エマ   作:篠原えれの

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第五十九話『昔の夢』

 

 

 その夜。

 

 コウヤは、また暗闇の中にいた。

 

「…………」

 

 見慣れた。

 

 という言い方もおかしいが。

 

 もう、この場所に来ただけで分かる。

 

「またか……」

 

「こんばんは」

 

 女の声がした。

 

「…………」

 

「今日は随分お疲れみたいですね」

 

「何で分かるんだよ」

 

「そう見えますから」

 

「見えるの?」

 

「ええ」

 

「俺からは何も見えないけど」

 

「そうですね」

 

 相変わらず。

 

 答えているようで。

 

 肝心なところは答えない。

 

「…………」

 

 ミカエルには。

 

 話すなと言われている。

 

 何を言われても。

 

 なるべく返事をするな。

 

 けれど。

 

 何度も会話をしているうちに。

 

 その警戒心も。

 

 少しずつ。

 

 薄れていた。

 

「今日は」

 

 女が言う。

 

「少し、昔のお話をしませんか?」

 

「昔?」

 

「はい」

 

「何の」

 

「あなたの」

 

「…………」

 

「聖騎士になりたかった頃のお話です」

 

 また。

 

 それか。

 

「その話好きだな」

 

「気になるんです」

 

「何が?」

 

「あなたが」

 

 即答だった。

 

「…………」

 

「どうして聖騎士になりたかったのか」

 

「父さんが聖騎士だったから」

 

「それだけ?」

 

「子供なんてそんなもんだろ」

 

「そうでしょうか」

 

「そうだよ」

 

「では」

 

 女は。

 

 穏やかに尋ねる。

 

「ギルの、どんなところが好きだったんですか?」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 少し黙る。

 

「何その質問」

 

「駄目ですか?」

 

「駄目じゃないけど」

 

 なんだか。

 

 妙な感じがする。

 

「…………強かったし」

 

「はい」

 

「父さんがいたら大丈夫って思ってた」

 

「安心できた?」

 

「まあ」

 

「優しかったですか?」

 

「…………」

 

「違う?」

 

「いや」

 

 コウヤは。

 

 少し笑った。

 

「優しいよ」

 

「そうなんですね」

 

「分かりにくいけど」

 

「ふふ」

 

「笑うなよ」

 

「すみません」

 

「昔からあんな感じなんだよ。何か言っても大体一言足りないし」

 

「それでも好きだった?」

 

「父さんだぞ?」

 

 コウヤは。

 

 当たり前のように言った。

 

「好きに決まってるだろ」

 

「…………」

 

 女は。

 

 少しだけ黙った。

 

「そうですか」

 

「何?」

 

「いいえ」

 

 嬉しそうにも。

 

 残念そうにも。

 

 聞こえない。

 

「では」

 

「まだ聞くの?」

 

「嫌ですか?」

 

「…………まあ、いいけど」

 

「ありがとうございます」

 

 妙に。

 

 丁寧だった。

 

「初めて聖騎士になりたいと思ったのは、いつですか?」

 

「覚えてないよ」

 

「小さい頃?」

 

「多分」

 

「ギルの戦う姿を見て?」

 

「それもある」

 

「それも?」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 少し考える。

 

「父さんってさ」

 

「はい」

 

「強いだけじゃないんだよ」

 

「というと?」

 

「聖騎士だから」

 

「…………」

 

「何かあったら、父さんが最初に行くんだよ」

 

「誰かを守るために?」

 

「うん」

 

 敵が現れた時。

 

 事故が起きた時。

 

 王に危険が迫った時。

 

 ギルは。

 

 いつも。

 

 誰より先に動いた。

 

「子供の頃はさ」

 

 コウヤが。

 

 懐かしそうに続ける。

 

「それが格好よかった」

 

「だから、自分も?」

 

「うん」

 

「誰かを守りたかった?」

 

「そこまで考えてたかな」

 

「どうでしょう」

 

「父さんみたいになりたい、くらいだったと思う」

 

「…………」

 

「子供だったし」

 

「可愛いですね」

 

「やめろよ」

 

「本当ですよ」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 少し笑った。

 

 完全に。

 

 昔話になっていた。

 

 警戒していたはずなのに。

 

 気づけば。

 

 普通に話している。

 

「剣の練習もしたんですか?」

 

「したよ」

 

「得意でした?」

 

「…………普通」

 

「ギルは?」

 

「父さんも剣より銃の方が上手い」

 

「そうなんですか?」

 

「知らないの?」

 

 言ってから。

 

 コウヤは。

 

 少し引っかかった。

 

「…………」

 

 この女は。

 

 ギルの《聖騎士》について。

 

 知っていた。

 

 精神支配を無効化することも。

 

 知っている。

 

 なのに。

 

「お前、父さんのこと全部知ってるわけじゃないの?」

 

「もちろんです」

 

「…………」

 

「私は、何でも知っているわけではありませんよ」

 

「じゃあ何で俺のこと知ってんだよ」

 

「…………」

 

「誰なんだよ、お前」

 

「それは」

 

 女が。

 

 少し笑う。

 

「まだ、秘密です」

 

「またそれかよ」

 

「はい」

 

「…………」

 

 気に入らない。

 

 でも。

 

 敵意も。

 

 感じない。

 

 少なくとも。

 

 今のところは。

 

「それで?」

 

「何が」

 

「剣より、銃の方が得意だったんですよね?」

 

「ああ」

 

「コウヤは?」

 

「俺?」

 

「はい」

 

「俺は……」

 

 少し考える。

 

「何でも触ったよ」

 

「聖騎士になるため?」

 

「まあ」

 

「ギルに教えてもらった?」

 

「父さんにも」

 

「ミカエルにも?」

 

「ミカエルには錬金術」

 

「昔から?」

 

「うん」

 

「では」

 

 女は。

 

 また。

 

 一つ。

 

 質問する。

 

「聖騎士になりながら、錬金術も使いたかった?」

 

「そう」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……」

 

 コウヤは。

 

 笑った。

 

「できること多い方がいいだろ」

 

「欲張りですね」

 

「ミカエルにも言われた」

 

「同じことを?」

 

「うん」

 

「…………」

 

 女が。

 

 小さく笑った。

 

「本当に、なりたかったんですね」

 

「子供の頃はな」

 

「…………」

 

 子供の頃は。

 

 コウヤは。

 

 もう一度。

 

 そう言った。

 

「では」

 

「まだあるの?」

 

「もう少しだけ」

 

「質問多いな」

 

「すみません」

 

「別にいいけど」

 

 そして。

 

 次の問い。

 

「いつ」

 

「…………?」

 

「聖騎士になれないと、分かったんですか?」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 黙った。

 

「…………」

 

 今までとは。

 

 少し。

 

 違う質問だった。

 

「分かったっていうか」

 

「はい」

 

「別に、ある日突然無理って言われたわけじゃない」

 

「では?」

 

「…………」

 

 いつだろう。

 

 考えたことが。

 

 なかった。

 

「いつの間にか、かな」

 

「いつの間にか?」

 

「うん」

 

「諦めた?」

 

「…………」

 

「違いますか?」

 

「諦めたって言い方は違う」

 

「では、何でしょう」

 

「…………」

 

 答えが。

 

 すぐには。

 

 出てこない。

 

「別のものを見つけた」

 

「錬金術?」

 

「そう」

 

「…………」

 

「俺には俺のできることがあるって分かったから」

 

「それで、聖騎士にならなくてもよくなった?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「…………」

 

 初めて。

 

 少し。

 

 苛立った。

 

「何だよ」

 

「すみません」

 

「さっきから何が聞きたいんだよ」

 

「ただ」

 

 女は。

 

 変わらず。

 

 穏やかだった。

 

「知りたいだけです」

 

「何を」

 

「あなたが」

 

 静かに。

 

「聖騎士を諦めた時」

 

「…………」

 

「悲しくなかったのかな、と」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 答えなかった。

 

「悔しくは?」

 

「…………」

 

「寂しくは?」

 

「…………」

 

「ギルと同じものには、なれないと分かった時」

 

「…………」

 

「何も思わなかった?」

 

「…………」

 

 考える。

 

 昔。

 

 本当に。

 

 何も。

 

 思わなかったのか。

 

「…………覚えてない」

 

「そうですか」

 

「昔すぎる」

 

「そうですね」

 

 女は。

 

 追及しなかった。

 

 それが。

 

 逆に。

 

 引っかかった。

 

「…………」

 

「では、もう一つだけ」

 

「まだあるのかよ」

 

「これで最後です」

 

「何?」

 

「もし」

 

 女は。

 

 ゆっくり尋ねた。

 

「今からでも、聖騎士になれるとしたら?」

 

「…………」

 

「なりたいですか?」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 黙った。

 

 以前。

 

 ミカエルにも。

 

 似たようなことを聞かれた。

 

 その時は。

 

 答えた。

 

 父さんは父さん。

 

 俺は俺。

 

 今さら。

 

 聖騎士になりたいとは思わない。

 

 だから。

 

 今日も。

 

 同じように答えればいい。

 

「…………」

 

 なのに。

 

 何故か。

 

 言葉が出なかった。

 

「…………分からない」

 

 ようやく。

 

 それだけ。

 

 答えた。

 

「そうですか」

 

「…………」

 

「分からないなら」

 

 女は。

 

 優しく言った。

 

「今は、それでいいですよ」

 

「…………」

 

「無理に答えを出さなくても」

 

「何なんだよ、お前」

 

「はい?」

 

「俺を聖騎士にしたいの?」

 

「いいえ」

 

 即答。

 

「…………」

 

「あなたが何になりたいかは」

 

 女は。

 

 穏やかに。

 

「あなたが決めることでしょう?」

 

「…………」

 

「私は」

 

 ただ。

 

「お話を聞いているだけです」

 

 その言葉を最後に。

 

 夢は。

 

 消えた。

 

     ◇◇◇

 

 翌日。

 

 王宮の訓練場。

 

「コウヤ」

 

「ん?」

 

「これを見てくれ」

 

「何?」

 

 ギルが。

 

 一つの魔道具を持ってくる。

 

「訓練中に出力が安定しないらしい」

 

「起動させた?」

 

「まだだ」

 

「正解」

 

「お前が見る前に触るなと言われているからな」

 

「分かってんじゃん」

 

 コウヤが。

 

 受け取る。

 

 魔道具そのものを。

 

 コウヤは使用できない。

 

 だが。

 

 構造を見る。

 

 壊れた箇所を探す。

 

 錬金術で。

 

 修理する。

 

 それは。

 

 できる。

 

「…………」

 

 内部を開く。

 

「ここかな」

 

「分かるのか」

 

「多分」

 

「多分?」

 

「今見てるって」

 

「そうか」

 

「…………」

 

「…………」

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「見られてるとやりにくい」

 

「なら離れる」

 

「いや、そこまでしなくていい」

 

「どっちだ」

 

「…………」

 

 コウヤが。

 

 笑った。

 

「相変わらずだな」

 

「何がだ」

 

「何でもない」

 

 作業を続ける。

 

「…………」

 

 いつもの。

 

 父親。

 

 いつもの。

 

 自分。

 

「父さん」

 

「今度は何だ」

 

「子供の頃さ」

 

「うむ」

 

「俺、聖騎士になりたいってずっと言ってたよな」

 

「…………」

 

 ギルが。

 

 少しだけ。

 

 意外そうな顔をした。

 

「突然どうした」

 

「いや」

 

「…………」

 

「昔の夢見てさ」

 

 嘘ではない。

 

「思い出しただけ」

 

「そうか」

 

「父さん、覚えてる?」

 

「覚えている」

 

「やっぱり」

 

「毎日のように言っていた時期があったからな」

 

「そんな言ってた?」

 

「ああ」

 

「恥ずかしいな」

 

「何故だ」

 

「子供じゃん」

 

「子供だっただろう」

 

「そうだけど」

 

 コウヤは。

 

 笑う。

 

「父さんみたいになりたいって」

 

「言っていたな」

 

「…………」

 

 少し。

 

 間が空く。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「俺が聖騎士にならなかった時」

 

「…………」

 

「どう思った?」

 

 ギルが。

 

 コウヤを見る。

 

「どう、とは」

 

「残念だった?」

 

「いや」

 

 即答だった。

 

「そっか」

 

「何故、残念に思う」

 

「いや。父さんも聖騎士だし」

 

「それとお前は関係ない」

 

「…………」

 

「お前は、お前の道を見つけただろう」

 

「錬金術?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

「今のお前にしかできないこともある」

 

「そっか」

 

「何だ」

 

「いや」

 

 コウヤは。

 

 少しだけ。

 

 嬉しかった。

 

「ありがと」

 

「礼を言われるようなことか?」

 

「別にいいだろ」

 

「…………」

 

 ギルは。

 

 それ以上。

 

 何も聞かなかった。

 

「直った」

 

「そうか」

 

「俺は使えないから、起動確認頼む」

 

「ああ」

 

 ギルが。

 

 受け取る。

 

 魔道具を起動する。

 

「どう?」

 

「問題ない」

 

「よし」

 

 その時だった。

 

 少し離れた場所から。

 

 鋭い音がした。

 

「――!」

 

 コウヤが。

 

 振り向く。

 

 訓練中の。

 

 別の魔道具。

 

 光が。

 

 異常なほど膨れ上がっている。

 

「父さ――」

 

 呼ぶより。

 

 早かった。

 

 ギルが。

 

 消えた。

 

「…………!」

 

 いや。

 

 違う。

 

 高速移動。

 

 一瞬で。

 

 離れた場所へ。

 

 そこには。

 

 異常に気づけていない騎士がいる。

 

 ギルの手に。

 

 銃器が生成される。

 

 引き金。

 

 魔力弾が。

 

 暴走した魔道具を。

 

 撃ち抜いた。

 

 爆発。

 

「――っ!」

 

 衝撃。

 

 コウヤが。

 

 腕で顔を庇う。

 

「…………」

 

 煙が。

 

 晴れる。

 

 ギルが。

 

 立っている。

 

 無傷。

 

 騎士も。

 

 無事。

 

「大丈夫か」

 

「は、はい!」

 

「訓練を中止しろ。周辺の魔道具も確認する」

 

「分かりました!」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 ただ。

 

 見ていた。

 

 自分も。

 

 異常に気づいた。

 

 けれど。

 

 ギルの方が。

 

 遥かに。

 

 早かった。

 

「…………」

 

 攻撃予測。

 

 高速移動。

 

 武器生成。

 

 そして。

 

 初撃を無効化する。

 

 聖騎士。

 

「…………」

 

 昨日の。

 

 夢を。

 

 思い出した。

 

『今からでも、聖騎士になれるとしたら?』

 

「…………」

 

 ギルが。

 

 こちらへ戻ってくる。

 

「コウヤ」

 

「…………」

 

「コウヤ?」

 

「あ、ごめん」

 

「どうした」

 

「いや」

 

「怪我は?」

 

「ない」

 

「そうか」

 

「父さんも大丈夫?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

「何だ」

 

「速いなって」

 

「《聖騎士》があるからな」

 

「…………」

 

「お前が遅かったわけではない」

 

「え?」

 

「気にしている顔をしている」

 

「…………」

 

「俺には攻撃が来ると分かっていた。それだけだ」

 

「……そっか」

 

「ああ」

 

 ギルは。

 

 それだけ言った。

 

 コウヤを責めない。

 

 比べもしない。

 

 むしろ。

 

 気遣っている。

 

「…………」

 

 父さんは。

 

 やっぱり。

 

 格好いい。

 

 そう。

 

 思った。

 

 昔と。

 

 何も。

 

 変わらない。

 

     ◇◇◇

 

 そして。

 

 その夜。

 

 暗闇。

 

「こんばんは」

 

「…………」

 

「今日は」

 

 女が。

 

 いつものように。

 

 話し始めた。

 

「大変でしたね」

 

「…………?」

 

「訓練場で」

 

 コウヤの。

 

 表情が。

 

 止まる。

 

「魔道具が暴走して」

 

「…………」

 

「ギルが、一人の騎士を助けた」

 

「…………」

 

 心臓が。

 

 一度。

 

 強く。

 

 鳴った。

 

「怪我人が出なくて、本当によかったですね」

 

「…………」

 

 待て。

 

「ギルは」

 

 女は。

 

 何でもないことのように。

 

 続ける。

 

「やはり、凄い方ですね」

 

「…………」

 

「誰より早く異常に気づいて」

 

「…………」

 

「すぐに移動して」

 

「…………」

 

「銃を生成して、暴走した魔道具を撃ち抜いた」

 

「……待て」

 

「はい?」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 初めて。

 

 この夢の中で。

 

 寒気を覚えた。

 

「何で」

 

「…………」

 

「何で知ってる」

 

「何をですか?」

 

「今日のことだよ」

 

「…………」

 

「訓練場の事故」

 

「はい」

 

「公表してない」

 

「そうですね」

 

「…………」

 

 女は。

 

 否定しなかった。

 

「王宮の中で起きたことだぞ」

 

「はい」

 

「いたのは俺と父さんと、訓練してた奴らだけだ」

 

「そうですね」

 

「…………」

 

「何か?」

 

「何かじゃないだろ」

 

 声が。

 

 強くなる。

 

「誰から聞いた」

 

「…………」

 

「誰だよ」

 

「…………」

 

「お前」

 

 コウヤは。

 

 暗闇を。

 

 見回す。

 

 何も。

 

 見えない。

 

「どこにいる」

 

「…………」

 

「俺のこと」

 

 喉が。

 

 少し。

 

 乾いた。

 

「見てるのか?」

 

「…………」

 

 返事が。

 

 ない。

 

 それが。

 

 一番。

 

 怖かった。

 

「答えろよ」

 

「…………」

 

「お前、誰なんだよ」

 

 しばらく。

 

 沈黙。

 

 そして。

 

 女は。

 

 質問に答えず。

 

 静かに言った。

 

「ギルが助けてくれて」

 

「…………」

 

「よかったですね」

 

「…………っ」

 

「もし」

 

 穏やかな。

 

 声。

 

「ギルがいなかったら」

 

「…………」

 

「あの方は、死んでいたかもしれません」

 

「…………」

 

「聖騎士は」

 

 女は。

 

 続ける。

 

「凄いですね」

 

「やめろ」

 

「攻撃を先に察知して」

 

「やめろって」

 

「一瞬で移動して」

 

「…………」

 

「必要な武器を作って」

 

「…………」

 

「自分が攻撃を受けても」

 

「…………」

 

「最初の一撃なら、届かない」

 

「…………」

 

「そして」

 

 少し。

 

 間を置く。

 

「もし死んでも」

 

「…………」

 

「一度では、終わらない」

 

「…………」

 

「本当に」

 

 優しく。

 

 囁く。

 

「誰かを守るための力ですね」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 何も。

 

 言えなかった。

 

 女は。

 

 そんなコウヤへ。

 

 問いかける。

 

「今日」

 

「…………」

 

「ギルが助けたのが」

 

 騎士ではなく。

 

「クイントだったら?」

 

「…………」

 

「レオナだったら?」

 

「…………」

 

 コウヤの。

 

 手が。

 

 強く握られる。

 

「ギルなら」

 

 女は。

 

 言う。

 

「きっと、守れたのでしょうね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……何が言いたい」

 

「何も」

 

「嘘つけ」

 

「本当ですよ」

 

「じゃあ」

 

 コウヤが。

 

 声を荒げる。

 

「何でそんなこと聞くんだよ」

 

「…………」

 

「何で俺に聖騎士の話ばっかりする」

 

「…………」

 

「何で俺の昔のこと聞く」

 

「…………」

 

「何で」

 

 一番。

 

 怖い。

 

「今日のことまで知ってる」

 

「…………」

 

 女は。

 

 それでも。

 

 怒らなかった。

 

「コウヤ」

 

「何だよ」

 

「私は」

 

 静かに。

 

 答える。

 

「あなたに、何も命令していません」

 

「…………」

 

「ギルを嫌いなさいとも」

 

「…………」

 

「聖騎士になりなさいとも」

 

「…………」

 

「何も」

 

 確かに。

 

 そうだった。

 

「私はただ」

 

 女は。

 

 優しく言う。

 

「あなたと、お話をしているだけです」

 

「…………」

 

「あなたが昔」

 

 父親に憧れていたこと。

 

「聖騎士になりたかったこと」

 

「…………」

 

「今」

 

 妻と。

 

 娘を。

 

「守りたいと思っていること」

 

「…………」

 

「それを」

 

 聞いているだけ。

 

「…………」

 

 そして。

 

「今日のことも」

 

 女は。

 

 言った。

 

「あなたが見たものを」

 

「…………」

 

「私も見ていただけです」

 

「――――」

 

 コウヤの。

 

 顔から。

 

 血の気が引いた。

 

「……見てた?」

 

「はい」

 

「…………」

 

「あなたを」

 

「…………」

 

「…………」

 

「いつから」

 

 返事は。

 

 なかった。

 

「いつから見てる」

 

「…………」

 

「クイントも?」

 

「…………」

 

「レオナも?」

 

「…………」

 

「父さんも?」

 

 女は。

 

 答えない。

 

「おい」

 

「…………」

 

「答えろよ!」

 

 暗闇が。

 

 崩れ始める。

 

「待て!」

 

 夢が。

 

 終わる。

 

「おい!」

 

 最後に。

 

 女の声だけが。

 

 聞こえた。

 

「おやすみなさい、コウヤ」

 

     ◇◇◇

 

「――っ!」

 

 飛び起きた。

 

「…………っ、は……」

 

 息が。

 

 速い。

 

「…………」

 

 すぐ。

 

 クイントを見る。

 

 いる。

 

 眠っている。

 

 次。

 

 レオナ。

 

「…………」

 

 いる。

 

 無事。

 

 コウヤは。

 

 ベッドから降りた。

 

 窓。

 

 カーテン。

 

 扉。

 

 部屋の隅。

 

「…………」

 

 誰も。

 

 いない。

 

 分かっている。

 

 誰かが。

 

 そこに立っているわけではない。

 

 でも。

 

「…………」

 

 見られている。

 

 その感覚だけが。

 

 消えない。

 

 夢の中だけではない。

 

 あの女は。

 

 今日。

 

 自分が。

 

 どこにいたのか。

 

 何を見たのか。

 

 ギルが。

 

 何をしたのか。

 

 知っていた。

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 クイントの方を見る。

 

 その向こう。

 

 レオナ。

 

「…………」

 

 自分だけなら。

 

 まだ。

 

 よかった。

 

 けれど。

 

 もし。

 

 あの女が。

 

 この二人まで。

 

 見ているのなら。

 

「…………っ」

 

 怖い。

 

 今度は。

 

 はっきり。

 

 そう思った。

 

     ◇◇◇

 

 翌朝。

 

「ミカエル」

 

 扉が開く。

 

「コウヤ?」

 

「話がある」

 

 ミカエルが。

 

 すぐに。

 

 コウヤの顔を見る。

 

「夢か」

 

「うん」

 

「何があった」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 扉を閉めた。

 

「昨日の訓練場の事故」

 

「知っている」

 

「外には?」

 

「出していない」

 

「やっぱり」

 

「何だ」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 ミカエルを見る。

 

「あいつ」

 

「…………」

 

「知ってた」

 

「誰が」

 

「夢の女」

 

 ミカエルの。

 

 表情が変わる。

 

「何をだ」

 

「全部」

 

「詳しく話せ」

 

「魔道具が暴走したこと」

 

「…………」

 

「父さんが騎士を助けたこと」

 

「…………」

 

「高速移動したこと」

 

「…………」

 

「銃を生成したこと」

 

「…………」

 

「暴走した魔道具を撃ったこと」

 

「…………」

 

「全部だよ」

 

 ミカエルが。

 

 黙る。

 

「俺」

 

 コウヤの声が。

 

 少し。

 

 震える。

 

「聞いたんだ」

 

「何を」

 

「なんで知ってるって」

 

「それで?」

 

「…………」

 

 コウヤは。

 

 夢の中で。

 

 言われた言葉を。

 

 そのまま。

 

 口にした。

 

「俺が見たものを」

 

「…………」

 

「自分も見ていただけだって」

 

「…………」

 

 長い。

 

 沈黙。

 

「ミカエル」

 

「…………」

 

「あいつ」

 

 コウヤは。

 

 自分の腕を。

 

 掴んだ。

 

「俺を見てる」

 

「…………」

 

「夢の中だけじゃない」

 

 そこで初めて。

 

 ミカエルも。

 

 この現象を。

 

 単なる。

 

 夢への干渉として。

 

 考えることをやめた。

 

 コウヤの精神へ。

 

 何者かが。

 

 入り込んでいるだけではない。

 

 外から。

 

 現実のコウヤを。

 

 観測している。

 

「コウヤ」

 

「何?」

 

「今日から」

 

 ミカエルは。

 

 はっきり言った。

 

「一人で行動するな」

 

「…………」

 

「クイントとレオナにも、こちらで防護を施す」

 

「やっぱり危ない?」

 

「分からん」

 

「…………」

 

「だが」

 

 ミカエルの声が。

 

 低くなる。

 

「こちらが相手を見つけられないのに」

 

「…………」

 

「向こうからは」

 

 コウヤが。

 

 見えている。

 

「それを」

 

 ミカエルは。

 

 静かに認めた。

 

「安全とは言えん」

 

 コウヤは。

 

 何も。

 

 答えなかった。

 

 ただ。

 

 その瞬間から。

 

 夢を見ることより。

 

 眠ることより。

 

 もっと。

 

 恐ろしいものが。

 

 生まれてしまった。

 

 今、この瞬間も。

 

 あの女は、自分を見ているのではないか。

 

 その疑念だった。

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