転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
# 素材採取のはずだったのに
共生ホロウ内部。
現実の街並みを歪めて切り取り、無秩序につなぎ合わせたような空間を、一人の男と一体のボンプが進んでいた。
男――ユウトは、普段Random Playで見せている姿とは少しばかり雰囲気が違う。
銀色の髪には、紺色のバンダナ。
そこにはイアスをはじめ、アキラとリンが普段使用しているボンプたちとお揃いの柄が入っている。
顔の下半分は黒いマスクで覆われ、上半身には動きやすさを重視した濃色の戦闘服。その上から多数のポケットが備わったベストを身につけ、手には指先の開いたグローブ。
腰回りにはホロウ探索に必要な装備がまとめられ、背には一本の刀が斜めに背負われている。
六分街で普段見せている、どこか気の抜けた副店長の姿とは少し違う。
今のユウトを見れば、彼がホロウで活動するエージェントだということは一目で分かるだろう。
「ンナ、ンナ!」
少し前を歩いていたイアスが振り返る。
「はいはい。ちゃんとついてってるよ」
ユウトは気の抜けた声で返す。
だが、その視線は周囲を絶えず確認していた。
イアス。
パエトーンがホロウ探索に使用しているボンプであり、今はHDDシステムを介してアキラが意識を同期させている。
つまり、この場にアキラ本人はいない。
しかし、イアスの目を通して現場を確認し、ユウトと共にホロウを進んでいる。
『ユウト。次の交差点を右へ』
「了解」
ユウトは足を止めることなく方向を変える。
今回の目的地までの経路は、あかりが用意したキャロットに記録されている。
もっとも、ホロウ内部の構造は常に変化する。
キャロットに記録された経路と現在の状況が完全に一致する保証はない。
そのため二人は、キャロットと実際の地形を照らし合わせながら慎重に進んでいた。
『今のところ、大きなズレはないね』
「じゃあ、このまま目的地まで行けそうだな」
『油断はしないでね』
Random Playから二人を見守っているリンの声が通信に入る。
「分かってるよ」
ユウトは軽く返事をしながら、曲がり角の先を確認した。
「でもまあ、今回は素材採って帰るだけだろ?」
『そういうこと言うと何か起こりそうだからやめて』
「俺に対する信用がない」
『むしろ経験から信用してるの』
「何を?」
『ユウトがそういうこと言った時は、大体面倒なことが起こるって』
「解せぬ」
アキラの意識が入ったイアスが、何とも言えない顔でユウトを見上げる。
「イアスまでそんな顔する?」
「ンナ」
「お前アキラだろ」
「ンナンナ」
「誤魔化したな?」
『お兄ちゃん、遊んでないで進んで』
リンの声に促され、二人は再び歩き出した。
しばらくは何事も起こらなかった。
途中で数体のエーテリアスと遭遇したものの、ユウトが手早く片付ける。
キャロットと現在位置を確認。
問題なし。
目的地までの経路も生きている。
この調子なら、本当に簡単な素材回収で終わる。
――はずだった。
「イアス、止まれ」
「ンナ?」
イアスがぴたりと止まった。
『どうしたの?』
ユウトは答えず、その場にしゃがみ込む。
地面に残っている痕跡を指先でなぞった。
何か重い物を引きずった跡。
しかも、一つではない。
さらに視線を動かす。
近くの壁には、明らかに人工的につけられた傷があった。
「……これ、採掘した跡だな」
『採掘?』
「ああ。それも結構新しい」
ユウトが立ち上がる。
『あかりちゃんからもらった情報には、採掘作業が行われてるなんてなかったよ』
「だろうな」
ユウトは周囲を見渡した。
地面には足跡も残っている。
一人や二人ではない。
「先客がいるみたいだ」
その予想は、すぐに当たった。
目的地に近づくにつれ、削られた岩盤が目立ち始める。
そして本来なら素材が採取できるはずだった場所へ到着すると――。
「……ありゃ」
ユウトが頭を掻いた。
ほとんど残っていなかった。
目的の素材そのものは確認できる。
だが、大部分がすでに採掘されている。
残った欠片だけでは、あかりが必要としている量には到底届かない。
「二週間待たされた挙げ句、今度は材料まで品切れか」
『あかりちゃん、今日は本当に運が悪いね……』
リンが同情する。
その時だった。
「おい、そっちも積め!」
人の声が聞こえた。
ユウトとイアスが同時に動きを止める。
「急げ! ここもそろそろ掘り尽くすぞ!」
「次の場所に移る準備しろ!」
ユウトはイアスへ目配せすると、物陰へ移動した。
そこから声の方向を確認する。
複数の男たちがいた。
装備はバラバラ。
採掘用の機材だけでなく、武器を持った見張りまでいる。
そして彼らの近くには、大量の素材が積み上げられていた。
あかりが求めているものと同じ素材だ。
「……ホロウレイダーか」
ユウトが小さく呟く。
『待って。こっちでも調べてみる』
アキラがすぐに動く。
しばらくして、イアスがユウトを見上げた。
『見つけた』
「何か分かった?」
『最近、この素材の取引価格がかなり上がってる』
「へえ」
『それと同時に市場への供給量が減ってる。元々それほど大量に流通してる素材じゃないけど、最近になって特に入手しづらくなってるみたいだ』
リンも状況を理解したらしい。
『じゃあ、もしかして……』
「あいつらが勝手に採って持っていってるせいで、市場に出回る分まで減ってる?」
『少なくとも、原因の一つかもしれないね』
高値で取引される素材。
人目の届かないホロウ内部。
そして、大量に素材を採掘しているホロウレイダー。
偶然とは考えづらい。
「なるほどねぇ」
ユウトは積み上げられた素材を見る。
「あかりが必要な部品をすぐ用意できなかった理由、こっちにもあったわけか」
『どうする、お兄ちゃん?』
リンが尋ねる。
「とりあえず――」
ユウトが立ち上がった。
「交渉してみるか」
『交渉?』
「平和的に素材を分けてもらえるかもしれないだろ?」
『その可能性どれくらいあると思ってる?』
「一割」
『高く見積もったね』
「だろ?」
ユウトは何食わぬ顔で物陰から出た。
「どうもー」
「!?」
ホロウレイダーたちが一斉に振り返る。
「誰だテメェ!」
「通りすがりのエージェント」
ユウトは軽く手を上げた。
その後ろからイアスも姿を現す。
「ンナ!」
「……ボンプ?」
「プロキシまでいやがるのか!」
何人かが即座に武器へ手を伸ばした。
ユウトは気にせず、積み上げられた素材を指差す。
「俺たちもそれが必要なんだよ」
「あぁ?」
「全部とは言わないからさ。ちょっと分けてもらえない?」
一瞬。
沈黙。
そして。
「ハッ!」
男の一人が笑った。
「馬鹿かテメェ?」
「あ、やっぱ駄目?」
「こいつが今いくらで売れると思ってんだ!」
「最近高いらしいね」
「だったら話は早え!」
男が武器を構える。
「これは全部俺たちのもんだ!」
「いや」
ユウトが周囲を見回した。
「勝手に掘ったものだろ?」
空気が変わった。
「……何?」
「正規の採掘業者には見えないし」
ユウトは肩をすくめる。
「違法採掘だよな、これ」
「だったらどうした!」
別の男も武器を抜いた。
「ホロウの中じゃ誰も見てねえ!」
「なるほど」
ユウトはため息をつく。
「交渉失敗」
『でしょうね』
リンから即座に返ってきた。
『ユウト』
アキラの声。
『できるだけ騒ぎは小さくして』
「了解」
ユウトの右手が背中へ伸びる。
刀の柄を握った。
「イアス」
「ンナ!」
イアスが後方へ下がる。
ホロウレイダーの一人が笑った。
「一人で俺たち全員を相手にする気か?」
「いやいや」
ユウトは首を横に振る。
「できれば帰ってくれると助かる」
「ふざけんな!」
男が飛び出した。
「はぁ……」
ユウトが小さく息を吐く。
次の瞬間。
「――遅い」
「は?」
男の視界からユウトが消えた。
直後。
「ぐっ!?」
鳩尾に衝撃。
男の身体が折れ、そのまま地面へ崩れ落ちる。
「テメェ!」
横から別の男が武器を振り下ろした。
ユウトは半歩だけ身体をずらす。
空振り。
腕を取る。
そのまま勢いを利用して――。
「ほい」
「ぐあっ!?」
地面へ叩きつけた。
「この野郎!」
背後から一人。
ユウトは振り返らない。
背負った刀を鞘ごと振るう。
ゴッ!
「がっ!」
顎を打ち抜かれた男が仰向けに倒れる。
「撃て!」
銃口が向けられた。
だが。
「え?」
引き金を引くより先に、そこからユウトの姿が消える。
「どこ行きやがった!?」
「上」
声。
男が顔を上げた。
「は?」
直後、上から降ってきたユウトの踵が肩へ叩き込まれた。
「ぐえっ!」
「四人」
『数えてるの?』
「暇だから」
『戦闘中だよね?』
「うん」
『……余裕そうだね』
「まあ、このくらいなら」
残っていたホロウレイダーたちの顔が引きつる。
「な、なんだこいつ……」
「聞いてねえぞ!」
「囲め!」
数人が同時に飛びかかった。
ユウトはようやく背中の刀を抜く。
刃がホロウ内部の光を反射した。
男たちの動きが一瞬止まる。
「安心しろ」
ユウトは刀をくるりと返した。
「斬る気はないから」
それから一分もかからなかった。
「ぐぅ……」
「いてぇ……」
「なんなんだよ……こいつ……」
ホロウレイダーたちは揃って地面へ転がっていた。
「はい、おしまい」
ユウトは刀を鞘へ戻した。
「ンナ!」
イアスが嬉しそうに両手を上げる。
「いえーい」
ユウトも手を上げる。
パンッ。
軽くハイタッチ。
『二人とも遊ばない』
「はい」
「ンナ……」
ユウトは改めて積み上げられた素材を見る。
「あかりが必要な分は十分ありそうだな」
『うん。むしろ余裕がある』
「じゃあ必要量だけ確保して――」
ズン。
「……ん?」
ユウトが止まった。
イアスも周囲を見回す。
ズン。
先ほどより大きい。
地面が僅かに揺れた。
倒れていたホロウレイダーの一人が顔を上げる。
「お、おい……」
その顔から血の気が引いていく。
「まさか……」
ズン――。
今度は明確に近い。
『ユウト!』
アキラの声が飛ぶ。
『大型のエーテル反応!』
「どっち?」
『そっちに向かってる!』
「なんで!?」
『たぶん、さっきの戦闘音!』
リンの言葉に、ユウトが黙る。
「…………」
倒れているホロウレイダーたちを見る。
自分を見る。
イアスを見る。
「ンナ?」
「……俺のせい?」
『向こうから仕掛けてきたんだから、全部ではないよ』
「アキラのフォローが優しい」
『でも戦闘音を出したのはユウトだよね』
「リンの追撃が痛い」
ズンッ!!
瓦礫が弾け飛んだ。
「うわああっ!?」
ホロウレイダーたちから悲鳴が上がる。
崩れた壁の向こう。
そこから巨大な影が姿を現した。
通常のエーテリアスとは明らかに違う巨体。
身体の各所からエーテル結晶を突き出し、異形の腕が地面を抉る。
低い咆哮が空間そのものを震わせた。
「……でかいな」
ユウトが見上げる。
「ひっ……!」
「逃げろ!」
先ほどまで威勢のよかったホロウレイダーたちが、這うように後退する。
しかし、負傷した状態では満足に逃げることもできない。
大型エーテリアスの視線がこちらを向いた。
「素材採って帰るだけだったんだけどなぁ」
『最初にそれ言ったの誰だっけ?』
「俺です」
『ほら』
「次から気をつけます」
『本当に?』
「努力はする」
ユウトは一歩前へ出た。
自然と、倒れているホロウレイダーたちと大型エーテリアスの間に立つ形になる。
『ユウト』
アキラの声が低くなる。
『戦える?』
「問題ない」
先ほどまでと変わらない、気の抜けた返事。
だが。
ユウトの視線だけが変わった。
大型エーテリアスの身体。
手足。
関節。
エーテル結晶。
動き。
一つずつ静かに確認していく。
「イアス」
「ンナ!」
「少し下がってろ」
イアスが後退する。
ユウトは背中へ手を伸ばした。
ゆっくりと刀を抜く。
大型エーテリアスが咆哮した。
「うるさいなぁ」
ユウトは刀を構える。
「こっちは早く帰りたいんだけど」
地面が砕けた。
巨体が動き出す。
「しょうがない」
ユウトも前へ踏み出す。
「さっさと片付けるか」
大型エーテリアスが迫る。
それを迎え撃つように、ユウトが地面を蹴った。
本来ならば、ただ素材を採って帰るだけだった今回の依頼。
どうやら、そう簡単には終わってくれないらしい。