アリウス・ピンクアーカイブ   作:ウサギの化身

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アズサちゃんと補習授業部です。


私たちの物語

 

 

「─────兄さん!」

 

トリニティ自治区から遠く、ミレニアムサイエンススクール自治区の郊外。厳重なセキュリティを掻い潜り、ようやくたどり着いた病室。1人でも、みんなでも。放課後でも休日でも。何度も通いつめた場所だ。

 

清潔感のある白い部屋。ベッドと花瓶の乗ったサイドテーブル、簡易ソファになんのものかわからない機械。そこまでは、今までと同じ光景。

 

だが、今までと明確に違う事が、ひとつ。

 

「─────うん、おはよう。アズサ」

 

色々なよく分からない機械に繋がれて、ベッドに寝たきり目を開くことのなかった彼が。

 

あの日、ほとんど無傷の私たちの目の前で、どくどくと血を垂れ流しながらうつ伏せに倒れたっきりだった兄さんが。

 

今この瞬間、確かに目を開けていて。そしてあの頃よりも遥かに優しく微笑んでいた。

 

「─────にい、さん」

 

おかえりなさい。ありがとう。大丈夫なのか。かけたい言葉は山ほどあるのに、どういう訳か声が出ない。喉の奥で何かが引っかかって、息だけが漏れる。

 

目を覚ましてほしいと何度も願った。目を覚ましたら話すことも、やりたいことも、沢山考えた。いつかみんなに、補習授業部のみんなに紹介だってするつもりだった。

 

そんな私の自慢の兄が、両手を広げて待っていた。

 

「─────おいで、アズサ」

「……っ」

 

涙で滲む視界。押し殺そうにも漏れ出る泣き声。強くなったつもりだった。だがやはり、兄の前で私はひとりの妹でしかない。

 

兄さんに守られる、沢山の庇護対象のうちのひとりでしかないのだ。

 

踏み出した1歩目がその思いに留まる。私はもう、守られるだけの存在ではありたくない。だから、私は決して2歩目を踏み出さない。

 

「……アズサ?」

 

不思議そうに首を傾げる兄さん。やはり兄さんも兄さんで気が楽になったのか、これまで見せたことの無い気の抜けた顔をしていて。

 

そして、何かに気がついたようにふっと笑うと。

 

「─────アズサ。僕は寂しいんだ。うん、だから再会のハグをさせて欲しい。」

「─────っ」

 

その言葉に、どくんと胸が大きく脈打って。気がつけば、私は2歩目を踏み出していた。

 

3歩目、4歩目。どんどんと早くなる足でベッドの脇まで駆け寄って。両手を広げたら、今度こそ本当に嬉しそうに微笑む兄さんの顔を見て。そして─────。

 

「あっ…………」

 

広げられた両手の先、その左右のバランスに違和感を覚える。そう、左手の手首から先がなくなっているのだ。

 

ベッドにたどり着き、抱きつこうとして再び踏みとどまる。しかし、今度は違う。力が抜けて、今にも膝を着いてしまいそうで。

 

─────私のせいだ。

 

私が弱かったから、兄さんは左手を失ったんだ。感動に打ち震えていた私の心は、途端に冷水をかけられたように冷めてゆく。これから先、兄さんは一生左手を使えないまま。どれだけ、苦労をすることになるのだろうかと。

 

しかし、そんな私に、兄さんは右手を伸ばした。

 

「アズサ」

「あっ……」

 

すっかり細くなってしまった腕と骨と皮のような手のひら。そこから出力されるのは、とても兄さんのものとは思えないほどに遥かに弱い握力。

 

それでも引っ張られた私はバランスを崩し、兄さんの胸へすっぽりと収まる形で倒れ込んだ。

 

「わっ」

「うん、懐かしいね。アズサとハグするなんて、一体いつぶりかな」

 

見上げれば、穏やかな兄さんの顔がすぐそこにある。お見舞いに来た時には気にもしなかったが、動いるのを近くで見るとわかる。随分と頬がコケていた。

 

それに身体が当たるのは、しなやかでガッシリとした筋肉ではなく、少し柔らかくなった肉と骨。体温だって、あんなに熱くて心地の良かった体温は、すっかり冷えこんでいる。

 

匂いだって違う。感じる限り、少し臭くて安心するあの匂いはなく、どこまで行っても身に纏う病衣から香る柔軟剤の香りばかり。

 

─────だが、変わらないのは背中を抱きしめる優しい手。それは。間違いなく兄さんのものだった。

 

「……ふっ、アズサは温かい」

「……兄さんは、なんだか少し、冷えているな」

「運動不足かな。うん、ならアズサに温めてもらおうか」

「…………任せてくれ」

 

私の体で良ければ、いくらでも温めたい。もしそれが私にできる兄さんへの償い(・・)となるのならば─────。

 

「こんなのでもよければ、いくらでも私の体を許すから。だから、好きにして、兄さん」

 

兄さんの背中に手を回し、胸に顔を埋んで。柔軟剤の香りの中にある微かな体臭を肺いっぱいに吸い込んで。

 

私はようやく、声を上げて泣くことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────ヒフミ、コハル、ハナコ」

 

足を肩幅ほどに開き胸を張って背を伸ばし、そうしてどうだと言わんばかりの態度で笑うアズサちゃん。

 

順繰りに私たちの顔を見渡してひとつ頷くと、ベッドに寝転ぶ男の人を見ると。

 

「私の兄、若森 ゴクモンだ」

「うん。改めて、よろしく」

 

にっこりと笑う男の人、ゴクモンさんが小さく頭を下げた。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

反射的に私も頭を下げた。左右を見れば、ぽかんと口を開けて固まったままのコハルちゃんが居て。その反対には、少し怖い顔をしたハナコちゃんがいて。

 

「えっと……。私、阿慈谷ヒフミと言います。アズサちゃんとは同じ補習授業部で、えと、とにかく、アズサちゃんの友達です!」

「下江、コハル、です。アズサ……、えと、アズサさんとはぁ」

「緊張しすぎですよコハルちゃん。私、浦和ハナコと申します♡」

「白州アズサだ」

「アズサはいいでしょう。うん、改めて、若森ゴクモンだ。アズサの兄だからといって、そう緊張しなくてもいいよ」

「えと、はい……」

「……ふふっ、コハルちゃんはカッコよくてメロいお兄さんにドギマギしちゃってるんですよね♡」

「─────違うわよ!?」

 

背を軽く押され、ハナコちゃんにコハルちゃんが吠えた。ハナコちゃんなりの緊張ほぐしだろうと思いつつ、いつも通りの光景に私も少し肩の力を抜いた。

 

そしてそのやり取りに首を傾げる者がふたり。

 

「メロい、か」

「……知っているのか、兄さん」

「……ううん、残念だけどね。勉強不足ですまない、アズサ」

「何も兄さんに全知を求めたりなんてしない。それに、ハナコの言うことだ。どうせ怪しい言葉だろう」

「うん……?うん、僕にはわからないけれど、いい信頼関係、なのかな」

 

ふんと鼻を鳴らすアズサちゃん。ひとり取り残された様に感じたのか、ゴクモンさんは少し寂しそうに笑った。

 

「……とにかく、みんなのことは聞いてるよ」

「……え?」

「だ、誰からよっ」

「まぁ、考えられるのは1人しかいませんけれどね」

「うん、浦和さんの想像通りだよ。君たちが来るまで、話っぱなしだったからね」

「ア、アズサちゃん……?」

 

見ると、アズサちゃんは胸を張ったまま。しかし、ほんの少しだけ顔を逸らしていた。

 

「……必要なことを話しただけだ」

「必要なこと、ですか」

 

ハナコが意味ありげに笑う。そして頬や耳が朱色に染まっていくのを見てはより一層その笑みを深め。

 

「アズサちゃん、きっと私たちのことをお兄様(・・・)にたっくさんお話ししたんですよね」

「…………」

「大好きなお兄様に聞いて欲しくて仕方がなかった。ふふっ、これは意外な一面ですね♡」

「ハナコ─────」

「あらら、怒られちゃいました♡」

 

顔を赤くしながら、むっと眉を顰めたアズサちゃん。それを見て愉快そうに怪しく笑うハナコちゃん。そんなふたりの様子を見て、ゴクモンさんはやはり笑った。

 

「仲が良さそうでよかったよ」

「……そう、かな」

「あぁ。チーム、じゃないね。……うん、友人が、できたのか」

「……うん。みんなは、私の大切な友達だ」

「─────そうか」

 

その一言に。幸せそうにはにかむアズサちゃんに。ゴクモンさんの表情がさらに柔らかくなる。

 

「それなら、安心した」

「……?」

「きっと僕が眠っている間、みんなはアズサのそばにいてくれたんだろう」

 

それだけじゃない。長い茶色の髪を掻きあげて、あの時のような、少し怖い目をするゴクモンさんが私たちの顔を行き来する。

 

「アズサに、辛い任務を任せてしまったときも、だ」

「ええと……」

 

─────悔やんでいる、んですかね。

 

アズサちゃんが語ってくれたアリウスの、ゴクモンさんのお話を思い出す。アズサさんや他のアリウス皆さんが彼を兄と呼び慕うその理由。

 

もちろん、その全員に血の繋がりなんてものはない。食事も満足に取れない、いつ死ぬかも分からない路地裏と廃墟で、行き過ぎた思想教育や厳しい軍事訓練を受けてきた。

 

そんな環境でも、みんなのためにと立ち上がったのがゴクモンさん。他のみんなよりも“才能”と“身体”に恵まれてるのなら、自分こそがみんなを守る存在に、“みんなの兄”になるべきだと。そうあれかしと水面下で活動していたという。しかし。

 

─────だから、アズサちゃんを守れなかったと(・・・・・・・)

 

単独でトリニティにやってきたアズサちゃん。今思っても割と最初から堂々としていたし、トラップを仕掛けたりなんかしていた訳だが、兄である彼からすればそれは違うようで。

 

「アズサは、決して弱くは無い。……うん、だが僕にとっては守るべき妹だった」

 

それをスパイとして単独で敵地へ送り込む。きっと、断腸の思いだっただろう。今でさえも、苦しそうに顔を顰めているのだから相当だ。

 

そしてそんな彼の姿に、はやる気持ちを整えて1呼吸。

 

「……むしろ、アズサちゃんが私たちを助けてくれることのほうが多かったんです。それにゴクモンさんがアズサちゃんを送り出したことを悔やむのなら、それ以上に私はアズサちゃんと出会えた奇跡を喜びます!」

「……うん」

「ヒフミ……」

「はい、なんですか、アズサちゃん」

「……ありがとう」

 

涙ぐむアズサちゃんの目を見つめ返して、ひとつ頷く。すると、今度はコハルちゃんがまたこれ以上に泣く上擦った声で。

 

「アズサは、ちょっと、いやすごく変わってるけど、頼りになって、ちょっと、かっこよくて……」

「コハル……」

「なによ」

「……ありがとう」

「っ……。べ、別に、私は思ったことを口に出しただけだから!」

 

そう言って、顔を真っ赤にしたコハルちゃんは慌てて顔を逸らす。

 

涙を零し始めたアズサちゃん。そしてその横で、ゴクモンさんは静かに瞳を潤ませていた。

 

「……アズサちゃんは、本当に強いです」

「ハナコっ」

「もちろん、最初から強かったわけではなかったと思います。きっと、若森さんの中にいるアズサちゃんは、すごく小さくて、非力なままなんですよね」

「……うん、そうかもしれない」

「なら、その認識は改めるべきです。何も銃撃戦だとかゲリラ戦だとかのお話ではなく、怖いことから逃げない強さも、自分の弱さを認める強さも。アズサちゃんは私たちと一緒に、補習授業部(ここ)でたくさん身につけたと思います」

 

ハナコちゃんの話を聞いて、改めてゴクモンさんは黙ってアズサを見る。そして涙を袖で雑に拭っていたアズサちゃんは、その視線に気づくと少しだけ背筋を伸ばして。

 

「……私は」

 

言葉を探しているのか、視線がさまよう。しかし穏やかにアズサちゃんを見上げていたゴクモンさんと向かい合い、ぱしりと頬を叩くと。

 

「みんなと出会ってから。あの事件が起きてから。そして、兄さんが眠ってしまってから。いろんなことがあったんだ」

「……うん、聞かせてくれるかい」

「もちろんだ。楽しかったことも、嬉しかったことも、好きな物だって見つけた。辛い思いも、悲しい思いも、嫌になりそうな現実だって直視した」

「……そうか」

「でも……」

 

アズサちゃんが振り返り、私たちの顔を見渡して。

 

「みんなが、いてくれた」

 

コハルちゃんが照れくさそうに袖で口元を隠してそっぽ向く。その横でハナコちゃんはいつもの穏やかな表情を浮かべている。

 

私も、なんだか少し気恥ずかしくて、熱の集まる頬を気にしながら少し笑ってみる。

 

「……うん、確かにみんな、いい顔だね」

「そうだろう。だから、私はここまで来られた。これが、兄さんの知らない私の、私たちの物語(ブルーアーカイブ)だ」

「……ふぅ」

 

真剣な顔をするアズサちゃんに、ゴクモンさんは静かに息を吐いた。

 

そして、右手を少しだけ持ち上げる。

 

「アズサ」

「なんだ、兄さん」

「うん、よく頑張ったね」

「…………」

 

その言葉を聞いた瞬間。上げた右手が頭ではなく、肩へと置かれたその瞬間。アズサの表情が固まった。

 

「うん。もう、アズサの事を守らなきゃいけない、かわいい妹だとは言えないな」

「……っ!?」

 

ビクリと震えるアズサちゃん。しかしゴクモンさんは落ち着いた様子で。

 

「守ってあげなくちゃならないなんてのは、きっともう、アズサに失礼だね」

「兄さん……」

「これからは、僕のことも守ってくれないかな。うん、ひとりの頼れる妹として」

 

その言葉に、恐らく全員の視線が1箇所に集まる。すっかりなくなってしまった、彼の左の手首から先へと。

 

「……うん。きっと不便になるだろうし、戦闘力もかなり落ちるね」

「日常生活にも、支障をきたすことは間違いないですね」

「むっ、なら私が兄さんのサポートをするぞ!」

「そっか。うん、それは頼もしいね」

 

任せてくれと胸を張るアズサちゃんに、目尻を下げるゴクモンさん。

 

しかし、再びボロボロとアズサちゃんは泣き始めてしまい。それを見たゴクモンさんは少し慌てた様子で。

 

「何が……!?」

「なんでもない。なんでもないんだ」

「なら、なぜ泣いているんだい」

「─────やっぱり嬉しいんだ。兄さんにこうして頼ってもらえることが。そしてなにより、私が兄さんの事を支えて立てると認めて貰えたことが」

「アズサ……」

「心のどこかでずっと願っていたんだ。いつか兄さんに守られるんじゃなくて、兄さんを守れるようになりたいって。今がきっと、その時だ」

「……うん、そっか。……ありがとう、アズサ。大きくなってくれて」

「私も、ここまで守ってくれてありがとう、兄さん。ここからは、私にも任せてくれ」

「うん。そうさせてもらうよ」

 

いいお話、感動したな。きっとそう括られそうなところだと言うのに、そうは問屋が卸さないとばかりにハナコちゃんが笑い。

 

「なら、彼の愛銃(・・)の整備もアズサちゃんが手ずから、愛を込めて行うんですよね♡」

「そうなるな」

「─────はぁ!?そういうのはダメよ、兄妹でしょ!?」

「む……?」

「まさか、アズサに銃の整備を頼む日が来るとはね……。うん、本当に頼もしくなったね、アズサ」

「お兄さんはなんで号泣してるの!?」

「よっぽど嬉しいんですよね。かわいい妹からの精一杯のメンテナンス♡」

「ちょっと、それ以上変な言い方しないで!」

「私は兄さんのためなら、どんなことだってするぞ!」

「しないで!」

「アズサ……。うん、君にもいい友人たちが、できたね……」

「泣きすぎでしょ!?」

「─────あはは……」

 

なんだか締まらないけれど、これがいつもの私たちの日常。

 

それを見て本当に幸せそうに笑うゴクモンさんの姿に、思わず私は胸を撫で下ろした。

 

「─────えっちなのはダメ、死刑!」

「兄さんはえっちじゃないぞ」

「うそ、その、胸とか腹筋とかもろもろアウトなの!」

「なにっ、すぐにしまってくれ兄さん。コハルからすると腹筋がエロいらしいぞ!」

「……えろい、うん。そうなのかな……?」

「はい、ゴクモンさんは病衣整えましょうね〜」

「ありがとう、阿慈谷さん」

 

 

 

 

 

─────こうして私たちの放課後に、ひとつの予定が組み込まれるようになりました。

 

それは、ゴクモンさんのリハビリのお手伝い。

 

私たちとゴクモンさん。新しい平和な日常(しあわせ)のスタートです。

 

 

 

 




なんか、ハナコがいなかったらすっごく真面目なお話になってたかも。ありがとう、ハナコ。

ということで、感想、評価、お気に入りよかったらよろしくお願いします♡

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