クイントが初めて竜化してから。
数週間が過ぎた。
「――それでね、本当に金色だったんだって!」
「そうか」
「大きかったらしいよ!」
「そうか」
「リリーなんて『ママ、ドラゴン!』って、それから毎日――って、ミカエル聞いてる?」
「聞いている」
「絶対聞いてない!」
「金色の竜になったのだろう」
「聞いてた!」
エルサイア城。
久しぶりに姿を見せたミカエルを捕まえて。
クイントは、ここ最近に起きた出来事を片っ端から報告していた。
「しかも喋れなかったんだよ」
「それは不便だな」
「そうなの! 私の中では普通に喋ってるつもりだったのに、コウヤには何にも聞こえてなかったんだって!」
「…………」
「何?」
「クイントらしい問題だと思ってな」
「どういう意味!?」
「そのままの意味だ」
「ひどい!」
少し離れたところで。
「ママ、ドラゴン!」
リリーが両手を広げた。
「今日はならないよ」
「なんで?」
「疲れるから」
「ドラゴン!」
「ならない」
「ドラゴーン!」
「リリー」
「むー」
ミカエルが。
その様子を見る。
「……三歳になったか」
「うん」
「早いものだな」
「ミカエル、最近全然来ないもんね」
「ああ」
「まだアルテミス?」
「…………」
そこで。
ミカエルの表情が変わった。
「うん」
「見つからない?」
「見つかってはいない」
「……そっか」
クイントも。
少しだけ声を落とす。
アルテミス。
ワールドイーターとの戦闘の最中。
強い干渉を受け。
行方が分からなくなった天族。
死んだという確証はない。
だが。
生きているという証拠も。
今のところ。
見つかっていない。
「ノヴァにもいないの?」
「いない」
「じゃあ、どこに……」
「それについては」
ミカエルが言った。
「ある程度、見当がついた」
「え?」
「アルテミスは死んでいない可能性が高い」
「ほんと!?」
「ああ」
「じゃあ!」
「クイント」
「…………」
その一言で。
クイントが止まる。
「まだ喜ぶのは早い」
「……どういうこと?」
「現在にいない」
「…………」
「ノヴァにも。エマにも。確認できる限り、他の場所にも痕跡がない」
「じゃあ……」
「時間だ」
「…………時間?」
クイントが首を傾げる。
「アルテミスは」
ミカエルが。
静かに言った。
「未来へ飛ばされた可能性が高い」
「…………」
クイントが。
瞬きをする。
「未来?」
「ああ」
「そんなことできるの?」
「通常ならな」
「…………」
「だが、あの時はワールドイーターとの戦闘で干渉が強くなりすぎていた」
「うん」
「時間軸そのものへ影響した可能性がある」
「…………」
クイントは。
少し考える。
「じゃあ」
「何だ」
「未来にいるなら、戻ってくればいいんじゃないの?」
「…………」
「アルテミスなら、帰ってくる方法くらい探せそうだけど」
「その通りだ」
「え?」
「だから問題なんだ」
「…………」
ミカエルの青い瞳が。
僅かに細くなる。
「アルテミスは無能ではない」
「それは知ってる」
「未来へ飛ばされたとしても、それだけなら帰還する手段を探す」
「うん」
「少なくとも、こちらへ何らかの痕跡を残そうとはするだろう」
「…………」
「だが、何もない」
「…………」
クイントの表情から。
少しずつ笑みが消える。
「つまり?」
「未来へ飛ばされたこと自体が問題なのではない」
「…………」
「未来で」
ミカエルが。
僅かに間を置いた。
「何かあった」
「…………」
「そのせいで戻れない。そう考えた方が自然だ」
「何かって?」
「分からない」
「ミカエルでも?」
「ああ」
「…………」
珍しい。
ミカエルが。
ここまではっきりと。
分からないと言うのは。
「未来を見られないの?」
「見られることと、干渉することは別だ」
「そっか……」
「それに」
「?」
「未来というものは、それほど単純ではない」
「…………」
クイントには。
難しい話だった。
「でも」
「何だ」
「アルテミス、生きてるかもしれないんだよね」
「可能性は高い」
「じゃあ」
クイントが笑った。
「探せるね」
「…………」
「死んじゃったって決まったわけじゃないなら、まだ探せる」
「…………」
ミカエルは。
しばらくクイントを見て。
「ああ」
小さく答えた。
「そのつもりだ」
◇
「それにしても」
クイントが言った。
「未来かぁ」
「何だ」
「未来の私って何してるんだろう」
「知らない」
「王様まだやってるかな」
「知らない」
「リリーは大人になってるよね」
「未来の年代による」
「結婚してたりして!」
「気が早い」
「孫いたりして!」
「だから気が早い」
「おじいちゃん!」
「…………」
リリーが。
ちょうど部屋へ入ってきたギルへ駆けていく。
「何だ」
「ママ、リリーけっこんするって!」
「してないよ!?」
「今の話で何故そうなる」
「リリー、けっこん?」
「まだしなくていい」
「なんで?」
「三歳だからだ」
「よんさいなら?」
「駄目だ」
「ごさい?」
「駄目だ」
「ろくさい!」
「駄目だ」
「いつ!?」
「大人になってからだ」
「おとなっていつ?」
「…………」
ギルが。
黙った。
「おじいちゃん?」
「クイント」
「私に振らないでよ!」
「お前の娘だろう」
「お父さんの孫でしょ!」
「…………」
「…………」
ミカエルが。
少しだけ笑った。
「ミカエル笑った!」
「笑っていない」
「笑ったよ!」
「気のせいだ」
「おじいちゃんとおんなじこという!」
「…………」
「ミカエル、リリーのおじいちゃん?」
「違う」
「じゃあパパ?」
「もっと違う」
「じゃあなに?」
「…………」
今度は。
ミカエルが黙った。
「ミカエル?」
「……知人だ」
「ちじん?」
「リリーにはまだ難しいよ」
「むー」
そんな。
他愛もない会話だった。
だから。
「…………っ」
最初は。
誰も。
大したことだとは思わなかった。
「クイント?」
ミカエルが。
一番最初に気づいた。
「…………」
クイントが。
口元を押さえている。
「どうした」
「いや……」
「ママ?」
「大丈夫」
「顔色が悪いぞ」
ギルも気づく。
「ちょっと……気持ち悪くて」
「竜化の反動か?」
ミカエルが聞く。
「何日前の話だと思ってるの」
「なら別の原因だ」
「多分……」
「座れ」
「大丈夫だって」
「クイント」
「はい」
声が低くなった。
クイントが素直に座る。
「ミカエル、たまにお父さんより怖いよね」
「聞こえている」
「ごめんなさい」
◇
「――で」
しばらくして。
「何で私が呼ばれた」
ライベルトがいた。
「医者だから」
「それは知ってる」
「じゃあいいじゃん」
「私は仕事中だったんだぞ」
「ごめんって」
「気持ち悪いんだろ」
「うん」
「いつから」
「…………」
クイントが。
考える。
「ちょっと前から?」
「何で今まで黙ってた」
「大したことないと思って」
「他には」
「眠い」
「いつもだろ」
「ひどい!」
「食欲」
「ある」
「熱は」
「ないと思う」
「腹痛」
「ない」
「…………」
ライベルトが。
黙る。
「なに?」
「最後の月経」
「…………」
「クイント」
「…………」
クイントの顔が。
徐々に。
「…………あ」
「…………」
変わった。
「お前」
「待って」
「クイント」
「ちょっと待って!」
「何を待つんだよ」
「心の準備!」
「診るぞ」
「ライベルト!」
「医者呼んだのお前だろ!」
「そうだけど!」
コウヤまで呼ばれたのは。
その少し後だった。
◇
「…………」
静かだった。
「…………」
コウヤが。
クイントを見る。
「…………」
クイントも。
コウヤを見る。
「…………」
ライベルトが。
ため息をつく。
「何か言えよ」
「いや……」
「…………」
「マジ?」
「嘘言ってどうする」
「…………」
コウヤが。
もう一度。
クイントを見る。
「クイント」
「うん」
「二人目?」
「……みたい」
「…………」
「…………」
数秒。
「えええええ!?」
「うるせぇ!」
「だって!」
「ママ?」
「リリー!」
クイントが。
娘を見る。
「どうしたの?」
「えっとね……」
「?」
「リリー」
「うん!」
「お姉ちゃんになるよ」
「…………」
リリーが。
止まった。
「おねえちゃん?」
「そう」
「なんで?」
「なんで……」
「おねえちゃん、どこ?」
「まだここ」
クイントが。
自分のお腹へ手を置く。
「…………」
リリーが。
じっと見る。
「ママのおなか?」
「うん」
「あかちゃん?」
「そうだよ」
「…………」
ぱあっと。
顔が明るくなった。
「あかちゃん!」
「うん」
「リリーのおとうと!?」
「妹かもしれないよ」
「いもうと!」
「どっちかはまだ分からない」
「ドラゴン!?」
「何で最初にそこ気にするの!?」
「ママもリリーもドラゴン!」
「パパは違うぞ!」
「パパ、ドラゴンじゃない!」
「知ってるよ!」
◇
賑やかだった。
コウヤも。
クイントも。
ギルも。
リリーも。
突然増えることになった家族を。
それぞれの形で喜んでいた。
ただ。
「…………」
一人。
ミカエルだけが。
黙っていた。
「ミカエル?」
クイントが気づく。
「どうしたの?」
「…………」
「もしかして、あんまり嬉しくない?」
「何故そうなる」
「だってずっと黙ってるから」
「…………」
ミカエルは。
クイントを見る。
正確には。
その腹部を。
「……ライベルト」
「何」
「母体に異常は?」
「今のところない」
「胎児は」
「この時期で分かる範囲なら問題ない」
「そうか」
「…………」
ライベルトが。
ミカエルを見る。
「何かあるのか?」
「…………」
「ミカエル?」
「いや」
ない。
何も。
今の段階で。
異常と呼べるものはない。
それなのに。
「…………」
妙だった。
「ミカエル」
「何だ」
「怖い顔してる」
「…………」
クイントが。
少し不安そうにする。
「赤ちゃん、何か変なの?」
「分からない」
「…………」
「今のは言い方が悪かった」
「びっくりしたよ!」
「すまない」
「珍しいね、ミカエルが謝るの」
「クイント」
「はい」
ミカエルは。
もう一度。
その小さな命へ意識を向ける。
「今のところ、私にも何も分からない」
「うん」
「だが」
「…………」
「定期的にライベルトの診察を受けろ」
「もちろん」
「少しでも異変があれば、すぐに知らせろ」
「分かった」
「無理もするな」
「分かったって」
「竜化もしばらくするな」
「えー」
「クイント」
「分かりました!」
「何でそこだけ不満なんだよ」
コウヤが呆れる。
けれど。
ミカエルは。
笑わなかった。
「…………」
嫌な予感がする。
理由は。
分からない。
魔力とも違う。
呪いとも違う。
まして。
この時点では。
その胎児から。
星魅の巫女の存在など。
読み取れるはずもなかった。
「…………ミカエル?」
「予定を変更する」
「え?」
「しばらくエマにいる」
「…………」
クイントが。
驚いた。
「いいの?」
「ああ」
「アルテミスは?」
「捜索は続ける」
「でもノヴァにいなくて大丈夫?」
「私が四六時中ノヴァにいる必要はない」
「そっか」
「それに」
「?」
ミカエルが。
クイントを見る。
「こちらも気になる」
「赤ちゃん?」
「ああ」
「…………」
クイントが。
自分のお腹を見る。
「そんなに?」
「…………」
「ミカエル」
「嫌な予感がする」
「…………」
今度は。
はっきりと言った。
「何が起きるの?」
「分からない」
「怖いこと?」
「それも分からない」
「…………」
「だから残る」
「…………」
クイントが。
しばらくミカエルを見る。
そして。
「ありがとう」
「礼を言われることではない」
「でも、いてくれるんでしょ」
「ああ」
「じゃあ、ありがとう」
「…………」
ミカエルは。
何も答えなかった。
「ミカエル!」
リリーがやってくる。
「何だ」
「あかちゃん、まもる?」
「…………」
ミカエルが。
リリーを見る。
「ママと、あかちゃん!」
「…………」
少しだけ。
間があった。
「ああ」
「ほんと?」
「何かあればな」
「やった!」
「喜ぶところなのか?」
「ミカエルつよい!」
「…………」
「ライベルトもつよい!」
「私は医者だ」
「おじいちゃんも!」
「何故私まで」
「パパも!」
「俺最後!?」
「リリーも!」
「お前は三歳だろ!」
「ドラゴン!」
「竜になればいいってもんじゃねぇ!」
また。
部屋が騒がしくなる。
「…………」
ミカエルは。
その中で。
もう一度だけ。
クイントの腹部へ視線を向けた。
まだ。
何も分からない。
ただ。
どうしても。
この場所から離れてはいけないような気がした。
――その判断は。
間違ってはいなかった。
実際。
やがて生まれる第二子を巡って。
この城には。
星魅の巫女が現れることになる。
けれど。
ミカエルは知らなかった。
その時。
守るために前へ出ることが。
自分自身の運命まで。
大きく変えることになるとは。
まだ。
誰も知らなかった。