転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
巨大な工業用パイルドライバーが、ホロウの中を駆けていく。
フライデーが地面を踏み締めるたびに重い振動が走り、周囲に積み重なっていた瓦礫がぱらぱらと崩れ落ちた。本来なら建設現場でその力を振るうはずの知能重機は、後ろを振り返ることもなくホロウの奥へ向かっている。
「待てっつってんだろ、フライデー!」
先頭を走るクレタが怒鳴った。
しかし、フライデーは止まらない。
「社長! ありゃ止まる気ねえぞ!」
少し後ろを走るアンドーの声に、クレタは前を向いたまま言い返す。
「見りゃ分かる!」
「ンナ、ンナ!」
イアスも懸命に後を追っている。その視界を借りてホロウを観測しているアキラから、すぐに通信が飛んできた。
『この先で通路が分かれてる。フライデーは右へ――待って。そっちは途中で崩落してる!』
「なら追いつけるか?」
ユウトが問い返した直後だった。
前方で轟音が響く。
フライデーは速度を落とすどころか、そのまま崩落した瓦礫へ突っ込んだ。
巨大なパイルドライバーが持ち上がり、凄まじい一撃が障害物へ叩き込まれる。砕けた瓦礫が左右へ飛び散り、それまで塞がれていた通路に強引な道が作られた。
「……自分で道まで作りやがった」
『しかも迷ってない。最初から向かう場所が分かってるみたいだ』
「ああ。俺にもそう見える」
単に制御を失って暴走しているだけなら、もう少し無秩序な動きになってもいい。だがフライデーは違う。追ってくる自分たちから逃げながら進路を選び、障害物があれば最短の手段で排除している。
「グレース!」
走りながらクレタが呼びかける。
「見てるよ、おチビちゃん」
後方のグレースは端末を操作しながら、フライデーから目を離していなかった。
「停止命令は無視。外部から制御系へ割り込もうとしても弾かれる。ふふっ、ずいぶん賢くなったじゃないか」
「嬉しそうに言ってる場合か!」
「だって気になるじゃないか。この子たちに何が起きてるのか」
「調べんのは捕まえてからにしろ!」
「はいはい」
返事こそ軽いものの、グレースの目は真剣だった。
さらに後ろから、あかりとツイッギーもついてくる。
「ちょ、ちょっと待ってぇ……! フライデー、速いよぉ!」
「あかり、無理して追いつかなくていいから!」
ツイッギーは速度を合わせながら、あかりが転ばないようすぐ横についていた。
ユウトは一度だけ後ろを振り返る。
「あかり! 無理して前まで来んな! ツイッギーから離れなきゃいい!」
「分かったー!」
『あかりたちが追いつけるルートも探しておく。ユウトは前をお願い』
「あいよ」
アキラに後方を任せ、ユウトは再び速度を上げた。
その直後。
『みんな、前!』
通信越しのアキラの声が鋭くなる。
イアスが急停止するのとほぼ同時に、ユウトも進行方向から近づいてくる気配を捉えた。
フライデーが破壊した瓦礫の向こうから、複数のエーテリアスが姿を現す。先ほどから響き続けていた重機の駆動音と破砕音に引き寄せられたらしい。
だが、フライデーは止まらない。
進路上のエーテリアスを強引に弾き飛ばし、そのまま奥へ走っていく。
「社長、どうする!」
武器を構えたアンドーが尋ねる。
「決まってんだろ!」
クレタもハンマーを握り直した。
「フライデーを見失うな! 邪魔する奴はぶっ飛ばす!」
「おう! そうこなくっちゃな!」
アンドーが真っ先に飛び出す。
「行くぜ、相棒!」
唸りを上げたドリルが、正面から迫ったエーテリアスへ叩き込まれた。まともに受けた敵が大きく後退するが、その横から別の個体が飛びかかる。
「アンドー、右だ!」
ベンの声にアンドーがすぐさま身を引いた。
空振りした爪が地面を抉り、そこへベンが踏み込んで敵の追撃を受け止める。
「今だ、社長!」
「分かってる!」
クレタはすでに動いていた。
ベンが押し返した敵の死角へ潜り込み、振り抜いたハンマーを胴体へ叩き込む。吹き飛ばされたエーテリアスが瓦礫の山へ突っ込み、進路が開いた。
「行くぞ!」
クレタが走り出す。
ユウトもその横へ並んだ。
前方にはまだ2体。
1体がクレタへ狙いを定める。
ユウトが先に踏み込み、振り下ろされた腕を忍者刀で受け流した。そのまま身体を捻って横へ抜けると、勢いを殺せなかった敵の体勢が崩れる。
「アンドー、そっち頼む!」
「任せろ、兄弟!」
応じたアンドーが飛び込み、無防備になった敵へドリルを叩き込んだ。
「よっしゃ!」
「まだ前見とけ。もう1体いるぞ」
「分かってるって!」
残った1体が横から迫る。
だが、今度は全員が同じ敵へ向かう必要すらなかった。
ベンがその進路へ身体を入れて足を止める。その間にクレタたちは横を抜け、追いついたグレースが援護に回った。
ユウトはそれを横目に、前方へ視線を戻す。
白祇重工の面々は、一見すれば好き勝手に動いているようにも見える。
アンドーは勢いよく突っ込む。クレタも前へ出る。グレースは興味を持ったものへすぐ目を向け、ベンはそんな仲間たちに振り回されている。
だが戦闘になれば印象は変わった。
誰が前へ出るのか。誰が攻撃を受けるのか。誰が生まれた隙へ火力を叩き込むのか。
互いに説明するまでもなく理解している。
なら、自分まで同じ場所へ手を出す必要はない。
「ユウト、後ろだよ!」
今度はグレースの声が飛んだ。
「見えてる!」
戦列から抜けたエーテリアスが、後方のあかりへ向かっている。
ユウトが進路を変える。
だが、敵があかりへ届くより先にツイッギーが前へ出た。
「させない!」
攻撃を叩き込み、エーテリアスの足を止める。
「あかり、下がって!」
「うん!」
あかりが素直に距離を取った。
敵の注意がツイッギーへ向いたところで、ユウトが側面へ入る。忍者刀が一閃し、敵が振り向いた瞬間、反対側からツイッギーの追撃が叩き込まれた。
「よし」
「こっちは大丈夫。前へ行って!」
「任せたぞ」
「ええ!」
これなら後ろは問題ない。
ユウトはすぐ前線へ戻った。
『次の分岐を左! フライデーもそっちへ向かってる!』
「聞いたな!」
クレタの声に全員が進路を変える。
そこから先は早かった。
アンドーが敵を押し込み、ベンが抜けてきた相手を止める。クレタが進路を切り開き、グレースは周囲を観察しながら死角から近づく敵を知らせる。アキラはイアスを通して進路を示した。
そして、そのどこかに穴が生まれればユウトが埋める。
最初は合わせていた。
だが数度繰り返すうちに、それすら必要なくなっていく。
「……悪くねえな」
走りながらユウトが呟いた。
「何がだ?」
隣を走っていたクレタが聞き返す。
「いや。あんたらとの仕事」
「今それ言うか?」
「今だからだろ」
「余裕あんな、お前!」
「そっちこそ」
クレタが一瞬だけ笑った。
「なら最後まで付き合え!」
「もちろん」
即席だったはずの連携は、戦いながら少しずつ形になっていた。
◇
『フライデーの速度が落ちた!』
通信越しにアキラが告げる。
長い追跡の末、一行は開けた区画へ飛び込んだ。
中央にはフライデー。
それ以上逃げることなく、巨大な機体をこちらへ向けて停止している。
「やっと追いついたか……」
ベンが息を整えた。
「もう逃がさねえぞ、フライデー!」
クレタはハンマーを構えたまま、一歩前へ出る。
ユウトも忍者刀を下ろさない。
フライデーの駆動音は止まっていなかった。
「おい、フライデー」
クレタが呼びかける。
「もう追いかけっこは終わりだ。何がしたいのか、ちゃんと話せ」
返事はない。
「ハンスは自由だなんだって騒いで、グレーテルは恋だなんだって走り回った。で、お前は何なんだ?」
しばらく沈黙が続く。
そして――。
「喝ッ!」
突然響いた大声に、ユウトまで僅かに目を見開いた。
「無礼者! 我には果たすべき使命がある! この地の封印を固めねばならぬのだ!」
一瞬、誰も反応できなかった。
「……封印?」
後方まで追いついたあかりが首を傾げる。
ツイッギーも困ったようにフライデーを見た。
「お、おい……」
アンドーが口元を押さえる。
「フライデー、お前いつからそんな喋り方に――」
「我が使命を愚弄するでない!」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「その顔がすでに語っておる!」
「悪い!」
「謝るならば態度を改めよ!」
とうとうアンドーが吹き出した。
クレタは呆れたように額へ手を当てる。
「……何なんだよ、こいつ」
「封印が破られれば、この地に災いが訪れよう! ゆえに我は使命を果たさねばならぬ!」
フライデーの駆動音が一気に高まった。
ユウトの表情が変わる。
「来るぞ!」
「我が使命を妨げる者よ――退け!」
巨大なパイルドライバーが地面へ叩き込まれた。
衝撃。
次いで、地面を這うような衝撃波が周囲へ一気に広がる。
「散れ!」
クレタが叫んだ。
全員が左右へ飛ぶ。
衝撃波が通過した直後、フライデーが巨体からは想像しにくい速度で突進してきた。
「この子を壊すんじゃないよ!」
距離を取りながらグレースが声を飛ばす。
「分かってる!」
クレタが怒鳴り返す。
「絶対だよ! 傷つけるのもできるだけなし!」
「注文多いんだよ!」
「大事な子なんだから当然だろ?」
「じゃあグレースが捕まえろ!」
「だからみんなにお願いしてるんじゃないか」
「ったく!」
フライデーが旋回する。
再びパイルドライバーが持ち上がった。
『また来る! 今度はさっきより範囲が広い!』
アキラの警告が飛ぶ。
「全員、足止めんな!」
クレタの声と同時に、フライデーの一撃が落ちる。
轟音。
広がった衝撃波をユウトは跳び越え、着地と同時に走り出した。その横ではアンドーが勢いを殺さず駆け抜け、ベンはグレースの前へ回り込んで飛んできた瓦礫を受け止めている。
「厄介だな、こいつ」
ユウトがフライデーを見据える。
「壊していいなら話は早いんだけどな!」
クレタも歯噛みした。
「聞こえてるよ、おチビちゃん?」
「だから壊さねえって!」
『正面から止めるのは危険だ』
アキラが割って入る。
『右側に崩れた構造物がある。左へ誘導できれば、その先は行き止まりだ!』
「左だな!」
クレタが即座に判断する。
「アンドー、左を空けろ! グレースは右を塞げ!」
「おう!」
「了解」
アンドーとグレースが動く。
ユウトは指示を待たず、その間に生まれる逃げ道へ回り込んだ。
フライデーが再び突進態勢へ入る。
正面に残ったのはベンだった。
「おいおい」
ユウトが眉を上げる。
「まさか正面から受ける気か?」
「真正面からじゃないさ」
ベンは重心を落とした。
クレタもその動きを見て、すぐに駆け出す。
「社長!」
フライデーとの距離を測りながら、ベンが呼ぶ。
「分かってる!」
それ以上の打ち合わせはなかった。
「我が道を阻むでない!」
フライデーが突進する。
激突する寸前、ベンが動いた。
真正面から力比べをするのではない。突進を受け止めながら勢いを逸らし、僅かにフライデーの姿勢を崩す。
その瞬間には、クレタも懐へ飛び込んでいた。
何度も共に戦ってきたのだろう。片方が隙を作れば、もう片方がそこへ迷わず踏み込む。互いに次の動きを説明する必要すらない。
「行くぞ、社長!」
「おう!」
ベンとクレタの動きが噛み合う。
巨体を逸らす力と、小柄な身体から振るわれるハンマー。その2つがほとんど同時にフライデーの均衡を崩した。
「おらぁっ!」
激しい金属音が響く。
狙いは機体を壊すことではない。
フライデーの巨体が大きく傾き、片側の脚部が地面を滑った。
「ぬうっ! この程度で我が使命は阻めぬ!」
倒れない。
フライデーは強引に踏ん張り、再び機体を起こそうとする。
「まだ来るぞ!」
アンドーが警告する。
「だったら動けなくすりゃいい!」
クレタもすぐさま次へ移る。
フライデーが方向を変えた。
その先にユウトが立つ。
「悪いな」
忍者刀を構えながら、ユウトは肩をすくめた。
「そっちは通行止めだ」
「退け! しつこいぞ!」
「悪いが、それは無理な相談だな」
ユウトが退かないと見るや、フライデーは反対側へ機体を向ける。
そこにはアンドーが待っていた。
「逃がさねえぜ!」
「ぬう……!」
さらに逆方向では、グレースが端末を操作する。
「こっちも通行止めだよ」
周囲に残されていた工事設備が動き、最後の退路を塞いだ。
前にはクレタとベン。
左右にはアンドーとユウト。
後ろにはグレース。
完全に囲まれる。
「年貢の納め時だな、フライデー」
クレタがハンマーを肩へ担いだ。
「大人しく帰ってこい」
「ならぬ!」
フライデーはなおも声を張り上げる。
「我には果たすべき使命がある! 封印を固め、この地を守らねばならぬのだ!」
グレースが目を細めた。
「フライデー」
「何用か!」
「その使命は、誰から教えられたんだい?」
「決まっておろう!」
フライデーは一切迷わなかった。
「すべては、わが師ホルスの導きによるものなり!」
空気が変わった。
先ほどまで笑っていたアンドーから表情が消える。
ベンも言葉を失った。
グレースの目が細くなる。
そしてクレタは――。
「……何だって?」
低い声だった。
「わが師より使命を授かった! ゆえに我は封印を固めねばならぬ!」
「待て」
クレタが遮った。
「なんで……あいつの名前が出てくる?」
フライデーは答えない。
いや、それ以上のことは本人にも分からないのだろう。
ユウトは何も知らない者として、そのやり取りを黙って見ていた。
少し後ろでは、あかりも口を閉ざしている。
2人だけは知っている。
この先に何が待っているのかを。
◇
ハンス。
グレーテル。
フライデー。
行方不明になっていた3台の知能重機は、ようやくすべて白祇重工へ戻ってきた。
だが、最後の1台を連れ戻したことで、依頼は単純な迷子探しでは終わらなくなった。
「兄貴! 聞いてくれ!」
戻ってきたハンスは相変わらず賑やかだった。
「オレちゃん、あのホロウでも大活躍だったんだぜ!」
「おう! さすが俺の兄弟だ!」
アンドーが機嫌よく応じる。
少し離れた場所では、グレーテルが物憂げな声を漏らしていた。
「真白クン……」
「まだ気になるのかい?」
グレースが苦笑する。
「べ、別にいいでしょ。あたしが誰を想ってたって……」
「いいとも。誰も悪いなんて言ってないさ」
「……また会えるかしら、真白クン」
「会えるといいね」
「……随分扱いに差がねえ?」
ユウトが小声で呟く。
『まあ、グレースだし』
通信越しのアキラも苦笑していた。
そして最後の1台。
「我が使命はまだ終わっておらぬ!」
「はいはい。分かったから今は大人しくしてろ!」
クレタが言い返す。
「しかし、封印を固めねば――!」
「それもこれから調べんだよ!」
「我が使命を果たすためとあらば……致し方あるまい」
「最初からそうしろ!」
いつもの調子が戻ってくる。
だが、3台とも以前とは明らかに違っていた。
故障しているようには見えない。むしろ以前より明確な意思を持ち、それぞれが自分の考えを言葉にしている。
「ねえねえ、グレースおねい」
あかりが目を輝かせながら3台を見上げた。
「この子たちの論理コア、ちゃんと調べるんだよね?」
「もちろん」
グレースも楽しそうに笑う。
「何が起きたのか、隅々まで調べないとね」
「わたしも見たい!」
「いいよ。手伝ってくれるかい?」
「やったー!」
「……あかり」
ツイッギーが横からじっと見る。
「無茶なことはしないよ?」
「まだ何も言ってないけど」
「顔に書いてあるよ」
「えへへ」
「褒めてないからね」
そんなやり取りを横目に、ユウトは小さく肩をすくめた。
◇
調査には、それなりの時間がかかった。
3台の論理コア、制御系、行動ログ、そしてエーテル侵蝕の有無。グレースが中心となって一つずつ確認し、あかりも許可された範囲でその作業を手伝っていく。
そして――。
「おかしいね」
しばらくして、端末を見ていたグレースが口を開いた。
「何がだ?」
クレタが尋ねる。
「壊れてない」
「……は?」
「3台ともさ。論理コアに故障はない。それどころか、エーテル侵蝕を受けた痕跡も見つからない」
グレースが端末に並んだ数値を示す。
あかりも横から覗き込み、小さく尻尾を揺らした。
「ほんとだ。それどころか……前より処理効率が上がってる?」
「正解」
グレースが楽しそうに笑う。
「この子たち、賢くなってるんだ」
「勝手に逃げ出すくらいにな」
クレタが半眼になる。
「それは別問題」
「オレちゃんは元から賢いぜ!」
ハンスがすかさず割り込む。
「はいはい」
「なんだよ、その返事!」
「真白クンへの気持ちは、性能とか関係ないんだから……」
グレーテルまで続く。
「もちろんだよ。誰も否定してないさ」
「そして我は、わが師より使命を――」
「お前はちょっと黙ってろ!」
「なぜ我だけ扱いが違う!」
クレタの怒鳴り声が響く。
グレースは笑いながらも、再び端末へ目を戻した。
「でも、原因はだいたい分かった」
画面に3台の行動ログが並ぶ。
「外部からの信号だよ」
『信号?』
通信越しにアキラが聞き返した。
「3台とも、行動がおかしくなる少し前に同じ発信元から通信を受け取ってる。この通信をきっかけに、論理コアの処理性能そのものが底上げされたみたいだ」
『それで自我が強くなった?』
「そう考えるのが一番近いかな」
「やっぱり面白いねぇ」
あかりが画面を覗き込む。
いつもなら、そのまま次々と疑問を口にしていたかもしれない。
だが今回は違った。
論理コアの状態。エーテル侵蝕の有無。信号を受け取る前後で変化した数値。
あかりは表示されていくデータを見つめながら、何かを確かめるように黙って指を動かしていた。
「それと」
グレースがフライデーを見る。
「同じ信号を受けた3台の中で、具体的なメッセージまで受け取れていたのはフライデーだけみたいだね」
「だから封印とか言ってたのか?」
アンドーが尋ねる。
「たぶんね」
「当然であろう!」
フライデーが誇らしげに声を上げる。
「我には果たすべき使命が――」
「はいはい」
「最後まで聞かぬか!」
クレタが呆れたように息を吐く。
「で、発信元は?」
「それも手掛かりが残ってる」
グレースが表示を切り替えた。
画面に現れた識別情報を見た瞬間、ベンの表情が変わる。
「これは……」
『何か分かった?』
アキラの問いかけに、ベンはしばらく画面を見つめてから答えた。
「……プロトタイプだ」
『プロトタイプ?』
「白祇重工の?」
ユウトも知らない体で問い返す。
「ああ」
ベンが頷いた。
「先代社長が失踪する前に、白祇重工が開発していた最初の知能機械だ」
少しだけ間を置き、説明を続ける。
「当時、うちの生産ラインは他に後れを取っていてな。自分たちで開発できたのは核になるパーツだけだった。残りは図面通りに製造してもらうよう、外注するしかなかったんだ」
『それなら、プロトタイプ自体は完成してた?』
「ああ。完成して、あとは支払いだけ――ってところで旧都陥落事件が起きた」
ベンの声が僅かに沈む。
「外注先はホロウ災害に巻き込まれて消滅した。プロトタイプも行方不明になった――はずだったんだが……」
「プロトタイプは、消えてなんていなかった」
グレースが続ける。
クレタだけが黙っていた。
先ほどから、一度も口を挟んでいない。
「おチビちゃん」
グレースが静かに呼ぶ。
クレタの眉が僅かに動いた。
「これから、君が嫌がる話をするよ」
「……何だよ」
「プロトタイプは白祇重工の資産だ」
先ほどまでの軽さが、グレースの声から消える。
「搭載されている論理コアにも相当な価値がある。ずっと行方不明だったとしても、存在が確認できた以上、無視はできない」
「グレース」
クレタの声が低くなる。
それでもグレースは続けた。
「あの人とは、もう関わりたくないだろうけどね」
「……」
「決めるのは君だよ、おチビちゃん」
グレースは真っ直ぐクレタを見る。
「プロトタイプを探す?」
一拍。
「それとも、最初からそんなものはなかったことにする?」
クレタは答えなかった。
俯いたまま、握った拳に力が入る。
フライデーが口にしたホルスという名。
そして、先代社長が残した最初の知能機械。
その2つが繋がった以上、クレタにとって簡単に答えを出せる話ではない。
「社長」
ベンが心配そうに声をかける。
だがクレタが答えるより先に、アンドーが口を開いた。
「社長、頭冷やしてください」
そしてグレースを見る。
「てめえもだ、グレース」
「……」
「何も今日中に決める必要ねえだろ」
アンドーは腕を組んだ。
「どんな頑丈なパーツだって、使い続けりゃ金属疲労が溜まる。俺たちは今日、ホロウん中を散々走り回ったんだ。人間ならなおさら休まねえとな」
「ああ、アンドーの言う通りだ」
ベンも頷く。
それからイアスへ向き直った。
「プロキシさんたちにも、こんな遅くまで付き合わせちまったしな。今日は帰って休んでくれ」
『僕たちは大丈夫だけど……』
「いや。ここから先は白祇重工の問題でもある」
ベンは穏やかに続ける。
「もしプロトタイプを探すって決まったら、こっちから必ず連絡する。その時は、また力を貸してほしい」
『分かった』
アキラもそれ以上踏み込まなかった。
「ユウトも、それでいいか?」
「ああ」
ユウトはクレタを一度見る。
「こういうのは、外野が急かして決めることじゃねえしな」
「……悪い」
クレタが小さく呟く。
「謝ることじゃねえよ」
それだけ返して、ユウトは話を切った。
◇
白祇重工を後にして、それぞれが帰路につく前。
ユウトは少し離れたところでツイッギーと話しているあかりを横目に、脳内掲示板へ意識を向けた。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
プロトタイプ確定
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
やっぱり来たか
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
フライデーは?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
封印を固めるって言ってた
ホルスの名前も出た
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
うわ
そこまで来たの
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
ならそろそろ
先も考えた方がいいか
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
俺もそう思ってる
前はまだ早いって言ったけど
プロトタイプまで来たからな
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
今見た
先って
例のサクリファイスか
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
それ
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
原作だとこの先
あの3体が取り込まれるのよね
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
そこは避けたいですねぇ。
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
というか
避けられるなら避けるだろ
原作を再現する理由もない
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
だな
まずは取り込まれないように動く
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
それでいい
助けられると分かってるなら
最初から助ければいい
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
問題は
こっちが動いた結果
原作と同じ状況になるとは限らないことね
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
そこは今まで通りだな
未来の知識は参考
現場の情報を優先
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
それでいこう
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
でもねー
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
ん?
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
もし間に合わなかった時のことも
考えといた方がいいと思う
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
保険ってこと?
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
そんな感じ!
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
博士
何か思いついた?
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
まだ内緒ー!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
なんでだよ
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
まだ考えてるだけだもん
できるかどうかも
分かんないし
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
嫌な予感がする
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
なんで!?
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
先生に同意
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
CEOまで!?
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
私も少し心配ですねぇ。
博士
危ないことは駄目ですよ~?
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
まだ何もしてないよー!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
まだって言ったな
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
あ
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
言ったな
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
言ったわね
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
言ったな
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
言いましたねぇ。
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
みんなしてそこ拾うの!?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
付き合い長いからな
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
まあ
まだ考えてるだけならいいだろ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
執事が甘やかした
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
違うって
今聞いても
博士は絶対言わないだろ
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
それはそう
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
信用ない!
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
逆だろ
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
え?
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
お前が何か考えてるってことは
全員信用してる
内容が心配なだけだ
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
……むー
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
ふふっ。
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
まあ保険は博士に任せるとして
最優先は使わずに済ませること
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
了解
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
3体が取り込まれる前に止める
まずはそれね
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
異論なし
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
私もです~。
必要なら呼んでくださいね。
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
はーい!
わたしもその方がいい!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
じゃ決まり
何か動いたらまた共有する
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
了解
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
よろしく副店長
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
副店長おにいよろしくー!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
急に雑
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
いつものことだろ
そこでユウトは掲示板から意識を戻した。
先日サクリファイスの話が出た時は、まだ先を考えるには早いと判断した。
だが今日、その前段階となるプロトタイプの存在が確認された。
だからといって、原作で起きた出来事をそのままなぞるつもりはない。
ハンス、グレーテル、フライデーがサクリファイスへ取り込まれると知っているなら、その前に止めればいい。未来の知識があるからといって、それを再現する必要などどこにもなかった。
もちろん、自分たちが介入すれば状況も変わる。
サクリファイスが同じ形で現れる保証も、3台が同じ状況へ追い込まれる保証もない。だから未来の知識だけを頼りにはせず、現場で何が起きているのかを確かめながら、その時にできる最善を選ぶ。
それが、これまでと同じ転生者たちの方針だった。
「ユウトおにいー!」
意識を戻したところへ、あかりの声が飛んできた。
「何ぼーっとしてるの?」
「ちょっと考え事」
「さっきのこと?」
「まあな」
あかりは少しだけ目を逸らした。
「……なに?」
「別に?」
「なんか疑ってる!」
「掲示板で『まだ内緒』なんて言った奴が何言ってんだ」
「それとこれとは別!」
「はいはい」
ユウトが笑うと、あかりは頬を膨らませた。
その隣ではツイッギーが、そんな2人を見比べている。
「何の話?」
「何でもないよー!」
今度はあかりが即答した。
ユウトは思わず半眼になる。
「お前なぁ……」
「ユウトおにい!」
「分かった分かった。俺からは言わねえよ」
「何を言わないの?」
ツイッギーがさらに怪訝そうな顔をする。
「ほんとに何でもないから!」
あかりは慌ててツイッギーの背中を押し始めた。
「ほら、帰ろ! お腹すいた!」
「ちょっと、押さないでってば。それに帰ったらちゃんと休むのよ?」
「分かってるってー」
「本当に?」
「ほんとほんと!」
いつもと変わらないやり取りだった。
掲示板であかりが言ったことも、嘘ではないのだろう。
まだ考えているだけ。
実現できるかどうかも分からない。
ただ、あかりが何の根拠もなく「間に合わなかった時のこと」まで口にするとも思えなかった。
今日、あかりはグレースと共に3台の論理コアを調べ、その状態を自分の目で確認している。
なら、何かしら思いついたことがあるのだろう。
「ユウトおにい、またぼーっとしてる!」
「してねえよ。ほら、お前らも気をつけて帰れ」
「はーい!」
「ユウトもね」
「おう。またな」
あかりとツイッギーが工房へ戻るため歩き出す。
その背中を少しだけ見送り、ユウトもアキラたちの待つ方へ足を向けた。
3台が取り込まれる未来そのものを変える。
それが一番いい。
そして――あかりが考え始めたもう一つの手段が、最後まで必要にならないことを願いながら。