結婚式の朝。
エルサイア城は、いつもよりずっと騒がしかった。
城内を行き交う人々の足音。次々と運び込まれる料理や酒。式場では最後の確認が続き、遠方から訪れた客人たちも次々と城へ入ってくる。
国王クイントの婚礼ともなれば、静かに済ませられるはずもない。
もっとも。
当の本人は、朝からすでに飽き始めていた。
「……まだ?」
「まだです」
「さっきも聞いた」
「まだです」
「もうこれでよくない?」
「よくありません」
鏡の前に座らされたクイントは、不満そうに頬を膨らませた。
髪を整えられ、化粧を施され、婚礼用の衣装を身につけて。
ようやく終わったと思えば、今度は細かな装飾品の位置を直されている。
「動かないでください」
「動いてないよ」
「動いています」
「ちょっと首傾けただけじゃん」
「傾けないでください」
「…………」
クイントは諦めた。
その様子を、少し離れたところから見ていたミリィが小さく笑う。
「ミリィ」
「はい?」
「助けて」
「嫌です」
「即答?」
「せっかく綺麗にしていただいているんですから、大人しくしていてください」
「もう十分じゃない?」
「まだです」
「ミリィまでそっち側……」
神精霊ミリィ。
クイントが王となった頃から、その歩みを見守ってきた存在である。
そんなミリィにまで味方をしてもらえず、クイントは鏡の前で肩を落とした。
「でも」
ミリィがクイントを見る。
「本当に綺麗ですよ」
「…………」
「きっとコウヤも驚きます」
「そうかな」
「はい」
「…………そっか」
クイントは改めて鏡を見る。
そこに映っているのは、いつもの自分とはまるで違う姿だった。
今日。
コウヤと結婚する。
昨日までだって分かっていた。
自分たちで決めたのだから当然だ。
けれど、こうして婚礼衣装を身につけてみると。
ようやく実感が追いついてきた。
「……変な感じ」
「緊張していますか?」
「それとはちょっと違うかな」
「では?」
「本当に結婚するんだなって」
「今さらですか?」
「今さらだからかも」
ミリィは笑った。
「クイントらしいですね」
「どういう意味?」
「そのままの意味です」
「絶対何か含んでる」
「気のせいですよ」
クイントが何か言おうとしたところで。
扉が叩かれた。
「クイント」
「…………!」
よく知っている声だった。
「お父さん?」
「ああ」
扉が開く。
入ってきたギルは、クイントを見た瞬間。
足を止めた。
「…………」
「何?」
「…………」
「お父さん?」
「ああ」
「変?」
「いや」
「じゃあ何?」
ギルはしばらく何も言わなかった。
幼かった頃を知っている。
自分の手を握って歩いていた、小さな少女を知っている。
血の繋がりはない。
それでも。
ギルにとってクイントは、ずっと娘だった。
「大きくなったと思ってな」
「何それ」
クイントが笑った。
「私、もう結構前から大人だよ」
「私にとっては、そうでもない」
「…………」
クイントの表情が少しだけ柔らかくなる。
「お父さん」
「何だ」
「似合ってる?」
「ああ」
「本当に?」
「綺麗だよ」
「…………」
今度はクイントが黙った。
「……そっか」
「ああ」
「ありがとう」
照れたように笑う。
そのやり取りを見ていたミリィも、どこか嬉しそうだった。
「ギル」
「何だ?」
「クイントをお願いします」
「ああ」
「ちょっと待って」
クイントが二人を見る。
「何その会話」
「何でもありませんよ」
「何でもない」
「絶対何かあるでしょ」
「そろそろ時間です」
「誤魔化した」
「行くぞ、クイント」
「お父さんまで!」
文句を言いながらも。
差し出されたギルの手を見たクイントは、少しだけ黙った。
「……懐かしい」
「何がだ?」
「こうやって、お父さんと手を繋ぐの」
「…………」
「小さい頃、よくやってたでしょ」
「ああ」
「怖いところ行く時とか」
「すぐに握ってきたな」
「だって、お父さんがいたら大丈夫だったもん」
「…………」
ギルは何も言わず。
クイントの手を握り返した。
「行こ」
「ああ」
◇
同じ頃。
別室では。
「父さん」
「何だ」
「……これ、変じゃない?」
「変ではない」
「本当に?」
「ああ」
「…………」
「…………」
「父さん」
「何だ」
「襟――」
「曲がっていない」
「まだ何も言ってねぇよ」
「さっきからそこばかり触っている」
「…………」
コウヤが手を下ろす。
「落ち着け」
「落ち着いてる」
「そうは見えん」
「…………」
コウヤは鏡を見る。
そして小さく息を吐いた。
「……そんな落ち着いてない?」
「ああ」
「マジか」
「緊張しているのか?」
「そりゃするだろ。今日結婚すんだぞ」
「そうだな」
「…………」
「…………」
「父さん」
「今度は何だ」
「クイント、どうしてるかな」
「さっき見てきた」
「え」
「綺麗だったぞ」
「…………」
「何だ」
「先に見るなよ!」
「何故だ」
「俺まだ見てねぇのに!」
「そう言われてもな」
「何だよそれ……」
ギルが小さく笑った。
「……妙な気分だな」
「何が?」
「お前とクイントが結婚することがだ」
「…………」
コウヤが振り返る。
「嫌なの?」
「まさか」
即答だった。
「お前は私の実の息子だ」
「うん」
「クイントも、血は繋がっていないが、私の娘だ」
「……うん」
「その二人が結婚する。父親として、どちらの側にいればいいものかと思ってな」
「両方でいいんじゃねぇの?」
「両方?」
「だって両方父さんの子供なんだろ」
「…………」
「なら両方でいいだろ」
「……そうだな」
ギルは笑った。
惑星ストリジアでは、二人の関係はそれほど奇異なものではなかった。
長く戦争を繰り返してきたこの星では、血縁のない子供を家族として引き取ることは珍しくない。
戦争で親を失った子。
帰らなかった戦友の子。
故郷を失った子。
様々な事情から、一つの家へ集まった者たちが家族となる。
だからといって、共に育った者が必ず兄弟姉妹になるわけでもなかった。
家族としての関係は、一つではない。
クイントにとってギルは父親だ。
コウヤにとってもギルは父親だ。
けれど。
クイントはコウヤを兄弟だと思っていない。
コウヤもクイントを姉妹だと思っていない。
幼い頃から。
二人の間にあった関係は、そういうものではなかった。
血の繋がりがなく。
互いを兄弟姉妹として認識していない二人が、やがて互いを伴侶として選ぶ。
ストリジアでは、あり得ない話ではない。
近年。
その感覚は、地球にも少しずつ入り込み始めていた。
もちろん、地球では今なお抵抗を覚える者もいる。
だが地球もまた、以前とは違う。
異世界との接触。
戦争。
怪異。
それらがもたらした数々の事件。
血縁だけでは説明できない家族が、珍しいものではなくなりつつあった。
良くも悪くも。
地球も随分とストリジアに毒されている。
「で、父さん」
「何だ」
「俺、本当に変じゃない?」
「まだ言うのか」
「最後に!」
「変ではない」
「本当に?」
「ああ」
「…………よし」
「やっと納得したか」
「たぶん」
「たぶんか」
◇
その頃。
エルサイア城の入口では。
一人の少年が、城を見上げて固まっていた。
「…………でか」
「城だからな」
隣に立っていたティオが笑う。
「先生」
「ん?」
「俺、本当に入っていいの?」
「いいから連れてきたんだろ」
「でも俺、結婚する人たち知らないし」
「これから知ればいい」
「王様なんだろ?」
「ああ」
「…………帰っちゃ駄目?」
「駄目」
「即答……」
少年は肩を落とした。
「心配すんな、シュテー」
横から広重が口を挟む。
「ティー坊の知り合いなんざ、大概変な奴ばっかだ」
「広重」
「なんだよ」
「安心させる気ある?」
「あるぞ?」
「俺ちょっと安心した」
「ほらな」
「何でだよ……」
「ティー坊」
「お前はその呼び方やめろ」
「先生、ティー坊って呼ばれてるんだ」
「シュテー、そこ覚えなくていい」
「覚えとこ」
「覚えるな!」
「いつまで入口で騒いでいるんですか」
キリナが呆れたように振り返った。
「遅れますよ」
「分かってる。行くぞ、シュテー」
「……うん」
シュテーが歩き出したところで。
後ろから煙草の匂いがした。
「お前ら、入口塞いでんぞ」
「あ、ライベルト」
「遅いぞ」
「お前に言われたくねぇよ、広重」
「今来たんだろ?」
「そうだけど」
白衣ではなく、今日はさすがに婚礼に合わせた服装だった。
ただし。
眼鏡はいつも通り。
そして片手には煙草。
「……吸いながら来たの?」
「何だよ」
「いや、別に」
「お前誰?」
ライベルトがシュテーを見る。
「シュテー・イデアール・ウングリュック」
「…………」
「…………」
「長ぇな」
「だからシュテーって呼んで」
「分かった」
「即決だな」
「長いからな」
「先生までそう言うんだよ」
「事実だろ」
「みんな酷くない?」
ライベルトは少し笑った。
「まあよろしく、シュテー」
「うん」
「ライベルト」
「何だよ」
「王の結婚式なんだから煙草くらい消せよ」
「中入ったら消す」
「最初から消しとけ」
「めんどくせぇな、それ」
「お前な……」
広重が笑う。
シュテーもつられて笑った。
ティオだけが頭を抱えていた。
◇
式の前。
クイントたちのもとへ、ティオたちが顔を出した。
「ティー君!」
「久しぶり、クイント」
「広重も。キリナも、ライベルトも来てくれたんだ」
「当たり前だろ」
「ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとう、キリナ」
「おめでとう、クイント」
「ありがとう、ライベルト」
ライベルトは婚礼衣装のクイントを上から下まで眺めた。
「へえ」
「何?」
「似合ってるじゃん」
「本当?」
「ああ。ちゃんと王様に見える」
「そこ?」
「冗談だ」
「もう」
クイントが笑う。
それから。
ティオの少し後ろにいる少年に気づいた。
「ところでティー君」
「ん?」
「その子は?」
「ああ」
ティオが振り返る。
「シュテー」
「…………」
「ほら、挨拶」
「……うん」
シュテーがおずおずと前へ出た。
「シュテー・イデアール・ウングリュック」
「…………」
「…………長い!」
「みんなそれ言う」
「ごめん」
「シュテーって呼んで」
「分かった。私はクイント」
「知ってる」
「知ってるんだ」
「先生に聞いた。王様なんだろ?」
「ああ――」
「シュテー」
ティオの声が低くなった。
「何?」
「陛下」
「…………」
「こういう場所では陛下」
「えー」
「『えー』じゃない」
シュテーが改めてクイントを見る。
じーっと見る。
「…………」
「何?」
「いや」
「?」
「本当に王様?」
「そうだよ」
「思ってたより普通だな」
「…………」
空気が止まった。
「シュテー!」
ティオが少年の肩を掴んだ。
「何!?」
「何じゃない。不敬だぞ!」
「不敬?」
「王様に向かって『普通だな』はないだろ!」
「でも普通じゃん」
「そういう問題じゃない!」
「俺、嘘ついた方がいい?」
「そういう問題でもない!」
「先生、難しいな」
「お前が難しくしてるんだよ!」
広重が盛大に吹き出した。
「はははっ! いいじゃねぇかティー坊!」
「よくない!」
「面白い奴連れてきたな」
「面白がるな!」
「ティー坊?」
「シュテー、お前はそこを覚えるな」
「覚えた」
「忘れろ!」
「無理」
「広重!」
「俺のせいかよ!」
キリナがこめかみを押さえる。
「ティオ」
「何?」
「早急に礼儀作法を教えるべきでは?」
「俺も今そう思ってる」
「面倒くさい」
「シュテー」
「はいはい」
「返事は一回!」
「先生細かいなぁ」
「誰のために言ってると思ってんだ!」
とうとうクイントが吹き出した。
「ふふっ」
「クイント?」
「いいよ、ティー君」
「いや、でも――」
「ティー君の知り合いならいいよ」
「…………」
シュテーがクイントを見る。
「いいの?」
「私にはね」
「じゃあクイントでいい?」
「いいよ」
「クイント!?」
「何?」
「そこまで許す!?」
「だってティー君の知り合いでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあいいじゃん」
「良くない気がする……」
「先生」
「何だよ」
「本人がいいって」
「お前、早速それ使うなよ!」
「便利だから」
「誰の影響だ!?」
「まだ俺じゃねぇぞ」
「広重は黙ってろ!」
ライベルトが横で肩を揺らして笑っている。
「何笑ってんだよ」
「いや。大変だな、ティオ」
「他人事だと思って!」
「私の子じゃねぇし」
「俺の子でもない!」
「先生」
「何だ!」
「俺、先生の子じゃないの?」
「そういう意味じゃない!」
「ははっ」
「ライベルトまで笑うな!」
◇
その騒ぎを。
ミリィは少し離れたところから見ていた。
「…………」
何だろう。
シュテーという少年。
何かが妙だった。
けれど。
それが何なのかまでは分からない。
「ミリィ?」
クイントに呼ばれて、ミリィは我に返った。
「どうしました?」
「シュテー見てたから」
「……少し気になっただけです」
「知ってる?」
「いいえ」
ミリィは首を振った。
「初めて会いました」
「そっか」
それで話は終わった。
ミリィ自身も、それ以上追及するほどのものとは思わなかった。
その一方で。
ミカエルは、無言でシュテーを見ていた。
「…………」
妙だ。
エマの者ではない。
それは見れば分かる。
だが。
ノヴァの者でもない。
「ミカエル」
隣にいたゼウスが、その視線に気づいた。
「どうした」
「……あの少年だ」
「シュテー?」
「ああ」
ミカエルは目を細める。
「エマの者ではない」
「そりゃ見りゃ分かるだろ」
「ノヴァでもない」
「じゃあ地球だろ」
「そうだ」
「何がおかしい」
「……地球は地球でも、こちらと繋がっている地球ではない」
「…………」
ゼウスの顔から少しだけ笑みが消えた。
「分かるのか?」
「ああ」
ミカエルはティオを呼んだ。
「ティオ」
「ん?」
「あの少年をどこで見つけた」
「シュテー?」
「ああ」
「見つけたっていうか……」
ティオが少し困った顔をする。
「願い屋が連れてきた」
「…………」
「トレシィが?」
「ああ」
ミカエルの表情が僅かに変わった。
「突然現れて、こいつを置いていった。本人、自分の名前すら覚えてなかったからさ。名前もトレシィが教えたんだ」
「……なるほど」
「何か分かる?」
「いや」
ミカエルはすぐに答えた。
「少し気になっただけだ」
「そっか」
ティオはそれ以上追及しなかった。
シュテーに呼ばれ、そちらへ戻っていく。
「先生! これ食っていい?」
「まだ式始まってないだろ!」
「一個だけ」
「駄目」
「クイント」
「いいよ」
「クイント!」
「ふふっ」
騒ぎが遠ざかる。
「…………」
ミカエルは黙っていた。
「おい」
ゼウスが声を落とす。
「ミカエル」
「何だ」
「お前、今ので何か気づいただろ」
「…………」
「俺様にも分かるように言え」
「願い屋には、後継者が必要になる」
「…………」
ゼウスがシュテーを見る。
「まさか、あいつ?」
「可能性は高い」
「トレシィがわざわざ別の地球から連れてきた?」
「ああ」
「しかも記憶なし」
「…………」
そこで。
ゼウスが止まった。
「おい」
「何だ」
「願い屋、かなりすげぇことしてねぇか?」
「……何に気づいた」
「これ、一回目じゃねぇだろ」
「…………」
ミカエルがゼウスを見る。
「根拠は?」
「願い屋が後継者を別の地球から連れてきた。しかも本人は記憶がない」
ゼウスは声を落とした。
「願いに対価がいるなら、記憶なんざ格好の対価だろ」
「…………」
「何度かやり直してるんじゃねぇのか?」
「私もそう考えた」
「マジかよ」
二人とも黙る。
シュテーは。
そんな会話が行われていることなど知らず。
広重から何かを教えられ。
ティオに怒られ。
ライベルトに笑われている。
「どうする?」
「何もしない」
「即答かよ」
「当然だ」
ミカエルは冷静だった。
「我々が関与すべき事柄ではない」
「まあな」
「それに、私は願い屋に喧嘩を売る趣味はない」
「俺様もねぇよ」
珍しく。
二人の意見が完全に一致した。
「シュテーなら、ノヴァへ連れていくこともできる」
「ああ」
「天族として迎えることも不可能ではない」
「そうだな」
「でもやらねぇ」
「ああ」
ゼウスも頷いた。
「願い屋がそこまでしてるってことは、理由がある」
「そういうことだ」
「横から俺様たちが引っこ抜いたら、確実に喧嘩になるな」
「それだけは避けたい」
「同感だ」
天族には天族の領分があり。
願い屋には願い屋の領分がある。
互いの領域へ無闇に踏み込まない。
長く存在する者たちにとって。
それはある種の暗黙の了解だった。
「キリナは?」
ゼウスが視線を向ける。
キリナはちょうど、食べ物を持って歩こうとしたシュテーを止めていた。
「シュテー。食べながら歩かない」
「はい」
「返事は一回」
「先生と同じこと言う……」
「当然です」
「キリナも先生?」
「違います」
「じゃあ何?」
「キリナです」
「…………」
「何です?」
「怖い」
「シュテー」
「はい!」
ゼウスが小さく笑った。
「気づいてねぇな」
「今のキリナは天族の力を失っている」
「そっか」
「ああ」
「……まあ、知らねぇ方が幸せそうだな」
「そうだな」
ミカエルもそれだけ答えた。
そして二人は。
何も知らない顔をして、式へ戻った。
◇
やがて。
式の時間が訪れた。
「コウヤ」
「何だよ」
「緊張してる?」
ルークが笑顔で尋ねる。
「してねぇ」
「してる顔だけど」
「うるせぇ」
「俺様もしてると思うぞ」
ゼウスまで口を挟んだ。
「ゼウスまで言うな!」
「さっきから落ち着きがないからな」
「うるせぇ!」
「事実だろう」
ミカエルが淡々と言う。
「ミカエル、お前まで!」
「私は見たままを言っただけだ」
「三対一だね」
「何の勝負だよ!」
「知らん」
「ミカエル、ちょっと楽しんでるだろ!」
「気のせいだ」
「俺様には楽しんでるように見えるけどな」
「ゼウス。余計なことを言うな」
「ほら!」
「ははっ」
ルークが笑う。
少し離れたところでは。
ティオたちも待っていた。
「先生」
「ん?」
「王様の結婚式ってこんな感じなんだ」
「俺に聞くなよ」
「先生、知らないの?」
「何でも知ってると思うな」
「先生なのに」
「だから何の先生なんだよ、俺は」
「ティー坊先生」
「広重!」
「はははっ!」
「静かにしてください」
「キリナ、こいつらに言って」
「全員に言っています」
「俺も!?」
「当然です」
「めんどくせぇな、それ」
「ライベルトまで乗らないでください」
「私は静かにしてただろ」
「煙草吸おうとしてたじゃないですか」
「まだ火つけてねぇよ」
「そういう問題ではありません」
「何だよそれ」
「先生」
「何?」
「ライベルトって怒られてばっかだな」
「お前も同じだよ」
「俺?」
「自覚なかったのか」
「ない」
「…………先が思いやられる」
そんな声が聞こえる中。
不意に。
空気が変わった。
「…………」
コウヤが振り返る。
ギルが歩いてくる。
その隣に。
クイントがいた。
「…………」
コウヤが固まる。
ゼウスも黙った。
ルークも。
ミリィも。
ティオたちも。
ライベルトでさえ、手にしていた煙草を下ろした。
「……綺麗になったな」
ゼウスが小さく呟く。
「そうだな」
ミカエルも静かに答えた。
「…………」
ミリィは何も言わず。
ただ嬉しそうにクイントを見つめていた。
やがて。
クイントがコウヤの前まで来る。
「…………」
「何?」
「…………」
「コウヤ?」
「いや」
「変?」
「逆」
「逆?」
「……綺麗」
「…………」
クイントが止まった。
「……そっか」
「何だよ」
「コウヤが普通に言うと思わなかった」
「今日くらい言うよ!」
「ふふっ」
「笑うな」
「ありがとう」
ギルが二人を見る。
実の息子。
育てた娘。
その二人の手を取って。
重ねる。
「コウヤ」
「……うん」
「クイントを頼む」
「任せて」
「ああ」
そして。
「クイント」
「何、お父さん?」
「コウヤを頼む」
「うん。任せて」
「おい」
「何?」
「俺も頼まれる側なの?」
「当然だ」
ギルは笑った。
「二人とも私の子供だからな」
「…………」
「片方だけに頼むのもおかしいだろう」
「まあ……そうだけど」
「大丈夫だよ、お父さん」
「そうか?」
「うん」
クイントはコウヤの手を握った。
「コウヤは私がちゃんと面倒見るから」
「俺がお前の面倒見るんじゃねぇの!?」
「どっちでもいいじゃん」
「よくねぇよ!」
「式の直前に喧嘩をするな」
「父さん!」
「ふふっ」
ギルも笑う。
「行ってこい」
「うん」
「……行ってくる」
そして。
二人は歩き出した。
◇
誓いを交わす二人を。
多くの者が見守っていた。
ギル。
ミリィ。
ミカエル。
ゼウス。
ルーク。
キリナ。
ティオ。
広重。
ライベルト。
そして。
まだこの場所に来たばかりのシュテー。
「…………」
シュテーは、隣にいるティオを見た。
「先生」
「ん?」
「クイント、嬉しそうだな」
「ああ」
「コウヤも」
「そうだな」
「…………」
「どうした?」
「いや」
シュテーは再び前を見る。
「なんか、いいなって」
「……そっか」
「うん」
ティオが少し笑った。
「いつか、お前にも大事な奴ができるといいな」
「先生みたいな?」
「…………何で俺なんだよ」
「今のところ先生くらいしかいないから」
「…………」
「何?」
「いや」
ティオはシュテーの頭を軽く撫でた。
「なら、今はそれでいいよ」
「子供扱いすんなよ」
「はいはい」
「先生!」
「静かにしろ。不敬だぞ」
「それ便利に使ってない?」
「覚えたばっかのお前に言われたくない」
「…………」
「ふっ」
「笑っただろ」
「笑ってない」
「絶対笑った」
小さな声で言い合う二人を。
広重が横で面白そうに見ていた。
少し離れたところでは。
ライベルトが静かにクイントを見つめていた。
「…………」
エマがいなくなって。
色々なものが変わった。
自分も変わった。
クイントも。
コウヤも。
それでも。
こうして笑える日まで辿り着いた。
「……よかったな」
誰にも聞かせるつもりのない声だった。
◇
そして。
クイントとコウヤは誓いを交わした。
誰かに決められたからではない。
王家のためでもない。
縁談の結果でもない。
クイントがコウヤを選んだ。
コウヤがクイントを選んだ。
ただ、それだけだった。
◇
式が終われば。
宴は盛大に始まった。
「コウヤ」
「何だよ」
「僕に言うことない?」
「ない」
「まだ何も言ってないけど」
「お前が何言うか分かる」
「じゃあ言ってみて」
「『僕のおかげで結婚できたんだから感謝して』」
「正解」
「帰れ!」
「酷いなあ」
「コウヤ、ちゃんとお礼言ったら?」
「クイント!?」
「ルークいなかったら告白もっと遅かったかもしれないでしょ」
「結婚した当日に裏切られた!」
「俺様もルークに一票だな」
「ゼウスまで!?」
「面白いからな」
「理由それだけかよ!」
「私もルークの意見は間違っていないと思うが」
「ミカエル!?」
「事実だろう」
「お前ら全員敵かよ!」
「私もルークに一票」
「ライベルトまで!?」
「だって事実だろ」
「お前はどっちの味方なんだよ!」
「知らねぇよ、それ」
「最悪だ!」
笑い声が上がる。
「先生」
「何?」
「みんな王様に普通に喋ってる」
「まあな」
「じゃあ俺もいいじゃん」
「お前は今日会ったばっかだろ」
「クイントがいいって言った」
「……覚えるの早いな、お前」
「広重に似てきたんじゃねぇか?」
「まだ会って半日も経ってない!」
「才能あるな」
「広重、余計なこと教えるなよ」
「まだ何も教えてねぇって」
「まだって言うな!」
キリナが静かに飲み物を口へ運ぶ。
「……賑やかですね」
「キリナも何とか言ってよ」
「何をです?」
「広重に」
「無駄でしょう」
「酷くね?」
「事実です」
「キリナまで!」
「はははっ!」
その少し向こうでは。
ミリィがクイントのそばにいた。
「クイント」
「ん?」
「改めて、おめでとうございます」
「ありがとう、ミリィ」
「幸せになってくださいね」
「うん」
「絶対ですよ」
「……うん」
クイントが笑う。
「ミリィも今日はありがとう」
「私は当然です」
「当然?」
「クイントの結婚式ですよ。来ない理由がありません」
「…………」
クイントは少しだけ嬉しそうに笑った。
「そっか」
「はい」
「ミカエルも」
「……何だ」
「今日はありがとう」
「私は何もしていないが」
「来てくれたじゃん」
「…………」
「それで十分」
「……そうか」
ミカエルは少しだけ視線を逸らした。
「なら、礼は受け取っておこう」
「素直じゃないね」
「余計なお世話だ」
「ふふっ」
「笑うな」
「ミカエル、嬉しそうですね」
「ミリィ」
「はい?」
「余計なことを言うな」
「事実です」
「俺様もそう思うぞ」
「ゼウス、お前は黙っていろ」
「俺様にだけ当たり強くねぇか?」
「日頃の行いだ」
「何だよそれ!」
「はははっ!」
また。
笑い声が上がった。
◇
宴が進むにつれて。
ライベルトはいつの間にか広重の近くで酒を飲んでいた。
「それ美味い?」
「飲む?」
「飲む」
「ライベルト、お前何杯目だよ」
「知らねぇ」
「数えろよ」
「太陽の民だから平気だろ」
「そういう問題か?」
「そういう問題」
「先生」
「何?」
「俺も飲んでいい?」
「駄目」
「なんで?」
「お前は駄目」
「ライベルトはいいのに?」
「ライベルトとお前を一緒にするな」
「何が違う?」
「色々」
「便利な言葉だな」
「広重」
「俺何も言ってねぇぞ!」
「絶対お前の影響だ!」
「俺まだそこまで教えてねぇって!」
「そこまでって何だよ!」
「はははっ!」
ライベルトが笑う。
シュテーも笑う。
キリナは呆れている。
ティオは頭を抱えている。
その光景を。
ミカエルとゼウスは少し離れた場所から見ていた。
「…………」
「…………」
シュテーのことについて。
二人はもう何も話さなかった。
気づいた。
それだけだ。
願い屋が何をしているのか。
どれほどのことを繰り返しているのか。
何のために。
そこまでは分からない。
そして。
知ろうとも思わなかった。
「ミカエル」
「何だ」
「酒飲むか?」
「ここではやめておく」
「珍しいな」
「今日はクイントたちの宴だ」
「別に飲んでもいいだろ」
「後で付き合え」
「お」
「何だ」
「今日は随分素直じゃねぇか」
「気が変わる前に黙れ」
「はいはい」
ゼウスが笑う。
ミカエルも、それ以上何も言わなかった。
◇
ギルは少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
実の息子。
育てた娘。
その周囲に。
いつの間にか、これほど多くの者が集まっている。
ミリィ。
ミカエル。
ゼウス。
ルーク。
キリナ。
ティオ。
広重。
ライベルト。
そして。
今日初めてこの輪へ加わった、シュテー。
血縁だけが家族ではない。
ストリジアでは。
そんなことは、昔から当たり前だった。
戦争で誰かを失う。
残された者を誰かが引き取る。
他人だった者同士が共に生き。
いつしか。
互いを失いたくないと思うようになる。
それを家族と呼ぶ者もいる。
友と呼ぶ者もいる。
仲間と呼ぶ者もいる。
呼び方など。
きっと、大した問題ではない。
「父さん!」
コウヤの声が飛んできた。
「何だ」
「そっちで一人で飲んでないで来いよ!」
「今行く」
「お父さん、早く!」
「ああ」
クイントも呼んでいる。
ギルは笑った。
「……まったく」
そして。
二人のもとへ歩いていく。
「ギル、遅いですよ」
「ミリィまでか」
「今日は主役の父親でしょう?」
「二人分な」
「忙しいですね」
「まったくだ」
「父さん、何飲む?」
「何でもいい」
「お父さんこっち座って」
「待て。一度に言うな」
「ははっ! 大人気だな、ギル!」
「ゼウス、お前は笑っていないで手伝え」
「俺様に何を手伝えってんだよ!」
「先生、俺腹減った」
「好きなの食ってこい」
「どれ食っていい?」
「全部いいよ」
「クイント!」
「何?」
「こいつを甘やかすなって!」
「いいじゃん、今日くらい」
「今日会ったばっかだぞ!」
「ティー君の知り合いだし」
「それ万能じゃないからな!?」
「俺、クイント好きかも」
「シュテー!」
「はははっ!」
「ライベルト、笑ってないで止めてよ!」
「知らねぇよ、それ」
「お前もか!」
賑やかな声が。
いつまでも続いていた。
今日。
クイントとコウヤは夫婦になった。
けれど。
何かを捨てて、新しい家族になったわけではない。
これまで繋がってきたものを。
そのまま抱えて。
そこへまた一つ。
新しい関係が増えただけだった。
きっと。
それでいい。
少なくとも今は。
誰もがそう思っていた。
やっと結婚式できた長かった
やっとこいつら結婚したよ惑星ストリジアじゃありなの⭐︎をやりたかった
ミカエルとゼウスはシュテーのスペックに気付いてびっくりこそしてますが興味ないので願い屋にどうぞどうぞしてます。なんでそれがクイントにできんのじゃいミカエルよ