エマ   作:篠原えれの

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第三十話『年齢不詳』

 

 

 

 

 シュテーには。

 

 一つ、大きな問題があった。

 

「シュテー」

 

「ん?」

 

「お前、何歳?」

 

「…………」

 

 エルサイア王国日本支部。

 

 ティオから唐突にそう聞かれて。

 

 シュテーは首を傾げた。

 

「知らねぇ」

 

「だよね」

 

「何で?」

 

「いや、書類」

 

「書類?」

 

「お前の身分証明とか、その辺そろそろちゃんとしないといけないから」

 

「ふーん」

 

「ふーんじゃないよ」

 

「先生がやって」

 

「最終的には俺がやるけど、本人の情報が必要なんだよ」

 

「名前は分かる」

 

「それは知ってる」

 

「シュテー・イデアール・ウングリュック」

 

「…………」

 

「何?」

 

「毎回思うけど長い」

 

「じゃあシュテーでいい」

 

「そうしてるよ」

 

 シュテーは椅子の背もたれに身体を預けた。

 

「ドイツ」

 

「それも分かってる」

 

「男」

 

「見れば分かる」

 

「…………」

 

「…………」

 

「終わり」

 

「全然足りないよ!」

 

「知らねぇもん!」

 

「生年月日」

 

「知らねぇ」

 

「生まれた場所」

 

「ドイツ」

 

「ドイツのどこ」

 

「知らねぇ」

 

「家族」

 

「知らねぇ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ティオが頭を抱えた。

 

「見事に何もないな……」

 

「先生」

 

「何?」

 

「俺、何歳に見える?」

 

「…………」

 

 ティオがシュテーを見る。

 

 童顔。

 

 体格も。

 

 どちらかといえば細い。

 

「十代……」

 

「おい」

 

「後半」

 

「今足しただろ」

 

「いや」

 

「俺、そんなガキに見える?」

 

「見える」

 

「…………」

 

「ちょっと拗ねるなよ」

 

「拗ねてねぇ」

 

 そこへ。

 

「ティー坊」

 

「何?」

 

「そいつ年齢分かんねぇなら調べりゃいいだろ」

 

 広重が入ってきた。

 

「身体検査すりゃ、ある程度分かるんじゃねぇの?」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

「やれよ」

 

「簡単に言うなよ」

 

「俺、病院嫌だぞ」

 

「まだ病院とは言ってない」

 

「痛いことする?」

 

「しないよ」

 

「注射」

 

「必要ならするかも」

 

「嫌だ」

 

「子供かよ」

 

「うるせぇ広重」

 

「ほらやっぱガキじゃねぇか」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「お?」

 

「二人ともやめろ!」

 

 ◇

 

 そして。

 

 調べた結果。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 三人は。

 

 検査結果を見ていた。

 

「先生」

 

「うん」

 

「何て書いてある?」

 

「…………」

 

「ティー坊」

 

「うん」

 

「何て?」

 

「…………」

 

 ティオが。

 

 シュテーを見る。

 

「成人」

 

「…………」

 

「…………」

 

 シュテーが瞬きをした。

 

「俺?」

 

「お前以外誰がいるんだよ」

 

「成人?」

 

「少なくとも身体的にはね」

 

「何歳?」

 

「そこまでは正確に出ないよ。ただ、成長状態から見ても子供ではない」

 

「…………」

 

「よかったなシュテー」

 

「何が?」

 

「ガキじゃなかった」

 

「広重」

 

「ん?」

 

「俺よりお前の方がガキじゃね?」

 

「何だと?」

 

「はい喧嘩しない!」

 

 シュテーは。

 

 自分の手を見る。

 

「…………成人」

 

「何か気になる?」

 

「うん」

 

「何?」

 

「じゃあ酒飲める?」

 

「そこ!?」

 

 ティオが叫んだ。

 

「だって成人だろ?」

 

「いやまあそうだけど!」

 

「先生飲んでる」

 

「飲むよ」

 

「広重も」

 

「飲むぞ」

 

「じゃあ俺も」

 

「何でそうなるんだよ!」

 

「成人だから」

 

「…………」

 

「先生」

 

「…………」

 

「酒」

 

「俺に要求するな!」

 

「ケチ」

 

「ケチじゃない!」

 

 ◇

 

 数日後。

 

「おー、広重!」

 

 日本支部に。

 

 非常に嫌なタイミングで。

 

 ゼウスが来た。

 

「また来たのかよ」

 

「何だその言い方は!」

 

「今日は何」

 

「酒」

 

「帰れ」

 

「酷くねぇ!?」

 

「ここ居酒屋じゃねぇぞ」

 

「酒持ってきたぞ」

 

「…………何?」

 

「お前今ちょっと態度変わっただろ」

 

「変わってねぇ」

 

「変わったぞ!」

 

 ゼウスが瓶を取り出す。

 

「いいの持ってきたぞ」

 

「ほう」

 

「飲むか?」

 

「飲む」

 

「お前ら……」

 

 ティオが呆れていると。

 

「俺も飲む」

 

 声がした。

 

「…………」

 

 シュテーだった。

 

「シュテー?」

 

「何?」

 

「駄目」

 

「何で」

 

「何でって」

 

「俺、成人」

 

「…………」

 

「調べた」

 

「いや、知ってるけど」

 

「じゃあいいだろ」

 

「お前……」

 

 ゼウスがシュテーを見る。

 

「成人だったのか」

 

「らしい」

 

「じゃあ飲めるな!」

 

「ゼウス!」

 

「何だよ」

 

「簡単に勧めるな!」

 

「成人なんだろ?」

 

「そうだけど!」

 

「本人も飲みたいって言ってんじゃねぇか」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「先生」

 

「何」

 

「飲みたい」

 

「…………」

 

 ティオが黙る。

 

「一杯だけだからな」

 

「やった」

 

「ティー坊甘っ」

 

「広重は黙ってろ!」

 

「俺様は?」

 

「ゼウスも!」

 

「何で俺様まで!?」

 

 ◇

 

 最初に渡されたのは。

 

 ビールだった。

 

「…………」

 

 シュテーはグラスを見る。

 

「飲んだことある?」

 

「覚えてねぇ」

 

「そうだよな」

 

「匂いは知ってる気がする」

 

「…………」

 

 ティオが少しだけ目を細めた。

 

 シュテーには。

 

 時々、こういうことがある。

 

 知らないはずなのに。

 

 知っている。

 

 覚えていないはずなのに。

 

 身体だけが覚えている。

 

「無理して飲まなくていいからね」

 

「分かってる」

 

 シュテーが。

 

 一口。

 

「…………」

 

 飲む。

 

「どうだ?」

 

 ゼウスが聞いた。

 

「…………」

 

 シュテーは。

 

 グラスを見る。

 

「うまい」

 

「おっ!」

 

「苦くない?」

 

「苦い」

 

「じゃあ――」

 

「でもうまい」

 

「お前いける口じゃねぇか!」

 

「ゼウス、煽るな!」

 

「もう一杯」

 

「早い!」

 

 ◇

 

 一時間後。

 

「…………」

 

 ティオは。

 

 信じられないものを見る目で。

 

 シュテーを見ていた。

 

「先生」

 

「何」

 

「これうまい」

 

「…………そう」

 

「ゼウス、次」

 

「おう!」

 

「次じゃない!」

 

 ビール。

 

 ワイン。

 

 さらに度数の高い酒。

 

 最初は。

 

 本当に一杯だけの予定だった。

 

 なのに。

 

「…………」

 

 シュテー。

 

 平然。

 

「お前」

 

 広重がシュテーを見る。

 

「本当に初めてか?」

 

「覚えてる範囲じゃ初めて」

 

「顔色一つ変わってねぇぞ」

 

「広重は赤い」

 

「俺は普通だ!」

 

「先生もちょっと赤い」

 

「俺はいいの」

 

「何が?」

 

「何でもない」

 

「…………」

 

 シュテーが自分のグラスを見る。

 

「俺、酒強い?」

 

「強いなんてもんじゃねぇだろ」

 

「へえ」

 

「ドイツ人だからか?」

 

「それだけで決めるなよ広重」

 

「でもシュテー、ドイツだろ?」

 

「そう」

 

「ビールの申し子」

 

「雑すぎるだろ!」

 

 ゼウスだけは。

 

 大層満足そうだった。

 

「気に入った!」

 

「何が?」

 

「シュテー!」

 

「俺?」

 

「ああ!」

 

「何で?」

 

「俺様と飲める!」

 

「ゼウス」

 

「何だ」

 

「俺様と飲めるじゃないよ!」

 

「いいじゃねぇか!」

 

「よくない!」

 

「先生」

 

「何?」

 

「俺もゼウスと飲むの面白い」

 

「…………」

 

「ほら!」

 

「喜ぶな!」

 

 ◇

 

 さらに。

 

 しばらく後。

 

「広重」

 

「んー?」

 

「お前もう駄目だろ」

 

「誰が……」

 

「目ぇ開いてねぇぞ」

 

「開いてる……」

 

「開いてねぇよ」

 

「うるせぇ……」

 

「弱ぇな」

 

「…………」

 

 広重が。

 

 ゆっくり顔を上げた。

 

「シュテー」

 

「何?」

 

「お前……」

 

「うん」

 

「誰の影響で……そんな口悪くなった……」

 

「お前」

 

「俺かよ……」

 

 再び。

 

 机へ沈む。

 

「寝た」

 

「寝たな」

 

「広重よっわ」

 

「シュテー」

 

「何、先生」

 

「そういう言い方どこで覚えたの」

 

「広重」

 

「…………」

 

 ティオが頭を抱える。

 

「教育に悪すぎる……」

 

「俺、成人」

 

「そういう問題じゃないんだよ!」

 

「じゃあゼウス?」

 

「俺様!?」

 

「酒はゼウス」

 

「俺様は酒の飲み方を教えただけだ!」

 

「今日初めてだろ!」

 

「才能があったんだよ!」

 

「何の才能だよ!」

 

 シュテーは笑いながら。

 

 またグラスを傾けた。

 

「…………」

 

 その動作が。

 

 妙に自然だった。

 

 初めてとは思えないくらい。

 

 グラスの持ち方も。

 

 酒の味わい方も。

 

 酔った人間との距離の取り方も。

 

「…………」

 

 ティオだけが。

 

 それを見ていた。

 

「シュテー」

 

「ん?」

 

「本当に覚えてない?」

 

「何を?」

 

「酒飲んだこと」

 

「…………」

 

 シュテーが少し考える。

 

「覚えてねぇ」

 

「そっか」

 

「でも」

 

「うん?」

 

「なんか」

 

 グラスを見る。

 

「懐かしい気はする」

 

「…………」

 

「変?」

 

「いや」

 

「…………」

 

「変じゃないよ」

 

 記憶はない。

 

 けれど。

 

 シュテーという人間が。

 

 この世界へ現れた瞬間に生まれたわけではないことくらい。

 

 ティオにも。

 

 もう分かっていた。

 

 ◇

 

 そして。

 

 数ヶ月後。

 

「シュテー!」

 

「うるせぇな、聞こえてるよ!」

 

「俺様の酒勝手に飲んだだろ!」

 

「名前書いてなかった」

 

「俺様が持ってきたんだから俺様のだ!」

 

「共有かと思った」

 

「んなわけあるか!」

 

「ゼウス、細けぇ」

 

「誰に向かって言ってんだ!」

 

「酒飲みに来るおっさん」

 

「おっ――!?」

 

 広重が。

 

 腹を抱えて笑っている。

 

「ゼウス、おっさんだってよ!」

 

「広重、お前も笑ってんじゃねぇ!」

 

「シュテー、もっと言え!」

 

「広重」

 

「何?」

 

「お前もおっさん」

 

「何で俺まで!?」

 

「はははは!」

 

 今度はゼウスが笑う。

 

「先生」

 

「…………」

 

「先生?」

 

「…………」

 

 ティオは。

 

 遠い目をしていた。

 

「どうした?」

 

「俺が最初に会ったシュテー」

 

「うん」

 

「もう少し大人しかった気がする」

 

「気のせい」

 

「絶対気のせいじゃない」

 

「先生、細けぇな」

 

「その喋り方!」

 

「何?」

 

「完全に広重じゃん!」

 

「俺!?」

 

「お前だよ!」

 

「俺こんなんじゃねぇぞ!」

 

「こんなんだよ」

 

「シュテー!」

 

「うるせぇ」

 

 そして。

 

「飲むか、シュテー!」

 

「飲む!」

 

「そこだけ息合うな!!」

 

 ゼウスが酒瓶を掲げ。

 

 シュテーがグラスを持つ。

 

 見た目だけなら。

 

 今でも少年に見える。

 

 けれど。

 

 身体は間違いなく成人。

 

 そして。

 

 失われた記憶の向こう側で。

 

 どれだけの時間を生きてきたのかは。

 

 誰にも分からない。

 

 一年なのか。

 

 十年なのか。

 

 あるいは。

 

 それ以上なのか。

 

 本人さえ知らない。

 

「乾杯!」

 

「おう!」

 

「俺も!」

 

「広重はもうやめとけ」

 

「何でだよ!」

 

「昨日潰れただろ」

 

「今日は潰れねぇ!」

 

「毎回言ってる」

 

「うるせぇ!」

 

「ティー君も飲む?」

 

「……少しだけね」

 

「先生も弱ぇからな」

 

「誰のせいでそんなこと言うようになったの!?」

 

「広重」

 

「また俺!?」

 

「半分くらいゼウス」

 

「俺様は酒しか教えてねぇぞ!」

 

「十分だよ!」

 

 笑い声が響く。

 

 シュテーは。

 

 この世界で失ったものを。

 

 まだ何一つ思い出してはいなかった。

 

 それでも。

 

 何もなかった場所には。

 

 ティオがいて。

 

 広重がいて。

 

 時々、酒瓶を抱えたゼウスが来る。

 

 記憶とは別のものが。

 

 少しずつ。

 

 積み重なり始めていた。

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