「行くぞ」
パパ黒に連れて来られたのは、ちょっと高そうなレストランだった。
パパ黒の雰囲気に似合わず、キョロキョロと辺りを見回してしまう。
すると頭を押さえられて「静かにしてろ」と静かにしてるのに窘められた。
行動がうるさかったかもしれないのは認めよう。
個室に案内された先は4人が座れそうな席で、ドカッと座ったパパ黒と向かい合って座った。
好きなの選べと言われて、文字だけが書かれたメニュー表を渡される。
パパ黒......もう幼稚園児だってことを忘れて遠慮してないな?
この店のイチオシはステーキらしい。
上から半分までは熟成ステーキが並んでいた。
だからこそ一番目に入ったのがステーキだったが、比較的安い肉の方が美味しそうに感じたので、それを指差してパパ黒に言う。
パパ黒はちらりと視線を寄越したかと思えばボーイを呼んだ。
ボーイが来ると、パパ黒は迷うことなく私が指さした肉とは"違う"ステーキを頼んでくれた。
なんでや。「これが美味しそうなんですけど」と反論すれば「ガキが一丁前に語るな」と返され、謎の第1回ステーキ語り攻防が始まる。
自分の分は私が食べたら直ぐに出ると言うので頼まないらしい。
正直、『カッコいい』の前に『無理してない?』が先に来たのは致し方ないだろう。
だって未来のパパ黒は.........息子の名前を忘れ、その息子を大金と引き換えに売り、あまつさえ子供には目もくれずに他の女性の家でヒモとして過ごしたり。
つまり、とことん金に関わる男である。
まあそれが私が比較的安いステーキを頼んだ理由とは全く関係無いけれど。本当に美味しそうなネーミングだったし。
違うステーキに不服ながらも「ありがとう」と言うと「ん」とさも何もない返事を返してくれた。
しばらくして、ガーリックの焼けた香ばしい匂いと共に、レモンの輪切りを載せた厚切りの熟成ステーキが届く。
皿にはステーキを囲むようにして胡椒風味のソースアートが施されていた。
パパ黒の金でパパ黒とステーキ......。
原作を知っている人間としては何度言っても不思議な響きである。
要らないとは言っていたものの、理由の大部分は私のせいなので半分に分けて、小皿に乗せ、そのままパパ黒の前に押しやった。
無言で見つめるだけなので、どうぞ、と言おうと思って______。
「パパ......」
言い訳だが、私は確かにパパ黒と言おうとしたんだ。
恐る恐る上を向けばギョッと瞳孔を開いたパパ黒が目の前に居た。
いやね、パパ黒って言おうとしたんだよ。
本当だよ?
でも、パパ黒って言っちゃったことに途中で気付いたら変なところで止めてしまったと言いますか。
チラリと前髪の隙間から覗けば、パパ黒の眉がぎゅうぎゅうとシワを寄せていた。
「......テメェの父親じゃねえ。それにコレは要らん」
あたふたとしていたら、何故か可哀想な目でスッと皿を戻され、そして見られた。
いや理由は分かるけど解せぬ。
なんとなく好奇心でもう一回皿を戻してみた。
ついでにフォークも添えて。
「......」
今度は面倒臭い顔をしながらも、大きな口を開けて分けたステーキを丸々食べてくれた。
パパ黒のステーキを切り分ける気満々で、ナイフを持って待機していたのだけどその必要を潰された。鼻で笑われた限り、わざとだろう。
しかし、まあ。
やっぱり戦闘後は腹が減りますな。
そんなとき、ふと名案が浮かぶ。
そうだ、名前を正式に聞けばいいんだ。
そうしたら呼び名も決まるし、パパ黒と間違って言う確率も減る筈。そうと決まれば早かった。
「お名前は?」
「......甚爾だ」
案外教えてくれたことに驚いた。
驚きながら早く言葉を繋げてみる。
「私は仁志だよ。筒井仁志。とーじ兄さんよろしく」
「......」
よろしくという返事は無かった。
ただしその代わりに、またあの何も感じ取れない目でじっと見られる。
イケメンに見つめられたが、甘い雰囲気ではないので嬉しい気持ちは皆無だった。
ついでに言うと、嫌な予感が頭の中で警報を鳴らし始める。
......おっと? デジャブを感じるぞ??
「お前、これ見えるか?」
そう言って、ベェッと舌を出してみせたパパ黒。
あらやだ素敵......じゃなくて。
そこには気持ち悪い芋虫が飴ぐらいに小さく丸まって見えたが、何も見なかったことにした。
そうとも私は何も見ていない。
見たのはパパ黒の素敵なベロだけだ。
おーけーおーけー。嫌な予感的中。
私はまだステーキを食べられていないのだが果たして無事に口に運べるか分からない。
石焼きあるけどどっちも冷めていく。
どうしてくれる。
どうやら両面宿儺と対峙以来、イケメンの笑いにはとことん運が無いらしい。
なら推しの笑顔も安易に見れないのか。
……それは嫌だと心が訴える。
それでも返事をしなくてはならなかった。
笑顔で「何が?」と言った。
パパ黒は笑った。
「ふっ、ククッ......」
口元を押さえて静かに笑う姿を黙って見る。
私も一緒になってワッハッハと笑いたいけど、そんな絵面は必要とされていないし何よりステーキと一緒に斬られそうで怖い。
パパ黒の出方をじっくりと見守ることにした。
弱火でじっくり。
どこかで聞いたことのある台詞が脳内再生される。
パパ黒は笑い終わると、頬杖をついてこちらを見下ろした。
「生憎と相手が悪かったな」
ひんやりと冷たい空気が漂い始めた。
それを醸し出しているのは紛れもなくパパ黒と私なんだけど、やはりステーキが冷めてしまう。
「嘘を付くとき体が嘘を付いている。俺が五感が良いことは知っている口だろ?」
そこまで言われると嫌でも分かってしまった。
両面宿儺の時も姉さんの顔色1つで私が居ることを理解されちゃったし、今だって心臓の音とか、息を呑む音とか、瞬きの回数とか、色々察せる所はある。
人間には誰しも感情を読み取る能力が高くも低くもあって、それがパパ黒の場合、天与呪縛によってカンストしているのだろう。
……だから人からの悪意に気づきやすかったりもしたりして。
ステーキとパパ黒を交互に見ていると「何者だ?」を猛禽類の獲物を狙うかのように鋭い目で見られる。
何者かだと?
「......幼稚園児」
これしか答えるものが無いと思った。
しかし、スゥ......っとパパ黒の目が細くなる。
ですよねー!
「呪術師という単語には?」
「聞いたことない」
「呪力という単語には?」
「知らない」
はぁ、とパパ黒自身が溜め込んでいた空気を一気に吐き出される。
その間、胸の中に閉じ込めている心臓の音を体全体に響かせながら言葉を待つしかなかった。
「じゃあ最後だ。______禅院甚爾、この名前に聞き覚えは?」
「無い」
「嘘だな」
「嘘じゃないもん」
「お前はジブリか」
呆れた目で見られた。
あまりにもしつこいので「仮に」と口を開く。
「知っていたとして、そこに何があるんですか?」
そこでまた、あの惹き込まれる双眸を見た。
「禅院だからって何ですか。呪力って何ですか。私はまだ甚爾の名前しか知りません。だから目の前にいま居る人物はどういう人物なのかまだ豊富に選択肢があるんですよ。貴方が答えるまで私は貴方のことを知らないから」
あ、間違えた。今はとーじ兄さんか。
付け加えて「例え、大統領だろうが首相だろうが信じますよ、私」と最後にトドメをさす。マシンガントークを仕返し出来たことにスッキリした。
ふぅ……。やっとステーキを食べられる。
目線を上げれば自分の前髪をぐしゃりと掴んで顔を隠したパパ黒がいた。
「はっ......。やっぱ知ってんじゃねーか。それに幼稚園児の言葉じゃねえ」
ごもっともで。
私も幼稚園児にこんなマシンガントークされたら反応に困る。
疲れてる人間ほど口数が極端に増えたり減ったり。
なんとなく疲れてるんだな、この人も。
「さっきの言葉ですけど、私にも当てはまるので」と言外に自分は幼稚園児ということ以外言わないぞ、と笑うと「じゃあムカつくガキだな」と鼻で笑われ返された。
失敬な。どうせなら仁志と呼んで欲しいものである。