転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
移動式テーマパーク計画が立ち上がってから、数ヶ月。
アークライト社では、かつてない規模の新規事業が本格的に動き始めていた。
ホロウ災害の発生によって危険が迫れば、安全な区域へ移動する。
特定の場所へ娯楽施設を建設するのではなく、娯楽施設そのものが人々のもとへ向かう。
新エリー都という土地だからこそ生まれた、巨大移動式テーマパーク。
企画段階を終えたプロジェクトは、既に複数の部門と協力企業を巻き込む巨大事業へと成長している。
以前の一件で不利益を被っていた下請け企業からも優秀な人材を迎え入れ、新たな取引先との契約も進んだ。
設計。
エーテル動力。
移動機構。
安全設備。
アトラクション。
いよいよ実際の建造を見据えた段階へ進む。
その節目として、アークライト社は関係企業や出資者、技術責任者を招いたプロジェクト始動記念パーティーを開催することになった。
◇
「――ヴィクトリア家政への最終確認は?」
アークライト社CEO執務室。
大量の書類へ目を通しながら、ヴァレリア・アークライトは尋ねた。
腰近くまで伸びた、一見すれば黒にも見える深い濃紺の髪。
鋭い青の瞳。
白を基調としたロングジャケットに黒いインナーと細身のパンツ。
長身にヒールブーツまで加わり、椅子に腰掛けているだけでも周囲を圧するような雰囲気を纏っている。
その前に立つ第一秘書は、手元の端末へ視線を落とすことなく答えた。
「完了しております、社長。会場側との最終打ち合わせも本日午前中に終了。ヴィクトリア家政からも予定通り対応可能との返答をいただいております」
「招待客は?」
「三名から到着時間変更の連絡がございました。二名は進行への影響なし。一名については乾杯後の到着となる見込みですので、会場担当へ対応を指示済みです」
「フン」
ヴァレリアは次の書類を手に取った。
「警備は?」
「従来通りです。招待客だけでなく、搬入業者、会場スタッフ、臨時雇用を含めて事前確認を実施。警備部門から上がった要注意対象についても再確認を終えております」
「よし。今回だけ例外を作るな」
「承知しております、社長」
返答には迷いがない。
先日の人材獲得や新規事業の立ち上げでは、第一秘書が別件で動いていたため第二秘書がヴァレリアの補佐を務めていた。
第二秘書も十分に優秀だ。
ただ――。
ヴァレリアの思いついた瞬間には既に走り始めているような仕事の進め方に、まだ完全には慣れていない。
対して、この第一秘書は違う。
長年ヴァレリアを補佐し続けてきただけあり、彼女が何を求めるのかを把握している。
「当日の予定ですが」
進行表が表示される。
「十八時より開場。十八時三十分に社長からご挨拶。その後は歓談となります」
「分かっている」
「歓談中に三度、会場外での予定がございます。一度目は次の登壇内容の確認。二度目は秘書室からの定時報告。三度目はハインツ氏との個別面談です」
「十分で終わらせる」
「先方には十五分と伝えております」
「なら五分余るな」
「そう仰ると思いましたので、次の予定まで五分の余裕を設けております」
ヴァレリアの手が止まった。
第一秘書を見る。
「……なら最初から言え」
「申し訳ありません、社長」
まったく動じない。
「それと社長」
「何だ?」
「パーティー終了後、翌週の会議資料についてご確認を」
「今出せ」
「そう仰ると思い、こちらに」
既に別の資料が用意されていた。
「…………」
ヴァレリアは数秒、第一秘書を見る。
「相変わらずだな」
「長いお付き合いですので」
「フン」
ヴァレリアは資料を受け取った。
「下がれ。変更があれば報告しろ」
「はい、社長」
第一秘書は一礼し、静かに執務室を後にした。
◇
数日後。
ヴィクトリア家政。
「今回のご依頼について確認いたします」
ライカンがテーブルへ資料を広げた。
会場図。
招待客一覧。
進行表。
警備計画。
料理。
搬入経路。
その他、必要となる情報はかなりの量に上る。
リナが資料へ目を通しながら微笑む。
「今回は随分と大きな催しですね」
「はい。ヴァレリア様にとって重要なプロジェクトなのでしょう」
「参加者、多いね」
エレンも招待客一覧を眺めている。
口調こそいつもの気だるげなものだが、目はきちんと資料を追っていた。
隣ではカリンが会場図と招待客一覧を交互に見ている。
「こ、これを私たちで……?」
「我々だけですべてを行うわけではありません」
ライカンの隣に立つ知能機械人が答えた。
アルバート。
人間より一回り大きな長身。
細身ながら均整の取れた機械躯体。
ヴィクトリア家政の意匠を取り入れたクラシカルな執事服を身につけ、精巧な機械式頭部には人間の瞳を思わせるアイセンサーが備わっている。
「アークライト社からも相応の人員が参加します。我々の役割は各部門と連携し、依頼人が求めるサービスを滞りなく提供することです」
「その通りです」
ライカンが頷く。
「今回、私が会場全体の統括を担当します。リナには来賓対応と給仕部門の管理をお願いしたい」
「ええ、お任せください」
「アルバート」
「はい」
「進行管理をお願いします」
「承知しました」
アルバートの前に複数の情報が表示される。
招待客の到着予定。
料理の提供時間。
壇上での挨拶。
プロジェクト紹介。
歓談時間。
そして主催者であるヴァレリア自身の予定。
「各部門からの情報を私へ集約します。予定との齟齬が生じた場合は、状況を整理した上で対応案をご提示しましょう」
「お願いします」
ライカンは残る二人を見る。
「エレン、カリン。今回は二人にも補佐として参加してもらいます」
「分かった」
「は、はいっ!」
カリンが勢いよく背筋を伸ばした。
「が、頑張ります!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、カリンちゃん」
リナが柔らかく微笑む。
「今回は私たちも一緒ですから」
「リナさん……!」
「エレン様には会場側の補佐を。カリン様にはリナ様の補佐を中心にお願いするのが適切でしょう」
アルバートが提案する。
「異論はありません」
ライカンが頷いた。
「では、事前準備を始めましょう」
◇
パーティー開催数日前。
会場となる大ホールでは、既に設営が進められていた。
当然、予定通りにいかないこともある。
「第一搬入口が使えない?」
ライカンがアークライト社の担当者へ確認する。
「はい。別部門の搬入が予定より遅れておりまして……」
「アルバート」
「確認いたします」
アルバートのアイセンサーが僅かに明滅した。
「第二搬入口への変更は可能です。ただし料理関係を移動させた場合、厨房までの導線が長くなります」
「提供時間への影響は?」
リナが尋ねる。
「現状では約七分の遅延が予測されます」
「それは避けたいですね」
「同意します」
アルバートが表示を切り替える。
「装飾品の搬入を第二へ変更することを提案いたします。料理関係は第一を使用。設営担当を三名追加すれば、全体工程にも影響はありません」
ライカンが確認する。
「リナ、厨房側は対応できますか?」
「ええ。その程度でしたら問題ありません」
「では、そのようにしましょう」
「承知しました」
変更後の工程が即座に共有される。
そのやり取りを見ていたカリンが感心したように呟いた。
「す、すごいです……」
「慣れだよ」
隣からエレンが答える。
「慣れ……ですか?」
「こういうの、何もかも予定通りって方が珍しいし」
そう言いながら、エレンは自分の確認表へ最後のチェックを入れた。
「第二会場、確認終わったよ」
「もうですか?」
「テーブル配置、備品、非常口までの導線も問題なし。五番テーブルだけグラスが一個足りなかったから追加しといた」
アルバートが情報を照合する。
「こちらでも確認しました。問題ありません」
「じゃ、次は?」
リナが微笑んだ。
「こちらを手伝ってもらえますか、エレンちゃん?」
「うん。行ってくる」
エレンはそのまま次の持ち場へ向かった。
「エレンさん、すごい……」
「エレン様は効率を重視されますから」
アルバートが答える。
「無駄な作業を嫌うことと、仕事を疎かにすることは別問題です」
◇
そして、パーティー当日。
開場一時間前。
会場へヴァレリアが姿を現した。
「ヴァレリア様」
ライカンが一礼する。
「お待ちしておりました」
「準備状況を聞こう」
「アルバート」
「はい」
アルバートが一歩前へ出る。
「ヴァレリア様。会場設営、厨房、警備、いずれも準備完了しております。全体工程は予定より六分先行」
「来賓は?」
「現時点で二名から到着時間変更の連絡がございます。ただし進行への影響はありません」
「そうか」
ヴァレリアは会場を一瞥した。
「ならば予定通り始めろ」
「承知いたしました」
ヴァレリアにとって、アルバートと顔を合わせること自体は珍しくない。
重要な会食や繁忙期の業務補佐など、アークライト社は以前から何度もヴィクトリア家政へ仕事を依頼している。
その際、アルバートが派遣されてくることも多かった。
もはや仕事相手としては、すっかり顔馴染みである。
だが。
ライカン。
リナ。
エレン。
カリン。
四人まで揃っている光景となれば話は別だった。
――勢揃いか。
ほんの一瞬だけ。
原作ファンとして別の感情が頭をもたげる。
しかし、それが顔に出ることはない。
「今回も期待しているぞ、ヴィクトリア家政」
「ご期待に沿えるよう、最善を尽くします」
ライカンが代表して答えた。
「フン。結構」
◇
やがて開場。
招待客が次々と訪れる。
ライカンは会場全体を統括。
リナは来賓対応。
その傍らでカリンも給仕を担当する。
「カリンちゃん」
「はい!」
「少し肩に力が入りすぎていますよ」
「あっ……す、すみません!」
「謝らなくて大丈夫です。笑顔で、いつも通りに」
「……はい!」
一方。
エレンは空いたグラスを回収しながら、会場全体へ自然に目を配っていた。
「エレン」
通り掛かったライカンが声を掛ける。
「はい、ボス」
「第三テーブルの確認をお願いします」
「もうやってあるよ」
ライカンが確認する。
必要なものは既に揃っていた。
「……さすがですね」
「早く終わらせた方が楽だから」
そう言ってエレンは次の仕事へ向かっていった。
◇
やがて壇上へヴァレリアが上がった。
「諸君」
それだけで会場のざわめきが収まる。
背後の大型スクリーンへ、巨大施設の完成予想図が映し出された。
「本日をもって、アークライト社は巨大移動式テーマパーク建造プロジェクトを正式に始動する」
拍手。
「ホロウ災害が起きれば閉鎖する。危険になれば捨てる。それが当然だと考える者もいるだろう」
ヴァレリアが鼻で笑った。
「くだらん」
会場が静まる。
「ならば危険から逃げられる施設を作ればいい」
映像が切り替わる。
巨大施設を構成する複数のブロック。
移動機構。
緊急時の退避計画。
「危険が迫れば移動する。そして必要とされる場所があるなら、娯楽の方から市民のもとへ向かえばいい」
会場を見渡す。
「これは夢物語ではない」
そして。
「我々が実現する」
大きな拍手が巻き起こった。
◇
パーティー開始からしばらく。
進行表に従い、ヴァレリアは会場を離れた。
次の登壇内容の確認。
秘書からの報告。
重要取引先との短時間の個別面談。
主催者であっても、パーティーの最初から最後まで来賓の前へ立ち続けるわけではない。
タイムテーブルには最初から、ヴァレリアが表舞台を離れる時間がいくつか設けられていた。
今回もその一つ。
関係者用通路を歩く。
そこで。
ヴァレリアの足が止まった。
「……」
本来なら、この先には警備担当者がいる。
いない。
配置変更の連絡も受けていない。
ヴァレリアの表情から、宴席で見せていたものが消えた。
少し進む。
別の警備地点。
こちらにも人影がない。
「なるほど」
声が低くなる。
アークライト社の警備部門は、この程度の人数が簡単に侵入できるほど甘くない。
まして今日は重要な催事だ。
ならば答えは単純。
警備を突破したのではない。
――通れるようにした者がいる。
足音。
ヴァレリアは振り返らなかった。
一人。
二人。
三人。
「私の予定まで調べてきたか」
返事はない。
ゆっくり振り返る。
三人の男。
服装こそ会場関係者に紛れ込めるものだが、立ち方が違う。
「私を狙うにしては、随分と少ないな」
男たちは一斉に動いた。
一人が銃を抜く。
一人が刃物を構える。
もう一人が背後へ回り込む。
ヴァレリアが白いロングジャケットの内側へ手を伸ばした。
取り出したのは一本の細身の剣。
銃声。
一歩だけ身体をずらす。
弾丸が背後の壁へ食い込んだ。
同時に踏み込む。
剣閃。
銃を持っていた男の手元を弾き、そのまま腹部へ蹴りを叩き込む。
「ぐっ……!」
二人目の刃を剣で受ける。
甲高い音。
「遅い」
柄で顎を打ち上げる。
三人目が背後から迫る。
ヴァレリアは振り返らない。
剣を逆手へ持ち替え、そのまま後方へ突き出した。
刺客が咄嗟に飛び退く。
そこへ振り返りざまの蹴り。
壁へ叩きつけられた。
静かになった通路。
ヴァレリアは倒れた三人を見る。
「……」
弱い。
いや。
暗殺者として見れば、それなりに訓練されている。
だが、自分を狙う戦力としては足りない。
「そういうことか」
ヴァレリアの視線が鋭くなる。
「こいつらは餌か」
その瞬間。
奥の扉が開いた。
左右の通路からも人影。
四人。
五人。
さらに上階の連絡通路にも一人。
最初の三人とは明らかに違う。
足運び。
間合い。
武器の構え。
「今度が本命か」
ヴァレリアの口元が僅かに吊り上がった。
「最初からそうしておけばいいものを」
本命の暗殺者たちが動く。
前方から二人。
左右から一人ずつ。
上階から射撃。
単純な数任せではない。
互いの死角を補い、ヴァレリアの逃走経路を潰しながら距離を詰めてくる。
「多少はまともになったな」
ヴァレリアの剣が一人の武器を受け止める。
直後。
横から別の刃。
身体を捻ってかわす。
銃声。
弾丸が頬を掠める。
「囲め!」
「逃がすな!」
「逃げる?」
ヴァレリアが鼻で笑う。
「誰が?」
剣の柄へエーテルが流れ込んだ。
――ガチン。
刺客の一人が目を見開く。
刀身が分かれた。
一つ。
二つ。
三つ。
細身の剣だったものが、無数の節を持つ長大な蛇腹剣へ変わっていく。
「なっ――!?」
「私について調べた割には」
ヴァレリアが腕を振る。
蛇腹剣が唸りを上げた。
「随分と調査が甘いな!」
長大な刃が通路を薙ぐ。
先ほどまでヴァレリアを包囲していた者たちが、一斉に間合いの内側へ入った。
「散れ!」
遅い。
一人の武器へ蛇腹剣が絡みつく。
引く。
男の身体が引き寄せられた。
ヴァレリアの拳が顔面へ叩き込まれる。
別の一人が背後から飛び込む。
蛇腹剣を大きく旋回。
刃が床を擦りながら回り込み、その足を払った。
そこへ――。
銃声。
上階。
狙撃手。
ヴァレリアの死角。
だが。
弾丸は届かなかった。
青白い光が横から走る。
空中で弾丸を弾き飛ばした。
複数の小型ビットが通路へ飛び込んでくる。
そして。
「随分と物騒な予定変更ですね」
アルバートが姿を現した。
ヴァレリアは振り返らない。
「遅いぞ」
「ヴァレリア様の進行予定に、暗殺者への対応は記載されておりませんでしたので」
「今追加しておけ」
「承知いたしました」
アルバートの周囲へ複数のビットが展開する。
刺客たちが僅かに動揺した。
「武装型だと……?」
「情報にない!」
「それはこちらの台詞です」
アルバートのアイセンサーが明滅する。
「皆様、招待客名簿にもスタッフ一覧にも登録されておりませんので」
ビットが散開。
「そして――依頼人であるヴァレリア様に危害を加えられては困ります」
光弾。
刺客が散る。
「左方二名。右方一名。上方に射撃手」
「見れば分かる」
「では上は私が」
「任せた」
それだけだった。
打ち合わせなど必要ない。
ヴァレリアが前へ出る。
アルバートが後方へ。
蛇腹剣が唸る。
ビットが飛ぶ。
ヴァレリアへ向けられた銃口を、ビットの射撃が弾く。
アルバートへ接近しようとした刺客へ、横合いから蛇腹剣が襲い掛かる。
二人とも互いを確認しない。
「三秒後、右」
「分かっている」
「では二秒後、左上」
「そちらは貴様の仕事だ」
「承知しました」
上階の狙撃手が位置を変える。
二機のビットが追尾。
一機が正面から牽制。
もう一機が逃走方向へ先回りする。
射線を避けようとした狙撃手が、自らヴァレリアから見える位置へ出た。
「そこか」
蛇腹剣が伸びる。
銃だけを絡め取る。
強く引く。
武器が手から離れ、宙を舞った。
その間にもアルバートは戦場全体を処理し続ける。
敵の位置。
移動方向。
射線。
ヴァレリアの位置。
最適な攻撃経路。
「正面、来ます」
「だから見えていると言っている!」
ヴァレリアが笑う。
真正面から突っ込んできた刺客の攻撃を紙一重でかわし、懐へ入る。
肘。
腹部。
体勢を崩す。
「アルバート!」
「はい」
光弾が床へ着弾。
衝撃で刺客の身体が僅かに浮く。
そこへ蛇腹剣。
柄を腹へ叩き込む。
吹き飛んだ男が床を転がった。
残る本命は二人。
「退け!」
片方が叫ぶ。
もう一人が後退する。
「逃がすと思うか?」
「既に退路は塞いでおります」
通路の奥。
複数のビットが浮いていた。
ヴァレリアが蛇腹剣を大きく振るう。
逃げ場を失った二人の周囲を、長大な刀身が円を描くように走った。
そして。
一気に引く。
二人の武器が同時に弾き飛ばされる。
「終わりだ」
刀身が収束。
一本の剣へ戻る。
ヴァレリアが踏み込んだ。
一閃。
斬ったのは身体ではない。
二人が身につけていた戦闘装備。
直後。
アルバートのビットが同時に光弾を放つ。
二人が床へ崩れ落ちた。
静寂。
アルバートのアイセンサーが周囲を確認する。
「全員、戦闘不能です」
「当然だ」
ヴァレリアは剣を収めた。
◇
「それで?」
ヴァレリアは倒れた刺客を見ながら尋ねた。
「こいつらはどうやって入った?」
「確認いたします」
アルバートの前へ情報が展開される。
会場周辺の警備情報。
監視記録。
人員配置。
数秒。
「……なるほど」
「分かったか?」
「はい。こちらをご覧ください」
表示されたのは、ヴァレリアが通った区画。
「この時間帯、本来はこちらに警備担当者が配置されていました」
「知っている」
「ですが、ヴァレリア様が会場を離れる直前に配置変更が行われています」
「誰の指示だ?」
「記録上は正規の指示として処理されています」
ヴァレリアの目が細くなる。
「記録上は?」
「ええ」
アルバートが監視記録を切り替える。
「さらに監視装置の一部も正常稼働を示したまま、同じ映像を繰り返していました」
「……」
「偶然できた穴ではありません」
アルバートが静かに結論を告げた。
「彼らを通すため、内部から意図的に警備へ穴を開けた者がいる可能性が高いかと」
「……またか」
ヴァレリアが露骨に眉を寄せた。
驚きはなかった。
アークライト社がここまで巨大になるまで、外部から手を伸ばされたことなど一度や二度ではない。
代々TOPSに名を連ねてきたアークライト家には複数の分家があり、その中にはヴァレリアを失脚させて会社の経営権を手にしたがっている者もいる。
過去には人事への介入。
社員への接触。
情報の持ち出し。
取引先への圧力。
そうした小細工を仕掛けられたこともあった。
そして厄介なのは、身内だけではない。
表向き何の関係もない企業や人間を介して、アークライト社の内部へ入り込もうとした者もいる。
調査を進めた結果、その背後に讃頌会の関与を疑うことになった例さえあった。
幸い、これまで決定的な被害を許したことはない。
だからこそ。
アークライト社の警備部門は甘くない。
ヴァレリア自身も、社内へ入り込もうとする者を常に警戒している。
その警備網に、今回は明確な穴を開けられた。
「以前と同じ相手でしょうか?」
「分からん」
ヴァレリアは即答した。
「分家かもしれん。私を恨む企業かもしれん。以前の連中の続きかもしれん」
一拍。
「だから全部調べる」
「承知しました」
「警備部門へ共有しろ。ただし責任者と、こちらで信用を確認した者だけだ」
「承知しました」
「犯人探しだと騒ぎ立てるな。警備に穴があったことも外には漏らすな」
「理由を伺っても?」
ヴァレリアが倒れた刺客を見下ろす。
「せっかく向こうから糸を垂らしてくれたんだ」
冷たい笑み。
「わざわざ切ってやる必要はない」
「泳がせる、と」
「違う」
ヴァレリアがアルバートを見る。
「辿るんだよ」
青い瞳が鋭く細められる。
「誰が穴を開けたのか。その先に誰がいるのか。全部な」
「承知いたしました」
アルバートが刺客たちを見る。
「こちらの方々は?」
「生かしてある。聞けることは全部聞き出せ」
「手配いたします」
ヴァレリアは時計を見る。
「何分だ?」
「七分四十二秒です」
「……少々長引いたな」
白いジャケットを見る。
裾が汚れている。
頬にも僅かな傷。
「アルバート」
「はい」
「替えを用意しろ」
「既に手配しております」
ヴァレリアが横目を向けた。
「いつの間に?」
「こちらへ向かう途中です」
「……相変わらず余計なところまでよく気が回る」
「それが仕事ですので」
「フン」
ヴァレリアが歩き出す。
「戻るぞ」
「パーティーを続行なさるので?」
ヴァレリアが足を止めた。
「今日は何の日だ?」
「移動式テーマパーク計画の正式始動を記念するパーティーです」
「そうだ」
ヴァレリアは言い切った。
「私の計画の門出だぞ」
倒れた刺客たちを一瞥する。
「こんな連中のために中止してたまるか」
「――承知しました、ヴァレリア様」
◇
しばらくして。
ヴァレリアは何事もなかったように会場へ戻った。
ジャケットも新しいものへ替わっている。
頬の小さな傷も目立たないよう処置済み。
「ヴァレリア社長」
来賓の一人が声を掛ける。
「お戻りになりましたか」
「ああ」
「次の件について、少しお話を――」
「構わん。聞こう」
先ほどまで暗殺者と戦っていた人物とは思えない。
いつものアークライト社CEO。
少し遅れてアルバートも戻った。
ライカンとすれ違う。
「問題は?」
小さな声。
「解決済みです」
「承知しました」
それだけ。
「お帰りなさい、アルバートさん」
リナが微笑む。
「ただいま戻りました」
「こちらは問題ありませんでしたよ」
「ありがとうございます」
カリンが駆け寄ってくる。
「アルバートさん、こちらの確認をお願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
誰も騒がない。
誰も来賓を不安にさせない。
宴はそのまま続いていく。
華やかな表舞台。
そのすぐ裏で何が起きていたのか。
ほとんどの参加者は、最後まで知ることはなかった。
◇
数時間後。
最後の来賓が会場を後にした。
「皆様、お疲れ様でした」
ライカンが一同へ声を掛ける。
「今回も無事に依頼を完遂できました」
「ふぅ……」
カリンがようやく肩から力を抜いた。
「き、緊張しましたぁ……」
「とてもよくできていましたよ、カリンちゃん」
リナが微笑む。
「本当ですか!?」
「ええ。最初よりずっと自然に動けるようになっていましたよ」
「ありがとうございます!」
少し離れた場所では。
「ふぁ……」
エレンが小さく欠伸を漏らした。
客がいる間は見せなかった眠そうな表情が、仕事もほとんど終わったことでようやく顔を出している。
「エレンも、お疲れ様でした」
「ん……お疲れ、ボス」
眠そうに目を擦る。
それでも手元の端末には、担当していた備品の最終確認まできっちり完了した記録が残っている。
「担当してたところは全部確認したよ。備品も問題なし」
「ありがとうございます。さすがですね」
「ん……じゃあ、もう寝てもいい?」
「申し訳ありませんが、撤収までもう少しだけお願いします」
エレンが半分閉じかけた目でライカンを見る。
「……ボスの鬼」
「申し訳ありません」
真顔で答えるライカン。
その横でリナがくすりと笑った。
「もう少しだけ頑張りましょう、エレンちゃん」
「……はーい」
そこへ。
「ライカン」
ヴァレリアが声を掛けた。
「はい、ヴァレリア様」
「今回も満足のいく仕事だった。ご苦労」
「お褒めにあずかり光栄です」
「それと――次の予約を入れておけ」
「次回のご依頼でしょうか?」
「ああ」
ヴァレリアが端末を取り出す。
「来月以降、取引先との会食と業務補佐で何度か必要になる。候補日は送る」
「かしこまりました。ただ、既に多数のご予約をいただいておりますので、ご希望の日程に添えない場合もございます」
「分かっている」
当然のように答える。
「だから今押さえるんだ。必要になってから頼んで予約待ちなど、時間の無駄だからな」
「承知いたしました。空き状況を確認の上、改めてご連絡いたします」
「頼んだぞ」
「ふふ。いつもありがとうございます、ヴァレリア様」
リナが微笑む。
ヴァレリアは腕を組んだ。
「仕事の質に相応の金を払っているだけだ。次も同じものを期待している」
「ええ。もちろんです」
アークライト社がヴィクトリア家政のお得意様であり続ける理由は単純だ。
高い金を払う。
それ以上の仕事が返ってくる。
ならば利用しない理由がない。
◇
その日の夜。
【転生者掲示板】
シーホースCEO
パーティー終了!!
プロジェクト正式始動!!
ついでに暗殺されかけた!!
ビデオ屋副店長(仮)
最後の一文で全部持ってくのやめろ
ちびリス博士
ええええ!?
CEOおねい大丈夫!?
半々医者
怪我は。
シーホースCEO
ない!!
かすり傷!!
刺客も全員片付けた!!
機械執事
正確には私も途中から参加したが。
シーホースCEO
はいはい
助かりましたよ執事さん
機械執事
随分と軽い感謝だな。
シーホースCEO
ちゃんと感謝してるっての!
ビデオ屋副店長(仮)
で
なんでそんな人数入られてんの
お前んとこの警備そんな甘くないだろ
シーホースCEO
そこ
問題はそこ
機械執事
確認したところ、意図的に警備へ穴を開けられた形跡がある。
おっとり師範
……それは少し、笑えませんねぇ。
ちびリス博士
また悪い人入ってたの?
シーホースCEO
そういう可能性が高い
誰の手先かはまだ分からないけど
ビデオ屋副店長(仮)
またかよ
お前んとこも大変だな
シーホースCEO
会社がデカくなると変なのも寄ってくるの!!
半々医者
調べるのか。
シーホースCEO
当然
せっかく向こうから糸出してくれたんだから辿る
機械執事
こちらでも情報を整理しておこう。
ビデオ屋副店長(仮)
必要なら言え
そういうの探るの俺の専門だし
シーホースCEO
その時は頼む
おっとり師範
ともあれ、まずはご無事で何よりです~。
それに、計画の正式始動もおめでとうございます。
ちびリス博士
そうだった!
CEOおねい、おめでとー!!
半々医者
おめでとう。
ビデオ屋副店長(仮)
おめでとさん
何ヶ月も走り回ってたもんな
機械執事
私からも改めて。
プロジェクトの正式始動、おめでとう。
シーホースCEO
みんな……
シーホースCEO
あと今日ヴィクトリア家政勢揃いだった
眼福だった
ビデオ屋副店長(仮)
急にオタクへ戻るな
シーホースCEO
だって!!
ライカンとリナが揃って仕事してて!!
エレンとカリンもいるんだぞ!!
機械執事
現実では普段通りの顔をしていたが。
シーホースCEO
当たり前でしょ!!
お得意様のCEOが使用人見て興奮してたら怖いわ!!
ビデオ屋副店長(仮)
自覚はあるんだな
シーホースCEO
あるわ!!
機械執事
なお私は普段から一緒に働いている。
シーホースCEO
お前その立場のありがたみ分かってる???
機械執事
もちろん。
シーホースCEO
くっっっそ羨ましい!!
おっとり師範
ふふ、楽しそうですねぇ。
半々医者
何の話だ。
ビデオ屋副店長(仮)
先生は知らなくていいやつ
半々医者
そうか。
シーホースCEO
よし!!
決めた!!
今度オフ会するぞ!!
ビデオ屋副店長(仮)
どうしてそうなった
シーホースCEO
今日は仕事のパーティーだったから!!
次は身内だけで小さいパーティーする!!
プロジェクト始動祝い!!
ちびリス博士
やるー!!
ごちそうある!?
シーホースCEO
ある!!
ちびリス博士
やったー!!
ビデオ屋副店長(仮)
決断が食い物基準なんよ
おっとり師範
楽しそうですね~。
私も都合をつけます。
半々医者
パーティーか……。
シーホースCEO
先生
逃げるな
半々医者
まだ何も言ってない。
シーホースCEO
どうせ面倒だから行かないって言うつもりだったでしょ!!
半々医者
……。
ビデオ屋副店長(仮)
図星で草
機械執事
沈黙が何より雄弁だな。
半々医者
分かった。
行く。
シーホースCEO
よし!!
あとは副店長!!
ビデオ屋副店長(仮)
なんで俺だけ名指しなんだよ
シーホースCEO
お前まだ参加するって言ってないだろ
ビデオ屋副店長(仮)
逃げ道塞ぐなよ
ちびリス博士
副店長おにいも来ようよ!
みんなでお祝いしよ!
ビデオ屋副店長(仮)
……まあ、たまにはいいか
シーホースCEO
よし!!
全員参加!!
日程は後で調整!!
今度は刺客の来ない場所でやる!!
機械執事
それを開催条件に含めなければならない時点で、少々問題がある気もするが。
ビデオ屋副店長(仮)
CEOのオフ会だからなぁ……
シーホースCEO
どういう意味だ!!
こうして。
巨大移動式テーマパーク計画は、正式に動き始めた。
華やかな門出の裏で起きた襲撃事件。
暗殺者は退けた。
だが、問題はむしろその後だった。
厳重な警備網に、誰かが意図的に開けた穴。
それ自体は、ヴァレリアにとって初めて経験する類の干渉ではない。
これまでにも何度か、自分の会社へ手を伸ばそうとする者たちを退けてきた。
だからこそ今回も、慌てて犯人を決めつけるつもりはない。
誰がやった。
何のためにやった。
そして、その先に誰がいる。
向こうが垂らした糸を、今度はこちらから辿ればいい。
表では新たな事業を動かし。
裏では、自分の会社へ伸びてくる手を叩き落とす。
それもまた、ヴァレリア・アークライトがTOPSの一角で生きてきた日常だった。
そしてもう一つ。
企業も。
TOPSも。
仕事も関係ない。
六人だけの小さな祝いの席が開かれることも決まった。
その日くらいは。
誰にも邪魔されず、ただ仲間として騒げればいい。
――もっとも。
この六人が集まって、本当に何事も起こらず終わるのかは。
また別の話である。