転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る   作:『 』を応援するテト

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ストックが切れる為また書き溜められるまでは週1更新になります。


第34話 託された手掛かり

 

 治安局へ通報を入れたと、ベンが告げた。

 

 ユウトは崩れたモニュメントから視線を戻した。怪物は動かず、周囲にも新たな敵の気配はない。それでも、割れた結晶の奥には薄い光が残っていた。近くで作業を続けるには、あまり気分のいい眺めではなかった。

 

 少し離れた場所で、あかりたちが回収したコアを運んでいる。グレースもそちらについていた。クレタはベンに促され、ようやく残骸のそばから離れてくる。

 

「通報は必要だな。……ただ、俺はこの顔で会いたくない」

 

 声を落とすと、クレタが足を止めた。ユウトを見てから、その後ろのイアスへ目を向ける。

 

「ああ、そっちの都合か」

 

「店に面倒を持ち帰りたくないんでね。白祇の社員として、ここに混ぜてもらえるか?」

 

「構わねえけど、顔を隠してりゃ余計に怪しまれるぞ」

 

「顔は出すよ。少し借りるだけだ」

 

 ユウトは今回の仕事で会った社員の顔を思い浮かべた。念のため、本人が今日は別の持ち場にいることをベンに確かめる。それから資材の陰へ入った。

 

 短く印を結ぶ。煙が散った後には、作業服を着た別の男が立っていた。袖口を直しながら戻ると、待っていたクレタが眉を上げた。

 

「……お前、それもできんのかよ」

 

「今は、こっちの方が都合がいいだろ」

 

「便利なもんだな。ベン、間違えて本名呼ぶなよ」

 

「社長も気をつけてくれよ」

 

 ベンの返しに、クレタが口を尖らせた。ユウトは小さく笑い、2人とともに残骸から距離を取った。グレースとアンドーにも、治安官の前では白祇重工の社員として振る舞うことを短く伝えておく。

 

 あかりとツイッギーは、グレースと回収器の記録を確認していた。業務提携による技術協力で来ている2人は、そのまま事情を話せる。

 

 イアスの方も、治安官を迎える準備は済んでいた。クレタがそちらへ一度頷くと、それまで周囲を見ていた小さな頭が動かなくなる。

 

 ユウトは足元の破片をどけ、コアを運ぶボンプたちのために道を空けた。

 

 運搬の準備が整い、治安官たちの到着を待つ間に、掲示板へ報告を入れる。

 

【転生者掲示板】

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

終わった。怪物は撃破、こっちは全員生きてる。

重機のコアも3基とも取り戻した。今は治安官の到着待ち。

 

ーーーーーーーーーー

「機械執事」

3基とも? 間に合ったんだな。

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

うん! みんなが取り出すところまで開けてくれた!

まだ返事はないけど、反応はあるよ。帰ったらグレースさんと詳しく調べる。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

よかった……! こっちまで肩に力が入ってた。

あかりもよく頑張ったね。

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

最後の1基、引っ掛かった時はすごく怖かった。

ユウトおにいが外してくれたけど、回収器は作り直さなきゃ。

ーーーーーーーーーー

「おっとり師範」

もう次のことを考えているのねえ。

でも、今日はちゃんと休んでね。みんなで帰ってこられるって聞けて、私もほっとしたわ。

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

帰れることと、身体に問題がないことは別だぞ。

怪我は? 気分の悪いやつはいないか。

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

少なくとも、動けないほどの怪我をしたやつはいない。

ただ、俺はあいつのエーテルを浴びた時、一瞬身体がおかしかった。その後は動けたし、今も変な感じはない。

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

あの時、動きが止まったの、それ?

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

ああ。戦闘中だったから後回しにした。

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

なら、もう後回しにする理由はないな。

帰還したら改めて状態を知らせろ。そちらで受けた検査の結果もだ。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

あかりの検査もお願いね。修理の方が先、とか言い出しかねないから。

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

……コアを安全なところに繋いでからじゃ駄目?

ーーーーーーーーーー

「機械執事」

そこはグレースさんに任せられるだろ。

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「おっとり師範」

治す人が倒れたら、あの子たちも困ってしまうものね。

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

ユウト、お前も一緒だ。付き添いだけで済ませるなよ。

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

まだ何も言ってないんだが。

ーーーーーーーーーー

「機械執事」

先に言っておく必要があると思われたんだろ。

 

 ユウトは言い返すのをやめた。少し離れたところで、あかりがこちらを見ている。肩をすくめてみせると、彼女も小さく頷いた。

 

 遠くから足音と呼び掛けが聞こえてきた。ユウトは掲示板に治安官の到着を知らせ、作業服の襟を直した。

 

     ◇

 

 到着した治安官たちは、まず一行の怪我と周囲の安全を確かめた。

 

 朱鳶と名乗った女性がクレタの説明を聞き、その隣で、小柄な青衣が現場を見回している。ユウトは運搬を手伝いながら、聞こえてくる会話に耳を傾けていた。

 

 プロトタイプの捜索。モニュメントの中に潜んでいた怪物。取り込まれた重機と、そのコアの救出。

 

 クレタが順に説明すると、朱鳶は運搬ケースへ目を向けた。

 

「こちらが、救出された重機のコアですね?」

 

「うん。まだ詳しい状態は調べられていないけど、反応は残ってる。早く工房へ連れて帰ってあげたいんだ」

 

 グレースが答え、あかりも端末の記録を示した。朱鳶はそれを確認すると、救出に使った機材についても尋ねた。

 

 あかりが説明を始め、少し言葉に詰まったところでツイッギーが補う。2人が技術協力のために同行していたことも、そこで伝えられた。

 

「分かりました。詳しいお話は、安全な場所へ移ってからにしましょう」

 

 朱鳶はケースの周囲を通れるよう、ほかの治安官へ指示を出した。その間に、青衣がイアスの前へしゃがみ込む。

 

 動かない顔を覗き、少し首を傾けた。

 

「このボンプも、災難であったな」

 

「あ、ああ。そいつも点検が必要でよ」

 

 クレタの返事に、ユウトは手元へ視線を落とした。

 

 青衣はすぐには立たなかった。イアスの顔を眺めるその目が、妙に楽しげに細まる。

 

「ふむ。黙っておる割には、こちらの話がよく分かっていそうな顔じゃ」

 

「先輩。困らせないでください」

 

 朱鳶が戻ってくると、青衣は何食わぬ顔で立ち上がった。

 

 ユウトも作業を続けた。イアスには近づかず、のそのその持つケースの片側を支える。背中の方でクレタが説明を再開したのを聞き、ひとまず息をついた。

 

 青衣の関心は、やがて怪物の残骸へ移った。

 

 結晶のそばへしゃがみ込んだ彼女が、小さな欠片を取り上げる。光に透かした後、その表面へ舌を近づけたので、ユウトは思わず手を止めた。

 

 次の瞬間、朱鳶の声が飛んだ。

 

「先輩、勝手に舐めて調べないでください!」

 

「中に何やら見えたのでな。少し確かめようと――」

 

「検査は担当部署に任せてください。先輩が侵蝕に強くても、何に触れているか分からないんですよ!」

 

 少し離れたあかりまで、目を丸くしていた。

 

 青衣は欠片を戻したが、朱鳶はなおも検査の手順を守るよう念を押している。現場の確認自体は鋭いのに、どうにも目を離せない先輩らしい。

 

 ユウトがケースを安全な場所へ据えたところで、新たな一団が近づいてきた。

 

 先頭に立つ男の顔を見て、表情を変えないよう意識する。

 

 ブリンガーだった。

 

 彼は部下を連れ、朱鳶たちへ声を掛けた。事件の解決を見込んで来たらしく、逮捕された犯人の姿を探している。だが、朱鳶が示したのは瓦礫の下の怪物だった。

 

「今回の通報は、こちらの個体による襲撃です。通常のエーテリアスとは異なる性質が見られます」

 

 朱鳶の説明を、ブリンガーは落ち着かない様子で聞いていた。

 

 選挙が近い。未確認の情報で市民を騒がせるべきではない。もっと慎重に扱う必要がある。

 

 そんな言葉を重ねる上司に、朱鳶は真面目に頷いた。

 

「ですので、専門機関の分析が必要だと判断しました。証拠をH.A.N.Dへ引き渡せるよう、申請しています」

 

「H.A.N.Dに?」

 

 ブリンガーの声が、そこで大きくなった。

 

 朱鳶が顔を上げる。ユウトは留め具を確認する手を止めず、男の次の言葉を待った。

 

 ブリンガーは咳払いをし、判断そのものを否定するつもりはないと付け加えた。しかし、引き渡しを喜んでいるようにはとても見えない。

 

 ユウトは頭の中へ短く書き込んだ。

 

【転生者掲示板】

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

朱鳶と青衣が来た。今はブリンガーもいる。

H.A.N.Dへ証拠を渡すと聞いた途端、声がでかくなった。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

分かりやすいなあ、もう。

……本音を言えば、サクリファイスのコア、横取りしてこっちで解析したい。

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

今から取りに来るなよ。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

行かないよわよ!そもそも行く暇がないわ!

せっかく白祇重工との提携を固めて、嫌がらせしている企業に正面切ってやり返してるところなの!

でもさぁ…設備も人も揃えられるのに、何が分かるか待ってるだけって歯痒いんだもん。

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

知りたいのは俺も同じだ。ユウトの身体に何が起きたのかもな。

だが、持ち込む前にこっちへ相談しろよ。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

だから持ってこないってば!

ーーーーーーーーーー

「機械執事」

念押しされる気分はどうだ?

 

 先ほど自分へ向いたのと似たやり取りに、ユウトは口元が動きそうになるのを堪えた。

 

 表では、ブリンガーが2人に新しい任務を告げていた。証拠の収集は担当部署へ引き継ぎ、朱鳶と青衣は別の仕事へ回るという。

 

 朱鳶が何か言いかけたが、上司の話はそのまま続いた。

 

 ユウトは社員の顔のまま、黙って聞いていた。あかりも端末へ目を落とし、今は会話へ入ろうとしない。

 

 やがてブリンガーがその場を離れると、クレタが腕を組み直した。

 

「で、うちらはどうすりゃいい?」

 

 朱鳶は一度背筋を伸ばし、クレタへ向き直った。

 

「まずは皆さんの帰還を優先します。残骸には不用意に近づかず、回収の準備が整うまでお待ちください。必要な確認はこちらからご連絡します」

 

「分かった。あいつらの修理もあるしな」

 

 クレタはコアの入ったケースを見て、それから白いプロトタイプへ視線を移した。

 

 すぐにすべてを運び出せる状況ではない。グレースが機体の状態を記録し、後で安全に回収するための確認を進めている。

 

 ユウトもそちらを見た。

 

 あの白い腕が怪物を押さえていなければ、最後のコアを取り出す時間もなかった。

 

 クレタはしばらく黙っていたが、やがてグレースへ呼び掛けた。

 

「姉貴。帰ってから忙しくなるぞ」

 

「うん。任せて、おチビちゃん」

 

 返ってきた声に頷き、クレタが歩き出す。

 

 ユウトは運搬の列へ戻った。先を行くあかりが何度もケースを振り返るので、そのたびに留め具を軽く叩いてみせる。

 

 3基とも、確かにここにある。

 

 それを持ち帰れることが、今は何よりだった。

 

     ◇

 

 数日後、Random Playのカウンターで、ユウトは返却されたビデオのケースを拭いていた。

 

 帰還した日は、回収したコアをグレースの工房へ運び、ユウトとあかりも検査を受けた。結果とその後の体調は、エドワードへ伝えてある。今のところユウトにあの反応は出ていないが、何だったのか分からないまま、問題なしと片づけることもできなかった。

 

 あかりの方は、約束どおりツイッギーへ回収器の製作と試験について説明したらしい。報告の最後に添えられていた、次からは先に相談するという一文を思い出し、ユウトは小さく笑った。

 

 階段から下りてきたリンが、その脇へ端末を差し出す。

 

「ユウト兄、あかりから。グレースさんのところ、今日も行くんだって」

 

 画面には、作業台に並ぶ機材と、端でこちらを向いているぴょこの姿が映っていた。重機たちのコアは工房へ運ばれ、状態の確認が続いている。

 

 助け出せたからといって、すぐ元の機体で働けるわけではない。だが、あかりの連絡には次にする作業が書かれていた。帰還した直後の、反応を確かめるだけの報告からは少し進んでいる。

 

「ちゃんと飯は食ってるか?」

 

「それ、昨日も聞いてたよ。ツイッギーさんが見てるから大丈夫じゃない?」

 

「昨日食ったら今日は要らない、とはならないだろ」

 

「うっ。……私も食べたよ?」

 

「聞いてないのに答えるなよ」

 

 リンは端末を引っ込め、棚の方へ逃げていった。そこへスタッフルームからアキラが出てくる。

 

「あかりから連絡かい?」

 

「ああ。今日も工房だそうだ。こっちは、そろそろ落ち着いたか?」

 

「依頼の記録は整理できたよ。報酬の確認も済んだし、今日は店の仕事に戻れそうだ」

 

「それなら、この返却分を頼む」

 

 ユウトがケースを渡そうとした時、入口の扉が開いた。

 

 入ってきたクレタが店内を見回し、カウンターの3人を見つける。

 

「よう。揃ってるな」

 

「クレタ! もう出歩いて平気なの?」

 

 棚の前から戻ってきたリンに、クレタは肩をすくめた。

 

「大丈夫だって。検査でも異常なしだ。姉貴たちがしつこく言うから、言われたところは全部回ってきたぞ」

 

「みんな心配だったんだよ。あんな近くで戦ったんだから」

 

 アキラが答えると、クレタは言い返しかけてやめた。ユウトは返却分を脇へ置き、カウンターの内側から出る。

 

「無事ならよかった。何か飲むか?」

 

「いや、今日は長居できねえんだ。この後、仕入れの打ち合わせがある」

 

「それじゃ、話を聞こうか」

 

 アキラに促され、クレタは頷いた。

 

 まず伝えられたのは、怪物の残骸の回収についてだった。治安局から連絡があり、技術的な準備を整えているという。現場を担当した治安官が動いてくれたおかげだと聞き、ユウトは朱鳶の顔を思い出した。

 

 あの場で決めた引き渡しの話は、まだ止まっていないらしい。

 

「ただ、向こうから結果が来るのを待ってるだけってのもな」

 

 クレタが懐から小さなケースを取り出した。

 

 蓋を開くと、中に記憶素子が収まっている。アキラがそれを見て、クレタへ視線を戻した。

 

「プロトタイプから取り出したものだね」

 

「ああ。親父があそこへ行った時の記録が、残ってるかもしれねえ」

 

 クレタの指が、ケースの縁に掛かった。

 

 ユウトは何も言わず、その手が離れるのを待った。

 

「金を持って逃げたんじゃなかった。あそこにいた理由も、少しは分かった。……けど、まだ知らねえことばっかりだ」

 

 クレタはケースをカウンターへ置いた。

 

「こいつには、親父が掛けた暗号がある。姉貴も調べたけど、今のままじゃ読めねえってよ。お前らの方で、何とかできねえか?」

 

 アキラはすぐには手を伸ばさなかった。

 

「預かっていいんだね?」

 

「そのために来たんだ。……頼めるか、パエトーン」

 

「もちろん。方法を探すよ」

 

 アキラが答えると、リンも隣からケースを覗いた。

 

「分かったことがあったら、すぐ知らせるね」

 

「ああ。頼んだ」

 

 クレタの肩が、わずかに下がった。

 

 それから思い出したようにユウトへ顔を向ける。

 

「そうだ。あかりにも伝えといてくれ。姉貴は、あいつが来てくれて助かってるってよ。うちに来るのは歓迎だが、無理して通い詰めんなって」

 

「それは本人に言った方が効くぞ」

 

「言ったら『グレースさんにも言って』って返された」

 

 リンが吹き出した。

 

 ユウトも笑いながら、後であかりに連絡しておくと答えた。クレタは片手を上げ、仕事へ戻っていった。

 

 扉が閉じると、アキラがケースの蓋をそっと閉めた。

 

「さて。引き受けたからには、相談先を見つけないとね」

 

     ◇

 

 スタッフルームへ移ったアキラは、記憶素子を机の上へ置いた。

 

 リンが隣に座り、ユウトは入口近くの壁に背を預ける。画面が灯ると、Fairyの声が室内へ響いた。

 

『マスター。お問い合わせの内容は、記憶素子の保護を解除する方法についてですね』

 

「話が早いね。君に任せられるかい?」

 

『現在の利用環境と必要な計算資源を考慮すると、外部の専門家へ依頼することを推奨します』

 

「……計算資源、ね」

 

 リンが眉を寄せた。アキラにも、先日の電気代が頭をよぎる。

 

 Fairyは2人の反応を待たず、候補を挙げた。

 

 レイン。インターノットで活動する、解読技術に優れたハッカーだという。

 

 その名を聞いたリンが、すぐに顔を上げた。

 

「あ、その人なら聞いたことある。かなり有名だよね?」

 

『肯定。加えて、ニコ・デマラとの取引履歴が確認できます』

 

「ニコの知り合いなら、紹介を頼めるね」

 

 アキラが頷くと、リンは早速端末を取り出した。

 

「ニコには私から連絡するよ。……その前に、お兄ちゃん」

 

 画面へ向いていたリンの目が、こちらへ戻った。

 

 アキラは、その顔を見て話題を察した。

 

「目のことかい?」

 

「うん。あれから、変な感じはしてない?」

 

 怪物のエネルギーを受けた時、目に走った違和感。あの場では案内を続けなければならず、深く考える余裕はなかった。けれど、離れてからも気にならないわけではない。

 

 アキラは一度瞬きをした。今見えているのは、いつものスタッフルームと、心配そうな妹の顔だった。

 

「今は大丈夫だよ」

 

「今は、ね。何かあったら、ちゃんと言って」

 

「……分かった」

 

 リンはまだ少し不満そうだったが、それ以上は追及しなかった。

 

 アキラがユウトへ目を向けると、彼もこちらを見ていた。

 

「俺にもな」

 

「2人とも、心配性だな」

 

「お前が言わずに済ませようとするからだろ」

 

 即座に返され、アキラは苦笑した。

 

 机に置いた記憶素子へ視線を落とす。怪物の正体も、ホルスが遺した記録の内容も、まだ分からない。自分の目が反応した理由も同じだった。

 

 それでも、調べるための手掛かりはここにある。

 

 ケースを持ち上げ、保管する場所へ向かおうとしたところで、ユウトが扉を開けた。

 

「連絡が済んだら飯にしよう。考え事は食いながらでもできる」

 

「賛成。お兄ちゃん、私もすぐ行くからね」

 

 リンが端末へ向き直る。

 

 アキラは頷いてケースをしまった。階段を上がっていくユウトの足音と、ニコへ呼び掛ける妹の声を聞きながら、机の灯りを消す。

 

 まずは、クレタが託してくれたものを大切に預かろう。

 

 その先を知るために動くのは、これからだった。

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