レオナが生まれてから。
王宮は、以前より少しだけ賑やかになった。
第三王女の誕生。
祝いの品や手紙は連日のように届き、王宮を訪れる者も増えている。
けれど。
王宮の奥――クイントたち家族が暮らす場所まで来れば、そんな喧騒も遠かった。
今日も聞こえてくるのは。
いつもと変わらない。
家族の声だった。
◇◇◇
「お母様」
「ん?」
「レオナは、いつ頃から私たちのことが分かるようになるのでしょうか」
揺り籠の傍。
レアが眠っている妹を覗き込みながら尋ねる。
「もう声くらいは分かってるんじゃないかな」
「本当ですか?」
「たぶんね」
「でしたら、たくさん話しかけた方がよいのでしょうか」
「いいんじゃない?」
答えたのはクイントではなかった。
揺り籠の反対側から。
コウヤが顔を出す。
「いっぱい喋ってやったら?」
「お父様」
「ん?」
「近いです」
「何が?」
「お顔です」
「俺の?」
「はい」
レアは至って真面目だった。
「その距離では、レオナが起きてしまいます」
「寝てるから大丈夫だって」
「大丈夫ではありません」
「俺、父親なんだけど」
「存じています」
「じゃあ、ちょっとくらい――」
コウヤが。
レオナの頬へ。
そっと指を伸ばす。
「お父様」
「……はい」
「今、触ろうとなさいましたね?」
「ちょっとだけ」
「おやめください」
「厳しくない?」
横から。
くすくすと笑う声。
リリーだった。
「お父さん、怒られてる」
「リリー」
「なに?」
「お前もさっき触ってただろ」
「私はいいの」
「何で?」
「お姉ちゃんだから」
「俺は父親だぞ!?」
「お父様」
「はい」
「声が大きいです」
「…………はい」
クイントが。
とうとう吹き出した。
「コウヤ、レアに弱いね」
「俺が弱いんじゃなくてレアが強いんだよ」
「私は普通にお願いしているだけですが」
「ほら。こういうところクイントに似てる」
「私?」
「絶対そう」
「コウヤじゃない?」
「俺じゃないって」
「お父様、お母様」
二人が揃ってレアを見る。
「私を挟んで言い争わないでください」
「喧嘩じゃないよ」
「そうそう」
「でしたら」
レアは少し考えて。
「仲良くしてください」
「はい」
「分かった」
「二人とも怒られてる!」
リリーが笑う。
「お姉様もです」
「えっ」
「先ほどから声が大きいです」
「私も!?」
そして。
「ふぇ……」
「…………」
全員が止まった。
揺り籠から。
小さな声。
「ふぇぇ……」
「あ」
リリーが呟く。
「起きた」
「お父様が大きな声を出すからです」
「俺!?」
「コウヤだね」
「クイントまで!?」
「ふぇぇぇぇ……!」
「ほら」
「分かったって!」
コウヤが慌ててレオナを抱き上げる。
「はいはい。ごめんなー」
首を支え。
身体を抱き寄せ。
ゆっくり揺らす。
「お父様」
「首だろ? 大丈夫」
「……はい」
「俺、これでも三人の父親なんだけどなあ」
「もちろん信用しています」
「ほんと?」
「はい」
少し。
間を置いて。
「ですが、念のためです」
「やっぱり信用されてない!」
クイントが。
また笑った。
◇◇◇
しばらくして。
レオナが落ち着いた頃。
扉が開いた。
「失礼する」
「あ」
コウヤが振り返る。
「父さん」
「お祖父様!」
リリーが真っ先に駆け寄る。
「走るな」
「大丈夫だって」
「転んでからでは遅い」
「はーい」
返事だけはいい。
少し遅れて。
レアもギルの傍へ向かう。
ここには家族しかいない。
だから。
「お祖父様、お疲れ様です」
「ああ」
「本日のご公務は、もう終わられたのですか?」
「一段落した」
「そうですか」
ギルが。
レアを見る。
「何をしていた」
「レオナを見ていました」
「見てただけ?」
横から。
すぐコウヤが口を挟んだ。
「お父様」
「何?」
「余計なことを言わなくて結構です」
「だって抱きたいって言ってただろ」
「それは……」
「なら抱けばいい」
ギルが言う。
「…………」
レアの表情が。
ほんの少し明るくなる。
「よろしいのですか?」
「私に聞くことではないだろう」
「父さんじゃなくて俺な」
「…………」
「あれ?」
「お前が余計なことを言うからだ」
「何で俺が怒られるんだよ」
クイントが笑う。
「レア、座って」
「はい」
レアがソファへ腰を下ろす。
コウヤが慎重にレオナを預ける。
「ここ支えて」
「分かっています」
「で、頭――」
「お父様」
「はい」
「先ほども伺いました」
「…………はい」
そして。
レアがレオナを抱く。
「…………」
「…………」
「…………」
「レア?」
「聞こえています」
「固まってるぞ」
「固まっていません」
「めちゃくちゃ緊張してるじゃん」
「していません」
「父さんと同じこと言ってる」
「何?」
ギルが。
コウヤを見る。
「父さんもレオナ抱くと固まるだろ」
「固まらん」
「固まるって」
「お祖父様もですか?」
「レア」
「はい?」
「コウヤの言うことを真に受けるな」
「父さん!?」
「日頃の行いだ」
「ひどくない?」
「私はお父さんが悪いと思う」
リリー。
「私も」
クイント。
「全員敵なんだけど」
コウヤがそう言えば。
また。
笑い声が広がった。
◇◇◇
昼を過ぎた頃。
今度は少し珍しい顔ぶれが揃った。
「失礼いたします」
最初に入ってきたのは。
キリナだった。
その後ろから。
ライベルト。
そして。
「随分と賑やかだな」
最後に。
ミカエルが入ってくる。
「ミカエル!」
「…………」
コウヤを見るなり。
ミカエルの目が細くなる。
「何だ」
「何その顔」
「お前が嬉しそうに私を呼ぶ時は、大抵ろくでもない」
「失礼だな」
「経験則だ」
「キリナ、聞いた?」
「はい。聞いていましたよ」
「ひどくない?」
キリナが。
少し困ったように笑う。
「ですが……私も少し、ミカエル様のお気持ちは分かります」
「キリナまで!?」
「申し訳ありません」
「謝られると余計つらい!」
「ふふ」
「笑ってるじゃん!」
「いえ、その……すみません」
「また謝った!」
その横。
ライベルトは。
クイントへ挨拶を済ませると。
ふと。
レアの腕の中にいるレオナへ目を向けた。
「…………」
「少佐」
「何だ?」
「めっちゃ見てる」
「見てないぜ」
「いや見てるって」
「第三王女の様子を確認してるだけだな」
「抱く?」
「断る」
「早っ」
「怖いからな」
「もっと早かった!」
ライベルトは真顔だった。
「こんなに小さいんだぞ。何かあったらどうする」
「赤ちゃんだからな」
「分かってるなら簡単に渡そうとするな」
「少佐、赤ちゃん苦手?」
「苦手じゃないぜ」
「じゃあ抱く?」
「断る」
「苦手じゃん!」
「コウヤ」
「何?」
「お前、さっきから何で私に抱かせたがるんだ?」
「見たいから」
「それだけか?」
「うん」
「なら諦めろ」
「えー」
「いい大人が駄々こねるなよ」
「少佐冷たい!」
「知らん」
そんな二人を見て。
ミカエルが。
小さく息を吐く。
「コウヤ。ライベルトをからかうな」
「じゃあミカエル抱く?」
「何故そうなる」
「嫌なの?」
「そうは言っていない」
「じゃあ決まり」
「待て」
「レア」
「はい」
「レオナちょうだい」
「お父様」
「大丈夫だって」
レアから。
コウヤがレオナを受け取る。
そして。
「はい、ミカエル」
「おい」
「首支えてな」
「コウヤ」
「何?」
「私はお前より長く生きている」
「赤ちゃん抱くのに年齢関係ある?」
「…………」
「ほら」
「何が『ほら』だ」
文句を言いながらも。
ミカエルは。
きちんとレオナを受け取った。
「…………」
「…………」
「…………」
「ミカエル」
「何だ」
「固い」
「黙れ」
「父さんと一緒じゃん!」
「一緒にするな」
「いや全く同じ――」
「コウヤ」
ギル。
そして。
ミカエル。
二人から。
ほぼ同時に名前を呼ばれた。
「…………はい」
「コウヤ様」
キリナが。
少し笑いながら声をかける。
「何?」
「今日は随分と皆様に怒られていますね」
「キリナ助けて」
「それは……」
「うん」
「ご自分で何とかしていただけますか?」
「丁寧に見捨てられた!」
「申し訳ありません」
「だから謝らないで!」
キリナが。
また笑う。
◇◇◇
「…………」
それから。
しばらくして。
ギルが。
ミカエルを見る。
「ミカエル」
「何だ」
「いつまで抱いている」
「…………」
ミカエルが。
自分の腕を見る。
レオナは。
いつの間にか。
すっかり眠っていた。
「ミカエル」
コウヤが。
また。
にやにやし始める。
「何だ」
「気に入った?」
「違う」
「でも返さないじゃん」
「起こす必要がないからだ」
「可愛い?」
「…………」
「ミカエル?」
「コウヤ」
「はい」
「少し黙れ」
「はい」
「ですが」
キリナが。
そっと。
ミカエルの腕の中を覗き込む。
「とてもお似合いですよ」
「何がだ」
「レオナ様を抱いていらっしゃる姿が」
「意味が分からん」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
「私は素敵だと思いますけれど」
「…………」
「ミカエル照れてる?」
「コウヤ」
「はい」
「黙れと言ったはずだ」
「はい」
今度こそ。
コウヤが口を閉じる。
その横で。
ライベルトが笑った。
「珍しく素直だな」
「少佐まで!」
「黙るんじゃなかったのか?」
「…………」
「ほら」
「ずるい!」
「知らんぜ」
ライベルトが。
肩をすくめる。
「少佐」
「今度は何だ?」
「やっぱり抱きたい?」
「断る」
「まだ聞いただけなのに!」
「どうせ同じ質問だろ」
「バレた」
「諦めろって」
そこへ。
リリーがやって来る。
「ライベルト少佐」
「ん?」
「私が赤ちゃんの時は抱いた?」
「…………」
「…………」
「覚えてないな」
「今、間あった!」
「なかったぜ」
「あったよ!」
「気のせいだ」
「お父さん! 少佐が嘘ついた!」
「少佐、嘘はよくないな」
「お前まで乗るなよ」
「でも絶対抱いてるだろ」
「さあな」
「キリナは?」
リリーが。
今度はキリナを見る。
「私ですか?」
「私が赤ちゃんの時、抱いた?」
「ええ」
キリナは。
あっさり頷いた。
「とても可愛らしかったですよ」
「ほんと!?」
「はい」
「やった!」
「…………」
リリーが。
勝ち誇ったようにライベルトを見る。
「何だ、その顔は」
「少佐は覚えてないって」
「だから何だ」
「キリナは覚えてる」
「そうだな」
「少佐は?」
「覚えてないぜ」
「絶対嘘!」
「しつこいな!」
また。
笑い声。
部屋いっぱいに。
広がった。
◇◇◇
午後。
ミリィも。
レオナの顔を見にやって来た。
「こんにちは」
「ミリィ」
クイントが。
嬉しそうに迎える。
「ちょうど起きたところだよ」
「本当?」
「うん」
ミリィが。
そっと近づく。
「こんにちは、レオナ様」
「…………」
レオナの。
小さな目が。
ミリィを見る。
「今日も元気そうですね」
「朝は結構泣いたけどね」
「お父さんが起こした」
リリーが。
即座に告げ口する。
「違うって!」
「お父様の声が大きかったからです」
レアまで加わる。
「レア!?」
「事実です」
「クイント!」
「コウヤだと思う」
「キリナ!」
「申し訳ありませんが……私もコウヤ様だと思います」
「少佐!」
「私に聞くなよ。知らんぜ」
「ミカエル!」
「私に振るな」
「父さん!」
「諦めろ」
「全滅した!」
ミリィが。
くすくす笑う。
「賑やかですね」
「毎日こんな感じ」
クイントが答える。
「いいですね」
「そう?」
「はい」
ミリィは。
もう一度。
レオナを見る。
以前。
すでに。
クイントには話している。
この子が。
いつか。
エルサイアの次代の王になることを。
だから。
今日は未来を告げに来たわけではない。
ただ。
小さな王女の顔を見に来ただけだった。
「元気に育ってくださいね」
ミリィが。
優しく笑う。
「レオナ様が次の王になられますからね」
「うん」
クイントも。
穏やかに答える。
それだけ。
もう。
二人の間では。
知っている話だった。
「でも」
コウヤが。
横からレオナを見る。
「まだずっと先だろ?」
「はい」
「なら」
コウヤが。
レオナの小さな頭を。
そっと撫でる。
「それまでは普通に育てような」
「お父様」
「ん?」
「普通とは何でしょうか」
「え?」
「王族として必要な教育は――」
「レア」
「はい?」
「お前もまだ子供だからな?」
「存じています」
「ちゃんと遊んでる?」
「はい」
「何して?」
「読書を」
「…………」
「それから剣術を」
「…………」
「礼法と――」
「クイント」
「うん」
「レアもうちょっと遊ばせよう」
「私も今そう思った」
「お父様、お母様」
レアが。
少し不満そうに。
二人を見る。
「私は毎日楽しく過ごしています」
「ほんと?」
「はい」
「では」
キリナが。
柔らかく微笑む。
「今日は皆様で遊ばれてはいかがですか?」
「キリナ」
「はい?」
「いいこと言う」
「ありがとうございます」
「何する?」
コウヤが聞く。
「追いかけっこ!」
リリーが。
即答する。
「よし」
「待て」
ギルだった。
「何?」
「王宮内を走るな」
「庭!」
「庭なら構わん」
「やった!」
リリーが。
そのまま。
扉へ向かおうとする。
「お姉様」
「なに?」
「まだお祖父様がお話しされています」
「…………」
「…………」
「ごめんなさい」
「よろしい」
「レアってたまにお姉ちゃんみたいだな」
コウヤが笑う。
「私がお姉様です!」
「分かってるって!」
◇◇◇
庭へ向かう途中。
王宮の廊下には。
騎士や侍従。
何人もの臣下が行き交っていた。
ギルが。
少し先を歩いている。
「聖騎士様」
レアが呼んだ。
ギルが。
振り返る。
「何だ」
「先ほど仰っていた場所まででしたら、走っても構わないのでしょうか」
「ああ」
「ありがとうございます」
家族しかいない場所では。
お祖父様。
けれど。
ここでは。
聖騎士様。
レアは。
幼いながらに。
それをきちんと分けていた。
「…………」
ギルが。
少しだけ。
レアを見る。
「どうかなさいましたか?」
「いや」
ほんの僅かに。
表情が緩む。
「何でもない」
「そうですか」
「ああ」
「レア!」
庭の方から。
リリーの声。
「早く!」
「お姉様! まだ廊下です!」
「もうすぐ庭だよ!」
「もうすぐと、庭に着いたは違います!」
「細かい!」
「細かくありません!」
そして。
ようやく。
庭へ出た瞬間。
「着いた!」
リリーが走り出す。
「待ってください!」
レアも。
追いかける。
「…………」
ギルが。
その後ろ姿を見送る。
「父さん」
コウヤが。
横へ来る。
「何だ」
「嬉しそう」
「何がだ」
「レア」
「…………」
「公の場じゃちゃんと聖騎士様なんだな」
「ああ」
「寂しい?」
「何故だ」
「お祖父様って呼ばれないから」
「本人が考えてしていることだ」
「うん」
「なら、それでいい」
「…………」
コウヤが。
少し笑った。
「父さんらしいな」
「何がだ」
「何でもない」
「お父さん遅い!」
庭から。
リリーの声。
「ほら」
「今行く!」
「お父様!」
今度は。
レア。
「本気で追いかけてはいけませんよ!」
「分かってるって!」
「前回もそう仰っていました!」
「信用ないな俺!?」
コウヤが。
二人を追って。
庭へ駆けていく。
「…………」
ギルは。
そんな息子と孫たちを。
静かに見送った。
◇◇◇
「お父様!」
「待てって!」
「待ちません!」
「お姉様、こちらです!」
「レアそっち!?」
「二人がかりはずるいだろ!」
「私たちは子供です!」
「そういう時だけ子供使うなよ!」
庭を。
リリーとレアが。
走っている。
その後ろを。
コウヤが追う。
「コウヤ様」
少し離れた場所。
キリナが。
声をかける。
「何!?」
「本気になってはいけませんよ」
「なってないって!」
「どう見ても本気だな」
ライベルトが。
呆れたように言う。
「少佐!」
「子供二人相手に大人げないぜ」
「二人が速いんだよ!」
「言い訳するな」
ミカエルまで。
淡々と言う。
「ミカエル!」
「私は事実を言っただけだ」
「全員敵だ!」
クイントが。
レオナを抱きながら笑っている。
ミリィも。
キリナも。
楽しそうに。
その光景を見ている。
そして。
ギルも。
少し離れた場所に立っていた。
「…………」
何でもない。
本当に。
何でもない。
午後だった。
◇◇◇
夕方。
部屋へ戻った頃には。
リリーは満足そうで。
レアの髪も。
少し乱れていた。
「レア」
「はい?」
「楽しかった?」
コウヤが聞く。
「…………」
レアは。
少しだけ。
照れたように。
「はい」
「そっか」
「とても楽しかったです」
「よかった」
「ですが」
「何?」
「お父様」
「うん」
「大人げありません」
「何で!?」
「最後、本気で追いかけてきました」
「二人がかりだっただろ!」
「だから子供相手に本気になるなって言っただろ」
ライベルトが。
呆れたように笑う。
「少佐まで!」
「私は見てて面白かったぜ」
「ほら!」
「面白かっただけだ。お前の味方とは言ってない」
「少佐!」
「ふふ」
キリナが。
口元を押さえて笑う。
「コウヤ様、とても楽しそうでしたよ」
「キリナは味方?」
「それとこれとは別のお話ですね」
「また丁寧に見捨てられた!」
「申し訳ありません」
「謝らないでって!」
ミリィも。
クイントも。
笑っている。
ミカエルも。
呆れたような顔をして。
そこにいる。
ギルも。
リリーも。
レアも。
レオナも。
「…………」
コウヤは。
ふと。
周りを見た。
「コウヤ?」
クイントが。
気づく。
「どうしたの?」
「いや」
「?」
「…………」
コウヤは。
笑った。
「平和だなって」
「何それ」
「そのまま」
「急にどうしたの」
「別に」
クイント。
リリー。
レア。
レオナ。
父さん。
ミカエル。
キリナ。
ライベルト。
ミリィ。
みんな。
いる。
「俺さ」
「ん?」
「もう欲しいものないわ」
「…………」
「今のままでいい」
昔。
聖騎士になりたいと。
夢見たこともある。
父親のように。
強くなりたいと。
思った。
誰かを。
守れる人間になりたいと。
願った。
でも。
今は。
それより。
ずっと。
大切なものがある。
「守れたら」
コウヤが。
ぽつりと言う。
「これ、全部守れたら。それでいい」
「…………」
クイントが。
少しだけ笑った。
「じゃあ、よろしくね」
「任せろ」
「私も守るけど」
「そこは俺に格好つけさせろよ」
「やだ」
「クイント!」
また。
笑い声が。
広がった。
何でもない。
幸せな。
一日だった。
◇◇◇
夜。
「疲れた……」
コウヤが。
ベッドへ倒れ込む。
「自業自得」
「クイントまでそれ言う?」
「だって本気で走るから」
「本気じゃないって」
「レアに大人げないって言われてたよ」
「あれはリリーが煽るから」
「子供に煽られないでよ」
「無理」
「もう」
クイントが。
笑う。
「でも」
「ん?」
「楽しかったね」
「うん」
「リリーも」
「いつも通り元気だった」
「レアも」
「珍しく髪ぐちゃぐちゃだったな」
「楽しそうだった」
「うん」
「レオナはほとんど寝てたけど」
「まだ赤ちゃんだからね」
「そのうち」
「ん?」
「三人で走り回るようになるんだろうな」
「まだ先だよ」
「すぐだって」
「そうかな」
「そうだよ」
「…………」
コウヤは。
目を閉じる。
その頃には。
リリーも。
レアも。
もっと大きくなっている。
レオナも。
歩いて。
喋って。
笑って。
自分たちを。
困らせるようになる。
「楽しみだな」
「うん」
「おやすみ、クイント」
「おやすみ」
そして。
その夜。
コウヤは。
夢を見なかった。
あの暗闇も。
あの女の声も。
何もない。
ただ。
眠った。
次の日も。
何もなかった。
その次の日も。
夢はない。
三日。
五日。
一週間。
何も。
起こらない。
ミカエルも。
警戒を解いたわけではなかった。
だが。
コウヤの精神に。
異常は見つからない。
夢もない。
干渉の痕跡もない。
だから。
コウヤも。
少しずつ。
思い始めていた。
もう。
終わったのかもしれない。
けれど。
星魅の巫女は。
消えたわけではなかった。
ただ。
待っていた。
あの日。
コウヤ自身が。
教えてくれたから。
誰を愛しているのか。
何を失いたくないのか。
何を守りたいのか。
――これ、全部守れたら。それでいい。
もう。
夢の中で。
根掘り葉掘り。
尋ねる必要などなかった。
彼女はもう。
全部。
知っている。
だから。
あとは。
その中から。
最も壊れやすい場所を。
選べばいい。
そして。
コウヤ自身の手で。
壊させればいい。