性懲りも無く……。
─────アリウスの切り札。
私はこれまでの人生、そうあれかしと育てられた。
薄暗い路地裏で泥水をすすり、味気ないレーションを貪る。勉学を学ぶまもなく、戦闘訓練ではどのような状況でも、どのような武器でも常に戦えるよう“調教”を施される。
みんなより高い身長。みんなより恵まれた体格。みんなより頑丈な身体。みんなより戦うことに特化した人体構造。みんなより優れた視聴嗅覚。それ故に、みんなよりも持てた心の余裕。
スナイパーライフル。アサルトライフル。サブマシンガン。ヘビーマシンガン。グレネードランチャー。ピストル。リボルバー。
ナイフ。刀。マチェット。アックス。ウィップ。スローイング。ロッド。トンファー。徒手空拳。
近接から狙撃。前衛から後衛。リーダーからメンバー。陽動から隠密。捕縛から拷問。
最強の駒、秘密兵器、最後の切り札。わたしにそうあることを望む彼女によって、私はその全てを習得しつくした。
─────他のみんなの負担が減るように、頑張ったんだ。
頑張ったら出来た。だから褒められる。それを才能だと、理不尽だと泣いた
─────他のみんなの明日のために、頑張ったんだ。
また明日。夜寝る前にそういうと、明日なんてあるんですかとニヒルに笑う
─────他のみんなと、自由を掴むために頑張ったんだ。
約束したからな。泣きじゃくる
─────いつだったか、先生と相対した時に話したことがある。もし私に何かがあった時は、妹たちのことを頼むと。私の代わりに、幸せにしてやって欲しいと。
「─────うん、だから、先生。妹たちを頼めるかい」
もう守ってやれないかもしれないからね。そんな言葉を押し殺して振り返り、タブレットを胸に抱く先生を見る。そんな彼の周りには、彼を守るようにして
─────うん、みんな泣きそうだね。
泣かないでいてくれ。そんなことは口が裂けても言えやしない。もう、そんな与力も残っていなかった。なくなってしまった左手が、随分と痛むのだ。
しかし思うのは、みんなが酷く傷つくことがなくてよかった。ただ、それだけ。あの子たちにはもう、痛い思いをして欲しくないから。
「─────どういう気分なんだろうね、忠実に仕立てあげ、意思を持たないと嘲笑った存在に。最強の武器に牙を向けられるというのは。……うん、聞くまでもないか」
前を向き、走り出す。右手に構えたリボルバーの銃口は、迷うことなくヤツへと向けられ。
「怒りたいのは、私の方だ。うん、彼女たちにはもう、傷1つつけさせやしない……っ!」
薄暗い礼拝堂に、閃光が奔った─────。
△
─────うん。
瞼越しに感じる太陽の光。顔全体に感じる太陽の熱。久しぶりの、心地の良い目覚めだった。
癖と言うべきか、寝相で乱れた髪を直そうと左手を伸ばし、気がついた。
─────あぁ、ないのか。
瞳を開けば、ぼやける視界に伸びる左腕。その手首から先がなくなっていた。
不思議と痛みはない。あるのは、しばらく動かしていなかったような怠さと重さだけで。
─────うん、実際動かせてなかったのか。
覚醒し始めた頭で思うのは、とにかく鈍った身体の感覚。空気の流れさえ肌で感じ取れていたというのに、今は何も感じない。
視界がはっきりし始めた。部屋は一目見てトリニティではないと思うほどに近未来的な殺風景。恐らくここは、ミレニアムサイエンススクール。
ギシギシと痛む背中、カラカラに乾いた喉から漏れる苦悶の声を噛み殺し、なんとか上体を起こす。
─────一体、どれだけの期間……。
この状態、経験はないが数日や数週間の域では無い。横になっていたのは、恐らくは数ヶ月。最悪は、1年以上。
─────妹たちの、誕生日……っ!
祝ってやれなかったかもしれない。そう思うと、身体なんかより余程心が痛む。
軋む首を左右に振ると、左には何かを測定している幾つかの機器。やはり想像通りミレニアムの校章がある。右には自然光を取り込む大きな窓。外の視界は市街地、ミレニアムらしい町中だ。そして、その下にあるソファには成人男性が1人。
「─────せんせい」
自分のものかと疑うほどに酷くしわがれた声。呼吸音さえ音が鳴るその喉で、しかし私の声は先生へ確かに届いていたようで。
「─────ん。寝ちゃってた…………」
色濃いクマを残しつつ、簡素なソファの上でぼんやりと目を擦る先生。やがて両手を上げて大きく欠伸をし、傍らに置かれたメガネを装着して。
「おはよぉ、ゴクモン。そろそろ起きてねぇ」
「─────おはよう、せんせい」
「はい、おはよう」
言って、しばらくして。やっと気がついたのか、突如両目をかっぴらいてこちらを見る先生。
「……うそ、起きてるの」
「うん、おきてるよ」
「─────ま、ままままってて、いま人呼ぶから!」
お寝坊だったかな。そうちょける前に先生が部屋から飛び出していく。そしてわずか数分で、桃色の髪をした女子がひとり姿を見せた。
「……きみは」
「わたしは救護騎士団のセリナです。一先ず、お水をどうぞ」
「……うん、ありがとう」
無くなった左手と、上手く動かせない右手。その事を知っているかのように、どこからか取り出した吸い飲みで口に水を運ばれる。
少しずつ喉を通過する水が、乾いた表面を潤していく。もう大丈夫だとそっと右手をあげれば、そっと口から吸い飲みが離れ。
「……アリウスの、若森 ゴクモンさん。ですね」
「うん、そうだよ」
「これから、目が覚めた貴方に事情聴取があるはずです」
当たり前だ。きっと拷問にでもかけられるか、怪我をした生徒から怒りをぶつけられるか、それとも労働力としてこき使われるか。
─────優しいね、うん。そんな忠告してくれるなんて。
きっと、これからの私にまともな道など残されていないのだろうから。そんなこと、とっくに覚悟はできていた。
しかし、そんな私の内心とは裏腹に、胸に手を当てる彼女は心配そうにこちらの顔を覗き込み。
「ティーパーティーか、万魔殿か。もしくは、うん。先生、シャーレが私の尋問役かな。どちらにせよ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「─────そんなことよりも、体調が悪かったり、痛むところがあればすぐに呼んでくださいね」
「─────うん?」
「……えっと、もしかしてお耳の調子が」
「いや、うん。そうじゃないんだ」
そうであればまだよかった。彼女の心音を聞き分けられる現状から、聴覚は全身に比べれば万全に機能していると言える。
「私は、罪人だよ。大罪人だ。うん、そんな扱いを、受けていいのかな」
「何を言うんですか」
めっと突き出される人差し指。そして少し困ったように笑うと。
「罪を犯してしまった以前に、私の前で貴方は意識を取り戻したばかりの怪我人で、大切な患者さんです。無理をさせるようなことは絶対にさせません」
「─────」
─────あまいね、うん。
あまい。余りにもあますぎる。そんな主張が通っていいものか。
私はエデン条約の締結の邪魔をして、ミサイルで大規模な無差別テロを実行し、大混乱の最中先生の命を奪いかけ、そして我々こそがETOだと嘯いた集団の最高戦力。私自身、風紀委員会を初め多くの敵対者に狼藉を働いた。
そんな人物をこの扱いか。よくよく思えば、意識を失っていたとはいえ手足の拘束すらないのだから、笑わせる。
「先生も、それでいいのかい。連邦生徒会直属の
「………………」
「どうした。投獄でも、奴隷でも、玩具でも、子飼いの戦力でも。好きにしてくれて構わないよ。それは、誰に対しても同じだ」
─────私は、余りに迷惑をかけすぎた。
しかしそんな私とは裏腹に、目を伏せ話に耳を傾けていた先生は静かに語り出す。
「それで、いいのかい」
「……」
何がいいのか。良いも悪いもない。私の終わりはもう見えているのだから。もう今度こそ、希望なんてもたなくても良くなったのだから。
これで、終わり─────。
「─────君は妹たちを、みんなを放っておくのかい」
先生のその言葉に、私の意識は覚醒する。
そうだ。私の大切な妹たち。ナイフ術の指導をせがむサオリ。取ってきた花を嬉しそうに無言で見つめるアツコ。ウォータータイムで白湯を嬉しそうに飲むヒヨリ。新しく拾ったクマのぬいぐるみを受け取るミサキの照れ笑い。
それだけじゃない。スバルも、マイアも、他のみんなも。みんなとの日常の1幕1幕がフラッシュバックし続ける。
頬を、熱い何かが滑って落ちる。
「君はあの時、私にみんなのことを頼んだよね」
「……うん、そうだね」
「私は全力で、あの子達のことを守ったよ」
ちらりとセリナさんを見る。優しく微笑んでいた彼女は私と目が合うなり、ええとひとつうなづいた。
びしりと、先生が私の胸を指さした。
「─────次は、君の番だろ、
「………………」
ボロボロと熱いなにかが、忘れていたはずの涙が溢れ出す。
「わ、たしは……僕、は……っ」
「ゴクモン」
「うん、僕は……っ」
「若森さん……」
そっと、先生が俺の頭を撫で、セリナさんが背を撫でる。いつも妹たちにやっていたそれを、今ばかりは情けなく泣きじゃくる僕が受けていて。
「僕は、まだ、みんなと、あの子たちと幸せにならなきゃいけないのか─────っ!」
「いけないんじゃない。なるんだよ、幸せに」
「ぁ……」
先生が右手を引く。そしてスマホを取り出すと何度か操作し、そして。
「アリウスのみんなに連絡した」
「……うん、それは」
「会いに来てくるんだよ。みんなが」
「─────うん、ありがとう、先生……っ」
照れたように笑う先生に、僕は思わず抱きつく。
情けなく泣きじゃくる声は、抱きしめられて苦しそうに笑う先生とセリナさんの慌てた声がかき消してくれていた。
△
「─────そう泣くな、ふたりとも」
「無理ですぅー」
「だってぇ……っ」
「……ありがとう。うん、ヒヨリ、マイア。僕のために泣いて喜んでくれて」
「当たり前ですぅ〜!」
「お兄ちゃん……っ!」
兄さん。お兄ちゃん。左右から交互に呼んでは声を上げて泣くヒヨリとマイアのふたりを、そっと抱きしめ返す。
「……よかった、兄さん。無事に目を覚ましてくれて、よかった」
「うん、そうだね。……サオリもありがとう。みんなのために、リーダーを頑張ってくれてたんだろう」
「そんな、私は、べつに……」
「おっと、大好きなお兄ちゃんの前では型なしですね」
「スバルも、サオリとは別でアリウスの為に頑張っていたと聞いている。うん、ありがとう」
「それは……何も、兄さんのためじゃぁ……。先生、話したんですね!?」
耳を赤くして帽子のツバで顔を隠すサオリ。その横で腕を組み、いやらしく笑っていたスバルも、今度は先生へと掴みかかった。
「ミサキも、ありがとう」
「………………何が」
「サオリがいない間、スクワッドの代理リーダーをしていたと聞いている。だからだ」
「感謝される筋合いとかないんだけど。……あと、そういうなら今度、行動で示して」
「……ふたりがどいたら、うん。ミサキもいっぱいハグしてあげよう」
「─────そういうのじゃないから……っ!」
そっぽを向いた彼女だが、その右手に握られているのはほつれの酷いクマのぬいぐるみ。あの日、あげたものだった。ずっと、僕が意識を失っていたあいだも、大切にしていてくれたようだ。
「……アズサや、他のみんな」
「アズサは補習授業部、あの時一緒にいたみんなとお出かけしてるから今は向かってるって。それと、流石に全員でここに押しかけるわけに行かないから」
声の方を見ると、マスクのない姫、アツコが立っている。声を出して、マスクを外して笑っている。それを見てまた、本当の意味でアリウスは幸せをつかみ始めているんだと実感した。
「……うん、姫」
「むっ」
しかし、唇をすぼめた彼女は少し眉を釣り上げ、そしておでこをくっつけて目と鼻の先に顔を合わせると。
「アツコでいいの。もうあの人はいないんだから、ロイヤルブラッドだとかは関係ないよ」
「……うん。それも、そうだね」
「じゃ、はい」
「アツコも、ありがとう」
「ふふっ、うんっ」
そういえば、そんな表情をする子だった。口をいっぱいに広げて笑って、両手でピースを作るアツコ。そんな彼女の頭を、昔のようにグリグリと撫でてやる。
「感動の再開だね、ゴクモン」
「うん、本当に、その通りだ」
スバルから逃れてきた先生が、アツコの横で笑っていた。
「ゴクモンも、みんなみたいに幸せになっていくんだよ」
「─────うん、そうだね。うん」
─────僕は、みんなと幸せになるんだ。
病室を見渡して、僕は新しい目標を心に決めた。
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