第一話『滅びた国と、名もなき王』
神系宇宙『ラ』所属、惑星ストリジア『エルサイア王国』エルサイア城
12月24日。 19:53分 天候:雪
日が落ちて、周囲はすっかり暗くなっていたというのに、エルサイア城は夕暮れのようにオレンジ色に燃えていた。エルサイア王の玉座には誰も座っておらず、そこには血しぶきが大量に付着し、そのすぐそばで、エルサイア王と思われる死体が、首からざっくりと横に二つに別れて床に倒れていた。
エルサイア王国聖騎士ギル・ウィリアムズが、エルサイア王の首を、剣を使って容赦なく切り落としたのである。
それを、若く細い体格で、しかしその体はしっかり鍛えられている、長い黒髪にポニーテールをした、桃色の瞳が特徴的な目つきが悪い男が遠い目で見ていた。
「終わったか」
男の名前は、ギルバート・アタンチェルト。ラウル王国親衛隊隊長である。この国には、塔『コアスピア』から入手することができるスフロン水晶の貿易権を求めて、否。不平等な条約の破棄と和平を求めてギルバートはラウル王国の神精霊『ジン』と共にやってきた。エルサイア王国聖騎士ギル・ウィリアムズとエルサイア王国の神精霊『ミリィ』と共に、協力してここまでたどり着いた。
「…まだ、あの子が見つかっていません」
神精霊『ミリィ』が、悲痛な声でギルとギルバートに訴える。
その声を聞いて、神精霊『ジン』が呆れながら話した。
「またそればっかりかよ。いい加減諦めろ、ミリィ。こんだけ探して見つからなかったら無理だろ。それこそ、愚かな『王』のせいで封印されていたお前を助けて、この俺様と結んだ条約を破棄して、自国の利益ばっかり考えて疑心暗鬼になって民を振り回し暴走しまくった王様ぶっ殺せたら十分だろ」
「…ッ」
ジンに正論を言われ、ミリィは何も言い返せない。ミリィとジンは『神精霊』だ。王を選ぶ権利は『神精霊』にしかない。それは、同じ神聖霊であるジンも、痛いぐらい理解しているだろうに。
ミリィは確信を持って王を選んだ。神精霊は皆、適当には王を選べないようになっている。あの人しか、ミリィにとってエルサイアの王はありえなかったのである。王がそのようなことをしてしまったのは他にもきっと原因があったに違いない。様々な想いが圧し掛かるが、ミリィはぐっと歯を嚙みしめ、ジンに反論することだけはしなかった。この戦争は、間違いなくエルサイア王国のせいで起きてしまったのだから。
それを見て、ミリィの想いも十分理解できたギルバートは、ジンにそれ以上彼女に言わないように忠告した。
「ジン。言い過ぎだ。第一王女メリッサ様に関しては、次のエルサイア王候補の可能性が高い。ミリィがこんなに焦るのも仕方ねェ。他に候補は?」
「…居ません。私には、もう、あの子しかいないのです」
ミリィは本当に焦っているようだった。ミリィは理解できた。この年代では、エルサイアの王になりえる者はもう第一王女メリッサしかいないのだと。メリッサは探しても見つからない。それでも、ミリィはメリッサは生きていると、確信の無い希望にすがっている様子だった。そうでなければ、こんなにも王になるのはあの子しかいないと、『想い』がずっと、こんなに強く、ミリィに訴えることはない。神精霊特有の直感がずっと彼女に告げていた。
そんな様子のミリィを見て、ジンは観念した様に、彼女に同情するように話し始めた。
「王がメリッサとお前を幽閉して、サクラ王妃さえ殺さなきゃこんなことにはならなかったのになぁ。聖騎士達の一斉自害も、精神操作が絶対に効かないギルがいなかったら異変だと絶対に気付けなかった。自害から生き延びた奴ですら、王を絶対に支持する信者になって、すっかり様子がおかしくなってたからな」
「そもそも、俺達の王が人型機動兵器『アージェリカ』のために塔コアスピアのスフロン水晶を他国に願い過ぎたのがいけねェ。『屍』のことだってあるのに、そんなに偉いさん方は、人々が強くなることを嫌がるのかねェ。エルサイアが消滅すれば星紡ぎのリアスに会うことも難しくなる。困ったことだらけだなァ」
ジンの会話に、ギルバートも加わる。
改めて思い返してみればこの戦争は、おかしなことばかりだった。
■
この戦争の原因は、スフロン水晶の取り引きが進まないこと、両国王による些細な思い込みと認識の違いからだった。数年に渡って、ラウル王国はエルサイア王国との貿易の交渉を続けていたのにも関わらず、ラウル王国は科学の国と封印の国だから、エルサイア王国は魔法の国だからと文化の違いを理由に(正確には、ラウル王国に多大なエネルギーを誇るスフロン水晶を譲ることで、核兵器の発達や人型機動兵器のエネルギーエンジンになることをエルサイア王は恐れて)、エルサイア王タタン・エルサイアは、和平のための条約(注:ラウル王国の人々はエルサイア王国の人々に対して魔法を封印すること・科学兵器等で戦争をすることを禁じた。エルサイア王国はラウル王国に対してスフロン水晶の輸出に関する関税を除外した他様々な経済的優遇処置を施した。エルサイア王国はラウル王国に対して魔法の使用等は禁止していない)を結んだあと、タタンはその条約を利用して先にエルサイア王国の方から、ラウル王国に戦争をしかけたのだった。
その結末が、これである。エルサイア王が、味方の騎士の手によって首を跳ねられる。ラウル王「アイザック・ラウル」が、エルサイア王「タタン・エルサイア」を信じてしまったが故に起きた悲劇である。国が条約を違反すれば神精霊が消滅して国が滅ぶリスクがある。誰も、エルサイア王がそんな愚かなことをするとは考えていなかったのである。
結果として、ラウルの人々は条約によって彼らに対して魔法を封印することも人型機動兵器『アージェリカ』で反撃することも許されず、彼らは一方的な虐殺被害にあった。
その他にもエルサイア王は三つの罪を犯した。
一つ目は、ミリィの警告を聞かず、警告を聞くどころか民の富を奪う反逆者としてミリィを地下へ封印したこと。二つ目は、妻であるサクラ王妃を『神聖霊の封印に反対したから』という理由で国家反逆罪として処刑したこと。三つ目は、幼いながらも母の死を悲しみ、父の異変に気付き、父を止めようとした5歳の第一王女メリッサですら、エルサイア王は王女メリッサを神聖霊と同じ空間に、地下へ幽閉したこと。
エルサイア王は民のためにと、条約の力を利用して、エルサイア王はラウル王国に戦争を挑み続けた。最愛の妻も最愛の娘も犠牲にして。そして、民はそんなエルサイア王を異常なまでに支持した。
古の伝承よりも、国が沢山潤ったからである。民は飢えず、数多の恩恵に歓喜した。王妃や王女が国の繁栄を邪魔する悪女に見えて仕方なかったのである。エルサイア王の言ってることは何一つ間違っておらず、おかしいのは彼女達とラウル王国の方で、今を逃せば次の新たな経済の発展はやってこないと信じていた。
民もタタンも、王が『条約』に違反すれば神精霊が消滅し、国が消滅してしまうという『異常(リスク)』に気付けない程に、他の惑星の人々と交流することができる塔『コアスピア』と『スフロン水晶』という、甘い蜜に溺れ続けていたのである。
■
神系宇宙『ラ』所属、惑星ストリジア『エルサイア王国』エルサイア城「外」
12月24日。21:00 天候:雪
「子供が一人、生きている。メリッサ王女ではないが…」
「ギル、そいつはもう助からねェ。その出血と怪我じゃもう助からねェぞ」
ミリィ達は城を跡にすることにした。
メリッサ王女は結局、探し出すことはできなかった。
そのかわりと言ってはなんだが、ほとんど死体しかないこの場所で、わずかに息をしているエルフの子供をみつけたギルは、思わず歩みを止めた。その子供は、右肩に大きな傷があり、出血が止まらず今にも死にそうだった。
ギルバートから、もうその子供は助からないとギルは忠告を受ける。
「分かっている。分かっているが、」
「お前にその子供と同年代の息子がいるのも知ってるし、メリッサ王女もちょうどそれぐらいだもんな。気持ちは分からなくもないが。」
その子供は金髪のエルフで、血を頭から流して重症だった。助からないと分かっていても、その子供はメリッサ王女と同年代ぐらいで、自分の息子とも同い年ぐらいだった。父親として、家族が待っている状態で、ギルはどうしてもその子供を見過ごせなかった。
メリッサ王女は、サクラ王妃とそっくりな赤髪で、この子供ではない。
「子供を、助けたのですか?」
「あぁ。だが、こいつはもう助からない。メリッサ王女でもねェしな」
ミリィはギル達の会話にハッとする。確かに、この金髪の子供はメリッサ王女ではない。
でも胸の高鳴りをミリィは抑えることはできなかった。
とても思い当たることがあったからだ。
この子は、メリッサ王女ではない。だが、魂と肉体は確かに、メリッサ王女だった。
ミリィは確信して、ギル達に告げようとする。
この子こそが、次のエルサイアの王であると。
しかし、ミリィの願いが叶うことはなかった。
「いえ、この子は―――…っ!(まだ、消滅まで猶予はあるはずなのに、なぜ?!)」
「ミリィ!クソ、なんだこの子供!ミリィに何しやがった!」
ミリィの身体が消えていく。何の予兆もなかったのに、ミリィが子供に触れようとした途端。エルサイアという王国はもう長続きしないのだと天から告げられたように、彼女の身体が消滅していく。
彼女が消滅すれば、次の神精霊が誕生するまでエルサイアの再建は不可能になる。そうなれば、敗戦国であるエルサイア王国は自動的に消滅する。エルサイア王国は元々スフロン水晶の管理を代理することができる特別な国であったため、ラウル王国の植民地にもならない。ラウル王国ができることは、スフロン水晶を製造することができるエリア以外を植民地にすることぐらいである。スフロン水晶がきっかけで始まった戦争であるが、戦争に勝ったからと言ってラウル王国はスフロン水晶を管理することができる訳ではない。それはエルサイアもそうだったはずだった。いつの間にか、あまりにも基地からエルサイアから近かったからという理由だけでエルサイアが基地に代わって基地の業務を代理することが多くなっただけにすぎない。
それでもラウル王国はこの不利な戦争を終わらせるために、エルサイア王国が基地に代わってスフロン水晶を管理するような管理体制をやめさせるためにも戦うしかなかった。
エルサイア王国は神精霊が消滅したことで『スフロン水晶を製造するために塔コアスピアと契約した者』以外人々が住めない大地になり、スフロン水晶を管理するための基地(土地)になるだけだ。
そして、『スフロン水晶を製造するために塔コアスピアと契約した者』は『星紡ぎ(ほしつむぎ)』と呼ばれ契約すれば不老不死になるが、基地から外に出ることは許されない。そんなことは、この場に居る者達は全員誰も望んでいなかった。
「お待ちください!ジン、その子は無関係だ!」
「無関係な訳があるか!そいつを殺せば、ミリィは助かるかもしれねぇ!」
その光景に、ジンは子供がミリィに何かしたのかと、子供をギルから奪って殺そうとする。
「 」
それでも、ジンは子供を殺すことができなかった。
何故なら、ミリィは先ほどまで心底驚いて絶望した表情をしていたはずなのに、最後は笑顔で、ジンにしか聞こえないような小声で、遺言を告げて、消滅したからだった。
それはエルサイア王国という国の消滅を意味した。
「お前、なんでそんなに笑顔で、逝けるんだよ。馬鹿野郎。」
ジンは気絶したエルフの子供を、ギルに投げて返した。
「そいつは、第一王女メリッサで間違いねぇよ。お前らは、多重人格って知ってるか。メリッサ王女は、それと似たような状態で、だからそんな姿をしているんだと。」
覚悟を決めた眼差しで、ジンは、ギルとギルバートにそう告げた。
■
「多重人格?ミリィ様は、メリッサ様のことをそのように言ったのか。」
「あぁ。王になる素質がある者ほど、発症しやすい病の一つらしい。他にも条件があるらしいが、俺様はあいにく、この病について詳しくない。天界の奴らなら、あるいは…。この病の特徴は、通常は精神のみ複数の人格に別れるのに対し、人格、容姿や性別まで変わってしまうのが特徴だ。俺様は一度だけ、天界でそんな奴を見たことがあるが、地上でなってしまった奴を見るのは初めてだ。試しに、こいつに回復魔法をかけて見た。メリッサはとても大人しいお嬢様だったが、こいつは、どんな奴なんだろうな」
ギルはジンから話を聞くと、メリッサを受け取った。
金髪になったメリッサはとても弱っていて、回復魔法によって回復しているとは思えないぐらい衰弱していた。
「あー…うー…」
うつろな表情で、メリッサはギルの手を放さない。そのしぐさはまるで赤ん坊のようで。
「メリッサも、まだ五歳か。これまでのことがショックで赤ん坊のように精神が退化してしまっても仕方がないことかもしれねぇな」
「これが、あのメリッサ様だと…面影すらない。本当に、ミリィ様はこの方がメリッサ様だと?」
「あぁ。そう言って、あいつは消えちまったよ。メリッサだけど、そいつはメリッサとは別人って考えた方がいいぜ。どちらにも失礼だ」
その言葉に、ギルは反射的にジンを殴ろうとした。それをギルバートが止める。
「おっと、聖騎士ギル・ウィリアムズさんよ。自分の立場弁えた方がいいぜ。こちらの神精霊がそちらの姫さんを侮辱したのは謝罪するが、それ以上はご法度だ」
「…すまない。思わず手が出てしまった。まだ、聞きたいことがある。このお方はどうなる?そちらの管轄になるのだろう?」
ギルバートに刃を向けられながら、ギルは渋々拳をしまって、ジンに尋ねた。分からないことが山程あった。
「あぁ、それだけどな。お前が保護者になれ。そいつの名前もお前が名付けていい。ミリィの遺言だ。尊重してやる。ただし、今名付けろ。それが条件だ」
ジンの言葉の数々に、思わず目が点になるギルだったが、ミリィの遺言ならと納得が言った。
あの子の名前は不思議ともう決まっていた。メリッサでないのなら。
「クイント。この方の名前は、クイント様だ。」
金髪の少女に、ギルはそう名付けた。