「おい、壱。そろそろ山に登るまわしをするぞ」
「......」
「壱? どうしたんだ? んな変な顔をして」
「あ、ハイ。現実逃避に宇宙まで行ってました」
「うちゅう??」
「果てなき幸せのことです......」
合掌してこれからのことにお祈りを捧げ始めると、話しかけてくれたオジサン______もとい準一級呪術師は眉を下げ、終いには黙り込んでしまった。
これが前世のような日常の最中だったのなら、笑って「なにやってんだよ」と言われたかもしれない。
しかし、今はそんな笑いは皆無だ。
最後を覚悟した呪術師達が集まってきてるのだから。
どうも、別のところから能力持ってきちゃった転生者こと壱です。
ちなみに名前が無いのは不便なので勝手に付けました。
初めての転生ってことで壱。
ただしもう少しで命が散りそうだけど。
いやね、最初はここから離れて生き残ろうと思ったよ。
でも......唯一私を人間として扱ってくれたのは呪術師達だし、生活の手助けをしてくれたのも呪術師なんだよね。
だから少しでも役に立ちたいって思った。
呪術師達に紛れ込んで討伐戦に出ることは簡単だった。
悲しい事実だけど、一緒に倒してくれるのなら猫の手も借りたい状況なのだろう。
私を入れた両面宿儺討伐し隊は回復を除いて3人で構成されている。
数が多いと把握がしにくいし、何より討伐に来る呪術師は少ない存在だった。私たちは頂上に近いところに穴を掘ってそこを拠点とした。
回復持ちは拠点で待機。
前衛は近距離型の準一級呪術師。
デバッファーの二級呪術師さんはサポートに。
私もサポートに回って、みんなを援護することになった。
自身が強化系っていうパワー型なのに、よくもまあ、サポートに入ったものだと思う。と言っても理由はあった。
まず、紛れ込んだ一般人って知ってるのにいきなりアタッカーに入れる筈がない。
あとは、両面宿儺は初めてだし、呪術師の戦闘も知らない人だらけだから邪魔になるかもしれないとか。
だから、援護から回って攻撃してくれって言われた。
山を登っていく内に、雲行きが怪しくなる。
緑で覆い尽くされていた周囲は水彩絵の具みたいに黒さが足された。ぽたり、と額に水が落ちる。
それを皮切りに、弱い雨が一気に降り注いだ。
最悪なのは他の隊員も思ったようで、一旦戻ろうという話になった。
悪天候の中、災厄とも言える特級と戦うのはこちらが悪手だし。
だから戻ろうと、......引き返した。
____刹那だった。
目の前で、オジサンの身体が綺麗に真っ二つになったのは。
オジサンの臓器とかも見え、胃から喉へと何かが駆け上がってくる。
落ち着け。
......落ち着け。
深呼吸した時間、およそ0.2秒。
すぐに絶を応用した隠で気配を絶つ。
「ほう、1人姿を消したな」
目の前に居たのは腕四本、四つ目の両面宿儺だった。
前世でも実際に飛騨高山にて存在していたらしいが、こんなに邪悪な扱いではなかった。
いま目にして分かる。____これは本当に『呪い』だ。
「ふむ......。雨が降っているにも関わらず水音が聞こえないあたり、そういう逃げ技なのか、それとも気配を消しただけなのか」
私のことを言っているのだとすぐに分かった。
同じ隊に居た呪術師は私が逃げていないことを知っている。
そしてそれが顔に出てしまっていることにも、悔しいことに気づいていた。だから両面宿儺は分かっていて言っている。
「ッ......たかが呪いがァ!!」
二級呪術師が一気に間を詰めて、両面宿儺の懐に入る。
危ないと思って首根っこを掴んで引き戻そうとするも「つまらん」の一言で掴んだ所以外は人の姿では無くなった。
グチャッ、と赤いものが目の前で落ちた。
心の中が「助けられた筈なのに」で埋め尽くされるも「出来やしない」と叫ぶ自分もいる。
まさに地獄だった。
両面宿儺は絶望の塊だった。
無愛想ながらも優しくしてくれたオジサンや、姉さんと呼ぶと嬉しそうにニマニマしてくる二級呪術師は一瞬で消えた。
なにもかも、あっという間だ。
既にここに居るのは己とこの怪物のみ。
蚊を叩くように人を簡単にも殺された。
準一級と二級が早くも殺られたのに自分に何が出来るのだろう?
だけど。
もう、これ以上見ていられなかった。
出来るとか出来ないとかの問題じゃない。
殺せずとも私はコイツに一泡ふかせたい。
隠を解いて、姉さんのように間を詰めた。「なんだお前もつまらないな」と威力が目に見えるほどの斬撃が来るも、途端に堅で防御を固めたのでかすり傷で終わる。
それを見た両面宿儺は目を見開いて______、
ニヤァと不気味な笑みを浮かべた。
ブワァッと鳥肌が出来た腕をさすりながら、即座に後ろへと飛んで悪寒の原因を見た。
両面宿儺が高笑いして「女」の「お」を言っている途中で、また近づいてオーラを込めた右手を両面宿儺の顔に打ち付ける。
当たった瞬間、今度は両面宿儺の胸元を蹴ってまた後ろへと飛んだ。
両面宿儺は距離なんて関係ない攻撃をしかけてくるが、作っておいて損はないだろう。
喋っているところを遮られたのがよっぽどイラついたのか、額に青筋が立ち、口調の荒らさはヒートアップしていた。
「女」
「私の名前、壱なんですけど」
「馬鹿め、どうせ覚えなくても同じだろう」
「ああ? 自分は両面宿儺って覚えて貰ってるくせに自分と戦った者の死くらい覚えておかないの? それとも馬鹿なんですか?」
ぴきり、と男の青筋が増える。
「くだらん。覚える必要のない人間を覚えず何が悪い」
「全部だよ!!」
ぷっちーん! と今度は私のキレた音が脳内で響く。
あっちはハエがうるさいとでも言うかのように面倒くさそうな顔をしていた。
それが目の前で死んでしまった恩人達をまた侮辱しているように見えた。
そうだ、名前はまだ決めてないアレを発動しよう。
私が深呼吸をすると何を思ったのか、両面宿儺は出しかけていた腕をすとんと下ろして、こちらをじっくり観察し始めた。
両面宿儺は今まで以上に真面目な顔になっていた。
「女、名前を覚えて欲しいと言ったな」
「......」
「い____」
___ち、と言ったとき、両面宿儺の目には己の腕が2本飛んで見えたことだろう。
自身の腕が本来あるべきところ非ず、空に浮いて見えるとは、すなわち私が取ったことを意味する。
察しのいいハンターが居たならば、即座に『発』と気づいたことだろう。
「あ"?」
機嫌の悪い低い声が耳に届く。
今度は切れた腕をじっと見始めた。かと思えば、笑いが堪えきれないとでも私に見せるかのように肩が揺れていた。
「っ、く......ハハハハハハハハハハハ!!!」
壊れたように笑い始める男に一種の恐怖心が煽られる。
漫画だと可愛げのある悪役だと思っていた。
でも目の前にしたらビリビリと心臓にまで『恐ろしい』が響いてくる。頭の中では既に警報が鳴っているけども、それでもいいから......!!
「吠え面かかせてやる......!」
「やってみろ、女」
同時に地を蹴って、お互いの『圏内』に入り込むと顎に向けた拳は私の方が早く、先にヒットする。
両面宿儺はと言うと、私の拳で強制的に顔を上を向けられつつ、"素の力で"素早く私の腹に拳をねじ込みに来た。
オーラを大量に使ってやっと追い付ける俊敏さに、敵ながら圧倒的ハイセンスを感じた瞬間、ねじ込まれた腹が背中に付いたかと思うくらいぐぐっと内側に食い込む。
足に力を入れて、その場に留ろうとするも威力がバカでか過ぎて少しだけ後ろに下がってしまった。瞬時に堅をしていなかったら、きっと吹っ飛ばされて死んでいた。
その合間にもサイドから蹴りが飛んで来るのが見えたので、自分の小柄さを利用した、しゃがんでからの足掛けをする。
またオーラを大量に消費したせいで、両面宿儺の足を引っかけるだけでも汗が止まらない。
しかし転ばず、ガン!
と当たっただけに終わったのを確信した私は、身を低めながら横に飛んだ。
飛んでから先程まで居た場所を見れば斬撃が無数に入り、土がごっそりと抜けていた。
「どうした? 逃げるばかりじゃ何も始まらんぞ」
からかうような笑い声が雨の中なので、やけに耳に残った。両面宿儺はすぐ半裸になりたがる露出狂だから、服が無い分ほんのちょっとは防御が成ってないと思いたかったのに。
「......! お前、いま不躾なことを考えたな?」
「気のせいですけど何か」
「なに、呪力でも素でもない面白い技を"見せてくれた"ことに免じて許してやろう」
だがもう飽きた。
その言葉を合言葉に、いきなり視界の中に入ってきた鮮紅色は一体誰なのか。考える必要も無いほどに肩に激痛が走る。それにしても飽きるのが早い。
「アァァァァァ!!!」
肩を押さえても、即座に堅をしても今度は膝から下を失い、視界があの頃の高さにグン!と戻る。
痛い、寒い、痛い、痛い、
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
目の前に足が見えた。
筋肉質な足はピンピンとしていて、誰の足なのかすぐに分かった。だからこそ憎たらしくて、悔しくて。
残りわずかの念をかき集めながら何度も足を叩いた。
ペチペチと弱々しい音がより一層私の涙を促した。
「痒い」
腹を蹴られて、ゴロゴロと地面に転がっていく。
片腕を地面についても、また斬られてドシャッと頭から地面に行った。口の中は血の味とジャリジャリと歯の隙間から砂の味がした。
「お前は伸び代がある。伏魔御廚子を使わなかったのもその為だ。......1つ縛りをしよう。お前を治す代わりに俺への忠誠を誓え」
「っ...ぁ」
掠れ声しか出なくなった私の前に男はしゃがみこんだ。
前髪を掴まれて強制的に顔を上げさせられる。
恐ろしく冷たい目がギョロリと覗き込んでいた。
大量出血をしているのに死んでないのは念のおかげが、はたまたこの男のおかげか。
どちらにせよ私は死ぬ。
頷かないけど、もしやったとしても頷けも出来やしない。
再度目を向ければ男はポリポリと面倒くさそうに頭をかいた。
そしてトドメを差すつもりか片手を伸ばしてきた。けれども男の顔が驚愕に変わる。
「......何故治せん。お前は本当に人間か?」
どうやらトドメではなく治すつもりだったらしい。
前髪を離されて、また顔が地面に落ちた。
その言葉で何故か笑えてきた。声もなく面白おかしくて笑う私を睨んでくるものの、直ぐに死ぬからいいかとジロジロと眺める方向へシフトチェンジした両面宿儺。
ついでとばかりに鼻で笑われ返されたとき、嫌な予感がした。
仰向けにされ、顎を掴まれたと思えば、目の前には両面宿儺の顔がすぐ近くに。
「最後まで絶望させてやろう」
最初に来た感覚は音だった。
くちゅ、と艶かしい音が耳に届いたとき、同時に口の中に舌を入れられていることに気付く。
慌てて歯を閉じようとしても、上手い具合に顎を掴まれているせいか閉まらない。せめて舌を奥に引っ込めようとすると、嘲笑うかのようにもっと顔が近づいて舌も奥へと追ってくる。
これ以上舌を奥にやると、えづきそうになるので一時的に前にやった。
そして、それを逃す訳がなかった。顔の傾きを変えたかと思えば補食みたいに口の中を蹂躙され、頭は嫌という気持ちでいっぱいになる。
誰が、己の恩人や腕や足を斬った人と好き好んでキスをするだろうか。
涙目で見上げると人を見下したような目で返される。
そうして両面宿儺の言葉通り絶望すること数分。
ようやく離された私は____、何を思ったのか、本当にこれで最後のオーラを喉に使うことにした。
「(五条悟と......)手繋ぎ、してみたかったな......」
最後に見たのが、両面宿儺の覗き込む姿だとは。
絶望したと言わなかったのがせめてもの反抗である。
*
「くだらん」
両面宿儺は、しばらくそこに立っていた。
その後、両面宿儺と戦った呪具無し、呪力無しの女は、無意識にもポロポロと情報を洩らした両面宿儺により、奇異な現象、つまり伝説の非術師として後世に語り継がれる。
そのことを知らずに死んでしまった彼女は____。
*
「はーいママでちゅよ~」
「あーうー!!(ひぇっ、お助け!!)」
「ほーらパパでちゅよ~」
「ぶーうー!!(ぎゃぁぁぁぁ!!!)」