転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る   作:『 』を応援するテト

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感想を書いて下さった方、ありがとう御座います。作者は凄く嬉しいんですが移動の合間などで書いている為休みの時しかゆっくり返事ができないのでご容赦下さい。
また今回からまだ先だろっ!と言うキャラ達が普通に登場してきますのであしからず。


第5話 黒い枝が来る前に

 

それから数日後。

 

六分街、Random Play。

 

その日は珍しく、朝からユウトにこれといった予定がなかった。

 

店の仕事も急ぎのものはなく、パエトーンにも依頼は入っていない。ヴァレリアから仕事を振られているわけでもなければ、アキラとリンから何かを頼まれているわけでもない。

 

つまり――何もしなくていい。

 

「……最高」

 

地下にある自室のベッドへ寝転がったユウトは、満足そうに呟いた。

 

別に眠いわけではない。

 

身体が疲れているわけでもない。

 

ただ、予定がないのなら可能な限り動きたくなかった。

 

普段はRandom Playの仕事をし、アキラとリンの生活を手伝い、パエトーンに依頼が入ればエージェントとしてホロウへ潜る。そこへ時々、ヴァレリアから別件まで飛んでくる。

 

やるべきことがあるならやる。

 

だが、何もない日にまで自分から仕事を探す趣味はない。

 

「今日はこのまま昼までゴロゴロして……昼飯作って……午後もゴロゴロして……」

 

完璧な予定だった。

 

その時、脳内掲示板から通知が入った。

 

「…………」

 

ユウトは天井を見たまま動かなかった。

 

もう一度、通知。

 

「……嫌な予感しかしねえ」

 

数日前。

 

あかりの依頼で入った共生ホロウで、ホロウレイダーによる違法採掘が発覚した。

 

その後、アルバートとヴァレリアが市場や取引先について調べ始めている。

 

ヴァレリアも、もう少し詳しく追ってみると言っていた。

 

つまり、この通知の送り主が誰なのかは、確認する前から大体分かる。

 

「俺の休日……」

 

小さくぼやきながら、ユウトは脳内掲示板へ意識を向けた。

 

【転生者掲示板】

 

「シーホースCEO」

全員いる?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

俺の休日を返せ

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

まだ何も言ってないでしょうが

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

お前が全員集合かけた時点で

 

ろくな話じゃないのは分かる

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

いる。

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

いるぞ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

いるよー!

 

ーーーーーーーーーー

 

「おっとり師範」

いますよ~。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

じゃあ始める

 

あと、この話はここだけにして

 

外には一切漏らさないで

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

……ほう

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

随分と慎重だな。

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

何か分かったのか?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

この数日でかなり追えた

 

例のTOPS傘下企業

 

思ってた以上に真っ黒

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

真っ黒!?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

違法採掘への関与掴めた?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

決定的な証拠まではない

 

でも前に見つけた業者以外にも

 

複数のダミー企業を経由して素材を買い集めてる

 

資金の流れも追った

 

最終的にはほぼ同じところに繋がる

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

例の企業か。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

そう

 

それと似たような動きが今回だけじゃない

 

別の商品でも何度かやってる形跡がある

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

常習犯か。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

その可能性は高い

 

供給を絞って価格を上げる

 

裏で確保していた在庫を高値で流す

 

前に考えた通りならそういう仕組み

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

思ったより手広くやってんな

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

あたしの部品が届かなかったところから

 

すごい話になってきた……

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

お前が気にすることではない。

 

今回たまたま表に出ただけだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

そっかぁ……

 

ーーーーーーーーーー

 

「おっとり師範」

CEOさん。

 

ここだけで共有する理由は

 

それだけではありませんよねぇ?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

さすが

 

本題はここから

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

やっぱり俺の休日終わった?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

たぶん

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

帰ってきて俺の休日

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

諦めなさい

 

調べてる途中で気づいた

 

あの企業

 

もう別口から探られてる

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

どこだ?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

最初は分からなかった

 

だからそっちも調べた

 

今朝確認が取れた

 

クランプスの黒枝が動いてる

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

マジ?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

うわぁ

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

なるほど。

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

……誰だ?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

先生知らないんだった

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

また俺だけか。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

医者おにいどんまい!

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

嬉しくない。

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

簡単に説明すると

 

TOPS内部で問題を起こした者を調査し

 

必要なら裁定する者たちだ

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

なるほど。

 

それで全員の反応が変わったわけか。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

しかも今回の件を見つけて動いたわけじゃない

 

あっちはあっちで前からこの企業を調べてたみたい

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

つまり今回の違法採掘は

 

あの会社がやってる悪さの一部かもしれないと

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

そういうこと

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

それなら表立って動くべきではないな。

 

こちらの調査が相手に知られれば、黒枝の調査にも影響する。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

だからここだけ

 

アークライト社として大々的に動くのは中止

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

黒枝に任せればいいのでは?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

裁定そのものはね

 

でも問題が1つある

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

証拠隠滅?

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

正解

 

黒枝が正式に動けば

 

向こうだって何をされるか分かってる

 

特にダイアリンが直接内偵に来たら

 

証拠を隠そうとするはず

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

外部から確認できる情報だけでは

 

企業上層部まで責任を追及するには足りない。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

そういうこと

 

「下請けが勝手にやりました」

 

「一部社員の独断です」

 

で逃げられる可能性がある

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

で

 

消される前に証拠の場所だけ押さえたいと

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

話が早くて助かる

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

俺の休日が死んだ

 

ユウトはベッドへ寝転がったまま、天井を見上げた。

 

ヴァレリアが何を言いたいのか、もう完全に分かってしまった。

 

そして、自分以外の5人も分かっているのだろう。

 

ほどなくして、予想通りの書き込みが入った。

 

「シーホースCEO」

外から探れる範囲はもう限界

 

だから誰かに中へ入ってもらいたい

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

誰かさん大変だなぁ

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

他人事ではないと思うぞ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

誰だろうなぁ

 

潜入できて

 

変装できて

 

裏社会にも詳しい便利な奴

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

自己紹介か?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

副店長おにいだ!

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

知ってた

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

報酬は前に話した分へ上乗せする

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

仕事内容を聞こう

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

休日への未練はどうした?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

金は大事

 

続いて、ヴァレリアから今回の依頼について詳しい説明が共有された。

 

目的は企業から証拠を盗み出すことではない。

 

ましてや、黒枝より先に告発して手柄を横取りすることでもなかった。

 

黒枝が正式に査定へ入った時、相手が隠そうとするものを先に特定しておく。

 

削除されるデータ、処分される帳簿、隠される契約書、移動される資産。それらがどこに存在し、どのように処分される可能性があるのかを把握したうえで、黒枝が調査すれば自力で辿り着ける状態を作る。

 

相手に逃げ道だけを与えない。

 

その後は、本来この仕事を担う者たちへ任せる。

 

それならユウトにとっても、勝手の分かる仕事だった。

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

なるほどね

 

それならできる

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

頼める?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

報酬次第

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

これで

 

提示された金額を確認する。

 

ベッドへ寝転がったままだったユウトの目が、少しだけ開いた。

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

本日より私は御社の忠実な犬です

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

チョロい!

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

現金な男だ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

うるせえ

 

こっちは貯金増やすのに必死なんだよ

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

じゃあ詳細送る

 

あともう1つ

 

できれば企業同士の繋がりも確認して

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

了解

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

無理はするな。

 

黒枝も動いている以上

 

長時間の潜入は避けた方がいい。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

へいへい

 

じゃ

 

ちょっと出勤してきますかね

 

掲示板での会話が終わる。

 

ユウトはすぐには起きなかった。

 

ベッドへ寝転がったまま、数秒ほど天井を眺める。

 

それから、名残惜しそうに布団を撫でた。

 

「……短い休日だった」

 

ようやく身体を起こす。

 

提示された報酬を考えれば、文句を言いながらでも働く価値は十分にある。

 

「帰ってきたら絶対だらけよう」

 

誰に聞かせるでもなく宣言し、ユウトは仕事の準備を始めた。

 

     ◇

 

数時間後。

 

問題のTOPS傘下企業へ、1人の男が出社した。

 

特別目立つところのない、ごく普通の会社員だった。

 

受付前で社員証をかざせば、端末は問題なく本人として認証する。

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

受付の社員と挨拶を交わし、そのまま社内へ入っていく。

 

途中ですれ違った同僚も、誰1人として足を止めない。

 

その男が本来ここへ出勤するはずだった社員ではなく、そもそもこの会社の人間ですらないことに気づく者はいなかった。

 

エレベーターへ乗り込み、扉が閉じる。

 

中には他の社員が2人いた。

 

ユウトは何もせず、目的の階を示す表示を眺めている。

 

「昨日の資料、終わった?」

 

隣に立っていた男が何気なく尋ねてきた。

 

「ああ。一応な。数字だけもう1回確認してから出す」

 

「真面目だねえ」

 

「後からやり直す方が面倒だろ」

 

「それはそう」

 

そこで会話は終わった。

 

目的の階へ着く。

 

「じゃ、また後で」

 

「おう」

 

何事もなく別れ、ユウトはフロアへ降りた。

 

姿を変えるだけなら、潜入は成立しない。

 

顔や声を完璧に再現できたところで、その人物を知る者と数分話せば違和感が生まれる。

 

だからユウトは、今回借りた姿の持ち主について事前に可能な限り調べていた。

 

所属部署と担当業務はもちろん、出退勤の時間、社内で親しい相手、よく使う言葉、普段の歩き方や姿勢。昼食をどこで取るのか、誰と雑談することが多いのかまで頭へ入れている。

 

術はあくまで道具だ。

 

潜入を成功させるのは、それを使う人間の技量である。

 

潜入するのなら、その人物としてそこにいる。

 

それが、ユウトが長年叩き込まれてきた基本だった。

 

自分の席へ向かいながら、フロアを何気なく見渡す。

 

監視カメラ、警備端末、非常口、社員の動線、管理職の席。資料室へ入った社員が、どのくらいで戻ってくるか。

 

じっと観察しているようには見せない。

 

ただ視界へ入ったものを覚えていく。

 

席へ着く頃には、このフロアで朝から変わった動きをしている人間が数人いることも分かっていた。

 

だが、すぐには追わない。

 

端末を起動し、まずは普通に仕事を始めた。

 

     ◇

 

午前中、ユウトは潜入者らしいことをほとんどしなかった。

 

書類を確認し、部署内で必要な処理を済ませ、頼まれた資料を別の席へ運ぶ。時折同僚と話し、適当に相槌を打つ。

 

昼が近づけば、仕事への愚痴まで聞かされた。

 

「また仕入れ関係の数字変わってるんだよなぁ。上は簡単に直せって言うけどさ」

 

「昨日もやってなかった?」

 

「やったよ。だから言ってんの」

 

「ご愁傷さま」

 

「他人事だと思いやがって」

 

どこの会社にもありそうな会話だった。

 

だが、その中にも情報はある。

 

最近になって仕入れ記録の修正が増えた。

 

特定の部署だけ残業が続いている。

 

普段なら別の倉庫へ送るはずの書類が、今週に入って本社へ戻されている。

 

社員たちは、それぞれを単なる仕事上の面倒事としてしか見ていない。

 

ユウトは違う。

 

ヴァレリアから渡された外部調査の結果と重ねれば、どこを見ればいいのかが少しずつ絞れていく。

 

昼休みも他の社員と同じように過ごし、午後になってからも、しばらくは普通に仕事を続けた。

 

急がない。

 

黒枝が動いている以上、必要以上に時間をかけるつもりはないが、早く終わらせるために不自然な行動を取れば本末転倒だ。

 

やがて、1人の社員が席を立った。

 

朝から何度か資料室と上層階を往復していた人物だ。

 

ユウトは端末から目を離さない。

 

数分後。

 

別の社員に声をかけられ、そちらへ向かう。

 

さらに少し待つ。

 

フロアの人員が一時的に偏った。

 

――今だな。

 

ユウトは立ち上がった。

 

手には仕事で使う資料を持っている。

 

何食わぬ顔で通路を歩き、角を曲がる。

 

監視カメラの向きが変わるまで、あと数秒。

 

歩調は変えない。

 

カメラが別方向へ向いた瞬間、ユウトの姿が通路から消えた。

 

次に現れた時には、先ほど上層階へ向かった社員の姿へ変わっている。

 

扉の認証を通過し、内部へ入る。

 

そこまで、ほんの僅かな時間。

 

カメラが再び通路を映した頃には、そこには誰もいなかった。

 

     ◇

 

調査は静かに進んだ。

 

表向きの仕入れ記録。

 

搬入記録。

 

支払い履歴。

 

契約先。

 

どれか1つを見れば、それほど不自然には見えない。

 

だが、ヴァレリアが外から突き止めた情報と組み合わせると、形が見えてくる。

 

ホロウレイダーが違法に採掘した素材は、直接この企業へ運び込まれているわけではなかった。

 

いくつもの小規模業者を経由し、その途中で正規に採掘された素材へ混ぜられている。

 

買い取りを担当する業者。

 

帳簿だけを通す会社。

 

素材を一時保管する倉庫。

 

それぞれ単体なら、よくある取引に見える。

 

だが最後は、この企業へ繋がっていた。

 

しかも偶然ではない。

 

上層部から指示が出ている。

 

「……黒だな」

 

数日前にホロウで見つけた違法採掘も、現場のホロウレイダーが勝手に始めたものではなかった。

 

必要以上に市場へ素材が流れないよう採掘量を調整し、その一方で自分たちは裏から在庫を確保する。供給量が減れば、当然価格は上がる。

 

十分に値が上がったところで確保していた素材を流せば、それだけ利益も大きくなる。

 

そして、それは今回だけではない。

 

別の商品でも似た処理が行われていた。

 

ユウトは証拠を持ち出さなかった。

 

端末からデータを抜くこともしない。

 

黒枝が調査すれば、自分たちで見つけられる。

 

重要なのは、企業側がそれを完全に消せないことだった。

 

削除予定に入れられている取引記録を確認する。

 

通常なら消去処理と同時に監査用の履歴まで整理されるよう設定されている。

 

そこへ僅かに手を加える。

 

見た目の処理は変わらない。

 

企業側からすれば、予定通り消したように見える。

 

だが監査用領域には残る。

 

別の場所には、処分予定の紙の帳簿があった。

 

持ち出さない。

 

隠しもしない。

 

ただ、その帳簿がどこへ移されたのかを示す管理記録だけは、後から削除できないようにしておく。

 

さらに、表向きは使用されていない保管庫。

 

中身を確認する必要すらなかった。

 

管理記録と資産台帳を照合すれば、そこに何があるかは十分推測できる。

 

なら、その矛盾だけ残しておけばいい。

 

黒枝ほどの連中なら必ず気づく。

 

証拠を渡す必要はない。

 

証拠へ続く道を、企業側が壊せなくしておけばいい。

 

「本職なら、これくらい辿るだろ」

 

ユウトは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

あとは何事もなかったように戻るだけ。

 

そのはずだった。

 

     ◇

 

最後に資金の流れだけ確認しておこうとした時だった。

 

ユウトの目が、1つの送金記録で止まる。

 

「……ん?」

 

今回の市場操作で得た利益の一部が、別の企業へ流れている。

 

名目は研究開発費。

 

金額だけを見れば、この規模の企業として不自然なものではない。

 

だが、送金先の企業が妙だった。

 

実体が薄い。

 

念のため、その企業の取引先まで確認する。

 

さらに別の会社へ資金が移っていた。

 

そこから、また別の会社。

 

表向きの名目も少しずつ変わっている。

 

研究開発費。

 

外部委託費。

 

設備投資。

 

いくつもの名義を使いながら、資金が遠ざかっていく。

 

「随分回してんな……」

 

単なる資金洗浄なら、それで説明はつく。

 

だが、ユウトが気になったのはその先だった。

 

送金先。

 

過去の取引。

 

関係者。

 

研究分野。

 

1つだけなら偶然と考えられる情報が、追うほどに重なっていく。

 

ユウトの表情から、それまでの気の抜けた雰囲気が消えた。

 

さらに慎重に情報を確認する。

 

直接その名前が記録されているわけではない。

 

そんな分かりやすい証拠を残す連中ではない。

 

だが、ユウトには分かった。

 

原作知識だけが理由ではない。

 

転生者たちはこれまでにも、その組織について調べてきた。

 

そして何より、仲間の1人が実際にその被害を受けている。

 

「……讃頌会」

 

市場操作で得た利益の一部が、複数の企業を経由して外へ流されている。

 

その先には、讃頌会と関係する研究や人物がいる。

 

偶然で片付けるには、繋がりが多すぎた。

 

「こんなところでも動いてやがったか」

 

先ほどまでとは意味が変わった。

 

単なる悪徳企業なら、黒枝に任せればいい。

 

だが讃頌会が関わっている可能性があるなら、転生者たちにとっても無視できない。

 

特に――凌霄にとっては。

 

ユウトは関連する情報を頭へ叩き込んだ。

 

そして、こちらも証拠そのものは持ち出さない。

 

余計な改竄もしない。

 

黒枝が資金の流れを追えば、同じ場所へ辿り着けるようにする。

 

途中の企業が記録を切り離そうとしても、別の経路から繋がりを確認できるよう最低限の処理だけ施した。

 

「……これでいい」

 

これ以上は自分の仕事ではない。

 

黒枝がどこまで追うかは、黒枝が決める。

 

ユウトは痕跡を確認すると、何事もなかったようにその場を離れた。

 

     ◇

 

夕方。

 

「お疲れさまでした」

 

「お疲れー。また明日」

 

朝と同じように同僚たちと挨拶を交わし、ユウトは会社を出た。

 

誰も呼び止めない。

 

警備が騒ぎ出すこともない。

 

内部で何者かが調査していたこと自体、誰も気づいていなかった。

 

しばらく人の流れに混じって歩き、人目のない場所へ入る。

 

周囲に誰もいないことを確認してから術を解くと、借りていた姿が消え、いつものユウトへ戻った。

 

「ふぅ……」

 

首を軽く回す。

 

体力を使う仕事ではない。

 

だが、潜入中は声、視線、歩き方、姿勢、返事の間、知り合いとの距離感まで、常に借りた人物として振る舞わなければならない。

 

しかも、自分が何かしていると気づかれた時点で失敗だ。

 

「やっぱ潜入は疲れるわ……」

 

とはいえ、仕事は終わった。

 

今度こそ帰ってだらけられる。

 

――その前に、報告だけ済ませておく。

 

【転生者掲示板】

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

終わった

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

早いわね

 

どうだった?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

黒

 

違法採掘も市場操作も

 

上まで繋がってる

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

証拠は?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

ある

 

黒枝が調べれば見つかるようにしといた

 

消そうとしても残る

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

上出来

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

それなら終わりか。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

いや

 

追加でもう1個出た

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

なに?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

ここから真面目な話

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

資金の流れ追った

 

今回の利益の一部

 

何社も経由して外に流れてる

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

送金先は?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

讃頌会

 

そこから、掲示板の書き込みが一度止まった。

 

少し前までの軽い空気が消える。

 

最初に反応したのは凌霄だった。

 

「おっとり師範」

……確かなんですか?

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

かなり濃い

 

直接名前残すほど馬鹿じゃないけど

 

経由先と関係者を追えば繋がる

 

証拠も残した

 

ーーーーーーーーーー

 

「機械執事」

なるほど。

 

市場操作そのものが目的ではなく

 

資金調達も兼ねていた可能性があるわけか。

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

……本当にどこにでも湧いてくるわね

 

ーーーーーーーーーー

 

「半々医者」

俺にも大体の話は聞かされている。

 

笑えない相手だということくらいは分かる。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ちびリス博士」

師範おにい……

 

ーーーーーーーーーー

 

「おっとり師範」

大丈夫ですよ~。

 

ただ……

 

本当に関わっているのなら

 

見逃すわけにはいきませんねぇ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

ああ

 

だから黒枝に全部見つけてもらう

 

ーーーーーーーーーー

 

「シーホースCEO」

それでいい

 

私たちが表に出る必要はない

 

あとは裁定する側の仕事

 

凌霄の書き込みは、いつもと同じ柔らかな調子だった。

 

それでも、長い付き合いの5人には分かる。

 

あの組織に対して、彼が何も感じていないはずがない。

 

だからこそ、誰も余計な言葉を続けなかった。

 

     ◇

 

数日後。

 

問題の企業を、1人の女性が訪れた。

 

クランプスの黒枝。

 

裁決官――ダイアリン。

 

黒枝による査定が始まった。

 

当然、企業側も黙って待っていたわけではない。

 

データの削除、書類の処分、帳簿の移動、関係企業との繋がりを示す記録の整理。

 

黒枝がどこまで把握しているのか分からない以上、消せるものから消していく。

 

だが、消したはずのデータが監査記録から見つかった。

 

処分したはずの帳簿も、その移動先を示す記録が残っている。

 

使用されていないはずの保管庫には、資産台帳と一致しない物品が存在していた。

 

1つの証拠から次の記録へ。

 

さらに別の証拠へ。

 

細い糸を辿るように、査定は企業側の想定以上の速さで進んでいった。

 

しばらくして、端末を確認していたダイアリンの手が止まる。

 

「……んー?」

 

少し前の画面へ戻り、もう一度確認する。

 

証拠そのものに不自然な点はない。

 

企業が実際に残した記録だ。

 

金の流れも、契約も、帳簿も一致している。

 

捏造されたものではない。

 

なのに――妙に辿りやすい。

 

企業側は間違いなく証拠を消そうとしていた。

 

その痕跡も残っている。

 

だというのに、肝心な部分だけ完全には消えていない。

 

「なんか、少し作為的なものを感じますねぇ……」

 

誰かが証拠を作ったのではない。

 

むしろ逆だ。

 

元からあったものを、誰かが消えないようにしている。

 

しかも、わざとらしく目立つ場所へ置いたわけでもない。

 

普通の調査員なら見落とす可能性もある。

 

だが、黒枝が査定することを前提に考えれば――。

 

「……私たちなら見つけられる程度に残してる?」

 

ダイアリンは小さく首を傾げた。

 

企業側ではない。

 

黒枝でもない。

 

なら、自分たちが来るより前に何者かが内部へ入り込んでいたことになる。

 

目的は分からない。

 

味方と決めつけることもできない。

 

ただ少なくとも今回、その人物の介入は黒枝の査定を助けていた。

 

「わざわざ手間がかかることをするなんて……」

 

ダイアリンは僅かに目を細める。

 

「うーん……一応、照ちゃん先輩にこれも報告しますか」

 

端末へ記録を残し、査定を続けた。

 

そして調べるべきものは、まだ残っている。

 

市場操作によって得られた利益。

 

複数企業を経由する資金。

 

研究費。

 

投資。

 

外部委託。

 

その先に何があるのか。

 

黒枝もまた、少しずつ同じ糸を辿り始めていた。

 

     ◇

 

クランプスの黒枝、本部。

 

査定を終えて戻ったダイアリンから報告を受けた照は、手元の資料を1枚ずつ確認していた。

 

市場操作。

 

ホロウレイダーを利用した違法採掘。

 

複数のダミー企業。

 

企業上層部まで繋がる指示系統。

 

そして、査定中に見つかった奇妙な作為。

 

最後まで目を通した照が、資料を机へ置く。

 

「ふーん……」

 

驚いているというより、少し面白がっているような声だった。

 

「わざわざ照ちゃん達にお肉をくれるなんて、随分な親切さんだね?」

 

「そうですねぇ」

 

ダイアリンも困ったように笑う。

 

「正直、今回の査定では一度逃げられることを想定して動いていたんですけどねぇ」

 

「まあ、これだけ色々やってる会社だしね」

 

黒枝も最初から、1度の査定ですべて片付くとは考えていなかった。

 

査定の気配を察知すれば証拠を隠す。

 

責任を下へ押しつける。

 

それでも追われれば、関係企業や取引先との繋がりを切る。

 

そうして尻尾を切りながら逃げることまで想定したうえで、その先を追う準備をしていた。

 

「その後はプロメイアさんにも動いてもらう予定でしたし」

 

「あー、そうだったね」

 

照は頬杖をつき、資料を指先で軽く叩いた。

 

「一旦逃がしてから、プロメイアに追ってもらう予定だったのに」

 

「ええ」

 

「でも、これなら必要なさそうだね」

 

今回の査定で得られた情報は、想定していたより遥かに多い。

 

本来なら相手が証拠を隠し、関係先を切った後、その痕跡を改めて追うはずだった。

 

ところが、切られるはずだった糸が残っている。

 

「これなら、わざわざプロメイアにお願いする必要もなさそう」

 

「そうですねぇ。必要がなくなった仕事までお願いするのも違いますし」

 

「せっかく予定空けてもらってたのにねー」

 

「プロメイアさんなら『必要ないならそれでいい』で終わりそうですけどねぇ」

 

「言いそう」

 

照が小さく笑った。

 

だが、話はそこで終わらなかった。

 

照はもう一度、資料へ目を落とす。

 

自分たちより先に企業内部へ潜り込み、相手が隠そうとしていた証拠を特定した人物がいる。

 

その人物は証拠を持ち出していない。

 

企業を告発してもいない。

 

自分の手柄にすることすらせず、黒枝が来れば辿れるようにしただけで姿を消した。

 

「変な人だねぇ」

 

「ですねぇ」

 

「これだけできるなら、自分でどうにかする方法だってあっただろうに」

 

「それをせずに、私たちへ任せた」

 

「そうそう」

 

照の口元に笑みが浮かぶ。

 

「照ちゃん達に食べてくださいって、お肉だけ置いて帰った」

 

単純にこの企業を潰したかったのか。

 

黒枝へ協力したかったのか。

 

あるいは、そのさらに先に別の目的があるのか。

 

今の情報だけでは判断できない。

 

「……ま、いっか」

 

「いいんですか?」

 

「今はね」

 

軽い口調とは裏腹に、照の目は笑っていなかった。

 

「照ちゃん達のお仕事を邪魔したわけじゃない」

 

「今回はむしろ助けてもらいましたからねぇ」

 

「でしょ? だったら今は、目の前のお肉をいただく方が先」

 

資料を閉じる。

 

「せっかく食べやすくしてくれたんだし、残したら親切さんに失礼でしょ?」

 

「それもそうですねぇ」

 

「あ、でも」

 

照は閉じた資料を机へ置きながら付け加える。

 

「親切さんのことも記録には残しといてね」

 

ダイアリンの表情が僅かに引き締まった。

 

「もちろんです」

 

「今のところ敵じゃなさそうだけど――」

 

照は頬杖をついたまま、少しだけ目を細める。

 

「照ちゃん達より先にあそこまで潜り込んで、これだけのことができる人がいる」

 

「それはそれで、覚えといた方がいいからね」

 

「ええ。私もそう思います」

 

正体を追う必要は、今のところない。

 

しかし、存在を忘れる理由もなかった。

 

今回限りなのか。

 

今後また黒枝の査定先で姿を見せるのか。

 

それはまだ分からない。

 

「じゃ、この話は一旦ここまで」

 

照は資料を横へ置き、別のものを手元へ引き寄せた。

 

今回の査定対象から繋がった企業。

 

さらにその先へ伸びている、不自然な資金の流れ。

 

「まずは、こっちのお肉をちゃんと最後までいただこっか」

 

「はーい」

 

ダイアリンがいつもの調子で答える。

 

軽い会話とは裏腹に、2人の前にはすでに次の査定へ繋がる情報が揃い始めていた。

 

市場操作だけでは終わらない。

 

そこで得られた利益が、どこへ流れているのか。

 

黒枝もまた、ユウトが一足先に見つけた讃頌会へと続く糸を、確実に辿り始めていた。

 

     ◇

 

その頃。

 

六分街、Random Play。

 

「ユウト兄ー、お客さん!」

 

店内から聞こえてきたリンの声に、奥で返却されたビデオを整理していたユウトが顔を上げる。

 

「はいよー」

 

気の抜けた返事をしながら、棚の向こうから店頭へ出ていく。

 

数日前までTOPS傘下企業へ潜入し、誰にも気づかれないまま内部を調べていた人物にはとても見えない。

 

黒枝本部で自分が『親切さん』などと呼ばれていることも知らない。

 

知る必要もなかった。

 

誰にも侵入されたと気づかせず、表に自分の名前も残さない。必要な仕事だけを終わらせれば、その後は本来その仕事を担う者へ任せる。

 

ユウトにとっては、今回もそれだけのことだった。

 

「お待たせしましたー。返却ですか?」

 

いつもの副店長として客へ笑いかける。

 

その姿を見ても、数日前に何をしていたのか気づく者はいない。

 

それでいい。

 

それこそが――ユウトが、ずっとやってきた仕事なのだから。

 

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