魔法 : 【選択肢】 作:ゴリラの右地区美
初とーこーです。
パチッ、パチッ、と聞き慣れた音が監房に響く。
昔から妙に爪が伸びるのが早かったナァー、と他人事のように俯瞰する。アレだ、母さんと父さんが死んだ日からだっけ?或いは魔法が使えるようになった日から。
医務室に何個も爪切りがあって良かったネ。沢山あるから、メルルにも持ってきてあげたけど一回も使ってないっぽい。
………あー、ふと死にたくなって【選択肢】を発動させた。
「………お厳しいナー、世界は」
仕方なく、生きる事にした。いや、今にして思えば別に死にたくはないカナ。なんだろナー、よくわからんナー。
生きるとか死ぬとか、死生観があやふや。別に死んでもいいし、生きてもいい。死ぬならしゃーない、って思える。所詮、人間未満の人生。俯瞰して見下ろすだけのほのぼの獄中暮らし。
ゲームの中では何百回も死んだしレベルを上げたら死ななくなった。そー言ったら、みんなは揃って同じことを言うんだ。
【ゲームの話でしょ?】って……ゲームとこの世界、何が違うのか。分からない。わからなくなった、両親が死んで、俺だけは死ねなくて、現実が崩壊して。
ゲームは好きだ。世界観が決まっていて、ハッピーエンドの先は何も無くて、嫌な場面ではソフトを抜いて投げ出せるから。
「んー、でもなぁー」
微睡む意識を自覚しながら、ポンチョの内に隠していたサバイバルナイフを自分の首にあてがってみる。身に持っていたから、ほんのりと温かい鉄が薄皮をなぞる。惰性に任せてまた【選択肢】を発動した。
「………さーて、今日も一日ガンバロー」
多分、明日も明後日も、生きてたら同じことをする。
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「あら…こんにちは、カエデくん」
「おー、ご機嫌よー。マーゴ、怪我はダイジョーブ?」
「ええ、お陰様でね」
昼の自由時間中、図書室に行くとマーゴがいつもの定位置で本を読んでいた。もっとも、ここの字なんて誰にも読めないので解読中らしいケド。
「あなたは?」
「治ったヨ。毎日寝る前にメルルが【魔法】使ってくれてたし、そもそも俺も痛みとかあんまり感じないし」
「………そう。味覚だけじゃなくて、痛覚…なのね」
「あれ?味のこと、マーゴに言ってたっけ?」
「ココちゃんが言ってたわ。本人は失言したって反省してたから、責めないであげてね」
「うんにゃ、公表されて困ることならココにも言ってないよ。ココには性癖から血液型、過去とかトラウマまで知られてるケド」
「そ、そう……」
この世界の俺は何も言ってないんやけどネ〜。何なら、【魔法】の強化…?的な事まで知られてるし。あ、やべ。後でココに【魔法】について口止めしないとナ。
前回は多分、【魔法】が原因で目立ちすぎたり、脱出する為に頼られ過ぎたりで殺された節があるからネ。
マーゴの向かい側斜めに座り、昨日シェリーが読んでた本を開く。内容は相変わらず分からないケド、挿絵はだいぶ分かりやすい。サバトを除いても、【魔法】についても記されてる。
少女……魔女が、星空を飛んでたり。デカイ岩を持ってたり、火や氷を操ったり、変身したり。
思えば、俺たちが【魔女候補】と呼ばれてるのも【魔女因子】のせいだ。そんで、【魔女候補】と本来の【魔女】は別モノで、なのに【魔法】は使える。なら【大魔女】は複数の【魔法】を使えんのかな。
【魔女候補】は【なれはて】になる。そして【魔法】は使えなくなる………やっぱ悪意あるよなぁ。明らかに本来の魔女……【大魔女】が人類に対して及ぼした、悪意。まるで病気だ。不幸だ。災害だ。
さぁて、大魔女様は何を望むのか。このまま進めば、緩やかな衰退ダネ。ココが言ってた、人類が生み出した魔女殺しの薬もあるし全滅はしなそうやけど。
或いは、案外人類はあっさりと【魔女因子】という名の病原菌に対するワクチンを完成させるのかもしれない。
「聞いても良いかしら?」
「カノジョはいないよ?」
「でしょうね。そうじゃなくて……カエデくんは、自身を大切に思ってる?」
「急じゃん?」
「心理テストみたいなものよ。ふふっ、こう見えて占いは得意なの。人の心理にも多少は詳しいから、自分の知らなかった自分自身が見えてくるかも……なんて、ね」
「うへ」
ああ、嘘つきが"真実"を騙ってる目だ。いかにも、私はアナタの内心を見透かしてますよ〜、って言いたげに爛々と妖しい瞳。
嘘と真実を織り交ぜて、真実だけを表に出して装う。こーゆーの、俺には出来ないから羨ましいネ。
多分本音としては、一人だけ男で【魔法】すら隠してるヤツの情報収集ってカンジだろーネ。ココが俺の情報をこぼしたのも、マーゴの話術かも。
「まー、聞かれたからには答えるけどサ。何だっけ、自分自身を大切に思ってるか、だっけ?大切に…大切に………大切、つまり自己保身に走れるか。己を害する要素に対応出来るか……む、む、む…あれ?あんま大切にしてない……カナ?」
「変わった導き出し方ね」
「仕方ないじゃん。そーゆー
「……………」
橘シェリーが
……マーゴの瞳から妖しい光が消え、胡乱なモノへと変わる。いつもそうだった。聞かれて、答えたら相手がこうなる。
嘘をついたら責めるクセに本質を語ったら化け物を見るような目を向ける。別に傷付いたりとか、悲しかったりはしない。ただ……宝生マーゴというニンゲンが、魔女候補でありながら普通の人間であると理解出来てしまっただけ。
「あなた、どうして私を庇ったの?」
「看守に襲われたときのコト?別に
「……分からないわ。打算もないのに、思惑もないのに、気まぐれで人を助ける?しかも善行じゃないのね。他人の為でも自分の為でもないとしたら……怖いわ、アナタ。まるで人間じゃないみたい」
「極端な心理テストだなぁ。ほら、ゲームであるやん。考えるよりも先にカラダがウゴイター…的なやつ。つまり思考が伴わないのは、存外普通のコトかもよ」
「意図して作られた物語に等しい【心】が蔓延るなら、そうかもしれないわ………可哀想に、あなたは――」
――何も愛せないのね、と……。
消えるくらい小さく、マーゴは呟いてから図書室を後にした。不思議と、その声には落胆と同時に安堵や愛おしさすら孕んでいるようにも思えた。
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解読にも飽きたので同フロアの娯楽室に行くと、ミリアとアンアンが二人で映画を観ていた。映写機からスクリーンに映る映画は映像も画風も古く、牢屋敷の設備の時代を物語る。
「ちゃっす。なに見てるの?」
声を掛けるが、アンアンからは面倒臭そうな目を向けられ、ミリアは酷く曖昧な、苦笑いとも同情とも取れる微妙な薄笑いを向けられる。
「えっとね…備え付けの映画だよ。今の子には馴染みないかもだけど、おじさんはこういうの好きなんだよね」
《わがはいの邪魔をするな》
スケッチブックに書かれた拒絶。前回殺された件もあるし、アンアンには嫌われているのカモ。わからんケド。誰もがヒロのように事情があるワケでもなし、シェリーやエマみたいに平然と受け入れられるコトもない。
一方のミリアは、人間関係の拗れに思うところでもあるのか。或いは独りぼっちの男である俺に同情してくれてるのか。あまり話した事はないが、敢えて遠ざけようとはしてなさそう。タブン。
だから、俺も相応に振る舞う。カラカラ、と…シェリーと同じ笑い方。伽藍堂で形ばかりがニンゲンを象ったソレ。
「たはは。怒らんといてよ、アンアンはん。アンアンはんって言いづらいナ……略してアンはんで良い?」
「【出ていけ】…ッ!」
「いやでーす」
「なッ!?」
出会い頭に【洗脳】の【魔法】をぶつけてくるって、牢屋敷の風紀はどうなってんの。最初からそんなんないじゃんね、ガハハ。と笑ってみるけど、やべぇ奴みたいに見られる。
や、アンアンの魔法ってあんまり強制力はないみたいなんよね。前回殺されたときは【魔女化】で【洗脳】が強化されていたから逆らえなかったケド、普段の魔法なら軽く聞き流せるっぽい。
この魔法の根本って、精神を操ることで。現状では納得、共感、或いは同情が【洗脳】のトリガーだ。この程度なら、【選択肢】で従うか否かを選べるし、そもそもアンアンに従う理由はない。
「な、仲良くしよう!?」
「だってセンセー、アンアンちゃんが【洗脳】してきマース」
「【黙れ】【口を閉じろ】【部屋から出ていけ】」
「いやでーす」
「……ッ!なん、で……」
「カエデくん、もしかして【魔法】が効かない……ううん、【無効化】する【魔法】だったり…?」
「なにそれかっこいい。多分違うけど」
残念ながら普通に効きますネ。アンアンの魔法が弱いだけです。や、普通の人なら会話する中で相手に感情が伴うし、故にアンアンの魔法は発動するんだろーけど。
人間性の相性が悪い。これ多分シェリーにも効きが悪いし、案外ヒロとかの堅苦しくて融通の効かないタイプでも耐えれそうな気がスル。
「疑うならミリアの【魔法】、使ってみる?」
「え、ええっ!?おじさんの【魔法】ってアレだよ?【入れ替わり】なんだよ?カエデくんの体で悪いこととかしちゃうかもだよ?」
「するの?」
「し、しないけど……」
全員の【魔法】について、ヒロが作ったトークグループで共有されている。だから前回は知らなかった情報も早い段階で知れたし、みんなが知らないのはエマとヒロ、俺の【魔法】くらいだ。
当然、ミリアの魔法と発動条件についてもある程度は周知されている。条件は身体接触と、相手の了承。
手を差し出すと、ミリアも遠慮がちにコチラの手を握る。入れ替わりなんて普通に生きていれば経験のないコト。静かに待って、瞬きをした刹那――
「――お?」
「わ、無効化されな………えっ」
目の前に俺がいる。相変わらず光を通さない瞳、ヘアゴムで結んだ灰色の長髪………へぇ、中身がミリアのせいか、鏡では見たことの無い表情だ。
困惑とか、何かを耐えるような……わぁ、俺の表情筋ってこーゆー風にも動くんだナー。普段からある程度は表情を作ってるから、鈍くはないと思うけどね。
――で、ここからが実験だ。
【選択肢】を発動させる。
はい、じゃけん身体を返しますねー。もー、【選択肢】くんは急に地雷を投げてくるんだから。
「ミリア、戻れる?」
「……うん」
さっきと同じ流れで、手を握ってから視界が変わり……元の身体に戻る。正直、男と女の身体では胸や尻の重心やら筋肉量やらが異なるので落ち着かない。多分歩き方だけでヒロかレイアには入れ替わりがバレる。
…………さて。
――実は、俺はミリアを少し疑ってた。【入れ替わり】の【魔法】、一人称がおじさん、挙動や趣味嗜好。染み付いたそれらが同年代から外れている。
だからミリアの中身がマジのおじさんの可能性も十二分に考えていたケド……
もし身体に【魔法】が在るのなら、俺は【入れ替わり】を使えたし【選択肢】は使えなかった。でも実際は、俺は【選択肢】しか使えなかったし【入れ替わり】で身体を元に戻したのはミリア自身だ。
……【魔女因子】をウイルスみたいなモノで、いつかは【薬】で予防可能な流行病くらいに思ってたけど……こりゃあ治らんわ。たっはー、未来は暗いぜよ。
「………………」
「……ん?ミリア、どしたん?」
「カエデくん、服脱いで」
「え、急じゃん?アンアンが見てる前でえっちなのはダメだよ思うの。だからアンアン、ちょっと出てって?」
「【死ね】【お前が出ていけ】」
「いやでーす」
「その言い方、やめろ……ッ!」
アンアンの前でアンアン(意味深)するのは……ってな下ネタを言ったら真っ先に殺される。下ネタがイケナイコトってのは一般常識だってのは友人談。
「ごめんね、少し動かないで。アンアンちゃんもお願い、カエデくんを押さえて」
「え、ちょっ…ミリア?ミリアさん?」
「……今回だけだ」
アンアンが足にしがみついて、ミリアが肌着ごとポンチョを上に上げてひん剥かれる。貧弱な俺の身体を見て何が楽しいのか。
アンアン程じゃないけど、日焼けもしてない白い肌。切りに行く金もなかったから伸ばされた長髪……まあ、男らしくはないよね。
少しだけ変なのは、腫れ上がる左脇腹、変色した右腕と左の手首。
すこし不格好ダナーっと思っていると、目に見えてミリアとアンアンの顔色が悪くなる。
「……痛く、ないの…?」
「うんにゃ、見た目ほど酷くないヨ」
「…嘘だよ。【入れ替わり】したとき、おじさん物凄く痛かったから……どうして隠してたの?い、一体誰にやられたの…?」
「落ち着け落ち着け。まず服を着させて」
や、別に虐められてるとかはないけどナー。思い当たる節といえば、シェリーと腕相撲してぶっ飛ばされたくらいだ。
確かに腕からは鈍い音が鳴ったし転がった勢いで脇腹をぶつけたケド……どーせ痛みは感じないから放置してたやつだ。あ、右腕は先日の看守事件の名残です。
メルルの【治癒】は局所的だし大怪我には大した効果はないって公言してたから、まあ、こんなモンだろーね。
「………医務室に行け」
「えー、アンアンまで……大袈裟だなぁ。てか顔色悪いよ。医務室に行ったら?」
《お前に言われたくない》
大袈裟というか、過保護と言うか。親だってこの程度ならダイジョーブって言って放置してたし、年頃の女の子って難しいネ。てか人間全般が難しいわ。
この後、意外にも強情なミリアに引き摺られて医務室に連れてかれた。そしてメルルに泣かれた。やっぱむずかしいね、ニンゲンって。
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「おじさんが、守らないと……」