神系宇宙『ラ』所属、惑星ストリジア『エルサイア王国』
SH.2010年4月――エルサイア王国
王が生まれた。
ただそれだけで、死んでいた大地に色が戻った。
五年前。
エルサイア王国は滅亡した。
青の雨によって大地は青く染まり、草木は枯れ、川は濁り、そこに暮らしていた者達は国を捨てて逃げるしかなかった。
城も。
街も。
森も。
何もかもが色を失った。
それから五年間。
エルサイアは国ですらなかった。
地図の上に名前だけが残された、滅びた土地。
だが。
神精霊ミリィが蘇生され。
メリッサ――現在のクイントがエルサイア王として即位したことで。
五年間止まっていた時間が、再び動き始めた。
■
「…………すごい」
クイントは丘の上から、自分の国を眺めていた。
空は青い。
けれど、それは青の雨によって染められた不気味な青ではない。
本来あるべき空の色だった。
枯れ果てていた大地から草木が芽吹き、濁っていた川には透明な水が流れている。
茶色い土。
緑色の森。
色とりどりの花。
五年間、青一色だった世界に本来の色が戻っていた。
「ほんとに……戻ったんだ」
「大地だけは、ですがね」
隣から冷淡な声が返ってきた。
「ミカエル」
「何です」
「いいところだったのに」
「事実を述べたまでです」
ミカエルは丘の下を見渡した。
大地そのものは蘇った。
しかし、そこにあるのは廃墟だった。
崩れた民家。
瓦礫に埋もれた道路。
折れた街灯。
破壊された城壁。
そして、その向こうには半壊したエルサイア城がある。
「…………これ、全部直すんだよね」
「当然でしょう」
「…………」
「何です、その顔は」
「王様やめたくなってきた」
「即位して数日で何を言っているのです」
「だって多すぎるよ!」
「貴女が一人で直すわけではないでしょう」
「それはそうだけど!」
そんな二人の後ろから。
「――その通りです」
聞き慣れない声がした。
「え?」
クイントが振り返る。
そこには数人の男女が立っていた。
その中心にいる人物が、クイントへ向かって軽く頭を下げる。
「お初にお目にかかります、陛下」
「誰?」
「ソーサリー・アルケミストと申します」
「ソーサリー!?」
少し離れたところにいたコウヤが真っ先に反応した。
「ほんとに帰ってきたんだ!」
「ええ。国が復活したと聞きましたので」
ソーサリーの後ろにいる者達もまた、かつてエルサイア王国に所属していた錬金術師達だった。
「それで」
ソーサリーは周囲を見渡した。
「随分と派手に壊れましたね」
「直せる!?」
クイントが即座に尋ねる。
「ええ」
「ほんと!?」
「必要な資料さえ揃っているのであれば、問題ありません」
「資料……」
そこでギルが一歩前へ出た。
「それなら既にラウル王国から提供を受けている」
ギルが携帯端末を取り出す。
「え、残ってたの!?」
クイントが驚く。
「あぁ。むしろ残っていない方がおかしい」
五年前。
エルサイア王国そのものは滅亡した。
だが、だからといって国の情報まで全て消滅したわけではない。
エルサイア城の設計。
城下町の都市計画。
道路。
上下水道。
地下施設。
病院。
学校。
防衛設備。
電力及び人工精霊の供給網。
国家運営に必要な重要情報は、国内のサーバーだけではなく、塔コアスピアを通じて同盟国と共有されたクラウド上にもバックアップが存在していた。
エルサイア王国滅亡後。
それらの資料は、かつて同盟国であったラウル王国によって保全された。
とはいえ。
滅亡した国家の資料だからといって、勝手に利用していいものではない。
軍事施設や防衛設備の情報も含まれている以上、ラウル王国は旧エルサイア王国の国家機密として厳重に封印し、五年間保管していたのである。
そして。
クイントが王として即位し、エルサイア王国の再建が正式に認められたことで。
アイザック王は、それらの記録を新生エルサイア王国へ返還することを決定した。
「アイザック王から正式に許可が下りた。旧エルサイア王国の行政、建築、インフラに関する記録は、復興目的に限って全て使用して構わないそうだ」
「全部!?」
「全部だ」
「アイザック王、太っ腹!」
「元々エルサイアのものだ」
「あ、そっか」
クイントは納得した。
ギルがソーサリーへ端末を渡す。
「確認してくれ」
「拝見します」
ソーサリーが端末を操作する。
空中へ、立体映像が展開された。
「わ……!」
クイントが目を輝かせる。
そこに映し出されたのは。
かつてのエルサイア王国だった。
まだ城が崩れていない。
街がある。
道がある。
家々が並んでいる。
それだけではない。
建物を選択すれば、その内部構造まで表示される。
材質。
寸法。
配管。
配線。
人工精霊の供給経路。
さらには地下施設まで。
「ここまで残っているとは」
ソーサリーの口元が僅かに緩んだ。
「どう!?」
「十分です」
「どれぐらいかかる!?」
「そうですね」
ソーサリーは現在の廃墟と、記録上の街を見比べた。
「現存する資材の状態を確認する必要はありますが――主要部分であれば、今日中には」
「…………」
「…………」
「今日!?」
クイントの声が響いた。
「はい」
「城も!?」
「はい」
「街も!?」
「当然です」
「同時に!?」
「何故、別々に行う必要が?」
クイントがコウヤを見る。
「コウヤ」
「なに」
「錬金術って怖い」
「今更!?」
■
「では、始めましょう」
ソーサリーの一言で。
錬金術師達が一斉に動き出した。
「第一班、王城北部及び東棟!」
「了解!」
「第二班は城下町北区画!」
「了解!」
「第三班、上下水道及び地下設備!」
「了解!」
「第四班は住宅区画!」
「了解!」
「私は王城中央部を担当します。復元後は全班、相互に術式を確認してください」
「了解!」
動きに迷いがない。
彼らにとって。
国家規模の建造物を錬成することそのものが、専門分野なのだ。
そこへ。
「俺もやる!」
「コウヤ」
ソーサリーが振り返る。
「邪魔だけはしないように」
「しないって!」
「なら第四班へ」
「分かった!」
コウヤが嬉しそうに走っていく。
そして。
大地に。
巨大な錬成陣が展開された。
一つではない。
エルサイア城。
城下町。
道路。
地下水路。
数キロに渡って、無数の術式が連鎖していく。
「――錬成開始!」
轟音。
クイントは思わず耳を塞いだ。
「うわっ!?」
瓦礫が浮く。
砕けた石材が分解され。
瞬時に材質ごとへ分類されていく。
使用可能なものは再利用。
使用不能なものは分解。
不足した材料は備蓄された資材から補填。
そして。
「え……」
クイントは目を見開いた。
城が。
目の前で戻っていく。
崩れていた外壁が塞がる。
折れていた塔が組み上がる。
窓枠が形成され。
屋根が復元される。
同時に。
城下町でも。
五年間瓦礫だった場所から、次々と建物が立ち上がっていく。
「すご……!」
道が戻る。
水路が戻る。
橋が架かる。
家が建つ。
記録された過去の街並みを、現実へそのまま写し取っているかのようだった。
「おおおお!」
クイントが完全に見入っている。
そんな中。
「――錬成!」
コウヤも術式を発動した。
崩壊していた建物の一部が瞬時に再構築される。
「よっしゃ!」
「ほう」
後ろから声。
「げ」
コウヤの顔が引きつった。
「何です、その反応は」
「ミカエル……」
「見せてみなさい」
「嫌だよ!」
「では勝手に見ます」
「聞いた意味ないじゃん!」
ミカエルはコウヤが組み上げた術式を見る。
「…………」
「なんだよ」
「第三節が不要ですね」
「え?」
「ここです」
「…………」
コウヤが確認する。
「あ」
「第五節も迂回させる必要がありません」
「…………ほんとだ」
「人工精霊の消費も多い」
「できてるんだからいいだろ!」
「完成したことと、完成度が高いことは別問題です」
「一言多いんだよ!」
「三点ほど指摘しましたが」
「そういう意味じゃねぇ!!」
少し離れたところから。
クイントが笑った。
「やっぱり二人、仲いい!」
「どこが!?」
「どこを見ればそういう結論になるのです」
また同時だった。
■
そして。
本当に。
その日のうちに。
エルサイア城と城下町の主要部分は、ほぼ元の姿を取り戻した。
もちろん。
国が完全に復興したわけではない。
家具。
商品。
食料。
医療物資。
各種機械。
そして何より。
そこに住む人間。
建物だけ復元したところで、国にはならない。
だが。
朝まで廃墟だった場所に。
夕方には。
街があった。
「…………」
クイントは城下町の入口で呆然としていた。
「……これ、本当に今日の朝まで壊れてたよね?」
「ええ」
ソーサリーが答える。
「錬金術師ってみんなこんななの?」
「まさか」
ソーサリーは即答した。
「我々が優秀なのです」
「自分で言った!」
「事実ですので」
どこかで聞いたような返答だった。
クイントがミカエルを見る。
「…………」
「何です」
「なんでもない」
その日。
エルサイア復興の知らせは、世界各地へ発信された。
エルサイア王国に王が誕生した。
神精霊ミリィが復活した。
青に染まっていた大地に色が戻った。
そして。
ラウル王国から返還された国家記録を元に、旧王都の主要施設が復元された。
帰れる。
五年前。
国を失った者達にとって。
その知らせが意味することは一つだった。
――故郷へ、帰れる。
■
最初に戻ってきた者達の中に。
ギルのかつての部下がいた。
「ギル隊長」
その声を聞いた瞬間。
ギルの足が止まった。
振り返る。
赤髪のエルフの女性。
着物姿。
その手には、巨大な大鎌槍。
「…………セレス」
「はい」
セレスは少し緊張した様子で。
それでも嬉しそうに頭を下げた。
「ただいま戻りました」
その後ろから。
「俺もいますよ、隊長」
茶髪の少年が顔を出す。
「ウィガー」
「お久しぶりです」
背中には黒剣。
軽い笑顔。
五年前と変わらない。
「それで隊長」
ウィガーが尋ねる。
「五年前の命令、そろそろ解除してもらっていいっすよね」
「…………」
「『逃げろ。二度と城へ戻るな』ってやつ」
ギルは。
五年前を思い出した。
精神を支配された聖騎士達が。
次々と自ら命を絶っていった。
自分だけには。
何故か精神支配が効かなかった。
だから。
せめて直属の部下だけでもと。
逃がした。
「……解除する」
セレスの目が見開かれる。
「セレス」
「はい」
「ウィガー」
「はい」
ギルは二人へ。
五年越しに告げた。
「帰還を許可する」
「――はい!」
■
そして。
日本から。
もう一人。
着物姿の女性が帰ってきた。
アルファルド。
重力使い。
五年前のエルサイア滅亡後、日本へ逃れていた女性である。
「アルファルド様!」
セレスが嬉しそうに駆け寄る。
「お久しぶりです!」
「数日前まで日本で一緒だったでしょう」
「…………あ」
「久しぶりも何もないわ」
「…………」
「セレス様……」
ウィガーが笑いを堪える。
「笑わないでください!」
「いやぁ、これは無理っすよ」
「ウィガー!」
「はいはい」
「返事!」
「はい、セレス様」
「最初からそうしてください!」
アルファルドは小さく笑った。
そして。
クイントを見る。
「あなたがクイント?」
「うん!」
「新しい王」
「そうだよ!」
「そう」
じっと見る。
「…………」
「…………」
「それだけ!?」
「他に何か必要?」
「なんかもっとあるでしょ!」
「例えば?」
「分かんないけど!」
アルファルドは少し考え。
クイントの頭へ手を置いた。
「小さい」
「十歳だもん!」
「そうね」
「子供扱いしないで!」
「無理でしょう」
「なんで!」
「十歳だから」
「むぅぅ……!」
アルファルドが笑う。
それから。
復元された街を見た。
「……帰ってきたのね」
五年前。
失った故郷。
二度と戻れないと思っていた場所。
その街が。
目の前にある。
アルファルドはクイントへ向き直る。
「ただいま、陛下」
「――うん!」
クイントは笑った。
「おかえり、アルファルド!」
■
そして。
アメリカから。
エーディン・クライスが帰還した。
医師である。
「病院は?」
「旧国立病院を復元済みです」
ソーサリーが答える。
「医療設備は?」
「五年前の記録から復元可能な設備については既に。消耗品及び現在の規格に合わせた医療機器についてはラウル王国及びアメリカから順次搬入予定です」
「十分です」
エーディンは白衣を羽織った。
「今日から診療を開始します」
「帰ってきたばかりですが」
「だから何です?」
エーディンは当然のように答えた。
「病院がある」
扉を開く。
「医者もいる」
五年ぶりに。
故郷の病院へ足を踏み入れる。
「なら、患者を受け入れない理由はありません」
■
それから。
エルサイアへ戻ってくる人々の数は、日に日に増えていった。
ラウル王国から。
日本から。
アメリカから。
そして、その他の国々から。
五年前。
散り散りになったエルサイアの人々が。
帰ってくる。
城がある。
家がある。
病院がある。
道路がある。
水がある。
神精霊がいる。
そして。
王がいる。
「…………すごい」
復元されたエルサイア城。
その高台から。
クイントは街を眺めていた。
昨日まで誰もいなかった道を。
人が歩いている。
店が開く。
子供が走る。
家の煙突から煙が上がる。
料理の匂いがする。
「私……」
クイントが呟いた。
「本当に王様になったんだよね」
「今更ですか」
隣にいたミカエルが答える。
「だって」
クイントは街を見たまま。
「よく分かってなかったから」
即位した。
王になった。
大地に色が戻った。
それでも。
クイント自身は何も変わっていない。
十歳のまま。
ギルとエマの娘で。
コウヤの家族で。
ついこの間まで。
希望の協会で暮らしていた子供だ。
「でも……」
また一台。
帰還者を乗せた車両が城門を通る。
「みんな、帰ってきてる」
その意味だけは。
分かった。
「私が王様になったから……みんな帰ってきてくれたんだ」
「少々自惚れが過ぎますね」
「ええ!?」
クイントが振り返る。
「そこ否定する!?」
「当然でしょう」
ミカエルは街を見下ろした。
「神精霊ミリィがいる。ギル・ウィリアムズがいる。ソーサリー・アルケミストとその部下達がいる。医師も、騎士も、技術者もいる」
「…………」
「そして何より、彼らは自らの意思で帰ってきた」
「……うん」
「王一人で国が作れるとでも?」
「思わない」
「ならば覚えておきなさい」
ミカエルは淡々と言った。
「国とは、土地ではない。城でもない。そして王でもない」
「じゃあ、何なの?」
「さて」
ミカエルが踵を返す。
「それを考えるのが、王たる貴女の仕事でしょう」
「またそれ!」
「自分で考えなさい」
「意地悪!」
「結構」
その時。
「クイントー!」
下から声が聞こえた。
「ん?」
クイントが城壁から覗き込む。
コウヤだった。
「見ろー!」
コウヤが指差す。
「俺も作った!」
「ソーサリー達もでしょー!」
「分かってるよ! 俺も手伝ったって意味だよ!」
「ちゃんとできたー!?」
「できたわ!!」
すると。
ミカエルまで足を止めた。
「コウヤ」
「なんだよ!」
「先ほどの術式」
「直した!」
「確認しましたか?」
「した!」
「本当に?」
「したってば!!」
「なら結構」
「…………」
コウヤが露骨に顔をしかめた。
「なんなんだよあの人!!」
クイントが笑った。
人が戻る。
生活が戻る。
笑い声が戻る。
五年前に止まった時間が。
ようやく。
動き始める。
城を作ったから。
国が戻ったのではない。
王が即位したから。
それだけでもない。
帰る場所ができた。
そして。
そこへ。
人々が帰ってきた。
それこそが。
五年前に滅びたエルサイア王国が。
本当の意味で。
再び国になった瞬間だった。