エマ   作:篠原えれの

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第四十一話『青い髪の二人』

 

 

 レア・R・エルネアが生まれてから。

 

 数か月。

 

 エルサイア城での生活は。

 

 すっかり四人家族のものになっていた。

 

「レアー」

 

「…………」

 

「レアー?」

 

「…………」

 

「おねえちゃんだよー」

 

「…………」

 

 返事はない。

 

 当然だった。

 

「おかあさま」

 

「なに?」

 

「レア、しゃべらない」

 

「まだ赤ちゃんだからね」

 

「いつしゃべる?」

 

「もうちょっと大きくなったらかな」

 

「きょう?」

 

「今日は無理かなぁ」

 

「じゃああした?」

 

「明日も無理かなぁ」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 難しい顔で。

 

 妹を見る。

 

「レア」

 

「…………」

 

「あしたしゃべってね」

 

「無茶言うなよ」

 

 コウヤが笑う。

 

「おとうさま」

 

「お」

 

「レア、あしたしゃべる」

 

「そうか」

 

「うん」

 

「楽しみだな」

 

「うん!」

 

「コウヤまで適当なこと教えないでよ」

 

「いいだろ。本人が信じてんだから」

 

「明日絶対『しゃべらない!』って怒るよ?」

 

「その時考える」

 

「駄目なお父さんだ」

 

「お前に言われたくねぇ」

 

「何で!?」

 

「お前も大概甘いだろ」

 

「私はちゃんと――」

 

「おかあさま」

 

「なに?」

 

「おべんきょう、きょうおやすみ?」

 

「いいよ」

 

「クイント」

 

「…………」

 

 背後。

 

 車椅子に座ったキリナが。

 

 にこやかに。

 

 こちらを見ていた。

 

「…………」

 

「今」

 

「…………」

 

「何と?」

 

「…………今日はお休みでもいいんじゃないかなーって」

 

「昨日も聞きましたね」

 

「そうだっけ?」

 

「一昨日も」

 

「…………」

 

「三日前も」

 

「キリナ、記憶力いいね」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてない!」

 

「知っています」

 

 ◇

 

 リリーの教育は。

 

 少しずつ。

 

 本当に少しずつ。

 

 進んでいた。

 

「おとうさま」

 

「はい」

 

「おかあさま」

 

「はい!」

 

「おじいちゃん」

 

「ああ」

 

「ライベルト」

 

「おう」

 

「キリナせんせい!」

 

「はい」

 

 そして。

 

「ミカエル!」

 

「…………」

 

 キリナが。

 

 止まった。

 

「リリー」

 

「なあに?」

 

「ミカエル様です」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 ミカエルを見る。

 

「ミカエルさま」

 

「別にミカエルで構わない」

 

「駄目です」

 

「何故だ」

 

「貴方は身内ではないでしょう」

 

「…………」

 

「ライベルトは?」

 

 ミカエルが聞く。

 

「…………」

 

 キリナが。

 

 ライベルトを見る。

 

「こっち見るなよ」

 

「何故ライベルトだけ呼び捨てなのだ」

 

「本人が許可したからです」

 

「なら私も許可する」

 

「…………」

 

「ミカエル!」

 

「リリー」

 

「…………ミカエルさま!」

 

「何故だ」

 

「王女教育です」

 

「納得できん」

 

「諦めろ」

 

 ライベルトが笑った。

 

「お前だけ『様』だ」

 

「お前が言うと腹が立つな」

 

「知らん」

 

「…………」

 

 そんな。

 

 どうでもいい会話をしている間。

 

「…………」

 

 ミカエルの腕には。

 

 レアがいた。

 

 ◇

 

「それにしても」

 

 クイントが。

 

 不思議そうに。

 

 二人を見る。

 

「何だ」

 

「レア、ミカエルが抱っこすると静かだよね」

 

「元から大人しいだろう」

 

「そうだけど」

 

「…………」

 

 確かに。

 

 レアは。

 

 あまり手のかからない赤ん坊だった。

 

 泣かないわけではない。

 

 腹が減れば泣く。

 

 眠ければぐずる。

 

 嫌なら嫌だと。

 

 ちゃんと訴える。

 

 けれど。

 

 不思議と。

 

 ミカエルに抱かれると。

 

 静かになる。

 

「…………」

 

 赤い瞳が。

 

 じっと。

 

 ミカエルを見る。

 

「何だ」

 

「…………」

 

「私を見ても何もないぞ」

 

「赤ちゃんに何言ってんの?」

 

「ずっと見てくる」

 

「気になるんじゃない?」

 

「何が」

 

「髪とか?」

 

「…………」

 

 青。

 

 ミカエルの髪。

 

 そして。

 

 レアの髪も。

 

 青。

 

「同じだね」

 

「偶然だ」

 

「分かってるよ」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 少し笑う。

 

「でも似てる」

 

「似ていない」

 

「髪だけ」

 

「それなら最初からそう言え」

 

「細かいなぁ」

 

 レアが。

 

 小さな手を。

 

 伸ばした。

 

「…………?」

 

 その指が。

 

 ミカエルの髪を。

 

 掴む。

 

「…………」

 

「あ」

 

「…………」

 

「掴んだ」

 

「見れば分かる」

 

「かわいい」

 

「取ってくれ」

 

「嫌」

 

「クイント」

 

「レアが自分で離すまで待って」

 

「何故」

 

「かわいいから」

 

「理由になっていない」

 

「なるよ」

 

「ならない」

 

 ぐい。

 

「…………」

 

 ミカエルの頭が。

 

 少し傾く。

 

「痛い」

 

「ふふっ」

 

「笑うな」

 

「ごめんごめん」

 

「クイント」

 

「レア、離そうね」

 

「…………」

 

 小さな手を。

 

 そっと開かせる。

 

「はい」

 

「…………」

 

「助かった」

 

「ミカエル」

 

「何だ」

 

「顔ちょっと怖かった」

 

「痛かったんだ」

 

「赤ちゃん相手に怒らないでよ」

 

「怒っていない」

 

「…………」

 

 レアは。

 

 そんな二人を気にすることもなく。

 

 また。

 

 ミカエルを見る。

 

「…………」

 

 赤い瞳。

 

 青い瞳。

 

「…………何だ」

 

「気に入られたな」

 

 ライベルトが言った。

 

「そう見えるか?」

 

「少なくとも嫌われちゃいない」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 レアを見る。

 

「そうか」

 

「…………」

 

 それだけ。

 

 だった。

 

 ◇

 

「ミカエルさま!」

 

「何だ」

 

「レアかえして!」

 

「返す?」

 

「リリーのいもうと!」

 

「知っている」

 

「だっこする!」

 

「できるのか?」

 

「できる!」

 

「できません」

 

 キリナだった。

 

「できる!」

 

「座って、大人に支えてもらってください」

 

「できるもん!」

 

「レアを落としたら?」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 固まった。

 

「…………やだ」

 

「でしょう?」

 

「…………」

 

 素直に。

 

 椅子へ座る。

 

「おかあさま」

 

「はいはい」

 

「てつだって」

 

「もちろん」

 

 クイントが。

 

 リリーの隣へ座る。

 

 ミカエルから。

 

 レアを受け取って。

 

 慎重に。

 

 リリーの腕へ。

 

「ここ支えて」

 

「うん」

 

「頭もね」

 

「うん」

 

「そうそう」

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 緊張した顔で。

 

 妹を抱く。

 

「…………」

 

「どう?」

 

「…………おもい」

 

「大きくなったからね」

 

「でも」

 

「?」

 

「かわいい」

 

「でしょ?」

 

「うん!」

 

 レアが。

 

 姉を見る。

 

「レア」

 

「…………」

 

「おねえちゃんだよ」

 

「…………」

 

「リリーだよ」

 

「…………」

 

 小さな手が。

 

 今度は。

 

 リリーの服を掴んだ。

 

「…………!」

 

 茶色の髪を揺らして。

 

 リリーが勢いよく顔を上げる。

 

「おかあさま!」

 

「うん」

 

「レア、リリーもにぎった!」

 

「よかったね」

 

「ミカエルさまだけじゃない!」

 

「何故張り合っている」

 

「リリーのいもうとだから!」

 

「私は別に奪わない」

 

「ほんと?」

 

「当然だ」

 

「…………」

 

 じーっ。

 

「何だ」

 

「ほんと?」

 

「本当だ」

 

「じゃあいい!」

 

「何なんだ……」

 

 ◇

 

 夕方。

 

 レアは。

 

 眠っていた。

 

 リリーも。

 

 遊び疲れて。

 

 その隣で眠っている。

 

「…………」

 

 青い髪の妹。

 

 茶色い髪の姉。

 

 二人の娘。

 

「平和ですね」

 

 キリナが言った。

 

「そうだね」

 

 クイントが答える。

 

「ずっとこうならいいのにね」

 

「…………」

 

 キリナは。

 

 すぐには。

 

 答えなかった。

 

「キリナ?」

 

「そうですね」

 

「何、その間」

 

「何でもありませんよ」

 

「怪しい」

 

「考えすぎです」

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 キリナを見る。

 

「ねえ」

 

「はい」

 

「レア、大丈夫だよね」

 

「…………」

 

「パヌトが言ってたこと」

 

「後継者、ですか」

 

「うん」

 

「…………」

 

 キリナが。

 

 眠る赤子を見る。

 

「未来のことは分かりません」

 

「キリナが言うと変な感じ」

 

「ふふっ」

 

「予知できるでしょ」

 

「予知は万能ではありませんよ」

 

「…………」

 

「それに」

 

「?」

 

「未来が見えたからといって」

 

 静かに。

 

 キリナが言う。

 

「その人が、必ずその通りに生きなければならないわけではありません」

 

「…………」

 

「レアが何になるかは」

 

「…………」

 

「レアが決めることです」

 

「……うん」

 

 ◇

 

 その頃。

 

 城の外。

 

「まだ気になるのか」

 

「…………」

 

 ライベルトの問いに。

 

 ミカエルは。

 

 空を見たまま答えなかった。

 

「パヌト」

 

「…………ああ」

 

「レアじゃなくて?」

 

「違う」

 

「…………」

 

「あの女が何を考えているのか分からん」

 

「私もだよ」

 

「…………」

 

 しばらく。

 

 沈黙。

 

「でもさ」

 

「何だ」

 

「レアに懐かれてんじゃん」

 

「それがどうした」

 

「別に」

 

「…………」

 

「赤ん坊に好かれるタイプには見えなかったから」

 

「喧嘩を売っているのか?」

 

「事実だろ」

 

「…………」

 

 ライベルトが。

 

 小さく笑った。

 

「大事にしてやれよ」

 

「何を」

 

「懐かれてるうちは」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 怪訝そうに。

 

 ライベルトを見る。

 

「どういう意味だ」

 

「そのまんま」

 

「…………」

 

「子供なんて、すぐ大きくなるからな」

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 もう一度。

 

 空を見る。

 

「そうか」

 

「ああ」

 

 この時。

 

 二人は。

 

 知らない。

 

 あの小さな赤子が。

 

 やがて。

 

 剣を取ることを。

 

 誰かに命じられたからではない。

 

 星魅の巫女の後継者だからでもない。

 

 自分自身の意思で。

 

 戦うことを選ぶ。

 

 そして。

 

 いつの日か。

 

 星魅の巫女を。

 

 己のものとするために。

 

 たった一人で。

 

 その前へ立つ。

 

 その理由の一つが。

 

「…………」

 

 今。

 

 何でもない顔で。

 

 空を眺めている。

 

 この男になることを。

 

 まだ。

 

 誰も知らなかった。

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