エマ   作:篠原えれの

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第五十一話『残されたもの』

 

 

 ラウル王国が滅亡して、翌朝。

 

 エルサイア王国の空は、腹が立つほど綺麗に晴れていた。

 

 紫の雨は降っていない。

 

 緑の雨も。

 

 黄色の雨も。

 

 窓を開ければ朝の風が入ってきて、城下ではいつも通り人々が一日を始めている。

 

 店が開き。

 

 子供たちが道を走り。

 

 兵士が交代し。

 

 工房からは、朝早くから金属を叩く音が聞こえてくる。

 

 昨日。

 

 一つの国が滅びたというのに。

 

 世界は普通に朝を迎えた。

 

 ◇

 

「…………」

 

 エレノア・アタンチェルトは、いつもと同じ時間に技術開発区画へ来ていた。

 

 扉を開ける。

 

 誰もいない。

 

 まだ早い。

 

 それも、いつも通りだった。

 

「……よし」

 

 小さく呟いて。

 

 灯りをつける。

 

 作業台の上には、昨日までと何一つ変わらないものが置かれている。

 

 アージェリカの設計資料。

 

 エルサイアで製造した試作品。

 

 分解した制御機構。

 

 ソーサリーが錬金術による代替を試している部品。

 

 コウヤが「これなら俺にも作れそう」と勝手に印を付けた図面。

 

「……また勝手に書き込んで」

 

 赤い印。

 

 その横に。

 

『ここの素材、スフロン水晶じゃ駄目?』

 

 という文字。

 

「駄目です」

 

 誰もいないのに。

 

 エレノアは答えた。

 

「それだと制御系統に干渉しますから。何度説明したら――」

 

 言葉が。

 

 止まった。

 

「…………」

 

 昨日と同じ。

 

 いつもと同じ。

 

 だから。

 

 仕事をすればいい。

 

 椅子へ座る。

 

 資料を開く。

 

 今日やるべきことは決まっている。

 

 β型アージェリカの制御機構。

 

 エルサイア側の技術で製造可能な部品と、ラウル王国独自の製法を必要とする部品の分類。

 

 既に大部分は終わっている。

 

 あと少し。

 

「…………」

 

 ペンを取る。

 

 書く。

 

 一行。

 

 二行。

 

 昨日の続き。

 

 できる。

 

 仕事なら。

 

 できる。

 

「エレノア?」

 

「…………」

 

 後ろから声がした。

 

 ソーサリーだった。

 

「おはようございます」

 

「……おはよう」

 

「少し早いですね」

 

「それはこっちの台詞なんだけど」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ」

 

 ソーサリーは。

 

 少し困ったように。

 

 エレノアを見る。

 

「エレノア」

 

「はい」

 

「今日は休んだ方がいい」

 

「何故です?」

 

「…………」

 

「作業が残っています」

 

「それは……」

 

「β型の制御系統、今日中に一度組んでしまいましょう。昨日話していた錬金術による部品代替も試したいです」

 

「…………」

 

「それからα型についてですが、縮小機構をそのまま再現するのは難しいので――」

 

「エレノア」

 

「はい」

 

「今日は」

 

「大丈夫です」

 

 即答だった。

 

「…………」

 

「大丈夫ですから」

 

「……そう」

 

「はい」

 

 ソーサリーは。

 

 それ以上言わなかった。

 

 ただ。

 

 隣の作業台へ向かった。

 

「じゃあ」

 

「はい」

 

「昨日の続き、やろうか」

 

「お願いします」

 

 いつも通り。

 

 それでいい。

 

 エレノアは。

 

 そう思った。

 

 ◇

 

「この部分」

 

「はい」

 

「エルサイアの錬成技術で代替できると思う」

 

「材質は?」

 

「まだ試してる。これと、これ」

 

「…………」

 

「どう?」

 

「二つ目ですね」

 

「やっぱり?」

 

「一つ目では耐久性が足りません」

 

「じゃあ――」

 

 エレノアが。

 

 棚へ手を伸ばす。

 

「ラウルから持ってきた試作品があるので、それと比較を……」

 

 箱を。

 

 引き出す。

 

「…………」

 

 止まった。

 

「エレノア?」

 

「…………」

 

 木箱。

 

 何の変哲もない。

 

 少し古い。

 

 角に。

 

 傷がある。

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

「これ」

 

「うん?」

 

「…………父が」

 

 声が。

 

 少し。

 

 掠れた。

 

「父が運んでくれたんです」

 

「…………」

 

 ソーサリーは。

 

 何も言わなかった。

 

「エルサイアへ来る時」

 

 箱を。

 

 指でなぞる。

 

 傷。

 

 あの日。

 

 ぶつけた。

 

 ◇

 

『重いな』

 

『落とさないでくださいよ』

 

『落とさん』

 

『絶対ですよ』

 

『俺を何だと思ってる』

 

『父さんです』

 

『なら信用しろ』

 

『父さんだから言ってるんです』

 

『どういう意味だ』

 

『そのままの意味です』

 

 ギルバートが。

 

 大きな箱を抱えていた。

 

『しかし、何が入ってるんだ』

 

『アージェリカの部品です』

 

『それは聞いた』

 

『では聞かないでください』

 

『これ全部必要なのか?』

 

『必要です』

 

『エルサイアにも材料くらいあるだろう』

 

『材料があれば同じものが作れるわけじゃありません』

 

『そういうものか』

 

『そういうものです』

 

『俺には分からんな』

 

『でしょうね』

 

『お前、父親に冷たくないか?』

 

『今更です』

 

『エレノア』

 

『なんです?』

 

『これ、どこに置く』

 

『そこです』

 

『ここ?』

 

『もう少し右』

 

『ここか』

 

『右です』

 

『右だろ』

 

『それは父さんから見た右です。私から見て右』

 

『先に言え』

 

『普通分かるでしょう』

 

『分かるか』

 

 ごん。

 

『あ』

 

『…………』

 

『…………』

 

『父さん』

 

『何だ』

 

『今、ぶつけましたよね』

 

『ぶつけてない』

 

『音しましたよ』

 

『気のせいだ』

 

『箱見せてください』

 

『何もない』

 

『あります! 傷ついてるじゃないですか!』

 

『箱だろ』

 

『精密部品が入ってるんですよ!?』

 

『中身は無事だ』

 

『どうして分かるんです!』

 

『軽く当たっただけだからだ』

 

『だから持たせたくなかったんです!』

 

『一人で持てなかっただろう』

 

『台車があります!』

 

『最初から使え!』

 

『父さんが持つって言ったんでしょう!』

 

 喧嘩して。

 

 最後には。

 

 二人で笑った。

 

『まあ』

 

 ギルバートが。

 

 箱を置く。

 

『頑張ってこい』

 

『…………急ですね』

 

『しばらく向こうにいるんだろ』

 

『はい』

 

『なら、好きなだけ学んでこい』

 

『教える側なんですけど』

 

『お前が教えるだけで終わるわけないだろ』

 

『…………』

 

『向こうの技術も盗んでこい』

 

『人聞きが悪い』

 

『学んでこい』

 

『最初からそう言ってください』

 

『同じだ』

 

『違います』

 

『エレノア』

 

『はい?』

 

『好きなことをやれ』

 

『…………』

 

『お前は俺とは違うんだから』

 

『それ、褒めてます?』

 

『褒めてる』

 

『本当に?』

 

『たぶんな』

 

『父さん』

 

『冗談だ』

 

 ◇

 

「…………」

 

 木箱。

 

 傷は。

 

 まだ残っていた。

 

「…………」

 

 あの日と。

 

 何も変わっていない。

 

 だから。

 

 帰ったら。

 

 言うつもりだった。

 

『ほら、傷まだ残ってましたよ』

 

 そう言えば。

 

『まだ言ってるのか』

 

 きっと。

 

 返ってくる。

 

 そう思っていた。

 

「…………」

 

 手が。

 

 震えた。

 

「エレノア」

 

「…………」

 

「座ろう」

 

「大丈夫です」

 

「…………」

 

「大丈夫……」

 

 箱を。

 

 開けようとする。

 

 指が。

 

 上手く動かない。

 

「これを……比較すれば」

 

「エレノア」

 

「制御機構の問題が……」

 

「もういい」

 

「よくありません」

 

「今日はいい」

 

「駄目です」

 

 声が。

 

 大きくなった。

 

「だって」

 

 エレノアが。

 

 ソーサリーを見る。

 

「これを作るために、私はここに来たんですよ」

 

「うん」

 

「父が……」

 

「うん」

 

「父が、送り出してくれたんです」

 

「…………」

 

「だから」

 

 涙が。

 

 一滴。

 

 木箱へ落ちた。

 

「…………」

 

 エレノア自身が。

 

 一番驚いた。

 

「…………あ」

 

 拭う。

 

 もう一滴。

 

「…………」

 

 また。

 

 落ちる。

 

「……なんで」

 

 止まらない。

 

「昨日は……」

 

 昨日。

 

 泣いた。

 

 父の死亡報告を聞いて。

 

 床に崩れて。

 

 散々。

 

 泣いた。

 

 だから。

 

 もう。

 

 仕事くらいできると思っていた。

 

「……帰ったら」

 

 声が。

 

 震える。

 

「これ、見せるつもりだったんです」

 

「…………」

 

「エルサイアで作ったアージェリカを」

 

「うん」

 

「父は……技術のことなんて全然分からないから」

 

「…………」

 

「見せても、きっと」

 

 笑おうとした。

 

「『よく分からん』って……」

 

 無理だった。

 

「……言うんです」

 

 膝から。

 

 力が抜けた。

 

 ソーサリーが。

 

 支える。

 

「帰ったら……」

 

 帰る。

 

 その言葉で。

 

 ようやく。

 

 理解してしまった。

 

「…………あ」

 

 帰れない。

 

「私……」

 

 父が。

 

 いないだけじゃない。

 

「もう……」

 

 家も。

 

 街も。

 

 工房も。

 

 いつも通っていた道も。

 

 王城も。

 

 全部。

 

 紫の雨の下。

 

「帰れないんですね」

 

 その一言を口にした瞬間。

 

 何かが。

 

 完全に。

 

 切れた。

 

「……っ」

 

 顔を覆う。

 

「帰るところ……なくなっちゃった……」

 

 声が。

 

 子供みたいになった。

 

「父さん……!」

 

 ソーサリーは。

 

 何も言わず。

 

 ただ。

 

 隣にいた。

 

 ◇

 

 その日の午後。

 

 クイントは一人で技術開発区画を訪れた。

 

「…………」

 

 扉の前で。

 

 一度。

 

 止まる。

 

 何を言えばいいのか。

 

 分からなかった。

 

 国王として。

 

 言わなければならない言葉なら。

 

 いくらでもある。

 

 ラウル王国の犠牲者へ哀悼を。

 

 生存者の捜索を。

 

 汚染区域の調査を。

 

 国際協力を。

 

 復興可能性の検討を。

 

 そんな言葉なら。

 

 いくらでも。

 

 でも。

 

 エレノアに。

 

 何を言えばいい。

 

 結局。

 

 答えが出ないまま。

 

 扉を開けた。

 

「……エレノア」

 

「クイント陛下」

 

 目が。

 

 赤かった。

 

 それでも。

 

 エレノアは立ち上がろうとした。

 

「いい」

 

「ですが」

 

「今日はいいよ」

 

「…………」

 

 クイントは。

 

 向かいへ座った。

 

「ごめん」

 

「…………」

 

 それしか。

 

 出なかった。

 

「何故、陛下が謝るんです?」

 

「私は」

 

 クイントが。

 

 膝の上で。

 

 手を握る。

 

「一か月」

 

「…………」

 

「見てた」

 

 毎日。

 

 戦況報告が来た。

 

 蠍座が倒された日は。

 

 勝てると思った。

 

 獅子座が初めて大きな傷を負った日は。

 

 あと少しだと思った。

 

 希望の教会へ追い詰めた時には。

 

 本当に。

 

 終わると思った。

 

 その後。

 

 緑の雨が降った。

 

 黄色の雨まで。

 

 降った。

 

「軍を出せた」

 

「…………」

 

「ミカエルもいる。ギルもいる。エルサイアには機動兵器も、魔道具もある」

 

「陛下」

 

「でも出さなかった」

 

「…………」

 

「一人も」

 

 クイントが。

 

 俯く。

 

「ルークに来るなって言われたから」

 

 分かっている。

 

 あれは。

 

 正しい判断だった。

 

 一人でも介入すれば。

 

 エルサイアが第二戦域になる。

 

 今度は。

 

 ここに雨が降る。

 

 リリーも。

 

 レアも。

 

 国民も。

 

 巻き込まれる。

 

「王としては」

 

 クイントが。

 

 小さく言った。

 

「間違ってないと思う」

 

「はい」

 

「でも」

 

 唇を。

 

 噛む。

 

「友達としては……」

 

 助けたかった。

 

「……行きたかった」

 

 エレノアは。

 

 しばらく。

 

 何も言わなかった。

 

「送らなくて」

 

 やがて。

 

 口を開く。

 

「正解です」

 

「…………」

 

「父も、そう言います」

 

「エレノア」

 

「ルーク王子も」

 

「…………」

 

「だから、最後まで来るなと仰ったのでしょう」

 

「…………」

 

「もしエルサイアまで同じことになっていたら」

 

 エレノアが。

 

 少し。

 

 笑った。

 

「ルーク王子、怒りますよ」

 

「…………うん」

 

「『何のために技術渡したと思ってんだ』って」

 

「言いそう」

 

「言います」

 

「絶対?」

 

「絶対です」

 

 二人とも。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

 そして。

 

 同時に。

 

 泣いた。

 

 ◇

 

「陛下」

 

「なに?」

 

「見ましたか」

 

「…………最後の?」

 

「はい」

 

 ルーク王子。

 

 最後の戦闘映像。

 

「見た」

 

「私もです」

 

 エレノアが。

 

 作業台の端にある端末を操作した。

 

 映像。

 

 紫の雨。

 

 壊れかけたアージェリカ。

 

 その前に。

 

 星魅の巫女。

 

『国一個潰しといて』

 

 ルークの声。

 

『そんな顔してんじゃねえ!!』

 

 加速。

 

 一撃。

 

 そして。

 

 血。

 

 映像停止。

 

「…………」

 

 エレノアが。

 

 目元を拭った。

 

「……あの人」

 

「うん」

 

「最後まで格好つけて」

 

「うん」

 

「馬鹿ですよね」

 

「うん」

 

「勝てないのに」

 

「…………」

 

「でも」

 

 画面を見る。

 

「当てた」

 

「うん」

 

「星魅の巫女に」

 

「…………」

 

「攻撃は通る」

 

 その時。

 

「その通りだ」

 

 後ろから。

 

 声。

 

「ミカエル?」

 

 いつからいたのか。

 

 ミカエルが。

 

 画面を見ていた。

 

「映像を借りる」

 

「何をするの?」

 

「解析する」

 

「…………」

 

「ルーク王子の攻撃が命中する直前」

 

 映像を。

 

 巻き戻す。

 

「ここだ」

 

 停止。

 

 星魅の巫女。

 

 その腕。

 

「防御してる……?」

 

 クイントが。

 

 画面へ近づく。

 

「ああ」

 

「偶然じゃ」

 

「ない」

 

 ミカエルが。

 

 さらに。

 

 数フレーム戻す。

 

「ルーク王子の攻撃を認識した後、自ら防御姿勢を取っている」

 

「…………」

 

「そして」

 

 進める。

 

 血。

 

「負傷した」

 

「…………」

 

「なら」

 

 ミカエルが。

 

 静かに言った。

 

「殺せる」

 

 エレノアが。

 

 顔を上げた。

 

「……殺せますか」

 

「少なくとも」

 

 ミカエルは。

 

 画面から目を逸らさなかった。

 

「無敵ではない」

 

「…………」

 

「これは重要な記録だ」

 

 ルークは。

 

 勝てなかった。

 

 ラウル王国を。

 

 救えなかった。

 

 それでも。

 

 最後に。

 

 一つだけ。

 

 世界へ残した。

 

 星魅の巫女にも。

 

 攻撃は届く。

 

 ◇

 

 数日後。

 

 エルサイア城の一角に。

 

 小さな慰霊碑が作られた。

 

 特別。

 

 豪華なものではない。

 

 白い石。

 

 そこへ。

 

 確認された。

 

 ラウル王国戦役の犠牲者たちの名が。

 

 刻まれている。

 

 アイザック王。

 

 ルーク王子。

 

 ギルバート・アタンチェルト。

 

 カイル・レヴァンス。

 

 マリア・セレン。

 

 兵士。

 

 医師。

 

 技術者。

 

 一般市民。

 

 確認できた名前だけでも。

 

 石一枚には。

 

 到底。

 

 収まらなかった。

 

「…………」

 

 エレノアは。

 

 一人で。

 

 その前に立っていた。

 

 花を。

 

 一輪。

 

 置く。

 

 墓ではない。

 

 ここに。

 

 父はいない。

 

 遺体すら。

 

 帰ってきていない。

 

 それでも。

 

「父さん」

 

 呼んだ。

 

 返事は。

 

 ない。

 

「…………」

 

 分かっている。

 

「私」

 

 少し。

 

 息を吸う。

 

「こっちでやりますね」

 

 アージェリカを。

 

 作る。

 

 ラウルで生まれた技術を。

 

 ここで。

 

 残す。

 

「ソーサリーって人がいるんです」

 

 何故か。

 

 父に。

 

 報告したくなった。

 

「錬金術師なんですけど……すごいですよ。教えたらすぐ理解して」

 

 少し笑う。

 

「コウヤ様も、勝手に混ざってきます」

 

 また。

 

 少し。

 

 笑えた。

 

「魔道具は作れるのに自分では起動できないんですよ。変ですよね」

 

 風が。

 

 吹いた。

 

「……エルサイア」

 

 空を見る。

 

「いい国ですよ」

 

 父が。

 

 自分を送り出した国。

 

 ルークが。

 

 技術を託した国。

 

「だから」

 

 もう一度。

 

 慰霊碑を見る。

 

「心配しないでください」

 

 言ってから。

 

 少し考える。

 

「…………いや」

 

 首を振った。

 

「それは無理ですよね」

 

 父なら。

 

 きっと。

 

 心配する。

 

「じゃあ」

 

 今度こそ。

 

 笑った。

 

「見ててください」

 

 その方が。

 

 父には。

 

 似合う気がした。

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 

 技術開発区画では。

 

「ソーサリー!」

 

「何?」

 

「これなんだけど!」

 

「コウヤ様、仕事は?」

 

「終わらせた!」

 

「クイント陛下の許可は?」

 

「取った!」

 

「本当に?」

 

「なんでみんな疑うの!?」

 

 いつもの声が響いていた。

 

「エレノア、ここ!」

 

「はい?」

 

「やっぱスフロン水晶――」

 

「駄目だと言いましたよね」

 

「最後まで聞いて!」

 

「制御系統に干渉します」

 

「まだ言ってないじゃん!」

 

「昨日書いてあったので」

 

「…………」

 

「違いますか?」

 

「……合ってる」

 

「でしょう?」

 

 ソーサリーが。

 

 横で笑う。

 

「じゃあ別の素材探す?」

 

「そうしましょう」

 

「俺もやる」

 

「お願いします」

 

「お」

 

「何です?」

 

「いや」

 

 コウヤが。

 

 少し驚いた顔をした。

 

「今日は追い出されないんだなって」

 

「…………」

 

 エレノアが。

 

 ほんの少し。

 

 笑った。

 

「人手は多い方がいいですから」

 

「よっしゃ」

 

「ただし」

 

「何?」

 

「勝手に作らないでください」

 

「ミカエルと同じこと言う!」

 

「では、ちゃんと聞いてください」

 

「はい!」

 

 机の上。

 

 傷のついた木箱は。

 

 まだ。

 

 そこにある。

 

 捨てなかった。

 

 直しもしなかった。

 

 あの傷だけは。

 

 そのままでいいと思った。

 

 箱の中から。

 

 ラウル王国で作られた部品を。

 

 一つ。

 

 取り出す。

 

「では」

 

 エレノアが。

 

 設計図を広げた。

 

「続きを始めましょう」

 

 国は。

 

 なくなった。

 

 人も。

 

 たくさん失った。

 

 帰る場所だって。

 

 もうない。

 

 それでも。

 

 残ったものまで。

 

 なくなったわけではない。

 

 技術も。

 

 記録も。

 

 記憶も。

 

 そして。

 

 人も。

 

 ここに。

 

 残っている。

 

 だから。

 

 エレノアは。

 

 もう一度。

 

 作り始めた。

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