神系宇宙『ラ』所属、惑星ストリジア『ラウル王国』
SH.2010年4月11日。11:00 天候:晴
希望の協会管理地『南の森』
「テテ、この先はどう?」
「異常はない。昨日の『青の雨』による影響も、それほど残ってはいない。だが……」
クイント達は昨日降った『青の雨』によって、森に異常が発生していないか見回りを行っていた。
土砂崩れ。
倒木。
屍の残存。
人工精霊の異常。
青の雨が過ぎ去ったあとには、目に見える被害だけでなく、周囲を漂う人工精霊の状態にも異常が残ることがある。
その確認も、希望の協会の仕事の一つだった。
森の僅かな異変を察知する能力に関しては、エルフであるクイントやギルよりも、使い魔である狼達の方が優れている。
だからこそクイントは、テテに周囲の様子を確認しながら森を進んでいた。
「何かあるの?」
「いや。森そのものではない」
テテが足を止めた。
そして、木々の隙間から空を見上げる。
「空だ」
「空?」
つられてクイントも見上げる。
青空だった。
雲も少ない。
昨日の青の雨が嘘だったような、穏やかな晴天である。
「普通じゃない?」
「見た目はな」
「……テテ。お前も感じるか」
後ろからついてきていたギルが尋ねる。
「あぁ。昨日から人工精霊の流れがおかしい。森の中ではほとんど感じないが、首都の方角に妙な偏りがある」
「やはりか」
「父さんも?」
「あぁ」
ギルも空を見上げる。
何が起きているのかまでは分からない。
だが、長年聖騎士として戦ってきた経験が、何かがおかしいと警告していた。
昨日。
本来ならば発生しないと予知されていた青の雨が降った。
そして今日。
首都方面へ人工精霊が不自然なほど集まり始めている。
「一度、希望の協会へ戻った方がいいかもしれんな」
「見回りは?」
「今日はもう十分だ。昨日の青の雨が予知から外れていた以上、何が起きてもおかしくない」
「そっか。じゃあ――」
その時だった。
「……?」
ギルが突然、足を止めた。
「父さん?」
「待て」
通信が入っている。
しかも通常の通信ではない。
相手側から受信者を指定し、第三者には内容が聞こえないよう秘匿された軍用回線だった。
表示された名前を見て。
ギルの表情が変わる。
「……ギルバート?」
ギルバート・アタンチェルト。
ラウル王国親衛隊隊長。
五年前。
エルサイア王国が滅びた、あの日。
ギルや神精霊達と共に王宮へ突入した男だった。
互いに多忙だったこともあり、直接言葉を交わすのは随分と久しぶりになる。
『ラウル王国親衛隊隊長、ギルバート・アタンチェルトだ。久しぶりだなァ、聖騎士ギル・ウィリアムズ』
「……あぁ。五年ぶりぐらいか」
『世間話してェところだが、悪い。そんな暇がなくなった』
声色が違う。
ギルはすぐに察した。
「何があった」
『今から話す。ただし、この通信はお前にしか聞こえねェ。クイントにも聞かせるな』
「……クイントに関係することなのか?」
『大ありだ』
ギルの表情が険しくなる。
『まず、落ち着いて聞け』
一拍。
ギルバートが間を置いた。
『――ミリィが生き返った』
「…………何?」
一瞬。
言葉の意味を理解できなかった。
「誰が?」
『神精霊ミリィだ』
「馬鹿な」
反射的に否定した。
ありえない。
ミリィは五年前。
ギルの目の前で消滅した。
「俺はあの方が消滅するところを見ている」
『俺も見てる。だから俺だって最初は同じ反応したさ』
「なら――」
『本人だ』
ギルバートが言い切った。
『ジンが確認した。それだけじゃねェ。アイテールにも確認してもらった。姿だけ似せた偽物でも、記憶を移植した別人でもねェ。魂まで含めて、五年前に消滅した神精霊ミリィ本人だ』
「…………」
『今、俺の目の前にいる』
「……誰がやった」
『星魅の巫女だ』
「――――」
その名を聞いた瞬間。
ギルの背筋に冷たいものが走った。
「何が目的だ」
『エルサイア王国の再建』
「…………」
『神精霊は用意した。なら、次に必要なのは王だとよ』
「まさか」
『そのまさかだ』
ギルバートの声が低くなる。
『向こうはクイントをメリッサ・エルサイアとして即位させるつもりだ』
「ふざけるな!」
思わず声が出た。
「父さん?」
少し離れた場所にいたクイントが驚いて振り返る。
「……なんでもない。そこで待っていろ」
「う、うん……」
明らかになんでもない様子ではない。
だがクイントはギルに言われた通り、その場に留まった。
「ギルバート。クイントは今、メリッサ様として生きているわけじゃない」
『分かってる』
「五年前、ミリィ様自身が――」
『それも分かってる。だから落ち着け』
ギルバートが遮る。
『別にアイザック王が、クイントを差し出すと決めたわけじゃねェ。むしろ逆だ』
「……何?」
『本人のいない場所で勝手に決める問題じゃないって話になった』
「…………」
『エルサイアを再建するのか。メリッサとして王になるのか。それともクイントとして今まで通り生きるのか。少なくとも、その話を本人抜きで進めることはできねェ』
「それを言ったのは?」
『……ミカエルだ』
「ミカエル?」
予想外の名前だった。
『あいつも今、王宮にいる』
「何故だ」
『俺が聞きてェよ』
ギルバートが溜息を吐く。
『ただ、今のところ星魅の巫女と一緒になってクイントを寄越せって言ってるわけじゃねェ。むしろ本人に決めさせろって立場だ』
「…………」
『問題は星魅の巫女だ』
「クイントを王にしたいだけではないのか?」
『それならまだ話は簡単だった』
嫌な間があった。
『あいつ、はっきり言いやがった』
「何を」
『――クイントが欲しい、ってな』
「…………は?」
ギルの思考が。
一瞬だけ止まった。
『俺も同じ反応した』
「どういう意味だ」
『知らねェよ。聞いても「面白いから欲しい」だとさ』
「…………」
『ただし』
ギルバートの声がさらに低くなる。
『あの星魅の巫女が、消滅した神精霊を蘇生させて、滅んだ国まで再建しようとしてる。その中心にクイントを置こうとしてるんだ。単なる気まぐれだと思わねェ方がいい』
「当たり前だ」
ギルはクイントを見る。
十歳。
五年前。
自分が拾った少女。
血の繋がりなどない。
それでも今では。
間違いなく、自分の娘だった。
「……それで、俺にどうしろと」
『クイントを連れて王宮まで来い』
「断る」
『即答すんな馬鹿』
「危険だと分かっている場所に、娘を連れて行けるか!」
『気持ちは分かる。だが、逃げて済む相手じゃねェんだよ』
ギルバートの声から。
普段の軽さが消えた。
『星魅の巫女は、クイントがどこにいるか知ってる』
「…………」
『こっちから連れて来なくても、その気になれば向こうから会いに行く』
「……クソ」
『だったら王宮の方がまだマシだ。アイザック王もいる。ジンもミリィもいる。アイテールもいる。ミカエルも、少なくとも今は星魅の巫女の好きにさせるつもりはなさそうだ』
「信用できるのか」
『知らん』
「おい」
『知らんもんは知らん』
そこだけは妙に正直だった。
『だが、少なくともクイント一人を星魅の巫女と会わせるより百倍マシだ』
「…………」
否定できない。
『それに、これはクイント自身の問題だ』
「まだ十歳だぞ」
『だからお前が一緒に来るんだろうが』
ギルは黙った。
『安心しろ。お前からクイントを引き離すつもりはねェ。俺もいる』
「…………」
『何かあったら俺も動く』
「ラウル王国の親衛隊隊長が、そこまで言っていいのか?」
『五年前にミリィからあの子を託された一人として言ってんだよ』
「…………そうか」
それを言われてしまえば。
ギルも何も返せなかった。
『転送術式を送る』
「待て。せめてクイントに――」
『説明はしてやれ。ただし時間はかけるな』
「分かった」
『じゃあ王宮で待ってる』
通信が切れた。
「……まったく」
ギルは額を押さえる。
「五年ぶりに連絡してきたと思ったら、これか」
「父さん?」
クイントが恐る恐る近付いてくる。
「さっきからどうしたの? 顔怖いよ」
「…………」
ギルは。
娘を見る。
「クイント」
「なに?」
「今から王宮へ行く」
「王宮?」
クイントが目を丸くする。
「なんで?」
「……お前に会いたいと言っている者がいる」
「私に?」
「あぁ」
「誰?」
「それは――」
ギルが答えようとした、その時。
足元に光が走った。
「え?」
クイントとギルを囲むように。
巨大な環状型の魔法陣が展開される。
「うわっ!? なにこれ!?」
「ギルバート! 説明する時間ぐらい寄越せと言っただろうが!」
返事はない。
「あの野郎……!」
転送術式は既に起動を始めていた。
テテとエウウが警戒して唸る。
「父さん、これ大丈夫なの!?」
「大丈夫だ!」
ギルは即座にクイントの隣へ移動する。
「俺から絶対に離れるな」
「え?」
「何があってもだ」
「……う、うん!」
クイントがギルの服を掴む。
「テテ、エウウ。希望の協会へ戻れ。エマ達に事情を伝えてくれ」
「分かった」
「承知した」
ギルは通信端末を取り出し。
最後に、希望の協会へ緊急用のメッセージを送った。
『王宮より緊急召集。クイントと共に向かう。詳細は不明。広重、ティオが戻っているなら待機させてくれ』
送信。
直後。
転送術式の光が強くなる。
「…………」
ギルは。
自分の服を握っている小さな手を見る。
五年前。
瀕死の状態で拾った少女。
メリッサではない。
自分が名付けた。
クイント。
「(誰が何と言おうと――)」
光が二人を包む。
「(この子は、俺の娘だ)」
星魅の巫女が何を望んでいようと。
滅びたエルサイアが何を求めていようと。
神精霊ミリィが蘇ったとしても。
そして。
天族であるミカエルが何を考えていようと。
「(絶対に護る)」
次の瞬間。
ギルとクイントの姿は南の森から消えた。
五年前に滅びた国の王女は。
自分がその王女であることなど、ほとんど知らないまま。
再び。
エルサイア王国の運命へと呼び戻された。