神系宇宙『ラ』所属、惑星ストリジア『ラウル王国』
SH.2010年4月11日。11:10 天候:晴 ラウル王国城『王宮内部』
転送型の魔法陣が眩い光を放つ。
次の瞬間、クイントの視界から先ほどまでいた南の森が消えた。
代わりに現れたのは、高い天井と白い石造りの壁。壁際にはラウル王国の紋章が掲げられ、武装した兵士達が慌ただしく行き交っている。
間違いなく、ラウル王国の王宮だった。
「……ほんとに王宮だ」
「あぁ。クイント、俺から離れるな」
「う、うん」
クイントは状況が理解できないまま、ギルの服の裾を掴んだ。
ギルはすぐさま周囲を確認する。
ギルバートから聞いた話が本当なら、この先にアイザック王と神精霊ジンがいる。
キリナ・アイテールもいる。
五年前、ギル自身がその消滅を目撃した神精霊ミリィもいる。
そして――ミカエル。
その事実そのものは、既に通信で聞いている。
だが、何故そんな者達が一堂に会し、そのうえクイントまで呼び出されたのか。
そこだけは、まだ分からない。
「お父さん」
「なんだ」
「さっきから顔怖いよ」
「……そうか?」
「うん。すっごい怖い」
「悪い」
「それで、何があったの?」
「向こうに着いたら説明すると言ったな」
「もう着いてるじゃん」
「……そうだったな」
ギルは頭を掻いた。
だが、何から説明するべきか迷っているうちに、廊下の奥から一人の男が歩いてくる。
「来たか」
長い黒髪を後ろで束ねた、桃色の瞳の男。
ラウル王国親衛隊隊長、ギルバート・アタンチェルトだった。
「ギルバート!」
「そう怒鳴るなって。俺だって好きでお前らを強制転移させたわけじゃねェ」
「だったら、せめて説明する時間ぐらい寄越せ! いきなりクイントまで巻き込みやがって!」
「だから、その時間がねェんだよ。説明なら中でまとめてしてやる」
「まったく……」
ギルバートはギルの後ろへ視線を向ける。
そこから半分だけ顔を出しているクイントと目が合った。
「久しぶりだなァ、クイント」
「……誰?」
「おい」
「だって知らないもん」
「まぁ、そうなるか」
ギルバートは苦笑した。
五年前。
エルサイア城の外で、この少女を見つけた。
当時のクイントは瀕死の重傷を負い、まともに言葉を話すことすらできなかった。
その少女が今では十歳になり、こうして自分の足で立っている。
「お前が小さい頃に会ってる。覚えてねェだろうけどな」
「ふーん」
「興味なさそうだなァ」
「知らない人だし」
「クイント。失礼だぞ」
「いいって。五年も前の話だ。覚えてなくて当然だろ」
そう言って、ギルバートは会議室の扉へ手を掛けた。
「とにかく入れ。全員待ってる」
■
扉が開く。
ギルは部屋へ入った瞬間、その場にいる者達を確認した。
アイザック王。
神精霊ジン。
キリナ・アイテール。
そして、ミカエル。
「…………」
――本当にいる。
通信で聞いていたため驚きはしない。
それでも実際にその姿を目の前にすると、ギルは反射的にクイントを自分の後ろへ隠した。
その行動を見て、ミカエルは僅かに眉を動かした。
「随分な警戒ですね、ギル・ウィリアムズ」
「当然だろう」
「なるほど。否定はしません」
ミカエルはそれ以上何も言わず、ギルの背後にいるクイントを見る。
「…………」
「……なに?」
クイントがギルの背中から顔を出した。
「何でもありません」
「じゃあ見ないでよ」
「見られることすら不愉快ですか」
「知らない人にずっと見られたら普通怖いでしょ」
「もっともですね」
「……なんか喋り方ムカつく」
「クイント」
「だって!」
「構いませんよ」
ミカエルは淡々と答えた。
その表情はほとんど変わらない。
ただ、クイントから視線を外す直前。
ほんの僅かに目を細める。
――やはり、そうなるか。
それだけだった。
「クイント」
聞き慣れた声に、クイントが振り返る。
「キリナ!」
車椅子に座ったキリナの姿を見つけると、クイントの表情が一気に明るくなった。
「よかった! キリナもいたんだ!」
「ええ。お帰りなさい、クイント」
「ただいま……でいいのかな? ここ家じゃないけど」
「ふふ。無事に戻ってきたのですから、それで構いませんよ」
「キリナこそ大丈夫だった? お父さんからなんか大変なことになってるって聞いて」
「怪我はありません。少々面倒なことにはなっていますが」
「よかったぁ」
クイントが安心したところで、ギルは別の人物へ視線を向ける。
そして、言葉を失った。
「…………」
そこに。
五年前と何一つ変わらない姿で、ミリィが立っていた。
「お久しぶりです、ギル」
「……本当に」
「はい」
「本当に、ミリィ様なのですか」
「そうです」
ギルはすぐには信じられなかった。
当然だ。
彼女が消滅する瞬間を、この目で見たのだから。
「貴女が消えるところを、俺は見たんですよ」
「ええ。覚えています」
「それなのに……」
「あぁ。間違いなくミリィだ」
横からジンが口を挟んだ。
「俺様が保証する。アイテールにも確認させた。姿だけ似せた偽物でも、魂を模倣した複製体でもねぇ。俺様だって未だに信じられねぇが、こいつは本物だ」
「私からも保証します」
キリナも頷く。
「ミリィ本人で間違いありません」
「……そうですか」
ようやくギルの表情が僅かに緩む。
一方。
クイントだけは、完全に話についていけていなかった。
「えっと……」
「はい」
ミリィがクイントを見る。
「私、この人のこと知ってるの?」
「クイント」
「だって分かんないもん」
「構いませんよ」
ミリィは優しく笑った。
「貴女が私を覚えていないことは分かっています」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいのです」
ミリィはクイントと視線の高さを合わせるように身を屈めた。
「初めまして、クイント様」
「……初めまして?」
「はい。今の貴女とは、初めましてです」
「…………」
よく分からない。
それでも悪い人ではなさそうだと判断して、クイントも名乗った。
「クイントです」
「存じています」
「そっか」
「ええ」
ミリィは嬉しそうに笑った。
「私はミリィ。エルサイア王国を守護する神精霊です」
「エルサイア……?」
その名前なら知っている。
五年前に滅亡した国。
そして、ギルがかつて聖騎士として仕えていた故郷。
「お父さんが昔いた国だよね?」
「あぁ」
「でも、もう滅んだんじゃ……」
「その通りです」
答えたのはミリィだった。
「だからこそ、貴女にここへ来ていただきました」
「……私に?」
「はい」
ますます分からない。
クイントは困ったようにギルの服を掴む。
「さて」
それまで黙っていたアイザック王が口を開いた。
「全員揃ったようだな」
その一言で、部屋の空気が変わった。
「クイントよ。突然王宮へ連れて来られ、何が何だか分からぬ状態であろう」
「はい。全然分かんないです」
「……正直でよろしい」
アイザックは苦笑した。
「故に、回りくどい説明は後にしよう。まず結論から話す」
「はい」
「五年前に滅亡したエルサイア王国を再建する」
「…………」
「そして、その王として――お主に即位してもらいたい」
「…………」
「…………」
「…………私?」
クイントは自分を指差した。
「そうだ」
「なんで!?」
「クイント様」
ミリィが静かに呼びかける。
「貴女を王に選んだのは、私です」
「ミリィが?」
「はい」
「でも私、十歳だよ?」
「存じています」
「政治とか分かんないよ?」
「これから学んでください」
「王様なんてやったことないよ!」
「最初から王であった者などいません」
「そういう問題!?」
クイントは助けを求めるようにギルを見る。
しかし、ギルも困った顔をしていた。
「俺を見るな。俺だって今初めて聞いた」
「お父さんも知らなかったの!?」
「お前を連れて来いとしか聞いてない!」
「じゃあ誰も説明してくれないじゃん!」
「今しているでしょう」
ミカエルが淡々と言った。
「ミカエル、貴方は少し黙っていなさい」
キリナが睨む。
「私は事実を述べただけですが」
「貴方が会話に入ると余計にややこしくなる」
「随分な言い草ですね」
「お前らも黙ってろ! 話が進まねぇ!」
ジンが怒鳴った。
「……なんなのこの人達」
クイントは早くも疲れていた。
■
「クイント様」
改めて、ミリィがクイントへ向き直る。
「一つだけ、誤解してほしくないことがあります」
「なに?」
「私は、貴女にメリッサ様へ戻ってほしいわけではありません」
「…………」
クイントの表情が変わった。
メリッサ・エルサイア。
その名前は知っている。
自分と同じ肉体。
同じ魂。
けれど、今の自分とは異なる少女。
「……私、メリッサに戻らなくていいの?」
「はい」
「でも、その人が昔の王女様なんでしょ?」
「そうです」
「だったら、メリッサの方が王様になるんじゃないの?」
「いいえ」
ミリィは迷わなかった。
「今ここにいる貴女を選びます」
「…………」
「クイントという名の、今の貴女を」
「私のままでいいの?」
「もちろんです」
「名前も?」
「クイント様のままで」
「性格も?」
「ええ」
「私、王様っぽくないよ?」
「それも存じています」
「そこは否定してよ!」
思わずクイントが叫ぶ。
ミリィは小さく笑った。
「ですが、それでいいのです」
「……なんで?」
「王とは、一人で国を動かす者ではありません。分からないことがあれば学べばいい。できないことがあれば、できる者を頼ればいいのです」
「失敗したら?」
「その時は、次に同じ失敗をしないよう考えましょう」
「…………」
クイントは少しだけ黙った。
「私が王様になったら、エルサイアはどうなるの?」
「国として再び成立します」
「今は?」
「国としては存在していません」
ミリィの表情が曇る。
「私が消滅し、王を失ったことで、エルサイアの大地は守護を失いました。五年もの間、青の雨による汚染に晒され続けています」
「……青くなってるの?」
「はい」
「全部?」
「ほとんどが」
「人は住めない?」
「現状では難しいでしょう」
「私が王様になったら?」
「私が再びエルサイアを守護することができます」
「青の雨で汚れたところも?」
「時間は必要でしょう。しかし、国土を本来の姿へ戻すことは可能です」
「人も住めるようになる?」
「はい」
クイントは少し考える。
そして、ギルを見る。
「お父さん」
「なんだ」
「帰りたい?」
「……どこにだ」
「エルサイア」
「…………」
ギルは答えに詰まった。
「お父さんの故郷なんでしょ?」
「あぁ」
「帰りたくない?」
「それは……」
五年前。
すべてを失った。
王も。
国も。
かつて共に戦った仲間達も。
故郷など、もう存在しないと思っていた。
「……帰れるものならな」
ギルが小さく答える。
すると。
「じゃあ、やる」
「は?」
「私、王様になる」
「待てクイント」
「なに?」
「もう少し考えろ!」
「考えたよ!」
「十秒ぐらいしか経ってないだろ!」
「でもさ」
クイントは笑った。
「私一人でやるわけじゃないでしょ?」
「…………」
「お父さんいるじゃん」
「最初から俺を数に入れるな」
「手伝ってくれないの?」
「手伝う」
「ほら!」
「……しまった」
「ギル、お前の負けだ」
「ジンは黙ってろ!」
クイントはさらに指を折る。
「お母さんもいる。コウヤもいる。希望の協会のみんなもいる。それにキリナだっているし」
「私はエルサイア王国の臣下にはなれませんよ」
「でも私が困ってたら助けてくれるでしょ?」
「……それは、もちろん」
「じゃあ大丈夫!」
「随分と楽観的ですね」
「駄目?」
「いいえ」
キリナは微笑んだ。
「貴女らしいと思います」
「でしょ?」
クイントは満足そうに頷く。
「じゃあ決めた! 私、王様になる!」
「クイント様」
ミリィが深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「まだ何もしてないよ?」
「それでもです」
だが。
ギルだけは笑えなかった。
「……待ってください」
全員の視線がギルへ向く。
「まだ一つ、聞いていないことがある」
ギルはミリィではなく、ミカエルを見る。
「星魅の巫女は、何故クイントを欲しがっている」
クイントの表情が固まった。
「……私?」
「あぁ」
ギルはクイントを自分の側へ寄せる。
「今回の一件で、そいつがお前に興味を持っていることは分かっている。ミリィ様まで蘇生させてエルサイアを再建させようとしている以上、何か目的があるはずだ」
「…………」
ミカエルは少しの間、沈黙した。
「その疑問については、私も同意見です」
「貴方にも分からないのか?」
「私を何だと思っているのです。星魅の巫女の思考まで全て把握しているわけではありません」
ミカエルは静かにクイントを見る。
「ただ――あれが、この子に興味を持った。それだけは事実でしょう」
「理由は」
「分かりません」
「……そうか」
「もっとも」
ミカエルの視線が、ほんの僅かに鋭くなる。
「私自身、この子には多少興味がありますが」
「ミカエル」
キリナの声が低くなる。
「その子を妙なことに巻き込むつもりなら、私は容赦しませんよ」
「何故、そうなるのです?」
「貴方だからです」
「酷い偏見ですね」
「日頃の行いを振り返りなさい」
「……まったく」
クイントは二人を交互に見る。
「やっぱり二人って仲悪いよね?」
「悪くありません」
「良くもありません」
「どっちなの!?」
ジンが盛大に溜息を吐いた。
「とにかく!」
全員の視線が集まる。
「クイントが王になるってんなら、まずエルサイアへ行くぞ。話はそれからだ。ミリィが王を正式に認めなきゃ何も始まらねぇ」
「今日行くの!?」
「善は急げだ」
「急すぎない!?」
「お前、さっき十秒で王になるって決めただろ」
「それとこれは別!」
そのやり取りを見ながら。
ミカエルだけが、静かにクイントを見ていた。
星魅の巫女が求めた少女。
かつてメリッサ・エルサイアと呼ばれ。
今はクイントと名乗る存在。
ミカエルは既に彼女を知っている。
だからこそ。
「……やはり、そうなりますか」
誰にも聞こえないほど小さな声で、そう呟いた。
五年前に滅亡したエルサイア王国。
その国に再び王が生まれようとしていた。