エマ   作:篠原えれの

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第五十八話 『あなたは聖騎士になりたかったんでしょう?』

 

 娘が生まれてから。

 

 コウヤの生活は、少し変わった。

 

 大きく変わったようにも思えるし。

 

 何も変わっていないようにも思える。

 

「…………」

 

 夜。

 

 コウヤはベッドから少しだけ身体を起こした。

 

 隣を見る。

 

 クイントが眠っている。

 

 疲れているのだろう。

 

 娘が生まれてから、以前のように朝までずっと眠れる日はほとんどない。

 

 起こさないように。

 

 そっと。

 

 ベッドから出る。

 

 向かった先は。

 

 小さな揺り籠。

 

「…………」

 

 覗き込む。

 

 眠っている。

 

「……よし」

 

 何が、よしなのか。

 

 自分でもよく分からない。

 

 ただ。

 

 ちゃんと息をしている。

 

 それを確認したかった。

 

「…………」

 

 もう一度。

 

 クイントを見る。

 

 眠っている。

 

 こちらも。

 

 大丈夫。

 

「……よし」

 

 今度こそ。

 

 コウヤはベッドへ戻った。

 

 横になる。

 

 目を閉じる。

 

 眠る前。

 

 ぼんやりと思う。

 

 不思議だ。

 

 少し前まで。

 

 この部屋には。

 

 自分とクイントしかいなかった。

 

 それが。

 

 今は。

 

 一人増えている。

 

 家族が。

 

 増えた。

 

「…………」

 

 守らないとな。

 

 クイントも。

 

 娘も。

 

 ちゃんと。

 

 守らないと。

 

 そんなことを考えながら。

 

 コウヤは。

 

 眠りへ落ちた。

 

     ◇

 

 ――暗い。

 

「…………?」

 

 何も見えない。

 

 自分が立っているのか。

 

 座っているのか。

 

 それすら。

 

 よく分からない。

 

「…………」

 

 どこだ。

 

 そう思った。

 

 けれど。

 

 声にはならなかった。

 

 身体がないような。

 

 意識だけが。

 

 そこに浮いているような。

 

 妙な感覚。

 

 そして。

 

「――あなたは」

 

 声がした。

 

「…………」

 

 女の声。

 

 知らない。

 

 聞き覚えもない。

 

 なのに。

 

 不思議なくらい。

 

 はっきり聞こえる。

 

「あなたは、聖騎士になりたかったんでしょう?」

 

「…………」

 

 何を。

 

 言っている。

 

 そう思ったところで。

 

     ◇

 

「…………」

 

 目が覚めた。

 

「…………?」

 

 天井。

 

 見慣れた。

 

 自分たちの部屋。

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 しばらく。

 

 天井を見ていた。

 

「……夢?」

 

 身体を起こす。

 

 まだ。

 

 夜。

 

 隣には。

 

 クイントがいる。

 

 娘も。

 

 眠っている。

 

「…………」

 

 何だったんだ。

 

 今の。

 

 怖い夢ではない。

 

 何かに追われたわけでも。

 

 傷つけられたわけでもない。

 

 ただ。

 

 知らない女から。

 

 一言。

 

 言われただけ。

 

 ――あなたは、聖騎士になりたかったんでしょう?

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 小さく。

 

 息を吐いた。

 

「懐かしいな……」

 

 本当に。

 

 昔の話だ。

 

 まだ。

 

 自分が子供だった頃。

 

 父親の背中は。

 

 今より。

 

 ずっと大きく見えた。

 

 聖騎士ギル。

 

 王を守り。

 

 国を守る。

 

 エルサイアの騎士。

 

 その姿に。

 

 憧れていた。

 

 自分も。

 

 父親みたいになりたい。

 

 いつか。

 

 聖騎士になりたい。

 

 そんなことを。

 

 本気で思っていた時期がある。

 

「…………」

 

 いつ。

 

 諦めたんだっけ。

 

 いや。

 

 諦めた。

 

 という感覚すら。

 

 なかった。

 

 錬金術を覚えた。

 

 魔道具を作るようになった。

 

 自分にできることを見つけた。

 

 クイントと一緒にいる時間が増えた。

 

 結婚した。

 

 そして。

 

 今は。

 

 娘までいる。

 

 父親と。

 

 同じものになる必要なんてない。

 

 そう思えるようになった。

 

 それだけだ。

 

「……変な夢」

 

 コウヤは。

 

 もう一度。

 

 横になった。

 

 そして。

 

 今度こそ。

 

 朝まで眠った。

 

     ◇◇◇

 

「コウヤ」

 

「ん?」

 

「それ、塩」

 

「…………」

 

 手を見る。

 

 持っていた。

 

「…………」

 

「何してるの?」

 

「いや」

 

「砂糖取ろうとしてなかった?」

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「寝ぼけてた」

 

「朝から?」

 

「朝だからだろ」

 

「もう昼だよ」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 窓を見る。

 

「ほんとだ」

 

「大丈夫?」

 

 クイントが。

 

 少し心配そうに。

 

 こちらを見る。

 

「大丈夫大丈夫」

 

「寝れてない?」

 

「寝てるよ」

 

「夜中に起きてるでしょ」

 

「…………」

 

「知ってるからね」

 

「何が?」

 

「この子見に行ってるの」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 娘を見る。

 

「気づいてた?」

 

「そりゃ気づくよ」

 

「起こしてた?」

 

「そこまでは」

 

「ならよかった」

 

「でも」

 

 クイントが。

 

 少し呆れたように笑う。

 

「毎回見に行かなくても大丈夫だって」

 

「分かってる」

 

「ほんと?」

 

「…………」

 

「分かってない顔してる」

 

「だってさ」

 

 コウヤは。

 

 娘を見る。

 

「ちゃんと息してるかなって思うだろ」

 

「するけど」

 

「ほら」

 

「でも私は毎回起きて見に行かないよ」

 

「…………」

 

「寝なよ」

 

「はい」

 

「今日からちゃんと」

 

「努力します」

 

「努力じゃなくて寝るの」

 

「はいはい」

 

 いつも通り。

 

 クイントが笑う。

 

 コウヤも。

 

 笑った。

 

 夢のことなど。

 

 その時には。

 

 もう。

 

 ほとんど気にしていなかった。

 

 ◇◇◇

 

 二日後。

 

 また。

 

 同じ夢を見た。

 

「…………」

 

 暗闇。

 

 そして。

 

 同じ女。

 

「あなたは聖騎士になりたかったんでしょう?」

 

「…………」

 

 またか。

 

 今度は。

 

 そう思った。

 

「昔はな」

 

 何故か。

 

 声が出た。

 

「どうして諦めたんですか?」

 

「…………」

 

 答えようとした。

 

 けれど。

 

 その前に。

 

 目が覚めた。

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 目を開けたまま。

 

 しばらく。

 

 動かなかった。

 

「…………また?」

 

 同じ夢。

 

 しかも。

 

 今度は。

 

 会話をした。

 

「…………」

 

 気持ち悪い。

 

 少しだけ。

 

 そう思った。

 

 ◇

 

 さらに。

 

 三日後。

 

「あなたは聖騎士になりたかったんでしょう?」

 

「……またそれ?」

 

「はい」

 

「昔の話だって」

 

「そうですか」

 

「そうだよ」

 

「では」

 

 女は。

 

 穏やかに。

 

 問いかけた。

 

「もう、なりたくないんですか?」

 

「…………」

 

「聖騎士に」

 

「今さらだろ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……」

 

「あなたなら」

 

 女の声が。

 

 少しだけ。

 

 近づいた気がした。

 

「なれますよ」

 

「…………」

 

 そこで。

 

 目が覚めた。

 

「…………っ」

 

 コウヤは。

 

 身体を起こした。

 

 夢。

 

 また。

 

 同じ夢。

 

 それなのに。

 

 内容が。

 

 続いている。

 

「…………」

 

 さすがに。

 

 おかしい。

 

 そう思った。

 

 ◇◇◇

 

 次の日。

 

 コウヤは。

 

 一人の男を訪ねた。

 

「ミカエル」

 

「何だ」

 

「ちょっといい?」

 

 ミカエルは。

 

 手元から顔を上げた。

 

 机の上には。

 

 いくつもの素材と。

 

 錬金術に使う道具が並んでいる。

 

「珍しいな」

 

「何が?」

 

「お前から来るのがだ」

 

「俺だって来るだろ」

 

「最近は娘のところにばかりいると思っていた」

 

「…………」

 

「違うのか?」

 

「違わない」

 

「そうか」

 

「即答すんなよ」

 

「事実なのだろう」

 

「まあ」

 

 コウヤは。

 

 苦笑する。

 

 昔。

 

 まだ。

 

 自分が子供だった頃。

 

 この場所へ来ることは。

 

 珍しくなかった。

 

 錬金術を。

 

 教えてもらっていた。

 

 初めて成功した時。

 

 失敗した時。

 

 何度も。

 

 ミカエルに見てもらった。

 

 だから。

 

 何か。

 

 自分では判断できないことが起きた時。

 

 自然と。

 

 ここへ来た。

 

「で?」

 

 ミカエルが。

 

 こちらを見る。

 

「何の用だ」

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「夢の話していい?」

 

「夢?」

 

「うん」

 

 ミカエルの表情は。

 

 変わらない。

 

「話せ」

 

「最近さ」

 

 コウヤは。

 

 椅子へ座った。

 

「同じ夢を見るんだ」

 

「何度?」

 

「三回」

 

「内容は?」

 

「暗いところにいる」

 

「場所は分からない?」

 

「全然」

 

「続けろ」

 

「それで」

 

 少し。

 

 言うのを躊躇った。

 

 なんとなく。

 

 恥ずかしい。

 

「女の声がする」

 

「女?」

 

「知らない人」

 

「姿は見たか?」

 

「見えない。声だけ」

 

「何と言う?」

 

「…………」

 

「コウヤ」

 

「分かったって」

 

 コウヤは。

 

 頭を掻いた。

 

「あなたは聖騎士になりたかったんでしょう、って」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 黙った。

 

「…………何?」

 

「いや」

 

「変?」

 

「続けろ」

 

「最初はそれだけ」

 

「二度目は?」

 

「俺が昔はなって答えたら、なんで諦めたのかって」

 

「三度目」

 

「もうなりたくないのかって聞かれた」

 

「…………」

 

「で」

 

 コウヤは。

 

 少しだけ。

 

 眉を寄せた。

 

「俺ならなれるって」

 

「…………」

 

 ミカエルが。

 

 完全に。

 

 手を止めた。

 

「コウヤ」

 

「何?」

 

「その女は、お前の返答に反応しているのか?」

 

「そうだと思う」

 

「毎回、同じ言葉を繰り返しているわけではない?」

 

「うん」

 

「お前が話せば」

 

「あっちも答える」

 

「…………」

 

「だからさ」

 

 コウヤは。

 

 苦笑した。

 

「ちょっと変だろ?」

 

「ちょっとではない」

 

「そんな?」

 

「ああ」

 

 ミカエルの声が。

 

 変わった。

 

 さっきまでの。

 

 軽い調子ではない。

 

「次に見ても」

 

「うん」

 

「返事をするな」

 

「…………」

 

「何を言われてもだ」

 

「なんで?」

 

「ただの夢ではない可能性がある」

 

「…………」

 

 コウヤの顔から。

 

 少しだけ。

 

 笑みが消える。

 

「精神干渉?」

 

「可能性の一つだ」

 

「でも俺、何もされてないよ」

 

「そう感じているだけかもしれん」

 

「…………」

 

「最近、誰かと接触したか?」

 

「誰かって?」

 

「見知らぬ者」

 

「ないと思う」

 

「魔道具は?」

 

「仕事で触るけど、変なのはない」

 

「身体に異常は」

 

「ない」

 

「魔力」

 

「普通」

 

「頭痛や吐き気」

 

「ないよ」

 

「記憶が抜けている時間は?」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 少し考える。

 

「ない」

 

「そうか」

 

 ミカエルは。

 

 黙り込む。

 

「…………」

 

「ミカエル」

 

「何だ」

 

「そんなにまずい?」

 

「まだ分からん」

 

「…………」

 

「分からないから、警戒している」

 

 そして。

 

 ミカエルは。

 

 コウヤを見る。

 

「一つ聞く」

 

「何?」

 

「お前が聖騎士になりたかったことを」

 

「…………」

 

「誰が知っている?」

 

「え?」

 

「答えろ」

 

「誰って……」

 

 コウヤは。

 

 少し考える。

 

「父さんは知ってる」

 

「他は」

 

「クイントも知ってるんじゃない?」

 

「本人に話したか?」

 

「昔すぎて覚えてない」

 

「…………」

 

「あとは」

 

 コウヤが。

 

 ミカエルを見る。

 

「お前」

 

「…………」

 

「覚えてない?」

 

「覚えている」

 

 当然。

 

 覚えていた。

 

 ◇

 

『ミカエル!』

 

 まだ。

 

 小さかったコウヤが。

 

 走ってくる。

 

『できた!』

 

『走るな』

 

『見て!』

 

『聞いているのか』

 

『いいから見てって!』

 

 差し出された。

 

 小さな魔道具。

 

 ミカエルが。

 

 受け取る。

 

『…………』

 

『どう?』

 

『形にはなっている』

 

『ほんと!?』

 

『だが、ここの接続が甘い』

 

『えー』

 

『やり直せ』

 

『動くじゃん』

 

『動けば完成ではない』

 

『父さんみたいなこと言う』

 

『ギルと一緒にするな』

 

『でも』

 

 幼いコウヤは。

 

 嬉しそうに笑った。

 

『俺、父さんみたいになりたいんだ』

 

『…………』

 

『聖騎士になる』

 

『そうか』

 

『錬金術もできる聖騎士』

 

『随分欲張るな』

 

『駄目?』

 

『誰が駄目と言った』

 

『じゃあもっと教えて』

 

『その前に、今作ったものを直せ』

 

『分かった!』

 

 ◇

 

「…………」

 

 あれは。

 

 昔の話だ。

 

 本当に。

 

 何年も前。

 

「お前が子供の頃の話だ」

 

「そうだよ」

 

「今も、聖騎士になりたいのか?」

 

「いや」

 

 コウヤは。

 

 すぐに答えた。

 

「別に」

 

「…………」

 

「父さんは父さんだし。俺は俺だろ」

 

「そうか」

 

「錬金術もあるし」

 

「ああ」

 

「それに」

 

 少しだけ。

 

 笑う。

 

「今はクイントと娘がいるしな」

 

「…………」

 

「別に父さんと同じになる必要ないよ」

 

「ならいい」

 

「…………?」

 

 コウヤが。

 

 首を傾げる。

 

「何?」

 

「いや」

 

 ミカエルは。

 

 静かに。

 

 答えた。

 

「その感覚を覚えておけ」

 

「…………」

 

「お前は、聖騎士になれなかったことを恨んでいない」

 

「当たり前だろ」

 

「ギルに対しても」

 

「何で父さんを恨むんだよ」

 

「それでいい」

 

「…………」

 

「もし」

 

 ミカエルは。

 

 コウヤを見る。

 

「それが変わったと思ったら、すぐに俺へ言え」

 

「…………」

 

「分かったな」

 

「分かったけど」

 

 コウヤは。

 

 少しだけ笑った。

 

「心配しすぎじゃない?」

 

「そうであればいい」

 

「…………」

 

 何だよ。

 

 そう言いながら。

 

 コウヤは。

 

 どこか安心していた。

 

 相談してよかった。

 

 そう思った。

 

 ◇◇◇

 

 その夜。

 

 また。

 

 夢を見た。

 

「…………」

 

 暗い。

 

 同じ場所。

 

 同じ気配。

 

 そして。

 

「あなたは聖騎士になりたかったんでしょう?」

 

「…………」

 

 返事をするな。

 

 ミカエルに。

 

 言われた。

 

 だから。

 

 黙る。

 

「…………」

 

 女も。

 

 しばらく。

 

 何も言わなかった。

 

 静かな。

 

 暗闇。

 

「…………」

 

 やがて。

 

 女が。

 

 小さく笑った。

 

「ミカエルに相談したんですね」

 

「――――」

 

 コウヤの。

 

 身体が強張った。

 

「…………」

 

 答えるな。

 

 分かっている。

 

 なのに。

 

「……なんで」

 

 声が出た。

 

「どうして知ってる」

 

「…………」

 

「誰だよ」

 

 返事はない。

 

「お前、誰なんだ」

 

 初めて。

 

 コウヤから。

 

 尋ねた。

 

 少しして。

 

 女の声が。

 

 返ってくる。

 

「今は」

 

 穏やかな。

 

 声だった。

 

「まだ、知らなくていいですよ」

 

「…………」

 

「それより」

 

 また。

 

 同じ言葉。

 

「あなたは聖騎士になりたかったんでしょう?」

 

「昔の話だ」

 

「そうですね」

 

「今はなりたいと思ってない」

 

「ええ」

 

「…………」

 

 否定されない。

 

 だから。

 

 逆に。

 

 気持ちが悪い。

 

「だったら何なんだよ」

 

「何でもありません」

 

「…………」

 

「ただ」

 

 女が。

 

 言った。

 

「聖騎士には」

 

 少しだけ。

 

 間が空く。

 

「精神への干渉を、退ける力があるそうですね」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 黙った。

 

「それが何だよ」

 

「いいえ」

 

 女は。

 

 笑った。

 

「何でもありません」

 

「…………」

 

「ただ」

 

 囁く。

 

「もし、あなたが聖騎士だったなら」

 

「…………」

 

「私とこうして話すことも」

 

 優しく。

 

 優しく。

 

 まるで。

 

 コウヤを気遣うように。

 

「なかったのでしょうね」

 

 ◇

 

「――――っ!」

 

 目を覚ます。

 

 コウヤは。

 

 荒く。

 

 息を吐いた。

 

「…………」

 

 隣。

 

 クイントが眠っている。

 

 娘も。

 

 いる。

 

 大丈夫。

 

 何も。

 

 変わっていない。

 

「…………」

 

 なのに。

 

 女の言葉が。

 

 頭から。

 

 消えない。

 

 ――もし、あなたが聖騎士だったなら。

 

「…………」

 

 違う。

 

 そういう話じゃない。

 

 父さんが。

 

 聖騎士だ。

 

 それで。

 

 いい。

 

「…………」

 

 でも。

 

 もし。

 

 自分が。

 

 聖騎士だったなら。

 

 こんなもの。

 

 最初から。

 

 効かなかった。

 

「…………っ」

 

 コウヤは。

 

 首を振った。

 

「何考えてんだよ……」

 

 関係ない。

 

 聖騎士になれなかったことと。

 

 今。

 

 自分がこんな夢を見ていることは。

 

 何の関係もない。

 

 そう。

 

 分かっている。

 

 それなのに。

 

 ほんの少しだけ。

 

 思ってしまった。

 

 ――もし。

 

 俺が聖騎士だったら。

 

     ◇◇◇

 

 翌日。

 

 ギルは。

 

 訓練場にいた。

 

「…………」

 

 銃声。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

 速い。

 

 構え直す時間が。

 

 ほとんどない。

 

 生成した銃器を切り替え。

 

 標的へ。

 

 正確に。

 

 撃ち込んでいく。

 

 ギルは。

 

 剣が扱えないわけではない。

 

 むしろ。

 

 聖騎士として。

 

 大抵の武器を。

 

 問題なく扱える。

 

 だが。

 

 最も得意なのは。

 

 銃器だった。

 

 聖騎士の力による。

 

 攻撃予測。

 

 相手が。

 

 どこへ動くのか。

 

 どこから攻撃するのか。

 

 それを。

 

 先に読む。

 

 そして。

 

 高速移動。

 

 距離を詰める。

 

 離す。

 

 位置を変える。

 

 その度に。

 

 必要な武器を。

 

 生成する。

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 たまたま。

 

 その光景を見ていた。

 

 昔から。

 

 何度も見た。

 

 父親の戦い。

 

「…………」

 

 強い。

 

 知っている。

 

 聖騎士なのだから。

 

 精神支配は効かない。

 

 不意打ちすら。

 

 最初の一撃なら。

 

 通らない。

 

 攻撃を予測する。

 

 高速で動く。

 

 武器を生成する。

 

 そして。

 

 仮に。

 

 殺されたとしても。

 

 一度では。

 

 終わらない。

 

「…………」

 

 昔は。

 

 ただ。

 

 格好いいと思った。

 

 父さんみたいになりたい。

 

 そう思った。

 

 今だって。

 

 別に。

 

 それは変わらない。

 

 はずなのに。

 

『もし、あなたが聖騎士だったなら』

 

「…………」

 

 女の声が。

 

 蘇る。

 

『私とこうして話すことも、なかったのでしょうね』

 

「…………」

 

 ギルが。

 

 次の銃を。

 

 生成する。

 

 その瞬間。

 

 コウヤの中に。

 

 ほんの一瞬。

 

 言葉が浮かんだ。

 

 ――俺が。

 

 あれを持っていたら。

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 目を見開いた。

 

「…………何だよ、それ」

 

「コウヤ?」

 

「!」

 

 ギルが。

 

 こちらを見ていた。

 

「どうした」

 

「……いや」

 

「顔色が悪いぞ」

 

「大丈夫」

 

「本当か?」

 

「うん」

 

 ギルが。

 

 銃を消す。

 

 そして。

 

 こちらへ歩いてくる。

 

「寝ているのか」

 

「なんでみんなそれ聞くんだよ」

 

「娘が生まれてから、お前が寝ていないからだろう」

 

「寝てるって」

 

「そうか?」

 

「父さんまで心配性になんなよ」

 

「誰の父親だと思っている」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 少し笑った。

 

「俺の」

 

「なら心配くらいする」

 

「はいはい」

 

「今日は早く休め」

 

「分かったよ」

 

「本当だな?」

 

「分かったって」

 

 いつもの。

 

 父親だった。

 

「…………」

 

 だから。

 

 余計に。

 

 さっき。

 

 自分の中に浮かんだ言葉が。

 

 気持ち悪かった。

 

 俺が。

 

 あれを持っていたら。

 

 そんなこと。

 

 考えたことなど。

 

 なかったのに。

 

 コウヤは。

 

 自分の手を。

 

 握る。

 

「…………」

 

 そして。

 

 遠く。

 

 誰にも見えない場所で。

 

 星魅の巫女は。

 

 まだ。

 

 何も命令しなかった。

 

 ギルを憎めとも。

 

 聖騎士を奪えとも。

 

 殺せとも。

 

 一言も。

 

 言わない。

 

 そんなことをすれば。

 

 コウヤは。

 

 拒絶する。

 

 ミカエルも。

 

 すぐに気づく。

 

 だから。

 

 今は。

 

 ただ。

 

 一つだけ。

 

 思わせればいい。

 

 ――もし。

 

 自分が聖騎士だったなら。

 

 それだけで。

 

 十分だった。

 

 憧れは。

 

 まだ。

 

 憧れのまま。

 

 父親への愛情も。

 

 尊敬も。

 

 何一つ。

 

 消えていない。

 

 だから。

 

 急ぐ必要はない。

 

 夢を見るたび。

 

 ほんの少し。

 

 意味を変える。

 

 父さんみたいになりたい。

 

 それが。

 

 いつか。

 

 どうして父さんだけが持っている。

 

 そう変わるまで。

 

 星魅の巫女には。

 

 時間があった。

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