エルサイア王国は五年前に一度滅亡している。
国土は青の雨によって死の大地となり、国民は各国へ避難。
当然、国家としての経済活動も停止していた。
では、クイントが即位してエルサイア王国が復活した直後。
――国のお金はどうなっていたのか。
結論から言えば。
意外とどうにかなった。
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まず、この世界における国家と通貨は、神精霊と密接な関係にある。
国には王が存在し。
その国を守護する神精霊が存在する。
そして神精霊は、国を守護するだけの存在ではない。
国家が発行する正式な通貨に対して、神精霊自身がその価値を保証する役割も担っている。
エルサイア王国の場合。
それが『エルサイア金貨』である。
金貨という名称ではあるが、単純に金という物質そのものの価値だけで流通しているわけではない。
造幣設備で製造された金貨へ、神精霊ミリィによる固有の情報が刻印される。
これによって初めて、正式なエルサイア金貨として成立する。
刻まれる情報は単純な模様ではない。
神精霊ミリィ本人。
エルサイア王国。
そして発行された金貨。
その三つを結びつける、一種の証明情報である。
そのため、外見だけを完全に再現したところで偽造貨幣として使用することはできない。
各国の金融機関や商業施設に置かれた端末へ通せば、正規の金貨であるか即座に確認できる。
要するに。
神精霊そのものが、国家規模の偽造防止機構なのである。
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ただし。
神精霊が存在するからといって、無限に金貨を作れば国が金持ちになるわけではない。
そんなことをすれば普通に経済が崩壊する。
発行できることと。
価値が維持できることは別問題である。
流通している商品。
国家が所有する資産。
人工精霊やスフロン水晶の生産量。
貿易。
人口。
税収。
他国との信用。
そうした様々な要素から、発行可能な通貨量が決められている。
神精霊が行っているのは、あくまで。
『この金貨は、エルサイア王国が正式に発行した通貨である』
という保証である。
ミリィがその気になれば一晩で金貨を百万枚作って、クイントを大金持ちにできる。
――というものではない。
やればエルサイア金貨の価値が暴落する。
たぶんクイントは一度くらい。
「いっぱい作ればみんなお金持ちじゃん!」
と言っている。
そしてミカエル辺りから。
「貴女は自国を滅ぼしたいのですか」
と怒られている。
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では。
神精霊ミリィが消滅していた五年間。
エルサイア金貨はどうなっていたのか。
既に発行されていた金貨が、突然ただの金属になったわけではない。
ミリィが刻んだ証明情報そのものは残っている。
したがって、旧エルサイア金貨が偽物になったわけではなかった。
問題は。
その金貨を発行した国がなくなったことである。
エルサイア王国は滅亡。
王も不在。
神精霊ミリィも消滅。
新規発行もできない。
国家による価値の保証もできない。
そのため旧エルサイア金貨は、他国で完全に使用不能になったわけではないものの、信用が大きく低下していた。
金貨そのものに使われている素材にも価値があるため、無価値にはならない。
しかし。
かつて一枚で買えたものが、同じ一枚では買えなくなっていた。
それが五年間続いた。
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ところが。
SH.2010年。
状況が一変する。
神精霊ミリィが蘇生。
クイントが王として即位。
エルサイア王国が正式に復活した。
ここで面白いことが起きた。
五年間価値を落としていた旧エルサイア金貨の信用が、一気に回復したのである。
何故なら。
金貨に刻まれている神精霊の情報と。
蘇生したミリィの情報が。
完全に一致したからである。
つまり。
五年前のエルサイア金貨は。
今のエルサイア王国が発行した通貨と、正式に連続性がある。
世界各国からすれば。
『昔のエルサイアとは別の国が、同じ名前を名乗り始めた』
のではない。
同じ王国が復活したのである。
この違いは非常に大きかった。
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そしてもう一つ。
エルサイア王国は滅亡したからといって、国家資産を全て失っていたわけではない。
国外に存在していた資産。
他国の金融機関へ預けられていた資金。
国家所有のスフロン水晶。
技術特許。
研究資料。
そして各種権利。
これらの一部は残っていた。
問題は。
所有者である『エルサイア王国』が存在しなかったこと。
そのため五年間。
それらの多くは凍結されていた。
特に旧同盟国であるラウル王国は、エルサイアの重要な国家資産や資料を勝手に接収することなく保管していた。
そして。
クイント即位後。
エルサイア王国の国家としての復活が正式に確認されたことで、それらの返還手続きが始まった。
アイザック王が保管していた建築・行政資料を復興のために提供したのも、その一つである。
そのため。
クイントが即位した翌日に。
国庫。
ゼロ。
という、とんでもない事態にはならなかった。
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とはいえ。
復興直後のエルサイア王国が裕福だったわけではない。
むしろ出費は凄まじい。
街を再建する。
病院を再開する。
帰還した国民へ住居を用意する。
食料を輸入する。
騎士団を再編する。
行政機関を作り直す。
日本支部を設立する。
日本やラウル王国との交通網を整備する。
金はいくらあっても足りない。
幸い。
建築面についてはソーサリー・アルケミストを始めとする錬金術師達がいた。
通常なら莫大な建設費が必要になるところを、残された都市データと錬金術を利用して大幅に圧縮できた。
これがかなり大きい。
ソーサリー達がいなければ、エルサイア王国は復活して早々、莫大な復興債務を抱えていた可能性が高い。
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さらに。
日本との関係も重要だった。
日本には五年間暮らしていた旧エルサイア国民がいる。
エルサイア側にも、日本の技術を必要としている分野がある。
そこで作られたのが。
エルサイア王国日本支部。
広重とティオがエルサイア王国の騎士となり、広重は平和政策連邦に所属したまま、日本とエルサイアの橋渡しを行う。
日本支部は外交窓口であると同時に。
経済交流の窓口でもある。
日本企業がエルサイアへ進出する際の手続き。
エルサイアの技術を日本へ輸出する際の調整。
両国間の通貨交換。
帰還するエルサイア国民が日本円で所有している資産の扱い。
そういった実務も、徐々に日本支部が担当することになる。
つまり広重。
本人が思っている以上に。
結構重要な役職を押し付けられている。
たぶん本人は後から気付く。
「……待て。俺、騎士になったんだよな?」
「うん!」
「なんで銀行と貿易の会議に俺が出てるんだ?」
「日本支部だから!」
「騎士の仕事じゃねぇだろこれ!」
「頑張って、広重!」
「ティー坊! お前も手伝え!」
「分かった」
「お前はもう少し嫌そうな顔くらいしろ!」
となる。
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そして。
この世界において。
神精霊が国家に必要とされる理由は、軍事力だけではない。
神精霊がいる。
王がいる。
国土がある。
国民がいる。
それによって初めて。
『この国は明日も存在する』
という信用が生まれる。
神精霊の消滅は、単純に強力な守護者を一人失うことを意味しない。
国家そのものの信用が揺らぐ。
だからこそ。
五年前。
神精霊ミリィを失ったエルサイア王国は、本当の意味で死んだ。
そして五年後。
ミリィが帰ってきた。
王が生まれた。
大地に色が戻った。
人が戻った。
街が戻った。
金貨にまで。
再び価値が戻った。
エルサイア王国の復活とは。
単純に城が建て直されたことではない。
世界から。
もう一度。
『国家として信用された』
ということでもあった。