転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る   作:『 』を応援するテト

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アンケートに答えていただきありがとう御座います、区切りのいいタイミングでエージェント秘話を入れていきたいと思います。


第37話 閉ざされる前に

 

 バレエツインズの入口へ戻ったユウトたちは、認証カードを使って上階へ進んだ。

 

 目指すのは、B棟の屋上。そのためには、2棟を繋ぐアトリウムの渡り廊下を通らなければならない。ライカンの用意した見取図と、イアスを通して集めた情報を照らし合わせながら、アキラが道を選んでいく。

 

 図面では隣り合っているはずの部屋に辿り着けず、抜けたばかりの通路へ戻されることもあった。それでも、進路を確かめるたびに探索は先へ進んだ。

 

 足を止めている間はアルバートのビットが周囲を見張り、敵が現れれば、ヴィクトリア家政の面々が素早く迎え撃つ。

 

 霧の中から振り下ろされた腕を、ライカンが蹴り上げる。崩れた敵の横をエレンが抜け、大きな鋏の一振りで後続まで巻き込んだ。脇道から迫る敵にはリナの電撃が走り、動きの止まったところへカリンのノコギリが食い込む。

 

 ユウトがイアスのそばへ来た1体を斬り伏せた頃には、前方も片づいていた。

 

「……手が空く護衛ってのも、落ち着かないな」

 

 刀を下げて呟くと、近くのビットを呼び戻したアルバートが顔を向けた。

 

「でしたら、次のお仕事もお願いしましょうか」

 

「内容による」

 

「通路の片づけを。イアス様が通るには、少々足場が悪いようです」

 

 見ると、砕けた床材が通路に散らばっていた。

 

 ユウトは刀を収め、大きな破片を脇へ寄せる。ノコギリを抱え直していたカリンも気づき、反対側から片づけ始めた。

 

「あっ、こちらはカリンが……!」

 

「じゃあ、そっちを頼む。こいつが歩ける幅だけ空けよう」

 

「はいっ!」

 

 細かな破片も避け、イアスを通す。

 

 ユウトが顔を上げると、アルバートはビット越しに脇道を確認していた。

 

「見事に仕事を振られたな」

 

「手が空いていらっしゃると伺いましたので」

 

 涼しい声に、ユウトは肩をすくめた。

 

 足元ではイアスが2人を見上げ、アキラが小さく笑っている。

 

 そんなやり取りを挟みつつ、いくつもの部屋を抜けた。見晴らしの利く踊り場でアキラが次の進路を調べる間に、家政の面々は設備の状態も確かめていた。

 

 調子が変わったのは、その先の廊下だった。

 

 天井の照明が、短く瞬いた。

 

 ユウトは歩調を緩め、光の消えた先へ目を凝らした。すぐに明るさは戻ったものの、少し進むと再び消える。今度は隣の照明も一緒だった。

 

「ライカン、こちらもです」

 

 アルバートの声に、ライカンが振り返る。壁際の設備を確認していたリナも、天井へ視線を向けた。

 

「点滅の間隔が短くなっていますね。プロキシ様、アトリウムまでは?」

 

『あと少しだ。この先の階段を上がれば、入口に出られる』

 

「では、急ぎましょう」

 

 ライカンが先頭へ出た。

 

 ユウトもイアスに並んで走り始める。

 

 明るさが戻るたびに、廊下の先が近づく。アルバートのビットが先行し、階段の踊り場へ回った。

 

 その直後、上からエーテリアスが飛び降りてくる。

 

 ライカンの蹴りが、その体を横へ弾いた。リナのボンプが階段の上へ飛び、手すりの向こうへ電撃を放つ。

 

「足元にお気をつけくださいまし!」

 

 ユウトはイアスを片腕に抱え、段を駆け上がった。背後ではカリンのノコギリが唸り、エレンが上から降りてきた敵を引き受けている。

 

 階段を上がり切ったところで、ユウトはイアスを下ろした。

 

 廊下の奥に、幅の広い入口が見える。その向こうには高い天井と、霧に霞む渡り廊下が続いていた。

 

『あそこだ!』

 

 アキラの声に重なって、金属の軋む音がした。

 

 入口の上部から、シャッターが降りてくる。

 

「あっ、停電……!」

 

 カリンの声とともに、照明が消えた。

 

 ライカンが入口へ踏み出す。その横の扉からエーテリアスが現れ、刃のついた腕を振るった。ライカンは身を沈め、蹴りで敵を壁際へ叩きつける。

 

 その間にも、シャッターは下がっていた。

 

 ユウトは入口との距離を測った。

 

 正面にはもう1体。

 

 そちらへ回れば、間に合わない。

 

「アルバート!」

 

「前へ。そのまま!」

 

 視界の両端をビットが追い越した。

 

 左右から撃ち込まれた光弾に、エーテリアスの上体が揺れる。ユウトへ向けかけた腕が外れ、その脇に道ができた。

 

 ユウトは加速した。

 

 後方からイアスへ迫る敵には、別のビットが射撃を浴びせている。リナがイアスのそばへ寄ったのを横目に確かめ、ユウトは入口だけを見据えた。

 

『ユウト、向こうへ抜ける気か!』

 

「イアスを頼む!」

 

 腰を落とし、最後の数歩を滑り込む。

 

 肩が床を擦った。腰の刀を鞘ごと体に寄せ、片足で床を蹴る。すぐ後ろを重い風が撫で、靴底が抜けた直後に、シャッターが床へ落ちた。

 

 音が、広い空間へ響き渡る。

 

 ユウトは転がった勢いで片膝をつき、刀へ手を掛けた。

 

 正面に敵影はない。

 

 背後の金属板の向こうから、戦闘の音が聞こえていた。

 

「抜けた。こっちは無事だ」

 

 端末を通して呼び掛けると、わずかな雑音の後にアルバートが答えた。

 

『こちらも、じきに片づきます。無事で何よりです』

 

『ユウト。そこから開けられそうか?』

 

 アキラの問いに、ユウトは入口の脇へ目を走らせた。手近な壁には、使えそうな装置が見当たらない。

 

「すぐ横にはないな。少し調べる」

 

『お待ちを。設備図を確認いたします』

 

 ライカンの声を聞きながら、ユウトは立ち上がった。

 

 暗がりの奥へ、渡り廊下が伸びている。

 

 ユウトは足元を確かめながら進み、途中で立ち止まった。

 

 床に、リュックが置かれていた。

 

 汚れてはいるが、長く放置されていたようには見えない。周囲に持ち主の姿はなく、肩紐だけが床へ伸びている。

 

「アキラ。リュックがある。通学用みたいなやつだ」

 

『リュック? レインの物かもしれない。どんな形だい?』

 

 ユウトは端末で撮った画像を送り、周囲へ目を配った。

 

 返事を待つ間に、音楽が流れ始める。

 

 音は、リュックの中からだった。

 

 ユウトの手が刀へ移った。

 

 聞き覚えのある曲に、脳裏で細い人影が重なる。

 

「……来るか」

 

 背後で、空気が動いた。

 

 振り返るより先に踏み出す。

 

 すぐ脇を鋭い一撃が通り抜け、ユウトは抜いた刀を体の前へ立てた。続く攻撃を刃で受け流すと、金属の擦れ合う音が響いた。

 

 長い手足が、音楽に合わせてほどけるように動く。

 

 マリオネット・グレイベール。

 

 ユウトの知っている姿が、暗がりに立っていた。ゆっくりと足を運ぶ様子は、こちらへ挨拶をしているようにも見える。

 

 だが、その指先も爪先も、触れてよいものではない。

 

『ユウト、今の音は?』

 

「エーテリアスだ。そっちはまだ待っててくれ」

 

 答え終わる前に、敵の姿が揺らいだ。

 

 ユウトは目で追うのをやめ、床を蹴った。

 

 横へ動いた体を追うように、すぐ後ろへ長い脚が振り下ろされる。さっきまで立っていた場所を砕いた爪先が、そのまま滑るように向きを変えた。

 

 次が速い。

 

 刀を合わせると、腕に重みが掛かった。

 

 押し合わず、身を捻って刃を逃がす。敵が回転する外側へ抜けたつもりが、もう片方の脚が追ってきた。

 

 ユウトは低く伏せ、頭上を過ぎる風をやり過ごした。

 

 すぐには斬り返さず、さらに半歩だけ離れる。

 

 伸びた腕が、鼻先を掠めていった。

 

 1つ避けて終わりではない。

 

 回転も、踏み込みも、次の攻撃へ繋がっている。

 

 ユウトは刀を持ち直し、相手の足元を見た。

 

『ユウト様。手動開閉装置は渡り廊下の向こう側にございます。到達できそうですか?』

 

「こいつをどかしてからだな。もう少し待ってくれ」

 

『こちらからシャッターを破れば――』

 

 エレンの声を、Fairyが遮った。

 

『推奨できません。アトリウムはホロウの影響で不安定な状態にあります。強い衝撃による構造的損傷は、局所的な構造変化を招く恐れがあります』

 

「聞こえた。壊すのはやめとこう」

 

 ユウトは敵から目を離さず答えた。

 

 向こうへ抜けて装置を動かす間に背中を取られるのも、開いた入口へこいつを連れていくのも困る。

 

 音楽を止めるか。

 

 いや、止めただけで大人しくなるとは限らない。

 

 まずは、鞄へ戻る道を空けなければならなかった。

 

 グレイベールが体を傾ける。

 

 ユウトはわざと後ろへ引き、最初の一撃を空振りさせた。追ってくる脚を半歩ずつ避けながら、床へ下りる爪先を待つ。

 

 3つ目の攻撃が来た。

 

 ユウトは引くのをやめ、軸足の外側へ踏み込んだ。脚の振り抜かれる方向に身を寄せ、逆手側から刀を走らせる。

 

 刃が膝の近くを捉えた。

 

 グレイベールの上体が沈む。

 

 だが、倒れはしなかった。

 

 床へついた手を支えに、残る脚がユウトの胴へ迫る。

 

 ユウトは刀を引き戻し、飛び退いた。衝撃が刃越しに腕へ抜け、着地した足が床を滑る。

 

 片膝をつく前に踏み止まり、息を吐いた。

 

 相手はもう立っていた。

 

 傷つけた脚にも体重を掛け、音楽に合わせて首を傾げている。

 

「……そっちは、疲れ知らずか」

 

 握りを緩め、痺れの残る指を動かす。

 

 何度も同じ受け方をすれば、先にこちらの手が利かなくなる。

 

 それでも、踏み替えはさっきより遅かった。

 

 ユウトはその脚を狙う素振りを見せ、相手が体を引いた瞬間に切っ先を上げた。追って伸びてきた腕を弾き、返す刃を胴へ通す。

 

 今度こそ、敵の体が揺れた。

 

 ユウトは深追いせず、その横を走り抜けた。

 

 リュックへ辿り着き、空いた手で口を開く。指先に触れた小さな再生機を取り出すと、背後の足音が止まった。

 

 顔を向けたグレイベールが、ユウトの左手を見ている。

 

 音源を横へ動かす。

 

 その頭が、動きについてきた。

 

 ユウトは足先でリュックを脇へ寄せ、再生機を持って歩き始めた。敵は音を追い、傷を負った脚を引きずることもなく近づいてくる。

 

 まだ戦えるのは、よく分かった。

 

 だが、ここで最後まで付き合う必要はない。

 

 ユウトは周囲を見渡した。

 

 少し先に、向こうの景色が歪んで見える場所がある。

 

 ホロウの裂け目だった。

 

 距離を取りながらそちらへ向かうと、グレイベールがまた姿を消した。

 

 ユウトは足を止めず、刀を肩越しに返した。追いついてきた一撃を逸らし、その勢いに逆らわず体を回す。

 

 左手の再生機だけは、落とさずに握っていた。

 

 敵が次の一歩を踏み出す直前、ユウトは再生機を裂け目へ投げた。

 

 音楽が遠ざかる。

 

 振りかぶられた腕が止まり、グレイベールがそちらを向いた。

 

 長い脚が床を蹴る。

 

 舞台へ戻る踊り手のように身を翻すと、その姿は歪みの中へ消えた。

 

 ユウトは刀を構えたまま、しばらく待った。

 

 追撃はない。

 

 ようやく肩の力を抜くと、握っていた指がじんと痛んだ。

 

「……待たせた。今から開ける」

 

『ユウト、大丈夫かい?』

 

「ああ。少し腕が痺れてるけど、動ける」

 

 刀を収め、リュックを拾う。

 

 ユウトはもう一度裂け目を確かめてから、渡り廊下の先へ向かった。

 

     ◇

 

 ライカンの案内で手動開閉装置を見つけ、操作すると、離れた入口から重い音が響いた。

 

 シャッターが持ち上がる。

 

 その下を先に通ったのは、アルバートのビットだった。周囲へ散った機体の後から、イアスと家政の面々が進んでくる。

 

 ユウトが手を上げると、イアスが足を速めた。

 

『無事でよかった。あのリュックは?』

 

「これだ。持ち主は見つからなかった」

 

 ユウトはイアスの前へ鞄を下ろした。

 

 アキラが改めて確かめ、レインの物に間違いないと告げる。

 

 ライカンが横へ並び、リュックとユウトを見比べた。

 

「ご無事で何よりです。交戦されたエーテリアスは、どちらへ?」

 

「音楽を流してたのは、こいつの中にあった再生機だ。音についてきたから、裂け目に投げ込んで遠ざけた」

 

 ユウトが方向を示すと、ライカンは頷いた。

 

「アルバート、そちらの警戒を。戻ってこないとは限りません」

 

「承知しました」

 

 ビットが向きを変える。

 

 アルバート自身はユウトへ顔を向け、刀を持っていた手に目を落とした。

 

「手は動きますか」

 

「平気だよ。あれをまともに受けるのは、もう遠慮したいけどな」

 

 ユウトは指を曲げ伸ばしして見せた。

 

 リナがそばへ来て、擦れた袖と腕の様子を確かめる。

 

「痛みが残るようでしたら、遠慮なくおっしゃってくださいまし」

 

「ありがとう。……アルバート、さっきの援護も助かった」

 

「こちらこそ。これで、皆様を先へお通しできます」

 

 ユウトは頷き、イアスへ視線を戻した。

 

 イアスがリュックを抱え、開いた口を覗き込んでいた。アキラも、持ち物から手掛かりを探しているのだろう。

 

『レインがこれを置いていったとしても、どうして音楽が……』

 

「あのエーテリアスの反応を見る限り、偶然とも思えませんね」

 

 ライカンの言葉に、ユウトも口を開きかけた。

 

 空気を裂く音がした。

 

 ユウトはイアスの腕を掴み、自分の方へ引いた。リュックを手放したイアスが足元へ滑り込む。

 

 その前を、エレンが駆け抜けた。

 

 鋏が閃く。

 

 飛来した弾体が弾かれ、離れた場所で爆ぜた。ユウトはイアスを庇って身を伏せ、顔へ掛かる破片を腕で防ぐ。

 

 目を上げると、進路の先に兵士がいた。

 

 肩に担いだ発射器を下ろし、慌てて次の攻撃へ移ろうとしている。

 

「邪魔」

 

 エレンが、その懐へ飛び込んだ。

 

 鋏の柄が兵士の胴へ打ち込まれる。体が折れたところを蹴り倒し、彼女は止まらず次の相手へ向かった。

 

 銃を構えかけた男の腕を払い、武器を奪うように鋏で挟んで弾き飛ばす。

 

 後ろの兵士が向きを変えた時には、エレンはもう横を抜けていた。大きな尾が振られ、足を取られた男が床へ倒れる。

 

 ユウトはイアスをカリンのそばへ下げ、刀へ手を掛けた。

 

 だが、間合いへ入るより先に、最後の兵士が吹き飛んできた。

 

 床を転がった銃を踏んで止め、逃げようとした腕を押さえる。

 

「エレン、生け捕りに――」

 

 ライカンの声に、エレンが振り返った。

 

 彼女の後ろでは、兵士たちが倒れていた。呻く者はいても、立ち上がる者はいない。

 

「……生きてるけど」

 

 エレンは鋏を下ろした。

 

 ライカンが兵士の状態を確かめる間に、アルバートが武器を回収していく。ユウトも押さえた男を拘束し、ようやく息をついた。

 

 イアスがこちらへ来て、エレンを見上げる。

 

『助かったよ、エレン。ありがとう』

 

「ん。……もう、いい?」

 

 返事の途中で、彼女の頭が揺れた。

 

 カリンが慌てて駆け寄る。エレンは何か言おうとしたものの、そのまま目を閉じてしまった。

 

『エレン?』

 

「ご心配なく。眠っているだけですわ」

 

 リナが落ち着いた声で告げた。

 

 ユウトもそばへ寄り、カリンが支えるエレンの顔を見る。呼吸は穏やかで、先ほどの動きが嘘のようだった。

 

「……働く時と休む時が、はっきりしてるな」

 

「エレンさん、頑張ってくださったので……」

 

 カリンはエレンを支え直した。リナも手を添え、移動できるように整えていく。

 

 ライカンが、一行を見渡した。

 

「まだ意識の戻らない者もおります。一度外へ連れ出し、事情を聞きましょう」

 

『そうだね。レインのことも、何か知っているかもしれない』

 

 アキラの声を聞き、ユウトは床のリュックを拾った。

 

 音楽で呼び寄せられたエーテリアス。

 

 その直後に撃ち込まれた弾。

 

 これだけのことをしてまで、先へ行かせたくない連中がいる。

 

 ユウトはリュックについた埃を払い、イアスへ渡した。

 

「こっちは頼む。俺はそいつを運ぶよ」

 

 拘束した兵士を示すと、アルバートが隣へ来た。

 

「反対側を持ちましょう」

 

「助かる」

 

 2人で兵士を抱え起こす。

 

 ライカンは残る捕虜の拘束を確かめ、アキラと帰りの経路を相談していた。

 

 通れるようになった道を、今度は引き返す。

 

 ユウトはイアスの抱えるリュックへ目を落とした。

 

 これを見つけただけで、捜索を終えるつもりはない。

 

 隣で意識を失っている男には、目が覚めたら話してもらうことがあった。

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