「先生」
「なんだ」
ティオは、手元の資料から顔を上げた。
その正面。
シュテーが一枚の紙を持って立っている。
「これ」
「ああ」
「なに?」
「読めば分かる」
「読んだから来たんだけど」
紙をひらひら。
そこには大きく。
――人型機動兵器《アージェリカ》操縦適性検査。
「俺、この間これ貰ったばっかなんだけど」
シュテーが腰へ手を伸ばした。
取り出したのは、小さな魔道具。
短剣型。
普段は携帯しやすい形態を取っているが、必要なら武器として展開できる。
「武器になるし」
「ああ」
「通信できるし」
「ああ」
「端末にもなるし。調べ物もできるし」
「ああ」
「ほとんどスマホじゃん。便利なんだけど」
「それはよかった」
「だからこれでよくない?」
「何の話だ」
「俺の装備」
「アージェリカを渡すとは言ってない」
「じゃあ何で検査するの」
「乗れるか確認するためだ」
「乗れるって分かったら?」
「乗れると分かる」
「…………」
シュテーが。
先生を見る。
「それだけ?」
「それだけだ」
「じゃあやらなくてもよくない?」
「行ってこい」
「先生ぇ……」
「行け」
「この間まで夢がどうとか言って俺のこと心配してた人とは思えないんだけど」
「だから検査だけだと言っている」
「…………」
「今すぐ戦えとも、アージェリカに乗れとも言っていない。選択肢は多い方がいい」
「俺、選択肢増やしたくない」
「知るか」
「先生冷たくない?」
「広重と俺はもう検査を受けている」
「日本で?」
「ああ」
「二人とも乗れんの?」
「β型だけな」
「…………」
シュテーが。
ちょっとだけ。
紙を見る。
「先生も乗れるんだ」
「ああ」
「へえ」
「なんだ」
「いや。ちょっと見たい」
「検査へ行け」
「はいはい……」
◇
「遅いです」
「すみませーん」
検査室。
シュテーが入った瞬間。
エレノア・アタンチェルトに言われた。
「遅刻三分です」
「三分くらいいいじゃん」
「検査です」
「三分で適性変わらないでしょ」
「そういう問題ではありません」
「はぁい」
その後ろから。
ティオも入ってくる。
「先生もいるの?」
「見届ける」
「帰っていい?」
「駄目だ」
「聞いただけ」
室内には。
ラウル王国から運び込まれた機材が並んでいた。
ただし。
アージェリカそのものはいない。
「機体は?」
「ここにはありません」
「じゃあどうやって調べるの?」
「登録された機体情報と、貴方の反応を照合します」
「ふーん……」
シュテーが。
装置を見る。
「痛い?」
「痛くありません」
「ほんと?」
「採血すらありません」
「じゃあいいや」
「そこが判断基準なのですか?」
「痛いの嫌だし」
「…………そうですか」
エレノアが。
諦めて端末を操作する。
「まず説明します。アージェリカは、操縦資格さえ取得すれば全機体へ搭乗できるというものではありません」
「うん」
「α型とβ型で適性が異なるのはもちろん、同じβ型でも機体ごとに相性があります」
「じゃあ先生が乗れるやつに、俺が乗れるとは限らない?」
「その通りです」
「めんどくさ」
「兵器ですので」
「俺やっぱ短剣でいい」
「まだ何も始まっていません」
シュテーが。
短剣型魔道具を。
机へ置く。
「これなら機体との相性とか言われないのに」
「随分気に入っていますね」
「便利だよ?」
「そうですか」
「エレノアもいる?」
「要りません」
「即答」
「ラウルにはラウルの通信端末があります」
「あ、そっか」
「それに私はその魔道具を扱えません」
「あー……人工精霊」
「ええ」
エレノアが。
検査装置を指す。
「座ってください」
「はいはい」
◇
「では最初にα型から」
「八十メートルのやつ?」
「そうです」
「デカすぎない?」
「帰還時には十五メートル級まで縮小します」
「それも意味分かんないんだけど」
「技術説明もしますか?」
「長い?」
「長いです」
「じゃあいい」
「では始めます」
検査開始。
「…………」
シュテーは。
座っている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「暇」
「動かないでください」
「はぁい」
数十秒。
結果。
「α型一号機――適性なし」
「うん」
「二号機、なし」
「うん」
「三号機……なし」
「うん」
「四号機、なし」
「…………」
シュテーが。
ティオを見る。
「先生」
「なんだ」
「俺、帰っていい?」
「まだβがある」
「でもこれ見る感じ乗れないんじゃない?」
「俺もα型は全滅だった」
「先生も?」
「ああ」
「広重は?」
「同じだ」
「じゃあチーム日本みんなデカいの駄目じゃん」
「そうなるな」
「仲良しだね」
「嬉しくない」
「俺まだ決まってないけど」
「おそらく決まったようなものです」
エレノアが。
最後の結果を見る。
「α型――全機、適性なし」
「ほら」
「続いてβ型です」
「はいはい」
十五メートル級。
こちらが。
広重とティオにも適性が出ている。
「β型一号機」
「…………」
「適性なし」
「…………」
「二号機」
「なし?」
「なしです」
「やっぱ帰って――」
「三号機」
エレノアの指が。
止まった。
「…………」
「なに?」
「適性あり」
「…………」
シュテーが。
瞬いた。
「あるんだ」
「ありますね」
「へえ」
「数値も悪くありません」
「乗れって言わない?」
「言いません」
「よかった」
「まだ検査途中です」
「…………まだあんの?」
四号機。
なし。
五号機。
適性あり。
六号機。
なし。
七号機。
「…………こちらも適性があります」
「三つ?」
「今のところ」
「同じβなのに結構バラバラなんだ」
「そういうものです」
エレノアが。
検査結果を並べる。
「人間が機体を選ぶだけではありません」
「機体にも選ばれる?」
「そう表現する人もいますね」
「…………」
シュテーが。
画面を見る。
不思議だった。
同じ十五メートル級。
同じβ型。
外から見れば。
どれも。
アージェリカ。
けれど。
自分が乗れるものと。
乗れないものがある。
「先生は?」
「俺か?」
「どれ乗れるの?」
「後で資料を見せてやる」
「広重も違う?」
「違う」
「へえ……」
少し。
面白くなってきた。
それを。
ティオは見逃さなかった。
「興味出たか?」
「別に」
「そうか」
「…………ちょっとだけ」
「そうか」
「その顔やめて」
「何もしてない」
「先生そういう時分かりやすいよ」
◇
「終了です」
しばらくして。
エレノアが。
最終結果を出した。
「シュテー」
「はい」
「α型適性はありません」
「はい」
「β型については操縦適性あり。ただし、先ほど説明した通り全機体ではありません」
「うん」
「実際に搭乗する場合は、適性が確認された機体から選定することになります」
「…………」
シュテーが。
紙を見る。
「じゃあ俺も先生たちと一緒?」
「大まかな分類ならな」
ティオが答える。
「広重も俺もβ型のみだ」
「ふーん」
「どうする?」
「何が?」
「一度乗ってみるか?」
「…………」
シュテーが。
考える。
腰。
短剣型魔道具。
取り出す。
「俺さ」
「うん」
「これ貰ったばっかなんだよ」
「さっきも聞いた」
「通信できる」
「聞いた」
「端末になる」
「聞いた」
「武器にもなる」
「聞いた」
「めっちゃ便利」
「それも聞いた」
「なのに数日後に『十五メートルのロボットも乗れます』って言われても困らない?」
「俺に聞くな」
「装備の規模が急におかしいじゃん」
「魔道具と機動兵器を同じ枠で考えるな」
「だってどっちも戦う時使うんでしょ?」
「用途が違う」
「じゃあ」
シュテーが。
少し考えて。
「先生が乗る時、俺も乗る」
「…………」
「一人で乗るの怖いし」
「最初から一人で出すわけないだろ」
「あ、そうなの?」
「当たり前だ」
「じゃあ乗ってみる」
「分かった」
決まった。
あまりにも。
あっさり。
「…………」
エレノアが。
二人を見る。
「よろしいのですか?」
「何が?」
「先ほどまで、あれほど嫌がっていましたが」
「先生いるならいいかなって」
「…………」
「先生だし」
「そうですか」
ティオは。
何も言わなかった。
ただ。
「訓練するなら広重も呼ぶ」
「うん」
「二人とも日本で経験がある」
「じゃあ安心じゃん」
「遊びじゃないぞ」
「分かってるって」
そして。
シュテーが。
短剣型魔道具を見る。
「…………」
この間。
これを渡された時も。
十分。
変な気分だった。
武器。
通信機。
端末。
一つで。
何でもできる。
便利なもの。
それだけでも。
随分。
この世界に馴染んでしまったと思ったのに。
「今度はアージェリカかぁ……」
「嫌ならやめてもいいぞ」
「いや」
シュテーが。
立ち上がる。
「ちょっと乗ってみたい」
「そうか」
「八十メートルは嫌だけど」
「適性がない」
「知ってる」
「β型だけだ」
「十五メートルでも十分デカいよ」
「慣れる」
「先生、何でそんな経験者みたいなこと――」
「経験者だ」
「あ、そっか」
シュテーが。
笑った。
「じゃあ教えてよ、先生」
「ああ」
短剣型の魔道具から。
十五メートルの機動兵器へ。
本人が望んだわけでもないのに。
シュテーの。
この世界でできることが。
また一つ。
増えた。