オタク至上主義の教室   作:EXTERMINATION

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第14話 放課後同人制作部

高度育成高等学校へアニメや漫画の文化が広がってから、

生徒たちの楽しみ方は、作品を見ることやグッズを集めることだけに留まらなくなっていた。

 

好きな人物の絵を自分で描き始める者。

 

アニメの感想を文章へまとめ、校内の掲示板へ投稿する者。

 

小説を書き、友人へ読んでもらう者。

 

音楽や映像を組み合わせ、短い動画を作る者。

 

誰かが作った作品へ触れるだけでなく、

自分自身の手で何かを生み出してみたいと考える生徒が、少しずつ増えていた。

 

佐藤麻耶も、その一人だった。

 

最初は、放課後に軽井沢恵や松下千秋と一緒に女児向けアニメを見ていただけだった。

 

魔法の力を得た少女たちが、仲間と協力しながら困難へ立ち向かう作品である。

 

明るい色彩と可愛らしい衣装だけでなく、登場人物同士の友情、

家族との関係、自分の弱さを認めながら前へ進む物語が丁寧に描かれていた。

 

佐藤は、その作品を毎週楽しみにしていた。

 

放送後には軽井沢や松下と感想を語り合い、どの人物が可愛かったか、

どの場面が格好よかったか、次回はどのような展開になるかを話していた。

 

そのうち、公式では描かれなかった日常を、自分たちなりに考えるようになった。

 

敵との戦いが終わった後、少女たちはどのように休日を過ごすのか。

 

普段は強気な人物が、親しい友人の前だけで見せる表情はどのようなものか。

 

本編では別々に行動することの多い二人が、

もし一緒に買い物へ出かけたら、どんな会話をするのか。

 

最初は雑談にすぎなかった。

 

しかし、佐藤はある日、ノートへ短い漫画を描いた。

 

絵はまだ粗く、背景も簡単なものだった。

 

それでも、軽井沢と松下は、彼女が考えた物語を予想以上に喜んだ。

 

「これ、ちゃんと完成させたら面白くない?」

 

軽井沢が言った。

 

「続きを読みたい」

 

松下も頷いた。

 

「佐藤さん、話を考えるの上手だよね。台詞も、それぞれのキャラクターらしいし」

 

二人から褒められたことで、佐藤は本気になった。

 

数ページの短い漫画ではなく、一冊の同人漫画を完成させる。

 

アキバモールで開かれる小規模な創作イベントへ参加し、

自分たちの作品を誰かへ読んでもらう。

 

その目標を決めた瞬間から、三人の日常は変わった。

 

放課後には佐藤の部屋へ集まり、物語の構成を話し合う。

 

休日には資料となるアニメを見直し、衣装や小物、人物同士の距離感を確認する。

 

軽井沢はキャラクターの可愛らしさや、読者が最初に目を向ける見せ方を担当した。

 

松下は話の流れや台詞を確認し、前後で矛盾がないかを冷静に指摘した。

 

佐藤は二人の意見をまとめ、実際に漫画として描いていく。

 

気づけば三人の間では、誰が決めたわけでもない役割分担が完成していた。

 

リーダーは佐藤だった。

 

普段の佐藤は、軽井沢たちと一緒にいる時も、

自分だけが強く前へ出ようとする人間ではない。

 

しかし、漫画を描いている時だけは違った。

 

どのような場面を作りたいのかが、彼女の中では明確だった。

 

画面へ入る人物の位置。

 

表情。

 

腕や脚の角度。

 

衣装がどのように動くのか。

 

読者の視線をどこへ向けたいのか。

 

佐藤は迷いなく指示を出し、軽井沢と松下を動かした。

 

その日の夜も、三人は佐藤の部屋へ集まっていた。

 

時計は午後九時を過ぎていたが、机の上には大量の紙と資料、

鉛筆、消しゴム、定規が並び、作業を終える雰囲気はなかった。

 

壁際には、人物の設定や物語の順番を書いた紙が貼られている。

 

ベッドの上には、資料として使ったアニメ雑誌や漫画本が積まれていた。

 

佐藤は机へ向かい、一枚の原稿を見つめている。

 

描いているのは、主人公が親友を抱き起こす場面だった。

 

大きな戦いが終わり、二人とも疲れ切っている。

 

それでも互いの無事を確認し、安心したように笑う。

 

物語の中でも重要な場面であり、佐藤は何度も下描きをやり直していた。

 

「恵ちゃん、そこで膝をついてみて」

 

佐藤が振り返らずに言った。

 

「また?」

 

軽井沢はベッドへ腰かけていたが、文句を言いながらも立ち上がった。

 

「今度は何のポーズ?」

 

「倒れている子を起こすところ。松下さんは床へ座って、少し上半身を後ろへ倒して」

 

「床へ?」

 

松下は部屋の中央を見た。

 

「別にいいけど、ちゃんと掃除してあるよね?」

 

「昨日したから大丈夫」

 

「佐藤さん、漫画を描き始めてから部屋だけは前より綺麗になったよね」

 

「資料を探す時に邪魔だから」

 

佐藤は当然のように答えた。

 

軽井沢が松下の前へ膝をつき、腕を伸ばす。

 

「こう?」

 

「もう少し腰を低くして。

腕だけで引き起こしているように見えると不自然だから、体ごと支える感じ」

 

「意外と細かいんだけど」

 

「大事な場面だから」

 

佐藤は椅子から立ち上がり、二人の位置を確認した。

 

軽井沢の右手を少し内側へ動かし、松下の肩へ触れる位置を調整する。

 

「松下さんは、もう少し顔を上げて。恵ちゃんの目を見るようにして」

 

松下が言われた通りに顔を動かした。

 

二人の距離が近くなる。

 

軽井沢は少し笑った。

 

「何か恥ずかしくない?」

 

「変な意味はないから」

 

松下は落ち着いて答えた。

 

「佐藤さん、これでどう?」

 

佐藤は二人を正面、斜め、少し高い位置から確認した。

 

端末を取り出し、資料として写真を撮る。

 

「いい。今の角度なら、腕の重なりも分かりやすい」

 

「もう動いていい?」

 

「あと一枚だけ」

 

「さっきからずっと、あと一枚って言ってない?」

 

軽井沢は不満を言いながらも、佐藤の指示へ従った。

 

松下も苦笑しつつ、姿勢を保っている。

 

二人が協力している理由は、単に佐藤へ頼まれたからではなかった。

 

自分たちが考えた物語が、少しずつ紙の上へ形として現れていくことが楽しかった。

 

最初は空白だった原稿へ、人物が描かれる。

 

会話が加わる。

 

表情が生まれる。

 

自分たちが話し合った場面が、誰かに読んでもらえる一つの作品へ変わっていく。

 

その過程を知ってしまうと、簡単には途中で投げ出せなかった。

 

佐藤は撮影した写真を確認し、机へ戻った。

 

「これなら描けそう」

 

「なら、私たち少し休んでいい?」

 

軽井沢が尋ねる。

 

「十分だけ」

 

「短くない?」

 

「締切まで時間がないから」

 

「まだ一週間あるじゃん」

 

「一週間しかないの……!」

 

佐藤の返答には、普段とは違う強さがあった。

 

軽井沢は松下と顔を見合わせ、肩をすくめる。

 

「先生が言うなら仕方ないか」

 

「誰が先生よ」

 

そう答えながらも、佐藤は少し嬉しそうだった。

 

三人の作業は、日付が変わる近くまで続いた。

 

翌日も、その次の日も、同じように集まった。

 

佐藤は原稿を描き、軽井沢と松下は台詞や衣装を確認し、

必要になればモデルとしてポーズを取る。

 

寝る時間を削るほど作業へ没頭することもあった。

 

疲れれば判断力が落ちるため、完全な徹夜は避けていたが、

いつもより寝る時刻が遅くなる日は増えていた。

 

それでも作品は順調に完成へ近づいていた。

 

物語の前半は仕上がり、残るのは最も重要な終盤だけとなった。

 

そこで、佐藤の手が止まった。

 

描こうとしているのは、主人公を含む四人の少女が、

それぞれ違う思いを抱きながら並び立つ場面だった。

 

一人は明るい笑顔で仲間を励ます。

 

一人は不安を隠しながら強がる。

 

一人は静かに状況を見つめる。

 

最後の一人は、緊張しながらも前へ出ようとしている。

 

同じ方向を向いていても、表情や姿勢は異なる。

 

その違いを一枚の絵へ入れなければならない。

 

軽井沢と松下の二人だけでは、四人分の姿勢を同時に確認できない。

 

一人ずつ撮影し、後から組み合わせる方法もある。

 

しかし、実際に並んだ時の距離や身長差、視線の向きが分からなければ、

完成した絵が不自然になる可能性がある。

 

佐藤は何枚も下描きを作った。

 

しかし、どれも納得できなかった。

 

「違う」

 

小さく呟き、紙を裏返す。

 

新しい紙へ描き始める。

 

数分後、また手を止める。

 

「これも違う」

 

軽井沢はベッドの上から心配そうに見ていた。

 

「さっきの、結構良かったと思うけど」

 

「四人がただ並んでいるだけに見える」

 

「実際、並んでる場面なんでしょ?」

 

「そうだけど、それぞれの性格が出てないの。誰を見ても同じポーズに見える」

 

松下は佐藤の描いた紙を確認した。

 

「表情は描き分けられていると思う。でも、体の使い方が似ているのかもね」

 

「そうなの!」

 

佐藤は鉛筆を置き、頭を抱えた。

 

「一人ずつ違う気持ちで立っているのに、私の中で姿勢が出てこない」

 

「私たちがやる?」

 

軽井沢が立ち上がった。

 

「二人しかいないでしょ」

 

「一人が二役すればいいじゃん」

 

「写真を合成したら、距離が分からなくなる」

 

「じゃあ、他の子を呼ぶ?」

 

松下が提案した。

 

佐藤は顔を上げた。

 

「新しいモデルが欲しい」

 

声は真剣だった。

 

「できれば四人。体格が少しずつ違って、並んだ時に絵になる人」

 

軽井沢は一瞬考え、すぐに端末を取り出した。

 

「それなら心当たりある」

 

「私も」

 

松下も端末を手に取る。

 

二人は普段から多くの生徒と交流している。

 

軽井沢は女子生徒たちの流行や人間関係に詳しく、

松下も表へ出しすぎないだけで、幅広い相手と自然に会話ができる。

 

二人が協力すれば、数人へ声をかけること自体は難しくなかった。

 

ただし、佐藤は念を押した。

 

「誰でもいいわけじゃないからね?」

 

「分かってるって」

 

「四人とも、立ち姿が綺麗で、衣装を着た時に雰囲気が変わる人がいい」

 

「注文多いなあ」

 

軽井沢はそう言いながらも、すでに候補を考えていた。

 

「一之瀬さんは?」

 

松下が最初に名前を挙げた。

 

「コスプレしたこともあるし、スタイル良いし、人前へ出るのにも慣れてきてる」

 

「一人目決まり」

 

佐藤はすぐに頷いた。

 

「佐倉さんもいいかも」

 

軽井沢が言う。

 

「大人しいけど、スタイル良いし、写真だと雰囲気が変わるよね」

 

「二人目」

 

「長谷部さんは?」

 

「背が高いし、スタイル良いし、自然に立っているだけでも形が綺麗」

 

「三人目」

 

残る一人については少し迷った。

 

同じ二年生だけで揃えてもいい。

 

しかし、物語の中には年下らしい真面目さを持つ人物がいる。

 

少し雰囲気の違う相手を入れた方が、参考になるかもしれない。

 

松下が一年生の名前を挙げた。

 

「七瀬さんはどうかな」

 

「七瀬翼?」

 

「うん。姿勢も綺麗だし、スタイル良いし、真面目だから、頼めば最後まで付き合ってくれそう」

 

「断りにくい相手を選んでない?」

 

軽井沢が笑う。

 

「そんなつもりはないよ。でも、四人並んだらバランスは良さそう」

 

佐藤は頭の中で四人を並べた。

 

一之瀬帆波。

 

佐倉愛里。

 

長谷部波瑠加。

 

七瀬翼。

 

それぞれ印象も体格も異なっている。

 

求めている資料としては理想に近かった。

 

「その四人にお願いしよう」

 

佐藤は決断した。

 

軽井沢と松下が連絡を取った結果、

四人とも最初は何の集まりなのかよく分からないまま、

翌日の放課後に佐藤の部屋へ来ることになった。

 

一之瀬は、創作活動の手伝いだと聞き、興味を持った。

 

佐倉は軽井沢から強く頼まれ、断り切れなかった。

 

長谷部は佐倉が行くと聞き、付き添いのつもりで参加した。

 

七瀬は上級生からの頼みを無視するわけにもいかず、

詳しい内容を確認するために顔を出すことにした。

 

四人が部屋へ揃った時、最初に異変を感じたのは長谷部だった。

 

机の上には漫画の原稿が広がっている。

 

部屋の隅には、色違いの衣装が四着並べられていた。

 

いずれも女児向けアニメの登場人物を意識した衣装であり、

長袖と膝丈のスカートを中心とした、明るく健康的なデザインだった。

 

胸元には星や花を模した飾りがあり、腰には色の違うリボンがついている。

 

「待って」

 

長谷部は衣装と佐藤を交互に見た。

 

「私たち、何をするの?」

 

「漫画のモデル」

 

佐藤は端的に答えた。

 

「聞いてないんだけど」

 

「創作の手伝いとは言ったよ」

 

軽井沢が苦笑しながら説明する。

 

「コスプレするとは言ってなかったじゃん」

 

「最初から全部言ったら来なかったでしょ?」

 

「それは来なかったと思う」

 

長谷部は即答した。

 

七瀬も衣装を見ながら困惑していた。

 

「申し訳ありません。私も、資料の整理や意見を求められるものだと考えていました」

 

「資料にはなってもらうよ」

 

佐藤は原稿を持ち上げた。

 

「四人が並ぶ場面を描きたいんだけど、体の角度がどうしても決まらないの。

衣装を着て、少しだけポーズを取ってほしい」

 

「少しだけ、ですか?」

 

七瀬の警戒は解けなかった。

 

軽井沢は両手を合わせた。

 

「お願い。変な衣装じゃないし、写真も漫画の資料にしか使わないから」

 

松下も穏やかに続ける。

 

「顔をそのまま漫画へ描くわけではないよ。

身長差や姿勢、衣装の動きを確認したいだけだから」

 

一之瀬は並べられた衣装へ近づき、興味深そうに見た。

 

「この衣装、佐藤さんたちが作ったの?」

 

「土台は市販の物だけど、飾りは自分たちで変えた」

 

佐藤が答える。

 

「キャラクターごとに色と模様を合わせたの。

元の衣装だと少し形が違っていたから、

袖口を細くしたり、腰のリボンを作り直したりもしてる」

 

一之瀬は桃色の衣装を手に取り、胸元へ縫いつけられた星形の飾りを眺めた。

 

「これも佐藤さんが?」

 

「うん。最初は既製品の飾りを使おうと思ったんだけど、

それだと作品の中の形と少し違っていたから、布を重ねて自分で作ったの」

 

「見た目だけじゃなくて、着やすさまで考えてあるんだね」

 

一之瀬が感心すると、佐藤は少し照れたように笑った。

 

佐藤は紫色の衣装を持ち上げ、腰の部分を一之瀬へ見せた。

 

次に緑色の衣装へ手を伸ばし、詳しく説明していく。

 

同じ女児向けアニメの衣装であっても、色を変えただけではない。

 

人物の性格、立ち位置、動き方を考え、

それぞれの違いが服の形へ表れるよう工夫されていた。

 

彼女には、将来ファッションデザイナーになりたいという夢がある。

 

まだ学校へ通う一人の生徒であり、本格的に服飾を学んでいるわけではない。

 

それでも、衣装の色や形を考え、

着る人間の体格や性格へ合わせて手を加える時間には、

他の作業とは異なる集中力を見せていた。

 

佐藤にとって今回の衣装作りは、漫画を完成させるための準備であると同時に、

自分がいつか進みたい道へ僅かに触れられる時間でもあった。

 

頭の中にある人物の魅力を、布の形として表現する。

 

衣装を着た人が動き、笑い、その人物らしい姿を見せる。

 

まだ小さな改造にすぎなくても、自分の考えた形が誰かの体へ馴染み、

一つの世界を作ることに、佐藤は確かな喜びを感じていた。

 

一之瀬は佐藤が作った衣装に素直に感心していた。

 

すでにコスプレを経験しているため、他の三人ほど強い抵抗はないらしい。

 

しかし、それでも、突然モデルを頼まれたことには戸惑いがある。

 

佐倉は何も言わず、衣装を見ていた。

 

人前で注目されることは得意ではない。

 

撮影されることにも、複雑な感情があった。

 

高育へ入学する以前、彼女は芸名「雫」として、写真を中心とした仕事を経験していた。

 

その過去を知る者は、この部屋にはいない。

 

本人も、自分から話すつもりはなかった。

 

過去の活動は、高校生活から切り離しておきたい記憶でもある。

 

ただし、写真へ写るために学んだ技術まで、完全に消えたわけではない。

 

視線をどこへ向ければ表情が自然に見えるか。

 

肩をどの程度引けば、全身の線が綺麗に見えるか。

 

片足へ重心を乗せた時、反対側の膝をどのように緩めれば硬さがなくなるか。

 

指先を完全に伸ばすより、僅かに力を抜いた方が柔らかく見えること。

 

長い時間をかけて身につけた感覚は、意識しなくても体へ残っている。

 

しかし、今の佐倉はそのことを表へ出すつもりはなかった。

 

できるだけ普通に振る舞い、頼まれた範囲で手伝い、終われば帰る。

 

そのつもりだった。

 

長谷部は佐倉へ小声で尋ねた。

 

「愛里、どうする?」

 

「私は……みんながやるなら」

 

「絶対そう言うと思った」

 

長谷部はため息をついた。

 

佐倉一人を残して帰ることはできない。

 

七瀬も、先輩たちの真剣な様子を見て、完全には断りにくくなっていた。

 

佐藤は原稿を手にしたまま、四人へ頭を下げた。

 

「お願いします。この場面が決まらないと、作品が完成しないの」

 

軽井沢も続けて頭を下げる。

 

「本当に少しだけだから」

 

松下も苦笑しながら両手を合わせた。

 

「終わったら飲み物も用意するし、無理なポーズはさせないから」

 

一之瀬が最初に折れた。

 

「分かった。私で役に立てるなら、やってみるね」

 

「一之瀬さんがやるなら……私も」

 

佐倉が小さく続いた。

 

長谷部は天井を見上げた後、観念した。

 

「愛里を一人でやらせるわけにもいかないし、仕方ないか」

 

最後に視線が七瀬へ集まる。

 

七瀬は少し姿勢を正した。

 

「安全であり、写真が外部へ無断で使用されないのでしたら、協力いたします」

 

佐藤の表情が一気に明るくなった。

 

「ありがとう!」

 

四人はそれぞれ衣装を受け取り、着替えた。

 

衣装は人物ごとに色が分かれている。

 

一之瀬は明るい桃色を基調とした衣装。

 

佐倉は青と白を組み合わせた落ち着いた衣装。

 

長谷部は紫と黒の差し色が入った少し大人びた衣装。

 

七瀬は緑と金を中心とした、真面目な騎士を思わせる衣装だった。

 

全員が部屋へ戻ると、軽井沢が最初に歓声を上げた。

 

「すごい。全員ちゃんと似合ってる!」

 

「本当だね」

 

松下も四人を見渡した。

 

「衣装だけで雰囲気がかなり変わる」

 

一之瀬は少し照れながら、自分のスカートの端を確認した。

 

「前に着た衣装より、少し動きやすいかも」

 

「ポーズを取ってもらうから、動きやすさを優先したの」

 

佐藤はすでに端末を構えている。

 

目の前の四人を見た瞬間、先ほどまでの疲れが消えたようだった。

 

「まず、一列に並んで」

 

声が急に鋭くなる。

 

一之瀬たちは反射的に動いた。

 

「一之瀬さんが中央より少し左。佐倉さんはその隣。

長谷部さんは右端。七瀬さんは左端」

 

「もう始まってるんだ」

 

長谷部が困ったように言う。

 

「始まってるよ。七瀬さん、半歩前へ出て」

 

「この程度でしょうか」

 

「もう少しだけ。長谷部さんは逆に半歩後ろ」

 

「何で私だけ下がるの?」

 

「強がっているけど、本当は少し不安な役だから」

 

「設定まであるんだ」

 

「漫画なんだから当然でしょ」

 

佐藤は迷いなく指示を出した。

 

軽井沢と松下は、衣装の裾やリボンを整える。

 

一之瀬の肩へついた飾りが少し傾けば、軽井沢がすぐに直した。

 

七瀬の腰のリボンが後ろへ回れば、松下が正面へ戻した。

 

「次は、全員同じ方向を見て」

 

佐藤が言う。

 

四人が窓側へ顔を向ける。

 

「ただ見るだけじゃなくて、それぞれ違う気持ちで。

一之瀬さんは仲間を安心させるように明るく笑って」

 

一之瀬は最初、少しぎこちない笑顔を作った。

 

「こうかな?」

 

「もう少し自然に。目の前に不安そうな子がいて、その子へ大丈夫だよって伝える感じ」

 

一之瀬は一度目を閉じた。

 

作品の人物が、仲間へ声をかける場面を思い浮かべる。

 

再び顔を上げた時、表情は先ほどより柔らかくなっていた。

 

口元だけではなく、目にも安心させるような温かさがある。

 

佐藤が素早く撮影する。

 

「良い。良いよ!」

 

声に熱が入った。

 

「今の笑顔、そのまま!」

 

一之瀬は少し驚いたが、笑顔を保った。

 

コスプレを経験していることもあり、

人物の気持ちを考えて表情を作ることには、次第に楽しさを感じ始めていた。

 

「このキャラクターなら、もう少し手を前へ出した方がいいかな」

 

一之瀬が自分から提案した。

 

「仲間を後ろへ庇っている場面なんだよね?」

 

佐藤の目が輝く。

 

「そう!右手を少し前に出して、左手はみんなの方へ」

 

一之瀬が姿勢を変える。

 

衣装の袖が自然に広がり、人物らしい明るさと頼もしさが同時に表れた。

 

「すごく良い!」

 

佐藤は何度も角度を変えて撮影した。

 

次は佐倉の番だった。

 

「佐倉さんは、静かに状況を見ている役。

表情は大きく変えないけど、仲間を心配しているのが分かる感じで」

 

「分かった」

 

佐倉は小さく頷いた。

 

最初は両腕を体の横へ下ろしていた。

 

佐藤が指示を加える。

 

「右手を胸元へ。指は全部揃えないで、少しだけ曲げて」

 

佐倉は言われた通りに動いた。

 

しかし、次の瞬間には、自分で右肩を僅かに引き、顔を少しだけ左へ向けた。

 

片足へ重心を置き、反対側の膝を自然に緩める。

 

視線は正面へ向けず、少し低い位置へ落とした。

 

それだけで、立ち姿の印象が大きく変わった。

 

不安を抱えながらも、表へ出さずに仲間を見守る人物に見える。

 

佐藤は端末を構えたまま、動きを止めた。

 

「佐倉さん、今のポーズ、誰かに教わったことある?」

 

佐倉の肩が僅かに動いた。

 

「い、いえ。何となく……」

 

「何となくで、こんなに自然になるの?」

 

軽井沢も驚いている。

 

「愛里、すごいじゃん」

 

長谷部は、自分の友人を少し誇らしそうに見た。

 

「写真写りは良かったもんね」

 

「そうかな……」

 

佐倉は曖昧に笑った。

 

それは偶然ではなかった。

 

雫として活動していた頃、同じ姿勢を何度も練習していた。

 

撮影者から細かな指示を受け、その場で求められた印象へ近づける。

 

表情を大きく変えず、視線と指先だけで感情を示す。

 

それは過去の彼女にとって、仕事の一部だった。

 

しかし今は、漫画を描く友人たちのために使っている。

 

同じ技術でも、向けられている目的はまったく違う。

 

佐倉はその違いに、僅かな安心を感じていた。

 

「もう少しだけ顔を上げてもらえる?」

 

佐藤が尋ねる。

 

佐倉は視線を上げる。

 

「そこで止まって!」

 

佐藤が撮影する。

 

「良いよ。すっごく良い。佐倉さん、この役に一番近いかも」

 

褒められた佐倉は頬を赤くしたが、先ほどより緊張は薄れていた。

 

自分の経験を知られることは避けたい。

 

それでも、役に立てたことは嬉しかった。

 

「次、長谷部さん」

 

「ついに来た」

 

長谷部は明らかに気が進まない様子だった。

 

「強がっているけど、本当は少し怖い役。腕を組んで、顔は横へ向けて」

 

「普段の私みたいに言わないでくれる?」

 

「あはは、そこまでは言ってないよ」

 

佐藤は笑いながらも目は真剣だった。

 

長谷部は腕を組み、顔を少し逸らした。

 

しかし、撮影されていると意識したせいで、全身へ力が入っている。

 

「もっと肩の力を抜いて」

 

「無理。全員見てるし」

 

「漫画の資料になるだけだから」

 

「それが分かってても恥ずかしいんだけど」

 

軽井沢が隣から声をかけた。

 

「長谷部さん、普通に立ってるだけでいいから」

 

「軽井沢さんはもう終わった側だから簡単に言えるよね」

 

松下も苦笑した。

 

「私たちも何時間もポーズを取らされたから、気持ちは分かるよ」

 

「それ、全然安心できない情報なんだけど」

 

長谷部は文句を言いながら、もう一度姿勢を作った。

 

腕を組み、顔を横へ向ける。

 

佐倉が小さな声で助言した。

 

「波瑠加ちゃん、右足を少しだけ後ろへ置くと、楽かも」

 

「こう?」

 

「うん。肩も少し下げて」

 

長谷部が従うと、先ほどより自然になった。

 

強がりながら仲間の前へ立つ人物らしい姿勢が生まれる。

 

佐藤が素早く撮影した。

 

「今の良い!」

 

「本当?」

 

「うん。恥ずかしがってる感じも役に合ってる」

 

「それ、褒められてるのかな」

 

「最高に資料になる」

 

佐藤の言葉には迷いがなかった。

 

長谷部は最後まで納得していない様子だったが、少しだけ笑った。

 

最後は七瀬だった。

 

七瀬は背筋を伸ばし、佐藤の指示を待っている。

 

「七瀬さんは、一番真面目で、怖くても先に進もうとする役」

 

「承知しました」

 

「左手を腰へ。右手は胸の前で握って。顔は正面だけど、少しだけ緊張している感じ」

 

七瀬は指示通りに姿勢を作った。

 

動きは正確だった。

 

しかし、表情が真面目すぎて、決意より任務中の報告を待っている人物のように見える。

 

佐藤は首を傾げた。

 

「少し硬いかも」

 

「申し訳ありません」

 

「謝らなくていいよ。怖いけど、逃げないようにしている感じ」

 

「怖いと感じながら、前へ進むのですね」

 

「そう」

 

七瀬は役の気持ちを考えた。

 

自分より強い敵がいる。

 

仲間たちも不安を抱えている。

 

それでも、自分が下がれば全員の士気が落ちる。

 

だから、怖くないふりをして前を見る。

 

七瀬は小さく息を吸い、表情を作り直した。

 

口元は固いままだが、目には僅かな迷いがある。

 

それでも視線は逸らさない。

 

「良いよ!」

 

佐藤が声を上げた。

 

「そのまま動かないで!」

 

七瀬は撮影される間、真剣に姿勢を保った。

 

「もう少し顎を下げて。そう。右手は少しだけ緩めて」

 

佐藤の指示は細かい。

 

七瀬は従ったが、頬は次第に赤くなっていた。

 

「皆さん、本当にこの写真を外部へ出されないのですよね?」

 

「出さないって」

 

軽井沢が答える。

 

「漫画にする時は顔も別人になるから」

 

「それならば耐えます」

 

「耐えるって言わないでよ」

 

松下が笑った。

 

一人ずつの撮影が終わると、佐藤は四人を並べ直した。

 

ここからが本来の目的だった。

 

一之瀬が中央で明るく前を向き、佐倉はその隣で静かに仲間を見守る。

 

長谷部は少し後ろで、恥ずかしさと不安を隠すように腕を組む。

 

七瀬は半歩前へ出て、緊張しながらも進む意思を示す。

 

佐藤は何度も位置を調整した。

 

「一之瀬さんと佐倉さんの間を、もう少し狭くして」

 

二人が近づく。

 

「長谷部さんは、少しだけ一之瀬さんの方へ顔を向けて。

完全には見ないで、気にしてることが分かるくらい」

 

「細かすぎない?」

 

「その細かさが必要なの!」

 

「はいはい」

 

長谷部は言われた通りに動いた。

 

「七瀬さんは、一之瀬さんより少し前。でも、完全に一人で出ないで」

 

「この位置でしょうか」

 

「もう10センチ後ろ」

 

七瀬が移動する。

 

軽井沢と松下は、四人の衣装を整えながら位置を確認した。

 

軽井沢が一之瀬のリボンを直し、松下が七瀬のスカートの裾を整える。

 

佐倉は、自分の立ち位置を確認しながら、長谷部へ小さく声をかけた。

 

「波瑠加ちゃん、腕を少し下げた方が、顔が隠れないと思う」

 

「分かった。愛里、急に頼もしくなったね」

 

「そ、そんなことないよ」

 

佐倉は否定したが、撮影が続くうちに、過去の経験が自然と表へ出ていた。

 

四人全体の姿を見て、自分の位置を調整する。

 

隣の人物と高さが重なれば、少し体を傾ける。

 

衣装の飾りが隠れれば、腕を僅かに移動する。

 

それらはすべて、他の者から見れば、佐倉が持つ意外なセンスにしか見えなかった。

 

佐藤にとっては、理想的なモデルだった。

 

「良い!すごく良いよ!」

 

撮影する声が次第に大きくなる。

 

「そのまま!一之瀬さん、もう少し笑って!佐倉さんは今の視線を維持!

長谷部さん、顔を逸らしすぎないで!七瀬さん、右手を少し前へ!」

 

「佐藤さん、完全に別人だね」

 

松下が小声で言う。

 

軽井沢も笑った。

 

「漫画描いてる時だけ、めちゃくちゃ強いよね」

 

「聞こえてるよ!」

 

佐藤は端末から顔を上げずに答えた。

 

四人は何度もポーズを変えた。

 

正面へ立つ場面。

 

互いに背中を預ける場面。

 

一之瀬が手を差し出し、佐倉がその手を取ろうとする場面。

 

長谷部が不満そうに二人を見ながら、実は心配している場面。

 

七瀬が先頭へ出て、後ろの仲間を守ろうとする場面。

 

最初は恥ずかしがっていた一之瀬も、次第に人物の気持ちを考え、

自分から表情や動きを提案するようになった。

 

「この場面、戦いが終わった後なんだよね?」

 

一之瀬が尋ねる。

 

「うん」

 

「それなら、完全な笑顔より、少し疲れている感じを入れた方がいいかも」

 

佐藤はすぐに頷いた。

 

「やってみて」

 

一之瀬は肩を少し下げ、息を吐くような表情を作った。

 

それでも仲間を見る目には温かさがある。

 

「良い!」

 

佐藤は興奮して何枚も撮影した。

 

佐倉も、撮影されることへの抵抗が少しずつ薄れていた。

 

過去の仕事では、求められた表情を作ることが中心だった。

 

今は違う。

 

佐藤が描こうとしている物語を理解し、その人物の気持ちを形にする。

 

自分の経験が、誰かの創作を支えている。

 

そう考えると、以前より自然に動くことができた。

 

一方で、長谷部と七瀬の緊張は、最後まで完全には消えなかった。

 

長谷部はポーズを取るたびに、

 

「これ、本当に必要?」

 

と確認した。

 

七瀬は、

 

「あと何種類ほど残っていますか?」

 

と真面目に終了時刻を尋ねた。

 

それでも二人は途中で投げ出さず、佐藤の指示へ最後まで付き合った。

 

撮影が一段落した頃には、全員が疲れていた。

 

佐藤は集めた写真を確認し、ようやく満足そうに頷いた。

 

「これなら描ける」

 

長谷部はその場へ座り込んだ。

 

「長かった……」

 

七瀬も静かに息を吐く。

 

「創作活動には、これほど多くの資料が必要なのですね」

 

「佐藤さんの場合、こだわりが強いからだと思う」

 

松下が答えた。

 

軽井沢は四人へ飲み物を配った。

 

「でも助かった。本当にありがとう」

 

「完成したら見せてね」

 

一之瀬は笑顔で言った。

 

「自分がモデルになった場面が、どうなるのか気になるから」

 

佐倉も小さく頷いた。

 

「私も、少し楽しみかも」

 

「愛里まで完全に乗ってる」

 

長谷部は信じられないように友人を見た。

 

「波瑠加ちゃんも、途中から良い表情してたよ」

 

「恥ずかしさが顔に出てただけだって」

 

「その方が役には合ってた」

 

佐藤は資料を確認しながら答えた。

 

「褒め方が嬉しくない」

 

七瀬は衣装の袖を見つめた。

 

「私は、できれば写真が残っていること自体を忘れたいです」

 

「外へは出さないから安心して」

 

佐藤は繰り返し約束した。

 

その時、部屋の扉が叩かれた。

 

軽井沢が扉を開けると、櫛田桔梗が大きな袋を持って立っていた。

 

「みんな、お疲れさま」

 

櫛田は笑顔で部屋へ入った。

 

袋の中には、一人分ずつ包まれたおにぎりと、保温容器へ入った豚汁がある。

 

「作業が長くなるって聞いたから、差し入れを持ってきたよ」

 

「櫛田さん、神!」

 

軽井沢が声を上げた。

 

「ちょうどお腹空いてた」

 

松下も嬉しそうに袋を受け取る。

 

佐藤は写真と原稿を机の端へ寄せた。

 

「ありがとう。本当に助かる」

 

櫛田は部屋の中を見渡し、衣装姿の四人へ気づいた。

 

「すごい。みんな可愛いね」

 

長谷部は顔を逸らした。

 

「見ないで」

 

七瀬も恥ずかしそうに姿勢を正す。

 

「これは、あくまで創作資料のためです」

 

「分かってるよ」

 

櫛田は楽しそうに笑った。

 

一之瀬は櫛田へ手を振る。

 

「佐藤さんたちが漫画を作ってるんだって」

 

「見てもいい?」

 

佐藤は少し迷った後、完成しているページだけを櫛田へ渡した。

 

「まだ途中だから、変なところがあっても言わないでね」

 

「ちゃんと読むよ」

 

櫛田は椅子へ座り、数ページの漫画を読み始めた。

 

最初は笑顔だったが、読み進めるうちに表情が真剣になる。

 

登場人物たちの会話。

 

互いに誤解しながらも、最後には本音を伝え合う場面。

 

可愛らしい絵柄の中に、佐藤たちが話し合ってきた物語が込められている。

 

最後まで読み終えると、櫛田は顔を上げた。

 

「これ、すごく良いと思う」

 

佐藤は少し驚いた。

 

「本当?」

 

「うん。キャラクターも可愛いけど、ちゃんとそれぞれの悩みが違うし、

最後にみんなが一緒に立つ場面も楽しみ」

 

「そこを今から描くの」

 

佐藤は嬉しそうに答えた。

 

櫛田は原稿と、衣装を着た四人を見比べた。

 

「完成したら、私が配信で宣伝しようか?」

 

部屋の空気が一瞬止まった。

 

軽井沢はすぐに反応した。

 

「それ最高じゃん!」

 

松下も頷く。

 

「櫛田さんの配信なら、多くの人に知ってもらえそう」

 

佐藤は喜びながらも、同時に不安そうだった。

 

「待って。宣伝するなら、全部完成してから読んでもらって、直すところを確認してからにして」

 

「もちろんだよ」

 

櫛田は笑顔で答えた。

 

「作品名と表紙を紹介して、どういうところが面白いか話すね。

作った人の名前は、出していい範囲だけにするから」

 

星宮こはるとして活動していることは、本来なら限られた生徒しか知らない秘密だった。

 

しかし、同じ趣味を持つ仲間たちと関わるうち、

その正体は少しずつ一部の生徒へ知られ始めていた。

 

全校生徒へ公表されたわけではない。

 

それでも、この場にいる多くの者は、

櫛田が校内で人気を集めるVTuberであることを理解している。

 

軽井沢は以前から知っていた。

 

松下と佐藤も、創作の宣伝方法を相談する中で知らされた。

 

一之瀬と佐倉も、櫛田が配信で使う声や話し方から、薄々気づいていた。

 

長谷部と七瀬だけは、詳しい事情を聞いていなかった。

 

「配信?」

 

長谷部がゆっくり櫛田を見る。

 

「櫛田さんが宣伝するって、普通の個人配信じゃないよね?」

 

櫛田は少しだけ困ったように笑った。

 

「その辺は、あとで説明するね」

 

七瀬はさらに警戒を強めた。

 

「配信で紹介されますと、かなり多くの生徒が作品を見る可能性があるのでしょうか」

 

「そうなるかも」

 

「その漫画には、先ほどの写真を参考にした人物が登場するのですよね?」

 

「顔はそのまま使わないよ」

 

佐藤が説明した。

 

「でも、ポーズは少し似るかも」

 

長谷部と七瀬の表情が同時に固まった。

 

一之瀬は前向きだった。

 

「たくさんの人に読んでもらえたら嬉しいね」

 

佐倉も、少し恥ずかしそうではあるが、作品が評価されること自体は喜んでいた。

 

「佐藤さんたち、ずっと頑張ってたから」

 

軽井沢と松下も宣伝に賛成している。

 

佐藤は、作者として原稿の完成度を気にし始めていた。

 

「待って。配信で紹介されるなら、

背景ももっと描き込んだ方がいいかも。台詞も一度全部見直したい」

 

「締切まで時間ある?」

 

松下が尋ねる。

 

「ないけど、やる」

 

佐藤の目へ再び創作者の熱が宿った。

 

櫛田はおにぎりを配りながら、楽しそうに言う。

 

「完成したら、配信でしっかり宣伝してあげるからね」

 

その言葉を聞き、長谷部と七瀬が同時に小さな悲鳴を上げた。

 

「本当に宣伝するの……?」

 

「私の姿勢が、全校生徒に見られる可能性があるのですか……?」

 

「漫画だから、そのままじゃないって」

 

軽井沢が笑う。

 

「分かっていても恥ずかしいんだけど!」

 

長谷部は頭を抱えた。

 

七瀬も真面目な表情のまま、頬を赤くしている。

 

「次回からは、協力する前に用途と公開範囲を詳細に確認いたします」

 

「次回も来てくれるんだ」

 

一之瀬が笑顔で言った。

 

七瀬は言葉を止めた。

 

長谷部も佐倉を見た。

 

佐倉は少しだけ期待するような表情をしている。

 

「愛里、またやりたいの?」

 

「みんなと一緒なら、少しだけ」

 

長谷部は大きくため息をついた。

 

「次は最初から全部説明してよね」

 

その返答を聞き、佐藤は満足そうに頷いた。

 

どうやら、次回のモデルまで確保できたと判断したらしい。

 

部屋には豚汁の温かな香りが広がり、全員が作業机の周囲へ集まった。

 

佐藤は食事を取りながらも、撮影した写真を何度も確認している。

 

軽井沢と松下は、完成後の表紙について話し始めた。

 

一之瀬は、自分が演じた人物の表情が漫画でどのように描かれるのか楽しみにしていた。

 

佐倉は多くを語らなかったが、

自分の経験が誰かの作品へ役立ったことへ、静かな満足を感じている。

 

長谷部と七瀬は、配信で宣伝される未来を想像し、最後まで落ち着かなかった。

 

櫛田は全員の反応を楽しみながら、宣伝用の言葉を考え始めている。

 

一冊の同人漫画は、まだ完成していない。

 

背景は途中であり、台詞の修正も残っている。

 

表紙も決まっておらず、印刷方法もこれから調べなければならない。

 

それでも、佐藤が最初にノートへ描いた数ページの漫画は、

今では多くの仲間を巻き込み、一つの本へ近づいていた。

 

物語を考える者。

 

絵を描く者。

 

台詞を整える者。

 

ポーズを取る者。

 

衣装を直す者。

 

差し入れを持ってくる者。

 

完成後に魅力を伝える者。

 

作品は、一人の力だけで作られるとは限らない。

 

誰かの小さな興味が、別の誰かの得意なことと結びつき、

予想もしなかった形へ成長することがある。

 

その夜、佐藤は差し入れを食べ終えると、再び机へ向かった。

 

撮影した四人の写真を横へ並べ、鉛筆を握る。

 

一之瀬の明るさ。

 

佐倉の静かな優しさ。

 

長谷部の強がり。

 

七瀬の真面目な決意。

 

四人それぞれの違いを確認しながら、紙の上へ線を引いていく。

 

今度は、手が止まらなかった。

 

四人の少女が、同じ方向を見ながら並び立つ。

 

全員が違う表情をしている。

 

それでも、同じ目的のために前へ進もうとしている。

 

佐藤が描きたかった一枚が、少しずつ形になっていった。

 

背後では、櫛田が宣伝方法について話し続けている。

 

そのたびに、長谷部と七瀬の小さな悲鳴が部屋へ響いた。

 

佐藤は笑いながら、それでも鉛筆を止めなかった。

 

締切までは、あと六日。

 

少女たちの創作活動は、まだまだ始まったばかりだった。

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