エマ   作:篠原えれの

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第二十八話『受け継いだもの』

 

 

 リリーが生まれてから。

 

 ライベルトが王宮へ顔を出す回数は、明らかに増えた。

 

 理由は簡単だった。

 

 医者だから。

 

 ――というのは、半分。

 

 もう半分は。

 

「ライベルト」

 

「何だよ」

 

「リリー抱いてて」

 

「また?」

 

「ちょっと仕事してくる」

 

「お前まだ休めよ」

 

「ちょっとだけ!」

 

「その『ちょっと』が信用できねぇんだよ」

 

「お願い!」

 

「…………」

 

「ライベルト」

 

「分かったよ!」

 

 結局。

 

 こうなるからだった。

 

「一時間」

 

「うん!」

 

「一時間経ったら強制的に連れ戻す」

 

「分かった!」

 

「本当だな?」

 

「うん!」

 

「お前の『分かった』は昔から――って、おい! もう行ってんじゃねぇか!」

 

 扉が閉まる。

 

「…………」

 

 ライベルトの腕には。

 

 生まれて間もないリリー。

 

「お前の母親、本当に昔から変わらねぇな」

 

「…………」

 

「私にお前押しつけて仕事行きやがった」

 

「…………」

 

「まあ」

 

 小さな頬を見る。

 

「お前に罪はねぇけど」

 

 リリーが欠伸をする。

 

「…………」

 

 ライベルトの表情が。

 

 ほんの少しだけ緩んだ。

 

 ◇

 

 ライベルトがリリーの身体に違和感を覚えたのは。

 

 その数日後だった。

 

「…………」

 

 定期検査。

 

 心音。

 

 呼吸。

 

 体温。

 

 成長状態。

 

 どれも正常。

 

 むしろ。

 

 正常すぎるくらい健康だった。

 

「ライベルト?」

 

「ん?」

 

「どう?」

 

「元気」

 

「よかった」

 

「ただ」

 

「…………」

 

「もう一回見る」

 

「何かあるの?」

 

「まだ分からん」

 

 ライベルトの目が細くなる。

 

 透視能力。

 

 皮膚。

 

 筋肉。

 

 骨。

 

 内臓。

 

 通常なら見ることのできない身体の内部まで、順番に確認していく。

 

「…………」

 

 やはり。

 

「クイント」

 

「なに?」

 

「お前、竜人だったよな」

 

「…………」

 

 クイントが目を瞬いた。

 

「急に何?」

 

「半分」

 

「ああ……うん」

 

「父親がタタン」

 

「そうだけど」

 

「竜化は?」

 

「できないよ」

 

「今も?」

 

「できない」

 

 クイントが苦笑する。

 

「昔いっぱい練習したじゃん」

 

「ああ」

 

「結局、一回もできなかった」

 

「そうだったな」

 

「メリッサは普通にできたのにね」

 

「…………」

 

 ライベルトは覚えている。

 

 クイントも。

 

 竜人の血を持っている。

 

 だが。

 

 本人が竜へ姿を変えたことは、一度としてなかった。

 

 どれだけ試しても。

 

 どれだけ練習しても。

 

 だから。

 

 いつしか。

 

 誰も言わなくなった。

 

 クイントは竜人だから。

 

 そんな言葉を。

 

 外見はエルフ。

 

 生活もエルフとほとんど変わらない。

 

 本人も。

 

 自分の中に竜人の血があることを、普段から意識しているわけではなかった。

 

「それがどうしたの?」

 

「いや……」

 

 ライベルトは。

 

 もう一度リリーを見る。

 

「この子」

 

「うん」

 

「お前より出てるかもしれねぇ」

 

「何が?」

 

「竜人の特徴」

 

「…………」

 

 クイントが固まった。

 

「え?」

 

「まだ断定はしねぇよ」

 

「でも」

 

「身体の作りにちょっと気になるところがある」

 

「病気?」

 

「違う」

 

 ライベルトは即答した。

 

「そこは安心しろ。異常って意味じゃない」

 

「……よかった」

 

「むしろ逆かもな」

 

「逆?」

 

「頑丈だ」

 

「…………」

 

「普通のエルフの赤ん坊として見ると、ちょっと妙なくらいにな」

 

 クイントがリリーを見る。

 

「コウヤがエルフで」

 

「ああ」

 

「私が半分エルフ、半分竜人だから……」

 

「竜人の血を引く可能性は当然ある」

 

「…………」

 

「ただ、お前自身が竜化できなかったからな」

 

「うん」

 

「私もそこまで強く出るとは思ってなかった」

 

「…………」

 

 リリーは。

 

 何も知らずに眠っている。

 

「じゃあ」

 

「ん?」

 

「リリー、竜になれるの?」

 

「知らん」

 

「ライベルトでも?」

 

「私は医者だぞ。占い師じゃねぇ」

 

「透視できるじゃん」

 

「未来までは見えねぇよ」

 

「過去は見えるのに」

 

「面倒くせぇな、お前!」

 

 クイントが笑った。

 

「まあ、成長見ながらだな」

 

「うん」

 

「今のところ問題はない」

 

「分かった」

 

「ただ――」

 

「まだあるの?」

 

「お前も忘れんなよ」

 

「何を?」

 

「お前自身も竜人だってこと」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 少しだけ妙な顔をした。

 

「私、竜になれないよ」

 

「竜化できるかどうかだけが血じゃねぇだろ」

 

「…………」

 

「お前が本気で怒った時とか」

 

「私?」

 

「怖ぇぞ」

 

「えっ」

 

「自覚なかったのか?」

 

「普通に怒ってるだけだけど」

 

「普通じゃねぇよ」

 

 そこへ。

 

 ちょうど部屋へ入ってきたコウヤが。

 

 ピタリと止まった。

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「何?」

 

「私、怒ると怖い?」

 

「…………」

 

「ねえ」

 

「…………まあ」

 

「何その間」

 

「怖くはねぇよ」

 

「じゃあ大丈夫じゃん」

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

「……話せなくなる」

 

「…………」

 

 ライベルトがコウヤを見る。

 

「ほら」

 

「いや、違うんだって」

 

「何が?」

 

「クイントが怒るだろ」

 

「うん」

 

「その時にちゃんと話さなきゃいけねぇことあっても……」

 

「うん」

 

「…………」

 

「何?」

 

「圧がすげぇんだよ」

 

「圧?」

 

「そう!」

 

「そんなの出してないよ!」

 

「出てんだよ!」

 

「いつ!?」

 

「本気で怒った時!」

 

「知らない!」

 

「俺は知ってる!」

 

 コウヤが珍しく勢いよく言い返した。

 

「お前が本気で怒ると、空気変わるんだよ!」

 

「大袈裟」

 

「大袈裟じゃねぇ!」

 

「コウヤが怒られてるからそう感じるだけじゃない?」

 

「違う!」

 

「じゃあ何?」

 

「……怖ぇんだよ」

 

「さっき怖くないって言ったじゃん!」

 

「お前自身が怖いんじゃなくて!」

 

 コウヤは頭を掻く。

 

「何つーか……話せなくなる」

 

「…………」

 

「言わなきゃいけないことがあっても、お前があの状態だと」

 

「…………」

 

「今言ったら余計怒らせるとか、黙ってた方がいいとか思って」

 

「…………」

 

「それで後回しにして」

 

「…………」

 

「またお前が怒って」

 

「…………」

 

「また言えなくなって……」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 二人を交互に見た。

 

「お前ら、それいつの話?」

 

「…………昔」

 

「結婚する前とか」

 

「…………」

 

 ライベルトが額を押さえた。

 

「それで十年も喧嘩したのか、お前ら」

 

「それだけじゃねぇよ!」

 

「原因の一つ!」

 

「十分馬鹿だろ!」

 

「うるせぇ!」

 

 クイントがムッとする。

 

「…………!」

 

 コウヤが一瞬。

 

 反射的に口を閉じた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ライベルトがクイントを見る。

 

 次に。

 

 完全に黙ったコウヤを見る。

 

「……今の」

 

「…………」

 

「分かった?」

 

「…………」

 

 クイントの眉が下がった。

 

「私、今そんな怖かった?」

 

「…………ちょっと」

 

「コウヤ」

 

「ちょっと!」

 

「…………」

 

 クイントがショックを受ける。

 

「知らなかった……」

 

「だから言えなかったんだよ!」

 

「それ今言う!?」

 

「ほらまた!」

 

「…………!」

 

「…………!」

 

 ライベルトが吹き出した。

 

「ははっ!」

 

「ライベルト!」

 

「笑うなよ!」

 

「いや、悪い。お前ら本当に面倒くせぇな」

 

「酷い!」

 

「十年やってた奴らに言われたくねぇよ」

 

 その時。

 

 リリーが。

 

「…………ふぇ」

 

 三人が止まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「クイント」

 

「なに?」

 

「お前のせい」

 

「何で!?」

 

「声でけぇから」

 

「コウヤも大きかった!」

 

「お前ら二人ともだよ」

 

 ライベルトがリリーを抱き上げる。

 

「よしよし」

 

「…………」

 

 慣れた手つきで。

 

 身体を支える。

 

「お前も大変だな」

 

「何が?」

 

「両親がこれだぞ」

 

「ライベルト!」

 

「リリーに変なこと吹き込むな!」

 

「事実だろ」

 

 そして。

 

 泣き止み始めたリリーを見ながら。

 

 ライベルトは少しだけ考える。

 

 クイントは。

 

 竜にはなれなかった。

 

 それでも。

 

 血は消えていなかった。

 

 気質。

 

 身体。

 

 本人すら気づかないところに。

 

 確かに残っている。

 

「…………」

 

 そして。

 

 その血が。

 

 娘の中では。

 

 母親より強く目を覚まそうとしている。

 

「……リリー」

 

「ん?」

 

 クイントが振り返る。

 

「いや」

 

 ライベルトは首を振った。

 

「何でもねぇよ」

 

 今はまだ。

 

 健康な赤ん坊だ。

 

 それでいい。

 

 ライベルトはリリーを軽くあやした。

 

 まさか数年後。

 

 この小さな少女を診察するどころか。

 

 王宮中で。

 

「リリーが竜になった!」

 

 と大騒ぎすることになるとは。

 

 この時は。

 

 まだ誰も知らなかった。

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