心臓は、まだ夢を見ている   作:ディーバイエム

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[第十九章]戻る場所へ続く勝利

十二月の中京は、思っていたより静かだった。

 

冬の空は低く、芝の色も少しだけ眠たげに見える。

けれど、そこに立つタガノデュードの心臓は、静かではなかった。

 

休養明け。

 

朝日セントライト記念の九着から、デュードはしばらくレースを離れていた。

エコロヴァルツが前にいた日。

横にいると思っていた子が、ちゃんと前にいた日。

 

それから、走らない日が続いた。

 

調整。

点検。

組み直し。

 

デュードは、何度も自分のメモを読み返した。

 

走らせない日も、足場。

休む日も、点検。

古吉さんに戻る前に、自分で立てる場所も必要。

 

そう書いた。

 

そして今日、その足場を試す。

 

ヤングジョッキーズシリーズ、ファイナルラウンド中京。

 

デュードの隣に立つのは、室影トレーナーだった。

 

地方所属のトレーナー。

中央の空気に慣れきっているわけではない。

けれど、立ち方が違った。

 

きらびやかではない。

派手な言葉もない。

でも、足元をよく見ている。

 

デュードは、初めて会った時から少し親近感を持っていた。

 

現場の人だ。

 

中央の綺麗な理屈だけではなく、砂も声も近い場所で、毎日その日の条件に対応してきた人の空気があった。

 

「中央の芝、どうですか」

 

デュードが聞くと、室影トレーナーは少し笑った。

 

「思ったより静かですね」

 

「静か?」

 

「地方はもっと、砂も声も近いんで」

 

「声……」

 

「客席も近いし、馬場も近い。いい意味でも悪い意味でも、逃げ場がない感じです」

 

デュードはその言葉を聞いて、少しだけ息を吸った。

 

「逃げ場がない現場ですか」

 

「はい。でも、そういう場所で覚えることもあります」

 

室影トレーナーは、デュードの方を見た。

 

「デュードさんは、足元を見すぎるところがあるって聞きました」

 

「宮田先生ですか」

 

「はい」

 

「余計なことを……」

 

「悪いことではないと思います」

 

室影トレーナーは静かに言った。

 

「ただ、足元を見ながらでも、前には行けます」

 

デュードは少しだけ目を丸くした。

 

古吉トレーナーなら、余計な荷物を下ろせと言う。

美幸トレーナーなら、少し柔らかいままでもいいと言う。

丹頂トレーナーなら、今いる場所で脚を残せと言う。

 

室影トレーナーは、足元を見ながらでも前に行ける、と言った。

 

それは、今のデュードに必要な言葉だった。

 

「今日は、走れますか」

 

室影トレーナーが聞いた。

 

デュードは自分の足元を見た。

 

休んだ。

点検した。

組み直した。

 

怖さはある。

セントライト記念の九着も、前にいたエコロヴァルツの姿も、まだ胸に残っている。

 

けれど、今日は走る日だ。

 

「走れます」

 

デュードは答えた。

 

そして少しだけ言い直す。

 

「今日は、走らせていい日です」

 

室影トレーナーは頷いた。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

ゲートが開いた。

 

中京の芝二千。

 

デュードは出た。

 

久しぶりの実戦の感覚が、足元から上がってくる。

芝を踏む。

息を入れる。

周りの脚音を聞く。

 

室影トレーナーの声が届いた。

 

「急がなくていいです。足元あります」

 

足元はある。

 

デュードは、胸の奥でその言葉を受け取った。

 

休養中、何度も足場を組み直した。

自分の現在地を見直した。

朝日杯の五着も、こぶし賞の四着も、フローラルウォーク賞の三着も、アーリントンカップの十着も、京都新聞杯の七着も、セントライト記念の九着も。

 

全部、なかったことにはしない。

 

でも、全部を担いで走るわけでもない。

 

今日は、今の足元だけを見る。

 

三コーナー。

 

前が動く。

 

デュードは反応する。

焦りすぎない。

下げすぎない。

足元を見ながら、前へ。

 

室影トレーナーの声が重なる。

 

「ここからです」

 

四コーナー。

 

視界が開いた。

 

直線。

 

デュードは脚を使った。

 

前を追う。

一頭ずつ、足場を上がるように追う。

 

派手な脚ではない。

夢みたいな伸びでもない。

でも、今日は途中で足元が崩れない。

 

前が近い。

 

届く。

 

届く。

 

デュードは最後まで踏んだ。

 

ゴール。

 

一番前。

 

タガノデュードは、しばらく息を切らしたまま、前を見ていた。

 

勝った。

 

未勝利以来の勝利。

朝日杯から、春の重賞から、夏の取り消しから、セントライトの九着から、休養を経て。

 

勝った。

 

室影トレーナーが来る。

 

「勝ちました」

 

その声は、少し震えていた。

 

デュードは、ようやく顔を上げる。

 

「勝ちました」

 

「はい」

 

「わたし、勝ちました」

 

「はい」

 

室影トレーナーは笑った。

 

「足元、ありましたね」

 

デュードは、その言葉で胸が熱くなった。

 

「ありました」

 

「前にも行けましたね」

 

「行けました」

 

デュードは、少しだけ目元を押さえた。

 

「古吉さんじゃなくても、勝てました」

 

言ってから、自分で少し驚いた。

 

それは、ずっと怖かったことだった。

 

古吉トレーナーじゃないと駄目なのではないか。

古吉トレーナーじゃないと、余計な荷物を下ろせないのではないか。

古吉トレーナーじゃないと、自分は走れないのではないか。

 

でも、違った。

 

室影トレーナーと勝った。

 

地方所属の、中央の芝を「静か」と言うトレーナーと。

足元を見ながらでも前へ行けると言ってくれたトレーナーと。

 

デュードは勝った。

 

その夜、寮の部屋で、シェイクユアハートはデュードの帰りを待っていた。

 

机の上には、お茶が二つ。

それから、食堂でもらった小さな焼き菓子が二つ。

 

デュードが部屋に入ると、シェイクはぱっと顔を上げた。

 

「デュードさん」

 

「ただいまです」

 

「勝ちましたぁ」

 

「勝ちました」

 

「おかえりなさいですぅ」

 

シェイクは、ほわりと笑った。

 

「足場、上がりましたねぇ」

 

その言葉に、デュードは少しだけ目を細めた。

 

「上がりました」

 

「室影トレーナー、どうでしたかぁ?」

 

「現場の人でした」

 

「ほわ~……」

 

「足元を見ながらでも、前に行けるって言われました」

 

「いい言葉ですぅ」

 

「はい」

 

デュードは机に座り、新しいメモを書いた。

 

ヤングJSFR中京一着。

室影トレーナー。

地方所属。

中央の芝は静か。

足元を見ながらでも前に行ける。

古吉さんじゃなくても、勝てた。

足元はあった。

 

シェイクはその文字を覗き込んだ。

 

「古吉さんじゃなくても、勝てた」

 

「はい」

 

「大事ですかぁ?」

 

「大事です」

 

デュードはペンを置いた。

 

「古吉さんに戻りたい気持ちはあります」

 

「はいぃ」

 

「でも、古吉さんじゃないと走れない、では駄目なんだと思いました」

 

「はいぃ」

 

「室影さんで勝てて、よかったです」

 

シェイクは頷いた。

 

「よかったですぅ」

 

けれど、そのあとデュードは少し黙った。

 

シェイクは気づく。

 

「でも?」

 

「でも」

 

デュードは窓の外を見た。

 

「勝てたのに、古吉さんのところへ戻りたい気持ちは消えませんでした」

 

「……はいぃ」

 

「室影さんはいい人です。今日、勝たせてくれました。すごく大事な勝利です」

 

「はいぃ」

 

「でも、戻りたい場所とは、少し違いました」

 

シェイクは、静かに湯呑みを持った。

 

「勝てる足場と、帰りたい足場は違うんですねぇ」

 

デュードは少し驚いた顔をした。

 

それから、ゆっくり頷いた。

 

「そうです」

 

ペンを取り、もう一行書き足す。

 

勝てる足場と、帰りたい足場は違う。

 

「シェイクさん、また刺しましたね」

 

「ほわ。刺しましたかぁ?」

 

「刺しました」

 

「今日はデュードさんが勝った日なので、シェイク名言も出ましたぁ」

 

「調子に乗ってますね」

 

「乗ってますぅ」

 

二人は少し笑った。

 

その笑いは、久しぶりに軽かった。

 

デュードは勝った。

シェイクは、まだ三勝クラスの沼にいる。

 

それでも、その夜だけは、二人の部屋に少し暖かい空気があった。

 

年が明けた。

 

中京、茶臼山高原特別。

 

デュードの隣には、古吉トレーナーが戻ってきた。

 

久しぶり、というほど長い時間ではない。

それでも、デュードにとっては、戻ってきたという感覚があった。

 

パドックで古吉トレーナーを見た時、デュードは少しだけ息を吐いた。

 

「古吉さんです」

 

「おう」

 

「戻ってきました」

 

「どこからや」

 

「いろいろです」

 

「ざっくりしとるな」

 

「美幸さん、丹頂さん、室影さん。あと、休養と取り消しとセントライトと」

 

「荷物多いな」

 

「多いです」

 

「全部持って走るなよ」

 

その言葉を聞いて、デュードは少し笑った。

 

古吉トレーナーだった。

 

雑で、短くて、でも要る言葉だけを置く。

 

「室影さんで勝ちました」

 

「見た」

 

「古吉さんじゃなくても、勝てました」

 

「ええことや」

 

古吉トレーナーは、特別な顔をしなかった。

 

「俺やないとあかん、なんて面倒なことになるよりええ」

 

「面倒ですか」

 

「面倒やろ」

 

「少し寂しいですか」

 

「何がや」

 

「古吉さんじゃなくても勝てたこと」

 

古吉トレーナーは、デュードをちらりと見た。

 

「勝ったならええやろ」

 

「ほんとに?」

 

「ほんまに」

 

その言葉は、あまりにも古吉トレーナーらしかった。

 

デュードは、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「でも、今日は古吉さんです」

 

「せやな」

 

「今日は、帰ってきた足場です」

 

「足場扱いか」

 

「はい」

 

「崩すなよ」

 

「崩さないようにします」

 

ゲートが開く。

 

茶臼山高原特別。

 

デュードは走った。

 

室影トレーナーとの勝利を持っている。

でも、それに寄りかかりすぎない。

 

古吉トレーナーの声が届く。

 

「焦るな」

 

この声だ。

 

デュードは思った。

 

美幸トレーナーの柔らかい声も、丹頂トレーナーの場所を見る声も、室影トレーナーの足元を確認する声も、全部必要だった。

 

でも、この声は、やはり帰ってきた感じがする。

 

直線。

 

デュードは伸びた。

 

届くか。

届かないか。

 

前を追う。

最後まで踏む。

 

ゴール。

 

二着。

 

勝てなかった。

 

けれど、悪くはない。

古吉トレーナーに戻って、ちゃんと走れた。

 

戻ってきたデュードに、古吉トレーナーは言った。

 

「二着や」

 

「はい」

 

「勝ってへんな」

 

「はい」

 

「でも、戻ってきた感じはあるな」

 

デュードは、少しだけ笑った。

 

「あります」

 

「なら、持って帰れ」

 

「はい」

 

寮に戻ると、シェイクがメモを見た。

 

茶臼山高原特別二着。

古吉トレーナー。

戻ってきた感じはある。

でも勝ってはいない。

 

「戻ってきましたねぇ」

 

「戻ってきました」

 

「でも二着ですぅ」

 

「はい」

 

「二着は、シェイクの領域ですぅ」

 

「いりません、その領域」

 

「返してくださいぃ……」

 

二人は少し笑った。

 

シェイクの机にも、そのころまた数字が増えていた。

 

寿ステークス、二着。

飛鳥ステークス、三着。

 

三勝クラスは、まだ終わらない。

シェイクはずっと、勝てそうで勝てない場所にいた。

 

デュードはそれを横で見ながら、自分もまた次の足場を組んでいた。

 

そして、三月。

 

阪神、淡路特別。

 

デュードは古吉トレーナーと走った。

 

二勝クラス。

 

ここを勝てば、次は三勝クラス。

 

シェイクがずっともがいている場所。

机の上に二着と三着を積み上げている場所。

古吉トレーナーと走っても、秋稔トレーナーと走っても、なかなか抜けられない場所。

 

そこが、目の前に見えていた。

 

「怖いですか」

 

パドックで古吉トレーナーが聞いた。

 

デュードは少し考えた。

 

「怖いです」

 

「せやろな」

 

「でも、行きたいです」

 

「そうか」

 

「シェイクさんがいる場所なので」

 

古吉トレーナーは、少しだけ目を細めた。

 

「シェイクの沼やぞ」

 

「はい」

 

「入りたいんか」

 

「入りたいわけではないです」

 

デュードは苦笑した。

 

「でも、そこまで行かないと、追いつけないので」

 

「誰に」

 

デュードは少し黙った。

 

エコロヴァルツ。

前にいた子。

 

シェイク。

同じ部屋で、ずっと近い負けを積み続けている子。

 

そして、自分自身。

 

「いろいろです」

 

「ざっくりしとるな」

 

「古吉さんがうつりました」

 

「俺のせいにするな」

 

デュードは小さく笑った。

 

「今日は、何を持っていけばいいですか」

 

「室影で勝ったこと」

 

「はい」

 

「茶臼山の二着」

 

「はい」

 

「古吉に戻ってきた感じ」

 

「はい」

 

「三勝クラスへの怖さ」

 

「それもですか」

 

「いるやろ」

 

デュードは息を吐いた。

 

「はい。たぶん、要ります」

 

「ほな、走れ」

 

ゲートが開いた。

 

淡路特別。

 

デュードは出た。

 

流れに乗る。

足元を見る。

前を見る。

 

今までの全部が、脚の奥にある。

 

朝日杯。

こぶし賞。

フローラルウォーク。

アーリントン。

京都新聞杯。

取り消し。

揖斐川。

セントライト。

室影トレーナーとの勝利。

茶臼山の二着。

 

そして、シェイクの机に並ぶ三勝クラスのメモ。

 

そこへ行くために、今日は勝たなければならない。

 

三コーナー。

 

デュードは動いた。

 

四コーナー。

 

前が見える。

 

直線。

 

古吉トレーナーの声が届く。

 

「最後まで」

 

デュードは踏んだ。

 

一頭を追う。

並ぶ。

交わす。

 

まだ終わらない。

後ろから来る気配がある。

前へ出る。

もう一度踏む。

 

ゴール。

 

一番前。

 

デュードは、息を切らしながら、しばらく何も言えなかった。

 

勝った。

 

二勝クラスを勝った。

 

三勝クラスへ上がる。

 

古吉トレーナーが来る。

 

「勝ったな」

 

「勝ちました」

 

「三勝クラスや」

 

その言葉に、デュードの胸が鳴った。

 

三勝クラス。

 

シェイクのいる場所。

 

シェイクがずっと、もがいている場所。

 

デュードは、ついにその入口に立った。

 

「怖いです」

 

デュードは正直に言った。

 

「でも、行きます」

 

古吉トレーナーは頷いた。

 

「せやな」

 

「足場、上がりました」

 

「上がったな」

 

「今度は、わたしが沼に入るんですね」

 

「言い方」

 

「シェイクさんが言ってました」

 

「やろうな」

 

古吉トレーナーは少しだけ笑った。

 

「まあ、入るなら歩け」

 

「はい」

 

「沈むなよ」

 

「努力します」

 

その夜、寮の部屋では、シェイクがそわそわしていた。

 

デュードが帰ってくると、シェイクは立ち上がった。

 

「デュードさん!」

 

「ただいまです」

 

「勝ちましたぁ!」

 

「勝ちました」

 

「二勝クラス、抜けましたぁ!」

 

「抜けました」

 

「三勝クラスですぅ!」

 

シェイクの声は嬉しそうだった。

 

けれど、その奥にほんの少し、複雑な色もあった。

 

デュードはそれに気づいた。

 

「シェイクさん」

 

「はいぃ」

 

「わたし、そっちに行きます」

 

「はいぃ」

 

「三勝クラス」

 

「ようこそですぅ」

 

シェイクは、ほわりと笑った。

 

「沼ですぅ」

 

「歓迎の言葉が怖いです」

 

「でも、待ってましたぁ」

 

その言葉で、デュードの胸が少し熱くなった。

 

シェイクは、自分よりずっと前から三勝クラスで苦しんでいる。

近いのに勝てない数字を積み続けている。

 

そこへ、デュードが入っていく。

 

追いついたわけではない。

同じ壁の前に立てるようになっただけ。

 

でも、それは確かな前進だった。

 

二人は机に向かい、デュードの新しいメモを書いた。

 

淡路特別一着。

古吉トレーナー。

室影トレーナーで勝ったあと、古吉さんに戻った。

茶臼山高原特別二着。

淡路特別一着。

三勝クラスへ。

シェイクさんのいる沼へ。

 

シェイクは自分のメモの横に、それを並べた。

 

寿ステークス二着。

飛鳥ステークス三着。

まだ三勝クラス。

デュードさんが来る。

 

「並びましたねぇ」

 

シェイクが言った。

 

「並びましたか」

 

「まだちょっと違いますぅ」

 

「はい」

 

「でも、同じ壁が見える場所に来ましたぁ」

 

デュードは頷いた。

 

「同じ壁」

 

「はいぃ」

 

「高そうですね」

 

「高いですぅ」

 

「足場、組みます」

 

「心臓も鳴らしますぅ」

 

二人はお茶を飲んだ。

 

冬が終わり、春が近づいていた。

 

デュードは室影トレーナーとの勝利で、自分で立てる場所を知った。

古吉トレーナーへ戻り、二着を経て、淡路特別で勝った。

そして、ついに三勝クラスへ上がる。

 

シェイクはその間も、三勝クラスでもがいていた。

二着。

三着。

近いのに届かない数字を重ねながら。

 

今、二人の机には、同じ壁へ向かうメモが並んでいる。

 

勝てる足場。

帰りたい足場。

そして、これから二人で見ることになる高い壁。

 

デュードは、最後にもう一行書き足した。

 

三勝クラス。

古吉さんと、シェイクさんのいる場所。

沈まないように、歩く。

 

シェイクはそれを見て、ほわりと笑った。

 

「歩きましょう、デュードさん」

 

「はい」

 

「沼ですけど」

 

「やっぱり怖いです」

 

「でも、一緒ですぅ」

 

同じ部屋で、二つの心臓が春へ向かって鳴っていた。

 

片方は、長い沼でまだ出口を探している心臓。

 

もう片方は、ようやくその沼の入口に立った心臓。

 

どちらもまだ、一番前には届いていない。

 

けれど、二人はもう、同じ壁を見ていた。

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