時は晴れやかなり。
卒園式のスーツ姿の文太さんカッコよかったな……と思い馳せ、今の光景に意識を切り替える。
「イツキ!!遅せぇよ」
拓海に怒られながら、入学式の場所を思い出す。
「ごめんて!愛しのダーリン!」
「は!……はぁ!?!?」
例のミキシンボイスは未だ健在せず。まだまだ声変わり前の可愛い〜声でまたもや怒られる。
それを見て微笑む父兄たち。うむ、和やかなり。
ニヤニヤしていると拓海から頭を軽く叩かれた。おい!!痛くないとはいえ、乙女に手を出すとはけしからん!
「なんだかなぁ……昔の俺を思い出すよ」
「エッ。文太さんも照れ屋だったんですか?」
なんてエピソードなんだ……。
上を見上げると卒園式以来のスーツ姿の文太さんが煙草を吸おうとして止まっていた。「禁煙ですよ、ここ」と言うと文太さんは人差し指で顬を掻いた。
「よくそんな言葉を知ってるなあ、イツキちゃん」
「文太さんのおかげです!」
「……はは」
育て方間違えちまったか……とボソッと聞こえたぞ、文太さん。というか私は藤原家ではない。
文太さんとイチャコラしてると、拓海がぶすくれた顔で私の腕を引っ張ってくる。先程まで顔が真っ赤になっていたのに、いつの間にか復活していたようだ。
早く行こうよ、とグイグイ引っ張られて、私たちは体育館の中へと入っていった。
ここで文太さんと、うちの親とは別れることとなる。
体育館後部が親、アリーナ席がキラキラ小学生だ。
アリーナ席と言ってもステージに出てくるのは後頭部を気にした校長のみである。あの後ろ髪におく手の動き……間違いない。奴は後頭部を気にしている。
そのことを拓海に伝えるとまたもやパチンと頭を叩かれた。どうやら私の頭のほうが心配らしい。
新品の上履き、新品の名札、新品のランドセルという小学生版三種の神器を持ったまま、我々は指定されたパイプ椅子に着く。
な行は居なかったのか、武内と藤原は隣同士になった。しかも初っ端から同じクラス。そのことに拓海と私はお互いに顔を合わせてニマニマと笑みを浮かべる。あ、ごめん。笑ってたの私だけだったわ。
校長の話はやはり眠かった。
早朝に藤原とうふ店に行って、文太さんの配達と重なったもんだから、文太さんの代わりに拓海の部屋で拓海の顔をずっと眺めてたのもある。
文太さんには親に内緒で来たことを怒られたが、早朝に来たことは怒られなかった。今度は親に言ってから来ようと思う。拓海の寝顔は幼く、まつ毛がバッサァになってた。幼馴染なのにこうも顔面格差があると悲しくなるもんだぜ。そのあと起きた顔面真っ赤な拓海にビンタされたのは記憶にある。拓海、女に手を出さないんじゃなかったのか。
閑話休題。
めっちゃ眠い。眠すぎる。これ、今なら寝れる。
隣にいた拓海の肩に私の頭を預ける。するとトクトクと心音が聞こえてきた。トクトク……?トトト?段々と早くなっていく心音に不整脈を疑っていると、拓海が手で頭を除けてきた。
「おい。起きろ馬鹿イツキ」
「むり、寝れる」
「寝るな馬鹿」
拓海とイチャイチャしてると、左側の教師陣の1人、女教師が羨ましそうにこちらを見ていた。前世でアニオタで読心術を極めていた私を舐めるでない。なになに?ショタ……ありがとう……。なるほど、あとで仲良くなれそうだ。
校長の話が終わると、次は担任が現れて教室に連れていってくれるそうだ。担任は先程のショタ好き教師だった。にこやかに微笑んでいる。
私たちのクラスは1年1組。35人いて、教室内は発狂やら叫び声やらでいっぱいいっぱいだった。ヤンチャな子供たちだらけである。これを纏めるには、中々に骨が折れそうな仕事である。先生って凄いなあと純粋に思った。
私が拓海の前の席、拓海が後ろの席となった。どちらも真ん中の席なので居眠りは許されない。いや、例え窓側だったとしても許されないのだがハードルが高い。
そんな中、先生が書類を忘れてきたと言う。
先生が居ないから、拓海と話そうかな……と思った時だった。
「お前なんで女なのに黒いランドセルなの?」
ク ラ ス の 男 子 が 現 れ た。
拓海の顔がヤバくなる。何がやばいって、眼光鋭くなって親父顔負けの人を殺せそうな顔である。
その顔にヒェッと目の前の男の子は慄いた。
ふぅ、と深呼吸をする。
拓海の頭を撫でてあげると、拓海の眼光が和らいだ。
「これはね、私の好きなものの色なんだ!」
「好きな物?」
「うん!ハチロクっていう車だよ!」
「車!?お、俺も好きなんだ!!」
「「えっ」」
拓海と私の声が重なる。まさかの同士だった。
目の前の男の子の親の車は、フェアレディZらしい。なにそれ!!ちょーー見たい!!
キャッキャウフフしてると、拓海の機嫌がまたもや堕ちていく。「おいイツキ……」と唸るような低い声で言ってきた。
その声に反論する目の前の男の子。「お前ん家の車はなんなんだよ!!」と怒鳴ってきた。すると拓海はキョトンとした目で「ハ、ハチロクだけど……」と照れた顔で言ってみせた。
すると男の子が「すげぇ奴じゃん!!」と嬉しそうな声で拓海に歩み寄る。
なんじゃこりゃ!!可愛すぎる!!今まで自分の車が良いものだって知らずに今知りました感が半端ない。
そして拓海が可愛い!!私は思わず拓海の頭をまた撫でた。ぐしゃぐしゃにしていると拓海が「やめろよ」と不貞腐れる。
それを見た男の子が「なー、お前らって付き合ってんの?」と言ってきた。
「「付き合ってない」」
ダブルコンボすると、男の子はしょんぼりした。
*
ソレは、伊月が小学一年生になっても、相変わらず続いていた。
朝靄の向こうから響く、50ccらしからぬ爆音。
コーナー出口でキッチリとアクセルを開けるその走りは、もはや「スロットルコントロールが感覚で出来てる」……なんて次元じゃない。
ただのブレーキペダル絶対踏みたくない病のクソガキのそれだった。
ピット脇で腕を組み、渋い顔でその走りを見つめる藤原文太。
しかし、その口元から突き出ているのはタバコではなく、伊月からカツアゲした(もらった)ストロベリー味のペロペロキャンディである。棒が上下にピコピコ動いていて、絶望的に格好がつかない。
「……やっと、見れるようになってきたな(チュパッ)」
白い煙が朝の冷気に溶ける。
6歳の伊月が、ヘルメット越しに「おらあああ!」と言わんばかりの形相でステアを切る。
大人のドライバーのような無駄のないリズム――に見えるのは、単に伊月が限界を通り過ぎてアドレナリンで脳がバグっているからだ。恐怖がないのではない。ネジが外れているだけである。
「ブレーキの抜き方、覚えたな。……あのガキ、センスだけは凶暴だ」
隣に立つインストラクターは、引きつった笑いを浮かべていた。
(文太さん、いい声で褒めてる風ですけど、口元からピンクの球体飛び出してますよ)というツッコミは、命が惜しいので飲み込んだ。
*
キキィィィッ! と派手なスキール音を立ててピットに戻る。
ヘルメットを脱ぐと、前髪が額に張りついていた。汗と笑顔。そして「どうよ!?」と言わんばかりのドヤ顔で文太さんの顔を見る。
その様子に、文太さんも(キャンディを口の端に寄せながら)口角を上げた。
「ど、どうだった?」
「___前よりゃマシだ。
荷重移動がスムーズになって、ステアも“待てる”ようになってる。
……ガキのうちにそれだけ生意気な走りができりゃ、上出来だ」
一拍置いて、ふっと口元が緩んだ。文太の笑顔は相変わらず短いが、確かな合格印。ただし、口から覗くキャンディはすでに小さくなり、完全に噛み砕く5秒前の形をしている。
「でもな」
文太はキャンディを一度口から引き抜き、真剣な目で声を落とした。ピンクの液体が糸を引いている。
「拓海には、まだ言うなよ。
アイツにはもうちょっとしたら、お前の大好きなハチロクに無理やり乗せて豆腐を運ばせる予定だ。アイツは豆腐をこぼすと本気で不貞腐れるめんどくせぇタイプだからな。
“お前がカートで無双してる”って知ったら、あのアホ、自信をなくして引きこもるぞ。だからそうだな……”高校生になるまで”は絶対に隠し通せ」
伊月は目を瞬かせて、悪だくみをするようなニヤニヤ顔になった。
「うん、内緒。拓海お兄ちゃん、すぐいじけるもんね。……文太さんも言っちゃダメだよ?」
「おう。俺の口からは言わねぇ。
けど、ハチロクの助手席にイチゴ味の棒が落ちててバレた時はお前の責任だ。俺のせいにすんなよ」
文太は残ったキャンディをガリッ!! と豪快に噛み砕き、もう一度コースの方へ視線をやった。
霧の切れ間に朝日が差し、アスファルトが金色に光る。
その光の中を、6歳の爆走幼児が再びコースへと飛び出していく。小さなカートが、まるで物理法則を無視するように滑らかに旋回していく。
「……悪くねぇ。
___“拓海より先に”、英才教育の被害者になっちまったかもな」
文太さんの呟きは、完全にストロベリーの香りがする風に溶けて消えた。