エマ   作:篠原えれの

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第三十八話『お姉ちゃんになる』

 

 

 クイントの第二子妊娠が分かってから。

 

 エルサイア城には。

 

 また一つ。

 

 新しい話題が増えた。

 

「ママ」

 

「なに?」

 

「あかちゃん、まだ?」

 

「まだだよ」

 

「いつ?」

 

「もうちょっと先」

 

「きょう?」

 

「今日じゃない」

 

「あした?」

 

「明日でもない」

 

「あさって?」

 

「リリー」

 

「なあに?」

 

「赤ちゃんはそんなすぐ出てこないよ」

 

「なんで?」

 

「大きくならないといけないから」

 

「おなかで?」

 

「そう」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 クイントの腹をじっと見る。

 

「いま、おっきい?」

 

「まだ小さいかな」

 

「みたい」

 

「見えないよ」

 

「ライベルトならみえる!」

 

「…………」

 

 クイントが止まった。

 

「確かに」

 

「納得すんなよ」

 

 後ろから。

 

 コウヤが呆れた声を出した。

 

「ライベルト呼ぶ!」

 

「呼ばなくていいって!」

 

「なんで?」

 

「赤ちゃん見るためだけに医者呼ぶな!」

 

「でもライベルト、おいしゃさん!」

 

「そういう問題じゃねぇ」

 

「パパ、うるさい」

 

「誰に似たんだその言い方!」

 

「多分コウヤ」

 

「クイント!?」

 

 ◇

 

「――で」

 

 数時間後。

 

「何で私がいるんだよ」

 

「リリーが」

 

「ママがいいっていった!」

 

「言ってないよ!?」

 

 結局。

 

 ライベルトは来ていた。

 

「お前ら親子さぁ……」

 

「ごめんって」

 

「まあ定期検査の時期ではあるけど」

 

 ライベルトは椅子へ座る。

 

「ほら、クイント」

 

「はい」

 

「体調」

 

「普通」

 

「気持ち悪いのは?」

 

「前よりマシ」

 

「食事」

 

「食べてる」

 

「睡眠」

 

「寝てる」

 

「仕事」

 

「…………」

 

「減らした?」

 

「…………」

 

「クイント」

 

「減らした!」

 

「今の間何だよ」

 

「減らしたって!」

 

「ならいい」

 

 ライベルトが診察を始める。

 

 その横で。

 

 リリーが。

 

 ものすごく真剣な顔をしていた。

 

「…………」

 

「リリー」

 

「なあに?」

 

「そんな見ても何も出てこねぇぞ」

 

「あかちゃんみえる?」

 

「私にはな」

 

「どんな?」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 少しだけ目を細める。

 

「まだ小さい」

 

「かわいい?」

 

「この段階で聞く?」

 

「かわいい?」

 

「……元気だよ」

 

「かわいい?」

 

「しつこいな!」

 

 クイントが笑う。

 

「リリー、ライベルト困ってるよ」

 

「でもみたい」

 

「生まれたらいっぱい見れるよ」

 

「ほんと?」

 

「ほんと」

 

「じゃあまつ!」

 

「偉い」

 

「リリー、おねえちゃんだから!」

 

「…………」

 

 その一言に。

 

 クイントの表情が。

 

 少しだけ柔らかくなった。

 

「そうだね」

 

「うん!」

 

「お姉ちゃんになれる?」

 

「なれる!」

 

「赤ちゃん泣いたら?」

 

「よしよしする!」

 

「寝てたら?」

 

「しずかにする!」

 

「ご飯は?」

 

「…………」

 

「赤ちゃんはまだ食べないけど」

 

「リリーがたべる!」

 

「そうじゃないよ」

 

「ふふっ」

 

 ◇

 

 少し離れた場所。

 

 ミカエルは。

 

 その様子を見ていた。

 

「…………」

 

 ライベルトが気づく。

 

「何だよ」

 

「何がだ」

 

「また見てる」

 

「診察の邪魔はしていない」

 

「そういう話じゃねぇ」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 クイントの腹へ視線を戻す。

 

「お前、ずっと気にしてるよな」

 

「ああ」

 

「何か分かった?」

 

「まだだ」

 

「…………」

 

「だから見ている」

 

「嫌な予感ってやつ?」

 

「そうだ」

 

「…………」

 

 ライベルトは。

 

 少しだけ表情を変えた。

 

「私には今のところ、普通に育ってるように見える」

 

「それは分かっている」

 

「なら」

 

「普通だから安心できるとは限らない」

 

「……ミカエル」

 

「何だ」

 

「お前、そういう言い方するとクイント不安にするぞ」

 

「聞こえてるよ」

 

「…………」

 

 二人が止まった。

 

「クイント」

 

「何?」

 

「聞いてたのか」

 

「聞こえるよ普通に」

 

 クイントが苦笑する。

 

「大丈夫」

 

「何が?」

 

「ミカエルが心配してるだけなの分かってるから」

 

「…………」

 

「ライベルトもいるし」

 

「うん」

 

「何かあったら、その時考える」

 

「軽いな」

 

「だって今から怖がってても仕方ないじゃん」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 静かにクイントを見る。

 

「貴女は――」

 

「クイントでいいよ」

 

「…………」

 

「最近ずっとそう呼んでたじゃん」

 

「……そうだったな」

 

「うん」

 

「ではクイント」

 

「なに?」

 

「少しでも違和感があれば私にも知らせろ」

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「ライベルトみたい」

 

「私と一緒にすんな」

 

「何でだ」

 

「お前の方がしつこい」

 

「ライベルトも十分しつこいよ」

 

「クイント!」

 

「ふふっ」

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

 コウヤが。

 

 ギルの隣へ座った。

 

「二人目だってさ」

 

「知っている」

 

「そりゃ知ってるか」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 少しだけ。

 

 沈黙。

 

「何だ」

 

「いや」

 

「言え」

 

「俺」

 

「うん」

 

「二人目でもやっぱ落ち着かねぇな」

 

「そうか」

 

「リリーの時よりマシだと思ってたんだけど」

 

「…………」

 

「全然だった」

 

「お前らしい」

 

「どういう意味だよ」

 

「そのままの意味だ」

 

「父さん最近ミカエルみたいになってねぇ?」

 

「それは嫌だな」

 

「聞かれたら怒られるぞ」

 

「聞かせなければいい」

 

「珍しく悪いこと言うな」

 

 ギルが。

 

 小さく笑った。

 

「でも」

 

「何だ」

 

「楽しみだ」

 

「……ああ」

 

 コウヤも。

 

 少し笑う。

 

「今度は誰に似るかな」

 

「…………」

 

 ギルの顔が。

 

 微妙に変わった。

 

「父さん?」

 

「何だ」

 

「何で嫌そうなんだよ」

 

「嫌ではない」

 

「じゃあ何」

 

「リリーで十分驚いた」

 

「…………」

 

「次は普通でいてほしいと思っている」

 

「普通って何だよ!」

 

「少なくとも、突然竜にはならないでほしい」

 

「それは俺も思う」

 

「…………」

 

 二人で。

 

 少しだけ笑った。

 

 まだ。

 

 知らない。

 

 今度の子供は。

 

 竜になるどころか。

 

 生まれた瞬間から。

 

 もっと分かりやすく。

 

 この家の誰とも違う姿をしていることを。

 

 ◇

 

 夜。

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 一人で窓の外を見ていた。

 

 ノヴァ。

 

 アルテミス。

 

 未来。

 

 そして。

 

 エマ。

 

 クイントの第二子。

 

「…………」

 

 どれも。

 

 まだ答えがない。

 

 ただ。

 

 嫌な予感だけが。

 

 消えない。

 

「ミカエル」

 

 声。

 

「ライベルトか」

 

「まだ起きてた?」

 

「ああ」

 

「ノヴァ戻らなくていいのか」

 

「必要な時は戻る」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 ミカエルの隣へ立つ。

 

「そこまで気になる?」

 

「ああ」

 

「何で」

 

「分からない」

 

「またそれか」

 

「分からないものを分かると言うつもりはない」

 

「それはそうだけどよ」

 

 少しだけ。

 

 沈黙。

 

「クイントには」

 

「何だ」

 

「星魅の巫女の力が残ってた」

 

「…………」

 

「昔の話だけどな」

 

「知っている」

 

「今は?」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 ゆっくりライベルトを見る。

 

「何が言いたい」

 

「いや」

 

 ライベルトは。

 

 腕を組む。

 

「ただ」

 

「…………」

 

「私も少し気になってきた」

 

「何が」

 

「分からん」

 

「…………」

 

「お前のせいだよ」

 

「私のせいにするな」

 

「嫌な予感とか言われたら医者として気になるだろ」

 

「そうか」

 

「そうだよ」

 

 ライベルトが。

 

 小さく息を吐く。

 

「まあ」

 

「何だ」

 

「私も見る」

 

「…………」

 

「クイントも」

 

「…………」

 

「赤ん坊も」

 

「そうしてくれ」

 

「言われなくてもやるよ」

 

 ミカエルが。

 

 僅かに目を細めた。

 

「ライベルト」

 

「何」

 

「何か分かったら」

 

「言う」

 

「…………」

 

「だからお前も」

 

「何だ」

 

「一人で勝手に何かすんなよ」

 

「…………」

 

「お前ら天族、気づいたら勝手に動くからな」

 

「心外だ」

 

「事実だろ」

 

「……否定はしない」

 

「するな」

 

 ◇

 

 同じ頃。

 

「ママ」

 

「なに?」

 

「おなか」

 

「うん」

 

「さわっていい?」

 

「いいよ」

 

 リリーが。

 

 そっと。

 

 クイントの腹へ手を置いた。

 

「…………」

 

「まだ動かないよ」

 

「しってる」

 

「じゃあ何してるの?」

 

「はなしてる」

 

「誰と?」

 

「あかちゃん」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 少しだけ笑う。

 

「何話してるの?」

 

「リリーがおねえちゃんって」

 

「そっか」

 

「あと」

 

「うん?」

 

「ドラゴンになれるって」

 

「それは教えなくていい!」

 

「なんでー!」

 

「赤ちゃんまで竜化したらライベルト泣くよ!」

 

「泣かねぇよ!」

 

 遠くから。

 

 ライベルトの声。

 

「聞こえてた!?」

 

「城内で竜の話すんな!」

 

「そこ!?」

 

「ママ、ライベルトおこった」

 

「怒ってない!」

 

「怒ってるじゃん」

 

「クイント!」

 

 笑い声が。

 

 廊下に響いた。

 

 今はまだ。

 

 ただ。

 

 家族が一人増える。

 

 それだけだった。

 

 クイントも。

 

 コウヤも。

 

 リリーも。

 

 そして。

 

 ライベルトも。

 

 その子が生まれた時。

 

 青い髪と。

 

 赤い瞳を見て。

 

 過去に終わったはずの事件が。

 

 まだ。

 

 クイントの中に残り続けていたことを。

 

 思い知ることになる。

 

 そして。

 

 ただ一人。

 

 その誕生よりも先に。

 

 何かが来ることだけを感じ取っていたミカエルは。

 

 その予感が。

 

 自分自身へ向けられたものでもあったことを。

 

 まだ知らなかった。

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