「__止めろ、止めろ」
ピット裏。
ヘルメットを取った私に、ドカドカと歩いてくる文太さんの声が飛んだ。
いつもの眠たげな調子じゃない。
目つきが鋭いし、眉間にシワがよっている。ちなみにトレードマークの煙草は場内禁煙なので姿はない。
「お前、走れてるつもりか?」
「え……?」
たった一言で、空気が凍る。
さっきまでニコニコしてたインストラクターのお兄さんが何か言いかけたが、文太の眼圧に押されて黙った。分かる。昭和のヤンキーは怖い。
もしや私……魅せるつもりが、やらかした?
「アクセルの踏み方がめちゃくちゃだ。
スロットルワークが雑で、タイヤが鳴かねぇのを“上手い”と思ってる。
ブレーキも浅い。進入で前荷重作れてねぇ。
つまり、スピードを“殺してる”走りだ」
自分では全く気づいてなかった事実に唇を噛む。
「おまけにステアリング。切り足しが多すぎる。
お前は公道も走りたいんだっけか? 舵角で誤魔化す奴は、峠に出た瞬間に壁に刺さるぞ。
レコードライン? あれは散歩コースか? 無駄に綺麗に回りすぎなんだよ。
攻める気がねぇ。いや、攻め方を知らねぇ」
文太は溜息を吐き出した。
情けなさで段々と文太さんを見ていられなくなって、文太さんの足元に視線が移動する。
「一番タチが悪いのはな、速いつもりで走ってる奴だ。 お前、今のままじゃ“遅い”んじゃねぇ、“危ねぇ”んだよ。 走りの理屈ばっか頭で回して、体がついてきてねぇ。
そんなのは走りじゃねぇ、“模倣”だ」
私の肩が小さく震えた。言われてみれば確かに模倣だった。だって前世は『頭文字Dの真似事』しかしてなかったのだから。アーケードで峠を選択して、示されたラインをなぞるだけ。たまにサーキット走行しては横をぶつけるばかり。いやぶつけたのは1回だけだけども!!それでも危険な模倣ばかりしてたのは認めざるを得ない。
それを見ても、文太の口調は緩まない。
「もし本気で速くなりてぇなら、
まずは自分の限界を“知る”とこからだ。
ライン取りも、ブレーキも、全部やり直せ。
4歳だからなんて言い訳は要らねぇ。
走るってのは、年齢関係ねぇからな」
最後に頭にポンと手が乗っかってきた。
文太はぼそりと付け加えた。
「……まあ、まだマシな方だ。お前呼びして悪かったな、イツキちゃん」
そこまで言われると、ポタリ、ポタリとアスファルトに染みが出来る。私は慌てて袖で涙を拭って、文太さんを睨みつけた。
泣くことは想定していても、まさか涙目で睨みつけてくるとは思わなかったのか、文太さんがギョッとした顔で見てくる。
「あー、その、悪かっt」
「もっと!!!!おしえてください!!!!」
文太さんの謝罪なんていらない。
全部自分の甘さだし、天才の拓海に追いつくならこの程度なんて甘っちょろいものだ。
ええい!!今に見てろ!!藤原家!!
「わたしは!!たくみのとなりに!!たつ!」
「…………イツキちゃん、拓海はまだ乗れねぇぜ」
「そーだった」
心の内で(中学生になったら拓海に運転させることバレてたのか?)と冷や汗をかく文太さんには気づかないのであった。