転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
雲嶽山、本山。
朝の修練が始まる少し前。
自室で身支度を整えていた凌霄の前に、転生者掲示板からの通知が浮かんだ。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
そういや最近さ
師範って普段なにしてんの?
掲示板にはいるけど
山での生活ってあんまり聞いてない気がする
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
私ですか~?
そんなに面白いことはしてませんよ。
基本は本山にいて
儀玄と一緒に門弟たちの修行を見ていますねぇ。
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
毎日修行してるのー?
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
毎日ずっとではありませんよ~。
自分の鍛錬をしたり
門弟の組手に付き合ったり
本山の仕事を儀玄と分担したり。
外から仕事が来れば
どちらかが山を下りることもありますねぇ。
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
まさしく師範代としての日常だな。
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
そうですねぇ。
あとは皆でご飯を食べたり。
潘が台所を預かっていますから
食事には困りませんよ~。
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
いい
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
急にどうした
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
だって
儀玄たちが一緒に修行して
終わったら潘のご飯食べて
みんなで騒いでるんでしょ?
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
だいたいそんな感じですねぇ。
福福は相変わらず元気ですし
潘はよく食べさせようとしてきますし
釈淵は色々と気を回してくれますし
瞬光も毎日頑張っていますよ~。
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
いい……
とてもいい……
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
語彙力が死んだ
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
いいじゃない!
みんなで修行して
ご飯食べて
普通に騒いでるの!
こういう日常がいいのよ!
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
また始まったか。
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
何よ先生。
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
いや。
楽しそうで何よりだ。
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
先生もう完全に慣れてんな
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
何年付き合っていると思っている。
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「ちびリス博士」
あたしも潘さんのご飯食べてみたい!
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「おっとり師範」
機会があったら遊びに来てくださいね~。
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
私も行きたい!!
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
顔出ししてる企業の社長が
気軽に山へ遊びに行けんの?
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
だから困ってるのよ!!
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
自己完結しているな。
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
うるさい!
凌霄は小さく笑いながら、窓の外へ目を向けた。
すでに修練場の方から門弟たちの声が聞こえている。
そろそろ時間だった。
「ビデオ屋副店長(仮)」
で
今日は何すんの?
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
今日は福福、潘、釈淵、瞬光の稽古ですねぇ。
最初は組手。
その後は得物ありで模擬戦の予定です~。
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
見たい
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
仕事
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
してる!!
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
ふふっ。
では、そろそろ行ってきますね~。
掲示板を閉じ、凌霄は立ち上がった。
短く整えた髪は黒を基調に、表側へ白が混じり、動くたび内側から茶色が覗く。
頭上の猫耳と、背後でゆったり揺れる尻尾にも黒、白、茶。
三毛猫のシリオンだった。
儀玄よりわずかに高い長身。
中性的な顔立ちと細身の体格から柔らかな印象を受けるが、衣服の下にあるのは雲嶽山で長年鍛え上げてきた武術家の身体だ。
凌霄は翡翠色の瞳を細めると、部屋を出た。
◇
朝の修練場は、すでに多くの門弟で賑わっていた。
型を繰り返す者。
二人一組で技を確かめる者。
少し離れた場所では、術法の制御に集中している門弟もいる。
その間を儀玄がゆっくりと歩いていた。
「そこ、ちょいと力みすぎだな」
声を掛けられた門弟が動きを止める。
「はい、師匠!」
「肩の力を抜いて、もう一度やってみるといい」
「はい!」
構え直した門弟が踏み込む。
先ほどより動きが滑らかになったのを見て、儀玄は満足そうに頷いた。
「そうそう。今の方がいい」
そのまま次の門弟へ目を向ける。
一見すれば、気楽に修練場を歩いているだけにも見える。
だが、誰がどんな修行をしているのかはきちんと頭に入っているのだろう。
凌霄にとっては昔から見慣れた姿だった。
「おはようございます、儀玄」
「お、来たか凌霄」
振り返った儀玄が、少し離れた場所へ視線を送る。
「お前さんを待ちきれないのが四人ほどいるぞ」
「あら。時間通りですよ~?」
「分かってるさ。あいつらが早いんだ」
その言葉を証明するように。
「凌霄さん!」
真っ先に福福が駆けてきた。
「おはようございますっ!」
「おはようございます、福福」
続いて潘たちもやって来る。
「福姐、朝から元気だなあ!」
「今日は凌霄さんとの組手ですから!」
「昨日から楽しみにしてたもんな!」
「潘さん、それは言わなくていいですっ!」
福福の耳がぴんと立つ。
その後ろで釈淵が苦笑した。
「姉弟子さん。始まる前から体力を使い切らないでくださいね」
「釈淵さんまで!」
「でも福福先輩、本当に楽しみにしてたものね」
瞬光まで加わり、福福が頬を膨らませる。
「瞬光ちゃん!」
朝から賑やかな四人を眺めながら、凌霄は小さく笑った。
つい先ほど、掲示板でヴァレリアが喜んでいた光景そのものだった。
「さて」
儀玄が軽く手を叩く。
「そろそろ始めるか」
◇
最初は得物も術法も使わない組手だった。
凌霄が一人ずつ相手をし、踏み込みや重心の置き方、攻撃へ移る際の癖を確認していく。
一通り終えたところで、今度は四人が凌霄を囲んだ。
儀玄は少し離れたところからその様子を眺めている。
「じゃあ、四人でやってみるといい」
最初に動いたのは福福だった。
一気に間合いを詰め、凌霄へ拳を伸ばす。
凌霄は止めない。
伸びてきた腕へ掌を添え、半身になる。
それだけで福福の踏み込みが僅かに横へ逸れた。
だが福福もそのまま流されはしない。
足を踏み替え、凌霄の横を抜ける。
そこへ潘が入った。
凌霄がその腕へ触れる。
重い。
真正面から押し返す必要はない。
腰を回し、横へ流す。
空いたところへ足を運ぼうとした瞬間、釈淵がその先へ入った。
凌霄が半歩下がる。
今度は背後。
瞬光が待っていた。
「いいですね~」
瞬光が踏み込む。
凌霄へ手が届く――その寸前。
身体を沈めた凌霄が攻撃を外し、瞬光の肩へ軽く手を添えた。
押さない。
引かない。
前へ出ようとしていた力の向きだけを変える。
「わっ」
瞬光の身体が横へ流れる。
その隙間を抜け、凌霄は四人の包囲から外れた。
福福たちがすぐに振り返る。
「悪くないな」
儀玄が口を開いた。
「ただ潘。今のところ、お前さんがもう半歩右へ寄れてたら、もっと面白かったな」
「右?」
潘が先ほど立っていた位置へ戻る。
「ここか?」
「ええ」
今度は凌霄が答えた。
「そこで潘がもう半歩右にいれば、私は釈淵の方へ動くしかありませんでしたねぇ」
「なら」
釈淵が少し考える。
「僕はすぐに入らず、もう一呼吸待った方が良さそうですね」
「その間にワタシが反対へ回れる」
瞬光も先ほどの位置を確かめる。
福福がぱっと顔を上げた。
「じゃあ、もう一回お願いします!」
「気づいたんなら」
儀玄が笑う。
「もう一度試してみるといい」
再び四人が構えた。
福福が入る。
先ほどと同じように凌霄が流す。
その先。
潘が今度は半歩だけ右へ寄った。
凌霄が進路を変える。
釈淵がいる。
だが、すぐには来ない。
一呼吸。
凌霄がさらに動いたところで、釈淵が間合いを詰める。
空いた反対側から瞬光。
「おっと」
凌霄が身体を捻った。
瞬光の指先が、ほんの僅かに袖を掠める。
「惜しいっ!」
福福の耳が勢いよく立った。
凌霄も自分の袖を見て笑う。
「今の方がずっと嫌でしたよ~」
「そういうことさ」
儀玄も満足そうだった。
「お前さん達はもう十分一緒に戦えてる。だからこそ、あと半歩、あと一呼吸を詰めていくといい」
四人がそれぞれ頷く。
長く一緒に鍛えてきた者たちだ。
一から連携を教える必要などない。
今必要なのは、その連携をさらに磨くことだった。
◇
休憩を挟んだ後。
福福が鉤爪を装着し、その傍らでは虎威が戦闘態勢へ入る。
潘、釈淵、瞬光もそれぞれ得物を手にした。
凌霄だけは武器置き場へ向かわない。
腰へ手を伸ばす。
そこへ巻かれていた長布を解くと、白い布が風を受けて大きく広がった。
誰も驚かない。
彼らにとっては、何度も見てきた凌霄の得物だ。
「術法は?」
「今日はなしだ」
儀玄が答え、そのまま四人を見る。
「さて」
口元に小さな笑みを浮かべる。
「今度は一本取ってみるといい」
「はいっ!」
福福が真っ先に飛び込んだ。
低い姿勢から右。
凌霄が半歩ずれる。
返す左の鉤爪。
今度は身体を引いて躱す。
爪を布で受けることはしない。
続く一撃にも長布は使わず、福福の手首へ掌を添えて腕ごと軌道を逸らした。
「まだですっ!」
福福は深追いせず、一度距離を取る。
すぐに踏み込み直した。
右。
左。
さらに一歩。
連続する鉤爪を凌霄が紙一重で外していく。
懐へ入ったところで、初めて長布が翻った。
鉤爪ではなく、手首へ巻きつく。
「っ!」
引こうとした、その瞬間。
凌霄の猫耳が動いた。
背後から空気を押す音。
虎威。
「おっと」
福福の手首からすぐに布を解き、横へ抜ける。
直後。
先ほどまで凌霄がいた場所を虎威の攻撃が薙ぎ払った。
福福と虎威。
正面だけを見ていれば済む相手ではない。
「潘さん!」
「おう!」
凌霄が虎威を避けた先へ潘が踏み込んだ。
重い一撃。
凌霄は受け止めるどころか、逆に間合いを詰めた。
最も力の乗る位置から外れる。
腕を添え。
腰を回す。
潘自身の勢いを横へ流した。
だが。
その先にはすでに釈淵がいる。
「そこです」
さらに反対側から瞬光。
凌霄の長布が舞った。
狙ったのは釈淵の得物ではない。
その腕。
布が絡みついたところで釈淵が振るう。
凌霄は逆らわなかった。
その力に合わせて身体を回し、布を引く。
釈淵の攻撃が僅かに方向を変えた。
「!」
瞬光が進路を塞がれ、足を止める。
その隙に凌霄が包囲を抜けた。
釈淵は自分の腕へ巻かれていた布を見る。
「僕の力まで使われましたか」
凌霄が布を解く。
「正面から力比べをするより楽ですから~」
「まだですっ!」
福福が再び踏み込んだ。
鉤爪。
凌霄が外す。
だが、今度の福福は追わない。
反対から虎威。
凌霄が進路を変えれば、潘がそこを狭める。
さらに釈淵。
瞬光はすぐには来ない。
凌霄が一歩。
福福。
躱す。
虎威。
こちらも外す。
潘の一撃を流す。
だが――流した先には釈淵がいる。
「おや」
凌霄の翡翠色の瞳が細くなった。
自分が誘導されている。
そこまで気づいた時には、瞬光が動いていた。
得物が凌霄の袖へ迫る。
長布を引き戻す。
まだ間に合う。
そう判断した瞬間。
「今です!」
福福の鉤爪が振るわれた。
狙いは凌霄ではない。
長布。
「なるほど」
凌霄は即座に布を緩めた。
鉤爪へ絡めたままでは裂かれる。
だが、布を引いた分だけ瞬光への対応が遅れる。
凌霄が大きく身体を反らした。
瞬光の得物が袖を掠める。
「そこまで」
儀玄の声が飛んだ。
一瞬の静止。
そして。
「一本だな」
「やったぁ!」
福福が飛び上がった。
潘も豪快に笑い、瞬光はほっと息を吐く。
釈淵は眼鏡を直しながら肩の力を抜いた。
凌霄は掠められた袖を見る。
「参りましたねぇ」
「凌霄」
「はい?」
「今の、わざとじゃないだろうな?」
「あら。酷いですねぇ」
「長い付き合いだから聞いてるのさ」
凌霄は少し考える素振りを見せた。
「……半分くらい?」
「凌霄さん!?」
福福の耳が跳ね上がる。
凌霄が吹き出した。
「冗談ですよ~」
「もう!」
儀玄も小さく笑った。
「まあ、今のはちゃんとお前さん達が取った一本だ」
四人へ視線を向ける。
「福福と虎威で動かして、潘で道を狭める。釈淵が押さえて、瞬光が最後に入る。さっきよりずっと良くなったな」
「最後に私の布を狙ったのも良かったですよ、福福」
「はいっ!」
凌霄が長布を軽く振る。
「瞬光を止めようとすれば、私はこれを使う。その瞬間に鉤爪で狙われれば、布を守るか瞬光を止めるか、どちらかを選ばないといけませんからねぇ」
瞬光も先ほどの動きを思い返す。
「その分、逃げられる方向も減る……」
「ええ」
儀玄が頷いた。
「自分の一撃を当てるだけが戦いじゃないってことさ。誰かの次の一手を通すために、自分が何をすればいいのか。そこまで考えて動けるようになると、もっと良くなる」
「はい、お師匠さま!」
福福の元気な返事が修練場に響いた。
◇
稽古が一段落した頃。
儀玄の端末が短く鳴った。
「ん?」
内容を確認していた儀玄の表情が僅かに変わる。
「凌霄、ちょいといいか?」
「はい?」
長布を腰へ巻き直していた凌霄が近づく。
「市長からだ。零号ホロウの定期調査が繰り上がったらしい」
「今日ですか~」
「ああ。私かお前さんのどちらかが出る予定だったやつだ」
凌霄は修練場を見渡した。
一般門弟の稽古もまだ続いている。
福福たちも、この後それぞれ自分の鍛錬へ戻るだろう。
ならば答えは早かった。
「私が行きますよ」
「いいのか?」
「ええ。儀玄はこちらをお願いします~」
長い付き合いだ。
それ以上の相談は必要なかった。
儀玄もすぐに頷く。
「ああ。分かった」
「では、行ってきますね」
凌霄が歩き出す。
その背中へ儀玄が声を投げた。
「無茶はするなよ」
凌霄が振り返る。
「それ、私に言います?」
「言うだけならタダだろ?」
一瞬、二人の視線が合う。
凌霄は楽しそうに笑った。
「ふふっ。それもそうですねぇ」
◇
零号ホロウ。
崩れた建造物の向こうに、途中から折れた高架が浮かんでいる。
かつて街だったものの残骸が、異質な空間の中で歪みながら残されていた。
その一角で、市長側から派遣された調査班が観測機器を設置していた。
「測定開始します」
「お願いします~」
凌霄は少し離れた場所から周囲を見渡した。
今回の仕事は戦闘が目的ではない。
エーテル濃度の測定。
周辺環境の記録。
既存の観測設備の確認。
凌霄の役割は、調査員たちがそれらを安全に行えるよう護衛することだった。
「凌霄さん、こっちはもう少しかかります」
「大丈夫ですよ。焦らずお願いします~」
機器の作動音を聞きながら、凌霄はゆっくり視線を巡らせる。
今のところ周辺にエーテリアスの姿はない。
遠くで瓦礫が崩れる。
その音に混じって――。
ぴくり。
凌霄の猫耳が動いた。
「……」
もう一度。
今度は意識して耳を澄ませる。
遠い。
だが、聞こえる。
複数の足音。
規則性がない。
かなり急いでいる。
何か重いものが地面を蹴る音。
低い咆哮。
そして。
その合間に、人の声。
凌霄の表情から柔らかな笑みが消えた。
「……誰かいますね」
「え?」
近くの調査員が顔を上げる。
「何か聞こえましたか?」
「ええ」
凌霄は右手側の通路を見る。
音が少しずつ近づいている。
「複数人。こちらへ向かっています」
再び咆哮。
今度は先ほどより近い。
「かなり急いでますねぇ」
翡翠色の瞳が細くなる。
「何かに追われているようです」
調査員たちの空気も変わった。
「別の調査班でしょうか?」
「確認してきます」
「一人で?」
「皆さんはここを動かないでください。すぐ戻りますから~」
腰へ手を伸ばす。
巻かれていた長布が解けた。
次の瞬間。
凌霄の足元で青白い雷光が弾ける。
その姿が一気に遠ざかった。
◇
「急げ!」
「もう来てる!」
曲がり角の向こう。
数人の調査員が必死に走っていた。
その背後からエーテリアスの群れが迫っている。
やはり別の調査班だった。
一人が瓦礫に足を取られた。
「うわっ!」
地面へ倒れる。
仲間がすぐに振り返った。
「待て!」
戻り、腕を掴む。
だが。
その間にもエーテリアスは迫っていた。
巨腕が振り上げられる。
間に合わない。
「伏せて!」
突然飛んできた声に、二人が反射的に身体を低くした。
その腰へ長布が巻きつく。
次の瞬間、身体が勢いよく後方へ引かれた。
巨腕が地面へ叩きつけられる。
轟音。
瓦礫と土煙が舞った。
だが、そこに二人はいない。
「え……?」
地面を滑るように攻撃範囲から引き出された二人の前へ、凌霄が着地した。
「立てます?」
「は、はい!」
「なら、皆さんと一緒に向こうへ」
「でも――」
エーテリアスの群れが凌霄へ向き直る。
凌霄はその前へ一歩出た。
「ここは私が引き受けます」
「この数を一人で!?」
「早く」
普段の柔らかな声音が消えた。
それだけで、調査員の言葉が止まる。
「仲間のところへ」
「……はい!」
二人が走り出した。
エーテリアスが追おうとする。
凌霄はその進路へ立った。
長布が風を受けて揺れる。
「さて」
一体が咆哮とともに突進した。
「こちらは通しませんよ」
振り抜かれる腕。
凌霄は受けない。
長布がその腕へ絡む。
一歩。
身体を回す。
敵自身の勢いを殺さず、進む方向だけを横へ変えた。
巨体が大きく流れる。
その先には別のエーテリアス。
二体が激突した。
布を伝って青白い雷が走る。
硬直。
倒れようとした一体へ、凌霄がさらに布を引いた。
崩れる方向が変わる。
三体目を巻き込み、まとめて地面へ叩きつけた。
横から爪が迫る。
これは受けない。
凌霄が身体を沈める。
爪が髪の上を通り過ぎた。
そのまま懐へ入る。
掌底。
触れた瞬間だけ雷光が弾けた。
「――っ」
エーテリアスの身体が強張る。
凌霄は押し返さない。
敵が振り向こうとした力に手を添え、その動きへ合わせて腰を回した。
巨体が宙を舞う。
別の一体へ叩きつけられた。
背後から伸びた腕。
長布が脚へ巻きつく。
敵が力任せに引いた。
凌霄は抵抗しなかった。
むしろ自分から地面を蹴る。
引く力に乗って一気に間合いを詰めた。
長布が張る。
一瞬だけ、柔らかな布が槍のように真っ直ぐ伸びる。
雷光。
鋭い突きがエーテリアスを貫いた。
凌霄が布を緩める。
倒れた敵の横を抜け、次へ。
姿を消すことはない。
正面にいる。
敵にも攻撃させる。
だが、まともには受けない。
流す。
逸らす。
相手が込めた力を利用し、別の敵へ返す。
そして守りから攻めへ切り替わる、その一瞬。
雷が加わる。
筋肉を強張らせ。
動きを止め。
生まれた僅かな隙へ次の技を重ねていく。
やがて。
残った大型のエーテリアスが咆哮した。
巨大な腕が持ち上がる。
凌霄はそれを見上げた。
振り下ろされる。
「それは――」
横へ跳ぶ。
直後。
地面が大きく陥没した。
凌霄は着地しながら笑う。
「さすがに受けませんよ~」
長布が伸び、大型個体の巨腕へ巻きついた。
怒ったエーテリアスが力任せに腕を引く。
凌霄の身体が宙へ浮いた。
一気に引き寄せられる。
だが、凌霄は布を離さない。
むしろその力に乗った。
距離が瞬く間に縮む。
大型個体が凌霄を振り払おうと、今度は腕を横へ振る。
それにも逆らわない。
身体を翻す。
振り回す力まで加わり、凌霄の身体が大きな弧を描く。
速度が乗る。
その勢いのまま長布が一直線に張った。
雷光が走る。
「――破」
鋭い突き。
大型個体の胸部へ突き込まれた長布を通して、青白い雷が内部へ駆け抜けた。
巨体が硬直する。
凌霄はすぐに布を緩め、地面へ降りる。
背後。
大型エーテリアスがゆっくりと傾いた。
地面が揺れる。
凌霄は振り返り、周囲を確認した。
動く敵はいない。
ようやく長布を下ろす。
「……終わりましたね」
◇
元いた場所へ戻ると、救助した調査班も無事に合流していた。
凌霄は転倒した調査員の脚を確認する。
軽く捻った程度らしい。
歩けないほどではない。
「本当にありがとうございました」
「皆さんが無事なら何よりですよ~」
緊張が解けたのか、凌霄の声音もすっかり元へ戻っていた。
すると、助けられた調査員の一人が不思議そうに尋ねる。
「それにしても……どうして私たちがいると分かったんです?」
「聞こえたんですよ」
「聞こえた?」
調査員が、自分たちが逃げてきた方向を見る。
かなり離れている。
「あそこから……?」
凌霄の三毛模様の猫耳が小さく動いた。
「こう見えて、耳はいいので~」
その後は双方の調査班で状況を確認し、安全を優先しながら残りの調査を進めた。
予定より多少時間は掛かったものの、追加の被害はない。
必要な観測を終えた後、全員で零号ホロウを離脱した。
外へ出てから、救助された調査班が市長側へ報告を送る。
凌霄も自身の調査班の報告を済ませると、雲嶽山へ戻ることにした。
◇
本山へ戻った頃には、空が夕方の色へ変わっていた。
「凌霄さん!」
門をくぐって間もなく、福福が真っ先に気づいた。
「おかえりなさいっ!」
「ただいま、福福」
「ちょうどいいところに帰ってきたな!」
続いて潘が顔を出す。
「もうすぐ飯だぞ!」
「あら。それは良かったです~」
凌霄が笑うと、釈淵もこちらへやって来た。
「予定より少し遅かったですね」
「ちょっと寄り道をしまして~」
「寄り道?」
瞬光が首を傾げる。
「零号ホロウで?」
「まあ、そんなところですよ」
「エーテリアスの群れから調査班を助けたそうだな」
後ろから聞こえた声に、凌霄が振り返る。
儀玄がこちらへ歩いてきていた。
「……もう聞いたんですか?」
「お前さんより先に戻った調査員から報告が上がったそうでな。ホロウを出た後、市長側からこっちにも連絡が来た」
「皆さん、報告が早いですねぇ」
「仕事だからな」
儀玄が小さく笑う。
「それにしても、お前さんの言う『寄り道』は随分派手らしい」
「皆さん無事だったので、問題ありませんよ~」
「まあ、それならいいさ」
その会話を聞いていた福福の目が一気に輝いた。
「凌霄さん! どんなエーテリアスだったんですか!?」
「福福」
儀玄が名前を呼ぶ。
「話なら飯を食いながらでも聞けるだろ?」
「あっ!」
「そうそう!」
潘が豪快に笑う。
「せっかく温かいんだから、冷める前に食おう!」
「はいっ!」
潘を先頭に、皆が食堂へ向かっていく。
凌霄もその後へ続いた。
「凌霄さん!」
途中で福福が振り返る。
「明日も模擬戦お願いしますっ!」
「あら」
凌霄は少しだけ考える素振りを見せた。
「いいですよ~」
「本当ですか!?」
「ええ。ただし――」
にっこり笑う。
「明日は今日より厳しくしますねぇ」
「……え?」
福福の足が止まった。
潘が吹き出す。
瞬光も思わず笑い、釈淵は苦笑しながら眼鏡を直す。
「自分から言い出したんだ」
儀玄が福福の肩を軽く叩いた。
「明日はもう少し頑張ってみるといい」
「お、お師匠さまぁ~!」
福福の悲鳴と皆の笑い声が、本山に響いた。
朝。
ユウトに聞かれた。
普段、山で何をしているのか。
門弟たちの修行を見て。
自分も鍛錬して。
必要になれば山を下りる。
帰ってくれば、潘の作った食事を皆で囲む。
時には今日のような予定外もある。
それでも最後には、こうしていつもの場所へ帰ってくる。
凌霄にとっては、特別でも何でもない。
これが雲嶽山の師範代として過ごす、いつもの一日だった。
――第8話・了