その夜。
コウヤは、また暗闇の中にいた。
「…………」
見慣れた。
という言い方もおかしいが。
もう、この場所に来ただけで分かる。
「またか……」
「こんばんは」
女の声がした。
「…………」
「今日は随分お疲れみたいですね」
「何で分かるんだよ」
「そう見えますから」
「見えるの?」
「ええ」
「俺からは何も見えないけど」
「そうですね」
相変わらず。
答えているようで。
肝心なところは答えない。
「…………」
ミカエルには。
話すなと言われている。
何を言われても。
なるべく返事をするな。
けれど。
何度も会話をしているうちに。
その警戒心も。
少しずつ。
薄れていた。
「今日は」
女が言う。
「少し、昔のお話をしませんか?」
「昔?」
「はい」
「何の」
「あなたの」
「…………」
「聖騎士になりたかった頃のお話です」
また。
それか。
「その話好きだな」
「気になるんです」
「何が?」
「あなたが」
即答だった。
「…………」
「どうして聖騎士になりたかったのか」
「父さんが聖騎士だったから」
「それだけ?」
「子供なんてそんなもんだろ」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「では」
女は。
穏やかに尋ねる。
「ギルの、どんなところが好きだったんですか?」
「…………」
コウヤが。
少し黙る。
「何その質問」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけど」
なんだか。
妙な感じがする。
「…………強かったし」
「はい」
「父さんがいたら大丈夫って思ってた」
「安心できた?」
「まあ」
「優しかったですか?」
「…………」
「違う?」
「いや」
コウヤは。
少し笑った。
「優しいよ」
「そうなんですね」
「分かりにくいけど」
「ふふ」
「笑うなよ」
「すみません」
「昔からあんな感じなんだよ。何か言っても大体一言足りないし」
「それでも好きだった?」
「父さんだぞ?」
コウヤは。
当たり前のように言った。
「好きに決まってるだろ」
「…………」
女は。
少しだけ黙った。
「そうですか」
「何?」
「いいえ」
嬉しそうにも。
残念そうにも。
聞こえない。
「では」
「まだ聞くの?」
「嫌ですか?」
「…………まあ、いいけど」
「ありがとうございます」
妙に。
丁寧だった。
「初めて聖騎士になりたいと思ったのは、いつですか?」
「覚えてないよ」
「小さい頃?」
「多分」
「ギルの戦う姿を見て?」
「それもある」
「それも?」
「…………」
コウヤは。
少し考える。
「父さんってさ」
「はい」
「強いだけじゃないんだよ」
「というと?」
「聖騎士だから」
「…………」
「何かあったら、父さんが最初に行くんだよ」
「誰かを守るために?」
「うん」
敵が現れた時。
事故が起きた時。
王に危険が迫った時。
ギルは。
いつも。
誰より先に動いた。
「子供の頃はさ」
コウヤが。
懐かしそうに続ける。
「それが格好よかった」
「だから、自分も?」
「うん」
「誰かを守りたかった?」
「そこまで考えてたかな」
「どうでしょう」
「父さんみたいになりたい、くらいだったと思う」
「…………」
「子供だったし」
「可愛いですね」
「やめろよ」
「本当ですよ」
「…………」
コウヤが。
少し笑った。
完全に。
昔話になっていた。
警戒していたはずなのに。
気づけば。
普通に話している。
「剣の練習もしたんですか?」
「したよ」
「得意でした?」
「…………普通」
「ギルは?」
「父さんも剣より銃の方が上手い」
「そうなんですか?」
「知らないの?」
言ってから。
コウヤは。
少し引っかかった。
「…………」
この女は。
ギルの《聖騎士》について。
知っていた。
精神支配を無効化することも。
知っている。
なのに。
「お前、父さんのこと全部知ってるわけじゃないの?」
「もちろんです」
「…………」
「私は、何でも知っているわけではありませんよ」
「じゃあ何で俺のこと知ってんだよ」
「…………」
「誰なんだよ、お前」
「それは」
女が。
少し笑う。
「まだ、秘密です」
「またそれかよ」
「はい」
「…………」
気に入らない。
でも。
敵意も。
感じない。
少なくとも。
今のところは。
「それで?」
「何が」
「剣より、銃の方が得意だったんですよね?」
「ああ」
「コウヤは?」
「俺?」
「はい」
「俺は……」
少し考える。
「何でも触ったよ」
「聖騎士になるため?」
「まあ」
「ギルに教えてもらった?」
「父さんにも」
「ミカエルにも?」
「ミカエルには錬金術」
「昔から?」
「うん」
「では」
女は。
また。
一つ。
質問する。
「聖騎士になりながら、錬金術も使いたかった?」
「そう」
「どうして?」
「どうしてって……」
コウヤは。
笑った。
「できること多い方がいいだろ」
「欲張りですね」
「ミカエルにも言われた」
「同じことを?」
「うん」
「…………」
女が。
小さく笑った。
「本当に、なりたかったんですね」
「子供の頃はな」
「…………」
子供の頃は。
コウヤは。
もう一度。
そう言った。
「では」
「まだあるの?」
「もう少しだけ」
「質問多いな」
「すみません」
「別にいいけど」
そして。
次の問い。
「いつ」
「…………?」
「聖騎士になれないと、分かったんですか?」
「…………」
コウヤが。
黙った。
「…………」
今までとは。
少し。
違う質問だった。
「分かったっていうか」
「はい」
「別に、ある日突然無理って言われたわけじゃない」
「では?」
「…………」
いつだろう。
考えたことが。
なかった。
「いつの間にか、かな」
「いつの間にか?」
「うん」
「諦めた?」
「…………」
「違いますか?」
「諦めたって言い方は違う」
「では、何でしょう」
「…………」
答えが。
すぐには。
出てこない。
「別のものを見つけた」
「錬金術?」
「そう」
「…………」
「俺には俺のできることがあるって分かったから」
「それで、聖騎士にならなくてもよくなった?」
「うん」
「本当に?」
「…………」
初めて。
少し。
苛立った。
「何だよ」
「すみません」
「さっきから何が聞きたいんだよ」
「ただ」
女は。
変わらず。
穏やかだった。
「知りたいだけです」
「何を」
「あなたが」
静かに。
「聖騎士を諦めた時」
「…………」
「悲しくなかったのかな、と」
「…………」
コウヤは。
答えなかった。
「悔しくは?」
「…………」
「寂しくは?」
「…………」
「ギルと同じものには、なれないと分かった時」
「…………」
「何も思わなかった?」
「…………」
考える。
昔。
本当に。
何も。
思わなかったのか。
「…………覚えてない」
「そうですか」
「昔すぎる」
「そうですね」
女は。
追及しなかった。
それが。
逆に。
引っかかった。
「…………」
「では、もう一つだけ」
「まだあるのかよ」
「これで最後です」
「何?」
「もし」
女は。
ゆっくり尋ねた。
「今からでも、聖騎士になれるとしたら?」
「…………」
「なりたいですか?」
「…………」
コウヤは。
黙った。
以前。
ミカエルにも。
似たようなことを聞かれた。
その時は。
答えた。
父さんは父さん。
俺は俺。
今さら。
聖騎士になりたいとは思わない。
だから。
今日も。
同じように答えればいい。
「…………」
なのに。
何故か。
言葉が出なかった。
「…………分からない」
ようやく。
それだけ。
答えた。
「そうですか」
「…………」
「分からないなら」
女は。
優しく言った。
「今は、それでいいですよ」
「…………」
「無理に答えを出さなくても」
「何なんだよ、お前」
「はい?」
「俺を聖騎士にしたいの?」
「いいえ」
即答。
「…………」
「あなたが何になりたいかは」
女は。
穏やかに。
「あなたが決めることでしょう?」
「…………」
「私は」
ただ。
「お話を聞いているだけです」
その言葉を最後に。
夢は。
消えた。
◇◇◇
翌日。
王宮の訓練場。
「コウヤ」
「ん?」
「これを見てくれ」
「何?」
ギルが。
一つの魔道具を持ってくる。
「訓練中に出力が安定しないらしい」
「起動させた?」
「まだだ」
「正解」
「お前が見る前に触るなと言われているからな」
「分かってんじゃん」
コウヤが。
受け取る。
魔道具そのものを。
コウヤは使用できない。
だが。
構造を見る。
壊れた箇所を探す。
錬金術で。
修理する。
それは。
できる。
「…………」
内部を開く。
「ここかな」
「分かるのか」
「多分」
「多分?」
「今見てるって」
「そうか」
「…………」
「…………」
「父さん」
「何だ」
「見られてるとやりにくい」
「なら離れる」
「いや、そこまでしなくていい」
「どっちだ」
「…………」
コウヤが。
笑った。
「相変わらずだな」
「何がだ」
「何でもない」
作業を続ける。
「…………」
いつもの。
父親。
いつもの。
自分。
「父さん」
「今度は何だ」
「子供の頃さ」
「うむ」
「俺、聖騎士になりたいってずっと言ってたよな」
「…………」
ギルが。
少しだけ。
意外そうな顔をした。
「突然どうした」
「いや」
「…………」
「昔の夢見てさ」
嘘ではない。
「思い出しただけ」
「そうか」
「父さん、覚えてる?」
「覚えている」
「やっぱり」
「毎日のように言っていた時期があったからな」
「そんな言ってた?」
「ああ」
「恥ずかしいな」
「何故だ」
「子供じゃん」
「子供だっただろう」
「そうだけど」
コウヤは。
笑う。
「父さんみたいになりたいって」
「言っていたな」
「…………」
少し。
間が空く。
「父さん」
「何だ」
「俺が聖騎士にならなかった時」
「…………」
「どう思った?」
ギルが。
コウヤを見る。
「どう、とは」
「残念だった?」
「いや」
即答だった。
「そっか」
「何故、残念に思う」
「いや。父さんも聖騎士だし」
「それとお前は関係ない」
「…………」
「お前は、お前の道を見つけただろう」
「錬金術?」
「ああ」
「…………」
「今のお前にしかできないこともある」
「そっか」
「何だ」
「いや」
コウヤは。
少しだけ。
嬉しかった。
「ありがと」
「礼を言われるようなことか?」
「別にいいだろ」
「…………」
ギルは。
それ以上。
何も聞かなかった。
「直った」
「そうか」
「俺は使えないから、起動確認頼む」
「ああ」
ギルが。
受け取る。
魔道具を起動する。
「どう?」
「問題ない」
「よし」
その時だった。
少し離れた場所から。
鋭い音がした。
「――!」
コウヤが。
振り向く。
訓練中の。
別の魔道具。
光が。
異常なほど膨れ上がっている。
「父さ――」
呼ぶより。
早かった。
ギルが。
消えた。
「…………!」
いや。
違う。
高速移動。
一瞬で。
離れた場所へ。
そこには。
異常に気づけていない騎士がいる。
ギルの手に。
銃器が生成される。
引き金。
魔力弾が。
暴走した魔道具を。
撃ち抜いた。
爆発。
「――っ!」
衝撃。
コウヤが。
腕で顔を庇う。
「…………」
煙が。
晴れる。
ギルが。
立っている。
無傷。
騎士も。
無事。
「大丈夫か」
「は、はい!」
「訓練を中止しろ。周辺の魔道具も確認する」
「分かりました!」
「…………」
コウヤは。
ただ。
見ていた。
自分も。
異常に気づいた。
けれど。
ギルの方が。
遥かに。
早かった。
「…………」
攻撃予測。
高速移動。
武器生成。
そして。
初撃を無効化する。
聖騎士。
「…………」
昨日の。
夢を。
思い出した。
『今からでも、聖騎士になれるとしたら?』
「…………」
ギルが。
こちらへ戻ってくる。
「コウヤ」
「…………」
「コウヤ?」
「あ、ごめん」
「どうした」
「いや」
「怪我は?」
「ない」
「そうか」
「父さんも大丈夫?」
「ああ」
「…………」
「何だ」
「速いなって」
「《聖騎士》があるからな」
「…………」
「お前が遅かったわけではない」
「え?」
「気にしている顔をしている」
「…………」
「俺には攻撃が来ると分かっていた。それだけだ」
「……そっか」
「ああ」
ギルは。
それだけ言った。
コウヤを責めない。
比べもしない。
むしろ。
気遣っている。
「…………」
父さんは。
やっぱり。
格好いい。
そう。
思った。
昔と。
何も。
変わらない。
◇◇◇
そして。
その夜。
暗闇。
「こんばんは」
「…………」
「今日は」
女が。
いつものように。
話し始めた。
「大変でしたね」
「…………?」
「訓練場で」
コウヤの。
表情が。
止まる。
「魔道具が暴走して」
「…………」
「ギルが、一人の騎士を助けた」
「…………」
心臓が。
一度。
強く。
鳴った。
「怪我人が出なくて、本当によかったですね」
「…………」
待て。
「ギルは」
女は。
何でもないことのように。
続ける。
「やはり、凄い方ですね」
「…………」
「誰より早く異常に気づいて」
「…………」
「すぐに移動して」
「…………」
「銃を生成して、暴走した魔道具を撃ち抜いた」
「……待て」
「はい?」
「…………」
コウヤは。
初めて。
この夢の中で。
寒気を覚えた。
「何で」
「…………」
「何で知ってる」
「何をですか?」
「今日のことだよ」
「…………」
「訓練場の事故」
「はい」
「公表してない」
「そうですね」
「…………」
女は。
否定しなかった。
「王宮の中で起きたことだぞ」
「はい」
「いたのは俺と父さんと、訓練してた奴らだけだ」
「そうですね」
「…………」
「何か?」
「何かじゃないだろ」
声が。
強くなる。
「誰から聞いた」
「…………」
「誰だよ」
「…………」
「お前」
コウヤは。
暗闇を。
見回す。
何も。
見えない。
「どこにいる」
「…………」
「俺のこと」
喉が。
少し。
乾いた。
「見てるのか?」
「…………」
返事が。
ない。
それが。
一番。
怖かった。
「答えろよ」
「…………」
「お前、誰なんだよ」
しばらく。
沈黙。
そして。
女は。
質問に答えず。
静かに言った。
「ギルが助けてくれて」
「…………」
「よかったですね」
「…………っ」
「もし」
穏やかな。
声。
「ギルがいなかったら」
「…………」
「あの方は、死んでいたかもしれません」
「…………」
「聖騎士は」
女は。
続ける。
「凄いですね」
「やめろ」
「攻撃を先に察知して」
「やめろって」
「一瞬で移動して」
「…………」
「必要な武器を作って」
「…………」
「自分が攻撃を受けても」
「…………」
「最初の一撃なら、届かない」
「…………」
「そして」
少し。
間を置く。
「もし死んでも」
「…………」
「一度では、終わらない」
「…………」
「本当に」
優しく。
囁く。
「誰かを守るための力ですね」
「…………」
コウヤは。
何も。
言えなかった。
女は。
そんなコウヤへ。
問いかける。
「今日」
「…………」
「ギルが助けたのが」
騎士ではなく。
「クイントだったら?」
「…………」
「レオナだったら?」
「…………」
コウヤの。
手が。
強く握られる。
「ギルなら」
女は。
言う。
「きっと、守れたのでしょうね」
「…………」
「…………」
「……何が言いたい」
「何も」
「嘘つけ」
「本当ですよ」
「じゃあ」
コウヤが。
声を荒げる。
「何でそんなこと聞くんだよ」
「…………」
「何で俺に聖騎士の話ばっかりする」
「…………」
「何で俺の昔のこと聞く」
「…………」
「何で」
一番。
怖い。
「今日のことまで知ってる」
「…………」
女は。
それでも。
怒らなかった。
「コウヤ」
「何だよ」
「私は」
静かに。
答える。
「あなたに、何も命令していません」
「…………」
「ギルを嫌いなさいとも」
「…………」
「聖騎士になりなさいとも」
「…………」
「何も」
確かに。
そうだった。
「私はただ」
女は。
優しく言う。
「あなたと、お話をしているだけです」
「…………」
「あなたが昔」
父親に憧れていたこと。
「聖騎士になりたかったこと」
「…………」
「今」
妻と。
娘を。
「守りたいと思っていること」
「…………」
「それを」
聞いているだけ。
「…………」
そして。
「今日のことも」
女は。
言った。
「あなたが見たものを」
「…………」
「私も見ていただけです」
「――――」
コウヤの。
顔から。
血の気が引いた。
「……見てた?」
「はい」
「…………」
「あなたを」
「…………」
「…………」
「いつから」
返事は。
なかった。
「いつから見てる」
「…………」
「クイントも?」
「…………」
「レオナも?」
「…………」
「父さんも?」
女は。
答えない。
「おい」
「…………」
「答えろよ!」
暗闇が。
崩れ始める。
「待て!」
夢が。
終わる。
「おい!」
最後に。
女の声だけが。
聞こえた。
「おやすみなさい、コウヤ」
◇◇◇
「――っ!」
飛び起きた。
「…………っ、は……」
息が。
速い。
「…………」
すぐ。
クイントを見る。
いる。
眠っている。
次。
レオナ。
「…………」
いる。
無事。
コウヤは。
ベッドから降りた。
窓。
カーテン。
扉。
部屋の隅。
「…………」
誰も。
いない。
分かっている。
誰かが。
そこに立っているわけではない。
でも。
「…………」
見られている。
その感覚だけが。
消えない。
夢の中だけではない。
あの女は。
今日。
自分が。
どこにいたのか。
何を見たのか。
ギルが。
何をしたのか。
知っていた。
「…………」
コウヤは。
クイントの方を見る。
その向こう。
レオナ。
「…………」
自分だけなら。
まだ。
よかった。
けれど。
もし。
あの女が。
この二人まで。
見ているのなら。
「…………っ」
怖い。
今度は。
はっきり。
そう思った。
◇◇◇
翌朝。
「ミカエル」
扉が開く。
「コウヤ?」
「話がある」
ミカエルが。
すぐに。
コウヤの顔を見る。
「夢か」
「うん」
「何があった」
「…………」
コウヤは。
扉を閉めた。
「昨日の訓練場の事故」
「知っている」
「外には?」
「出していない」
「やっぱり」
「何だ」
「…………」
コウヤは。
ミカエルを見る。
「あいつ」
「…………」
「知ってた」
「誰が」
「夢の女」
ミカエルの。
表情が変わる。
「何をだ」
「全部」
「詳しく話せ」
「魔道具が暴走したこと」
「…………」
「父さんが騎士を助けたこと」
「…………」
「高速移動したこと」
「…………」
「銃を生成したこと」
「…………」
「暴走した魔道具を撃ったこと」
「…………」
「全部だよ」
ミカエルが。
黙る。
「俺」
コウヤの声が。
少し。
震える。
「聞いたんだ」
「何を」
「なんで知ってるって」
「それで?」
「…………」
コウヤは。
夢の中で。
言われた言葉を。
そのまま。
口にした。
「俺が見たものを」
「…………」
「自分も見ていただけだって」
「…………」
長い。
沈黙。
「ミカエル」
「…………」
「あいつ」
コウヤは。
自分の腕を。
掴んだ。
「俺を見てる」
「…………」
「夢の中だけじゃない」
そこで初めて。
ミカエルも。
この現象を。
単なる。
夢への干渉として。
考えることをやめた。
コウヤの精神へ。
何者かが。
入り込んでいるだけではない。
外から。
現実のコウヤを。
観測している。
「コウヤ」
「何?」
「今日から」
ミカエルは。
はっきり言った。
「一人で行動するな」
「…………」
「クイントとレオナにも、こちらで防護を施す」
「やっぱり危ない?」
「分からん」
「…………」
「だが」
ミカエルの声が。
低くなる。
「こちらが相手を見つけられないのに」
「…………」
「向こうからは」
コウヤが。
見えている。
「それを」
ミカエルは。
静かに認めた。
「安全とは言えん」
コウヤは。
何も。
答えなかった。
ただ。
その瞬間から。
夢を見ることより。
眠ることより。
もっと。
恐ろしいものが。
生まれてしまった。
今、この瞬間も。
あの女は、自分を見ているのではないか。
その疑念だった。