夜は秋名の夏祭りがあるのだが、その前に拓海と顔合わせしたい人が居るんだよな。
ヒント。シルビア乗って彼女にフラれて、ロンリードライバーなひと。ついでに髪の毛も失った人。
てってれー! 池谷パイセーンである。
「誰だよ、その池谷パイセンって」
「先輩な?」
「お前が言ったんだろうが……」
ペチンっと軽くデコピンを貰う。最近は叩かれなくなったが、デコピンが増えてきた。私限定とはいえ、女の子に手を出すのは良くないからな???拓海さんよ。
「池谷先輩はね、最近知り合った人なの。近所に住んでて、同じ車好きなんだ〜!」
そして拓海の隣で気を失った唯一のドライバーでもある。原作を思い出して思わずニヤニヤすれば、拓海は地の底を這いずるような低い声で「……へぇ」と呟いた。
えーっと、確かここら辺。
池谷と書かれた表札を見つけて、大声で「池谷パイセーン」と叫ぶ。すると中から池谷先輩の母親が「アンタァ!外でイツキちゃんが呼んでるよ!!」と叫ぶ声が。最後にドタドタと階段を降りる音が聞こえてきて、うん、元気をもらった。賑やかな家庭である。
ドアが勢いよく開くと、そこには若かりし池谷パイセンこと、池谷浩一郎が出てきた。
「こんばんは!!池谷先輩!」
「こんばんは……って、イツキぃ。こんな昼も過ぎたような中途半端な時間に何の用だぁ?」
「そりゃあもう、池谷先輩と話したくて!」
「お前が話すのはいつも未来の女性像だろ」
そりゃもう、未来の真子さん語れるのは池谷先輩しか居ないじゃないっすかあ!! 池谷先輩と話すといつも突っ込んでくれるから楽しい!そして何より愛すべき登場人物!
すると急に右腕を引っ張られて、後ろにいた拓海の胸の中に飛び込む。おっとっと……。
「急にどうしたの?拓海」
「別に」
流石に拓海が分からない話題は避けるべきだったか。3人以上で1人だけ取り残されると嫌な気持ちになるもんな。ごめんな、拓海。
ヨシヨシと頭を撫でると拓海が気持ちよさそうに目を細める。
そんな様子を物珍しげに池谷先輩が見ていた。
「お前……男っぽいから男なんて出来る訳ないって思ってたが違ったようだな」
「池谷先輩、色んな意味で違ってるんで大丈夫ですよ。拓海は親友です」
「明らかに親友の距離じゃないんだよなあ〜」
え〜?そう言われても今更距離置くのも困る。
とりあえず拓海には説明しなければ。
「はい、こちら池谷先輩こと池谷浩一郎さん。近所に住んでてたまに遊んでもらってる。将来は女の子から逃げるタイプ」
「おいこらイツキ。お前また変なこと吹き込むな」
「んで、こちらが藤原拓海。幼稚園からの幼なじみで、藤原とうふ店の一人息子で将来は秋名最速を目指す」
「え?あ……池谷さん、よろしくお願いします」
「おいイツキ。お前また適当なこと言ったろ……。この子戸惑ってるじゃねーか」
嫌だなあ、先輩。拓海はいつもの事ですよ。
それに間違ってはいないし。
「んで、私こと武内伊月は車好きな女の子!池谷先輩と拓海の数少ない友達である」
そう言うと2人とも胸元を抑えて心が痛そうに呻き出した。言っておくけど私は2人と違って他にも友達作っているからな? いつから錯覚していたんだね?
「てことで池谷先輩、今から夏祭り行きませんか?」
「はぁ!? え!? その子……拓海と行かなくていいのかよ?」
「……そうだよイツキ。別に池谷さんが来なくてもいいだろ」
池谷先輩が慌てて言ってくる。拓海は口を尖らせて不満気な顔だ。だが譲れない。
「いやいや。私以外に友達が居ない拓海にはチャンスなんだって。この際池谷先輩と友達になろ?」
そう言うと、拓海はイツキが言うなら……とばかりに渋々頷いてくれた。
「まったく。失礼で、すみません」
「そのままそっくりお返しするぜ、イツキちゃん」
てことで、池谷パイセンもGETした!!
*
一旦家に帰宅して、18時に駅前で集まる約束をする。母親に頼んで家にあった朝顔の浴衣を着させてもらった。黒色だけど青と所々入っている白い線が綺麗で、私もお気に入りの朝顔の浴衣。
時計を見れば17時半を指していて、そろそろ家を出た。
駅前に来ると、池谷先輩はまだ来ておらず、拓海だけが待っていた。
「お待たせ〜!!待った?」
「別に。待ってない」
ほーん? 本当かなあ?
拓海の頬っぺをツンツンする。手をはたかれた。
ま、いいや。さっきから視線合わないんだよね。
しばらくすると、池谷先輩も走ってやってきた。
「おー!馬子にも衣装だな!」
「池谷先輩の車にグリップ走行できなくなる呪い掛けますよ」
「それは絶対にやめてくれ……」
そして私たちは夏祭りへと出かけた。
*
拓海said
約束の18時より、一時間も前。
17時、まだクソ暑くて明るい駅前。
俺は公衆電話の影にある花壇の縁に座って、ぼんやりと待ってた。
早く来た理由なんてねぇ。ただ、家で親父の顔を見てるのがなんとなく嫌だっただけだ。
浴衣を着た女の子たちが通り過ぎるたびに、下駄の音がチャラチャラ鳴る。別に誰が通ろうが関係ないはずなのに、なぜかさっきから落ち着かない。
腕時計を何度も見る。
15分に1回、駅ビルの自動ドアが開いて人が出てくる。
……誰でもいいから、早く来い。
──いや、違う。
あいつが、早く来ればいい。
そう思ってるうちに、一時間なんてあっという間に過ぎていた。
____イツキは、いつもと全然違ってた。
黒っぽい朝顔の柄の浴衣を着ていて、なんだか急に大人っぽく見えて、俺はまともにあいつの顔を見られなくなった。
「……すげぇ可愛い」
「ん? なんか言った? 拓海」
「……いや、別に。なんでもねぇよ」
危ねぇ。声に出てたみたいで、心臓が変な跳ね方をした。
イツキは「待った?」と聞いてきたけど、「今来たところだ」と無愛想に返した。
夕暮れの駅前は、お祭りの独特な匂いと、花火のポスターでいっぱいの自販機、それから遠くで鳴る踏切の音が混ざり合ってた。
イツキは俺の隣にいるのに、さっきからスマホを見たり周りをキョロキョロしたりして、こっちを全然見ない。
なんでだよって言いたくなるけど、それを口にしたら負けな気がして、俺は黙って爪先を見ていた。
なんだか、胸の奥がずっとモヤモヤする。
……こんなカッコ悪い顔、イツキには絶対に見られたくない。
池谷先輩が合流して三人で歩き出した途端、イツキは真っ先に出店の並びへ突っ込んでいった。
浴衣の裾をひらひらさせて、俺と池谷先輩のことなんてお構いなしだ。
「私、先にりんご飴買ってくる!」
そう言って人混みに消えていく後ろ姿は、相変わらずうるさくて、勝手で。
なのに、見えなくなるまで目で追ってしまう自分がいた。
……なんなんだよ、俺。ハチロクに乗ってる時より落ち着かねぇ。
「お前さ」
不意に、池谷先輩が俺の横でぽつりと言った。
「イツキちゃんに、優しくされるの慣れすぎじゃねぇの?」
「……え? 何がですか」
「当たり前みたいな顔してるけどよ。あの子、誰にでもあんな風について回るタイプじゃねーぞ。お前だからだろ」
俺は何も言い返せなかった。
本当に、当たり前だと思ってた。
俺の横にイツキがいるのは普通のことで。
勝手に助手席に乗り込んできて、勝手に喋って、勝手に俺の手を引っ張っていくもんだとばかり思ってた。
「もしかしたら、他の男にすぐ盗られちまうかもな」なんて、池谷先輩はからかうように笑う。
だけど、その言葉を聞いた瞬間、心臓が冷たくなるのが分かった。
イツキは、いつも俺のために動いてた。
それを他の奴に持っていかれるなんて、想像しただけで――。
……なんか、イライラする。
自分の気持ちが、コントロールできないハチロクみたいに振り回されてるのが、すごく嫌だ。
その時、イツキが人混みをかき分けて走って戻ってきた。
両手にりんご飴を三本も持って。少し息を切らして、バカみたいに無邪気に笑って。
俺の顔を見ると、嬉しそうに一本押しつけてきた。
「はい、拓海!」
その一瞬、池谷先輩はなぜか苦笑して、肩をすくめた。
「……イツキちゃん。こいつの分くらい、拓海に払わせろよ。男のプライドってやつがあるだろ」
「えー? だって今日は私が誘ったんだから、拓海にお金使わせたくないもん。拓海は私の『マイベストフレンド』だし!」
「だからお前はよぉ……」
マイベストフレンド、か。
いつもは俺がゲーム代とかジュースやお菓子代を払ってるから、イツキなりに気を使ってるつもりなんだろう。
でも、その「いつもと違う」感じが、なんだか無性に寂しかった。
池谷先輩は、俺の冴えない顔を見て察したのか、ため息をついて俺の背中をポンと叩いた。
「灯籠流しのところ、二人で行ってこいよ。俺は焼きそばでも食って時間潰してるからさ」
「え? なんでですか。池谷先輩も行きましょうよ」
「いいから行けって。……俺がいたら邪魔だろ」
最後の言葉だけ、俺にしか聞こえない声で言った池谷先輩は、いつになく大人びた顔をしていた。
その言い方が、妙に胸に刺さる。
邪魔?
違う。先輩は何も分かってない。
邪魔なんかじゃない。
本当に「邪魔」なのは、イツキを独り占めしたいなんて思ってる、俺のこのみっともない独占欲だ。
イツキは俺の隣にいるのが当たり前だって、ずっと、ずっと思ってたのに。
「なぁ、イツキ」
気がついたら、名前を呼んでいた。
自分の声じゃないみたいに、少し掠れてた。
「俺、あっちの灯籠のところ……行きたい。二人で」
「うん! 行こ!」
イツキが嬉しそうに頷いて、俺の手首を掴んだ。
いつからだろ。
あいつの手は小さくて、少し汗ばんでて。
なのに、絶対に離さないってくらい、ぎゅっと握られてる気がした。
川面に夜店の灯りがゆらゆら映ってる。
イツキとの距離が近くなるたびに、胸の奥が苦しくて、まともに息ができなくなる。
──なんなんだよ、これ。
車のメカニズムのことは少しずつ分かってきたけど、自分の体のことは、何一つ分かんねぇ。
だけど。
こいつを誰にも渡したくないってことだけは、ハチロクのハンドルを握ってる時よりも、ずっとはっきり分かってた。
川沿いに灯籠の明かりがずっと奥まで続いてる。湿った夜の空気と、ソースの匂い。
その人混みの端っこで、俺たちは立ち止まった。手は──イツキが握ったままだ。
「拓海、りんご飴食べる? 一口あげるよ」
「……別に。今はいい」
「そっかぁ」
水面を流れていく灯籠の光を見つめるイツキの横顔。
光の届かない暗いところに、あいつが一人で行っちまいそうな気がして、俺は無意識に繋がってる手に力を入れた。
「ねえ、拓海」
「……なんだよ」
「今日、ちゃんと楽しい?」
「……」
「私は、すっごく楽しいよ」
イツキは答えを急かさない。俺が言葉を見つけるまで、じっと待っててくれる。昔から、あいつのそういうところが一番居心地がよかった。
「……楽しいよ。お前といるの」
俺がボソッと言うと、イツキは嬉しそうに破顔した。
そのときだった。
──ドォンッ!!
お腹の底に響くような爆音がして、夜空が一瞬で真昼みたいに明るくなった。金色の光が、火の粉みたいに降ってくる。
花火だ。
イツキは目を丸くして空を見上げていた。その横顔に、花火の光が綺麗に反射してる。
気づけば、俺は空なんて一瞬も見上げてなくて、ずっとイツキの顔だけを見ていた。
あいつはよく、自分のことを「引き立て役のモブ」なんて言って自虐する。モブって意味はよく分からないけど、そんなことない。俺は、イツキのこの顔が、たぶん世界で一番――。
「拓海……綺麗だね」
「……ああ。そうだな」
本当は、空の花火じゃなくて。
「お前が綺麗だ」って言いかけて、喉の奥に引っ込んだ。恥ずかしくて死にそうだった。
二発目、三発目と、お腹に響く音が続く。俺は、イツキの小さな手を、今度は自分から強く握り返した。
眩しい光の中で、どうしてもあいつから目を逸らすことができなかった。
──あぁ、クソ。俺はもう、ずっと前から_____。
イツキ「急募。花火を見ているのに、なにやら横から熱い視線を送ってくるんだが。相談求む。」