クイントの第二子妊娠が分かってから。
エルサイア城には。
また一つ。
新しい話題が増えた。
「ママ」
「なに?」
「あかちゃん、まだ?」
「まだだよ」
「いつ?」
「もうちょっと先」
「きょう?」
「今日じゃない」
「あした?」
「明日でもない」
「あさって?」
「リリー」
「なあに?」
「赤ちゃんはそんなすぐ出てこないよ」
「なんで?」
「大きくならないといけないから」
「おなかで?」
「そう」
「…………」
リリーが。
クイントの腹をじっと見る。
「いま、おっきい?」
「まだ小さいかな」
「みたい」
「見えないよ」
「ライベルトならみえる!」
「…………」
クイントが止まった。
「確かに」
「納得すんなよ」
後ろから。
コウヤが呆れた声を出した。
「ライベルト呼ぶ!」
「呼ばなくていいって!」
「なんで?」
「赤ちゃん見るためだけに医者呼ぶな!」
「でもライベルト、おいしゃさん!」
「そういう問題じゃねぇ」
「パパ、うるさい」
「誰に似たんだその言い方!」
「多分コウヤ」
「クイント!?」
◇
「――で」
数時間後。
「何で私がいるんだよ」
「リリーが」
「ママがいいっていった!」
「言ってないよ!?」
結局。
ライベルトは来ていた。
「お前ら親子さぁ……」
「ごめんって」
「まあ定期検査の時期ではあるけど」
ライベルトは椅子へ座る。
「ほら、クイント」
「はい」
「体調」
「普通」
「気持ち悪いのは?」
「前よりマシ」
「食事」
「食べてる」
「睡眠」
「寝てる」
「仕事」
「…………」
「減らした?」
「…………」
「クイント」
「減らした!」
「今の間何だよ」
「減らしたって!」
「ならいい」
ライベルトが診察を始める。
その横で。
リリーが。
ものすごく真剣な顔をしていた。
「…………」
「リリー」
「なあに?」
「そんな見ても何も出てこねぇぞ」
「あかちゃんみえる?」
「私にはな」
「どんな?」
「…………」
ライベルトが。
少しだけ目を細める。
「まだ小さい」
「かわいい?」
「この段階で聞く?」
「かわいい?」
「……元気だよ」
「かわいい?」
「しつこいな!」
クイントが笑う。
「リリー、ライベルト困ってるよ」
「でもみたい」
「生まれたらいっぱい見れるよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあまつ!」
「偉い」
「リリー、おねえちゃんだから!」
「…………」
その一言に。
クイントの表情が。
少しだけ柔らかくなった。
「そうだね」
「うん!」
「お姉ちゃんになれる?」
「なれる!」
「赤ちゃん泣いたら?」
「よしよしする!」
「寝てたら?」
「しずかにする!」
「ご飯は?」
「…………」
「赤ちゃんはまだ食べないけど」
「リリーがたべる!」
「そうじゃないよ」
「ふふっ」
◇
少し離れた場所。
ミカエルは。
その様子を見ていた。
「…………」
ライベルトが気づく。
「何だよ」
「何がだ」
「また見てる」
「診察の邪魔はしていない」
「そういう話じゃねぇ」
「…………」
ライベルトが。
クイントの腹へ視線を戻す。
「お前、ずっと気にしてるよな」
「ああ」
「何か分かった?」
「まだだ」
「…………」
「だから見ている」
「嫌な予感ってやつ?」
「そうだ」
「…………」
ライベルトは。
少しだけ表情を変えた。
「私には今のところ、普通に育ってるように見える」
「それは分かっている」
「なら」
「普通だから安心できるとは限らない」
「……ミカエル」
「何だ」
「お前、そういう言い方するとクイント不安にするぞ」
「聞こえてるよ」
「…………」
二人が止まった。
「クイント」
「何?」
「聞いてたのか」
「聞こえるよ普通に」
クイントが苦笑する。
「大丈夫」
「何が?」
「ミカエルが心配してるだけなの分かってるから」
「…………」
「ライベルトもいるし」
「うん」
「何かあったら、その時考える」
「軽いな」
「だって今から怖がってても仕方ないじゃん」
「…………」
ミカエルが。
静かにクイントを見る。
「貴女は――」
「クイントでいいよ」
「…………」
「最近ずっとそう呼んでたじゃん」
「……そうだったな」
「うん」
「ではクイント」
「なに?」
「少しでも違和感があれば私にも知らせろ」
「分かった」
「本当に?」
「ライベルトみたい」
「私と一緒にすんな」
「何でだ」
「お前の方がしつこい」
「ライベルトも十分しつこいよ」
「クイント!」
「ふふっ」
◇
その日の夕方。
「父さん」
「何だ」
コウヤが。
ギルの隣へ座った。
「二人目だってさ」
「知っている」
「そりゃ知ってるか」
「ああ」
「…………」
少しだけ。
沈黙。
「何だ」
「いや」
「言え」
「俺」
「うん」
「二人目でもやっぱ落ち着かねぇな」
「そうか」
「リリーの時よりマシだと思ってたんだけど」
「…………」
「全然だった」
「お前らしい」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
「父さん最近ミカエルみたいになってねぇ?」
「それは嫌だな」
「聞かれたら怒られるぞ」
「聞かせなければいい」
「珍しく悪いこと言うな」
ギルが。
小さく笑った。
「でも」
「何だ」
「楽しみだ」
「……ああ」
コウヤも。
少し笑う。
「今度は誰に似るかな」
「…………」
ギルの顔が。
微妙に変わった。
「父さん?」
「何だ」
「何で嫌そうなんだよ」
「嫌ではない」
「じゃあ何」
「リリーで十分驚いた」
「…………」
「次は普通でいてほしいと思っている」
「普通って何だよ!」
「少なくとも、突然竜にはならないでほしい」
「それは俺も思う」
「…………」
二人で。
少しだけ笑った。
まだ。
知らない。
今度の子供は。
竜になるどころか。
生まれた瞬間から。
もっと分かりやすく。
この家の誰とも違う姿をしていることを。
◇
夜。
「…………」
ミカエルは。
一人で窓の外を見ていた。
ノヴァ。
アルテミス。
未来。
そして。
エマ。
クイントの第二子。
「…………」
どれも。
まだ答えがない。
ただ。
嫌な予感だけが。
消えない。
「ミカエル」
声。
「ライベルトか」
「まだ起きてた?」
「ああ」
「ノヴァ戻らなくていいのか」
「必要な時は戻る」
「…………」
ライベルトが。
ミカエルの隣へ立つ。
「そこまで気になる?」
「ああ」
「何で」
「分からない」
「またそれか」
「分からないものを分かると言うつもりはない」
「それはそうだけどよ」
少しだけ。
沈黙。
「クイントには」
「何だ」
「星魅の巫女の力が残ってた」
「…………」
「昔の話だけどな」
「知っている」
「今は?」
「…………」
ミカエルが。
ゆっくりライベルトを見る。
「何が言いたい」
「いや」
ライベルトは。
腕を組む。
「ただ」
「…………」
「私も少し気になってきた」
「何が」
「分からん」
「…………」
「お前のせいだよ」
「私のせいにするな」
「嫌な予感とか言われたら医者として気になるだろ」
「そうか」
「そうだよ」
ライベルトが。
小さく息を吐く。
「まあ」
「何だ」
「私も見る」
「…………」
「クイントも」
「…………」
「赤ん坊も」
「そうしてくれ」
「言われなくてもやるよ」
ミカエルが。
僅かに目を細めた。
「ライベルト」
「何」
「何か分かったら」
「言う」
「…………」
「だからお前も」
「何だ」
「一人で勝手に何かすんなよ」
「…………」
「お前ら天族、気づいたら勝手に動くからな」
「心外だ」
「事実だろ」
「……否定はしない」
「するな」
◇
同じ頃。
「ママ」
「なに?」
「おなか」
「うん」
「さわっていい?」
「いいよ」
リリーが。
そっと。
クイントの腹へ手を置いた。
「…………」
「まだ動かないよ」
「しってる」
「じゃあ何してるの?」
「はなしてる」
「誰と?」
「あかちゃん」
「…………」
クイントが。
少しだけ笑う。
「何話してるの?」
「リリーがおねえちゃんって」
「そっか」
「あと」
「うん?」
「ドラゴンになれるって」
「それは教えなくていい!」
「なんでー!」
「赤ちゃんまで竜化したらライベルト泣くよ!」
「泣かねぇよ!」
遠くから。
ライベルトの声。
「聞こえてた!?」
「城内で竜の話すんな!」
「そこ!?」
「ママ、ライベルトおこった」
「怒ってない!」
「怒ってるじゃん」
「クイント!」
笑い声が。
廊下に響いた。
今はまだ。
ただ。
家族が一人増える。
それだけだった。
クイントも。
コウヤも。
リリーも。
そして。
ライベルトも。
その子が生まれた時。
青い髪と。
赤い瞳を見て。
過去に終わったはずの事件が。
まだ。
クイントの中に残り続けていたことを。
思い知ることになる。
そして。
ただ一人。
その誕生よりも先に。
何かが来ることだけを感じ取っていたミカエルは。
その予感が。
自分自身へ向けられたものでもあったことを。
まだ知らなかった。