユウトも装備を点検してから忍者刀を背負い、再びアンドーとの合流地点へ向かった。

 

 その後はアンドーも車へ乗せ、一路、白祇重工の現場へ。

 

 ヴィジョンコーポレーションの一件を経て地下鉄改修工事を引き継いだ、《黒雁街跡地》だった。

 

     ◇

 

「もう着くぜ、兄弟! 社長はすぐそこだ!」

 

 現場へ入るなり、先頭を歩いていたアンドーが振り返った。

 

 朝から工事現場では大勢の作業員とボンプが行き交い、各所で大型重機が稼働している。低く響く駆動音に金属音や作業員たちの声が重なり、白祇重工の現場がすでに動き始めていることを嫌でも感じさせた。

 

「まだ若えが、百獣の王って感じだからな。存分に緊張しな!」

 

「普通は緊張をほぐすんじゃ?」

 

 アキラが思わず返す。

 

 アンドーはそんな疑問など気にした様子もなく、豪快に笑って先へ進んでいく。

 

 ユウトもその後ろを歩きながら、何も言わず口元を緩めていた。

 

「……ユウト?」

 

「ん?」

 

「なんでもない」

 

 何となく気になる反応ではあったが、問い詰めるほどでもない。

 

 そうしてさらに奥へ進んだ、その時だった。

 

「どいて――!」

 

「うおっ!?」

 

 突然飛んできた女性の声に、アンドーが反射的に身を引いた。

 

 直後、近くにあった大型重機が激しく動き、周囲へ機械音が響き渡る。

 

「おい、なんだこりゃ!?」

 

「君か、アンドー! 絶賛点検中だよ! そのまま待ってて!」

 

 重機の傍らにいた女性が、こちらを振り返りもせず声を返した。

 

 健康的な褐色の肌に濃色の髪。頭にはゴーグルを載せ、手にした工具を器用に扱いながら、目の前の機械へ向き合っている。

 

「怖がらないで。ほら、ただのファイアウォールだからね。ぜーんぜん痛くないよ」

 

 まるで小さな子供を宥めるような声音だった。

 

 もちろん、その相手はアキラでもアンドーでもない。

 

「……機械に話しかけてる?」

 

「話しかけてるな」

 

 隣のユウトも、それ以上の感想は出てこなかったらしい。

 

 やがて重機の動きが収まり、先ほどまで響いていた騒々しい機械音も静かになる。

 

「ふぅ……終わったか」

 

 アンドーが安堵したように息を吐いた。

 

 そこへ今度は、背後から低く落ち着いた声がした。

 

「悪い、遅くなった」

 

 振り返ったアキラの視界を、大きな影が埋める。

 

 そこに立っていたのは、白祇重工の作業着を身につけた巨大な熊のシリオンだった。

 

 その圧倒的な体格を見上げた瞬間、アキラの頭に先ほど聞いたばかりの言葉が浮かぶ。

 

 ――百獣の王。

 

「これが百獣の王……白祇重工のボス?」

 

 思わず漏れた言葉に気づき、アキラは小さく咳払いした。

 

「……こんにちは」

 

「ああ、これはこれは。プロキシさん」

 

 熊のシリオンは見た目の迫力とは裏腹に、落ち着いた態度で応じる。

 

「着いて早々、申し訳ない。社長と待っていたところだ」

 

「え? じゃあ……あなたは……?」

 

「何すんだグレース! 降ろせ!」

 

 答えが返ってくるより先に、甲高い怒声が飛んできた。

 

 アキラとユウトが揃ってそちらを見る。

 

 先ほどまで重機を点検していた女性――グレースのところで、小柄な少女が捕まったまま盛大に暴れていた。

 

 鮮やかな赤橙色の髪に特徴的なアイパッチ。黒と赤を基調とした重工業用の装備に身を包んでいる。

 

「こちらが、我が社の社長だ」

 

 熊のシリオン――ベンが、至って真面目な顔で紹介した。

 

「降ろせつってんだろ!」

 

 ようやく解放された少女は乱れた服を直すと、アキラたちへ向き直る。

 

「白祇重工社長のクレタ・ベロボーグだ!」

 

 アンドーが言っていた「百獣の王」と目の前の少女を見比べ、アキラは何とも言えない表情になった。

 

 隣ではユウトが笑いを堪えるように僅かに顔を逸らしている。

 

 初対面から何とも締まらない空気になった――その時、1人の社員がクレタのもとへ小走りで近づいてきた。

 

「社長、アークライト社の皆様がお見えになりました」

 

「もうそんな時間か」

 

 クレタが現場の時計へ目を向ける。

 

 約束していた時刻ちょうどだった。

 

 あと少し早ければ、初対面のプロキシだけでなく、別会社の社長にまで先ほどの姿を見られていたところである。

 

「……危なかった」

 

「何が?」

 

「なんでもねえ!」

 

 首を傾げるグレースを即座に切り捨てる。

 

 ほどなくして社員に案内され、3人の人影がこちらへ近づいてきた。

 

 先頭を歩くのはアークライト社CEO、ヴァレリア・アークライト。その後ろには《クルクル・アカリン工房》の天宮あかりと、助手のツイッギーが続いている。

 

「アークライト社長」

 

「ベロボーグ社長。時間通りだな」

 

「ああ。待たせちゃいねえよ」

 

 短く挨拶を交わしたヴァレリアが周囲へ目を向け、その視線がアキラとユウトのところで止まった。

 

「……なるほど。そちらにも先客がいたか」

 

「ああ。ちょっと仕事の話があってな」

 

 クレタはそれ以上詳しく説明しなかった。

 

 ヴァレリアも尋ねようとはしない。

 

「なら、そちらを先に済ませろ」

 

「いいのか? こっちも約束してた時間なんだが」

 

「こちらは担当者だけでも始められる。パエトーンへの依頼なら、私が聞く必要のない話もあるだろう」

 

 それだけでクレタも意図を理解したらしい。

 

「……助かる、アークライト社長」

 

「企業同士なら当然のことだ」

 

 ヴァレリアが後ろの2人へ目を向ける。

 

「天宮、ツイッギー。先に予定していた確認を始めるぞ」

 

「はーい!」

 

 元気よく返事をしたあかりは、その途中でアキラたちに気づき、ぱっと表情を明るくした。

 

「あっ、ユウトおにい! アキラおにいもおはよー!」

 

「おう。朝から元気だな」

 

「おはよう、あかり」

 

「おはようございます、アキラさん、ユウトさん」

 

 ツイッギーも軽く頭を下げる。

 

「そっちも仕事か?」

 

 ユウトが尋ねると、あかりは大きく頷いた。

 

「うん! 今日は工房と白祇重工のお仕事の話!」

 

「今後の技術協力について、実際の設備や運用環境も確認する予定です」

 

 ツイッギーが簡潔に補足する。

 

「そっちも頑張れよ」

 

「ユウトおにいたちもねー!」

 

 あかりが手を振り、ツイッギーと共にヴァレリアの後を追っていく。

 

 3人が社員に案内されて別区画へ向かい、十分に距離が開いたところで、クレタはアキラたちへ向き直った。

 

     ◇

 

「よう、『パエトーン』。初っ端からみっともねえところを見せちまったな」

 

 先ほどまでとは違い、クレタの表情には白祇重工を率いる社長としての色が戻っていた。

 

「うちへの信頼が揺らいでねえといいんだが」

 

「そこは大丈夫だよ」

 

 アキラが苦笑しながら答える。

 

「ならいい。アンドーから連絡は来てる。腕の立つプロキシが力を貸してくれるって聞いて、こっちもホッとしてたところだ」

 

 クレタはそこで一度言葉を切り、周囲の現場へ視線を向けた。

 

「おたくらも知ってると思うが、うちは最近、地下鉄工事の請負を勝ち取った。けど、それからってもの、『敵』のしつこい妨害に遭っててな」

 

「あー、社長……」

 

 ベンが困ったように口を挟む。

 

「プロキシさんの前で、あいつらを『敵』呼ばわりするのはどうなんだ……」

 

「おい、ベン。甘えたこと抜かしてんじゃねえぞ!」

 

 すぐさま反応したのはアンドーだった。

 

「あの野郎ども、これまで散々汚えマネしてきただろ! あんな奴らに気ぃ遣うこたねえ!」

 

「アンドー……」

 

「それにな!」

 

 アンドーはアキラとユウトへ向き直る。

 

「依頼を受けた瞬間から、プロキシは俺らの兄弟だ! 兄弟に隠しごとはしねえもんだろ!」

 

「まだ正式に受ける前なんだけど」

 

 アキラが苦笑する。

 

「細けえことは気にすんな、兄弟!」

 

「もう兄弟扱いは確定なのな」

 

 ユウトが笑う。

 

 アンドーらしい勢いに少し空気が和らいだものの、これから話す内容まで軽いものではないらしい。

 

 クレタが改めて口を開いた。

 

「……まあ、アンドーの言い方はともかく、外に知られたくねえ問題を抱えてるのは本当だ」

 

 白祇重工では、ホロウ内部での作業を担う知能重機を運用している。

 

 長時間ホロウ内で稼働できるだけでなく、ある程度の自律判断や対話まで可能な機械であり、その開発と改良の中心を担ってきたのがグレースだった。

 

「だから私にとっては、みんな大事な子供みたいなものなんだ」

 

 グレースがそう言うのを聞けば、先ほど重機へ話しかけていた姿にも納得がいく。

 

 だが、そのうち3台が作業中に指令を無視し、ホロウの奥へと姿を消したという。

 

「機械がエーテルに侵蝕されたのか?」

 

 アキラが尋ねる。

 

「原因はまだ分からないよ」

 

 グレースは腕を組み、先ほどまでとは違う技術者の顔を見せる。

 

「ホロウで機械を使っていれば、チップの故障もエーテルの影響も珍しいことじゃない。でも今の白祇重工でそんな話が外に漏れたら、いい攻撃材料にされるだろうね」

 

 地下鉄工事を巡って妨害を受けている最中である。

 

 それならば、クレタがアークライト社の面々をこの場から離した理由もよく分かる。友好的な相手であろうと、わざわざ自社の問題を知らせる必要はない。

 

「……知能重機の性能は充分だったと思うけどな」

 

 クレタが低く呟く。

 

「わざわざ更新する必要があったのかよ。親父の残したコードを論理コアに組み込んだりしなきゃ、こんなことには……」

 

「待って、おチビちゃん」

 

「誰がおチビちゃんだ!」

 

 クレタが即座に噛みつくが、グレースは気にした様子もない。

 

「まだコードやチップが原因だと決まったわけじゃない。それに、美しくて逞しい機械には、その身体に相応しい魂が必要だと思わない?」

 

「魂がどうとか知るか! 社長だからこそ、機械は会社の資産として見なきゃならねえんだよ!」

 

 考え方は正反対だった。

 

 機械そのものを愛し、自分の子供のように扱うグレース。

 

 一方のクレタは、会社を預かる立場からそれを資産として扱おうとしている。

 

 ただし、行方不明になった3台を取り戻さなければならないという結論だけは同じだった。

 

「高え知能重機を3台も失くしたら大損だ。敵の問題があろうがなかろうが、見つけるに越したことはねえ」

 

 クレタはアキラとユウトへ向き直る。

 

「そういうわけだ、プロキシ。行方不明になった重機3台を捜すため、ホロウの奥まで案内してほしい。それがうちらの依頼だ」

 

「手掛かりは?」

 

「3台のうち2台は、ざっくりだが位置のアタリがついてる。詳しいことはグレースとアンドーから聞いてくれ」

 

「なるほどね」

 

 アキラは一度考えてから、隣のユウトを見る。

 

「ユウトは?」

 

「俺は問題なし」

 

 ユウトはいつも通りの調子で肩をすくめた。

 

 ここまで聞けば、依頼の内容は十分に理解できる。

 

 少なくとも今のところ、ユウトが知っている出来事から大きく外れてはいない。だからといって、この先まで同じになると決めつける理由もなかった。

 

「分かった」

 

 アキラがクレタへ向き直る。

 

「その依頼、パエトーンが引き受けるよ」

 

「おお!」

 

 真っ先に反応したのはアンドーだった。

 

「さすが兄弟! 話が分かるぜ!」

 

「だから兄弟になったのは今じゃない?」

 

「細けえことは気にすんな!」

 

「さっきも聞いたな、それ」

 

 ユウトが笑う。

 

 その横で、クレタも僅かに肩の力を抜いた。

 

「助かる。詳しい捜索場所は、この後それぞれ説明する」

 

 それから周囲へ目を向け、声を少し落とした。

 

「それと、この件は外には漏らさないでくれ。今は余計な弱みを見せたくねえ」

 

「もちろん」

 

 アキラは迷わず頷く。

 

「依頼人の機密を勝手に喋ったりしねぇよ」

 

 ユウトも同意する。

 

 少し離れた別区画では、ヴァレリアたちが白祇重工との予定通りの仕事を始めている。

 

 あかりもツイッギーも、こちらで何を話しているのかは知らない。

 

 そして今は、それでいい。

 

 行方不明になった3台の知能重機。

 

 その捜索を目的とした白祇重工からの指名依頼を、パエトーンは正式に引き受けた。

 

 まずは手掛かりのある機体から。

 

 白祇重工との最初の仕事が、ここから始まる。

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