転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
共生ホロウ内部。
崩れたビルの壁面を、紫がかった光がぼんやりと照らしている。
道路は途中で断ち切られ、その先には本来なら別の場所にあるはずの建物が、歪んだ角度で接続されていた。遠くに見える高架道路も、現実の街ならあり得ない方向へ折れ曲がり、別の区画へと続いている。
そんな不安定な空間を、1人の男と1体のボンプが進んでいた。
男――ユウトは、普段Random Playで店番をしている時とは少しばかり雰囲気が違う。
黒に近く、光の加減によって僅かに焦げ茶色を帯びる無造作な髪。その下にある琥珀色の瞳は、いつものようにどこか眠そうに細められている。
身につけているのは黒と濃緑を基調とした動きやすい戦闘服。その上から濃緑から灰緑色の戦闘用ベストを着込み、両手にはグローブ。腰にはホロウ探索用の装備をまとめ、背中には鞘へ収めた刀を斜めに背負っている。
装備の一部には、小さく「00」の刺繍。
さらに口元から鼻先までは黒いマスクで覆われていた。
六分街で見かける少し気だるげな副店長よりも、今の姿から受ける印象は、明らかにホロウでの活動に慣れたエージェントのそれだった。
その少し前を進むのはイアス。
現在はH.D.D.を通じてアキラが感覚を同期させ、イアスの身体を介してホロウ内部を確認している。Random PlayではリンがH.D.D.側からキャロットとエーテル環境を確認し、2人の探索を支えていた。
『ユウト、少し待って』
アキラの声に、ユウトはすぐ足を止めた。
『キャロットと今見えてる地形が少しずれてる。区画の接続が変わったみたいだ』
「早速か」
驚くこともなく、ユウトは周囲を見回す。
少し前まで進行方向の左側にあった崩れた高架が、いつの間にか正面へ回り込んでいる。その下に続いていた道路も途中から消え、代わりに見覚えのない建物の内部へとつながっていた。
ホロウの内部では空間そのものが不安定で、現実世界の距離や方角がそのまま通用するとは限らない。
だからこそ、キャロットを読み、現在の空間構造に合わせて進路を修正するプロキシの存在が重要になる。
『リン、そっちは?』
『今合わせてるよ。エーテル濃度はまだ問題なし。お兄ちゃんが見てる区画の変化も、キャロットと照らし合わせてみるね』
『分かった』
イアスを通して周囲を確認していたアキラが、やがて右手にある建物の隙間へ視線を向けた。
『ユウト。あそこに空間の裂け目がある』
「見えてる」
建物と建物の間。
空気そのものに亀裂が走ったような歪みが浮かんでいる。
周囲の景色がその一点を境に不自然にねジれ、裂け目の向こうには、今いる場所とは異なる景色が断片的に覗いていた。
『このまま通常ルートを進むとかなり遠回りになる。接続先を確認できれば、あれを使った方が早そうだ』
「任せるよ、プロキシ先生」
『誰が先生だよ』
「こういう時くらい持ち上げておこうかなって」
『だったらもう少し気持ちを込めてほしいな』
「善処します」
気の抜けた返事をするユウトに、アキラもそれ以上は突っ込まなかった。
少しして、確認を終える。
『使えそうだ。目的地の近くまで距離を縮められる』
「危険な反応は?」
『接続先の近くに大きな反応はないよ。小型が何体かいるくらい』
「なら使おう」
『うん。僕から行く』
イアスが裂け目へ踏み込む。
小さな身体が歪んだ空間へ消えたのを確認してから、ユウトも続いた。
一歩。
ただ踏み込んだだけのはずなのに、身体を取り巻く感覚が一瞬だけ曖昧になる。
上下も前後も失われ、足を置く場所すらなくなったような奇妙な浮遊感。
だが、それも一瞬だった。
次に足裏へ硬い感触が戻った時には、周囲の景色が完全に変わっている。
先ほどまで遠くに見えていた高架道路が、今ではすぐ頭上を横切っていた。
ユウトは着地すると同時に周囲へ視線を走らせる。
頭上。
建物の陰。
瓦礫の隙間。
足元。
危険がないことを確認してから、僅かに肩の力を抜いた。
「問題なし」
『少し位置はずれたけど、ここからなら指定地点までは近いよ』
「上出来上出来」
『ただ、この先に小型のエーテリアスが2体いる。迂回もできるけど、そっちは結構回ることになる』
「種類は?」
『普通の小型。他の反応も近くにはない』
ユウトは少し考えた後、背中の刀へ手を伸ばした。
「なら倒した方が早いな」
『分かった。僕はここにいる』
イアスが距離を取る。
それを確認してから、ユウトは刀を抜いた。
曲がり角の先。
2体のエーテリアスがこちらへ気づく。
最初の1体が駆け出した。
振り下ろされる腕を半歩だけ身体をずらしてかわし、その横を抜けながら刃を走らせる。
一閃。
そのまま足を止めず、2体目へ。
相手が腕を伸ばすより早く懐へ潜り込み、斜め下から刀を振り抜いた。
異形の身体が大きく揺れる。
背後で最初の個体が起き上がろうとする気配を感じ取ると、ユウトは振り返りざまにもう一閃。
それで静かになった。
刀を軽く払い、鞘へ戻す。
「終わり」
『相変わらず早いね』
「この程度なら遠回りする方が疲れるからな」
無理に戦う必要はない。
だが、戦闘を避けるために時間と体力を余計に使う必要もない。
その時々で、より安全で効率のいい方を選ぶ。
それがユウトのやり方だった。
『ここからは近い。このまま行こう』
「了解」
2人は再び歩き出した。
裂け目を利用したことで、目的地までの距離はかなり縮まっている。
しばらく進んだところで、ユウトが不意に足を止めた。
『どうしたの?』
「いや」
ユウトはしゃがみ込む。
地面に、何か重い物を引きずった跡が残っていた。
自然にできたものではない。
そのすぐ近くには複数人分の足跡もある。
「最近、誰かここを通ってるな」
『採掘に来た人かな?』
「かもしれないけど……」
ユウトは跡へ視線を落としたまま、少し考える。
『でも、あかりちゃんから貰った情報だと、この辺りで他に採掘に来てる業者はいないはずだよ』
リンの言葉に、ユウトは立ち上がった。
「だよな」
少し先へ進む。
今度は壁際に、人工的に削られた跡が見つかった。
さらに進めば、同じような跡がまた1つ。
目的地へ近づくにつれ、その数は明らかに増えていく。
「……嫌な予感がしてきたな」
『僕も』
アキラの声にも警戒が混じる。
そして、ようやく指定された採掘場所へ到着した時。
ユウトは目の前の光景を見て、足を止めた。
「うわぁ……」
目的の素材は、ほとんど残っていなかった。
岩壁には新しい採掘痕が無数に刻まれ、そこにあったはずの鉱石が大部分にわたって削り取られている。
僅かに残っているものだけでは、あかりが必要としている量には到底届かない。
『これは……先を越されたね』
「先を越されたって量じゃないだろ。ほぼ根こそぎじゃん」
ユウトが削られた岩壁へ近づこうとした、その時だった。
「そっちも積め!」
声。
ユウトとイアスが同時に動きを止める。
「ここもそろそろ掘り尽くすぞ!」
さらに別の声が聞こえた。
ユウトはイアスへ手で合図を送り、声のする方向へ慎重に近づく。
物陰から覗く。
そこにいたのは、複数の男たちだった。
採掘用の道具。
運搬用の台車。
そして大量に積まれた、目的の鉱石。
男たちは周囲を警戒しながら作業を続けている。
その装備と様子を見れば、正規の採掘業者には見えなかった。
「……ホロウレイダーか」
『みたいだね』
アキラが答える。
ユウトは積み上げられた鉱石へ目を向けた。
「しかし、すごい量だな」
あかりが必要としている分など、その一部に過ぎない。
ここだけで集めたにしても明らかに多い。
『ちょっと待って』
リンの声が聞こえた。
『この素材、最近どうなってるのか調べてみる。インターノットなら相場とか取引関係の情報は出てると思うから』
「分かる?」
『すぐには無理。書き込みだけじゃ信用できないし、いくつか見比べてみるよ』
「了解。じゃあ頼んだ」
リンが調査を始める間、ユウトは改めてホロウレイダーたちを観察した。
人数。
それぞれが持っている武器。
採掘用の機材。
運搬用の台車。
周囲の出入口。
もし何かあった場合、イアスをどちらへ逃がすべきか。
そこまで確認してから、ユウトは物陰へ戻った。
『どうする?』
「とりあえず話してくる」
『大丈夫?』
「何が?」
『いや……ユウトがそう言った後って、大体面倒なことになりそうだから』
「酷い偏見だ」
ユウトは肩をすくめる。
「必要なのは素材だけだよ。話が通じるなら、それで終わり」
『分かった。僕はここで待ってる』
「ああ。何かあったら離れてて」
ユウトは1人で物陰から出た。
「どうもー」
男たちが一斉に振り返る。
「誰だ!」
「ちょっと素材を探しに来たエージェント」
ユウトは片手を軽く上げる。
「それ、あんたらが採ったやつ?」
「……だったら何だ」
「いや、俺たちも同じものが必要でさ。指定された場所まで行ったら、綺麗さっぱりなくなってたんだよ」
積み上げられた鉱石へ視線を向ける。
「全部とは言わないから、必要な分だけ分けてもらえない?」
「帰れ」
「そこをなんとか」
「失せろ!」
「駄目かぁ」
ユウトは困ったように頭を掻いた。
「こっちも手ぶらで帰るわけにはいかないんだけどな」
「知るか!」
男の1人が武器を抜いた。
それを合図にするように、周囲の者たちもそれぞれ武器を構える。
ユウトは小さくため息をついた。
「……話し合いで済ませたかったんだけどな」
その頃。
Random Playでは、リンがH.D.D.の傍らでインターノットに表示された複数のページを順番に確認していた。
素材の取引価格。
少し前の相場。
業者による入荷情報。
一般の取引掲示板に残された書き込み。
1つだけなら当てにはならない。古い情報や根拠のない噂も混じっているため、日付と内容を照らし合わせながら使えそうなものだけを拾っていく。
「……やっぱり」
いくつかの情報を見比べて、ようやく傾向が見えてきた。
リンは通信へ意識を戻す。
『お兄ちゃん、ユウト兄。今ちょっと分かったんだけど――』
しかし。
向こうから聞こえてきたのは、話し声ではなかった。
武器同士がぶつかる音。
何かが地面へ倒れる音。
「……あれ?」
リンが目を瞬く。
戦闘は、既に始まっていた。
◇
最初の男が踏み込んだ。
振り下ろされる武器。
ユウトは刀を抜かない。
半歩だけ身体をずらし、攻撃をかわすと同時に相手の腕を掴む。
勢いを利用して引き込み、足を払った。
男の身体が地面へ転がる。
「こいつ!」
すぐに2人目が迫る。
繰り出された拳を身体を沈めてかわし、懐へ入る。
腹へ掌底。
息を詰まらせた男の体勢を崩し、そのまま地面へ投げた。
背後から別の男。
ユウトは振り返らない。
踏み込みの音。
武器が空気を切る音。
僅かに身体をずらす。
刃が肩の横を通過した。
伸びきった腕を掴み、そのまま関節を極める。
「ぐっ!」
手から武器が落ちる。
ユウトは男を地面へ伏せさせると、すぐに手を離した。
「撃て!」
今度は銃声。
だが、弾丸が通り抜けた時には、ユウトは既に射線から外れていた。
「人に向けて撃つのは危ないだろ」
背中の刀を抜く。
銃を構え直そうとした男へ、一気に距離を詰めた。
刃が閃く。
切ったのは男ではない。
手にしていた銃だけが弾き飛ばされる。
「なっ――」
驚いた瞬間には、ユウトの拳が鳩尾へ入っていた。
男が崩れ落ちる。
「何なんだ、こいつ……!」
思わず漏れた声に、ユウトは僅かに首を傾けた。
「……それ、今言う必要ある?」
次の男が武器を振り上げる。
ユウトは一歩踏み込み、その軌道から身体を外す。
手首を取る。
重心を崩す。
そのまま投げる。
攻撃をかわし。
懐へ入り。
武器を落とし。
倒す。
必要以上には傷つけない。
しかし、再び襲いかかれる余裕も残さない。
やがて。
立っているホロウレイダーはいなくなった。
ユウトは刀を鞘へ戻す。
「だから話し合いで済ませたかったのに」
少し離れた場所で待っていたイアスへ目を向ける。
『終わった?』
「ああ。全員生きてるし、大怪我もなし」
戦闘が終わったことを確認してから、リンが改めて声をかけた。
『ユウト兄、さっき調べてた素材のことなんだけど』
「何か分かった?」
『うん。インターノットに出てる情報をいくつか見比べただけだから詳しいところまでは分からないけど、最近、この素材は前より出回る量が減ってるみたい』
「供給が減ってる?」
『たぶん。入荷が少ないって書いてる業者がいくつかあったし、取引価格も少し前より上がってる。個人の書き込みにも似たような話があったよ』
ユウトは積み上げられた大量の鉱石を見る。
「なるほどねぇ」
ここにある量を考えれば、多少は気になる話だった。
だが、インターノットで拾える公開情報だけでは、流通量が減った原因まで分かるはずもない。
「まあ、その辺は帰ってから考えるか。今は依頼の分を――」
その時だった。
地面が揺れた。
「……ん?」
ユウトが顔を上げる。
再び。
今度は先ほどより大きな振動。
積み上げられた鉱石が揺れ、そのうちの1つが地面へ転がり落ちた。
『ユウト』
アキラも異変に気づく。
ほぼ同時に、リンの声が飛んだ。
『大きなエーテル反応が近づいてる!』
「戦闘音に寄ってきたか」
遠くから重い音が響く。
一歩。
また一歩。
近づくたびに地面が震え、周囲の瓦礫が小さく跳ねる。
倒れていたホロウレイダーたちも異変に気づいた。
「な、なんだ……?」
「おい、何か来るぞ……!」
崩れた建物の向こう。
巨大な影が動く。
やがて姿を現したのは、通常の個体とは明らかに規模の違う大型エーテリアスだった。
「嘘だろ……」
「逃げろ!」
ホロウレイダーの1人が立ち上がろうとする。
だが、先ほどユウトに制圧されたばかりだ。
まともに走れる状態ではない。
他の者たちも同じだった。
大型エーテリアスがこちらを認識する。
低い咆哮が響き、空気が震えた。
ユウトは大型エーテリアスを見る。
次に。
地面へ倒れているホロウレイダーたちへ視線を落とす。
先に襲ってきたのは向こうだ。
採掘場所から鉱石を根こそぎ持ち去った連中でもある。
自業自得と言ってしまえば、それまでだろう。
「……自業自得ではあるんだけどなぁ」
小さくぼやく。
それでも、ユウトは刀へ手を伸ばした。
「まあ、見捨てるわけにもいかないか」
『ユウト』
「ああ」
ユウトは刀を抜いた。
「アキラ、もっと離れて」
『分かった』
イアスが大型エーテリアスから距離を取っていく。
ユウトはそれを確認してから、ホロウレイダーたちの前へ出た。
「ほんと、素材を採って帰るだけのつもりだったんだけどなぁ」
大型エーテリアスが身体を沈める。
突進の構え。
ユウトは刀を握り直す。
黒いマスクの上。
普段は眠そうに細められている琥珀色の瞳が、ゆっくりと開いた。
そして――。
大型エーテリアスが地面を蹴った。