シュテーには。
一つ、大きな問題があった。
「シュテー」
「ん?」
「お前、何歳?」
「…………」
エルサイア王国日本支部。
ティオから唐突にそう聞かれて。
シュテーは首を傾げた。
「知らねぇ」
「だよね」
「何で?」
「いや、書類」
「書類?」
「お前の身分証明とか、その辺そろそろちゃんとしないといけないから」
「ふーん」
「ふーんじゃないよ」
「先生がやって」
「最終的には俺がやるけど、本人の情報が必要なんだよ」
「名前は分かる」
「それは知ってる」
「シュテー・イデアール・ウングリュック」
「…………」
「何?」
「毎回思うけど長い」
「じゃあシュテーでいい」
「そうしてるよ」
シュテーは椅子の背もたれに身体を預けた。
「ドイツ」
「それも分かってる」
「男」
「見れば分かる」
「…………」
「…………」
「終わり」
「全然足りないよ!」
「知らねぇもん!」
「生年月日」
「知らねぇ」
「生まれた場所」
「ドイツ」
「ドイツのどこ」
「知らねぇ」
「家族」
「知らねぇ」
「…………」
「…………」
ティオが頭を抱えた。
「見事に何もないな……」
「先生」
「何?」
「俺、何歳に見える?」
「…………」
ティオがシュテーを見る。
童顔。
体格も。
どちらかといえば細い。
「十代……」
「おい」
「後半」
「今足しただろ」
「いや」
「俺、そんなガキに見える?」
「見える」
「…………」
「ちょっと拗ねるなよ」
「拗ねてねぇ」
そこへ。
「ティー坊」
「何?」
「そいつ年齢分かんねぇなら調べりゃいいだろ」
広重が入ってきた。
「身体検査すりゃ、ある程度分かるんじゃねぇの?」
「まあ、それはそうだけど」
「やれよ」
「簡単に言うなよ」
「俺、病院嫌だぞ」
「まだ病院とは言ってない」
「痛いことする?」
「しないよ」
「注射」
「必要ならするかも」
「嫌だ」
「子供かよ」
「うるせぇ広重」
「ほらやっぱガキじゃねぇか」
「喧嘩売ってんのか」
「お?」
「二人ともやめろ!」
◇
そして。
調べた結果。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は。
検査結果を見ていた。
「先生」
「うん」
「何て書いてある?」
「…………」
「ティー坊」
「うん」
「何て?」
「…………」
ティオが。
シュテーを見る。
「成人」
「…………」
「…………」
シュテーが瞬きをした。
「俺?」
「お前以外誰がいるんだよ」
「成人?」
「少なくとも身体的にはね」
「何歳?」
「そこまでは正確に出ないよ。ただ、成長状態から見ても子供ではない」
「…………」
「よかったなシュテー」
「何が?」
「ガキじゃなかった」
「広重」
「ん?」
「俺よりお前の方がガキじゃね?」
「何だと?」
「はい喧嘩しない!」
シュテーは。
自分の手を見る。
「…………成人」
「何か気になる?」
「うん」
「何?」
「じゃあ酒飲める?」
「そこ!?」
ティオが叫んだ。
「だって成人だろ?」
「いやまあそうだけど!」
「先生飲んでる」
「飲むよ」
「広重も」
「飲むぞ」
「じゃあ俺も」
「何でそうなるんだよ!」
「成人だから」
「…………」
「先生」
「…………」
「酒」
「俺に要求するな!」
「ケチ」
「ケチじゃない!」
◇
数日後。
「おー、広重!」
日本支部に。
非常に嫌なタイミングで。
ゼウスが来た。
「また来たのかよ」
「何だその言い方は!」
「今日は何」
「酒」
「帰れ」
「酷くねぇ!?」
「ここ居酒屋じゃねぇぞ」
「酒持ってきたぞ」
「…………何?」
「お前今ちょっと態度変わっただろ」
「変わってねぇ」
「変わったぞ!」
ゼウスが瓶を取り出す。
「いいの持ってきたぞ」
「ほう」
「飲むか?」
「飲む」
「お前ら……」
ティオが呆れていると。
「俺も飲む」
声がした。
「…………」
シュテーだった。
「シュテー?」
「何?」
「駄目」
「何で」
「何でって」
「俺、成人」
「…………」
「調べた」
「いや、知ってるけど」
「じゃあいいだろ」
「お前……」
ゼウスがシュテーを見る。
「成人だったのか」
「らしい」
「じゃあ飲めるな!」
「ゼウス!」
「何だよ」
「簡単に勧めるな!」
「成人なんだろ?」
「そうだけど!」
「本人も飲みたいって言ってんじゃねぇか」
「そういう問題じゃ……」
「先生」
「何」
「飲みたい」
「…………」
ティオが黙る。
「一杯だけだからな」
「やった」
「ティー坊甘っ」
「広重は黙ってろ!」
「俺様は?」
「ゼウスも!」
「何で俺様まで!?」
◇
最初に渡されたのは。
ビールだった。
「…………」
シュテーはグラスを見る。
「飲んだことある?」
「覚えてねぇ」
「そうだよな」
「匂いは知ってる気がする」
「…………」
ティオが少しだけ目を細めた。
シュテーには。
時々、こういうことがある。
知らないはずなのに。
知っている。
覚えていないはずなのに。
身体だけが覚えている。
「無理して飲まなくていいからね」
「分かってる」
シュテーが。
一口。
「…………」
飲む。
「どうだ?」
ゼウスが聞いた。
「…………」
シュテーは。
グラスを見る。
「うまい」
「おっ!」
「苦くない?」
「苦い」
「じゃあ――」
「でもうまい」
「お前いける口じゃねぇか!」
「ゼウス、煽るな!」
「もう一杯」
「早い!」
◇
一時間後。
「…………」
ティオは。
信じられないものを見る目で。
シュテーを見ていた。
「先生」
「何」
「これうまい」
「…………そう」
「ゼウス、次」
「おう!」
「次じゃない!」
ビール。
ワイン。
さらに度数の高い酒。
最初は。
本当に一杯だけの予定だった。
なのに。
「…………」
シュテー。
平然。
「お前」
広重がシュテーを見る。
「本当に初めてか?」
「覚えてる範囲じゃ初めて」
「顔色一つ変わってねぇぞ」
「広重は赤い」
「俺は普通だ!」
「先生もちょっと赤い」
「俺はいいの」
「何が?」
「何でもない」
「…………」
シュテーが自分のグラスを見る。
「俺、酒強い?」
「強いなんてもんじゃねぇだろ」
「へえ」
「ドイツ人だからか?」
「それだけで決めるなよ広重」
「でもシュテー、ドイツだろ?」
「そう」
「ビールの申し子」
「雑すぎるだろ!」
ゼウスだけは。
大層満足そうだった。
「気に入った!」
「何が?」
「シュテー!」
「俺?」
「ああ!」
「何で?」
「俺様と飲める!」
「ゼウス」
「何だ」
「俺様と飲めるじゃないよ!」
「いいじゃねぇか!」
「よくない!」
「先生」
「何?」
「俺もゼウスと飲むの面白い」
「…………」
「ほら!」
「喜ぶな!」
◇
さらに。
しばらく後。
「広重」
「んー?」
「お前もう駄目だろ」
「誰が……」
「目ぇ開いてねぇぞ」
「開いてる……」
「開いてねぇよ」
「うるせぇ……」
「弱ぇな」
「…………」
広重が。
ゆっくり顔を上げた。
「シュテー」
「何?」
「お前……」
「うん」
「誰の影響で……そんな口悪くなった……」
「お前」
「俺かよ……」
再び。
机へ沈む。
「寝た」
「寝たな」
「広重よっわ」
「シュテー」
「何、先生」
「そういう言い方どこで覚えたの」
「広重」
「…………」
ティオが頭を抱える。
「教育に悪すぎる……」
「俺、成人」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「じゃあゼウス?」
「俺様!?」
「酒はゼウス」
「俺様は酒の飲み方を教えただけだ!」
「今日初めてだろ!」
「才能があったんだよ!」
「何の才能だよ!」
シュテーは笑いながら。
またグラスを傾けた。
「…………」
その動作が。
妙に自然だった。
初めてとは思えないくらい。
グラスの持ち方も。
酒の味わい方も。
酔った人間との距離の取り方も。
「…………」
ティオだけが。
それを見ていた。
「シュテー」
「ん?」
「本当に覚えてない?」
「何を?」
「酒飲んだこと」
「…………」
シュテーが少し考える。
「覚えてねぇ」
「そっか」
「でも」
「うん?」
「なんか」
グラスを見る。
「懐かしい気はする」
「…………」
「変?」
「いや」
「…………」
「変じゃないよ」
記憶はない。
けれど。
シュテーという人間が。
この世界へ現れた瞬間に生まれたわけではないことくらい。
ティオにも。
もう分かっていた。
◇
そして。
数ヶ月後。
「シュテー!」
「うるせぇな、聞こえてるよ!」
「俺様の酒勝手に飲んだだろ!」
「名前書いてなかった」
「俺様が持ってきたんだから俺様のだ!」
「共有かと思った」
「んなわけあるか!」
「ゼウス、細けぇ」
「誰に向かって言ってんだ!」
「酒飲みに来るおっさん」
「おっ――!?」
広重が。
腹を抱えて笑っている。
「ゼウス、おっさんだってよ!」
「広重、お前も笑ってんじゃねぇ!」
「シュテー、もっと言え!」
「広重」
「何?」
「お前もおっさん」
「何で俺まで!?」
「はははは!」
今度はゼウスが笑う。
「先生」
「…………」
「先生?」
「…………」
ティオは。
遠い目をしていた。
「どうした?」
「俺が最初に会ったシュテー」
「うん」
「もう少し大人しかった気がする」
「気のせい」
「絶対気のせいじゃない」
「先生、細けぇな」
「その喋り方!」
「何?」
「完全に広重じゃん!」
「俺!?」
「お前だよ!」
「俺こんなんじゃねぇぞ!」
「こんなんだよ」
「シュテー!」
「うるせぇ」
そして。
「飲むか、シュテー!」
「飲む!」
「そこだけ息合うな!!」
ゼウスが酒瓶を掲げ。
シュテーがグラスを持つ。
見た目だけなら。
今でも少年に見える。
けれど。
身体は間違いなく成人。
そして。
失われた記憶の向こう側で。
どれだけの時間を生きてきたのかは。
誰にも分からない。
一年なのか。
十年なのか。
あるいは。
それ以上なのか。
本人さえ知らない。
「乾杯!」
「おう!」
「俺も!」
「広重はもうやめとけ」
「何でだよ!」
「昨日潰れただろ」
「今日は潰れねぇ!」
「毎回言ってる」
「うるせぇ!」
「ティー君も飲む?」
「……少しだけね」
「先生も弱ぇからな」
「誰のせいでそんなこと言うようになったの!?」
「広重」
「また俺!?」
「半分くらいゼウス」
「俺様は酒しか教えてねぇぞ!」
「十分だよ!」
笑い声が響く。
シュテーは。
この世界で失ったものを。
まだ何一つ思い出してはいなかった。
それでも。
何もなかった場所には。
ティオがいて。
広重がいて。
時々、酒瓶を抱えたゼウスが来る。
記憶とは別のものが。
少しずつ。
積み重なり始めていた。