エマ   作:篠原えれの

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第二十一話『ずっと隣に』

 

 シュテーがエルサイア王国日本支部で新しい生活を始めた頃。

 

 エルサイア城では、別の話が持ち上がっていた。

 

 国家の危機でもなければ、怪異が現れたわけでもない。

 

 けれどクイントにとっては、それなりに頭を悩ませる問題だった。

 

「結婚?」

 

 クイントは手にしていた書類から顔を上げた。

 

「はい」

 

 目の前に立つ臣下が頷く。

 

「陛下もご即位から随分と経ちました。以前の縁談については白紙となりましたが、今後を考えれば、そろそろ正式にお考えいただいた方がよろしいかと」

 

「待って」

 

「はい」

 

「また縁談?」

 

「いえ。今回は特定のお相手がいるという話ではありません」

 

「…………」

 

「ですが、王家の今後を考えれば、いつまでも先延ばしにできることではありませんので」

 

「…………」

 

 クイントは小さく息を吐いた。

 

「やっと終わったと思ったのに……」

 

「陛下?」

 

「何でもない」

 

 以前持ち上がった、ラウル王国の王子ルークとの縁談。

 

 結局、あの話がまとまることはなかった。

 

 その代わりに。

 

 長い間、曖昧なままだったコウヤとの関係が変わった。

 

「……結婚か」

 

 口にしてみる。

 

 付き合うことになった時とは、また違う。

 

 妙に現実味のある言葉だった。

 

 ◇

 

「――って言われた」

 

「…………」

 

 その日の夕方。

 

 クイントの私室で話を聞いたコウヤは、分かりやすく固まっていた。

 

「何その顔」

 

「いや……」

 

「何?」

 

「また縁談かと思った」

 

「私も最初そう思った」

 

「違うんだよな?」

 

「違う。ただ、そろそろ結婚を考えろって」

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「……そっか」

 

「何?」

 

「いや」

 

「何かあるでしょ」

 

「ないって」

 

「ある」

 

「ない」

 

「じゃあこっち見て」

 

「…………」

 

「ほら」

 

「めんどくせぇな」

 

「今めんどくさいって言った?」

 

「言ってない」

 

「言った」

 

 付き合うようになっても、二人の関係は思ったほど変わらなかった。

 

 昔からコウヤはクイントの部屋へ来ていた。

 

 食事をすることもあれば、くだらない話をして一日を終えることもある。

 

 恋人になったからといって、突然別人になるわけではなかった。

 

「…………」

 

 クイントは、じっとコウヤを見る。

 

「何だよ」

 

「結婚したくない?」

 

「は!?」

 

「声大きい」

 

「お前が急に変なこと聞くからだろ!」

 

「変じゃないでしょ。今その話してたんだから」

 

「だからって……」

 

「したくないなら別にいいけど」

 

「誰がしたくないって言った!?」

 

「じゃあ、したい?」

 

「…………」

 

 コウヤが止まった。

 

「コウヤ?」

 

「お前さ……」

 

「うん」

 

「こういうのって、もうちょっと雰囲気とかあるだろ」

 

「知らない」

 

「だろうな!」

 

「じゃあ、したいの?」

 

「…………」

 

 コウヤは片手で顔を覆った。

 

「なんで俺が追い詰められてんだよ……」

 

「質問に答えないから」

 

「…………したいよ」

 

「聞こえない」

 

「結婚したい!」

 

「声大きいって」

 

「お前のせいだろ!」

 

 クイントが笑った。

 

 それを見て、コウヤはますます不満そうな顔をする。

 

「絶対遊んでるだろ」

 

「ちょっとだけ」

 

「最悪」

 

「でも」

 

「何だよ」

 

「私もしたい」

 

「…………」

 

 今度こそ。

 

 コウヤが完全に黙った。

 

「……クイント」

 

「何?」

 

「それ、本気?」

 

「本気だけど」

 

「…………」

 

「何その顔」

 

「いや……」

 

「嬉しくない?」

 

「嬉しいに決まってんだろ」

 

 コウヤはそう言ったあと、しばらく黙り込んだ。

 

 やがて何かを決めたように立ち上がる。

 

「……でも、それじゃ駄目だ」

 

「何が?」

 

「俺から言う」

 

「今言ったじゃん」

 

「そういう意味じゃなくて!」

 

「?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

「どこ行くの?」

 

「いいから!」

 

「今?」

 

「今!」

 

「…………?」

 

 そのままコウヤは部屋を飛び出していった。

 

「何なの……」

 

 残されたクイントは、不思議そうに首を傾げた。

 

 ◇

 

「父さん」

 

「どうした」

 

 ギルは、突然やって来た息子を見る。

 

 珍しく落ち着きがない。

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「その……」

 

「何だ」

 

「クイントと結婚したい」

 

「そうか」

 

「…………」

 

「…………」

 

「それだけ?」

 

「他に何がある」

 

「もうちょっと驚けよ!」

 

「いずれそうなると思っていた」

 

「みんなそれ言うな!」

 

 ギルは小さく笑った。

 

「それで、私に何を聞きに来た?」

 

「…………」

 

 コウヤは少しだけ真面目な顔になった。

 

「ちゃんと、俺から言いたい」

 

「ああ」

 

「さっき話の流れで結婚したいって言っちまったけど」

 

「それでは不満か?」

 

「不満っていうか……」

 

 コウヤは頭を掻いた。

 

「一回くらい、ちゃんとしたいんだよ」

 

「…………」

 

「ずっと一緒にいたからさ」

 

 幼い頃から、クイントは近くにいた。

 

 近すぎたからこそ。

 

 それが当たり前になっていた時期もあった。

 

 喧嘩をした。

 

 意地を張った。

 

 十年もの間、まともに言葉を交わさなかった。

 

 それでも結局。

 

 気がつけば、また隣にいた。

 

「付き合う時だって、ルークに尻叩かれてやっとだったし」

 

「そうだな」

 

「知ってたのかよ」

 

「大体は」

 

「……恥ずかしいな」

 

 ギルは穏やかに笑った。

 

「なら、自分で考えればいい」

 

「え?」

 

「クイントが何を喜ぶか、一番よく知っているのはお前だろう」

 

「…………」

 

「私が教えることではない」

 

「…………そっか」

 

「ああ」

 

「分かった」

 

 コウヤが頷く。

 

「ありがとう、父さん」

 

「コウヤ」

 

「ん?」

 

「一つだけ」

 

「何?」

 

「余計なことを考えすぎるな」

 

「…………」

 

「お前たちらしくやればいい」

 

「……うん」

 

 ◇

 

 数日後。

 

「クイント」

 

「何?」

 

「今日、時間ある?」

 

「あるけど」

 

「ちょっと来て」

 

「どこに?」

 

「いいから」

 

「最近それ多くない?」

 

「いいから!」

 

 連れていかれたのは、城の外だった。

 

 豪華な店でもない。

 

 大勢の人間が待っているわけでもない。

 

 何か特別な催しが用意されているわけでもなかった。

 

 ただ。

 

 昔、二人がよく一緒に過ごした場所だった。

 

「ここ?」

 

「うん」

 

「何で?」

 

「…………」

 

 コウヤが黙る。

 

「コウヤ?」

 

「ちょっと待て」

 

「何を?」

 

「心の準備」

 

「…………」

 

「笑うなよ」

 

「まだ笑ってない」

 

「顔が笑ってる!」

 

「だって緊張しすぎ」

 

「仕方ないだろ!」

 

「私相手なのに?」

 

「お前相手だからだよ!」

 

 思わず声を上げて。

 

 コウヤは深く息を吐いた。

 

「……クイント」

 

「うん」

 

「俺さ」

 

「うん」

 

「昔、お前とずっと一緒にいるんだと思ってた」

 

「…………」

 

「何となく」

 

「私も」

 

「でも、色々あって」

 

「うん」

 

「喧嘩して、口も利かなくなって」

 

「長かったね」

 

「長かったな」

 

「コウヤが意地張るから」

 

「お前もだろ」

 

「私は悪くない」

 

「そういうとこだぞ」

 

「何?」

 

「……いや」

 

 コウヤが笑う。

 

 クイントもつられて笑った。

 

「でも」

 

 コウヤは続けた。

 

「結局、また一緒にいる」

 

「そうだね」

 

「だったらさ」

 

「うん」

 

 今度は逃げなかった。

 

 照れ隠しに視線を逸らすこともせず。

 

 真っ直ぐ、クイントを見る。

 

「これからも、ずっと一緒にいよう」

 

「…………」

 

「俺と結婚してください」

 

 クイントは少しだけ目を見開いた。

 

 数日前。

 

 似たような話はしている。

 

 お互いに結婚したいことだって分かっている。

 

 答えなんて、とっくに決まっていた。

 

 それでも。

 

 改めて言われると、不思議と胸がいっぱいになった。

 

「…………はい」

 

 クイントが笑う。

 

「よろしくお願いします」

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「よかった……」

 

「断ると思ってたの?」

 

「思ってないけど!」

 

「じゃあ何?」

 

「緊張するだろ、普通!」

 

「ふふっ」

 

「笑うなって」

 

「ごめん」

 

 そう言いながら。

 

 クイントはコウヤの手を取った。

 

「帰ろうか」

 

「もう?」

 

「みんなに報告しないと」

 

「……父さんにはもう言った」

 

「え?」

 

「相談した」

 

「先に?」

 

「いいだろ別に!」

 

「ふうん」

 

「何だよ」

 

「何でもない」

 

 クイントが楽しそうに歩き出す。

 

 コウヤも、その隣を歩く。

 

 昔から。

 

 何度もそうしてきたように。

 

 喧嘩をして。

 

 離れて。

 

 十年もの間、まともに言葉すら交わせなくなって。

 

 それでも。

 

 もう一度、隣へ戻ってきた。

 

 だから今度こそ。

 

 この先もずっと、こうして歩いていけるのだと。

 

 二人とも。

 

 当たり前のように、そう思っていた。

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