「パパー!」
「んー?」
書類に目を通していたコウヤが、顔を上げる。
ばたばたと廊下を走ってきた足音。
そのまま扉が開いて。
「パパ! これ直して!」
「…………」
「?」
「リリー」
「なに?」
「まず、ノック」
「あ」
「次」
「…………」
「なんて呼んだ?」
「パパ」
「お父様」
「えー」
「お父様」
「ここ家じゃん!」
「城です」
「家でもあるもん!」
「それはそうだけど!」
七歳になった第一王女、リリー。
最近。
キリナから王族としての言葉遣いや礼儀作法を本格的に教わり始めた。
とはいえ。
長年の癖が、そんな簡単に消えるわけもなく。
「ほら」
「…………お父様」
「はい」
「これ直して!」
「直してください」
「…………」
「リリー?」
「直してください!」
「よろしい」
「めんどくさい!」
「それも言わない!」
「お父様だって言うじゃん!」
「俺は王女じゃない!」
「ずるい!」
「ずるくない!」
――キリナ。
いつもありがとう。
今度何か持っていこう。
コウヤは心の中で、娘の教育を手伝ってくれている相手へ感謝した。
「で、何?」
「これ」
リリーが差し出したのは、小さな魔道具だった。
子供でも扱える程度に出力を抑えられた簡易魔道具。
通信機能もなければ、武器として使えるものでもない。
人工精霊を介して光を出したり、簡単な映像を投影したりする程度のものだ。
コウヤは受け取って。
「…………」
見る。
裏返す。
もう一度見る。
「リリー」
「なに?」
「何した?」
「何もしてないよ」
「何もしてない魔道具を『直して』って持ってくる奴がいるか?」
「…………」
「何した?」
「勝手に壊れた」
「勝手には壊れない」
「壊れることもあるもん!」
「で、何した?」
「…………ちょっとだけ」
「うん」
「ほんとにちょっとだけだよ?」
「うん」
「スフロン語の練習した」
「…………これで?」
「はい」
急に返事がよくなった。
「何唱えた?」
「…………」
「リリー」
「ちょっと光らせようと思って」
「元から光るだろ、これ」
「もっと!」
「なんで!?」
「綺麗かなって」
「七歳児の好奇心で魔道具壊すな!」
「七歳だもん!」
「開き直るな!」
コウヤは額を押さえた。
それから。
魔道具の外装を外す。
「…………あー」
「直る!?」
「近い近い」
覗き込んできた娘の額を押し戻す。
「ここ」
「?」
「焼けてる」
「…………」
「たぶん術式の出力に耐えられなかったんだろ」
「直せる?」
「これくらいなら」
「ほんと!?」
「ああ。部品ごと作り直した方が早いな」
「やった!」
「ただし」
「…………」
「キリナには自分で言えよ」
「…………」
「リリー?」
「パパ」
「お父様」
「…………お父様」
「はい」
「一緒に来てください」
「お」
「なに?」
「ちゃんと言えたじゃん」
「できます!」
「なら普段からやれよ」
「それとこれとは別!」
「別じゃない!」
「で、一緒に来てくれる?」
「ああ。それはいいよ」
「ほんと?」
「自分で説明するならな」
「…………はい」
「よし」
コウヤは娘の頭を軽く撫でて。
魔道具へ視線を戻した。
焼けた部分を取り除く。
構造を確認して。
必要な素材を錬成する。
「…………」
リリーが。
じーっと見ている。
「何?」
「お父様すごいね」
「そう?」
「魔道具直せる」
「構造さえ分かればな」
「でも」
「ん?」
「使えないよね」
「…………」
「魔道具」
「…………」
「お父様?」
「分かってるよ!」
「なんで?」
「俺が聞きたい!」
「変なの!」
「うるさい!」
そう。
コウヤは魔道具を作れる。
直せる。
構造だって理解できる。
錬金術を使って部品を作ることもできる。
だが。
起動だけはできない。
「よし」
「できた!?」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺じゃ確認できないんだから仕方ないだろ」
「…………」
「その目やめろ」
「ほんとに直った?」
「直した!」
「壊れない?」
「大丈夫だって!」
「さっき、たぶんって」
「リリー!」
「はい!」
魔道具を渡す。
「起動してみ」
「うん」
リリーが。
魔道具を両手で持つ。
人工精霊が。
ふわりと集まる。
「…………」
コウヤには。
その力を自分から動かすことはできない。
だから。
待つ。
次の瞬間。
ぽう。
柔らかな光が。
部屋を照らした。
「…………!」
「お」
「直った!」
「ほら!」
「ほんとに直った!」
「疑ってたのかよ!」
「ちょっと!」
「お父様を信用しなさい!」
「だって使えないじゃん!」
「直せるのと使えるのは別なの!」
「変なの!」
「二回言うな!」
「でもすごい!」
「…………」
「お父様、ありがとう!」
「…………まあ」
嬉しい。
「どういたしまして」
◇
こんこん。
「…………」
コウヤが。
扉を見る。
それから。
リリーを見る。
「ほら」
「なに?」
「聞いた?」
「ノック?」
「そう」
「…………」
「七歳」
「…………」
「四歳」
「…………」
「姉」
「…………」
「妹」
「もう分かった!」
「よろしい」
「お父様、いじわる!」
「誰の教育だと思ってる」
「キリナ!」
「俺もだよ!」
「お父様」
扉の向こうから。
小さな声。
「入ってもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
「失礼します」
入ってきたのは。
青い髪。
赤い瞳。
四歳のレアだった。
その手には。
一本の木剣。
「どうした?」
「少し、教えていただきたいことがあります」
「俺に?」
「はい」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「…………」
コウヤが。
リリーを見る。
「ほら」
「なに!」
「『ありがとうございます』」
「リリーも言えるもん!」
「じゃあ言ってみ?」
「お父様、魔道具を直していただいてありがとうございます!」
「…………」
「なに?」
「急に王女になるじゃん」
「できるって言った!」
「じゃあ最初からやれ!」
「やだ!」
「戻った!」
レアが。
小さく。
「ふふ」
「…………」
「?」
「レア」
「はい?」
「今笑った?」
「笑っていません」
「絶対笑っただろ」
「笑っていません」
「お前、そういうところクイントに似てきたな……」
「母上に?」
「うん」
「嬉しいです」
「…………そう言われると何も言えない」
コウヤは苦笑して。
レアの木剣を見る。
「それで、剣?」
「はい」
「父さんに習ってるやつ?」
「はい。ギル様に教えていただいています」
「ミカエルにも?」
「はい」
「二人に教えてもらってて、俺にも?」
「お父様にも見ていただきたくて」
「…………」
その一言で。
父親なんて簡単なものだった。
「よし。見せてみ」
「はい!」
◇
少し。
家具を端へ寄せる。
「振るなよ」
「はい」
「ここ室内だからな。型だけ」
「分かりました」
「リリーも離れて」
「リリーもやる!」
「駄目」
「なんで!?」
「今レア見てるから」
「じゃあ次!」
「はいはい」
「約束!」
「約束」
レアが。
木剣を構えた。
「それで?」
「持ち替える時に、上手くいきません」
「やってみ」
「はい」
右手。
左へ。
持ち替える。
「…………ああ」
コウヤには。
すぐに分かった。
「レア」
「はい」
「手、見すぎ」
「手?」
「持ち替える時、ずっと剣見てる」
「落とさないようにしています」
「だからだな」
「?」
「前見て」
「でも」
「落としていいよ」
「…………え?」
「一回、落としてみ」
「わざとですか?」
「そう」
「…………」
レアは。
少し迷って。
構える。
持ち替える。
からん。
木剣が床へ落ちた。
「…………」
「どう?」
「落ちました」
「うん」
「…………?」
「それだけ」
「…………」
「何も起きなかっただろ?」
「はい」
「練習なんだから失敗していいんだよ」
「でも、父さ――」
「?」
レアが。
言い直す。
「ギル様は、落としません」
「父さんと比べるな」
「ミカエル様も」
「あいつとも比べるな」
「ですが」
「あの二人がおかしいんだよ」
「聞こえているぞ」
「うわっ!?」
コウヤが振り返る。
いつの間にか。
開いた扉のところに。
ミカエルが立っていた。
「お前いつからいた!?」
「父さんと比べるな、の辺りからだ」
「微妙に聞かれたくないところからいるな!」
「ギルに言っておこう」
「やめろ!」
「『父さんと比べるな』と」
「言い方変えろ! 俺が父さん嫌ってるみたいになるだろ!」
「違うのか?」
「尊敬してるから比べるなって言ってんの!」
「なら本人に言えばいい」
「言えるか!」
「何故?」
「なんか恥ずかしいだろ!」
「分からない」
「お前には分からん!」
「お父様」
「ん?」
レアが。
また。
少し笑っていた。
「今度は笑った!」
「…………」
「見たぞ!」
「続きをお願いします」
「誤魔化した!」
「お願いします」
「はいはい」
◇
「じゃあ今度は」
木剣を拾って。
レアへ渡す。
「落としてもいいって思ってやってみ」
「はい」
「手じゃなくて前を見る」
「はい」
「ゆっくりでいい」
「分かりました」
構える。
視線は。
前。
右から。
左。
「…………っ」
少し。
危ない。
それでも。
今度は落ちなかった。
「できた!」
「できたな」
「もう一度やります!」
「いいよ」
二度目。
さっきより。
少しだけ速い。
「…………!」
成功。
「お父様!」
「うん」
「できました!」
「できたできた」
「もう一度!」
「待った」
「?」
「今日はそこまで」
「でも……」
「変な癖つく前に父さんに見てもらえ」
「…………はい」
「そんな顔すんなって」
少し残念そうな。
レアの頭へ。
手を置く。
「ちゃんと上手くなったよ」
「本当ですか?」
「うん」
「…………」
「父さんにも褒めてもらえるんじゃない?」
「はい!」
嬉しそうに。
笑った。
◇
「じゃあ次リリー!」
「何する?」
「剣!」
「魔道具直してもらったばっかだろ」
「剣も!」
「元気だなぁ……」
「お父様!」
「はいはい」
リリーが。
木剣を持ってくる。
「構えてみ」
「はい!」
「…………」
「どう?」
「まず足」
「こう?」
「逆」
「こう?」
「そう」
「お父様」
「ん?」
「リリー様も、ギル様に教えていただいた方が……」
「レア!」
「はい?」
「今それ言う!?」
「だってお姉様――」
「レア」
コウヤが。
笑いながら止める。
「言わないであげて」
「……はい」
「絶対下手って言おうとした!」
「言っていません」
「言おうとした!」
「お姉様」
「なに!」
「前を見てください」
「…………」
「ほら」
コウヤが。
リリーの肩を直す。
「剣術やるんだろ?」
「やる!」
「じゃあ集中」
「はい!」
元気だけは。
誰にも負けない。
「じゃあ」
コウヤが。
一歩離れる。
「そのまま振らずに、前へ一歩」
「はい!」
踏み込む。
「お」
「どう!?」
「いいじゃん」
「ほんと!?」
「ああ」
「もう一回!」
「いいよ」
「見ててね!」
「見てるよ」
「レアも!」
「見ています」
「ミカエルも!」
「見ている」
「みんな見て!」
「分かったからやれ!」
「はい!」
◇
それから。
しばらくして。
「つかれたー!」
「お疲れ」
リリーが。
床へ座り込む。
「座り方」
「…………」
慌てて。
座り直す。
「そう」
「むずかしい……」
「少しずつでいいよ」
「キリナもそう言ってた」
「じゃあちゃんと聞いとけ」
「聞いてる!」
「ならよし」
「お父様」
レアが。
コウヤの袖を。
小さく引いた。
「ん?」
「…………」
「どうした?」
「私も」
「?」
「…………撫でてください」
「…………」
「レア!?」
リリーが。
先に反応した。
「珍しい!」
「お姉様」
「だってレアあんまり言わないじゃん!」
「…………」
レアの頬が。
ほんの少し。
赤くなる。
「お父様」
「はいはい」
コウヤが。
笑って。
レアの頭を撫でる。
「今日頑張ったもんな」
「はい」
「上手だったよ」
「…………はい」
「リリーも!」
「はいはい」
「リリーも頑張った!」
「分かってるって」
もう片方の手で。
リリーも撫でる。
「わー!」
「お姉様、動かないでください」
「レアももっとこっち!」
「髪が崩れます」
「いいじゃん!」
「よくありません」
「二人とも動くなって」
結局。
二人まとめて。
腕の中。
「…………」
コウヤが。
少しだけ。
目を細める。
七歳。
四歳。
大きくなった。
「パパ?」
「……お父様」
「今も!?」
「練習中だからな」
「むぅ」
「外でパパって言ったら困るだろ」
「なんで?」
「第一王女が公式の場で『パパー!』って走ってきたらどうするんだよ」
「パパのところ行く!」
「そういう話じゃない!」
「ふふ」
「レア、また笑った!」
「笑っていません」
「笑ってる!」
「お父様」
「ん?」
「私は」
レアが。
少し考える。
「お父様のままで、いいですか?」
「もちろん」
「はい」
「リリーも好きな呼び方でいいぞ」
「じゃあパパ!」
「ただし家の中だけ!」
「えー!」
「そこは譲りません!」
「じゃあ」
リリーが。
にやっとする。
「今は?」
「…………」
「ここ、お父様のお部屋だよ?」
「…………」
「パパ?」
「…………好きにしろ」
「やったー!」
ぎゅっ。
「パパ大好き!」
「はいはい」
「お父様」
「ん?」
反対側。
「私も」
「…………」
「大好きです」
「…………」
「お父様?」
「あーもう」
二人まとめて。
抱き締める。
「なんだよお前ら」
「苦しい!」
「お父様、少し……」
「我慢しろ!」
「なんで!?」
「今俺が嬉しいから!」
「パパ変なの!」
「うるさい!」
笑い声が。
部屋いっぱいに響いた。
壊れた魔道具を直して。
剣を教えて。
呼び方を注意して。
そんな。
何でもない一日。
父親としては。
きっと。
これ以上のものなんて。
そう多くは。
必要なかった。