エマ   作:篠原えれの

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第四十四話『違う国の技術』

 

 

 エレノア・アタンチェルトがエルサイアへやって来て、数日が経った。

 

 彼女が最初に驚いたものは。

 

 城でも。

 

 スフロン水晶でも。

 

 ましてや王族でもなかった。

 

「もう一度お願いします」

 

「はい!」

 

 四歳の少女だった。

 

 エルサイア城、中庭。

 

 レア・R・エルネアが小さな木剣を握っている。

 

 その正面にはギル。

 

 少し離れてミカエル。

 

 そして今日は、見学者としてエレノアまでいた。

 

「レア」

 

「はい」

 

「昨日教えたことは覚えているな?」

 

「人工精霊には最初の一歩だけを手伝ってもらいます」

 

「そうだ」

 

 ミカエルが頷く。

 

「ずっと押してもらおうとするから植え込みに突っ込む」

 

「……はい」

 

「まだ気にしてるのか?」

 

「少し恥ずかしいです」

 

「気にするな。誰でも最初は失敗する」

 

「ミカエル」

 

 ギルが睨む。

 

「お前が加減を教えなかったせいでもあるんだぞ」

 

「だから今日は教えている」

 

「最初からやれ」

 

「…………」

 

「何故黙る」

 

「レア、始めていいぞ」

 

「誤魔化すな」

 

 レアは。

 

 小さく笑って。

 

 木剣を構えた。

 

「行きます」

 

「ああ」

 

 足元。

 

 人工精霊が集まる。

 

 風。

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 地面を蹴る瞬間に合わせて。

 

 ――弾けた。

 

「っ!」

 

 加速。

 

 昨日のように身体そのものを吹き飛ばされるのではない。

 

 一歩だけ。

 

 レア自身の踏み込みを。

 

 人工精霊が押す。

 

「!」

 

 ギルの目の前まで。

 

 一瞬。

 

 木剣を振る。

 

 ぱんっ!

 

 ギルが受け止めた。

 

「止まれ!」

 

「はい!」

 

 人工精霊を切る。

 

 今度は。

 

 止まった。

 

「…………!」

 

 レア自身が。

 

 一番驚いている。

 

「できました!」

 

「ああ」

 

「止まれました!」

 

「そっちか」

 

「はい!」

 

「昨日よほど怖かったんだな」

 

「…………はい」

 

 少し離れたところで。

 

 エレノアが端末を見ていた。

 

「…………面白い」

 

「だろ?」

 

 隣にいたルークが言う。

 

「はい」

 

「ラウルじゃ見ない技術だ」

 

「当然です。私たちには使えませんから」

 

「そうだな」

 

 エレノアは。

 

 人工精霊を使えない。

 

 ルークも。

 

 そして。

 

 ラウル王国から来た技術者たちも。

 

 人工精霊を自在に扱うことはできない。

 

 それは。

 

 エルサイアの技術だ。

 

「もう一度お願いします!」

 

「待ってください」

 

 エレノアが。

 

 レアを止めた。

 

「?」

 

「今度はこれを付けてもらえませんか?」

 

「これは?」

 

「測定器です」

 

「測定?」

 

「はい」

 

 エレノアが。

 

 小さな装置を見せる。

 

「私は人工精霊を使えません」

 

「はい」

 

「ですから、あなたが今何をしたのか。私には感覚では分かりません」

 

「…………」

 

「ですが」

 

 装置を。

 

 軽く叩く。

 

「人工精霊によって起きた現象なら測れます」

 

「!」

 

「風圧、速度、加速度。それから可能なら、人工精霊を使用する前後での差も取りたいですね」

 

「…………」

 

 レアの目が。

 

 輝いた。

 

「分かるのですか?」

 

「分かるようにするのが私の仕事です」

 

「やりたいです!」

 

「では付けましょう」

 

「はい!」

 

「エレノアー!」

 

 遠くから。

 

 声。

 

「…………」

 

 エレノアが。

 

 止まった。

 

 ルークが。

 

 笑った。

 

「来たぞ」

 

「何がです?」

 

「お前の天敵」

 

「?」

 

「エレノアー!!」

 

 ばたばたばたばた。

 

 茶色の髪。

 

 七歳。

 

 第一王女リリー。

 

「これなに!?」

 

「まだ何も説明していませんが」

 

「それ!」

 

 測定器を指す。

 

「リリーもつけたい!」

 

「駄目です」

 

「なんで!?」

 

「今からレア様の測定をします」

 

「じゃあリリーも測って!」

 

「何を?」

 

「…………」

 

 考える。

 

「雷剣!」

 

「駄目です」

 

「なんで!?」

 

「お姉様」

 

 レアが。

 

 真顔で言った。

 

「もう勝手に出してはいけないと言われたでしょう」

 

「勝手にじゃないもん! 今は出すって言ってから出す!」

 

「そういう意味ではありません」

 

「えー!」

 

 エレノアが。

 

 ルークを見る。

 

「雷剣とは?」

 

「俺に聞くな」

 

「昨日、出たらしい」

 

「七歳で?」

 

「詠唱したら出たらしい」

 

「…………」

 

 エレノアが。

 

 リリーを見る。

 

「何と言ったのです?」

 

「えっとね!」

 

 リリーが。

 

 嬉しそうに息を吸う。

 

「カーヴァル・ギ・タ――」

 

「お姉様!!」

 

「リリー!!」

 

「唱えるな!」

 

 三人。

 

 同時だった。

 

「…………」

 

 リリーが。

 

 口を閉じる。

 

「…………まだ全部言ってない」

 

「言わなくていいです!」

 

「むぅ……」

 

 ◇

 

「もう一度」

 

 測定開始。

 

 レアが。

 

 構える。

 

 木剣。

 

 足元。

 

 人工精霊。

 

「…………」

 

 エレノアには。

 

 それが見えても。

 

 扱えない。

 

 だから。

 

 機械を見る。

 

「今です」

 

「はい!」

 

 踏み込み。

 

 風。

 

 加速。

 

「――!」

 

 数メートル。

 

 一瞬。

 

「止まって!」

 

「はい!」

 

 停止。

 

 エレノアが。

 

 すぐに数値を見る。

 

「なるほど……」

 

「どうでしたか?」

 

「もう一度」

 

「はい!」

 

「今度は人工精霊を使わずに同じ距離を走ってください」

 

「分かりました」

 

 二度目。

 

 普通に走る。

 

 測定。

 

「…………」

 

「どうですか?」

 

「かなり違いますね」

 

「やっぱり速いですか?」

 

「はい。ただ……」

 

「?」

 

「速さそのものより、加速までの時間が違います」

 

「加速?」

 

「最初の一歩です」

 

 エレノアが。

 

 画面をレアに見せる。

 

「ここ」

 

「…………?」

 

「通常なら身体を前へ動かすまでに時間が必要です。ですが人工精霊を使った場合、それが極端に短い」

 

「…………」

 

「ミカエル様の言っていたことが、数値でも確認できました」

 

「最初の一歩だけ借りる」

 

「そういうことですね」

 

 レアが。

 

 嬉しそうに。

 

 ミカエルを見る。

 

「合っていました!」

 

「だから教えたんだ」

 

「はい!」

 

「私を何だと思っていた」

 

「植え込みに突っ込ませた人です」

 

「…………」

 

「ぶっ」

 

 ルークが吹き出した。

 

「レア、それは俺が言おうと思ってた」

 

「事実です」

 

「四歳児に正論で刺されてるぞ、ミカエル」

 

「うるさい」

 

 ◇

 

「でも不思議ですね」

 

 レアが。

 

 測定器を見る。

 

「何がです?」

 

「エレノア様は人工精霊を使えないのに」

 

「はい」

 

「人工精霊のことが分かります」

 

「少し違います」

 

 エレノアは。

 

 しゃがんで。

 

 レアと目線を合わせた。

 

「私は人工精霊そのものを理解しているわけではありません」

 

「…………」

 

「レア様が人工精霊を使った」

 

「はい」

 

「その結果、風が起きた」

 

「はい」

 

「レア様が速くなった」

 

「はい」

 

「なら、その風と速度を調べます」

 

「…………」

 

「私たちラウルの人間は、あなたたちと同じことはできません」

 

「…………」

 

「だから」

 

 エレノアが。

 

 測定器を見せる。

 

「違う方法を探すんです」

 

「…………!」

 

 レアは。

 

 しばらく。

 

 その言葉を考えていた。

 

「できないから?」

 

「はい」

 

「別の方法を?」

 

「そうです」

 

「…………」

 

 そして。

 

 笑った。

 

「面白いです」

 

「そうでしょう?」

 

「はい!」

 

 その横。

 

 リリーが。

 

 手を上げた。

 

「エレノア!」

 

「はい?」

 

「リリーも分かった!」

 

「何がでしょう?」

 

「人工精霊使えなくても機械使えばいい!」

 

「だいたい合っています」

 

「やった!」

 

「ですが」

 

「?」

 

「機械で何でもできるわけではありません」

 

「…………」

 

「人工精霊にしかできないこともあるでしょう」

 

「じゃあどっちが強いの?」

 

「お姉様……」

 

「だって気になる!」

 

「そうですね……」

 

 エレノアは。

 

 少し考えて。

 

「違うものを比べても仕方ないと思います」

 

「?」

 

「剣と盾なら、どちらが強いと思います?」

 

「剣!」

 

「即答ですね」

 

「だって攻撃できる!」

 

「では、その剣を盾で防がれたら?」

 

「…………」

 

「それと同じです」

 

「…………むずかしい」

 

「そのうち分かります」

 

「うん!」

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 

 エレノアは。

 

 エルサイア側の技術者たちと。

 

 机を囲んでいた。

 

 中央にあるのは。

 

 ラウルから持ち込まれた装置。

 

 その横。

 

 エルサイア側が用意したスフロン水晶。

 

「接続自体は可能です」

 

「しかし、人工精霊による直接制御は?」

 

「私たちにはできません」

 

 エレノアが。

 

 はっきり答える。

 

「そこはエルサイア側にお願いします」

 

「では制御はこちらで」

 

「はい。私たちは機械側を担当します」

 

「出力調整は?」

 

「こちらで受け取った数値を基準に機械側で制御します」

 

「なるほど……」

 

 一人では。

 

 できない。

 

 エルサイアだけでも。

 

 ラウルだけでも。

 

 できない。

 

 だから。

 

 二つに分けた。

 

 人工精霊を扱うのは。

 

 エルサイア。

 

 機械を作るのは。

 

 ラウル。

 

「これなら」

 

 エレノアが。

 

 設計図へ。

 

 一本。

 

 線を引く。

 

「アージェリカ側にも、エルサイアの技術を応用できる可能性があります」

 

「人工精霊を搭載する?」

 

「いいえ」

 

 そこは。

 

 即答だった。

 

「私たちは使えませんから」

 

「では?」

 

「スフロン水晶です」

 

 エレノアが。

 

 設計図の中央を指す。

 

「人工精霊を真似する必要はありません」

 

「…………」

 

「ラウルにはラウルの技術があります」

 

「アージェリカ……」

 

「はい」

 

 エレノアが。

 

 僅かに笑った。

 

「私たちは、私たちのやり方で強くなればいい」

 

 ◇

 

「…………」

 

 廊下から。

 

 ルークは。

 

 その様子を眺めていた。

 

「どう?」

 

 隣。

 

 クイント。

 

「上手くいきそう?」

 

「多分な」

 

「そっか」

 

「…………」

 

「よかったじゃん」

 

「ああ」

 

 ラウルは。

 

 科学の国。

 

 エルサイアは。

 

 魔法の国。

 

 かつて。

 

 その違いは。

 

 二つの国が争う理由になった。

 

 ラウルが求めたスフロン水晶。

 

 それを人型機動兵器《アージェリカ》のエネルギー源にされることを恐れたエルサイア。

 

 そこから不平等な条約と戦争にまで至り、ラウルの人々はアージェリカによる反撃すら封じられ、一方的な被害を受けた。

 

 それから。

 

 長い時間が経った。

 

 今は。

 

「人工精霊の出力、もう一度お願いします!」

 

「こちらも測定を取り直します!」

 

「スフロン水晶の方は?」

 

「準備できています!」

 

 違うから。

 

 争うのではなく。

 

 違うから。

 

 一緒に作れるものを探している。

 

「…………なあ、クイント」

 

「ん?」

 

「これ」

 

「なに?」

 

「ちゃんと残そう」

 

「…………」

 

「技術だけじゃない」

 

「…………」

 

「設計図も。研究記録も。失敗した記録も」

 

「うん」

 

「ラウルとエルサイア」

 

「…………」

 

「両方に同じものを残す」

 

「分かった」

 

 クイントは。

 

 理由を聞かなかった。

 

「そうしよう」

 

「ああ」

 

 ルークは。

 

 それだけで。

 

 少し安心した。

 

 何故。

 

 そこまでしなければならないと思うのか。

 

 まだ。

 

 自分でも。

 

 説明できない。

 

 けれど。

 

 何かを。

 

 一つの国だけに置いておくことが。

 

 酷く。

 

 怖かった。

 

 ◇

 

「レア!」

 

「何ですか?」

 

「見て!」

 

「…………」

 

 帰り道。

 

 リリーが。

 

 木の枝を持っている。

 

「雷剣!」

 

「お姉様」

 

「言ってないよ!」

 

「?」

 

「スフロン語言ってない!」

 

「……偉いです」

 

「でしょ!」

 

 ただの。

 

 木の枝。

 

「えい!」

 

「危ないですよ」

 

「レアも!」

 

「私はいいです」

 

「なんでー!」

 

「今日はいっぱい走りました」

 

「じゃあ明日!」

 

「明日はキリナ先生の授業です」

 

「じゃあリリーも行く!」

 

「またですか?」

 

「スフロン語おもしろい!」

 

「…………」

 

 レアが。

 

 笑う。

 

「では」

 

「うん!」

 

「今度は勝手に発音しないでくださいね」

 

「わかってる!」

 

「絶対ですよ」

 

「わかってるって!」

 

「本当に?」

 

「ほんと!」

 

 七歳と。

 

 四歳。

 

 二人の王女が。

 

 並んで。

 

 城へ帰っていく。

 

 その後ろでは。

 

 エルサイアとラウル。

 

 二つの国の技術者が。

 

 まだ。

 

 話し合っていた。

 

 今は。

 

 ただの。

 

 技術交流だった。

 

 ルークの嫌な予感など。

 

 杞憂で終わればよかった。

 

 そうなれば。

 

 数年後。

 

 この場所に残された。

 

 ラウル王国の技術者たちも。

 

 アージェリカの設計図も。

 

 その研究記録も。

 

 滅びた国が確かに存在した証になることなど、なかったのだから。

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