エマ   作:篠原えれの

42 / 70
第三十九話『第二子 レア・R・エルネア』

 

 その日は。

 

 朝から。

 

 雨が降っていた。

 

 ただの雨ではない。

 

 空を覆い尽くした黒雲から。

 

 滝のような雨が降り注ぎ。

 

 時折。

 

 ――ゴロゴロゴロ……。

 

 低い雷鳴が。

 

 エルサイア城を震わせていた。

 

「……酷い雨だな」

 

 窓の外を見て。

 

 ライベルトが呟いた。

 

「よりによって今日かよ」

 

「ライベルト」

 

「ん?」

 

「外見てないで手伝って」

 

「分かってる」

 

 背後から飛んできた声に。

 

 ライベルトはすぐ窓から離れた。

 

 今日は。

 

 クイントの第二子が生まれる。

 

 ◇

 

「――っ……!」

 

「クイント、息を吐いて」

 

「分かっ……てる……!」

 

「全然分かってる顔じゃない」

 

「痛いんだから仕方ないでしょ……!」

 

「はいはい」

 

 城には既に。

 

 エーディンを呼んである。

 

 第一子。

 

 リリーの出産時から。

 

 ライベルトは決めていた。

 

 自分がいる時間なら。

 

 自分も診る。

 

 だが。

 

 出産は何が起こるか分からない。

 

 専門的な判断が必要になればエーディンへ任せる。

 

 そして。

 

 設備のある場所へ移す必要が出たなら。

 

 ライベルト自身が。

 

 瞬間移動で運ぶ。

 

「今のところ問題ない」

 

 エーディンが言った。

 

「このままいける」

 

「分かった」

 

「ライベルト」

 

「何」

 

「医者の顔してる」

 

「医者だよ」

 

「少佐だろ?」

 

「医師免許も持ってる」

 

「知ってるけど」

 

「なら言うな」

 

 いつも通りの。

 

 ぶっきらぼうな返事。

 

 それを聞いて。

 

 クイントが少し笑った。

 

「笑えるならまだ余裕あるな」

 

「ライベルト……!」

 

「はいはい。喋らなくていい」

 

「誰のせい……!」

 

「私だな」

 

「認めるんだ……!」

 

 ◇

 

 部屋の外では。

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 落ち着きなく歩き回っていた。

 

「コウヤ」

 

「…………」

 

「座れ」

 

「無理」

 

「一人目の時も同じことをしていたぞ」

 

「父さんは平気なのかよ!」

 

「私が騒いで何か変わるのか?」

 

「変わらないけど!」

 

「なら座れ」

 

「…………」

 

 座る。

 

 三秒。

 

 立つ。

 

「コウヤ」

 

「無理だって!」

 

「…………」

 

 ギルが。

 

 深くため息を吐いた。

 

「パパ」

 

「ん?」

 

 リリーが。

 

 コウヤの服を掴んだ。

 

「あかちゃん、くる?」

 

「ああ」

 

「きょう?」

 

「今日だ」

 

「ほんと!?」

 

「ほんとほんと」

 

「リリー、おねえちゃん?」

 

「今日からな」

 

「…………!」

 

 途端。

 

 リリーの顔が輝いた。

 

「おじいちゃん!」

 

「何だ」

 

「リリー、おねえちゃん!」

 

「ああ」

 

「きょうから!」

 

「そうだな」

 

「…………」

 

 嬉しそうな孫を見て。

 

 ギルの表情も。

 

 僅かに緩んだ。

 

 そして。

 

 その少し離れた場所に。

 

「…………」

 

 ミカエルがいた。

 

 窓の外を見る。

 

 雨。

 

 雷。

 

「…………」

 

 嫌な感じがする。

 

 ずっと。

 

 そうだった。

 

 クイントの第二子がいると知ってから。

 

 どうにも。

 

 胸騒ぎが消えない。

 

「ミカエル?」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

 コウヤだった。

 

「いや」

 

「…………」

 

「何でもない」

 

「そうか」

 

「ああ」

 

 言わなかった。

 

 今日くらい。

 

 余計な不安を。

 

 増やす必要はない。

 

 ◇

 

 雷鳴が。

 

 また。

 

 城を揺らした。

 

 ――ドォン!

 

「――っ!!」

 

「クイント!」

 

「大丈夫!」

 

 エーディンが声を上げる。

 

「もう少しだ!」

 

「…………っ!」

 

「クイント、こっち見ろ」

 

「ライ……ベルト……」

 

「そう」

 

「…………」

 

「大丈夫だから」

 

「…………っ」

 

「昔からそうだろ」

 

「何が……!」

 

「お前がどうにもならなくなった時は」

 

 ライベルトが。

 

 クイントの手を握った。

 

「私がいる」

 

「…………」

 

 一瞬。

 

 クイントの目が。

 

 揺れた。

 

「……うん」

 

「だから今は」

 

「…………」

 

「産め」

 

「言い方ぁ……!」

 

「元気あるじゃん」

 

「ライベルト……!」

 

「はいはい」

 

 エーディンが苦笑した。

 

「次でいけるぞ!」

 

「…………っ!」

 

「クイント!」

 

「――――っ!!」

 

 雷。

 

 雨。

 

 そして。

 

「――――!」

 

 小さな。

 

 泣き声。

 

「…………」

 

 部屋の中が。

 

 一瞬だけ。

 

 静かになった。

 

「…………生まれた」

 

 エーディンが。

 

 笑った。

 

「女の子だ」

 

「…………」

 

 クイントの身体から。

 

 一気に力が抜けた。

 

「……赤ちゃん」

 

「ああ」

 

「私の……?」

 

「お前のだよ」

 

 ライベルトが。

 

 いつもの調子で答える。

 

 だが。

 

「…………」

 

 その表情が。

 

 止まった。

 

「ライベルト?」

 

「…………」

 

 エーディンも。

 

 赤子を見たまま。

 

 黙っている。

 

「何……?」

 

「いや」

 

「何?」

 

「…………」

 

 ライベルトは。

 

 その子を。

 

 見ていた。

 

 耳は。

 

 エルフ。

 

 それ自体は。

 

 何もおかしくない。

 

 父親のコウヤはエルフ。

 

 母親のクイントにもエルフの血がある。

 

 問題は。

 

 そこではない。

 

 髪。

 

 青。

 

 そして。

 

 ゆっくりと開いた。

 

 瞳。

 

「…………赤」

 

「…………」

 

 ライベルトの顔から。

 

 完全に。

 

 笑みが消えた。

 

「……まさか」

 

「ライベルト?」

 

「…………」

 

 知っている。

 

 この特徴を。

 

 知らないはずがない。

 

 かつて。

 

 クイントの身体に。

 

 何をされたのか。

 

「…………」

 

 星魅の巫女。

 

 パヌト。

 

「赤ちゃん……見せて」

 

「…………」

 

「ライベルト」

 

「ああ」

 

 今は。

 

 言わない。

 

 ライベルトは。

 

 赤子をクイントへ渡した。

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 初めて。

 

 娘を見る。

 

「…………かわいい」

 

「元気だよ」

 

「青い髪……」

 

「ああ」

 

「コウヤでも……私でもないね」

 

「…………そうだな」

 

 赤い瞳が。

 

 母親を見る。

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 微笑んだ。

 

「レア」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 顔を上げる。

 

「レア……?」

 

「うん」

 

「それが名前?」

 

「そう」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 赤子の頬へ。

 

 そっと触れた。

 

「レア・R――」

 

 そこで。

 

 止まれば。

 

 何も。

 

 おかしくなかった。

 

 だが。

 

「――エルネア」

 

「…………」

 

 ライベルトの目が。

 

 見開かれた。

 

「クイント」

 

「…………え?」

 

「今」

 

「何?」

 

「何て言った?」

 

「レア」

 

「その後」

 

「…………」

 

 クイント自身が。

 

 分からない顔をした。

 

「レア・R・エルネア……」

 

「…………」

 

「……あれ?」

 

「クイント」

 

「何で……?」

 

「…………」

 

「私……」

 

 知らない。

 

 その名前を。

 

 知っているはずがない。

 

「エルネアって……誰?」

 

「――私たちの名よ」

 

「…………!」

 

 誰も。

 

 入ってきていない。

 

 扉も。

 

 開いていない。

 

 なのに。

 

 そこに。

 

 女がいた。

 

「…………」

 

 青い髪。

 

 赤い瞳。

 

 ライベルトが。

 

 反射的に。

 

 クイントと赤子の前へ出た。

 

「――パヌト」

 

「あら」

 

「…………」

 

「覚えていてくれたのね」

 

「忘れるわけねぇだろ」

 

「嬉しいわ」

 

「私は嬉しくねぇよ」

 

 その瞬間。

 

 ――ドォン!!

 

 雷鳴。

 

「何しに来た」

 

「決まっているでしょう?」

 

 パヌトは。

 

 笑った。

 

 そして。

 

 クイントの腕に抱かれた。

 

 赤子を見る。

 

「その子」

 

「…………」

 

「私の後継者なの」

 

「…………!」

 

 クイントが。

 

 レアを。

 

 強く抱きしめた。

 

「貰いに来たわ」

 

「――ふざけんな」

 

 ライベルトだった。

 

 空気が。

 

 変わった。

 

「誰が渡すかよ」

 

「貴女に聞いていないわ」

 

「じゃあ誰に聞いてんだ」

 

「その子の母親」

 

「渡さない!」

 

 クイントが。

 

 即答した。

 

「この子は私の娘だよ!」

 

「そう」

 

「貴女の後継者なんかじゃない!」

 

「でも」

 

 パヌトが。

 

 楽しそうに。

 

 赤い瞳を細める。

 

「貴女がそうしたのよ」

 

「…………え?」

 

「正確には」

 

「…………」

 

「貴女の中に残った私が」

 

「…………」

 

 ライベルトには。

 

 分かった。

 

「……あの時か」

 

「ライベルト?」

 

「クイント」

 

「何?」

 

「お前に組み込まれたもの」

 

「…………」

 

「残ってたんだ」

 

「…………!」

 

 そして。

 

 この子に。

 

 受け継がれた。

 

「だから青髪に赤目……?」

 

「…………多分な」

 

 その時。

 

「――そこまでだ」

 

 声が。

 

 響いた。

 

「…………」

 

 パヌトが。

 

 初めて。

 

 赤子以外へ。

 

 視線を向けた。

 

 ミカエル。

 

「その子から離れろ」

 

「…………」

 

 青い髪。

 

 青い瞳。

 

「…………」

 

 パヌトが。

 

 じっと。

 

 ミカエルを見る。

 

「何だ」

 

「…………」

 

 返事がない。

 

 ただ。

 

 見る。

 

「聞こえなかったか」

 

「いいえ」

 

「なら消えろ」

 

「…………」

 

 パヌトは。

 

 まだ。

 

 ミカエルを見ていた。

 

 奇妙なほど。

 

 長く。

 

「ミカエル!」

 

 ライベルトが叫ぶ。

 

「あいつから目離すな!」

 

「分かっている」

 

 ライベルトが。

 

 赤子の前。

 

 ミカエルが。

 

 そのさらに前へ出る。

 

「…………」

 

 二人。

 

 ライベルト。

 

 ミカエル。

 

 パヌトの赤い瞳が。

 

 二人を順番に見る。

 

 だが。

 

 最後には。

 

 また。

 

 ミカエルへ戻った。

 

「…………そう」

 

「何だ」

 

「いいえ」

 

「…………」

 

 パヌトが。

 

 突然。

 

 笑った。

 

 それは。

 

 赤子を見ていた時とは。

 

 違う。

 

「何がおかしい」

 

「別に」

 

「…………」

 

 一歩。

 

 パヌトが。

 

 ミカエルへ近づく。

 

「止まれ」

 

 空気が。

 

 震えた。

 

 ミカエルの力。

 

「これ以上来るなら」

 

「殺す?」

 

「必要なら」

 

「…………」

 

 その答えに。

 

 パヌトは。

 

 何故か。

 

 ますます満足そうに笑った。

 

「……そう」

 

「…………」

 

「ああ」

 

「何だ」

 

「別にこの子じゃなくてもいいのね」

 

「…………?」

 

 ミカエルが。

 

 眉を寄せた。

 

「何の話だ」

 

「こちらの話よ」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 即座に。

 

 ミカエルを見る。

 

 嫌な。

 

 言葉だった。

 

「パヌト」

 

「何?」

 

「何を見つけた」

 

「…………」

 

 パヌトが。

 

 笑う。

 

「秘密」

 

「…………」

 

「今日は帰るわ」

 

「待て」

 

「どうして?」

 

「説明しろ」

 

「嫌よ」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 さらに力を強める。

 

 だが。

 

 パヌトは。

 

 まるで。

 

 恐れていない。

 

 むしろ。

 

「また会いましょう」

 

「…………」

 

「ミカエル」

 

 そして。

 

 消えた。

 

「――待て!」

 

 ミカエルが手を伸ばす。

 

 何も。

 

 残っていない。

 

 ただ。

 

 窓の外では。

 

 まだ。

 

 激しい雨が降っていた。

 

 ◇

 

「…………」

 

 長い。

 

 沈黙。

 

「……何だったんだ」

 

 ミカエルが呟く。

 

「知らん」

 

 ライベルトが答えた。

 

「でも」

 

「何だ」

 

「…………」

 

 ライベルトは。

 

 ミカエルを見る。

 

「あいつ」

 

「…………」

 

「最後、お前しか見てなかったぞ」

 

「…………」

 

 ミカエルも。

 

 分かっていた。

 

「何を見つけた……?」

 

「分からん」

 

「…………」

 

「ただ」

 

 ライベルトが。

 

 レアを見る。

 

「この子を諦めた」

 

「…………」

 

「それだけは確かだ」

 

「…………」

 

 理由が。

 

 分からない。

 

 レアを。

 

 自分の後継者だと言った。

 

 そのためだけに。

 

 ここへ来た。

 

 なのに。

 

 ミカエルを見た瞬間。

 

 あっさり。

 

 捨てた。

 

「…………」

 

 ミカエルの胸に。

 

 あの。

 

 嫌な予感が。

 

 再び。

 

 湧き上がる。

 

 いや。

 

 違う。

 

 今まで。

 

 感じていたもの。

 

 あれは。

 

「…………まさか」

 

 レアに。

 

 向けられたものでは。

 

 なかったのか。

 

「ミカエル?」

 

「いや」

 

「…………」

 

「何でもない」

 

 今は。

 

 まだ。

 

 分からない。

 

 ◇

 

「……レア」

 

 クイントが。

 

 娘を見る。

 

「…………」

 

 何も知らず。

 

 赤子は。

 

 母親の腕の中にいる。

 

 青い髪。

 

 赤い瞳。

 

 エルフの耳。

 

「レア・R・エルネア……」

 

 また。

 

 自然に。

 

 その名前が出た。

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 少し怖そうに。

 

 ライベルトを見る。

 

「私」

 

「うん」

 

「何でこの名前知ってるんだろ」

 

「…………」

 

 ライベルトは。

 

 少しだけ考えた。

 

 そして。

 

 レアを見る。

 

 青い髪。

 

 赤い瞳。

 

 パヌトの後継者。

 

 だが。

 

 もう一つ。

 

 ライベルトには。

 

 分かったことがあった。

 

「……クイント」

 

「何?」

 

「リリーの時も」

 

「…………?」

 

「私はずっと不思議だった」

 

「何が?」

 

「あの子」

 

「リリー?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 あまりにも。

 

 エマに似ていた。

 

 血筋だけでは。

 

 説明できないほど。

 

「トレシィだ」

 

「…………え?」

 

「あいつが」

 

「…………」

 

「対価にエマを選んだから」

 

「…………!」

 

 あの時。

 

 クイントを。

 

 守ったもの。

 

「多分」

 

 ライベルトが。

 

 静かに。

 

 笑った。

 

「エマはお前を守ったんだよ」

 

「…………」

 

「リリーも」

 

「…………」

 

 そして。

 

 今度は。

 

 クイントの中に残った。

 

 星魅の巫女が。

 

 レアへ現れた。

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 二人目の娘を。

 

 そっと抱きしめる。

 

「この子は」

 

「ああ」

 

「渡さない」

 

「当然だろ」

 

「…………」

 

「誰の後継者だろうが」

 

 ライベルトが。

 

 いつものように。

 

 短く言った。

 

「お前の子だ」

 

「…………うん」

 

 外では。

 

 雷鳴が。

 

 遠ざかり始めていた。

 

 激しかった雨も。

 

 少しずつ。

 

 弱くなっていく。

 

 その日。

 

 エルサイア王国に。

 

 二人目の王女が生まれた。

 

 レア・R・エルネア。

 

 本来なら。

 

 ただ一人。

 

 星魅の巫女を継ぐことのできた少女。

 

 しかし。

 

 同じ日。

 

 パヌトは。

 

 もっと。

 

 あり得ないものを。

 

 見つけてしまった。

 

 青い髪。

 

 青い瞳。

 

 天族。

 

 神名――ミカエル。

 

 この時。

 

 まだ誰も。

 

 その意味を知らない。

 

 ミカエル自身でさえ。

 

 知らない。

 

 ただ。

 

 星魅の巫女だけが。

 

 満足して。

 

 帰っていった。

 

 これが。

 

 最初の。

 

 間違いだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。