神系宇宙『ラ』所属 惑星ストリジア『ラウル王国』
ギルド『希望の協会』
SH.2010年4月10日 13:00 天候:晴
「お母さん! コウヤ! ただいまー!」
クイントが勢いよく扉を開ける。
ギルド『希望の協会』。
湖のほとりに建つ、小さな教会を利用したギルドである。
教会と言っても礼拝堂だけではない。
宿泊施設や食堂、簡単な医務室まで併設されており、所属する者達の生活拠点としても使われている。
そしてクイントにとっては。
ここが、家だった。
「あら、お帰りなさい、クイント」
「ただいま!」
「大丈夫だった? 突然《青の雨》が降ったでしょう?」
「全然大丈夫! ほら!」
クイントが元気いっぱいに両手でVサインする。
出迎えたエマは、それを見て安心したように笑った。
「それなら良かったわ。ギルは?」
「父さんはまだ森! 大きい屍がいっぱい来たから、私だけ先に帰ってきたの」
「え」
「でも父さんだから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないのよ……」
エマが困ったように眉を下げる。
そこへ。
「いいなぁ」
「何が?」
黒髪のエルフの少年が、羨ましそうにクイントを見る。
ギルとエマの実子。
コウヤ・ウィリアムズ。
クイントと同じ十歳だった。
「《青の雨》だよ。俺、まだ一回も外で遭遇したことないんだ」
「遭遇しない方がいいって!」
「でもクイントは戦ったんだろ?」
「戦ったっていうか逃げた!」
「魔法は?」
「使ったけど」
「いいなー!」
「よくないってば!」
コウヤにとって《青の雨》は、知識として知っている災害でしかない。
実際にその中を走り。
屍に追い回されたクイントとは、認識がまるで違った。
「しかも今日の《青の雨》って予知になかったんだろ? 滅茶苦茶珍しいじゃん」
「そうなんだよね。キリナも――」
「申し訳ありません」
「…………」
「…………」
二人が固まった。
廊下の奥から。
車椅子に乗ったキリナ・アイテールが現れる。
「予知を外してしまいました」
「キ、キリナ!」
「アイテール様!」
コウヤだけが慌てて姿勢を正した。
クイントはいつも通りだった。
「ただいま、キリナ!」
「はい。お帰りなさい、クイント」
キリナが微笑む。
「怪我はありませんか?」
「ないよ!」
「良かった」
クイントの姿を確認して。
キリナは本当に安心したようだった。
「今回の《青の雨》については、私の方でも調べておきます。昨日まで確認できていた未来には存在しなかったものですから」
「予知が外れたんじゃないの?」
「その可能性もあります」
「ふうん」
「ですが――」
キリナが窓を見る。
遠くでは。
まだ青い雲が残っている。
「少し、気になりますね」
その時だった。
「ただいま」
「父さん!」
ギルが帰ってきた。
衣服についた血や泥は既に浄化魔法で落としている。
本人にも大きな怪我はない。
しかし。
使い魔のエウウは疲れ果てたのか、ギルドへ入るなり床へ伏せてしまった。
「あなた、お帰りなさい。遅かったわね」
「大型に囲まれてな。少し片付けてきた」
「大丈夫だった?」
「ああ。この程度なら問題ない」
「エウウは全然問題なさそうに見えないけど」
『疲れた』
「ほら!」
「すまん」
ギルがエウウの頭を撫でる。
その光景を見て。
ようやくクイントも完全に安心した。
「そうだ、クイント」
「なに?」
「明日、団長達が戻ってくるぞ」
「ほんと!?」
一瞬でクイントの顔が明るくなる。
「日本から!?」
「ああ」
「やったー!!」
クイントは日本が好きだった。
塔『コアスピア』を通じて繋がっている、もう一つの惑星。
地球。
その中に存在する日本という国は、クイントにとって憧れの場所だった。
戦争の被害が比較的少ない。
食料も豊富。
娯楽も多い。
そして何より。
「また食べ物持ってきてくれるかな!?」
「結局それか」
「だって日本のお菓子美味しいんだもん!」
「持ち込みには規制があるから、そんなには無理だと思うぞ」
「ちょっとでもいい!」
「広重兄ちゃんも来る!?」
今度はコウヤが食いついた。
「ああ。ティオと一緒にな」
「よっしゃ! 今度こそ勝つ!」
「やめときなよ」
クイントが即答した。
「なんでだよ!」
「だって広重お兄ちゃん容赦ないじゃん」
「前より強くなった!」
「前もそれ言って秒で負けたじゃん」
「今回は違う!」
「絶対また泣くよ」
「泣かねぇ!」
「泣く!」
「泣かない!!」
いつもの喧嘩が始まる。
エマが「あらあら」と笑い。
ギルが呆れ。
キリナもその光景を楽しそうに眺めている。
昨日。
クイントは願った。
この日常が。
ずっと続けばいいと。
少なくとも。
この時までは。
その願いは叶っていた。
◇
神系宇宙『ラ』所属 惑星ストリジア『ラウル王国』
ギルド『希望の協会』
SH.2010年4月11日 11:00 天候:晴
「たっだいまー!」
「広重、うるさいよ」
「久しぶりの里帰りだぞ? ティー坊ももっと喜べって!」
「その呼び方やめて」
翌日。
二人の青年が希望の協会へ帰ってきた。
後藤広重。
そしてティオ。
広重は地球――日本の出身でありながら、幼少期の多くをラウル王国で過ごしている。
ティオとは幼馴染。
そして互いに《契約》を結んだ契約者でもあった。
「お帰りなさい。二人とも」
「エマ! 久しぶり!」
「お久しぶりです」
エマが二人を迎える。
しかし。
「広重兄ちゃん!!」
「ん?」
「ここで会ったが百年目ぇぇぇ!!」
「お前、昨日も俺と会ってねぇだろ」
「勝負だぁぁぁ!!」
「うおっ!?」
コウヤが飛びかかった。
「待て待て待て! 分かった! 相手してやるから外! 外でやれ!」
「逃げるのか!」
「教会壊す気かお前は!」
広重がコウヤを抱えて外へ出ていく。
ティオはそれを見送って。
ため息をついた。
「帰ってきて一分も経ってないんだけど」
「ごめんなさいね」
「いつものことですから」
ティオは苦笑する。
「そういえば、ギルとクイントは?」
「昨日《青の雨》があったでしょう? 森の道が塞がれていないか、土砂崩れが起きていないか見回りに行ってるの」
「なるほど」
「キリナ……アイテール様もいないんですね」
「今日は王宮へ呼ばれているの」
「王宮?」
「ええ。アイザック陛下から直接、招待状が届いたみたい」
「…………」
ティオが僅かに眉を寄せた。
「何かありました?」
「いえ。ただ」
「ただ?」
「昨日の《青の雨》と関係なければいいんですけどね」