転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
共生ホロウを出る直前、アキラはH.D.D.との感覚同期を解除した。
イアス越しに見えていた歪んだ街並みが途切れ、意識が自分の身体へ戻ってくる。
Random Playのスタッフルーム。
アキラはゆっくりと目を開き、小さく息をついた。隣ではリンがH.D.D.の状態を確認しており、兄が戻ってきたことに気づくと画面から顔を上げる。
「お疲れ、お兄ちゃん。接続も正常に切れてるよ。こっちも特に異常なし」
「ありがとう、リン」
アキラは軽く首を動かし、自分の身体へ感覚が完全に戻ったことを確かめる。イアスとの同期にはすっかり慣れているため、これくらいで大きく疲れることはない。
ただし、今回の依頼が予想以上に騒がしいものになったのは間違いなかった。
素材を回収して帰ってくるだけのはずが、現地ではホロウレイダーと遭遇。その後の戦闘によって周辺のエーテリアスまで集まり、精鋭個体どころか大型個体まで相手にすることになった。
「ユウト兄、さすがに今回は疲れたって言いそうだね。素材を採りに行っただけだったのに、最後はあれだけ戦うことになったし」
「そうだね。戦えなくなるほどじゃないだろうけど、予定になかった戦闘ばかりだったからね」
リンが少し楽しそうに笑う。
「絶対『話が違う』って言うよ」
「言いそうだね」
そんな話をしていると、店の裏口から物音が聞こえてきた。
少しして扉が開く。
「ただいまー」
聞き慣れた気の抜けた声とともに、イアスが元気よく姿を現した。
「ンナ!」
「おかえり!」
リンが立ち上がり、近づいてきたイアスの頭を撫でる。
「イアスもお疲れさま」
「ワタタ!」
その後ろから入ってきたユウトは黒いマスクを外しながら、いつもと変わらない足取りで店内へ入ってくる。表情にも大きな疲労は見えなかったが、本人は小さく息を吐いてから首を軽く回した。
「いやぁ……流石に疲れた」
アキラが笑う。
「だろうね。素材を採りに行っただけのはずなのに、最後は大型まで相手してたし」
「ほんとだよ。どうしてこうなった」
「ユウト兄が最初に『素材採って帰るだけ』って言ったからじゃない?」
「まだそれ言う?」
「言う」
呆れたようにリンを見るユウトだったが、その動きにはまだ十分な余裕がある。
長時間の任務や連戦を前提として動いてきたユウトにとって、今回の戦闘だけで体力を使い切るようなことはない。疲労を感じているのは事実でも、必要とあればこのまま別の任務へ向かえる程度には余力を残していた。
「まあ、依頼品はちゃんと持って帰ってきたぞ」
ユウトは背負っていた荷物を軽く叩く。
「必要量より少し多め。加工中に多少失敗しても困らないくらいには確保してある」
「それなら大丈夫そうだね」
アキラが頷くと、リンも安心したように笑った。
「よかった。これであかりちゃんも安心できるね」
「安心して、そのまま徹夜始めそうだけどな」
「……それはありそう」
アキラも苦笑する。
「じゃあ、届けに行ったらそこもちゃんと言っておこうか」
「賛成」
「俺も賛成」
3人の意見は、あっさり一致した。
◇
クルクル・アカリン工房。
ユウトたちが到着すると、工房の奥から小さな足音が勢いよく近づいてきた。
「帰ってきたー!?」
あかりが飛び出してくる。その後ろから、護衛兼世話役を務めているボンプたちも一緒についてきた。
「素材あった!?」
第一声を聞いたユウトが半眼になる。
「俺らの心配より先にそっち?」
「あっ」
あかりが固まった。
少しだけ考え、慌てて言い直す。
「みんな無事!?」
「遅い」
「えへへ……」
リンが苦笑し、アキラも困ったように笑う。
「まあ、今回は全員無事だったからいいけどね」
「結構大変だったけど」
「大変?」
あかりが不思議そうに首を傾げる。
ユウトはひとまず持ってきた荷物を下ろした。
「その話は後な。先に頼まれてた物」
中身を見せた途端、あかりの目が輝いた。
「おおおおっ!」
すぐに素材へ駆け寄り、一つを手に取って状態を確認する。さらに測定機器を持ってくると、純度や品質を一つずつ調べ始めた。
「うん、状態いい! こっちも大丈夫! ちゃんと使えるよ!」
耳がぴんと立ち、大きな尻尾も嬉しそうに揺れる。
さらに回収された量を確認すると、あかりは一層嬉しそうな顔になった。
「必要な分より多い!」
「加工中に失敗して足りなくなったら困るからね。少し余裕を持って持って帰ってきたんだ」
アキラが答える。
「ありがとー! アキラおにい!」
「どういたしまして」
「リンおねいもありがと!」
「私は外から手伝ってただけだけどね」
「それも大事な仕事だろ」
ユウトが横から口を挟む。
あかりは最後にそちらへ振り返った。
「ユウトおにいもありがと!」
「あいよ」
これで依頼自体は無事に達成できた。
あかりもそう判断したのだろう。回収された素材を抱えると、早速工房の奥へ向かおうとする。
「じゃあ早速――」
「待て」
ユウトが襟首を掴んだ。
「ぐえっ」
あかりの身体がその場で止まる。
「な、なにするのユウトおにい!」
「今から作業始める気?」
「もちろん!」
即答だった。
ユウトは嫌な予感を覚えながら尋ねる。
「今日、ちゃんと飯食った?」
「……え?」
「飯」
あかりの目が露骨に泳ぎ始める。
それを見たリンも、すぐに事情を察した。
「あかりちゃん?」
「お菓子は食べたよ!」
「それはご飯じゃないよ」
「でもカロリーはあるよ?」
「そういう問題じゃないでしょ」
リンに逃げ道を塞がれたあかりへ、今度はアキラが尋ねる。
「昨日はちゃんと寝た?」
「寝たよ!」
「何時間?」
「……」
「何時間?」
「……ちょっと」
「具体的には?」
「……かなりちょっと」
予想していた通りだった。
ユウトは襟首を掴んだまま深く溜息をつく。
「今回のクライアントだって、部品が届かなかったのはお前の責任じゃないって言ってただろ。納期に間に合わせたいのは分かるけど、それで倒れたら本末転倒だぞ」
「でも、もう素材は揃ったし……」
「だったらなおさら、今すぐ無茶する必要ないだろ」
リンも腰へ手を当てた。
「まずちゃんとご飯を食べること。それから作業するのはいいけど、今日は徹夜なしだからね」
「リンおねいまでぇ……」
助けを求めるようにアキラを見る。
しかし、最後の逃げ道もあっさり塞がれた。
「僕も2人に賛成かな。あかりちゃんが自分で間に合わせたいって頑張ってるのは分かるよ。でも、無理して体調を崩したら作業そのものが止まっちゃうからね」
3人に囲まれたあかりは、今度は後ろにいるボンプたちへ視線を向けた。
「ンナ……」
「ンナンナ……」
ところが、2体とも綺麗に目を逸らした。
「裏切った!?」
「ちゃんと主人の健康管理までしてくれる優秀なボンプじゃないか」
「ボクが作ったんだけど!」
「なら自分の設計を信じろ」
「むぅぅぅ……!」
尻尾を不満そうに膨らませても、誰も助けてくれない。
やがて観念したあかりは肩を落とした。
「……分かったよ。ちゃんとご飯食べる」
「よろしい」
「今日は徹夜もしない」
「さらによろしい」
「でも食べ終わったら作業していい?」
「それくらいなら止めんよ」
ようやくユウトが手を離す。
あかりは襟元を直しながら頬を膨らませたものの、すぐに回収された素材へ視線を戻した。
そこでユウトも、もう一つ話しておかなければならないことを思い出す。
「そうだ、あかり。現場でちょっと気になるものがあった」
「まだ何かあるの?」
「今度は説教じゃない」
「よかったぁ……」
「安心するの早いぞ」
ユウトは端末を取り出し、ホロウ内部で記録してきた採掘地点の映像を表示した。
大量に削り取られた岩盤。
持ち込まれていた採掘機材。
そして、運び出すためにまとめられていた大量の素材。
それを見たあかりの表情が変わった。
「……こんなに採ってたの?」
「ああ。俺たちが着いた頃には、目的地はほとんど掘られた後だった」
アキラも画面を覗き込む。
「残っていた分だけだと、必要量には全然届かなかったね」
リンもその時の状況を思い出しながら頷く。
「本当にほとんど残ってなかったんだよ。別の場所まで探さなかったら、必要な分を集めるのは無理だったと思う」
「これだけ採られてたら、そりゃなくなるよ……」
あかりが採掘跡を見つめる。
「だろ?」
ユウトは別の記録へ切り替えた。
現場で見た時から引っかかっていた。
ホロウレイダーが高値で売れる素材を勝手に採掘し、それを裏で売り払う。それ自体なら、裏社会で長く仕事をしてきたユウトにとって珍しい話ではない。
だが、今回の規模は違う。
「あいつら、掘りすぎなんだよ」
「掘りすぎ?」
「ああ。その辺のごろつきが、高く売れる素材を見つけて小遣い稼ぎする量じゃない。採掘機材を持ち込んで、まとまった人数で継続して掘ってる。しかも採った物は、最初から運び出すつもりでまとめられてた」
普段と変わらない気の抜けた声色だったが、琥珀色の目だけが僅かに鋭くなる。
こういう光景には覚えがある。
表に出たくない者が裏で動く人間へ金を渡し、末端に汚れ仕事をさせる。扱う物や仕事の規模こそ違っても、その仕組み自体は昔から大して変わらない。
「自分たちで使う量じゃない。売るにしても、あれだけの量を継続して捌くなら、先に安定した買い手がいないと割に合わない」
アキラがユウトへ視線を移す。
「つまり、あのホロウレイダーたちだけでやってるわけじゃないってこと?」
「その可能性が高いと思ってる。ああいう連中がまとまって動いてる時は、大抵後ろに金を出してる奴がいるからな」
「誰が後ろにいると思う?」
リンから尋ねられたユウトは、そこについては素直に首を横へ振った。
「そこまでは分からん。俺が現場を見て判断できるのは、あれが単なる小遣い稼ぎには見えないってところまでだ。金がどこから来て、採った物がどこへ流れてるかは別の話だからな」
すると、あかりが何かを思い出したように耳を動かした。
「そういえば、この素材、最近すっごく値段上がってるよ」
「どのくらい?」
リンが尋ねると、あかりは管理端末から市場価格の推移を表示した。
元々安価な素材ではないが、ここ最近になって価格が明らかに上昇している。それと同時に、正規の市場へ入ってくる量も減っているらしい。
「前からそれなりに高かったけど、最近は特に上がってるの。必要な量を普通に買おうとしても、前よりずっと集めにくくなってるよ」
アキラは表示された情報を見ながら考える。
「大量に採掘してる人たちがいるのに、市場に出回る量は減ってるんだ」
「……やっぱ臭いな」
ユウトは腕を組んだ。
裏では大量に採られている。
それなのに、表へ出る量は減っている。
しかも価格は上がっている。
偶然だけで説明するには、少し出来すぎていた。
「この辺から先は、俺より詳しい奴に見てもらった方が早い」
「詳しい人?」
あかりが首を傾げる。
「いるだろ。数字とか企業とか、そういう面倒なのが得意な連中が」
◇
Random Playへ戻った頃には、外はすっかり夕方になっていた。
地下の自室へ降りたユウトは、黒いマスクや戦闘用ベスト、腰の探索装備を順番に外していく。最後に背負っていた刀を所定の位置へ戻すと、そのままベッドへ横になった。
今回の仕事だけで動けなくなるほど消耗しているわけではない。必要ならまだ戦えるし、そのまま別の任務へ出ることもできる。
ただ、それと休みたいかどうかは別問題だった。
「あー……今日はもう働きたくねぇ」
本気でそう思う。
とはいえ、工房で確認した件だけは共有しておいた方がいい。
ユウトは寝転がったまま、脳内掲示板へ意識を向けた。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
帰宅
本日の業務終了
もう働きません
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「ちびリス博士」
素材ありがとー!!
これで間に合う!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
どういたしまして
ちゃんと約束守れよ
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
わかってるよー!
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
何の約束?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
徹夜禁止
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
当然だ
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
もう注意されたから!
この話おしまい!
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
では本題は?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
今回のホロウレイダー
多分後ろに誰かいる
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
根拠は?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
規模
ごろつきの小遣い稼ぎで掘る量じゃない
採掘設備まで持ち込んで
まとまった量を継続して掘ってた
あれだけ捌くなら固定の売り先が必要
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
副店長の裏稼業センサー?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
その呼び方やめろ
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
でも、副店店長さんがそう感じたのでしたら
一度調べておいた方がよさそうですねぇ
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
私もそう思う
市場側の情報はあるか?
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
あるよー!
さっき見せたの共有するね!
ーーーーーーーーーー
しばらくして、アルバートから返答が入った。
「機械執事」
……なるほど
副店長
おそらく当たりだ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
やっぱり?
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
価格の上昇と
正規市場への供給減少が
ほぼ同じ時期から始まっている
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
違法採掘が増えて
正規の採掘量が減っただけでは?
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
それだけでは説明できない
違法に採掘された素材そのものが
消えるわけではないからな
ホロウレイダーが自分たちで消費しない以上
最終的にはどこかへ流れる
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
なのに表じゃ供給不足
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
そういうことだ
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
待って
買い手側は私が追う
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
よろしく専門家
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
そういう時だけ素直ね
数分ほど待つ。
ユウトとしてはそのまま寝てもよかったが、ここまで話した以上、結果だけは聞いておきたかった。
やがてヴァレリアから新しい書き込みが入る。
「シーホースCEO」
出た
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
何が?
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
正規流通が減り始めた時期から
複数の小規模業者が
この素材を大量に買い集めてる
しかも相場より高値
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
同じ企業か?
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
表向きは全部別
でも資本関係を辿ると繋がる
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
どこへ?
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
TOPS傘下
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
うわぁ
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
面倒だな
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
先生に即面倒判定されてて草
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
企業絡みが面倒でなくて何なんだ
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
副店長の勘
たぶん正解
ホロウレイダーだけで
勝手にやってる話じゃない可能性が高い
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
買い取り側が
採掘そのものへ関与している可能性もあるか
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
そこはまだ証拠なし
でも流れが綺麗すぎる
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
つまり?
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
違法採掘で正規流通から素材を減らす
裏で確保する
供給不足で価格を上げる
高くなったところで売る
多分こう
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
悪質だな
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
市場操作を狙ったものなら筋は通る
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
まだ疑惑だけどね
だから証拠がいる
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
頑張れ社長
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
他人事みたいに言うな
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
俺の仕事は
怪しいって報告するところまでなので
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
誰が決めたのよ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
俺
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
却下されるだろうな
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
副店長
明日暇?
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
暇じゃないです
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
まだ何も言ってないんだけど
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
この流れ何度も経験してる
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
副店長おにい逃げて!
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
逃げられなさそうですねぇ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
今日大型まで倒してきたんですけど
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
知ってる
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
流石に疲れたんですけど
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
知ってる
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
休暇を要求します
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
報酬出す
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
詳細を聞こう
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
はや
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
いつものだな
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
副店長おにいチョロい!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
うるせえ!
金は大事なんだよ!
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
詳しい話は明日
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
へいへい
ユウトは掲示板から意識を外し、そのまま枕へ顔を埋めた。
結局、仕事が増えた。
今度こそ今日は何もしない。そう決めて目を閉じようとしたところで、地下室の扉が軽く叩かれる。
「ユウト兄ー?」
リンの声だった。
「なにー?」
「夕飯どうする?」
「…………」
ユウトは仰向けになり、無言で天井を見つめた。
完全に忘れていた。
自分1人なら適当なもので済ませても構わない。しかしアキラとリンもいる以上、そういうわけにはいかない。
「今行くー」
返事をして身体を起こす。
体力が尽きているわけではないので、立ち上がってしまえば足取りはいつもと変わらない。
「働きたくねぇ……」
口ではそうぼやきながら階段を上っていく。
本人がどれだけ面倒だと言おうと、アキラとリンの生活に関わることだけは放り出さない。
それもまた、ユウトにとってはいつものことだった。
◇
アークライト社、本社。
夜のCEO執務室で、ヴァレリア・アークライトは1人、複数の情報を確認していた。
市場価格、正規流通量、買い取りを行っている小規模業者、その資本関係と取引履歴。そして、それらの先で浮かび上がったTOPS傘下企業。
先ほどまで掲示板で軽口を叩いていた時とは違い、その表情は完全に経営者のものへ戻っている。
「フン……随分と小賢しい真似をしてくれたものね」
企業が利益を求めること自体を、ヴァレリアは否定しない。利益を出せなければ企業は存続できず、社員も取引先も守れない。新しい事業へ投資することもできなくなる。
だが、意図的に正規市場への供給を減らし、裏で素材を押さえ、そのうえで価格を吊り上げて利益を得ているのなら話は別だった。
さらにホロウレイダーを利用した違法採掘にまで関与しているのであれば、なおさらだ。
ヴァレリアは表示された情報を順番に確認していく。
複数の小規模業者。
不自然な資金移動。
一見すると無関係に見える取引先。
だが、辿っていけば同じ企業へ近づいていく。
「……まだ足りないわね」
怪しい。
限りなく黒に近い。
それでも、現状では状況証拠にすぎない。
ホロウレイダーが勝手に採掘した。
買い取り業者が独断で動いた。
一部の社員が勝手にやった。
逃げようと思えば、いくらでも言い訳は作れる。
相手もTOPSに連なる企業である以上、中途半端な証拠で動けば警戒させるだけだ。
「なら、逃げ道がなくなるまで揃えてやればいい」
ヴァレリアの口元が僅かに吊り上がる。
明日、ユウトに任せる仕事もおおよそ決まった。
本人は間違いなく嫌がるだろう。
もっとも、報酬を提示すれば働くことも分かっている。
「まったく、分かりやすい男ね」
小さく笑い、再び資料へ視線を落とす。
ただし、この時のヴァレリアはまだ知らない。
自分と同じ企業へ、すでに別の視線が向けられていることを。
TOPS内部で規則を破り、利益のために秩序を乱す者を裁くため。
黒い枝は、すでに静かに伸び始めていた。