オタク至上主義の教室   作:EXTERMINATION

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第10話 超オタクはねむれない

星宮こはるの活動と一之瀬のコスプレが学校内で注目を集める一方、

オレ自身にも大きな変化が起きていた。

 

始まりは、池からオンラインゲームへ誘われたことだった。

 

複数の人間が同じ世界へ接続し、協力しながら敵を倒したり、

装備を集めたりするゲームらしい。

 

最初は操作方法と戦闘の仕組みを確認するだけのつもりで、

池の説明を聞きながら自分のキャラクターを作成した。

 

「名前どうする?」

 

池が尋ねる。

 

「何でもいい」

 

「そういうのが一番困るんだよ。後で変えられないからな」

 

「本名は避けるべきか」

 

「当然だろ」

 

オレは少し考え、無難な名前を入力した。

 

外見についても、特別なこだわりはない。

 

初期設定のまま始めようとしたが、池に止められた。

 

「もっとちゃんと作れよ」

 

「戦闘能力に影響するのか」

 

「しないけど、ずっと使うキャラだぞ」

 

「なら問題ない」

 

「絶対後で変えたくなるって」

 

池が細かく髪型や服装を選び始めた結果、完成したのは黒髪の青年だった。

 

オレ自身と似ているわけではないが、池は満足したようだった。

 

ゲームが始まると、最初は簡単な任務をこなし、操作を覚えることになる。

 

移動、攻撃、防御、回避、道具の使用。

 

仕組み自体は複雑ではない。

 

数十分もすれば、基本的な戦闘には対応できた。

 

「やっぱり覚えるの早いな」

 

池は感心している。

 

「次に何をすればいい」

 

「まずはレベル上げだな。今のままじゃイベントに参加できないから」

 

「どの程度必要だ」

 

「最低でも20。できれば30」

 

「どれくらい時間がかかる」

 

「普通なら数日かな」

 

実際には、その日のうちに25まで上げた。

 

必要な経験値を得られる場所を確認し、

移動時間の少ない順番で任務を進め、不要な戦闘を避ければ効率は上がる。

 

池は驚いていたが、オレにとっては与えられた仕組みを理解し、

最短の手順を選んだだけだった。

 

問題は、そこからだった。

 

レベルが上がれば、新しい装備を使える。

 

新しい装備を得るためには、別の敵を倒す必要がある。

 

さらに強い敵へ挑むには、複数人で協力しなければならない。

 

限定イベントには終了時刻があり、

期間内に規定回数をこなさなければ報酬をすべて受け取れない。

 

一つの目的を達成すると、すぐに次の目的が現れる。

 

ゲームの仕組みは、そこで止める明確な区切りを作らないよう設計されていた。

 

その夜、オレは一時間だけ遊ぶ予定だった。

 

しかし、イベント用の装備を完成させるために必要な素材が、一つだけ不足した。

 

対象の敵を倒せば一定の確率で得られる。

 

一度で手に入らなかったため、もう一度挑戦した。

 

二度目でも出ない。

 

三度目に別の素材が落ち、強化へ使えることが分かった。

 

必要なものを集めているうち、日付が変わった。

 

その間、別の画面では、白石から勧められた美少女ゲームを起動していた。

 

オンラインゲームでは、協力する仲間が集まるまで待ち時間が発生する。

 

その時間を無駄にしないため、美少女ゲームを進めることにした。

 

学級委員長のヒロインは、自分の趣味を主人公へ知られてから、

少しずつ本音を見せるようになっている。

 

次の選択肢で、彼女の悩みを聞くか、生徒会長の仕事を手伝うかが決まる。

 

オンラインゲームの参加通知が届けば、そちらへ戻る。

 

戦闘が終われば、美少女ゲームの文章を読む。

 

二つの作品を交互に進めることで、待ち時間をほとんどなくすことができた。

 

マルチタスクは効率が良かった。

 

ただし、時間の感覚は急速に失われていった。

 

気づけば窓の外が明るくなっていた。

 

朝になったのだと理解したが、学校が休みの日だったため、急いで止める理由はない。

 

オンラインゲームでは、正午から限定の協力戦が始まる。

 

美少女ゲームも、あと少しで最初の個別ルートへ入る。

 

オレは食事を簡単に済ませ、再び画面へ向かった。

 

正午の協力戦では、参加者同士の役割分担が重要だった。

 

攻撃だけを続ければ勝てる相手ではない。

 

敵の行動を予測し、誰が防御し、誰が仲間を回復させ、

誰が攻撃を担当するのかを決める必要がある。

 

オレは数回の失敗から敵の行動パターンを把握し、次の攻撃が来る時刻を仲間へ伝えた。

 

それまで倒せなかった相手を攻略できた時、

画面の向こうから喜びのメッセージが次々と届いた。

 

現実では会ったことのない人間たちと、一つの目的を達成した。

 

それは、単独で最適な結果を出すこととは異なる感覚だった。

 

誰かが失敗しても補い合い、それぞれの役割を果たしながら勝利へ近づく。

 

平田たちがクラスをまとめる時に感じているものも、少し似ているのかもしれない。

 

夜になる頃には、限定報酬の大半を入手していた。

 

残るのは、最高難度の任務を一回達成することだけだった。

 

「ここまで来たなら終わらせるべきだ」

 

誰へ言うでもなく、オレはそう判断した。

 

しかし、挑戦できる仲間がすぐには集まらない。

 

待っている間に、美少女ゲームの物語を進める。

 

学級委員長のヒロインは、主人公へ自分の過去を打ち明けようとしていた。

 

そこで画面を閉じることもできなかった。

 

結局、最高難度の任務を達成した頃には、

ゲームを始めてから二十四時間以上が経過していた。

 

画面には限定報酬を獲得したことを示す文字が表示されている。

 

目的は達成した。

 

それでも、次の任務一覧には新しい項目が増えていた。

 

あと一度だけ確認しようとしたところで、玄関の扉を強く叩く音が聞こえた。

 

「綾小路くん、いるの?」

 

堀北の声だった。

 

返事をすると、すぐに扉が開いた。

 

堀北だけではない。

 

軽井沢と櫛田も一緒だった。

 

三人は部屋へ入った瞬間、机の前に座っているオレと、複数の画面を見た。

 

窓のカーテンは閉めたままになっており、

机には空になった飲み物と簡単な食事の容器が置かれている。

 

「何、この部屋」

 

軽井沢が呆然とした。

 

「あなた、顔色が悪いわよ」

 

堀北は眉をひそめた。

 

「問題ない」

 

「問題しかないでしょう。昨日からメッセージへまともに返事をしていなかったけれど、

いつからゲームをしているの?」

 

「正確な時刻は覚えていない」

 

「最後に寝たのは?」

 

「昨日の朝だと思う」

 

三人が黙った。

 

「それって、二十四時間以上寝てないってこと?」

 

櫛田が確認する。

 

「ああ」

 

軽井沢は頭を抱えた。

 

「綾小路くんが一番重症じゃん」

 

「限定イベントの終了が近かった」

 

「だからって一日中やる?」

 

「途中で止めれば、周回効率が落ちる」

 

「効率の問題じゃないわ」

 

堀北は机へ近づき、オンラインゲームの画面を確認した。

 

「今すぐ終了しなさい」

 

「あと一回だけ確認する必要がある」

 

「何を?」

 

「新しい任務が追加されている」

 

「確認したら、また必要な素材や報酬が見つかるのでしょう」

 

堀北の指摘は正しかった。

 

新しい任務へ入れば、別の目標が生まれる可能性が高い。

 

「終了しなさい」

 

「まだ美少女ゲームの方も区切りが悪い」

 

軽井沢が別の画面を見た。

 

「二つ同時にやってたの?」

 

「オンラインゲームの待ち時間を利用した」

 

「効率だけはいいけど、完全に駄目な使い方じゃん」

 

櫛田は机の上を片づけながら、持ってきた食事を置いた。

 

「まず何かちゃんと食べた方がいいよ」

 

「簡単には食べている」

 

「これだけじゃ足りないでしょ」

 

櫛田の声は普段と同じく優しいが、表情には本気の心配が見える。

 

軽井沢はオレの端末を手に取り、ゲームの通知を切った。

 

「しばらく預かるから」

 

「連絡が取れなくなる」

 

「ゲーム以外の連絡は見るから」

 

「それでは意味が違う」

 

「今の綾小路くんに渡したら、絶対また開くでしょ」

 

オレが立ち上がろうとすると、堀北がパソコンの画面を閉じた。

 

「何をする」

 

「あなたを休ませるのよ」

 

「自分で止められる」

 

「止められる人間は、二十四時間も続けないわ」

 

堀北は反論を許さない口調だった。

 

オレは画面が閉じられた机を見た。

 

最高難度の任務は達成した。

 

美少女ゲームも、保存しておけば続きから再開できる。

 

今止めても、これまでの結果が消えるわけではない。

 

そう理解している。

 

それでも、もう少しだけ先を確認したいという感覚が残っていた。

 

これまで何かへここまで執着したことは少ない。

 

「あと一回だけ協力戦へ参加する必要がある」

 

オレが言うと、軽井沢が呆れたようにため息をついた。

 

「それ、全然必要じゃないから」

 

「他の参加者が待っている可能性がある」

 

「知らない人より、今ここにいる私たちの話を聞いて」

 

その言葉に、オレは返答を止めた。

 

画面の向こうにいる相手と協力することへ意識を向けすぎて、

現実にいる三人を心配させている。

 

優先順位としては正しくない。

 

「分かった」

 

オレは抵抗をやめた。

 

軽井沢は少し驚いたようだった。

 

「本当に?」

 

「ああ。休む」

 

「最初からそうしてよ」

 

櫛田が用意した食事を済ませた後、オレはベッドへ横になった。

 

堀北たちは、眠ったことを確認するまで帰らないつもりらしい。

 

意識が途切れる直前、軽井沢の声が聞こえた。

 

「綾小路くんでも、こんなふうになるんだね」

 

「ゲーム側の仕組みに誘導された部分もあるでしょう」

 

堀北が答える。

 

「次々と小さな目標を提示し、止める理由を与えないように作られているもの」

 

「堀北さん、詳しいじゃん」

 

「少し調べただけよ」

 

「本当に少し?」

 

「私は綾小路くんのように徹夜していないわ」

 

堀北はそう言った。

 

しかし、彼女自身も、別の意味で以前とは大きく変わっていた。

 

 

週明けの教室では、前日の夜に放送されたアニメの最新話が話題になっていた。

 

軽井沢や佐藤、松下は、

物語の中で仲間を裏切った女性キャラクターについて話している。

 

「絶対あの子、裏切ったよね」

 

軽井沢が言う。

 

「主人公たちの居場所を敵に教えてたし」

 

佐藤も同意する。

 

「今まで信じてたのに、あれはないよね」

 

「でも、何か理由があるんじゃない?」

 

櫛田は少し慎重だった。

 

「理由があっても、あんなことしたら駄目でしょ」

 

軽井沢が答える。

 

その会話を聞いていた堀北が、読んでいたアニメ雑誌を閉じた。

 

「その解釈は違うわ」

 

教室の空気が少し静かになった。

 

堀北が自分からアニメの話題へ入ることは、以前より増えている。

 

ただし、ここまで強い口調で割り込むのは珍しい。

 

「何が違うの?」

 

軽井沢が尋ねる。

 

「彼女は主人公たちを裏切ったのではなく、

自分が裏切り者として扱われることで、敵を別の場所へ誘導しようとしているのよ」

 

「でも、居場所教えてたじゃん」

 

「あれは本当の拠点ではないわ。

第八話で使われた廃工場でしょう。すでに放棄された場所よ」

 

堀北は迷いなく答えた。

 

「それに、敵へ情報を伝える直前、彼女は左手を二回握っていた。

あの動作は、以前主人公と決めた『嘘をついている』という合図よ」

 

「そんなのあった?」

 

佐藤が尋ねる。

 

「第四話よ。敵に捕まった時、言葉で本心を伝えられない状況を想定して決めていたでしょう」

 

「覚えてないんだけど」

 

「見返しなさい」

 

堀北は真剣な表情だった。

 

「今回の話だけを見て判断すれば、裏切りに見えるのは当然だわ。

でも、これまでの描写を繋げれば、彼女が仲間を守ろうとしていることは分かる」

 

「でも、最後に泣いてたよ」

 

松下が言う。

 

「自分が疑われることを覚悟しているからでしょう。仲間を助けるためには、

次に会った時も真実を説明できない可能性がある。だから涙を流したのよ」

 

堀北の声には、普段の冷静な分析だけではない熱が含まれていた。

 

「それに、あの場面の作画も通常より丁寧だったわ。

台詞の間だけではなく、主人公の名前を呼ぶ直前に唇が僅かに動いていた。

言いたいことを飲み込んだ表現でしょう」

 

教室の生徒たちは、次第に言葉を失っていった。

 

堀北は気づかずに続けている。

 

「音楽も、それまで敵側に使われていた旋律ではなく、

主人公たちの友情を表す曲を変調して使用していたわ。

裏切りを確定させる場面で、あの曲を使う理由はないもの」

 

「堀北さん」

 

櫛田が声をかける。

 

「何?」

 

「すごく詳しいね」

 

その瞬間、堀北は教室中の視線が自分へ集まっていることに気づいた。

 

軽井沢は口元を緩め、池や本堂まで驚いたようにこちらを見ている。

 

外村は感動した様子で何度も頷いていた。

 

「見事な考察でござる。拙者も裏切りではないと考えていたのでござるが、

左手の合図までは見落としていたのでござるよ」

 

「堀北さん、昨日の話何回見たの?」

 

佐藤が尋ねた。

 

「一度だけよ」

 

「本当に?」

 

「放送を一度見た後、確認のために必要な場面を数回見返しただけだわ」

 

「それ、一回って言わなくない?」

 

軽井沢が笑う。

 

堀北の表情が僅かに硬くなった。

 

「誤解しないで。作品を正確に理解するためには、細部を確認する必要があるでしょう」

 

「今期、何本見てるの?」

 

櫛田が尋ねる。

 

堀北は少し迷った。

 

「まだ十二本よ」

 

池がすぐに反応した。

 

「今、まだって言ったぞ」

 

「比較のために複数の作品を確認しているだけよ」

 

「一週間に十二本なら、普通にアニメオタクじゃん」

 

軽井沢が言う。

 

「違うわ。すべてを同じ熱量で見ているわけではないもの」

 

「その作品について十分以上語ってたけど」

 

「誤解した感想が広がっていたから、訂正しただけよ」

 

「誰も頼んでないのに?」

 

堀北は言葉を止めた。

 

教室の後方では、須藤が笑いを堪えている。

 

「堀北、漫画の時より熱くなってねえか?」

 

「あなたに言われたくはないわ。

先週、試合の場面を再現するために一人で体育館へ残っていたでしょう」

 

「それとこれとは関係ねえだろ」

 

「同じよ」

 

オレは自分の席から堀北を見ていた。

 

以前の堀北は、架空の人物へ感情を向ける理由が分からないと言っていた。

 

今では、登場人物が裏切り者ではないことを証明するため、

表情や音楽、過去の伏線まで使って熱弁している。

 

「お前も随分と進んだな」

 

オレが言うと、堀北は鋭い視線を向けた。

 

「二十四時間ゲームをしていたあなたにだけは言われたくないわ」

 

教室が一瞬静かになった。

 

次の瞬間、軽井沢が大きな声を上げた。

 

「言っちゃった!」

 

「綾小路、二十四時間やってたのか?」

 

池が驚いた。

 

外村は感心するように眼鏡を直した。

 

「驚異的な集中力でござる」

 

「褒めないで」

 

軽井沢が止める。

 

「本当に倒れかけてたんだから」

 

「倒れてはいない」

 

オレが訂正すると、堀北がすぐ反論した。

 

「自分では普通に歩けているつもりだったのでしょうけれど、

立ち上がった時に机へ手をついていたわ」

 

「睡眠不足の影響だ」

 

「だから問題だと言っているのよ」

 

「今は休んだ」

 

「次も同じことをするつもりでしょう」

 

「イベントの内容による」

 

軽井沢が頭を抱えた。

 

「全然反省してないじゃん」

 

「次は時間を管理する」

 

「本当に?」

 

「できる限り」

 

「その言い方、信用できない」

 

周囲の生徒たちは、オレと堀北を見比べていた。

 

オレはオンラインゲームと美少女ゲームを二十四時間続け、

堀北は一つのアニメについて誰よりも熱く語っている。

 

最初は二次元文化へ無関心だった二人が、

今では互いに相手をやりすぎだと注意する立場になっていた。

 

「どっちもどっちでござるな」

 

外村が静かに結論を出した。

 

堀北は不満そうだったが、反論する材料が見つからなかったらしい。

 

その日の放課後、櫛田がオレと堀北へ声をかけた。

 

「配信で使う背景を考えたいんだけど、少し手伝ってくれない?」

 

「なぜ私たちが?」

 

堀北が尋ねる。

 

「堀北さん、画面の配置とか細かいところに気づくから」

 

「私は配信の専門家ではないわ」

 

「でも、昨日もアニメの演出についてすごく詳しく話してたよね」

 

「それと配信画面は別でしょう」

 

「一回見るだけでもいいから」

 

櫛田は諦めなかった。

 

最終的に、オレと堀北は櫛田の部屋へ向かうことになった。

 

途中で軽井沢も合流し、四人で配信用の画面構成や背景を確認した。

 

櫛田の机には小型のマイクとカメラ、配信用の操作機器が並べられている。

 

壁にはアニメグッズが少しずつ増え始めていた。

 

軽井沢は画面を確認しながら、配信者の姿をもう少し大きくした方がいいと提案する。

 

堀北はコメント欄が見にくいと指摘し、

オレは画面の切り替えに必要な操作を減らす方法を考えた。

 

「三人とも思ったより本気で考えてくれるね」

 

櫛田は嬉しそうだった。

 

「中途半端な状態で続ければ、いずれ正体が知られるからよ」

 

堀北はいつもの説明を繰り返した。

 

「はいはい」

 

軽井沢が笑う。

 

作業が終わった後、櫛田は堀北へ尋ねた。

 

「今度は堀北さんの部屋も見てみたいな」

 

「なぜ?」

 

「どんなアニメグッズを置いてるのか気になるから」

 

「まだほとんど置いていないわ」

 

「フィギュア買ったって聞いたよ」

 

「小さいものが二体あるだけよ」

 

「タペストリーは?」

 

「持っていないわ」

 

「ポスターは?」

 

「ないわ」

 

「せっかくアニメ好きになったのに、部屋は普通なんだね」

 

櫛田が何気なく言った。

 

堀北の表情が僅かに動いた。

 

「普通で何か問題があるの?」

 

「問題はないけど、好きなキャラクターを飾ったら、もっと楽しいかもしれないよ」

 

軽井沢も面白そうに会話へ加わった。

 

「じゃあ今度、堀北さんの部屋を改造しない?」

 

「しないわ」

 

「机の周りだけでもいいじゃん」

 

「必要ない」

 

「フィギュア置く棚とか、絶対あった方がいいって」

 

「今の机で足りているわ」

 

「でも雑誌と漫画、床に積んでるんでしょ?」

 

櫛田が尋ねると、堀北は黙った。

 

「どうして知っているの?」

 

「前に部屋へ行った時、少し見えたから」

 

「見えない場所へ片づけたはずだけれど」

 

「片づける場所が足りてないってことじゃん」

 

軽井沢は楽しそうに笑った。

 

「決まり。今度みんなで整理しよう」

 

「勝手に決めないで」

 

「伊吹さんも呼ぼうよ。あの子、工具使うの上手そうだし」

 

「どうして伊吹さんまで?」

 

「カードゲームでよく部屋に来てるんでしょ?」

 

堀北は否定しようとしたが、

最近、伊吹が対戦のため週に何度か部屋を訪れていることは事実だった。

 

オレは堀北の机の状態を想像した。

 

漫画、雑誌、フィギュア、美少女ゲームの箱。

 

これ以上増えれば、現在の収納では足りなくなる可能性が高い。

 

「棚は必要かもしれないな」

 

オレが言うと、堀北がこちらを睨んだ。

 

「あなたまで何を言っているの?」

 

「今後も物は増えるだろう」

 

「増やすと決めていないわ」

 

「アニメを十二本見ていて、グッズが二体だけで終わると思うか」

 

「終わるわ」

 

「昨日、アキバモールで新しいフィギュアを三十分見ていた」

 

「購入するか判断していただけよ」

 

「価格も記録していたな」

 

「比較するためね」

 

軽井沢と櫛田は顔を見合わせた。

 

「もう始まってるじゃん」

 

軽井沢が言う。

 

「何が?」

 

「痛部屋化」

 

「始まっていないわ」

 

「机の上にフィギュアがあって、漫画が積まれてて、買う予定のグッズまで調べてるんでしょ?」

 

「それだけで痛部屋とは呼ばないわ」

 

「じゃあ、もう少し増やせば完成だね」

 

「増やさないと言っているでしょう」

 

堀北は強く否定した。

 

しかし、櫛田と軽井沢はすでに、

どの棚を置くか、壁へ何を飾るか、照明をどうするかという話を始めていた。

 

伊吹にも連絡を取るつもりらしい。

 

堀北は何度も止めようとしたが、完全に拒絶しているようには見えなかった。

 

「綾小路くんも手伝ってね」

 

櫛田が言う。

 

「分かった」

 

「勝手に承諾しないで」

 

堀北がすぐに反応する。

 

「一人では家具の移動が難しい」

 

「家具を動かすこと自体、まだ認めていないわ」

 

「整理は必要だろう」

 

「整理と魔改造は違うでしょう」

 

堀北の抗議を聞きながら、

軽井沢は楽しそうに端末で部屋の参考画像を探していた。

 

壁一面をタペストリーで覆った部屋。

 

光る棚へフィギュアを並べた部屋。

 

複数のモニターを置き、ゲーム用の椅子を中心に配置した部屋。

 

堀北は興味がないような顔をしながら、その画面へ何度も視線を向けている。

 

それまで何も飾られていなかった堀北の部屋は、

彼女自身の性格を表すように、必要なものだけが整然と置かれていた。

 

しかし、漫画やゲーム、フィギュアが増えたことで、

その部屋にも変化が必要になり始めている。

 

アニメへの興味は、堀北の考え方だけでなく、

生活する場所の景色まで変えようとしていた。

 

校内VTuberとして別の自分を表現し始めた櫛田。

 

好きなキャラクターの姿を借りて、人を笑顔にした一之瀬。

 

オンラインゲームと美少女ゲームへ没頭し、二十四時間以上眠ることを忘れたオレ。

 

作品を分析するだけだったはずが、

登場人物の思いを守るため熱く語るようになった堀北。

 

全員が同じ方法で二次元文化を楽しんでいるわけではない。

 

見る者も、遊ぶ者も、演じる者も、発信する者もいる。

 

それぞれが自分に合った形を見つけたことで、

高度育成高等学校のアニメブームは、単なる流行から日常の一部へ変わり始めていた。

 

そして次に変わるのは、堀北鈴音が暮らす自室だった。

 

本人がどれほど否定しようとも、

机の上に並んだ二体のフィギュアと、床へ積まれた漫画、

購入候補として保存された大量の商品画像は、すでにその未来を示していた。

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