エマ   作:篠原えれの

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第五十六話 『幸福の終わりを知る者』

 

 

 ラウル王国が滅びた。

 

 紫の雨との開戦から、僅か一ヶ月。

 

 神精霊ジンの消滅が確認され。

 

 アイザック王は死亡。

 

 ルーク王子もまた、アージェリカで星魅の巫女へ最後の一撃を叩き込んだ後、その命を落とした。

 

 そして今。

 

 かつてラウル王国と呼ばれた土地は、猛毒の紫に染まっている。

 

 国が一つ。

 

 世界から消えた。

 

 ならば次は。

 

「…………」

 

 星魅の巫女は、一つの国を見つめていた。

 

 ――エルサイア。

 

 次に滅ぼすべき国。

 

 しかし。

 

 ラウル王国と同じ方法は使えない。

 

「困りましたね」

 

 エルサイアが強大だからではない。

 

 もちろん、弱い国ではなかった。

 

 魔法。

 

 魔術。

 

 魔道具。

 

 スフロン水晶を利用した技術。

 

 優秀な騎士や魔術師も数多く存在する。

 

 それでも。

 

 正面から戦うだけなら、方法はいくらでもある。

 

 問題は。

 

 場所だった。

 

 エルサイアの近くには。

 

 塔コアスピアがある。

 

 三つの世界の秩序を管理する塔。

 

 そして。

 

 そこには。

 

「ジャンヌ・ダルク」

 

 調停者がいる。

 

 敵ではない。

 

 味方でもない。

 

 ジャンヌ・ダルクにとって重要なのは。

 

 どちらが善で。

 

 どちらが悪か。

 

 そんなことではない。

 

 世界の均衡。

 

 ただ、それだけ。

 

 星魅の巫女がエルサイアへ大規模な軍勢を送り込む。

 

 エルサイアがそれを迎え撃つ。

 

 戦火が拡大する。

 

 その結果。

 

 塔コアスピアにまで影響が及べば。

 

 ジャンヌは。

 

 おそらく双方を裁く。

 

「それは避けたいですね」

 

 勝てるかどうか。

 

 そんな話ではない。

 

 戦う必要のない相手と戦う理由がない。

 

 ならば。

 

 ジャンヌ・ダルクが介入できない形で。

 

 エルサイアを滅ぼせばいい。

 

「…………」

 

 星魅の巫女は考える。

 

 そして。

 

 やがて。

 

「ああ」

 

 小さく笑った。

 

「簡単なことでした」

 

 星魅の巫女が。

 

 エルサイアと戦う必要などない。

 

 エルサイアを滅ぼすのは。

 

 エルサイア人でいい。

 

「戦争にしなければいいんですね」

 

 軍勢は送らない。

 

 雨も降らせない。

 

 宣戦布告もしない。

 

 ただ。

 

 国の内側にいる人間を。

 

 壊す。

 

 精神を汚染し。

 

 認識を歪ませ。

 

 愛情も。

 

 憎悪も。

 

 忠誠も。

 

 少しずつ。

 

 別のものへ変えていく。

 

 そして。

 

 エルサイア人自身に。

 

 エルサイアを殺してもらう。

 

 それなら。

 

 表面上。

 

 星魅の巫女は何もしていない。

 

 ◇

 

 問題は。

 

 誰を選ぶか。

 

 強ければいいわけではない。

 

 強者一人を暴れさせたところで。

 

 軍を投入され。

 

 鎮圧されれば終わる。

 

 必要なのは。

 

 殺した時。

 

 国そのものが揺らぐ人物へ。

 

 自然に近づける人間。

 

「…………」

 

 何人もの人間を見て。

 

 星魅の巫女は。

 

 一人の男で止まった。

 

「コウヤ」

 

 ギルの息子。

 

 クイントの夫。

 

 王族の内側にいて。

 

 聖騎士にも近い。

 

 何より。

 

 その二人が。

 

 コウヤを信頼している。

 

「いいですね」

 

 これ以上の人選はない。

 

 最初に殺すのは。

 

 ギル。

 

 ただ。

 

 殺すだけでは。

 

 勿体ない。

 

「《聖騎士》」

 

 王を守るための力。

 

 ギルが持つそのスキルを。

 

 まず。

 

 コウヤに奪わせる。

 

 その後。

 

 ギルを殺す。

 

 父を殺した息子が。

 

 父の《聖騎士》を持つ。

 

 そして。

 

 次は。

 

「クイント」

 

 国王。

 

 コウヤの妻。

 

 ギルから奪った。

 

 王を守るための力で。

 

 王を殺す。

 

「…………」

 

 星魅の巫女は。

 

 しばらく。

 

 その未来を眺めるように目を細めた。

 

 聖騎士ギルが死ぬ。

 

 国王クイントが死ぬ。

 

 そして。

 

 二人を殺したのは。

 

 敵国の兵士でも。

 

 怪物でもない。

 

 コウヤ。

 

 ギルの息子。

 

 クイントの夫。

 

 それだけで。

 

 エルサイアは大きく揺らぐ。

 

 だが。

 

 それだけではない。

 

「ここまでやれば」

 

 星魅の巫女は笑った。

 

「あなたも、黙ってはいないでしょう?」

 

 ――ミカエル。

 

 ギルが殺され。

 

 クイントが殺され。

 

 コウヤが壊された。

 

 そして。

 

 その原因が。

 

 自分だと分かれば。

 

 ミカエルは。

 

 必ず動く。

 

 それも。

 

 計画のうちだった。

 

 ◇◇◇

 

 同じ頃。

 

 エルサイア王宮では。

 

 コウヤが。

 

 長い廊下を歩いていた。

 

 落ち着かなかった。

 

 何度座っても。

 

 すぐに立ってしまう。

 

 だからといって。

 

 何かできるわけでもない。

 

「…………」

 

 扉を見る。

 

 その向こうに。

 

 クイントがいる。

 

 もう。

 

 随分長い。

 

「大丈夫だ」

 

 突然。

 

 横から声がした。

 

 コウヤが顔を上げる。

 

「父さん」

 

 ギルだった。

 

「…………」

 

「そんな顔をするな」

 

「どんな顔だよ」

 

「今にも自分が死にそうな顔だ」

 

「…………」

 

 否定できなかった。

 

「クイントは強い」

 

「分かってるよ」

 

「なら信じろ」

 

「信じてる」

 

 即答だった。

 

 それでも。

 

「……心配なもんは心配なんだよ」

 

「そうだな」

 

 珍しく。

 

 ギルは否定しなかった。

 

 コウヤが。

 

 隣を見る。

 

「父さんも?」

 

「何がだ」

 

「俺が生まれた時」

 

「…………」

 

 ギルは。

 

 少し考えた。

 

「心配だった」

 

「へえ」

 

「何だ、その反応は」

 

「いや。父さんでもそうなるんだなって」

 

「俺を何だと思っている」

 

「聖騎士」

 

「その前にお前の父親だ」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 少し笑った。

 

「そっか」

 

「ああ」

 

 再び。

 

 扉を見る。

 

 今度は。

 

 少しだけ。

 

 落ち着いて待つことができた。

 

 そして。

 

 どれほど経った頃だろう。

 

「――――」

 

 小さな声がした。

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 顔を上げる。

 

 ギルも。

 

 同じように扉を見る。

 

 もう一度。

 

 聞こえた。

 

 赤ん坊の。

 

 泣き声。

 

「…………父さん」

 

「ああ」

 

 コウヤは。

 

 立ち上がった。

 

 けれど。

 

 扉へ駆け寄ることはしなかった。

 

 ただ。

 

 その場で。

 

 待った。

 

 やがて。

 

 扉が開く。

 

「コウヤ様」

 

「クイントは?」

 

 最初に出たのは。

 

 それだった。

 

「大丈夫です。母子ともに無事ですよ」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 大きく息を吐いた。

 

 肩から。

 

 力が抜ける。

 

「よかった……」

 

「女の子ですよ」

 

「…………そっか」

 

 女の子。

 

 その言葉を聞いて。

 

 ようやく。

 

 笑った。

 

「会える?」

 

「ええ。ただ、奥様もお疲れですから」

 

「分かってる。無理させないよ」

 

 ◇

 

 部屋へ入る時。

 

 コウヤは。

 

 自然と足音を小さくしていた。

 

 ベッドの上。

 

 クイントがいる。

 

 顔には。

 

 疲労が滲んでいた。

 

 それでも。

 

 コウヤを見つけると。

 

 柔らかく笑った。

 

「コウヤ」

 

「…………クイント」

 

 コウヤは。

 

 まず。

 

 彼女の傍へ行った。

 

「大丈夫?」

 

「うん」

 

「しんどくない?」

 

「しんどい」

 

「そりゃそうだよな」

 

 苦笑する。

 

「何かいる?」

 

「今は大丈夫」

 

「水は?」

 

「さっき飲んだ」

 

「痛いところは」

 

「コウヤ」

 

「何?」

 

「大丈夫だから」

 

「…………」

 

「心配しすぎ」

 

「するだろ」

 

 コウヤは。

 

 小さく息を吐いた。

 

「ずっと心配だったんだから」

 

「……うん」

 

「無事でよかった」

 

 その言葉に。

 

 クイントが。

 

 少しだけ目を細める。

 

「ありがと」

 

「…………」

 

 そこで。

 

 ようやく。

 

 コウヤは。

 

 クイントの腕の中を見る。

 

「…………」

 

 いた。

 

 小さな。

 

 赤ん坊。

 

「…………」

 

「見る?」

 

「うん」

 

 近づく。

 

 けれど。

 

 手は出さない。

 

 まず。

 

 ただ。

 

 見る。

 

「……小さいな」

 

「小さいね」

 

「これ」

 

「うん」

 

「俺たちの子なんだよな」

 

「そうだよ」

 

「…………」

 

 不思議だった。

 

 ずっと。

 

 分かっていたはずなのに。

 

 実際に目の前にすると。

 

 何も言葉が出てこない。

 

「抱いてみる?」

 

「いいの?」

 

「いいに決まってるでしょ」

 

「でも、クイントしんどいだろ。もう少しそのままでいいよ」

 

「私は大丈夫」

 

「…………」

 

「抱いてあげて」

 

「……うん」

 

 恐る恐る。

 

 腕を出す。

 

 クイントに教えてもらいながら。

 

 慎重に。

 

 受け取った。

 

「…………」

 

 軽い。

 

 温かい。

 

 腕の中に。

 

 命がある。

 

「…………怖いな」

 

「何が?」

 

「小さすぎて」

 

 力を入れたら。

 

 壊してしまいそうで。

 

「俺さ」

 

「うん」

 

「魔道具なら、壊れてても直せるんだけど」

 

「……うん」

 

「この子は、そういうわけにいかないだろ」

 

「当たり前でしょ」

 

「だから怖い」

 

 クイントは。

 

 少しだけ笑った。

 

「大丈夫」

 

「…………」

 

「ちゃんと抱けてるよ」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

「…………そっか」

 

 それだけで。

 

 少し。

 

 安心した。

 

 赤ん坊が。

 

 小さく動く。

 

「…………!」

 

「どうしたの?」

 

「動いた」

 

「動くよ」

 

「俺の腕で」

 

「そこにいるんだから」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 思わず笑った。

 

「すごいな」

 

「何が?」

 

「分かんない」

 

「何それ」

 

「でも」

 

 腕の中を見る。

 

「すごい」

 

 クイントも。

 

 笑った。

 

 そして。

 

 少し離れたところで。

 

 ギルが。

 

 黙って。

 

 その光景を見ている。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「見て」

 

「見ている」

 

「俺の娘」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 赤ん坊を見る。

 

「俺、父親なんだな」

 

 今まで。

 

 何度も考えた。

 

 もうすぐ。

 

 父親になる。

 

 そう思っていた。

 

 でも。

 

 今。

 

 ようやく。

 

 その意味が。

 

 分かった気がした。

 

「よろしくな」

 

 赤ん坊へ。

 

 静かに。

 

 声をかける。

 

「俺が父さんだから」

 

 ちゃんと。

 

 守る。

 

 クイントも。

 

 この子も。

 

 自分の家族を。

 

 その言葉を。

 

 口にはしなかった。

 

 でも。

 

 そう思った。

 

「…………」

 

 ギルが。

 

 そんな息子を見ている。

 

 そして。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「抱く?」

 

「…………」

 

「無理にとは言わないけど」

 

「いや」

 

 ギルが。

 

 少しだけ。

 

 腕を出した。

 

「抱かせてくれ」

 

「うん」

 

 今度は。

 

 コウヤが慎重に。

 

 娘を渡す。

 

「…………」

 

 ギルは。

 

 しばらく。

 

 何も言わなかった。

 

「父さん?」

 

「…………小さいな」

 

「俺と同じ感想じゃん」

 

「仕方ないだろう」

 

「俺が生まれた時もこんなだった?」

 

「もっと騒がしかった」

 

「俺が?」

 

「お前が」

 

「覚えてるじゃん」

 

「…………」

 

「さっき覚えてないって言ってたのに」

 

「細かいことは忘れた」

 

「はいはい」

 

 クイントが。

 

 小さく笑った。

 

 コウヤも。

 

 笑う。

 

 そして。

 

 ギルも。

 

 ほんの少しだけ。

 

 笑っていた。

 

 家族が。

 

 一人増えた日だった。

 

 誰も。

 

 その先にあるものなど。

 

 知らなかった。

 

 ◇◇◇

 

「――生まれましたか」

 

 星魅の巫女は。

 

 遠く離れた場所から。

 

 その光景を見ていた。

 

 クイント。

 

 コウヤ。

 

 ギル。

 

 そして。

 

 生まれたばかりの娘。

 

「…………」

 

 少しだけ。

 

 予定が変わった。

 

 いや。

 

 変わったというほどではない。

 

 むしろ。

 

「都合がよくなりましたね」

 

 コウヤは。

 

 父親になった。

 

 守るものが。

 

 さらに増えた。

 

 ギル。

 

 クイント。

 

 娘。

 

 家族。

 

 その全てを。

 

 愛している。

 

「なら」

 

 壊した後。

 

 自分が何をしたのか理解した時。

 

 より深く。

 

 壊れる。

 

「…………」

 

 だが。

 

 娘を殺す必要はない。

 

 そんなことをしなくても。

 

 十分だった。

 

 ギルを殺す。

 

 クイントを殺す。

 

 それだけで。

 

 目的は果たせる。

 

「コウヤ」

 

 あなたに。

 

 父を殺してもらう。

 

 そして。

 

 妻を殺してもらう。

 

 それで。

 

 エルサイアは。

 

 大きく崩れる。

 

 そして。

 

 もう一人。

 

「シュテー」

 

 映像が変わる。

 

 青年。

 

 個人戦闘力の高さだけでも。

 

 十分な価値がある。

 

 だが。

 

 それ以上に。

 

「トレシィの後継者」

 

 星魅の巫女は。

 

 最初から知っていた。

 

 だからこそ。

 

 選んだ。

 

「あなたなら、どうします?」

 

 願い屋。

 

 トレシィ。

 

 自分の後継者が。

 

 精神を汚染され。

 

 敵として。

 

 国を破壊し始める。

 

「助けますか?」

 

 それとも。

 

 願いと対価がなければ。

 

 動かないのか。

 

「楽しみですね」

 

 星魅の巫女は。

 

 微笑んだ。

 

 シュテーは。

 

 エルサイアを壊すための戦力。

 

 そして。

 

 トレシィへの。

 

 明確な挑発。

 

 だが。

 

 コウヤは。

 

 違う。

 

 コウヤには。

 

 そのさらに先がある。

 

「…………」

 

 ギルが死ぬ。

 

 クイントが死ぬ。

 

 その原因が。

 

 星魅の巫女による精神汚染だと。

 

 明らかになる。

 

 そうすれば。

 

 必ず。

 

 一人の男が。

 

 動く。

 

「ミカエル」

 

 星魅の巫女は。

 

 静かに。

 

 その名を呼んだ。

 

 来る。

 

 必ず。

 

 そして。

 

 自分を。

 

 殺す。

 

「それでいいんです」

 

 むしろ。

 

 そうしてもらわなければ。

 

 困る。

 

 星魅の巫女は。

 

 既に。

 

 あまりにも大きな存在になっていた。

 

 軍。

 

 配下。

 

 兵器。

 

 領域。

 

 星魅の巫女という存在を中心に。

 

 あまりにも多くのものが。

 

 動いている。

 

 もし。

 

 それを放置したまま。

 

 星魅の巫女だけが。

 

 不自然に消滅すれば。

 

 軍を束ねる者が。

 

 いなくなる。

 

 命令する者も。

 

 止める者も。

 

 いなくなる。

 

 そして。

 

 星魅の巫女という巨大な存在が。

 

 何の代替もなく。

 

 突然。

 

 世界から消えれば。

 

 エマそのものも。

 

 存在を維持することが難しくなる。

 

「それだけは」

 

 星魅の巫女は。

 

 静かに呟いた。

 

「避けなければなりません」

 

 だから。

 

 後継が必要になる。

 

 自分が消えた後。

 

 星魅の巫女へ。

 

 成り代わる者。

 

 軍を束ね。

 

 残された力を制御し。

 

 世界に生まれる空白を。

 

 埋める者。

 

 そして。

 

 それができる存在を。

 

 星魅の巫女は。

 

 一人しか知らない。

 

「ミカエル」

 

 彼なら。

 

 自分を殺せる。

 

 そして。

 

 自分が残したものを。

 

 背負うこともできる。

 

 だが。

 

 本人には。

 

 教えない。

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 星魅の巫女を殺す。

 

 自分が。

 

 災厄を止めたのだと。

 

 そう思う。

 

 そして。

 

 その後。

 

 気づく。

 

 主を失った軍が残っている。

 

 星魅の巫女が。

 

 世界から。

 

 不自然に欠落した。

 

 エマそのものが。

 

 その空白に耐えられない。

 

「その時」

 

 星魅の巫女は。

 

 目を細めた。

 

「あなたは、分かるでしょう」

 

 殺して。

 

 終わりではなかった。

 

 自分は。

 

 星魅の巫女という存在を。

 

 世界から消してしまった。

 

 なら。

 

 その穴を。

 

 誰かが。

 

 埋めなければならない。

 

 そして。

 

 その場にいる。

 

 自分なら。

 

 できる。

 

「…………」

 

 ミカエルは。

 

 望まないだろう。

 

 自分が。

 

 星魅の巫女になることなど。

 

 拒絶するかもしれない。

 

 けれど。

 

「あなたは」

 

 星魅の巫女は。

 

 笑った。

 

「世界を見捨てられない」

 

 自分が嫌だから。

 

 それだけの理由で。

 

 エマを。

 

 崩壊させることなど。

 

 できない男だ。

 

 なら。

 

 答えは。

 

 最初から。

 

 一つしかない。

 

 星魅の巫女を殺した男が。

 

 次の。

 

 星魅の巫女になる。

 

「…………」

 

 そのために。

 

 まず。

 

 コウヤを壊す。

 

 ギルを殺させる。

 

 《聖騎士》を奪わせる。

 

 クイントを殺させる。

 

 エルサイアを。

 

 内側から崩す。

 

 ミカエルを。

 

 自分の前へ。

 

 引きずり出す。

 

 そして。

 

 自分を。

 

 殺してもらう。

 

 もう一方では。

 

 シュテーを壊す。

 

 トレシィの後継者だと。

 

 分かった上で。

 

 手を出す。

 

「…………」

 

 星魅の巫女は。

 

 もう一度。

 

 エルサイアを見る。

 

 まだ。

 

 そこには。

 

 幸福な時間が流れていた。

 

 クイントは。

 

 疲れた身体を休めている。

 

 その傍には。

 

 コウヤがいる。

 

 ギルがいる。

 

 そして。

 

 生まれたばかりの。

 

 小さな娘。

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 娘の小さな手へ。

 

 指を差し出した。

 

 赤ん坊が。

 

 それを。

 

 握る。

 

「……クイント」

 

「何?」

 

「握った」

 

「うん」

 

「すげえ力」

 

「そんなに?」

 

「離さない」

 

「気に入られたんじゃない?」

 

「そっか」

 

 コウヤが。

 

 嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ、このままでいる」

 

「ずっと?」

 

「離してくれるまで」

 

「ふふ。好きにしたら」

 

「うん」

 

 クイントが。

 

 目を閉じる。

 

「寝ていいよ」

 

 コウヤが。

 

 声を落とした。

 

「ここにいるから」

 

「……うん」

 

「何かあったら起こして」

 

「分かった」

 

 しばらくして。

 

 クイントの呼吸が。

 

 ゆっくりになる。

 

 コウヤは。

 

 それを確認してから。

 

 赤ん坊を見る。

 

「…………」

 

 小さな手は。

 

 まだ。

 

 コウヤの指を握っている。

 

「よろしくな」

 

 もう一度。

 

 小さく。

 

 言った。

 

「ちゃんと守るから」

 

 その言葉を。

 

 遠くから。

 

 星魅の巫女だけが。

 

 聞いていた。

 

「…………」

 

 そして。

 

 静かに。

 

 目を伏せる。

 

「そうですか」

 

 守る。

 

 父を。

 

 妻を。

 

 娘を。

 

 国を。

 

 だからこそ。

 

 星魅の巫女は。

 

 コウヤを選んだ。

 

 何も持たない者を壊しても。

 

 国は滅びない。

 

 大切なものを。

 

 たくさん持っている者だからこそ。

 

 その手で。

 

 全てを壊させる意味がある。

 

「今は」

 

 星魅の巫女は。

 

 その幸福を。

 

 壊さなかった。

 

「もう少しだけ」

 

 娘の手を握る。

 

 父親でいればいい。

 

 妻を愛する。

 

 夫でいればいい。

 

 父と笑う。

 

 息子でいればいい。

 

 その全てが。

 

 後に。

 

 コウヤ自身を。

 

 殺すほどの記憶になる。

 

 そして。

 

 その先で。

 

 ミカエルが。

 

 自分の前へ来る。

 

「お待ちしています」

 

 星魅の巫女は。

 

 まだ何も知らない男へ。

 

 静かに。

 

 告げた。

 

「ミカエル」

 

 私を殺してください。

 

 その後で。

 

 あなたは知る。

 

 星魅の巫女を。

 

 ただ消すことなど。

 

 できなかったのだと。

 

 軍を。

 

 世界を。

 

 エマを。

 

 残すためには。

 

 誰かが。

 

 その席へ。

 

 座らなければならない。

 

 そして。

 

 あなたは。

 

 それを知ってしまえば。

 

 決して。

 

 世界を見捨てられない。

 

 だから。

 

 最後には。

 

 自ら。

 

 選ぶことになる。

 

 自分が殺した存在へ。

 

 自分自身が成り代わることを。

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