エマ   作:篠原えれの

36 / 70
第三十三話『兆し』

 

 

 クイントが初めて竜化してから。

 

 数週間が過ぎた。

 

「――それでね、本当に金色だったんだって!」

 

「そうか」

 

「大きかったらしいよ!」

 

「そうか」

 

「リリーなんて『ママ、ドラゴン!』って、それから毎日――って、ミカエル聞いてる?」

 

「聞いている」

 

「絶対聞いてない!」

 

「金色の竜になったのだろう」

 

「聞いてた!」

 

 エルサイア城。

 

 久しぶりに姿を見せたミカエルを捕まえて。

 

 クイントは、ここ最近に起きた出来事を片っ端から報告していた。

 

「しかも喋れなかったんだよ」

 

「それは不便だな」

 

「そうなの! 私の中では普通に喋ってるつもりだったのに、コウヤには何にも聞こえてなかったんだって!」

 

「…………」

 

「何?」

 

「クイントらしい問題だと思ってな」

 

「どういう意味!?」

 

「そのままの意味だ」

 

「ひどい!」

 

 少し離れたところで。

 

「ママ、ドラゴン!」

 

 リリーが両手を広げた。

 

「今日はならないよ」

 

「なんで?」

 

「疲れるから」

 

「ドラゴン!」

 

「ならない」

 

「ドラゴーン!」

 

「リリー」

 

「むー」

 

 ミカエルが。

 

 その様子を見る。

 

「……三歳になったか」

 

「うん」

 

「早いものだな」

 

「ミカエル、最近全然来ないもんね」

 

「ああ」

 

「まだアルテミス?」

 

「…………」

 

 そこで。

 

 ミカエルの表情が変わった。

 

「うん」

 

「見つからない?」

 

「見つかってはいない」

 

「……そっか」

 

 クイントも。

 

 少しだけ声を落とす。

 

 アルテミス。

 

 ワールドイーターとの戦闘の最中。

 

 強い干渉を受け。

 

 行方が分からなくなった天族。

 

 死んだという確証はない。

 

 だが。

 

 生きているという証拠も。

 

 今のところ。

 

 見つかっていない。

 

「ノヴァにもいないの?」

 

「いない」

 

「じゃあ、どこに……」

 

「それについては」

 

 ミカエルが言った。

 

「ある程度、見当がついた」

 

「え?」

 

「アルテミスは死んでいない可能性が高い」

 

「ほんと!?」

 

「ああ」

 

「じゃあ!」

 

「クイント」

 

「…………」

 

 その一言で。

 

 クイントが止まる。

 

「まだ喜ぶのは早い」

 

「……どういうこと?」

 

「現在にいない」

 

「…………」

 

「ノヴァにも。エマにも。確認できる限り、他の場所にも痕跡がない」

 

「じゃあ……」

 

「時間だ」

 

「…………時間?」

 

 クイントが首を傾げる。

 

「アルテミスは」

 

 ミカエルが。

 

 静かに言った。

 

「未来へ飛ばされた可能性が高い」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 瞬きをする。

 

「未来?」

 

「ああ」

 

「そんなことできるの?」

 

「通常ならな」

 

「…………」

 

「だが、あの時はワールドイーターとの戦闘で干渉が強くなりすぎていた」

 

「うん」

 

「時間軸そのものへ影響した可能性がある」

 

「…………」

 

 クイントは。

 

 少し考える。

 

「じゃあ」

 

「何だ」

 

「未来にいるなら、戻ってくればいいんじゃないの?」

 

「…………」

 

「アルテミスなら、帰ってくる方法くらい探せそうだけど」

 

「その通りだ」

 

「え?」

 

「だから問題なんだ」

 

「…………」

 

 ミカエルの青い瞳が。

 

 僅かに細くなる。

 

「アルテミスは無能ではない」

 

「それは知ってる」

 

「未来へ飛ばされたとしても、それだけなら帰還する手段を探す」

 

「うん」

 

「少なくとも、こちらへ何らかの痕跡を残そうとはするだろう」

 

「…………」

 

「だが、何もない」

 

「…………」

 

 クイントの表情から。

 

 少しずつ笑みが消える。

 

「つまり?」

 

「未来へ飛ばされたこと自体が問題なのではない」

 

「…………」

 

「未来で」

 

 ミカエルが。

 

 僅かに間を置いた。

 

「何かあった」

 

「…………」

 

「そのせいで戻れない。そう考えた方が自然だ」

 

「何かって?」

 

「分からない」

 

「ミカエルでも?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 珍しい。

 

 ミカエルが。

 

 ここまではっきりと。

 

 分からないと言うのは。

 

「未来を見られないの?」

 

「見られることと、干渉することは別だ」

 

「そっか……」

 

「それに」

 

「?」

 

「未来というものは、それほど単純ではない」

 

「…………」

 

 クイントには。

 

 難しい話だった。

 

「でも」

 

「何だ」

 

「アルテミス、生きてるかもしれないんだよね」

 

「可能性は高い」

 

「じゃあ」

 

 クイントが笑った。

 

「探せるね」

 

「…………」

 

「死んじゃったって決まったわけじゃないなら、まだ探せる」

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 しばらくクイントを見て。

 

「ああ」

 

 小さく答えた。

 

「そのつもりだ」

 

 ◇

 

「それにしても」

 

 クイントが言った。

 

「未来かぁ」

 

「何だ」

 

「未来の私って何してるんだろう」

 

「知らない」

 

「王様まだやってるかな」

 

「知らない」

 

「リリーは大人になってるよね」

 

「未来の年代による」

 

「結婚してたりして!」

 

「気が早い」

 

「孫いたりして!」

 

「だから気が早い」

 

「おじいちゃん!」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 ちょうど部屋へ入ってきたギルへ駆けていく。

 

「何だ」

 

「ママ、リリーけっこんするって!」

 

「してないよ!?」

 

「今の話で何故そうなる」

 

「リリー、けっこん?」

 

「まだしなくていい」

 

「なんで?」

 

「三歳だからだ」

 

「よんさいなら?」

 

「駄目だ」

 

「ごさい?」

 

「駄目だ」

 

「ろくさい!」

 

「駄目だ」

 

「いつ!?」

 

「大人になってからだ」

 

「おとなっていつ?」

 

「…………」

 

 ギルが。

 

 黙った。

 

「おじいちゃん?」

 

「クイント」

 

「私に振らないでよ!」

 

「お前の娘だろう」

 

「お父さんの孫でしょ!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 少しだけ笑った。

 

「ミカエル笑った!」

 

「笑っていない」

 

「笑ったよ!」

 

「気のせいだ」

 

「おじいちゃんとおんなじこという!」

 

「…………」

 

「ミカエル、リリーのおじいちゃん?」

 

「違う」

 

「じゃあパパ?」

 

「もっと違う」

 

「じゃあなに?」

 

「…………」

 

 今度は。

 

 ミカエルが黙った。

 

「ミカエル?」

 

「……知人だ」

 

「ちじん?」

 

「リリーにはまだ難しいよ」

 

「むー」

 

 そんな。

 

 他愛もない会話だった。

 

 だから。

 

「…………っ」

 

 最初は。

 

 誰も。

 

 大したことだとは思わなかった。

 

「クイント?」

 

 ミカエルが。

 

 一番最初に気づいた。

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 口元を押さえている。

 

「どうした」

 

「いや……」

 

「ママ?」

 

「大丈夫」

 

「顔色が悪いぞ」

 

 ギルも気づく。

 

「ちょっと……気持ち悪くて」

 

「竜化の反動か?」

 

 ミカエルが聞く。

 

「何日前の話だと思ってるの」

 

「なら別の原因だ」

 

「多分……」

 

「座れ」

 

「大丈夫だって」

 

「クイント」

 

「はい」

 

 声が低くなった。

 

 クイントが素直に座る。

 

「ミカエル、たまにお父さんより怖いよね」

 

「聞こえている」

 

「ごめんなさい」

 

 ◇

 

「――で」

 

 しばらくして。

 

「何で私が呼ばれた」

 

 ライベルトがいた。

 

「医者だから」

 

「それは知ってる」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「私は仕事中だったんだぞ」

 

「ごめんって」

 

「気持ち悪いんだろ」

 

「うん」

 

「いつから」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 考える。

 

「ちょっと前から?」

 

「何で今まで黙ってた」

 

「大したことないと思って」

 

「他には」

 

「眠い」

 

「いつもだろ」

 

「ひどい!」

 

「食欲」

 

「ある」

 

「熱は」

 

「ないと思う」

 

「腹痛」

 

「ない」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 黙る。

 

「なに?」

 

「最後の月経」

 

「…………」

 

「クイント」

 

「…………」

 

 クイントの顔が。

 

 徐々に。

 

「…………あ」

 

「…………」

 

 変わった。

 

「お前」

 

「待って」

 

「クイント」

 

「ちょっと待って!」

 

「何を待つんだよ」

 

「心の準備!」

 

「診るぞ」

 

「ライベルト!」

 

「医者呼んだのお前だろ!」

 

「そうだけど!」

 

 コウヤまで呼ばれたのは。

 

 その少し後だった。

 

 ◇

 

「…………」

 

 静かだった。

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 クイントを見る。

 

「…………」

 

 クイントも。

 

 コウヤを見る。

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 ため息をつく。

 

「何か言えよ」

 

「いや……」

 

「…………」

 

「マジ?」

 

「嘘言ってどうする」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 もう一度。

 

 クイントを見る。

 

「クイント」

 

「うん」

 

「二人目?」

 

「……みたい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 数秒。

 

「えええええ!?」

 

「うるせぇ!」

 

「だって!」

 

「ママ?」

 

「リリー!」

 

 クイントが。

 

 娘を見る。

 

「どうしたの?」

 

「えっとね……」

 

「?」

 

「リリー」

 

「うん!」

 

「お姉ちゃんになるよ」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 止まった。

 

「おねえちゃん?」

 

「そう」

 

「なんで?」

 

「なんで……」

 

「おねえちゃん、どこ?」

 

「まだここ」

 

 クイントが。

 

 自分のお腹へ手を置く。

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 じっと見る。

 

「ママのおなか?」

 

「うん」

 

「あかちゃん?」

 

「そうだよ」

 

「…………」

 

 ぱあっと。

 

 顔が明るくなった。

 

「あかちゃん!」

 

「うん」

 

「リリーのおとうと!?」

 

「妹かもしれないよ」

 

「いもうと!」

 

「どっちかはまだ分からない」

 

「ドラゴン!?」

 

「何で最初にそこ気にするの!?」

 

「ママもリリーもドラゴン!」

 

「パパは違うぞ!」

 

「パパ、ドラゴンじゃない!」

 

「知ってるよ!」

 

 ◇

 

 賑やかだった。

 

 コウヤも。

 

 クイントも。

 

 ギルも。

 

 リリーも。

 

 突然増えることになった家族を。

 

 それぞれの形で喜んでいた。

 

 ただ。

 

「…………」

 

 一人。

 

 ミカエルだけが。

 

 黙っていた。

 

「ミカエル?」

 

 クイントが気づく。

 

「どうしたの?」

 

「…………」

 

「もしかして、あんまり嬉しくない?」

 

「何故そうなる」

 

「だってずっと黙ってるから」

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 クイントを見る。

 

 正確には。

 

 その腹部を。

 

「……ライベルト」

 

「何」

 

「母体に異常は?」

 

「今のところない」

 

「胎児は」

 

「この時期で分かる範囲なら問題ない」

 

「そうか」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 ミカエルを見る。

 

「何かあるのか?」

 

「…………」

 

「ミカエル?」

 

「いや」

 

 ない。

 

 何も。

 

 今の段階で。

 

 異常と呼べるものはない。

 

 それなのに。

 

「…………」

 

 妙だった。

 

「ミカエル」

 

「何だ」

 

「怖い顔してる」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 少し不安そうにする。

 

「赤ちゃん、何か変なの?」

 

「分からない」

 

「…………」

 

「今のは言い方が悪かった」

 

「びっくりしたよ!」

 

「すまない」

 

「珍しいね、ミカエルが謝るの」

 

「クイント」

 

「はい」

 

 ミカエルは。

 

 もう一度。

 

 その小さな命へ意識を向ける。

 

「今のところ、私にも何も分からない」

 

「うん」

 

「だが」

 

「…………」

 

「定期的にライベルトの診察を受けろ」

 

「もちろん」

 

「少しでも異変があれば、すぐに知らせろ」

 

「分かった」

 

「無理もするな」

 

「分かったって」

 

「竜化もしばらくするな」

 

「えー」

 

「クイント」

 

「分かりました!」

 

「何でそこだけ不満なんだよ」

 

 コウヤが呆れる。

 

 けれど。

 

 ミカエルは。

 

 笑わなかった。

 

「…………」

 

 嫌な予感がする。

 

 理由は。

 

 分からない。

 

 魔力とも違う。

 

 呪いとも違う。

 

 まして。

 

 この時点では。

 

 その胎児から。

 

 星魅の巫女の存在など。

 

 読み取れるはずもなかった。

 

「…………ミカエル?」

 

「予定を変更する」

 

「え?」

 

「しばらくエマにいる」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 驚いた。

 

「いいの?」

 

「ああ」

 

「アルテミスは?」

 

「捜索は続ける」

 

「でもノヴァにいなくて大丈夫?」

 

「私が四六時中ノヴァにいる必要はない」

 

「そっか」

 

「それに」

 

「?」

 

 ミカエルが。

 

 クイントを見る。

 

「こちらも気になる」

 

「赤ちゃん?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 自分のお腹を見る。

 

「そんなに?」

 

「…………」

 

「ミカエル」

 

「嫌な予感がする」

 

「…………」

 

 今度は。

 

 はっきりと言った。

 

「何が起きるの?」

 

「分からない」

 

「怖いこと?」

 

「それも分からない」

 

「…………」

 

「だから残る」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 しばらくミカエルを見る。

 

 そして。

 

「ありがとう」

 

「礼を言われることではない」

 

「でも、いてくれるんでしょ」

 

「ああ」

 

「じゃあ、ありがとう」

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 何も答えなかった。

 

「ミカエル!」

 

 リリーがやってくる。

 

「何だ」

 

「あかちゃん、まもる?」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 リリーを見る。

 

「ママと、あかちゃん!」

 

「…………」

 

 少しだけ。

 

 間があった。

 

「ああ」

 

「ほんと?」

 

「何かあればな」

 

「やった!」

 

「喜ぶところなのか?」

 

「ミカエルつよい!」

 

「…………」

 

「ライベルトもつよい!」

 

「私は医者だ」

 

「おじいちゃんも!」

 

「何故私まで」

 

「パパも!」

 

「俺最後!?」

 

「リリーも!」

 

「お前は三歳だろ!」

 

「ドラゴン!」

 

「竜になればいいってもんじゃねぇ!」

 

 また。

 

 部屋が騒がしくなる。

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 その中で。

 

 もう一度だけ。

 

 クイントの腹部へ視線を向けた。

 

 まだ。

 

 何も分からない。

 

 ただ。

 

 どうしても。

 

 この場所から離れてはいけないような気がした。

 

 ――その判断は。

 

 間違ってはいなかった。

 

 実際。

 

 やがて生まれる第二子を巡って。

 

 この城には。

 

 星魅の巫女が現れることになる。

 

 けれど。

 

 ミカエルは知らなかった。

 

 その時。

 

 守るために前へ出ることが。

 

 自分自身の運命まで。

 

 大きく変えることになるとは。

 

 まだ。

 

 誰も知らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。