エルサイアの復興が進み、ようやく国らしい日常が戻り始めた頃。
城下町には商人が戻り、工房からは朝早くから槌の音が響く。
城の修復もほとんど終わり、他国からの使者を正式に迎えられる程度には体裁も整った。
国が落ち着けば、止まっていた外交も再び動き始める。
その日。
エルサイア城の正門前に、久しぶりにラウルの紋章を掲げた一団が到着した。
「ラウルから?」
執務室。
書類から顔を上げたクイントに、ギルが頷く。
「はい。正式な使節団です」
「珍しいね」
「エルサイアの情勢が安定したこともあり、今後の交易について改めて協議したいとのことです。アイザック王から親書も届いております」
「そっか」
クイントは差し出された親書を受け取る。
ラウルとの交流そのものが途絶えていたわけではない。
だが、エルサイアが混乱していた間は互いに必要最低限のやり取りしかできなかった。
こうして正式な使節を迎えるのは随分と久しぶりだ。
「それで、誰が来たの?」
「ルーク殿下です」
「ルークが?」
クイントの顔が明るくなる。
「それ早く言ってよ」
「今言いました」
「迎えに行ってくる」
「お待ちください」
「何?」
「陛下」
「うん」
「その格好で行くおつもりですか?」
「…………」
クイントが自分を見る。
普段着。
「駄目?」
「正式な使節です」
「ルークなのに?」
「ルーク殿下です」
「昔から知ってるよ?」
「それでもです」
「……分かったよ」
クイントは面倒そうに立ち上がった。
「着替えてくる」
「お願いします」
■
「――ルーク!」
謁見を終えた途端。
先ほどまで国王らしく振る舞っていたクイントが、いつもの調子に戻った。
「久しぶり」
「久しぶり、クイント」
ルークも笑う。
「元気そうだね」
「そっちも。背、伸びた?」
「今更?」
「久しぶりだから」
「クイントはあんまり変わらないね」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ」
「本当に?」
「多分」
「多分って何!」
クイントが笑う。
その少し後ろから。
「ルーク」
「ん?」
声をかけられ、ルークが振り返った。
「……コウヤ?」
「久しぶり」
「コウヤ!」
ルークが嬉しそうに近づいてくる。
「元気だった?」
「まあな。お前も変わってないな」
「さっきクイントには背が伸びたって言われたけど」
「じゃあ伸びたんじゃね?」
「適当だなぁ」
「お前が元気ならそれでいいだろ」
「それもそうだね」
二人が軽く拳を合わせる。
クイントがその様子を見て首を傾げた。
「なんか私より再会が雑じゃない?」
「男同士なんてこんなもんだろ」
「そう?」
「僕はもう少し感動的でもよかったよ」
「じゃあ抱き締める?」
「それはいらない」
「何だよ」
「即答だったね」
「うるせぇ」
「ふふっ」
三人で笑う。
久しぶりだった。
こうして何でもない話をするのも。
三人で同じ場所に立つのも。
「父上も心配してたよ」
「エルサイアを?」
「それもあるけど、クイントのこと」
「私?」
「無茶してないかって」
「してないよ」
「してるだろ」
「コウヤ?」
「父さんから聞いてる」
「いつ!?」
「色々」
「何で私の知らないところで情報共有してるの!」
「必要だからだろ」
「必要かなぁ!?」
「必要だね」
「ルークまで!?」
ルークが笑った。
「変わってないなぁ」
「みんなそれ言うんだけど」
「いい意味だよ」
「ならいいけど」
■
ラウルの使節団は、数日エルサイアに滞在することになった。
交易。
技術交流。
復興した街道の利用。
話すべきことはいくらでもある。
とはいえ。
ずっと仕事をしているわけでもない。
「ルーク、それ食べる?」
「食べる」
「俺も」
「コウヤは自分で取って」
「何でだよ」
「近いじゃん」
「ルークの方が近いだろ」
「僕は客だから」
「お前までそれ言うのかよ」
「ラウルの王子だからね」
「都合いい時だけ王子になるなよ」
「じゃあコウヤが取って」
「嫌だよ」
「もう!」
結局。
クイントが菓子の皿を二人の間に置いた。
「これでいいでしょ」
「ありがとう」
「最初からそうすればいいだろ」
「コウヤが取れば済んだ話でしょ!」
「俺も食べたかったんだよ!」
「だから何!?」
「ははっ」
中庭に置かれたテーブル。
三人で茶を飲みながら、どうでもいい話をする。
「そういえばラウルって最近どうなの?」
「変わらないよ。父上も元気」
「アイザック王、まだ自分で何でもやろうとする?」
「する」
「やっぱり」
「周りに任せればいいのに、気付いたら自分で仕事増やしてる」
「大変だね」
「クイントにだけは言われたくないと思う」
「何で?」
「お前も似たようなもんだろ」
「違うよ!」
「同じだよ」
「二人して何なの!?」
「事実」
「事実だね」
「仲良くならなくていいから!」
また笑う。
コウヤも。
クイントも。
ルークも。
昔と変わらない。
ただ。
今回、ルークがエルサイアへ来た理由は。
外交だけではなかった。
■
それをクイントが知ったのは、その日の夕方だった。
「それで、クイント」
「ん?」
一通りの話が終わったところで。
ルークが少しだけ姿勢を正す。
「もう一つ、父上から話を預かってる」
「アイザック王から?」
「うん」
「何?」
ルークが一瞬だけ言いにくそうな顔をした。
「……僕とクイントの縁談」
「…………」
沈黙。
「…………え?」
「その反応だと思った」
「聞いてない」
「やっぱり?」
「うん」
「僕も出発する少し前に聞いたから」
「何それ……」
クイントは困ったように頬を掻いた。
「父上としては、エルサイアとの関係を今まで以上に強くするなら悪くないんじゃないかって」
「……なるほど」
「もちろん強制する気はないって」
「うん」
「僕もクイントも嫌なら、それで終わり」
「そっか」
「ただ」
「?」
「僕は別に嫌じゃないよ」
「…………」
クイントがルークを見る。
「本気?」
「クイントのこと嫌いじゃないし」
「それは知ってるけど」
「昔から知ってるし、話してて楽しいし」
「…………」
「結婚相手として嫌かって聞かれたら、別に嫌じゃない」
「そ、そうなんだ……」
今まで友人として接してきた相手から改めて言われると、妙に恥ずかしい。
「だから、クイントが考えてみたいなら考えてみてもいいよ」
「……うん」
「急がなくていいから」
「分かった」
ルークはそれ以上何も言わなかった。
ただ。
「…………」
部屋の隅。
そこにいたコウヤが。
妙に静かだった。
「コウヤ?」
「何?」
「どうしたの?」
「別に」
「…………」
「何だよ」
「いや……」
明らかに。
機嫌が悪い。
「…………」
ルークはそれを見て。
何となく察した。
■
翌日。
三人はまた中庭にいた。
「私、ギルのところ行ってくる」
「今から?」
「うん。昨日のラウルとの話、まとめたいって」
「分かった」
「すぐ戻るね」
「行ってらっしゃい」
クイントが城へ戻っていく。
「…………」
コウヤは。
その背中を見ていた。
「…………」
ルークは紅茶を飲む。
「コウヤ」
「ん?」
「クイントのこと好きなの?」
「ぶっ――!」
盛大にむせた。
「げほっ……! お、お前!」
「大丈夫?」
「誰のせいだよ!」
「僕?」
「お前以外誰がいるんだよ!」
「質問しただけなのに」
「いきなり何聞いてんだよ!」
「じゃあ遠回しに聞こうか」
「そういう問題じゃねぇ!」
「好き?」
「同じじゃねぇか!」
「ははっ」
コウヤが睨む。
「何なんだよ」
「いや」
「何」
「分かりやすいなと思って」
「うるせぇ」
「昨日からずっと僕のこと気にしてるでしょ」
「してねぇよ」
「クイントと僕の縁談が出てから」
「…………」
「ほら」
「……うるせぇ」
「好きなんだ?」
「…………」
「コウヤ」
「……まあ」
「へえ」
「何だよ」
「ちゃんと言えるんだと思って」
「お前にはな」
「本人には?」
「…………」
「言ってないんだ」
「…………」
ルークが少し呆れたようにコウヤを見る。
「何で?」
「色々あるんだよ」
「色々?」
「色々」
「便利な言葉だね」
「うるせぇよ」
ルークも。
二人の間に何かあったことくらいは知っている。
長い間。
まともに口すら利かなかったことも。
「今は仲直りしたんでしょ?」
「まあ」
「普通に話してるよね」
「そうだな」
「一緒にいるよね」
「いる」
「クイントの部屋にも行く?」
「行くけど」
「じゃあ告白すればいいじゃん」
「簡単に言うなよ」
「難しい?」
「…………」
コウヤが少しだけ黙った。
「今さ」
「うん」
「やっと普通なんだよ」
「…………」
「前みたいに話せて」
「うん」
「喧嘩しても次の日には普通に会えて」
「うん」
「だったら……別に」
「このままでいい?」
「…………」
「本当に?」
「…………」
答えない。
ルークはしばらくコウヤを見ていた。
「……そっか」
「何だよ」
「別に」
「何」
「じゃあ僕、クイントと結婚しようかな」
「…………」
コウヤが。
ゆっくり顔を上げた。
「……は?」
「だって」
「…………」
「コウヤ、このままでいいんでしょ?」
「いや」
「クイントから断られなかったら、僕には断る理由ないし」
「…………」
「父上も賛成してる」
「…………」
「ラウルとエルサイアにとっても悪い話じゃない」
「…………」
「クイント、可愛いし」
「おい」
「何?」
「…………」
「僕、何か変なこと言った?」
「言った」
「どこ?」
「最後」
「クイント可愛いよ?」
「知ってるよ!」
「…………」
「…………」
ルークが。
にやりと笑った。
「知ってるんだ?」
「…………」
「へえ」
「……うるせぇ!」
「ははっ」
ルークは楽しそうに笑った。
「じゃあさ」
「何だよ」
紅茶のカップを置く。
「早いところ告白した方がいいよ」
「…………」
「じゃないと」
「…………」
ルークが笑った。
「僕がクイント取っちゃうから」
「…………」
コウヤの顔が固まる。
「……お前」
「何?」
「本気?」
「どうだろうね」
「ルーク」
「でも」
少しだけ。
ルークの表情が真面目になる。
「クイントが僕を選んだら、僕はちゃんと大切にするよ」
「…………」
「友達だから適当に結婚するとか、そんなことはしない」
「……分かってるよ」
「うん」
「お前がそういう奴じゃないのも」
「じゃあ」
「…………」
「急いだ方がいいんじゃない?」
「…………」
コウヤが顔をしかめる。
「ずるくね?」
「何が?」
「お前」
「何で?」
「俺がお前に強く言えないの知ってて言ってるだろ」
「だって僕達、友達でしょ?」
「だからだよ!」
「なら忠告してあげてるんだよ」
「何を!」
「早くしないと取るよって」
「それ脅しだろ!」
「忠告」
「脅し!」
「忠告だよ」
「笑いながら言うな!」
ルークは肩を揺らして笑う。
「でもコウヤ」
「何だよ」
「僕に怒っても意味ないよ」
「…………」
「決めるのはクイントだから」
「……分かってる」
「なら言わないと」
「…………」
「僕よりコウヤがいいって、クイントに思ってもらわないと」
「…………」
その時。
「何の話?」
「…………」
「…………」
二人が固まった。
「ただいま」
「…………」
「何で黙るの?」
戻ってきたクイントが不思議そうに二人を見る。
「何でもない!」
「何でもないよ」
「コウヤ声大きい」
「うるせぇ!」
「何で怒られたの!?」
「クイント」
「何?」
「僕達、ちょっと大事な話してたんだ」
「ルーク!」
「大事な話?」
「うん」
「何の?」
「秘密」
「何それ!」
「コウヤに聞いて」
「お前な!」
「コウヤ?」
「俺に聞くな!」
「なんで!?」
クイントが眉を寄せる。
「二人とも怪しい」
「僕は何も怪しくないよ」
「じゃあ教えて」
「嫌」
「怪しいじゃん!」
「ははっ」
ルークは楽しそうに笑う。
その横で。
「…………」
コウヤだけが頭を抱えていた。
ルークがエルサイアへ来るまでは。
このままでもいいと思っていた。
クイントと話せる。
一緒に飯を食える。
くだらないことで喧嘩して。
次の日にはまた会える。
それだけで。
十分だと。
「コウヤ?」
「……何」
「大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
でも。
クイントが。
いつまでも。
自分の隣にいる保証なんて。
どこにもない。
「…………」
顔を上げる。
ルークと目が合った。
「…………」
ルークが。
クイントには見えないように。
口だけを動かす。
――早く。
「…………!」
コウヤが睨む。
ルークは涼しい顔で紅茶を飲んだ。
「本当に何なの、二人とも」
「何でもないよ」
「絶対嘘!」
「そのうち分かるって」
「だから何が!?」
「コウヤ次第かな」
「ルーク!!」
「なんでコウヤ次第なの!?」
「知らなくていい!」
「私の話じゃないでしょうね!?」
「…………」
「…………」
「何で二人とも黙るの!?」
その日の中庭は。
いつも以上に。
騒がしかった。