エマ   作:篠原えれの

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第十八話『縁談2』

 

 

 ラウルの使節団がエルサイアを訪れてから、三日目。

 

 ルークとクイントの縁談は、まだ正式な返事を出さないまま保留になっていた。

 

 そもそも、急いで決めるような話ではない。

 

 国家同士の婚姻ともなれば、本人たちの意思だけでなく、今後の外交や王位の扱い、互いの国でどのような立場を取るのかまで考えなければならない。

 

 アイザックもそれは承知しているらしく、親書には返答を急かすような文言は一つもなかった。

 

 だからクイントも、すぐに答えを出すつもりはなかった。

 

 ――少なくとも、コウヤはそう思っていた。

 

「ルーク殿下なら、相手として不足はないでしょう」

 

 午後。

 

 執務室の前を通りかかったコウヤは、扉の向こうから聞こえてきたギルの声に足を止めた。

 

「うん。それは私も思ってる」

 

 クイントの声。

 

 別に聞き耳を立てるつもりはなかった。

 

 ただ、自分の名前こそ出ていないものの、何の話をしているのかはすぐに分かってしまった。

 

「ラウルとの関係も良好です。アイザック王とも長い付き合いがある。何より、ルーク殿下の人柄を我々はよく知っている」

 

「そうだね」

 

「もちろん、陛下が望まないのであれば断って構いません」

 

「分かってるよ」

 

「政治的な理由だけで決める必要もないでしょう」

 

「うん」

 

 そこで一度、会話が途切れた。

 

 コウヤはその場を離れればよかった。

 

 これはクイントとギルの話だ。

 

 自分が盗み聞きしていいものではない。

 

 そう思うのに。

 

 足が動かなかった。

 

「……でもね、ギル」

 

「はい」

 

「私、ルークなら嫌じゃないよ」

 

「…………」

 

 胸の奥が、妙にざわついた。

 

「昔から知ってるし。信用できるし。一緒にいて嫌な人でもない」

 

「ええ」

 

「ラウルのことも知ってる。アイザック王だって信用してる」

 

「では、考えてみるおつもりですか?」

 

「……うん」

 

 短い返事だった。

 

 それだけだった。

 

「ちゃんと考えてみる」

 

 その言葉を聞いて。

 

 コウヤは音を立てないよう、そっと扉から離れた。

 

 ■

 

「…………」

 

 城の廊下を歩く。

 

 目的地なんてなかった。

 

 ただ、あの場所にはいたくなかった。

 

 ――僕がクイント取っちゃうから。

 

 昨日、ルークに言われた言葉が頭の中に蘇る。

 

「……本当に取る気じゃねぇか」

 

 思わず呟いた。

 

 けれど、すぐに自分でも違うと思った。

 

 ルークは何も悪くない。

 

 むしろ、わざわざ忠告してくれたのだ。

 

 クイントとの縁談を隠すこともしなかった。

 

 自分がクイントを好きだと知っても、笑いながら背中を押してくれた。

 

 それに。

 

 クイントがルークを選ぶのなら、ルークはきっと大切にする。

 

 それをコウヤ自身が一番よく知っていた。

 

 だからこそ。

 

「……嫌だな」

 

 ぽつりと漏れた。

 

 クイントがルークと並ぶところを想像する。

 

 似合わないとは思わなかった。

 

 王と王子。

 

 国同士の関係も良い。

 

 二人は昔から仲がいい。

 

 ルークならクイントを理解してくれるだろう。

 

 きっと喧嘩をしても、コウヤのように何年も意地を張ったりしない。

 

 それでも。

 

「嫌だ」

 

 今度は、はっきり口にした。

 

 誰に聞かせるわけでもない。

 

 自分自身に認めるためだけに。

 

 クイントが誰かのものになるのは嫌だった。

 

 ■

 

「父さん」

 

「ん?」

 

 その日の夜。

 

 仕事を終えたギルが顔を上げると、部屋の入口にコウヤが立っていた。

 

「どうした?」

 

「ちょっといい?」

 

「ああ」

 

 ギルは読んでいた書類を閉じた。

 

「座れ」

 

「うん」

 

 コウヤが向かいの椅子に座る。

 

 しかし。

 

 何も言わない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「コウヤ」

 

「何?」

 

「話があるのではなかったのか?」

 

「あるよ」

 

「なら話せ」

 

「……今考えてる」

 

「何をだ」

 

「どう言えばいいのか」

 

「…………」

 

 ギルは急かさず待った。

 

 しばらくして。

 

 ようやくコウヤが口を開く。

 

「クイントに縁談来てるの、知ってる?」

 

「ああ」

 

「ルークとの」

 

「知っている」

 

「どう思う?」

 

「どう、とは?」

 

「……いいと思う?」

 

「そうだな」

 

 ギルは少し考えてから頷いた。

 

「悪い話ではない」

 

「…………」

 

「ルーク殿下の人柄は分かっている。アイザック王も信用できる。国家間の関係という意味でも、エルサイアにとって不利益になる婚姻ではないだろう」

 

「……そっか」

 

「何だ?」

 

「別に」

 

「…………」

 

 俯いたコウヤを、ギルはしばらく眺めていた。

 

「嫌なのか?」

 

「…………」

 

「クイントがルーク殿下と結婚するのが」

 

「…………」

 

 答えない。

 

 けれど。

 

 それだけで十分だった。

 

「嫌なら、そう言えばいい」

 

「誰に?」

 

「クイントにだ」

 

「……無理だよ」

 

「何故だ?」

 

「だって」

 

 コウヤは膝の上で手を握った。

 

「俺にそんなこと言う権利ないだろ」

 

「何故ない?」

 

「父さん分かってるだろ」

 

「何をだ」

 

「俺、あいつとずっと……」

 

 そこまで言って。

 

 言葉が詰まった。

 

 エマがいなくなったあと。

 

 二人とも酷い状態だった。

 

 喧嘩をした。

 

 傷つけた。

 

 意地を張った。

 

 そして。

 

 気付けば、顔を合わせても話さなくなっていた。

 

 そんな状態が長く続いた。

 

 ようやく。

 

 本当にようやく。

 

 今は普通に話せる。

 

「やっと戻ったんだよ」

 

「…………」

 

「普通に話せるようになって。飯食って。くだらないことで喧嘩して」

 

「ああ」

 

「今は……楽なんだ」

 

「そうか」

 

「だから」

 

 コウヤが唇を噛む。

 

「また変なことして、壊したくない」

 

「…………」

 

 ギルはすぐには答えなかった。

 

 コウヤの言葉を一度受け止めて。

 

 それから静かに口を開く。

 

「一つ、勘違いしているな」

 

「何が?」

 

「お前だけが壊したわけではない」

 

「…………」

 

「あの頃のお前たちは、二人とも余裕がなかった」

 

「でも」

 

「お前とクイントは二人で喧嘩したんだろう」

 

「…………」

 

「ならば、何故お前一人だけが責任を負う」

 

「…………」

 

 コウヤは何も言えなかった。

 

「それに」

 

「何?」

 

「今のお前たちは、以前のお前たちとは違う」

 

「…………」

 

「一度壊れたからこそ、分かったこともあるのではないか?」

 

「……あるけど」

 

「なら、それでいい」

 

「簡単に言うなよ」

 

「簡単だとは言っていない」

 

 ギルは少し笑った。

 

「怖いなら怖いまま話せばいい」

 

「…………」

 

「上手く言えなくても構わん」

 

「…………」

 

「ただし、何も言わないまま後悔するな」

 

「…………」

 

 コウヤが顔を上げる。

 

「クイントが誰を選ぶかは、クイントが決める」

 

「……うん」

 

「ルーク殿下を選ぶかもしれない」

 

「…………」

 

「お前を選ぶかもしれない」

 

「…………」

 

「だが、お前が何も伝えなければ、あの子にはお前を選ぶ機会すらない」

 

「…………」

 

 その言葉は。

 

 思った以上に深く刺さった。

 

「……父さん」

 

「何だ」

 

「こういう時だけまともなこと言うのやめてくれない?」

 

「どういう意味だ」

 

「余計逃げられなくなる」

 

「逃げるつもりだったのか?」

 

「……ちょっとだけ」

 

「なら丁度いい」

 

「…………」

 

 コウヤが大きく息を吐いた。

 

「ルークにも似たようなこと言われた」

 

「そうか」

 

「早く告白しないと僕がクイント取っちゃうから、って」

 

「…………」

 

 ギルが一瞬黙った。

 

「ルーク殿下らしいな」

 

「笑い事じゃねぇよ」

 

「良い友人ではないか」

 

「……それはそうだけど」

 

「なら、友人の忠告は聞いておけ」

 

「父さんまでルークの味方かよ」

 

「私はクイントの味方だ」

 

「…………」

 

「そして、お前の父親だ」

 

「…………」

 

「だから言っている」

 

「……分かったよ」

 

 コウヤが立ち上がる。

 

「話してくる」

 

「今からか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「明日」

 

「コウヤ」

 

「分かってるって!」

 

「本当か?」

 

「明日! 絶対明日!」

 

「そうか」

 

「……多分」

 

「コウヤ」

 

「明日!!」

 

 逃げるように部屋を出ていく。

 

 閉じた扉を見ながら。

 

 ギルは小さく笑った。

 

「まったく……」

 

 ■

 

 翌日。

 

「言った?」

 

「…………」

 

 朝食の席。

 

 向かいに座ったルークから開口一番そう聞かれて。

 

 コウヤはパンを持ったまま固まった。

 

「何を」

 

「告白」

 

「朝からその話すんなよ!」

 

「してないんだ」

 

「…………」

 

「昨日あれだけ言ったのに」

 

「うるせぇ」

 

「いつ言うの?」

 

「今日」

 

「本当に?」

 

「本当だよ」

 

「へえ」

 

「何だよ、その顔」

 

「いや」

 

「何」

 

「昨日も同じこと考えてたんじゃないかなって」

 

「…………」

 

「図星?」

 

「うるせぇな!」

 

「ははっ」

 

 ルークは楽しそうに笑った。

 

 コウヤは腹立ち紛れにパンを齧る。

 

「でも」

 

「何だよ」

 

「僕、明後日にはラウルへ帰るよ」

 

「知ってる」

 

「だから帰る前に、クイントから縁談の返事を聞こうかな」

 

「…………」

 

 パンを噛む動きが止まった。

 

「お前」

 

「何?」

 

「ちょっと待て」

 

「何で?」

 

「何でって」

 

「僕だって父上に報告しないといけないし」

 

「それは分かるけど!」

 

「じゃあ今日中だね」

 

「…………」

 

「頑張って」

 

「他人事みたいに言いやがって……」

 

「他人事じゃないよ」

 

「どこが」

 

「僕、縁談相手だよ?」

 

「余計腹立つな!」

 

「ははっ」

 

 その時。

 

「おはよう」

 

 聞き慣れた声。

 

「…………!」

 

「おはよう、クイント」

 

「おはよ。二人とも早いね」

 

「ルークが朝からうるさいんだよ」

 

「何の話してたの?」

 

「コウヤの――」

 

「何でもない!」

 

「…………」

 

 クイントが目を丸くする。

 

「また?」

 

「何が」

 

「私が来ると毎回話やめるじゃん」

 

「気のせい」

 

「絶対違う」

 

「違うって」

 

「ルーク?」

 

「僕からは言えないかな」

 

「ほら! 何かある!」

 

「ルーク!」

 

「僕、何も言ってないよ」

 

「言ってるようなもんだろ!」

 

「何なの二人とも!」

 

 騒がしい朝だった。

 

 けれど。

 

 コウヤだけは。

 

 昨日までとは少し違っていた。

 

 クイントが席につく。

 

 いつものようにパンを取る。

 

 ルークと話して。

 

 笑って。

 

 自分にも話を振ってくる。

 

 そんな。

 

 何でもない姿を見ながら。

 

「…………」

 

 コウヤは決めた。

 

 怖い。

 

 今の関係が壊れるのは。

 

 やっぱり怖い。

 

 それでも。

 

 何も言わないまま。

 

 誰かの隣へ行くクイントを見送る方が。

 

 きっと。

 

 もっと嫌だった。

 

 ■

 

「クイント」

 

「ん?」

 

 夕方。

 

 仕事を終えて部屋へ戻ろうとしていたクイントを、コウヤが呼び止めた。

 

「今日、時間ある?」

 

「あるけど」

 

「ちょっと付き合って」

 

「どこに?」

 

「……その辺」

 

「その辺ってどこ?」

 

「どこでもいい」

 

「何それ」

 

 クイントが笑う。

 

「いいよ」

 

「…………」

 

「行こ?」

 

「うん」

 

 二人で城を出た。

 

 特別な場所を選んだわけではない。

 

 城から少し離れた、街を見渡せる丘。

 

 復興したエルサイアの灯りが、一つ、また一つと点き始めていた。

 

「綺麗になったね」

 

「うん」

 

「昔はここから見ても暗かったのに」

 

「そうだな」

 

「お店も増えたし」

 

「酒場も増えた」

 

「ライベルト喜んでるね」

 

「あいつ昼から飲んでるだろ」

 

「ふふっ」

 

「笑い事じゃねぇよ」

 

「でも元気ならいいじゃん」

 

「まあな」

 

 いつも通り。

 

 普通に話せる。

 

 だから。

 

 余計に言いづらい。

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「ん?」

 

「今日変じゃない?」

 

「変じゃない」

 

「変だよ」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「…………」

 

「何かあった?」

 

「何も」

 

「じゃあ何で呼び出したの?」

 

「…………」

 

 逃げ道がなくなった。

 

「コウヤ?」

 

「…………」

 

「本当に大丈夫?」

 

「クイント」

 

「何?」

 

「俺さ」

 

「うん」

 

「…………」

 

「何?」

 

 言え。

 

 そう思う。

 

 なのに。

 

 口が動かない。

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「……ルーク」

 

「ルーク?」

 

「縁談」

 

「ああ……」

 

 クイントの表情が少し変わった。

 

「それがどうしたの?」

 

「考えてるって聞いた」

 

「…………」

 

「ごめん。父さんと話してるの聞こえた」

 

「そっか」

 

「盗み聞きするつもりじゃなかった」

 

「別に怒ってないよ」

 

「…………」

 

「それで?」

 

「…………」

 

 コウヤは拳を握った。

 

「嫌なんだよ」

 

「何が?」

 

「お前がルークと結婚するの」

 

「…………」

 

 クイントが黙った。

 

「ルークが嫌いなわけじゃない」

 

「うん」

 

「むしろ好きだよ。友達だし。いい奴なのも知ってる」

 

「うん」

 

「だから余計嫌なんだ」

 

「……何で?」

 

「…………」

 

 もう。

 

 ここまで来たら。

 

 言うしかなかった。

 

「好きなんだよ」

 

「…………」

 

 クイントが瞬きをする。

 

「……え?」

 

「だから」

 

 顔が熱い。

 

 逃げたい。

 

 でも。

 

 逃げるなと言われた。

 

「俺、お前が好きなんだよ」

 

「…………」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

「ずっとかは分かんねぇ」

 

「…………」

 

「いつからとかも知らない」

 

「…………」

 

「でも今は好きだ」

 

「…………」

 

「だから」

 

 一度。

 

 息を吸う。

 

「ルークと結婚してほしくない」

 

「…………」

 

 クイントは。

 

 何も言わなかった。

 

「…………」

 

 数秒が。

 

 恐ろしく長く感じる。

 

「……何か言ってくれよ」

 

「…………」

 

「クイント」

 

「遅い」

 

「……え?」

 

「遅いよ、コウヤ」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 笑った。

 

 少し困ったような。

 

 でも。

 

 嬉しそうな顔で。

 

「もっと早く言ってよ」

 

「…………」

 

「私、ずっと分かんなかったんだから」

 

「何が?」

 

「コウヤが私のことどう思ってるのか」

 

「…………」

 

「昔みたいに戻れただけでいいのかなって」

 

「…………」

 

「私だけ、まだ好きだったら嫌だなって」

 

「…………」

 

 今度は。

 

 コウヤが固まった。

 

「……今なんて?」

 

「言わない」

 

「いや、言っただろ」

 

「言ってない」

 

「好きって」

 

「言ってない」

 

「言った!」

 

「知らない」

 

「クイント!」

 

「ふふっ」

 

 笑って。

 

 クイントが少しだけ近づく。

 

「私も」

 

「…………」

 

「コウヤが好きだよ」

 

「…………」

 

 今度こそ。

 

 何も言えなくなった。

 

「何その顔」

 

「……いや」

 

「何?」

 

「マジで?」

 

「嘘ついてどうするの」

 

「…………」

 

「それに」

 

「何?」

 

「ルークとの縁談、まだ受けるって言ってないよ」

 

「知ってる」

 

「ちゃんと考えようとは思ってた」

 

「うん」

 

「でも」

 

「…………」

 

「これで答え決まった」

 

「…………」

 

 クイントが笑う。

 

「断る」

 

「……いいの?」

 

「何で告白した本人がそれ聞くの?」

 

「いや」

 

「私が決めたの」

 

「…………」

 

「だからいい」

 

「そっか」

 

「うん」

 

 しばらく。

 

 二人とも何も言わなかった。

 

 ただ。

 

 隣に立って。

 

 復興した街を眺める。

 

「……なあ」

 

「何?」

 

「これって」

 

「うん」

 

「俺ら、付き合ってる?」

 

「…………」

 

 クイントが吹き出した。

 

「何でそこで確認するの!」

 

「だって分かんねぇだろ!」

 

「今お互い好きって言ったじゃん!」

 

「それとこれとは別だろ!」

 

「別じゃないよ!」

 

「じゃあ付き合ってんの?」

 

「付き合ってる!」

 

「そっか」

 

「何なのもう!」

 

「いや……」

 

 コウヤが。

 

 ようやく笑った。

 

「よかった」

 

「…………」

 

 クイントも。

 

 少しだけ頬を赤くして。

 

「うん」

 

 笑った。

 

 ■

 

 翌日。

 

「ルーク」

 

「ん?」

 

 帰国の準備をしていたルークを、クイントが呼び止めた。

 

「縁談のことなんだけど」

 

「ああ」

 

 ルークは手を止める。

 

「決めた?」

 

「うん」

 

「そっか」

 

「ごめん」

 

「…………」

 

 それだけで。

 

 答えは分かった。

 

「断る?」

 

「うん」

 

「分かった」

 

「……怒らない?」

 

「何で?」

 

「せっかくアイザック王が話を持ってきてくれたのに」

 

「父上も強制するつもりはないよ」

 

「でも」

 

「それに」

 

 ルークが。

 

 少し笑う。

 

「理由、何となく分かるから」

 

「…………」

 

「ねえ、コウヤ」

 

「…………!」

 

 少し離れた場所にいたコウヤが固まる。

 

「何だよ」

 

「遅かったね」

 

「…………」

 

「何が?」

 

 クイントが首を傾げる。

 

「ルーク」

 

「何?」

 

「余計なこと言うなよ」

 

「昨日?」

 

「お前!」

 

「昨日何かあったの?」

 

「何でもない!」

 

「告白したんでしょ?」

 

「ルーク!!」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 ゆっくりコウヤを見る。

 

「……なんでルークが知ってるの?」

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「いや」

 

「何?」

 

「…………」

 

「僕が早く告白しろって言ったから」

 

「お前黙れ!」

 

「えっ?」

 

「それでも全然言わないから」

 

「ルーク!」

 

「早いところ告白しないと僕がクイント取っちゃうからって」

 

「…………」

 

 クイントの目が丸くなる。

 

「そうなの?」

 

「…………」

 

「コウヤ」

 

「…………まあ」

 

「それで昨日?」

 

「それだけじゃねぇよ!」

 

「へえ」

 

「何だよ、その顔!」

 

「別に?」

 

「絶対何か思ってるだろ!」

 

「ふふっ」

 

 クイントが笑う。

 

「ルーク」

 

「何?」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「お前ら勝手に話まとめるなよ!」

 

「だって」

 

「何だよ!」

 

「コウヤ一人だったら、まだ言ってなさそうだし」

 

「…………」

 

「否定できないんだ?」

 

「うるせぇ!」

 

 ルークが笑う。

 

 クイントも笑う。

 

 そして。

 

 少し遅れて。

 

「……ったく」

 

 コウヤも笑った。

 

 長い間。

 

 止まっていたものが。

 

 ようやく。

 

 ほんの少しだけ。

 

 先へ進み始めていた。

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