転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
バレエツインズの入口へ戻ったユウトたちは、認証カードを使って上階へ進んだ。
目指すのは、B棟の屋上。そのためには、2棟を繋ぐアトリウムの渡り廊下を通らなければならない。ライカンの用意した見取図と、イアスを通して集めた情報を照らし合わせながら、アキラが道を選んでいく。
図面では隣り合っているはずの部屋に辿り着けず、抜けたばかりの通路へ戻されることもあった。それでも、進路を確かめるたびに探索は先へ進んだ。
足を止めている間はアルバートのビットが周囲を見張り、敵が現れれば、ヴィクトリア家政の面々が素早く迎え撃つ。
霧の中から振り下ろされた腕を、ライカンが蹴り上げる。崩れた敵の横をエレンが抜け、大きな鋏の一振りで後続まで巻き込んだ。脇道から迫る敵にはリナの電撃が走り、動きの止まったところへカリンのノコギリが食い込む。
ユウトがイアスのそばへ来た1体を斬り伏せた頃には、前方も片づいていた。
「……手が空く護衛ってのも、落ち着かないな」
刀を下げて呟くと、近くのビットを呼び戻したアルバートが顔を向けた。
「でしたら、次のお仕事もお願いしましょうか」
「内容による」
「通路の片づけを。イアス様が通るには、少々足場が悪いようです」
見ると、砕けた床材が通路に散らばっていた。
ユウトは刀を収め、大きな破片を脇へ寄せる。ノコギリを抱え直していたカリンも気づき、反対側から片づけ始めた。
「あっ、こちらはカリンが……!」
「じゃあ、そっちを頼む。こいつが歩ける幅だけ空けよう」
「はいっ!」
細かな破片も避け、イアスを通す。
ユウトが顔を上げると、アルバートはビット越しに脇道を確認していた。
「見事に仕事を振られたな」
「手が空いていらっしゃると伺いましたので」
涼しい声に、ユウトは肩をすくめた。
足元ではイアスが2人を見上げ、アキラが小さく笑っている。
そんなやり取りを挟みつつ、いくつもの部屋を抜けた。見晴らしの利く踊り場でアキラが次の進路を調べる間に、家政の面々は設備の状態も確かめていた。
調子が変わったのは、その先の廊下だった。
天井の照明が、短く瞬いた。
ユウトは歩調を緩め、光の消えた先へ目を凝らした。すぐに明るさは戻ったものの、少し進むと再び消える。今度は隣の照明も一緒だった。
「ライカン、こちらもです」
アルバートの声に、ライカンが振り返る。壁際の設備を確認していたリナも、天井へ視線を向けた。
「点滅の間隔が短くなっていますね。プロキシ様、アトリウムまでは?」
『あと少しだ。この先の階段を上がれば、入口に出られる』
「では、急ぎましょう」
ライカンが先頭へ出た。
ユウトもイアスに並んで走り始める。
明るさが戻るたびに、廊下の先が近づく。アルバートのビットが先行し、階段の踊り場へ回った。
その直後、上からエーテリアスが飛び降りてくる。
ライカンの蹴りが、その体を横へ弾いた。リナのボンプが階段の上へ飛び、手すりの向こうへ電撃を放つ。
「足元にお気をつけくださいまし!」
ユウトはイアスを片腕に抱え、段を駆け上がった。背後ではカリンのノコギリが唸り、エレンが上から降りてきた敵を引き受けている。
階段を上がり切ったところで、ユウトはイアスを下ろした。
廊下の奥に、幅の広い入口が見える。その向こうには高い天井と、霧に霞む渡り廊下が続いていた。
『あそこだ!』
アキラの声に重なって、金属の軋む音がした。
入口の上部から、シャッターが降りてくる。
「あっ、停電……!」
カリンの声とともに、照明が消えた。
ライカンが入口へ踏み出す。その横の扉からエーテリアスが現れ、刃のついた腕を振るった。ライカンは身を沈め、蹴りで敵を壁際へ叩きつける。
その間にも、シャッターは下がっていた。
ユウトは入口との距離を測った。
正面にはもう1体。
そちらへ回れば、間に合わない。
「アルバート!」
「前へ。そのまま!」
視界の両端をビットが追い越した。
左右から撃ち込まれた光弾に、エーテリアスの上体が揺れる。ユウトへ向けかけた腕が外れ、その脇に道ができた。
ユウトは加速した。
後方からイアスへ迫る敵には、別のビットが射撃を浴びせている。リナがイアスのそばへ寄ったのを横目に確かめ、ユウトは入口だけを見据えた。
『ユウト、向こうへ抜ける気か!』
「イアスを頼む!」
腰を落とし、最後の数歩を滑り込む。
肩が床を擦った。腰の刀を鞘ごと体に寄せ、片足で床を蹴る。すぐ後ろを重い風が撫で、靴底が抜けた直後に、シャッターが床へ落ちた。
音が、広い空間へ響き渡る。
ユウトは転がった勢いで片膝をつき、刀へ手を掛けた。
正面に敵影はない。
背後の金属板の向こうから、戦闘の音が聞こえていた。
「抜けた。こっちは無事だ」
端末を通して呼び掛けると、わずかな雑音の後にアルバートが答えた。
『こちらも、じきに片づきます。無事で何よりです』
『ユウト。そこから開けられそうか?』
アキラの問いに、ユウトは入口の脇へ目を走らせた。手近な壁には、使えそうな装置が見当たらない。
「すぐ横にはないな。少し調べる」
『お待ちを。設備図を確認いたします』
ライカンの声を聞きながら、ユウトは立ち上がった。
暗がりの奥へ、渡り廊下が伸びている。
ユウトは足元を確かめながら進み、途中で立ち止まった。
床に、リュックが置かれていた。
汚れてはいるが、長く放置されていたようには見えない。周囲に持ち主の姿はなく、肩紐だけが床へ伸びている。
「アキラ。リュックがある。通学用みたいなやつだ」
『リュック? レインの物かもしれない。どんな形だい?』
ユウトは端末で撮った画像を送り、周囲へ目を配った。
返事を待つ間に、音楽が流れ始める。
音は、リュックの中からだった。
ユウトの手が刀へ移った。
聞き覚えのある曲に、脳裏で細い人影が重なる。
「……来るか」
背後で、空気が動いた。
振り返るより先に踏み出す。
すぐ脇を鋭い一撃が通り抜け、ユウトは抜いた刀を体の前へ立てた。続く攻撃を刃で受け流すと、金属の擦れ合う音が響いた。
長い手足が、音楽に合わせてほどけるように動く。
マリオネット・グレイベール。
ユウトの知っている姿が、暗がりに立っていた。ゆっくりと足を運ぶ様子は、こちらへ挨拶をしているようにも見える。
だが、その指先も爪先も、触れてよいものではない。
『ユウト、今の音は?』
「エーテリアスだ。そっちはまだ待っててくれ」
答え終わる前に、敵の姿が揺らいだ。
ユウトは目で追うのをやめ、床を蹴った。
横へ動いた体を追うように、すぐ後ろへ長い脚が振り下ろされる。さっきまで立っていた場所を砕いた爪先が、そのまま滑るように向きを変えた。
次が速い。
刀を合わせると、腕に重みが掛かった。
押し合わず、身を捻って刃を逃がす。敵が回転する外側へ抜けたつもりが、もう片方の脚が追ってきた。
ユウトは低く伏せ、頭上を過ぎる風をやり過ごした。
すぐには斬り返さず、さらに半歩だけ離れる。
伸びた腕が、鼻先を掠めていった。
1つ避けて終わりではない。
回転も、踏み込みも、次の攻撃へ繋がっている。
ユウトは刀を持ち直し、相手の足元を見た。
『ユウト様。手動開閉装置は渡り廊下の向こう側にございます。到達できそうですか?』
「こいつをどかしてからだな。もう少し待ってくれ」
『こちらからシャッターを破れば――』
エレンの声を、Fairyが遮った。
『推奨できません。アトリウムはホロウの影響で不安定な状態にあります。強い衝撃による構造的損傷は、局所的な構造変化を招く恐れがあります』
「聞こえた。壊すのはやめとこう」
ユウトは敵から目を離さず答えた。
向こうへ抜けて装置を動かす間に背中を取られるのも、開いた入口へこいつを連れていくのも困る。
音楽を止めるか。
いや、止めただけで大人しくなるとは限らない。
まずは、鞄へ戻る道を空けなければならなかった。
グレイベールが体を傾ける。
ユウトはわざと後ろへ引き、最初の一撃を空振りさせた。追ってくる脚を半歩ずつ避けながら、床へ下りる爪先を待つ。
3つ目の攻撃が来た。
ユウトは引くのをやめ、軸足の外側へ踏み込んだ。脚の振り抜かれる方向に身を寄せ、逆手側から刀を走らせる。
刃が膝の近くを捉えた。
グレイベールの上体が沈む。
だが、倒れはしなかった。
床へついた手を支えに、残る脚がユウトの胴へ迫る。
ユウトは刀を引き戻し、飛び退いた。衝撃が刃越しに腕へ抜け、着地した足が床を滑る。
片膝をつく前に踏み止まり、息を吐いた。
相手はもう立っていた。
傷つけた脚にも体重を掛け、音楽に合わせて首を傾げている。
「……そっちは、疲れ知らずか」
握りを緩め、痺れの残る指を動かす。
何度も同じ受け方をすれば、先にこちらの手が利かなくなる。
それでも、踏み替えはさっきより遅かった。
ユウトはその脚を狙う素振りを見せ、相手が体を引いた瞬間に切っ先を上げた。追って伸びてきた腕を弾き、返す刃を胴へ通す。
今度こそ、敵の体が揺れた。
ユウトは深追いせず、その横を走り抜けた。
リュックへ辿り着き、空いた手で口を開く。指先に触れた小さな再生機を取り出すと、背後の足音が止まった。
顔を向けたグレイベールが、ユウトの左手を見ている。
音源を横へ動かす。
その頭が、動きについてきた。
ユウトは足先でリュックを脇へ寄せ、再生機を持って歩き始めた。敵は音を追い、傷を負った脚を引きずることもなく近づいてくる。
まだ戦えるのは、よく分かった。
だが、ここで最後まで付き合う必要はない。
ユウトは周囲を見渡した。
少し先に、向こうの景色が歪んで見える場所がある。
ホロウの裂け目だった。
距離を取りながらそちらへ向かうと、グレイベールがまた姿を消した。
ユウトは足を止めず、刀を肩越しに返した。追いついてきた一撃を逸らし、その勢いに逆らわず体を回す。
左手の再生機だけは、落とさずに握っていた。
敵が次の一歩を踏み出す直前、ユウトは再生機を裂け目へ投げた。
音楽が遠ざかる。
振りかぶられた腕が止まり、グレイベールがそちらを向いた。
長い脚が床を蹴る。
舞台へ戻る踊り手のように身を翻すと、その姿は歪みの中へ消えた。
ユウトは刀を構えたまま、しばらく待った。
追撃はない。
ようやく肩の力を抜くと、握っていた指がじんと痛んだ。
「……待たせた。今から開ける」
『ユウト、大丈夫かい?』
「ああ。少し腕が痺れてるけど、動ける」
刀を収め、リュックを拾う。
ユウトはもう一度裂け目を確かめてから、渡り廊下の先へ向かった。
◇
ライカンの案内で手動開閉装置を見つけ、操作すると、離れた入口から重い音が響いた。
シャッターが持ち上がる。
その下を先に通ったのは、アルバートのビットだった。周囲へ散った機体の後から、イアスと家政の面々が進んでくる。
ユウトが手を上げると、イアスが足を速めた。
『無事でよかった。あのリュックは?』
「これだ。持ち主は見つからなかった」
ユウトはイアスの前へ鞄を下ろした。
アキラが改めて確かめ、レインの物に間違いないと告げる。
ライカンが横へ並び、リュックとユウトを見比べた。
「ご無事で何よりです。交戦されたエーテリアスは、どちらへ?」
「音楽を流してたのは、こいつの中にあった再生機だ。音についてきたから、裂け目に投げ込んで遠ざけた」
ユウトが方向を示すと、ライカンは頷いた。
「アルバート、そちらの警戒を。戻ってこないとは限りません」
「承知しました」
ビットが向きを変える。
アルバート自身はユウトへ顔を向け、刀を持っていた手に目を落とした。
「手は動きますか」
「平気だよ。あれをまともに受けるのは、もう遠慮したいけどな」
ユウトは指を曲げ伸ばしして見せた。
リナがそばへ来て、擦れた袖と腕の様子を確かめる。
「痛みが残るようでしたら、遠慮なくおっしゃってくださいまし」
「ありがとう。……アルバート、さっきの援護も助かった」
「こちらこそ。これで、皆様を先へお通しできます」
ユウトは頷き、イアスへ視線を戻した。
イアスがリュックを抱え、開いた口を覗き込んでいた。アキラも、持ち物から手掛かりを探しているのだろう。
『レインがこれを置いていったとしても、どうして音楽が……』
「あのエーテリアスの反応を見る限り、偶然とも思えませんね」
ライカンの言葉に、ユウトも口を開きかけた。
空気を裂く音がした。
ユウトはイアスの腕を掴み、自分の方へ引いた。リュックを手放したイアスが足元へ滑り込む。
その前を、エレンが駆け抜けた。
鋏が閃く。
飛来した弾体が弾かれ、離れた場所で爆ぜた。ユウトはイアスを庇って身を伏せ、顔へ掛かる破片を腕で防ぐ。
目を上げると、進路の先に兵士がいた。
肩に担いだ発射器を下ろし、慌てて次の攻撃へ移ろうとしている。
「邪魔」
エレンが、その懐へ飛び込んだ。
鋏の柄が兵士の胴へ打ち込まれる。体が折れたところを蹴り倒し、彼女は止まらず次の相手へ向かった。
銃を構えかけた男の腕を払い、武器を奪うように鋏で挟んで弾き飛ばす。
後ろの兵士が向きを変えた時には、エレンはもう横を抜けていた。大きな尾が振られ、足を取られた男が床へ倒れる。
ユウトはイアスをカリンのそばへ下げ、刀へ手を掛けた。
だが、間合いへ入るより先に、最後の兵士が吹き飛んできた。
床を転がった銃を踏んで止め、逃げようとした腕を押さえる。
「エレン、生け捕りに――」
ライカンの声に、エレンが振り返った。
彼女の後ろでは、兵士たちが倒れていた。呻く者はいても、立ち上がる者はいない。
「……生きてるけど」
エレンは鋏を下ろした。
ライカンが兵士の状態を確かめる間に、アルバートが武器を回収していく。ユウトも押さえた男を拘束し、ようやく息をついた。
イアスがこちらへ来て、エレンを見上げる。
『助かったよ、エレン。ありがとう』
「ん。……もう、いい?」
返事の途中で、彼女の頭が揺れた。
カリンが慌てて駆け寄る。エレンは何か言おうとしたものの、そのまま目を閉じてしまった。
『エレン?』
「ご心配なく。眠っているだけですわ」
リナが落ち着いた声で告げた。
ユウトもそばへ寄り、カリンが支えるエレンの顔を見る。呼吸は穏やかで、先ほどの動きが嘘のようだった。
「……働く時と休む時が、はっきりしてるな」
「エレンさん、頑張ってくださったので……」
カリンはエレンを支え直した。リナも手を添え、移動できるように整えていく。
ライカンが、一行を見渡した。
「まだ意識の戻らない者もおります。一度外へ連れ出し、事情を聞きましょう」
『そうだね。レインのことも、何か知っているかもしれない』
アキラの声を聞き、ユウトは床のリュックを拾った。
音楽で呼び寄せられたエーテリアス。
その直後に撃ち込まれた弾。
これだけのことをしてまで、先へ行かせたくない連中がいる。
ユウトはリュックについた埃を払い、イアスへ渡した。
「こっちは頼む。俺はそいつを運ぶよ」
拘束した兵士を示すと、アルバートが隣へ来た。
「反対側を持ちましょう」
「助かる」
2人で兵士を抱え起こす。
ライカンは残る捕虜の拘束を確かめ、アキラと帰りの経路を相談していた。
通れるようになった道を、今度は引き返す。
ユウトはイアスの抱えるリュックへ目を落とした。
これを見つけただけで、捜索を終えるつもりはない。
隣で意識を失っている男には、目が覚めたら話してもらうことがあった。
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