エマ   作:篠原えれの

18 / 19
第十五話『昔みたいに』

 

 

 エマがいなくなってから、十年。

 

 ミカエルはようやく、惑星ストリジア――エルサイア王国へ足を踏み入れることを許された。

 

「……で、なんでその姿なんだよ」

 

 城へ向かう道すがら。

 

 隣を歩く秋人が、呆れたようにこちらを見る。

 

「何か問題でも?」

 

「いや、問題はねぇけどよ」

 

 今のミカエルは、普段の姿ではない。

 

 長い年月を生きる天族としての姿を変身魔法で隠し、黒髪の日本人男性へと姿を変えている。

 

 名は――天城怜司。

 

 人として行動する時に使う名前だった。

 

「十年ぶりの再会なんだろ? 普通そのまま行かねぇ?」

 

「嫌です」

 

「即答かよ」

 

「この姿の方が都合がいいんですよ。大天使ミカエルが堂々とエルサイアを歩いていたら、余計な騒ぎになります」

 

「お前、昔からそういうとこだけ妙に気にするよな」

 

「貴方が気にしなさすぎるのです」

 

「俺様は加藤秋人として普通に来てるだけだろ」

 

「一人称をどうにかしてください」

 

「嫌だね」

 

 秋人が笑う。

 

「で?」

 

「何です?」

 

「緊張してんの?」

 

「していません」

 

「十年ぶりだぞ?」

 

「知っています」

 

「クイントも大人になった」

 

「知っています」

 

「コウヤも」

 

「知っています」

 

「二人とも未だに仲悪い」

 

「…………知っています」

 

「そこだけ間があったな」

 

「うるさいですね」

 

 十年間。

 

 エマを見ることは禁止されていなかった。

 

 だから、知っている。

 

 クイントが成長していく姿も。

 

 コウヤが錬金術師として力をつけていく姿も。

 

 ライベルトが少しずつ言葉を覚え、酒と煙草を覚え、やがて生命についての研究へ没頭していったことも。

 

 そして。

 

 クイントとコウヤが、十年間まともに口を利かなくなったことも。

 

 全部。

 

 見ていた。

 

 ただ。

 

 触れることだけができなかった。

 

「…………」

 

「ミカエル」

 

「何です?」

 

「やっぱ緊張してんじゃねぇか」

 

「していません」

 

「さっきから城見すぎ」

 

「…………」

 

「帰る?」

 

「殺しますよ」

 

「怖ぇよ!」

 

 秋人が笑う。

 

 十年。

 

 長かった。

 

 ようやく。

 

 帰ってきた。

 

 ■

 

「客人?」

 

 エルサイア城。

 

 執務室で書類に目を通していたクイントが顔を上げた。

 

「はい。加藤秋人殿と、もう一名」

 

「秋人は分かるけど、もう一人は?」

 

「天城怜司と名乗っています」

 

「…………誰?」

 

 知らない。

 

 少なくとも、クイントの記憶にはない名前だった。

 

「通して」

 

「はい」

 

 しばらくして。

 

 扉が開いた。

 

「よう」

 

「秋人」

 

 最初に入ってきたのは、よく知っている男。

 

「久しぶりだな」

 

「この前も来たじゃん」

 

「細けぇこと言うなよ」

 

「数ヶ月しか経ってないでしょ」

 

「俺様にとって数ヶ月なんて誤差だ」

 

「はいはい」

 

 クイントが苦笑する。

 

 そして。

 

 秋人の後ろから。

 

「失礼します」

 

 もう一人。

 

 黒髪の男が入ってきた。

 

「…………」

 

 知らない。

 

 見覚えのない男。

 

「初めまして」

 

「……どうも」

 

「天城怜司です」

 

「日本人?」

 

「そう思っていただいて構いません」

 

「何その言い方」

 

「事実ですから」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 じっと男を見る。

 

「何でしょう」

 

「…………」

 

「クイント?」

 

「いや……」

 

 何か。

 

 変だった。

 

 知らない顔。

 

 知らない声。

 

 知らない名前。

 

 なのに。

 

 妙に。

 

 知っている気がする。

 

「秋人」

 

「ん?」

 

「この人、誰?」

 

「本人が名乗っただろ。天城怜司」

 

「そういう意味じゃなくて」

 

「じゃあどういう意味だ」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 怜司を見る。

 

「なんか……」

 

「?」

 

「変」

 

「初対面の人間に対して随分ですね」

 

「ほら」

 

「何がです?」

 

「そういう言い方」

 

「…………」

 

「なんか知ってる」

 

「気のせいでしょう」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 さらにじっと見る。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……いつまで見るのです?」

 

「それ」

 

「何が」

 

「それ!」

 

 クイントが立ち上がった。

 

「その喋り方!」

 

「…………」

 

「なんかミカエルみたい!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 横を向いた。

 

「ぶっ」

 

「秋人?」

 

「いや、なんでもねぇ」

 

「今笑ったよね?」

 

「笑ってねぇ」

 

「笑った!」

 

「気のせいだ」

 

「…………」

 

 怪しい。

 

 クイントが。

 

 もう一度、怜司を見る。

 

「…………ミカエル?」

 

「…………」

 

 怜司が。

 

 深くため息をついた。

 

「まったく……」

 

「…………!」

 

「十年経っても、その妙なところで勘がいいのは変わりませんね」

 

「…………え」

 

「久しぶりですね、クイント」

 

 数秒。

 

 クイントが固まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………えええええ!?」

 

「声が大きい!」

 

「ミカエル!?」

 

「ええ」

 

「何その姿!?」

 

「変身魔法です」

 

「なんで!?」

 

「目立つでしょう」

 

「知らない人だと思ったじゃん!」

 

「そのための変身ですから」

 

「十年ぶりなのに!?」

 

「十年ぶりだからです」

 

「意味分かんない!」

 

「落ち着きなさい」

 

「落ち着けるか!」

 

 クイントが。

 

 怜司の周りを一周する。

 

「本当にミカエル?」

 

「疑うなら解除しましょうか?」

 

「いや、いい!」

 

「どちらなのです」

 

「だって絶対騒ぎになるじゃん」

 

「だから変身しているのです」

 

「……あ、そっか」

 

「今理解したのですか?」

 

「うるさい!」

 

 秋人が。

 

 その様子を見ながら笑っていた。

 

「変わんねぇなぁ、お前ら」

 

「何が」

 

「十年前と」

 

「…………」

 

 その一言で。

 

 クイントが。

 

 少しだけ静かになった。

 

「……十年か」

 

「ええ」

 

「長かった?」

 

「…………」

 

 怜司が。

 

 少し考える。

 

「非常に」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 小さく笑った。

 

「おかえり」

 

「…………」

 

 その言葉に。

 

 ミカエルは一瞬だけ目を見開いた。

 

「……はい」

 

 笑う。

 

「ただいま戻りました」

 

 ■

 

「で」

 

 少しして。

 

 怜司が尋ねた。

 

「コウヤは?」

 

「…………」

 

 クイントの顔が。

 

 分かりやすく変わった。

 

「錬金術棟」

 

「まだ話していないのですか」

 

「…………」

 

「クイント」

 

「必要なことは話すよ」

 

「必要なことだけでしょう」

 

「…………」

 

「十年ですよ?」

 

「ミカエル」

 

「何です」

 

「帰ってきて早々それ?」

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 怜司の肩を叩いた。

 

「やめとけ」

 

「何故です」

 

「俺様も何回か失敗してる」

 

「貴方と一緒にしないでください」

 

「お前、一回痛い目見た方がいいぞ」

 

「意味が分かりません」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 小さくため息をついた。

 

「呼ぶ?」

 

「お願いします」

 

「分かった」

 

 ■

 

「何だよ、急に」

 

 しばらくして。

 

 扉が開いた。

 

 コウヤが入ってくる。

 

「秋人?」

 

「よう」

 

「また来たのか」

 

「なんだよその言い方」

 

「だってよく来るじゃん」

 

「俺様は歓迎されてねぇのか?」

 

「別に」

 

「お前ら親子揃って冷たくね?」

 

「誰と親子だよ」

 

「ギルとだよ!」

 

「……ああ」

 

 そして。

 

 コウヤが。

 

 怜司を見る。

 

「…………誰?」

 

「…………」

 

 怜司の眉が僅かに動いた。

 

「初めまして」

 

「…………」

 

「天城怜司です」

 

「日本人?」

 

「その質問、先ほどもされました」

 

「は?」

 

「いえ。こちらの話です」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 じっと見る。

 

「何」

 

「いえ」

 

「なんだよ」

 

「十年経っても愛想がありませんね」

 

「…………」

 

 止まった。

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 もう一度。

 

 怜司を見る。

 

「……お前」

 

「何でしょう」

 

「…………」

 

 眉を寄せる。

 

「ミカエル?」

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 また吹き出した。

 

「なんで二人とも分かるんだよ!」

 

「貴方は黙っていてください」

 

「その喋り方で分かるわ!」

 

 コウヤが。

 

 怜司を見る。

 

「……マジで?」

 

「ええ」

 

「…………」

 

「久しぶりですね、コウヤ」

 

「…………」

 

 笑う。

 

 つもりだった。

 

 ミカエルは。

 

 十年間。

 

 何度も想像していた。

 

 再会したら。

 

 何を話そう。

 

 成長したこと。

 

 錬金術のこと。

 

 クイントとのこと。

 

 エマのこと。

 

 ライベルトのこと。

 

 話したいことは。

 

 いくらでもあった。

 

 けれど。

 

 コウヤから返ってきたのは。

 

「……今さら帰ってくんなよ」

 

 その一言だった。

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 止まった。

 

「コウヤ」

 

 クイントの声が低くなる。

 

「何」

 

「それはないでしょ」

 

「…………」

 

「ミカエル、私を助けようとしてたじゃん」

 

「知ってるよ」

 

「それでエマに来るの禁止されたんでしょ」

 

「知ってる」

 

「十年間だよ?」

 

「知ってるって言ってんだろ!」

 

「じゃあなんでそんなこと言うの!」

 

「知ってるからだよ!」

 

 コウヤが。

 

 怜司を見る。

 

「全部知ってるよ」

 

「…………」

 

「来ようとしたことも」

 

「…………」

 

「止められたことも」

 

「…………」

 

「十年間、俺らを見てたことも」

 

「……ええ」

 

「でも」

 

 拳を握る。

 

「俺らからしたら」

 

「…………」

 

「十年間いなかったんだよ」

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 何も言えなかった。

 

「母さんがいなくなって」

 

「…………」

 

「クイントともこうなって」

 

「…………」

 

「何やっても上手くいかなくて」

 

「…………」

 

「秋人はたまに来たけど」

 

「おい、俺様ちゃんと結構来たぞ」

 

「今黙ってろよ!」

 

「はい」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 再びミカエルを見る。

 

「なのに」

 

「…………」

 

「十年経って」

 

「…………」

 

「急に帰ってきて」

 

「…………」

 

「久しぶりですね、って」

 

「…………」

 

 吐き捨てるように。

 

「今さらなんだよ」

 

「…………」

 

 静かになった。

 

「……そうですね」

 

 ミカエルが。

 

 ようやく。

 

 答えた。

 

「貴方からすれば」

 

「…………」

 

「そうでしょうね」

 

「…………」

 

「でもコウヤ」

 

 クイントが。

 

 また口を挟んだ。

 

「それ、ミカエルに言うことじゃない」

 

「…………」

 

「来なかったんじゃない」

 

「…………」

 

「来られなかったんでしょ」

 

「分かってる」

 

「だったら――」

 

「分かっててもムカつくんだよ!」

 

「何それ!」

 

「感情に理屈なんかあるかよ!」

 

「開き直るな!」

 

「お前に言われたくねぇ!」

 

「はぁ!?」

 

「お前だって十年間――」

 

「やめなさい!」

 

 ミカエルが。

 

 声を上げる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人が。

 

 同時にこちらを見る。

 

「十年経っても」

 

「…………」

 

「貴方達はまだ同じことで――」

 

「ミカエルに言われたくない」

 

「…………」

 

 今度は。

 

 クイントだった。

 

「…………はい?」

 

「だって十年間いなかったじゃん」

 

「クイント?」

 

「ミカエルが悪くないのは分かってるよ」

 

「…………」

 

「分かってるけど」

 

「…………」

 

「十年間いなかった人に帰ってきて早々説教されたら、それはそれでムカつく」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 固まった。

 

「ほら」

 

 コウヤが言う。

 

「クイントも言ってんじゃん」

 

「コウヤと同じ意味じゃない!」

 

「似たようなもんだろ」

 

「違う!」

 

「何が違うんだよ!」

 

「全然違う!」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 ゆっくり。

 

 秋人を見る。

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 口元を押さえていた。

 

「ゼウス」

 

「ぶっ」

 

「笑っていますね」

 

「笑ってねぇ」

 

「目を見なさい」

 

「無理」

 

「何故です」

 

「だってお前……」

 

 肩を震わせる。

 

「十年待って帰ってきた初日に二人から刺されてんじゃねぇか」

 

「…………」

 

「ぶはっ!」

 

「殺しますよ」

 

「ははははは!!」

 

「秋人うるさい!」

 

「笑ってる場合じゃねぇだろ!」

 

「なんで俺様まで怒られんだよ!!」

 

 こうして。

 

 ミカエルの。

 

 待ちに待った十年ぶりの再会は。

 

 想像していたより。

 

 遥かに。

 

 ギスギスしたものとなった。

 

 ■

 

 その夜。

 

 城下町。

 

 変身魔法を解くこともなく。

 

 天城怜司の姿のまま。

 

 ミカエルは酒場にいた。

 

「もう一杯」

 

「お前、今日何杯目?」

 

「知りません」

 

「数えろよ」

 

「貴方が数えてください」

 

「俺様も飲んでるんだけど」

 

「では黙って飲んでください」

 

「完全にヤケ酒じゃねぇか」

 

「違います」

 

「じゃあ何酒だよ」

 

「普通の酒です」

 

「普通の奴はそんな勢いで飲まねぇ」

 

 秋人が。

 

 横で笑う。

 

「…………」

 

 怜司は。

 

 酒を飲む。

 

「今さら帰ってくるな」

 

「お」

 

「十年間いなかった人に説教されたらムカつく」

 

「おい」

 

「…………」

 

 もう一杯。

 

「効いてんなぁ」

 

「うるさい」

 

「珍しく口調崩れてんぞ」

 

「…………うるさいです」

 

「ははは!」

 

 秋人が。

 

 自分のグラスへ酒を注ぐ。

 

「まあ飲め」

 

「言われなくても飲んでいます」

 

「十年間頑張ったんだ。今日はいいだろ」

 

「…………」

 

 怜司が。

 

 グラスを見る。

 

「私の中では」

 

「ん?」

 

「十年間、離れていた感覚があまりないのです」

 

「そりゃ毎日みたいに見てたからな」

 

「ええ」

 

「…………」

 

「クイントが大きくなったことも」

 

「…………」

 

「コウヤが錬金術を続けていたことも」

 

「…………」

 

「二人が喧嘩していることも」

 

「…………」

 

「全部知っていました」

 

「ああ」

 

「だから」

 

「…………」

 

 少し。

 

 笑う。

 

「帰れば、すぐ元に戻れると思っていたのかもしれません」

 

「…………」

 

「馬鹿ですね」

 

「まあな」

 

「否定してください」

 

「めんどくせぇな!」

 

「今くらい否定しなさい!」

 

「はいはい、お前は悪くねぇよ」

 

「雑ですね」

 

「注文多すぎだろ!」

 

 二人で。

 

 酒を飲む。

 

「でもよ」

 

「何です」

 

「コウヤも」

 

「…………」

 

「お前が帰ってきたこと自体が嫌なわけじゃねぇと思うぞ」

 

「分かっています」

 

「クイントも」

 

「分かっています」

 

「なら」

 

「分かっていても傷付くものは傷付くのです」

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 少し驚いた顔をした。

 

「何です」

 

「いや」

 

「…………」

 

「お前、ちゃんとそういうのあるんだな」

 

「ありますよ」

 

「大天使様なのに?」

 

「殺します」

 

「はははは!」

 

 グラスが。

 

 軽くぶつかる。

 

「十年か」

 

「ええ」

 

「長かったな」

 

「……本当に」

 

 その夜。

 

 二人は。

 

 久しぶりに。

 

 かなり遅くまで飲んだ。

 

 ■

 

 翌日。

 

「ミカエル」

 

 廊下。

 

 怜司が振り返る。

 

「……クイント」

 

「昨日」

 

「…………」

 

「ごめん」

 

「何がです」

 

「言いすぎた」

 

「事実でしょう」

 

「でも」

 

「気にしていません」

 

「嘘」

 

「何故です?」

 

「秋人から聞いた」

 

「…………」

 

 嫌な予感。

 

「昨日、めちゃくちゃ飲んでたって」

 

「…………」

 

 ミカエルの顔から。

 

 表情が消えた。

 

「ゼウス……」

 

「ヤケ酒してたんでしょ?」

 

「違います」

 

「本当に?」

 

「違います」

 

「じゃあ何酒?」

 

「…………」

 

 昨日。

 

 同じ質問をされた。

 

「普通の酒です」

 

「ふふっ」

 

「何故笑うのです」

 

「だって」

 

「?」

 

「ミカエルも変わってないなって」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 少しだけ。

 

 昔と同じ顔で笑う。

 

「なんか安心した」

 

「…………」

 

 怜司も。

 

 小さく。

 

 笑った。

 

「貴女もですよ」

 

「何が?」

 

「相変わらずです」

 

「何それ」

 

「褒めています」

 

「絶対嘘」

 

「本当です」

 

「怪しいなぁ」

 

 ■

 

 それから。

 

 数日。

 

 特別なことは。

 

 何も起きなかった。

 

 ミカエルは。

 

 ただ。

 

 昔と同じように。

 

 そこにいた。

 

「コウヤ」

 

「何」

 

「第三式が間違っています」

 

「合ってる」

 

「間違っています」

 

「合ってるって」

 

「貸しなさい」

 

「自分でやる」

 

「十年前も同じ間違いをしていましたよ」

 

「覚えてんのかよ!」

 

「当然でしょう」

 

「気持ち悪っ」

 

「…………」

 

「あ」

 

「…………」

 

「今のなし」

 

「遅いです」

 

「待てって!」

 

「クイント」

 

「何?」

 

「コウヤが私に暴言を」

 

「知らないよ」

 

「何故です!」

 

「自分達で解決して」

 

「お前王様だろ!」

 

「こういう時だけ王様扱いするな!」

 

「…………」

 

 三人が。

 

 止まる。

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 先に笑った。

 

「なんか」

 

「?」

 

「昔みたい」

 

「…………」

 

 コウヤも。

 

 黙る。

 

「……そうだな」

 

「…………!」

 

 クイントが。

 

 コウヤを見る。

 

「…………」

 

 コウヤも。

 

 気まずそうに。

 

 目を逸らす。

 

 それだけだった。

 

 でも。

 

 十年間。

 

 まともに話せなかった二人が。

 

 同じ会話の中に。

 

 自然にいた。

 

 ■

 

 それから。

 

 少しずつ。

 

「コウヤ」

 

「何」

 

「これ確認して」

 

「どれ」

 

「ここ」

 

「……ああ。これなら今日中にできる」

 

「お願い」

 

「分かった」

 

 ■

 

「クイント」

 

「何?」

 

「これ食う?」

 

「食べる」

 

「半分な」

 

「全部」

 

「なんでだよ!」

 

「王様だから」

 

「関係ねぇだろ!」

 

「じゃあ三分の二」

 

「増えてんじゃねぇか!」

 

「細かいなぁ」

 

「お前が雑なんだよ!」

 

 ■

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 少し離れた場所から。

 

 二人を眺める。

 

「直ったな」

 

「まだですよ」

 

 隣には。

 

 黒髪の怜司。

 

「でも喋ってる」

 

「ええ」

 

「笑ってる」

 

「ええ」

 

「お前が帰ってきてからだぞ」

 

「…………」

 

 怜司は。

 

 二人を見る。

 

「私は何もしていません」

 

「そうか?」

 

「説教は失敗しました」

 

「したな」

 

「仲裁もしていません」

 

「ヤケ酒はした」

 

「それは忘れなさい」

 

「無理」

 

「ゼウス」

 

「ははは!」

 

 秋人が。

 

 笑いながら。

 

 もう一度。

 

 クイントとコウヤを見る。

 

「お前が帰ってきたから」

 

「…………」

 

「二人とも昔を思い出したんじゃねぇの」

 

「…………」

 

「喧嘩する前の自分達を」

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 しばらく。

 

 何も言わなかった。

 

「……だとしても」

 

「ん?」

 

「仲直りしたのは」

 

「…………」

 

 小さく笑う。

 

「あの二人ですよ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

 ■

 

「ミカエル!」

 

「何です!」

 

「コウヤが私のお菓子食べた!」

 

「お前昨日俺の飲み物取っただろ!」

 

「一口!」

 

「俺も一個!」

 

「最後の一個だった!」

 

「知らねぇよ!」

 

「ミカエル、どっちが悪い!?」

 

「私を巻き込まないでください!」

 

「公平に決めて!」

 

「嫌です!」

 

「ミカエル!」

 

「うるさいですね!」

 

「…………」

 

 秋人が。

 

 その光景を見ながら。

 

 酒瓶を片手に笑った。

 

「戻ったじゃねぇか」

 

「何がです」

 

 怜司が振り返る。

 

「昔みたいに」

 

「…………」

 

 エマはいない。

 

 あの頃と。

 

 まったく同じには。

 

 もう二度と戻れない。

 

 十年間という時間も。

 

 言ってしまった言葉も。

 

 失ったものも。

 

 なかったことにはできない。

 

 それでも。

 

 クイントが笑って。

 

 コウヤが言い返して。

 

 ミカエルが巻き込まれて。

 

 ゼウスがそれを見ながら笑っている。

 

「…………」

 

 怜司も。

 

 ほんの少しだけ。

 

 笑った。

 

「そうですね」

 

 失ったものを取り戻すことはできなくても。

 

 残された者達が。

 

 もう一度。

 

 一緒に笑うことくらいは。

 

 できるようになっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。