イツキに成り代わったけども。   作:テン吉

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TAKUMI


その子と出会ったのは良かったことだった。
うちには父ちゃんしか居なくて、入園式の時も父ちゃんしかいない俺は変な目で見られた。

だけど、その子はいつのまにか俺のそばに居て。俺にかまってくる。そして知りたくもないクルマの話をしてくるんだ。

おかげで、俺の家にあるクルマは凄いやつだって気付かされたし、それを持っている父ちゃんは凄いって褒められて___不思議と悪い気はしなかった。

俺の父ちゃんの話をすると、ただの豆腐屋なのにその子は、イツキは、澄んだ空みたいな目をキラキラと輝かせて俺を見てくる。

豆腐を崩さずに配達しているお父さんは凄いんだよ、と。

ぐいぐいと来られてその鮮やかさに心臓がキュッとなった俺は少し涙目になっていた。すると撫でられる頭の上の柔らかさ。

自然と涙は消えていて、ずっと撫でていて欲しい気持ちになる。あたたかさが足りない。もっと欲しい。

やっぱり俺は変だ。



2話

 

 

 

 

 

はーい、イツキ、4歳。

今キッドカートスクールに居るの……の……の。

 

何故だ。どうしてだ。

ラリーストの文太さんが何故カートを勧めてくる??

現実逃避をしても無理だった。隣にいる文太さんを見上げると、タバコをふかしながらニヤついた顔でいる。

 

挙句にトドメを刺すかのように「どうした? 金はちゃんと親父さんから貰っているぞ?」と言ってきた始末。

 

ちなみにここに拓海は居ない。何故なら文太さん曰く「その方が面白いから」とのこと。とんだ愉悦ジジイである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは数ヶ月前。

 

私は拓海に案内してもらって、父親と一緒に藤原とうふ店に訪れていた。

おおおお!!!これが藤原とうふ店!!原作通り、電話はあそこにあるし、ショーウィンドウに厚揚げがある!!

と、興奮している私を他所に拓海は若干私を引いた目で見ていた。うちに面白いもんなんてねーよ、とばかりに。

可愛いやつだなあ、拓海よ。グンマー県民が誇る魅力がここにいっぱい詰まっていることに気づかないとは。まあ転生したから気づくんだけどな!!

 

「拓海。その子が例のイツキちゃんか?」

「……うん、そうだよ」

 

私をチラチラと見ながら拓海が恥ずかしそうに俯く。はて? 『例の』とは普段から話をされているのだろうか。拓海から私の話が出るとは思わなかった。なにせこの主人公とイツキの関係は原作で不思議とされているからである。拓海と幼なじみのくせにハチロクの存在は知らなかったとされているからな。今は前世知識ありで知ってますが。

 

それはさておき、こちらも例の文太さんである!

第一印象は面接において大切だ。

私は顔全体の筋肉を動かしてにっこりと微笑んだ。あくまで年相応に見えるべく努力する。

 

「はじめまして!たけうちいつきっていいます!」

「はいよ、イツキちゃんね。俺は藤原文太って言うんだ。よろしくな、イツキちゃん」

「はい!!さっそくなんですが___」

 

ハチロクを見させてもらってもいいですか!?!?

 

そう言うと拓海がジトっとした目を向けてくる。よせやい。拓海の家ときたらハチロクに決まっているじゃないか!!何を今更不審がる必要がある?

拓海のジト目に気づいた文太さんは不思議そうに、キラキラした私とジト目の拓海を交互に見る。そして顎に手を当てて、面白そうなものを見たとばかりにニヤついた。

 

「いいぜ、イツキちゃん。よかったら”音”も楽しむかい?」

「はい!ぜひ!!」

 

私が嬉しそうにすると、相対的に機嫌が悪くなる拓海。そして愉快そうにする文太さん……と私。愉快犯は2人である。分かっていて拓海を弄るのだ。はは!!愉悦なり。

 

「じゃあパパは拓海くんと話してようかな」

「えっ……」

 

うちの父親が拓海と話そうとするが、それに驚く拓海と私。てっきり、拓海も楽しむものだと思っていたが、拓海の不機嫌さに気づいたのだろう。

だけどスマンな、父親よ。

 

「たくみもいっしょがいい!!」

 

私しか友達がいない拓海への魔法の言葉『いっしょがいい』である。私は、拓海の車への関心度を英才教育として植え付けたいのである。どうせ中一から運転するんだ。今からエキゾーストやエンジン音聞かせても変わらないだろう。

 

すると拓海くんは魔法の言葉を聞いて、すぐに晴れやかな顔でニコニコとし始めた。うーーーん可愛い!!!

 

「どうやらイツキちゃんはウチの倅を尻でしけそうだな」

「へ!?!」

「HAHAHA。うちの娘に何を言っているんです文太さん」

 

バチバチっと文太さんとウチの父親とでにこやかな睨み合いが勃発する。

嘘やろ。今から喧嘩とかやめて。

 

八百屋だからって大根出さないで父親よ。それ藤原家に渡すために持ってきたやつやん。大根はソードじゃないから。お願いします。キャベツは盾じゃないからね!!!!!

 

そんなこともあって、ようやく4人でハチロクのエンジン音を聞く。おお……これが壊れる前のエンジン音か。中々に良い音をしている。前世のCDに収録されていたエンジン音よりは若干違うので、やはりエンジンブローを起こす前のエンジンと言える。

絶対エンジンブローの時は文太さんに引っ付いていこう。そう考えながら、私は拓海に感想を求めた。すると「どうでもいい」との一言。

 

「だいじょーぶ。たくみはぜったいクルマにきょうみもつ!!」

「だってよ、拓海。良かったな」

 

それが誰に対しての良かったなのかは分からない。けれど文太さんはエンジンを止めて、私と拓海の頭を撫でた。

 

「あとは拓海と話せばいい。父親は父親同士話しませんかね?」

「それもそうですね。伊月。拓海くんを頼んだぞ」

「はーい!!」

 

文太さんに促されて、拓海の部屋に案内される。

その前に私は文太さんに手紙を出した。

 

ラブレターかあ?と言ってくる文太さんの足を小さい足で蹴りつつ、開けてもらう。すると文太さんの目が見開いた。

 

それもそうだ。文章には私の家の電話番号と、車の運転を教えて欲しいという願いが書き込められているのだから。運転の技術は1日や2日じゃ培えられない……と、文太さんの言葉をまんま利用して書いてあるのである。

 

「こいつぁ、驚いたな……」

「じゃ!わたしは、たくみとはなしてるので!!」

 

顎に手をおいた文太さんを放っておいて、拓海の部屋へと直行する。

 

拓海の部屋は生活感のない寒々しい部屋だった。確か、クリスマスもやったことがない文太さんだもんな……。玩具を買い与えている姿が全然想像つかない。ここはやはり私が与えるべきか。

 

私はポケットに突っ込んでいた赤のラッピングされた袋を拓海に渡す。

 

なにこれ?とばかりに拓海はそのラッピングを開けずに触りまくっていた。

 

「いいから、あけてみて」

「……うん」

 

拓海が開けるとそこには新品のハチロクミニカーが出てきた。ちゃんとAE86、3ドアハッチバックの奴を。しかもドアを開けられるタイプだ。

 

「おれ……クルマすきじゃない」

「でも、これはたくみのクルマだよ」

「?」

 

どういうことだ?とばかりに拓海が首を傾げる。

 

「わたしがすきなもの、たくみにあげたかったから」

「えっ……イツキがすきなもの?」

「うん。すきだよ。はちろくも、たくみも」

 

そう言うと嬉しそうにする拓海。どうやらまだ幼稚園児には好きという単語には赤くならないらしい。高校生になっても拓海に好きって言い続けるつもりだが、それは余談である。

 

「わかった。おれ、これだいじにする」

「うん!!うれしい!」

 

ということでもう片っぽに入っていたパトカーで拓海とミニカーで遊ぶ。タイトルは走り屋をしているハチロクをスピード違反で追いかける警察だ。たまに文太さんが拓海の部屋を覗きに来たら、我々の遊びをなんとも言えない顔で見ていた。愉快犯は私である。

 

 

___________

 

とまぁ、こんな布石があって、文太さんとはコンタクトを取っていた私だったが、ついにその日は訪れた。

 

「イツキちゃん、レースに出てみないか?」と。

 

どうやら私の幼い頃からの車への知識から、可能性を見た文太さんは一度の体験でさらに可能性を見てみたいらしい。そこで教えるかどうかを決めるそうだ。

 

元ラリーストのコネを使ったのか、通常より安く習い事ができるとの事。その代わり、『ナニ』を要求されるかは分からないが。

 

だからここからは本当の私の見せどころになってくる。心の中のイツキは自信なさげだが、イツキ本来の力を最大限に出せるのはこの慢心しない心だ。

 

文太さん、見ててよ。

 

 

 

私が拓海の隣に立つ_____!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジンがかかった瞬間、空気が震えた。

 私はヘルメットの中で息を止める。音が__先日聞かせてもらったハチロクやウチのオートマと全然違う。

 ミニカーでも、ハチロクでもない。本物の「カート」の音だ。

 50ccのヤマハKT100S。レブリミットは10,000rpm。

 大人が笑って構えたそれに、4歳の手が触れた。

 

「……軽いな」

 

 フレームの剛性が低い。ステアリングの切れ角も小さい。

 でも、タイヤはSLタイヤ。ちゃんとした“スリック”だ。

 つまり、ここは遊び場じゃない。ライン取り次第で、全てが決まる場所。

 

 コースマーシャルが手を上げる。

 私はアクセルペダルをそっと踏み込んだ。

 クラッチが無い。だから、回転数を合わせて繋げない。

 エンジン回転が立ち上がるタイミングを「聴く」しかない。

前世の記憶を思い出せ!!

 

 1コーナー。軽いブレーキング。

 ブレーキバランスはリアに寄っている。

 それでも小さな身体でステアリングを切る瞬間、後輪のトラクションが抜ける。

 テールがスライド___だが、すぐにカウンターを当てる。

 「タックイン」じゃない。意図的な“イン荷重”。

 アクセルオフでノーズを入れて、最短距離を通る。

 

 「……速い」

 

 ピットで見ていたインストラクターが呟いた気がした。なーーんて聞こえるはずも無いんですが空耳アワー様々である。口パクを見ただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文太は目の前の伊月の走り込みを見て、おもしれぇ女の子だと思った。最初は手紙で啖呵を切ってきたとはいえ、中身のない手紙だと思い、八百屋との商工会同士の繋がりもあって建前だけ付き合おうと思った。

 

 

 

 だが、目の前の『異様な走り』はなんだ?

 

 

 タイム計測用のセンサーが反応する。

 1周目、子ども用カート平均より3秒速い。

 2周目、ブレーキポイントを手前にズラす。

 アウトインアウトが完璧に近い。

 4歳児の反応じゃない。完全に“走り屋”の理屈だ。

 

 

 最終コーナー。

 ステアを切る。伊月のタイヤはまだ鳴いていない。

 つまり、グリップ限界を超えていない。「まだ、いける」とばかりに伊月はぐんぐんと走り込む。

 ハンドルをほんの数ミリ切り足して、アクセル全開。

 コーナー出口で“スリップアングル”を保ったまま、ストレートへ飛び出す。

 文太の視界の端で、スタッフが驚いた顔をしていた。そしてピットイン。

 

 ヘルメットを外した伊月の頬は、赤く火照っていた。

 

 その様子に文太はふぅ……と感嘆の息を漏らす。

 自分でも理由はわからない。

 でも、胸の奥で何かが鳴っていた。

 

 

 この子は絶対、拓海の____になるぞ、と。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「__止めろ、止めろ」

 

 ピット裏。

 ヘルメットを取った私に、ドカドカと歩いてくる文太さんの声が飛んだ。

 いつもの眠たげな調子じゃない。

 目つきが鋭いし、眉間にシワがよっている。ちなみにトレードマークの煙草は場内禁煙なので姿はない。

 

「お前、走れてるつもりか?」

「え……?」

 

 たった一言で、空気が凍る。

 さっきまでニコニコしてたインストラクターのお兄さんが何か言いかけたが、文太の眼圧に押されて黙った。分かる。昭和のヤンキーは怖い。

 もしや私……魅せるつもりが、やらかした?

 

「アクセルの踏み方がめちゃくちゃだ。

 スロットルワークが雑で、タイヤが鳴かねぇのを“上手い”と思ってる。

 ブレーキも浅い。進入で前荷重作れてねぇ。

 つまり、スピードを“殺してる”走りだ」

 

 自分では全く気づいてなかった事実に唇を噛む。

 

「おまけにステアリング。切り足しが多すぎる。

 お前は公道も走りたいんだっけか? 舵角で誤魔化す奴は、峠に出た瞬間に壁に刺さるぞ。

 レコードライン? あれは散歩コースか? 無駄に綺麗に回りすぎなんだよ。

 攻める気がねぇ。いや、攻め方を知らねぇ」

 

 文太は溜息を吐き出した。

 情けなさで段々と文太さんを見ていられなくなって、文太さんの足元に視線が移動する。

 

「一番タチが悪いのはな、速いつもりで走ってる奴だ。 お前、今のままじゃ“遅い”んじゃねぇ、“危ねぇ”んだよ。 走りの理屈ばっか頭で回して、体がついてきてねぇ。

 そんなのは走りじゃねぇ、“模倣”だ」

 

 私の肩が小さく震えた。言われてみれば確かに模倣だった。だって前世は『頭文字Dの真似事』しかしてなかったのだから。アーケードで峠を選択して、示されたラインをなぞるだけ。たまにサーキット走行しては横をぶつけるばかり。いやぶつけたのは1回だけだけども!!それでも危険な模倣ばかりしてたのは認めざるを得ない。

 それを見ても、文太の口調は緩まない。

 

「もし本気で速くなりてぇなら、

 まずは自分の限界を“知る”とこからだ。

 ライン取りも、ブレーキも、全部やり直せ。

 4歳だからなんて言い訳は要らねぇ。

 走るってのは、年齢関係ねぇからな」

 

 最後に頭にポンと手が乗っかってきた。

 文太はぼそりと付け加えた。

 

「……まあ、まだマシな方だ。お前呼びして悪かったな、イツキちゃん」

 

 そこまで言われると、ポタリ、ポタリとアスファルトに染みが出来る。私は慌てて袖で涙を拭って、文太さんを睨みつけた。

 泣くことは想定していても、まさか涙目で睨みつけてくるとは思わなかったのか、文太さんがギョッとした顔で見てくる。

 

 「あー、その、悪かっt」

 「もっと!!!!おしえてください!!!!」

 

 文太さんの謝罪なんていらない。

 全部自分の甘さだし、天才の拓海に追いつくならこの程度なんて甘っちょろいものだ。

 ええい!!今に見てろ!!藤原家!!

 

 「わたしは!!たくみのとなりに!!たつ!」

 

 

 

 

 

 

 

 「…………イツキちゃん、拓海はまだ乗れねぇぜ」

 「そーだった」

 

 心の内で(中学生になったら拓海に運転させることバレてたのか?)と冷や汗をかく文太さんには気づかないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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