「彩葉!当選した!SAOのβテストっ!!」「………は?」 作:未完成な人
『ソードアート・オンライン』のクローズドβテストが始まってから、早いもので数週間が経過していた。
現実世界での高校生活や日々の勉強がある彩葉は、放課後や休日の合間を縫ってログインするスタイルを崩していなかった。
広大なアインクラッドの街並みを散策したり、安全なフィールドで採取や買い物を楽しんだり、時折軽めの戦闘をこなす程度。それが彩葉にとっての『SAO』との付き合い方だった。
しかし、その隣にいる居候——かぐやのハマりようは、完全に次元が違っていた。
「彩葉ー! 今日の夜、新しいダンジョンの攻略に行ってくるねー!」
「はいはい、無茶して死なないでよ。……あ、でもゲームだから死んでもデスペナ食らってリスポーンするだけか」
「当たり前じゃん! かぐやの超強運と超直感があれば、どんなモンスターもイチコロだから!」
かぐやは持ち前の圧倒的な行動力と、宇宙人ゆえ?の規格外な身体感覚、そしてカンスト級の強運を遺憾なく発揮していた。
βテストの宣伝を兼ねてログインしていたヤチヨをはじめ、根詰めがちなトッププレイヤーたちともあっという間に意気投合。持ち前の天真爛漫さで周囲を巻き込みながら、気付けばアインクラッドの最前線の攻略の主要メンバーとして、ダンジョンやボスの攻略戦に顔を出すようになっていたのだ。
現実のアパートで彩葉が目を覚ますと、隣の布団でナーブギアを被ったまま「にへへ……宝箱だぁ……」などと寝言を呟いているかぐやの姿があるのが、もはや日常の風景となっていた。
寝るときくらい外せっていてるのに。
―――…
そして迎えた、一ヶ月に及ぶクローズドβテストの最終日。
「……ふあぁ、眠……。かぐやのやつ、待ち合わせの時間になっても来ないし……」
新しく解放されたばかりの第8層——その中央都市の転送門広場近くにあるベンチで、彩葉は大きな欠伸を噛み殺していた。
今日の24時をもって、すべてのβテストサーバーがストップし、プレイヤーデータは一度リセットされる。テスト終了の刻限まであとわずか数時間という段階だったが、指定した待ち合わせ場所に肝心のかぐやの姿はまだなかった。
「もう、最後の最後くらい、遅刻しないでよねアイツ…」
彩葉はあきらめて、浮遊するパーソナル・メニューウィンドウを開き、自身のステータスやインベントリの整理を始めることにした。
この一ヶ月で自分のアバターも随分と成長した。レベルは10台半ば。武器も初期のレイピアから、かぐやに押し付けられた少し業物の細身剣へと変わっている。最初は無機質なデータだと思っていたこの世界が、今では肌になじみ、まるで「もう一つの現実」のように愛おしく感じられるようになっていた。
そんなことを考えていると、賑やかな転送門広場の一角から、調子の良いダミ声が聞こえてきた。
「はいそこ、最新の攻略情報とβテスト総括が載ってるよ〜! 無料だから持ってきナ〜!」
声の主は、頬にネズミの髭のような濃いペイントを施した小柄なプレイヤーで、彼女は刷り上がったばかりの『β回覧板』——通称、プレイヤー新聞を道行く人々に手際よく配っていた。
彩葉が視線を向けると、アルゴと目が合った。
「おや、そこのお姉さん。暇かい? ヒマつぶしに読んでいきなヨ〜。あ、今回はコルは取らないでおくヨ。」
「あ、ありがとうございます……」
手渡された羊皮紙のような質感の新聞を受け取り、彩葉はベンチに座り直して視線を走らせた。
そこには、この一ヶ月間の攻略進捗や、各層の隠しクエスト情報、おすすめの装備品などが細かく記載されていた。このゲームの情報屋の収集能力には毎回驚かされるばかりだ。
しかし、紙面をスクロールするように下へ読み進めていた彩葉のの手が、ある大きな見出しのところでピタリと止まった。
『速報! 7層フロアボス撃破! 最前線でウサ耳風アバターの暴走少女が謎の大暴れ!?』
「……は?」
嫌な予感がして、彩葉はその記事を食い入るように注視した。そこには、躍動感あふれるスクリーンショットとともに、こんな文章が躍っていた。
『先日の第7層のフロアボス攻略戦において、見慣れないウサ耳フードの女性プレイヤーが大活躍!?ボスモンスターの強烈な範囲攻撃を紙一重でかわし続けると、高レベルアタッカー顔負けの怒涛の連続ソードスキルを叩き込み、見事にラストアタック(LA)を奪取していった。関係者によると、彼女は「うはははッッ!!」と叫びながらボスに突撃していたという——』
添付された画像には、見たこともない巨大な両手剣をブンブンと振り回し、ボスの巨体に向かって満面の笑みで飛びかかっている、どこからどう見ても「かぐや」な姿が鮮明に写し出されていた。
「……あいつ、本当にボス攻略まで参加してたの……!? しかもラストアタックって何やってんのよ……!」
彩葉は思わず頭を抱えた。
学業の合間に「目立たないでよ!」と釘を刺していたはずなのに、当の本人は最前線でボスをサクッと薙ぎ払い、挙句の果てに新聞の一面を飾っている。宇宙人の規格外さには今更驚かないつもりだったが、流石に限度というものがある。
アルゴの新聞を丸めて頭を抱えていると、遠くの転送門(ポータル)が青く輝き、聞き覚えがありすぎる大声が広場中に響き渡った。
「い、ろ、はーーーーッ!! 待たせてごめんーーーッ!!」
「……っ!」
見上げると、渦巻く光の中から勢いよく飛び出してきたかぐやが、一直線に彩葉のもとへとダッシュしてきた。金髪のツインテールを揺らし、相変わらず派手な兎モチーフの衣装を身にまとった彼女は、息一つ切らさずに彩葉の目の前でピタリと止まる。
「彩葉! ゴメンゴメン! 昨日ログアウトした宿が転移門から離れてて、時間かかっちゃった。てへ?」
「てへ?じゃないでしょ! あんた、自分が何やったか分かってんの!? ほら、これ見なさい!」
彩葉はバッと丸めた新聞を広げ、かぐやの顔面に突きつけた。
「えっ、なにこれ!? 新聞!? ……うっわ、ウチの写真載ってるじゃん! 『暴走ウサ耳少女』だって! ふっふっふっ…彩葉、 かぐやがこの世界でトップスタァになる日も近いね!」
「威張るんじゃないの! 全く……目立ちすぎなのよあんたは……宇宙人って自覚あるの?」
ハチャメチャな言動に呆れ果て、脱力したように溜め息をつく彩葉。しかし、その表情からは怒りや呆れを超えて、どこか嬉しそうな様子も感じ取れた。
「まあいいわ……無事に合流できたんだし。それより、テスト終了まであと少しでしょ? 最後の観光、行くわよ」
「うんっ! 行こう行こう! 8層の街、めっちゃ綺麗ってヤチヨが言ってた!」
二人は仲良く並んで、第8層の街並みへと歩き出した。
◇
第8層の主都市は、豊かな水と緑に囲まれた美しい水の都だった。
街のあちこちに運河が張り巡らされ、透き通った水面には上層の底面が描き出す幻想的な影が揺れている。露店からは甘い果実の香りや、バーチャルならではの不思議なスイーツを焼く香ばしい匂いが漂っていた。
「彩葉! 見てこれ! 『冷やし星型パフェ』だって! 食べようよ!」
「ちょっと、さっきもポテト食べたでしょ……まあいいか、最後だしね」
二人は露店で買い求めた見たこともない色鮮やかなパフェを手に、運河沿いの石畳を散歩した。一口食べると、ひんやりとした感触とともに、ほんのりとした甘さのあとに何故か口いっぱいに酸っぱい味が広がる。五感の再現性が高すぎるシステム故なのかランダム性からなのかその微妙な味に崩れた顔を見合わせて自然と笑いがこぼれた。
「ねえ彩葉、あそこ! 高いところがあるよ! 行ってみよう!」
かぐやが指差したのは、街の端にそびえ立つ見晴らしの良い展望台だった。長い石段を駆け上がり、二人は柵に手をついて眼下に広がる景色を眺めた。
そこには、どこまでも広がるアインクラッドの広大な世界と、ゆっくりと傾き始めた太陽が創り出す、赤紫色のノスタルジックなグラデーションの空が広がっていた。待っていたかのようにちょうどいい強さの少し冷たい風が吹き抜け、かぐやの金髪と彩葉の髪を優しく揺らす。
「……すごいね、彩葉」
かぐやがぽつりと呟いた。いつもの賑やかな声とは違う、少しだけ落ち着いた、どこか切なさを帯びた声だった。
「SAOのこの世界、すっごくキレイ。ウチね、月とは大違い。ちょ~楽しいことで溢れてる!みんな自由に生きてて、冒険して、笑ってて……本当の『ハッピー』がたくさん詰まってる」
「……そうね」
彩葉は隣の少女の横顔を見つめた。
最初は突然現れた迷惑な居候だと思っていた。常識が通じず、やりたい放題で、自分を振り回してばかりの宇宙人。しかし、彼女と過ごす日常は、どこか投げやりになっていた彩葉の凍りついた心を、少しずつ溶かしてくれていたのだ。
「かぐや、この世界が大好きになっちゃった。……だからさ、βテストが終わるの、ちょっとだけ寂しいな。」
かぐやは遠くの空を見つめながら、キュッと唇を噛みしめた。
その時、二人の頭上に甲高いシステム効果音が響き渡った。
空の赤紫色が濃くなり、システムからの『クローズドβテスト終了予告』の大規模なシステム・ウィンドウが、空中へスクロールするように浮かび上がる。
【クローズドβテストはまもなく終了します。プレイヤーの皆様はログアウトの準備を行ってください】
残された時間は、あと数分。
彩葉は深呼吸を一つすると、かぐやに向かってまっすぐ向き直った。そして、静かに告げた。
「寂しがる必要なんてないでしょ。」
「え?」
「これはまだ『βテスト』……ただの予行演習よ。本番の正式サービスが始まったら、また戻ってくればいいじゃない。……あんたのそのバカみたいな強運があれば、製品版でも絶対に上までいけるよ。」
彩葉の言葉に、かぐやの目が丸くなった。
次の瞬間、彼女の顔にぱぁっと大輪の花が咲くような、弾けるような笑顔が戻ってきた。
「……うん! うん、そうだよね! 正式サービスが始まったら、また絶対に一番にログインしようね! そしてさ、二人で誰も見たことがない最高のハッピーエンドに行こう!彩葉!」
勢いよく身を乗り出してきたかぐやに対し、彩葉はフッと小さく口元を緩めると、右手を差し出し、小指をピンと立てて見せた。
「なにそれ? その指」
かぐやは不思議そうに首を傾げる。
「『ゆびきりげんまん』。地球のおまじないよ。約束を絶対に破らないための、誓いの儀式。」
「へぇ~! 地球の誓いの儀式!? カッコいい! やるやる、やりたい!」
興味津々で目を輝かせたかぐやは、自分の右手の小指を伸ばし、彩葉の小指にぎゅっと強く絡ませた。温かい肌の感触が、システム越しに伝わってくる。
彩葉は少しだけ意地悪な、楽しそうな声で歌うように呟いた。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます。……指切った」
「……え?」
ピタリと動きを止めるかぐや。
「ねえ彩葉。今、サラッと『指切った』って言わなかった……? え、嘘でしょ……? 約束破ったら本当に指切り落とされるの……!? 針千本飲むのもヤバいけど、指切り落とされるのアカンでしょ!! こわ……ッ!! 地球人の儀式エグすぎなんだけど!!」
「違うから! ただの例え! 破っちゃダメっていう強調表現だから!それにゆびきりは指を結ぶって意味で…」
「絶対嘘だ! だって『指切った』って言ったもん! ひぇぇぇ、地球人怖すぎる〜〜っ!!」
頭を抱えて怯えるかぐやのリアクションに、彩葉は大声をあげて笑ってしまった。
空に浮かぶタイマーが、いよいよ最後のカウントダウンを刻み始める。
『10、9、8……』
視界の端から、世界がゆっくりと光の粒子に分解され始めていく。足元の石畳が、周囲の美しい街並みが、淡い青い光となって空へと溶けていく。
「彩葉! 絶対だよ! 絶対にまたSAOで遊ぼうね!! 指切られないように絶対約束守るからねーっ!!」
「はいはい、分かってるって! ……またね、かぐや!」
『3、2、1…… Logout』
「またねー!!アインクラッドーーっ!!」
最後まで叫び声をあげながら、かぐやのアバターは眩い光の塵となって消えていった。
残された一瞬の静寂の中、彩葉もまた、愛おしいこの仮想世界と、隣の騒々しくも愛すべき相棒に、心の中でそっと語りかけた。
(またね、SAO。……正式サービスでも必ず2人で遊ぶから)
光が全身を包み込み、彩葉の意識は現実世界の、あたたかな自室のベッドの上へと戻っていったのだった。