「あ、先生。どうかしたの?」
”やぁ、練習捗ってるかなってね”
スタジオの扉を開けると、今まで練習していたであろう放課後スイーツ部の面々。
トリニティ謝肉祭に向けて毎日練習しているらしく、暇だったら手伝ってくれないかとカズサに誘われた私は、溜め込んだ書類の山から逃げるように彼女らの練習しているスタジオにお邪魔したのである。
帰ったらユウカに土下座しないとななんて考えながら、私は彼女ら、SUGAR RUSHの演奏を聴いていた。
「どうかな、それなりに上手くできたと思うんだけど」
「ハァ…ハァ…私の……ロックは…どうだった……ウッ…かい…?」
「どうでしたか、先生?」
”うん、とりあえずナツは水飲もっか”
「フ、フフ…演奏が終わったと思ったら力尽きる…これも、ロック…」
「バカなこと言ってんじゃないわよ!」
ナツが復活するまでの間、カズサはベースのフレーズを練習していたが、どうやら同じところで突っかかってしまうようで少しイライラしていた。
「あーもー、毎回ここミスるんだよね」
”ここか…ねぇカズサ、ちょっとベース貸してくれる?”
「うん?良いけど、先生ベース弾けるの?」
カズサから借りたベースのストラップに肩を潜らせる。肩にずっしりとくるこの重さを懐かしく感じながら、タブ譜*1を読みながら弦を弾く。
一定のテンポを崩さず、ルート*2はもちろん、タッピング*3やスライド*4を織り交ぜた少し複雑なフレーズも難なくこなす。
一通り弾き終わると、カズサだけでなく、ヨシミやアイリ、復活したナツも全員口を開けて驚きを隠せずに居た。
「え、先生ベース弾けたの?」
「すごくお上手でした!どこで習ったんですか?」
”昔友人達とバンドやってたんだよね”
「へー、先生にそんな過去が…」
「先生も
懐かしいなぁ。高校の軽音部で知り合って、音楽の趣味が一致したことでバンド組むことになって。私が先生になるなんて言い出さなければ今もバンドは続いていたのかな、なんて思ったりもする。
”あの頃は楽しかったなぁ。もちろん今も楽しいんだけどさ、あの頃は自分たちが自由で無敵で、何にも縛られていない気がしていたよ”
「そっかぁ…」
私のことを愛おしそうな目で見つめる放課後スイーツ部の皆。その目には子どもの学校での出来事を聞く母のようであった。
”元気かなぁ、あいつら”
”ライブで通算3本もギターを叩き壊した高橋”
「ん?」
”デスボしすぎて2回喉の手術した加藤”
「あ、あれ?」
”ライブのたびにスネアとかシンバルぶっ壊して出費増やした田中”
「ヤバいやつばっかじゃない!」
「まさにロックだね…」
”そのせいで正統派バンドからは避けられてたなぁ”
「当たり前でしょ!逆に避けてない正統派じゃない人たちは何なのよ!!」
”
「何も言い返せない…!」
当時は地元でも(悪い意味で)名の知れたバンドだったのだ。対バン相手に挨拶に行くと、毎回引きつった顔をされたものだ。
「てことはさ、そんなバンドに入ってた先生もアタオ…変な人だったわけ?」
「カズサ、先生は今でも十分変な人だよ」
「それはそうね」
「ちょ、ちょっとふたりとも…」
何故先生はこんなにも変人扱いされるのか。心当たりしかありませんでしたごめんなさいでした。
バンド活動の影響で、先生の中では奇行のハードルが地に落ちていた。まともな人間は一生徒の足を舐めたり落とし穴に落ちた写真を撮ったり小学校の卒アルを躍起になって入手しようなどとはしないのだ。しかし、学生時代にそれらと同等以上のことをやらかしすぎた。
「他の人達のやらかしはわかったからさ、先生のやらかしエピソード聞きたいな」
”そ、それは…”
「たしかに、興味が惹かれるね」
「そうね、もしかしたらこれ以上ってこともあるかもしれないし」
「私も気になります!」
カズサ、突然の強襲!!怯む先生!!笑顔で退路を絶ってくるナツ、ヨシミ、アイリ!!
”そう言えばこの前行ったカフェがね…”
「話そらさないの。別にもう今さら驚かないって」
逃走、失敗。
”…どうしても話さないとダメ?”
「「「「ダメ」」」」
話さなければならないのならば、せめて、せめて(比較的)軽めのエピソードを…ッ!
”……昔楽器屋で、気になったベースがあってさ、試奏させてもらったんだよ。そしたらさ、そのベース、すごい弾き心地が良くて、楽しくなっちゃってさ。夢中で弾いてたら周りに人がそこそこ集まってきて、つい調子に乗っちゃって。思いっきりイキリスラップ*5かましたらさ、弦がバチィンッ!てはじけて顔にクリーンヒットしちゃってね。大勢の人の前で蹲ったよ”
「「「「うわぁ…」」」」
”因みにそのベースは店員さんに「打痕、付いちゃってますねぇニチャァ」って言われて買わされたよ。ローンで”
「「「「うわぁ……」」」」
今思い返しても恥ずかしいったらありゃしない。当時の先生はなんであんなことしたんだろうと3日は塞ぎ込んだ。
”因みにその時のベースが現役のときのメインベースだったよ”
「へー、見てみたいな。写真ないの?」
”あー、あるよ。はいこれ”
そう言って写真を表示したスマホを見せる。
「え゙っ、これ…」
スマホに映っていたのは、IbanezBTB806MSという機種のベース。カズサの使っている一般的な四弦のベースではなく、主にメタル音楽などで扱われる六弦のベースである。
「先生、結構エグいの使ってたんだね…」
「これこそまさにロック…!」
「ロック超えてメタルだけどね」
”ハハハ”
カズサとヨシミは軽く引き、ナツは目を輝かせ、アイリは少し苦笑いしながら尋ねてきた。
「先生、このベース、今どこにあるんですか?」
”今は家に眠ってる状態かな…。何年も弾いてないから錆びてるかもね”
「そうなんですね。私、先生本気の演奏見てみたいです!」
”そう言われてもね、ブランクだってあるし、ベースもリペア*6出さないと使えないだろうし…”
「フム。つまりは先生、今すぐにはできないが、しばらくしたらできる。…そういうことだね?」
”まぁそうだね”
「ちなみに先生。リペアにはどのくらい時間がかかるんだい?」
”仕事のスケジュール的にも、大体一週間かからないくらいかな?”
それを聞いたナツは「ニヒッ」と笑みを浮かべて衝撃的な一言を言い放った。
「じゃあ一週間後のトリニティ謝肉祭には間に合うわけだね」
”………うん?”
「確かに…!そしたら先生もステージで発表できるじゃない!!」
「わぁ!先生といっしょに演奏できるなんて楽しみです!!」
「そうだね。うん。私も楽しみ」
”……………うん???”
やれセンターには私を立たせるだの、とりあえず早くベースをリペアに出したほうが良いだの、運営に確認を取るだの私抜きで話が進んでいく。
このままでは不味いと焦った私は、究極のキラーパスを出す決断をした。
”私がベース弾くんだったらさ、カズサと被っちゃわないかな”
瞬間、四人とも「確かに…」と固まる。ギターならば二人いても問題無いのだが、ベースは1バンド一人が常識だ。
「ならカズサはボーカルだけで…」
”ベース代、もったいなくない?”
「「「「……」」」」
そう、カズサのベースは低く見積もっても五万は下らない。楽器の中では比較的良心的な値段だが、女子高生的にはかなりの金額であることは確かだろう。トリニティには裕福な家の子が多いが、彼女らは特段大金持ちというわけでもない。
”ね?それにSUGAR RUSHは君たちのバンドだし、言っちゃなんだけど、私が出たら私がメインになっちゃうから…”
「それは別にいいんだけど、うん。そうだね。先生を出すのはちょっと卑怯だったかな」
仕方がないが諦めるといった雰囲気になり、ホッとしたのも束の間。今度はナツが漬物石くらいデカい一石を投じてきた。
「それじゃあさ、先生のバンドメンバーの人たちを呼んで演奏するというのはどうだい?」
”…えっ”
「それならポジション被りを気にしなくてもいいだろう?」
”それはそうだけど、あいつらにも仕事があるし、何よりキヴォトスに来れるかどうかわからないからね”
「なら今訊いてみてよ。もしかしたら来れるかもしれないじゃん」
”えぇ〜…。しょうがないな、訊くだけ訊いてみるよ”
まぁどうせ断られるか、そもそも返信が来ないだろうと鷹を括りながら、懐かしのグループラインに文字を打つ。
先生:生徒にライブしてくださいってお願いされたんだけどさ、できる?
バンドを解散するときにあんなに揉めたんだ。何様なんだとキレられるだろう。少し悲しいが、それはもうしょうがない。
苦笑しながらスマホに目を落とすと、送って10秒しか経っていないのに、三人から返信が来ていた。それはもう同時に、示し合わせたように全く同じ二文字が表示されていた。
高橋:おk
加藤:おk
田中:おk
当時と全く変わらない対応に、自信の目頭が熱くなるのを感じた。
先生:キヴォトスっていう治安がカスみたいなとこなんだけど、来れる?
田中:治安がカスなんていつも通りだろ?イケるイケる
加藤:任せろ。俺がもっと治安悪くしてやる
高橋:銃で撃たれるほどじゃねぇだろ。任せろ
先生:ありがとう三人とも。じゃあ日程送るから頼むわ。交通費は経費で落とすから
高橋:やったぜ
加藤:やったぜ
田中:ちくわ大明神
高橋:なんかいるぞ
先生:あ、あと銃は皆持ってるから気をつけて。下手したら死ねるから
その後、返信は帰ってこなかったが、奴らのことだ。後で生徒たちの写真でも送れば行くと即答するだろう。
”皆来れるって。訊いてみるもんだね”
「やったね先生。楽しみにしてるよ?」
「男の熱い友情…これもロマン…!」
とりあえず早めにベースをリペアに出そう。そう心に決めた。
高橋:…マジで行く?
加藤:まぁ、こんな可愛い子ばっかなら命かける価値がある…のか?
田中:あいつのいるキヴォトスってメキシコかなんかか?
加藤:メキシコのがまだ治安良いだろ。銃さえなければ最高に学園青春アニメっぽいのに
高橋:そんな危ないとこに成田から直便出すなよ
田中:とりあえず飛行機予約するか。ライブ1週間後だとよ
加藤:こういうときバンドマンって便利だよな。ほぼニートみたいなもんだから何も気にしなくて良い
高橋:悲しいなぁ
続く。