エマ   作:篠原えれの

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第五十話 ラウル戦役『紫の雨』

 

 

――ラウル戦役 紫の雨

 

 最初の一滴を見た者は、それを雨だとは思わなかったという。

 

 空は晴れていた。

 

 雲一つない青空だった。

 

 それなのに、ラウル王国西部の街道を巡回していた兵士の兜に、ぽつりと紫色の雫が落ちた。

 

 兵士は空を見上げた。

 

 もう一滴。

 

 頬へ落ちた。

 

「……なんだ、これ」

 

 指で拭った。

 

 その数秒後。

 

 兵士は喉を押さえて倒れた。

 

 呼吸ができない。

 

 皮膚が焼ける。

 

 肺が。

 

 内臓が。

 

 身体の内側から腐っていく。

 

 仲間が駆け寄ろうとして。

 

 同じ雨を浴びた。

 

 そして。

 

 三人。

 

 四人。

 

 五人。

 

 次々と倒れた。

 

 その頃になってようやく。

 

 空が。

 

 紫色に染まった。

 

 ◇

 

『ラウル王国全土に緊急警報』

 

『屋外へ出ないでください』

 

『現在確認されている紫色の降雨には、極めて強い毒性があります』

 

『繰り返します――』

 

 警報が王国全土へ流れた。

 

 王都。

 

 住宅地。

 

 軍事区画。

 

 希望の教会。

 

 そして。

 

 王城。

 

「被害は」

 

 アイザック王が尋ねた。

 

「西部だけで死者二百を超えています。現在も増加中です」

 

「原因は」

 

「不明です」

 

「毒の種類は」

 

「解析中です。ただ――通常の化学毒ではない可能性が高いと」

 

「ジンは」

 

「既に動いております」

 

 直後。

 

 王都の上空を。

 

 巨大な光が覆った。

 

 神精霊ジン。

 

 ラウル王国を長きにわたって見守ってきた神精霊が、王都を中心として防護を展開する。

 

 雨そのものを消すことはできない。

 

 それでも。

 

 民を直接雨に触れさせないことはできる。

 

「陛下!」

 

 新たな兵士が駆け込んだ。

 

「国境に異常です!」

 

「何だ」

 

「結界と思われます!」

 

「結界?」

 

「はい! 国境線とほぼ一致する形で――ラウル王国全域が覆われています!」

 

「外へ出られるか」

 

「現在調査中ですが……」

 

 兵士が。

 

 一瞬。

 

 躊躇った。

 

「出られません」

 

「…………」

 

「転送、航空、陸路、地下――すべて遮断されています」

 

 会議室が。

 

 静まり返った。

 

「つまり」

 

 親衛隊隊長。

 

 ギルバート・アタンチェルトが口を開いた。

 

「閉じ込められたということか」

 

「……はい」

 

 その時だった。

 

 すべての通信機器が。

 

 一斉に。

 

 同じ映像へ切り替わった。

 

 ◇

 

『ごきげんよう、ラウル王国の皆様』

 

 女だった。

 

 青い髪。

 

 赤い瞳。

 

 雨の中に立っている。

 

 なのに。

 

 紫の雨は。

 

 女を傷つけない。

 

『そして』

 

 女が。

 

 笑った。

 

『この戦争をご覧になっている、すべての世界の皆様』

 

 地球。

 

 ストリジア。

 

 エルサイア。

 

 世界中の通信網へ。

 

 同じ映像が流れた。

 

『私は、星魅の巫女』

 

『これよりラウル王国に対し、戦争を開始いたします』

 

 アイザック王が。

 

 ゆっくりと立ち上がった。

 

「一方的だな」

 

 宣戦布告ですらない。

 

 既に雨を降らせ。

 

 既に人を殺してから。

 

 戦争を始めると告げている。

 

『ですが』

 

 星魅の巫女は続けた。

 

『一方的な虐殺では、面白くありません』

 

 画面が。

 

 二つに分割された。

 

 一方に。

 

 巨大な蠍。

 

 もう一方には。

 

 獅子の特徴を持つ男。

 

『勝利条件を提示いたします』

 

『《蠍座》』

 

『《獅子座》』

 

『この二名を討伐してください』

 

『達成された時点でラウル王国の勝利とし、紫の雨を停止。戦域結界を解除いたします』

 

 ざわめきが起きた。

 

「……二体?」

 

 若い将校が呟いた。

 

「たった二体倒せばいいのか?」

 

 その言葉に。

 

 ギルバートが睨む。

 

「油断するな」

 

「しかし」

 

「この規模の結界と毒雨を用意できる者が、簡単に倒せる敵を勝利条件に置くと思うか」

 

「…………」

 

 星魅の巫女は。

 

 まだ話していた。

 

『なお、戦争開始時点においてラウル王国領内に存在しない軍事勢力による介入を禁止いたします』

 

『第三国から兵士、兵器、武器、魔道具その他戦争継続に寄与する物資が投入された場合――』

 

 女が。

 

 笑う。

 

『介入国を、新たな戦域として認定いたします』

 

 ◇

 

「軍を出す」

 

 同じ頃。

 

 エルサイアでは。

 

 クイントが即答していた。

 

「待て」

 

 ギルが止める。

 

「でも!」

 

「最後まで聞け」

 

『なお、新規戦域には――』

 

『私が選択した雨を降らせます』

 

「…………」

 

 クイントが。

 

 止まった。

 

『どうぞ、ご自由に』

 

『一国を救うため』

 

『自国を賭ける覚悟がおありでしたら』

 

「…………っ」

 

 ◇

 

 ラウル王国。

 

 ルークは。

 

 通信を見ながら。

 

「……やっぱり来たか」

 

 小さく。

 

 呟いた。

 

「殿下?」

 

「なんでもない」

 

 嫌な予感は。

 

 ずっとしていた。

 

 自分。

 

 アイザック王。

 

 そして。

 

 この国。

 

 だから。

 

 技術を外へ出した。

 

 アージェリカの資料を。

 

 技術者を。

 

 エレノアを。

 

 何も起きなければ。

 

 笑い話で済むと思っていた。

 

「エレノア」

 

 ルークが。

 

 少しだけ笑った。

 

「そっちに出しといて正解だったな」

 

 ◇

 

開戦三日目

 

 最初に現れたのは。

 

 蠍座だった。

 

「第三小隊、散開!」

 

『了解!』

 

 荒野を。

 

 十五メートル級アージェリカ――β型が駆ける。

 

 操縦席。

 

 ラウル王国軍少佐、カイル・レヴァンスは。

 

 目の前に映る巨体を睨んだ。

 

「デカすぎんだろ……!」

 

 蠍。

 

 そう呼ぶ以外にない。

 

 ただし。

 

 街一つを破壊しかねない大きさだった。

 

『カイル! 右!』

 

「見えてる!」

 

 巨大な尾。

 

 振り下ろされる。

 

 機体を滑らせる。

 

 直後。

 

 地面が。

 

 爆発した。

 

「全機、尾じゃなく脚を狙え!」

 

『了解!』

 

「動きを止める! 火力はその後だ!」

 

 アージェリカ部隊が。

 

 一斉に散開した。

 

 これは。

 

 戦える。

 

 カイルは思った。

 

 強い。

 

 間違いなく。

 

 化け物だ。

 

 でも。

 

 攻撃は見える。

 

 防御も。

 

 突破できないわけではない。

 

 軍隊で戦える相手だ。

 

 ◇

 

開戦七日目

 

 蠍座。

 

 討伐。

 

 その瞬間。

 

 ラウル王国中で。

 

 歓声が上がった。

 

「やった……!」

 

 軍医のマリア・セレンは。

 

 野戦病院の中で。

 

 思わず笑った。

 

「先生!」

 

「一体倒したって!」

 

「あと一体!」

 

「あと一体ですよ!」

 

 負傷兵たちまで。

 

 笑っている。

 

 勝てる。

 

 あと一体。

 

 獅子座さえ倒せば。

 

 雨は止まる。

 

 外へ出られる。

 

 薬も来る。

 

 食料も来る。

 

 家族を。

 

 国外へ逃がせる。

 

「あと一体……」

 

 マリアは。

 

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「あと一体です」

 

 その時は。

 

 本当に。

 

 そう思っていた。

 

 ◇

 

開戦八日目

 

「――化け物だ!」

 

 兵士が叫んだ。

 

「下がれ!」

 

 ギルバートが。

 

 剣を振るう。

 

 目の前。

 

 紫の雨の中。

 

 男が笑っていた。

 

 獅子の耳。

 

 牙。

 

 巨大な爪。

 

「悪くねえな」

 

 獅子座。

 

 その身体には。

 

 傷がある。

 

 間違いなく。

 

 傷つけている。

 

 だが。

 

 雨が。

 

 傷へ触れる。

 

 塞がる。

 

「再生……!」

 

「それだけじゃない!」

 

 ルークが叫ぶ。

 

 アージェリカが。

 

 獅子座へ砲撃。

 

 直撃。

 

 吹き飛ぶ。

 

 だが。

 

 煙の中から。

 

 男が。

 

 歩いて出てくる。

 

「最初より速くなってる!」

 

 そう。

 

 紫の雨は。

 

 ラウルの人間には毒。

 

 獅子座には。

 

 力だった。

 

「ハハッ!」

 

 地面が。

 

 砕ける。

 

 一瞬。

 

「――!」

 

 ギルバートが。

 

 反射的に剣を構えた。

 

 衝撃。

 

「ぐっ……!」

 

 数十メートル。

 

 吹き飛ばされる。

 

「ギルバート!」

 

「構うな!」

 

 立ち上がる。

 

「殿下! 奴から目を離すな!」

 

 獅子座が。

 

 笑う。

 

「いいねえ」

 

 紫の雨の中。

 

「そうでなくちゃ戦争じゃねえ」

 

 ◇

 

開戦十五日目

 

 勝てない。

 

 そんな言葉が。

 

 初めて軍内部で囁かれ始めた。

 

 蠍座は倒せた。

 

 だが。

 

 獅子座が。

 

 倒せない。

 

 こちらは。

 

 雨の中にいるだけで消耗する。

 

 防護装備にも限界がある。

 

 薬も減る。

 

 食料も減る。

 

 兵器も壊れる。

 

 外から。

 

 補給は来ない。

 

 それなのに。

 

 獅子座だけが。

 

 日に日に強くなる。

 

「あとどれくらい持つ?」

 

 アイザック王が尋ねる。

 

「都市部の防護だけなら、ジンによって維持できます」

 

 参謀が答えた。

 

「だが?」

 

「…………」

 

「言え」

 

「ジン自身が消耗しています」

 

「…………」

 

「現在、国土全体の毒性を抑制しながら、主要都市を直接防護しています。このままでは――」

 

「どれくらいだ」

 

「分かりません」

 

 沈黙。

 

「なら」

 

 アイザックが。

 

 立ち上がる。

 

「ジンが尽きる前に、獅子座を殺す」

 

 ◇

 

開戦二十三日目

 

 初めて。

 

 獅子座が。

 

 膝をついた。

 

「追え!!」

 

 ルークが叫ぶ。

 

 紫の雨の中。

 

 血を流しながら。

 

 獅子座が走る。

 

「逃がすな!」

 

 ここまで。

 

 二十三日。

 

 ようやく。

 

 ようやく。

 

 再生速度を。

 

 攻撃が上回った。

 

 アージェリカ部隊。

 

 王国軍。

 

 ギルバート。

 

 ルーク。

 

 そして。

 

 ジン。

 

 全てを投入した。

 

「終わらせるぞ!」

 

 誰もが。

 

 思った。

 

 今日。

 

 この戦争が。

 

 終わる。

 

 獅子座が。

 

 向かった場所は。

 

 希望の教会。

 

 その奥。

 

 巨大な湖。

 

「…………」

 

 湖畔で。

 

 獅子座が。

 

 止まった。

 

「追い詰めたぞ」

 

 ルークが。

 

 機体から声を飛ばす。

 

「蠍座は死んだ」

 

「…………」

 

「お前が死ねば終わりだ」

 

「ああ」

 

 獅子座が。

 

 笑った。

 

「そうだな」

 

「…………?」

 

「だから」

 

 血だらけの手を。

 

 湖へ。

 

 向けた。

 

「俺は死なねえ」

 

「何を――」

 

「起きろ」

 

 湖が。

 

 揺れた。

 

「…………」

 

「お前らが」

 

 獅子座が。

 

 笑う。

 

「昔からここに住んでる奴らを忘れてただけだ」

 

 ◇

 

 水面から。

 

 女が現れた。

 

 美しい。

 

 人魚。

 

 その目が。

 

 開く。

 

 同時に。

 

 空の色が。

 

 変わった。

 

「…………雨?」

 

 兵士の一人が。

 

 手を伸ばした。

 

 紫ではない。

 

 緑。

 

 緑色の雫。

 

「触るな!」

 

 ルークが叫ぶ。

 

 遅かった。

 

「…………母さん?」

 

 兵士が。

 

 呟いた。

 

「え?」

 

「母さん……?」

 

 何もない場所へ。

 

 歩き始める。

 

「おい!」

 

「母さんがいる……」

 

「いない! 止まれ!」

 

「離せ!!」

 

 兵士が。

 

 仲間へ剣を向けた。

 

「母さんに触るな!!」

 

「精神汚染……!」

 

 ルークが。

 

 人魚を見る。

 

「てめえ……!」

 

「私じゃない」

 

 獅子座が。

 

 笑う。

 

「最初からいた」

 

「ふざけんな!」

 

「ルールを確認してみろよ」

 

 直後。

 

 世界中へ。

 

 戦律判定が流れた。

 

『《人魚姫》』

 

『戦域形成以前よりラウル王国領内に存在』

 

『外部戦力流入――該当せず』

 

『戦争規則違反――なし』

 

「…………っ!」

 

「俺が呼んだんじゃねえ」

 

 獅子座が。

 

 立ち上がる。

 

「起こしただけだ」

 

 ◇

 

「……もう一人いる」

 

 ギルバートが。

 

 湖を見る。

 

「何?」

 

「水の下だ!」

 

 何かが。

 

 いる。

 

 人魚姫とは。

 

 別。

 

 もっと。

 

 嫌なもの。

 

「まさか」

 

 獅子座の顔から。

 

 一瞬。

 

 笑みが消えた。

 

「……あいつまで起きんのかよ」

 

「お前が起こしたんだろ!」

 

「俺だってあいつは起こしたくねえよ!」

 

「は!?」

 

 湖の水が。

 

 黄色く。

 

 染まった。

 

 ◇

 

 それは。

 

 ゆっくりと。

 

 水面へ現れた。

 

「…………」

 

 怠惰。

 

 ただ。

 

 そこにいる。

 

 何も。

 

 しない。

 

 そして。

 

 空から。

 

 黄色い雨が。

 

 降り始めた。

 

「…………身体が」

 

 カイルが。

 

 操縦桿を握る。

 

「重い……?」

 

 機体の反応まで。

 

 遅い。

 

『出力低下』

 

『駆動応答――三十二パーセント低下』

 

「機械まで……!?」

 

 兵士が。

 

 一歩。

 

 踏み出せない。

 

 呼吸すら。

 

 億劫になる。

 

 魔法。

 

 兵器。

 

 人間。

 

 生命。

 

 活動。

 

 何もかもが。

 

 鈍っていく。

 

 怠惰が。

 

 顔を上げた。

 

「…………うるさい」

 

 その視線が。

 

 獅子座へ向く。

 

「おい」

 

 獅子座が。

 

 一歩。

 

 下がった。

 

「待て」

 

 怠惰が。

 

 手を上げる。

 

「俺はお前を起こした側――」

 

 轟音。

 

「うおおおおお!?」

 

 獅子座が。

 

 吹き飛んだ。

 

「…………」

 

 ルーク。

 

 ギルバート。

 

 ラウル軍。

 

 全員が。

 

 一瞬だけ。

 

 黙った。

 

「……敵じゃないのか?」

 

「知らねえよ!!」

 

 瓦礫から。

 

 獅子座が怒鳴った。

 

「こいつに敵味方なんかあるか!!」

 

 ルークが。

 

 ほんの一瞬。

 

 思った。

 

 ちょっと面白い。

 

 だが。

 

 笑っている場合ではなかった。

 

 紫。

 

 緑。

 

 黄。

 

 三色の雨が。

 

 ラウル王国へ。

 

 降り始めた。

 

 ◇

 

開戦二十八日目

 

 軍医マリアは。

 

 眠っていなかった。

 

 何時間起きているのか。

 

 もう分からない。

 

「先生」

 

「はい」

 

「俺……誰でしたっけ」

 

「…………」

 

 緑の雨に。

 

 精神を侵された兵士。

 

「アレンです」

 

「アレン……」

 

「第二歩兵隊。二十六歳」

 

「…………」

 

「妹さんがいます」

 

「妹……」

 

「写真、持ってましたよ」

 

「…………」

 

「大丈夫」

 

 マリアは。

 

 手を握った。

 

「思い出せます」

 

 嘘だった。

 

 分からない。

 

 紫の雨による中毒。

 

 緑の雨による精神汚染。

 

 黄の雨による身体機能の低下。

 

 薬が。

 

 足りない。

 

 外には。

 

 世界がある。

 

 エルサイアも。

 

 地球も。

 

 薬を持っている。

 

 食料も。

 

 兵器も。

 

 人も。

 

 でも。

 

 来ない。

 

 来られない。

 

「先生」

 

「はい」

 

「雨」

 

「…………」

 

「いつ止むんですか」

 

「…………」

 

 マリアは。

 

 笑った。

 

「もうすぐです」

 

「ほんと?」

 

「はい」

 

 嘘だった。

 

 ◇

 

開戦二十九日目

 

『ルーク』

 

「クイント?」

 

 久しぶりに。

 

 直接通信が繋がった。

 

『援軍を――』

 

「駄目だ」

 

『でも!』

 

「来るな」

 

『もう三種類降ってるんだよ!?』

 

「知ってる」

 

『ジンだって――』

 

「知ってる!」

 

 少し。

 

 声が強くなった。

 

「…………悪い」

 

『…………』

 

「でも来るな」

 

『ルーク』

 

「一人でも国境越えたら、次はそっちだ」

 

『…………』

 

「リリーいるだろ」

 

『…………』

 

「レアも」

 

『…………』

 

「国民もいる」

 

『分かってるよ!』

 

「だったら」

 

 ルークは。

 

 目を閉じた。

 

「お前は王だろ」

 

『…………』

 

「自分の国を守れ」

 

『……ルーク』

 

「エレノアは?」

 

『いる』

 

「そっか」

 

『代わる?』

 

「いや」

 

『…………』

 

「今はいい」

 

『なんで』

 

「…………」

 

 言えない。

 

 何を。

 

 言えばいい。

 

「アージェリカ」

 

『え?』

 

「作っといて」

 

『…………』

 

「ソーサリーなら作れるだろ」

 

『ルーク』

 

「エレノアもいる」

 

『やめて』

 

「技術は残ってる」

 

『やめてよ』

 

「だから」

 

『死ぬみたいに言わないで!』

 

「…………」

 

 少し。

 

 沈黙。

 

「じゃあ」

 

 ルークが。

 

 笑った。

 

「勝ったら迎えに来い」

 

『…………』

 

「それならいいだろ」

 

『…………うん』

 

「約束な」

 

『うん』

 

「じゃあな」

 

 通信を。

 

 切った。

 

 ルークは。

 

 しばらく。

 

 動かなかった。

 

「……嘘下手だな、俺」

 

 ◇

 

開戦三十日目

 

 最初に。

 

 世界が知ったのは。

 

 一つの観測結果だった。

 

『――神精霊ジン、反応消失』

 

 再観測。

 

 反応なし。

 

 三度目。

 

 なし。

 

『神精霊ジン――消滅を確認』

 

 その瞬間。

 

 ラウル王国を。

 

 一か月守り続けた。

 

 最後の防壁が。

 

 消えた。

 

 紫の雨が。

 

 大地へ。

 

 直接。

 

 落ちる。

 

 川。

 

 街。

 

 家。

 

 城。

 

 すべてが。

 

 紫に染まっていく。

 

 そして。

 

 世界は。

 

 ラウル王国が。

 

 滅びるところを。

 

 見ていた。

 

 通信だけは。

 

 最後まで。

 

 切れなかった。

 

 それこそが。

 

 星魅の巫女が。

 

 最初から。

 

 望んでいたことだった。

 

 世界中に。

 

 見せるために。

 

 ◇

 

 最後の映像。

 

 一機のアージェリカ。

 

 既に。

 

 右腕は動かない。

 

 装甲も。

 

 ほとんど残っていない。

 

『出力――十八パーセント』

 

「十分」

 

 ルークが。

 

 前を見る。

 

 そこに。

 

 星魅の巫女がいた。

 

「獅子座は?」

 

『捕捉不能』

 

「……逃げ切りやがったか」

 

 笑う。

 

「まあいい」

 

 もう。

 

 国は。

 

 終わる。

 

 アイザック王からの通信も。

 

 途絶えた。

 

 ギルバートからも。

 

 カイルからも。

 

 誰からも。

 

 返事はない。

 

「なあ」

 

 星魅の巫女へ。

 

 届くはずもない声で。

 

 ルークが言った。

 

「お前」

 

「…………」

 

「ムカつくんだよ」

 

 推進器。

 

 起動。

 

『警告』

 

「黙れ」

 

『機体損傷率――』

 

「分かってる」

 

 剣を。

 

 残った左腕で。

 

 握る。

 

「国一個潰しといて」

 

 加速。

 

「そんな顔してんじゃねえ!!」

 

 紫の雨を。

 

 アージェリカが。

 

 切り裂いた。

 

 星魅の巫女が。

 

 初めて。

 

 構える。

 

「おおおおおおおおッ!!」

 

 一撃。

 

 振り抜く。

 

 光。

 

 爆発。

 

 映像が。

 

 乱れる。

 

 一瞬だけ。

 

 映った。

 

 星魅の巫女の身体から。

 

 血が。

 

 飛んだ。

 

『…………』

 

「…………は」

 

 ルークが。

 

 笑った。

 

「当たるじゃん」

 

 それが。

 

 ルーク王子の。

 

 最後に記録された。

 

 声だった。

 

 ◇

 

 アイザック王。

 

 死亡。

 

 ルーク王子。

 

 死亡。

 

 親衛隊隊長ギルバート・アタンチェルト。

 

 死亡。

 

 アージェリカ操縦士カイル・レヴァンス少佐。

 

 死亡。

 

 軍医マリア・セレン。

 

 死亡。

 

 神精霊ジン。

 

 消滅。

 

 蠍座。

 

 討伐。

 

 獅子座。

 

 生存。

 

 人魚姫。

 

 生存。

 

 怠惰。

 

 生存。

 

 ラウル王国。

 

 敗北。

 

 一か月前。

 

 世界は。

 

 二体の怪物を倒せば終わる戦争だと思っていた。

 

 実際。

 

 蠍座は倒した。

 

 獅子座も。

 

 あと少しだった。

 

 だからこそ。

 

 世界中が。

 

 最後まで。

 

 勝てるかもしれないと。

 

 思ってしまった。

 

 そして。

 

 その一か月のすべてを。

 

 エルサイアも。

 

 地球も。

 

 ただ。

 

 画面越しに。

 

 見ていることしか。

 

 できなかった。




だれがここまでやれといったよ でもできちゃった....
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